女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十三話「折り紙手裏剣」

 もはやどう作るかなど書くまでもない折り紙……手裏剣。

 厚紙を使って作ったこれはそこそこの耐久力を持つうえに、それなりの密封性を有している。

 

 つまり──。

 

「せい!」

「……結構まっすぐ飛ぶ。それに、まき散らすことに成功している」

「ああ、良いなコレは。……問題があるとすれば、小物入れが香辛料臭くなることだが」

 

 というわけで、新しい武器を手に入れたわけである。

 

 

 

 さて、地獄の沙汰も金次第……なんてことのない青宮廷。

 輝霊院院長による長期間にわたる事実の隠蔽、及び先代青清君の悪行と犠牲になったその付き人の件は、いつも以上に念入りな捜査が入ることとなった。

 青宮城からも数名の調査員が派遣され、書庫の検分も含めて七日以上の月日をかけて調べ尽くすのだとか。

 

 そういうわけもあって……というわけでもないのだが。

 

「……なんで私が子守なんざ……」

「別に守ってもらう必要はないぞ、怪我人」

「うるせぇ、独り言にいちいち突っかかってくんな」

 

 特別措置ではあるけれど、私の自室で私と共に過ごすこととなった朝烏さん。

 輝霊院副院長なのにこんなところにいていいのか、という問いかけは、けれど。

 

「あぁ、クソ。それもこれもあの狸のせいだって考えると苛々する……。おい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「私や祭唄様のみならず、進史様も疑うのか?」

「……そういうことじゃねぇけどよ」

 

 そう。

 ──朝烏さんは、数刻分の記憶を失っていた。

 正確な時間はわからないが、恐らく輝霊院へ院長を糺しにいく直前辺りから。夕燕の証言もあり、そのあたりから助け出されるまでの記憶がすっぽりと抜け落ちているというのがわかったのだ。

 そこの記憶が欲しかったのに、それを忘れている。

 

 いいや、忘れさせられている。

 ……点展が大人しく引き下がったのは進史さんが来たから、という理由だけではない。目的を達成したから、だったのだろう。

 とすれば、明言こそされなかったけれど、やはりあの近くに紊鳬が……。

 

 ま、そんなこんなで朝烏さんは調査対象にはならず、むしろ私といた方が何か思い出すんじゃないか、ということでここにいる。

 私に何を期待しているんだか、と思いつつも、まぁ、確かに私と共にいることによる何かしらの効果はありそうだよな、という気持ちもないことはない。スポットライトが当たり続けるわけだし。

 

「で? そりゃなんだ。楽器に見えるが……」

「これは箏という楽器でな。緑涼君から貰ったものだ。私の作りたい楽器に酷似しているから、こうして調べている。前に作ったものと何が違うのかを丁寧にな」

「緑涼君からの贈り物だぁ? ……つくづく、っつーかとことん……」

 

 ま、比較はほとんど終わっている。

 前に作った失敗作との相違点。それは。

 

「弦だな。弦が悪かった」

 

 失敗作の方を弾くと、「ぶよわぁ~ん」という音がする。

 この弦の素材は綿糸。そりゃ失敗するわ、と思うなかれ、絹糸なんてあの頃には中々手に入らないものだったし、テトロン糸など今でもどう作ればいいかわからん。

 どうやら弦以外はそこそこできているらしく、申し訳ないと思いながらも緑涼君に貰った箏の弦での張替えを行ってみれば、ちゃんとした音の出る琴となってくれた。

 よって、目下必要なものは絹糸。欲を出すならテトロン糸。

 

 ……が、ポリエステル繊維なんてどう作るんだって話で。

 

「絹糸……かぁ。……これを」

「馬鹿お前何する気だ」

「え、いや。この服は絹なわけだし、伝線させたら良い感じの絹糸にならないか、と」

「……。ちょっと待ってろ。外出許可をとる」

 

 え。

 えっと?

 

「取れた。もう一人要人護衛がいればいい、だそうだ。夜雀を連れて行くぞ」

「あ、ああ。構わないが、どこへ?」

「あ? 糸を買いに行くんだよ。……なんだ、とんでもなく迷惑かけたみてぇだからな。それくらいの礼はさせろ」

 

 ……。

 律儀か?

 

「何呆けてやがる。行くぞ。……運動もかねて、散歩してりゃ記憶も戻るかもしれねぇだろ」

「……いや平民である私はその理屈で納得できるが……輝術師は違うんじゃ」

「ああ、違う。記憶の欠落なんかあるはずがねぇし、私だけ数刻の記憶を失っているなんて考えりゃ考えるほど怖い。意味が分からねえからな。……だが、んなことに身を掻き抱いて動けなくなるほど柔な精神をしてねぇんだわ。今私にできることがお前の子守だけだってんなら、まぁ、それを全うするのがやるべきことってモンだろ」

 

 律儀……じゃない。

 この人は、しっかりしているんだ。大人として、というか……社会人として。

 

「絹糸は高いだろう。貧乏貴族に買えるものか?」

「舐め腐りやがって……。輝霊院副院長は実入りが良いんだよ。こまけぇこと気にすんなガキが」

「明け透けのないことで。であれば素直に受け取ろう。その記憶障害も、私ならばなんとかできるやもしれんしな」

「ハン、どうだか」

 

 口は悪いし態度も悪い、けれど。

 面倒見のいい……三姉妹の長女。なるほどなぁ、という感想。

 

「準備できたよー大姐、小祆!」

「ああ、今行くよ」

 

 小物入れに、二重包みの件の紙手裏剣を入れて。

 いざ行かん青宮廷──。

 

 

 腕を組んで顔を伏せて歩く。

 ……なんだなんだ、いつもより人が多いな。

 

大姐(ダァジェ)、今日、いつもより人が多い気がするんだけど……なんで?」

「なんでってお前……昨晩のうちに全体連絡が来てただろ。確認漏れは気を付けろって何度言ったらわかるんだ」

「あぅ……。今確認します……」

 

 ストン、と綺麗に決まるチョップ。

 ……夜雀さんの背が小さいのはアレが原因だったりしないか?

 

「え……へ!? 臨幸(リンシン)!? 今日!?」

「声が大きい。……輝霊院での不祥事があった翌日がこれだ。急遽決まったことだしな。どう考えても厄介事だから、行政は警戒態勢だよ。人が多いのもそれが理由。あちらこちらに監視の目があるだろ」

「ああ、先ほどから覚えている剣気はそれか。当て返さなくて良かったな」

「危ねぇことすんじゃねぇよ……。私達は絹糸買って帰るだけだ。気にすることはねぇし、間違っても関わろう、なんて思うなよ。これは青州全体に関わることだからな」

 

 だろうな。

 雲妃の件で既に信用は低いのに……って。

 

 ……現帝が鬼で、鈴李か私が次期帝となるのだから、なぜごまをする必要がある。

 むしろ堂々と威圧でもしてやろうか。……雨妃におかしな気でも起こしてみろ、その股座に鋸を。

 

「少し、よろしいかな、お嬢さん方」

 

 声。目の前には……笠をかぶった男性。

 ──違う。

 

「ん……っと。はい、何用でございましょうか」

「ありがとう、律儀な人達」

 

 ……知っている。

 この感覚を……私は知っている。

 

 体感の消えるこれを。時が止まったかに錯覚するこれを。

 

「ええ、それならあちらに」

「もちろんです! ありがとうございます!」

「いえいえ。……ふぅ。高位貴族だな、今のは。顔を上げなくて正解だよ」

「驚いたぁ……」

 

 まるでそこに私がいるかのように。

 朝烏さんも夜雀さんも、そのまま歩いていく。歩き去っていく。

 

 私をおいて。私を残して。

 

「……この場において、礼儀は必要か」

「いいや。なぜなら私達は、対等。そうだろう?」

「ハ。──そうだな、()()陽弥(ヤンミィ)

「剣気を出す必要はない。こちらに害意はないのだから。──改めて、久方ぶりになるかな、青州の細工師……新帝、祆蘭」

 

 何の冗談か。

 目の前に、現帝が来た。

 

「いいのか、臨幸とやらは」

「無論、この後に。ただ、あなたもわかっている通り、私は鬼だからね。彼女たちに触れるわけにはいかないし、娶ることもできない。ただ……母が青清君に負けることはありえないから、可能性の形としてはあなたしかあり得ない」

「可能性の形。お前が退位し、次期帝を決めるための、か」

「その通り」

 

 その通り。その通りときたか。

 現帝陣営をどうにかしてやろう、と考えていた私達に肩透かしをさせたいのであれば大成功だ。

 

 元から譲る気だったと……そう言いたいとでも。

 

「点展や笈溌を通してでは、こちらの意図がまっすぐに伝わらないと思ったから、私が直接交渉に来た。そう言った方がまだ疑いは晴れるかな」

「言葉で晴れるほどの暗雲ではないが、誠実さは認める。つまるところ、私と認識のすり合わせをしたい。そういう意図で正しいか?」

「ああ」

「であればまずはっきりさせろ。──お前についている華胥の一族。今この現状を作り出している時点で確定のようなものだが……(シィェン)の存在確認を」

 

 気付けば、トンカチで殴りかかっていた。

 背後に現れたナニカに対して。……けれどそれは空を切る。

 

「顕。あまり脅かすものではないよ」

「おかしいのはあちらさ、陽弥。この空間で、オレの出現を予測できるなんて……同じ華胥の一族にもできないことだ。ああ、素質どころか、あらゆる条件を満たしていると言えるだろうよ」

 

 若い男の声。恐らくこれが。

 

 ──……顕だ。この耳障りな声は、確実に。

 ──やぁ、顕。相変わらず軽薄そうだね。

 

「てめェに言われたかねぇよ燧。……で、媧に関しちゃお互い様だろ、裏切り者め」

「それこそあなたには言われたくないのではないかな?」

「アァ!? てめェはどっちの味方なんだよ陽弥!」

 

 訂正、若い男というかヤンキーみたいなやつ。

 ぼんやりとした人型でしかないけれど、見え隠れする肌が地黒であるような気がしないでもないので、湘南系……げふんげふん。

 

「楽土より帰りし神子、祆蘭。今は青州の細工師としてではなく、そういう立場で話がしたい。良いかな」

「ならばそちらは、現帝ではなく様々な悪事の首魁として、か?」

「……知ったようなクチを利きやがる小娘だな。陽弥がどんだけの犠牲を払って──」

「顕」

「……チッ」

 

 ん。

 ははーん。……なるほど、ただただ迷惑を振りまいているわけでもなければ……もっともっと深掘りはできそう、だが。

 

 小物入れから少しだけ香辛料臭くなった包帯を取り出し、左腕に巻く。

 腰に佩いていた鋸を抜いて、右手にはトンカチを持って。

 

「……なにかな、楽土より帰りし神子」

「朝烏様の記憶を返せ。話はそれからだ」

 

 何が対等だ。

 一方的に奪っておいて。別に青州にも青宮廷にも青宮城にも思い入れがあるわけではないが、私の周囲がゴタついたのは半分くらいお前達のせいじゃないか。

 

 今まで暴力に頼ってきておいて、今更姿を現して言葉での交渉とは……ムシが良すぎるだろうに。

 

「……おいおい」

「参ったな。そうか、昨日の今日か。これも彼らの思し召しであるというのなら、溜息しか出ないよ」

「あいつら、なんで陽弥の指示だけを聞いて動けねぇんだよ。自走する駒は面倒が過ぎるだろうがよ」

「わざわざその会話を聞かせるということは、昨晩の記憶窃盗はお前の指示ではない──そう言いたいワケだな」

 

 信用は……まぁ、五分。

 確かに昨日朝烏さんが輝霊院院長を詰めたのは突発的な事象だ。そして現帝が鬼であるというのなら、遠隔での連絡手段はないに等しいだろう。

 であればあれは点展や笈溌、そして紊鳬だけの独断専行と捉えることもできる……が。

 

「そうした場合、朝烏様から奪われた記憶はお前に渡されることなくどこぞかへ保管してある、ということになる。そういう輝術、あるいは鬼の術があると見るが、構わないか?」

「構わない、と言ったら、どうなるのかな」

「当然奪い返す。お前達にとってがどれほどかは知らぬがな、記憶とは人一人が初めから所有権を有する唯一のものだ。命も肉体も他者に委ねられることなど珍しくない世界で、記憶だけが己を己だと認めさせる無二のものとなる。──昨晩の朝烏様を殺したのだ、という自覚を持てよ、現帝」

 

 だから、やめろと言われた剣気を揮う。

 十二分な挑発行為であると受け取った。

 

「さっきから言わせておけば……ンなことは陽弥が一番わかってンだよ!! てめェなんざよりもよく、これでもかってほどにな!!」

「顕」

「黙ってろ陽弥! このガキ、知った風な口ばかり利きやがって、痛い目見せねえと気が済ま──」

 

 ピ、と。

 ……指二本に挟まれて止められる香辛料入り紙手裏剣。

 止めたのは現帝だ。

 

「本流の剣気は当てておいて、その範囲から逸れる形での刺激物入りの投擲物。中々に強かだ。青清君があそこまで君に惚れこんでいた理由もわかる気がするよ」

「要求は告げた。その解消が為されるまで交渉の席に着くつもりはない」

「後払いではだめかな。私は遠い所へ言葉を届ける手段を持ち合わせていない」

「あまり嘘ばかり吐いていると、真も信じられなくなるぞ。──そこの蜻蛉。止まってはいるが、()()()()()()()()だろう」

 

 体感も時間も止まったかのような空間。

 夜雀さんたちが立ち去って、完全に何も無くなったそこの空中で、時を止められたかのように停止している蜻蛉が一匹。

 

「複眼を通して剣気を漏らすとは、ハ、飼い犬の躾がなっていないな」

「……顕。お願いできるかな」

「こんなあぶねえ奴をまえに、てめェを置いていけって? 冗談だろ」

「私は四千と七百を生きる鬼。対して彼女はたった九年の齢しか持たない平民だよ。どんな危険があるというのかな」

「わかってて言ってるだろ、てめェ」

「頼むよ、顕。私はなんとしてでも彼女と交渉をしたいのだ」

 

 ヤンキーっぽい光の塊のようなそれは……それはもう盛大に「チッ」と舌打ちをした。

 して。

 

「オレが帰ってくる前に陽弥に何かしてやがったら、タダじゃおかねェからな!!」

「それはお前の働き次第だ。笈溌、お前にも言っている」

「……気持ちノ悪イヤつメ」

 

 ああ、やめろ。蜻蛉単一でも出せるのかその軋り声。

 

「笈溌、余計なことを言うこと無く、彼女の記憶を用意して待っていて欲しい。……どうかな、これで、こちら側の誠意は受け取ってくれただろうか」

「まさか。──食わせてもらう」

 

 没入する。自己に。

 正確には──引き摺り込む。

 

 撓む空間。塗り替えられる世界。

 

 どこまでも続く蒼穹と、山の見えない地平線。流れる風に踊る草原の世界へ。

 

「……! ここは……」

「いいのかい? こんなことをしてしまっては、顕が怒り狂うだけだと思うけれど」

「本当に器用なやつだな。自己没入のできない停止空間を利用して、自己空間を拡張したのか」

「難しい話は知らん。できると思ったからやった」

 

 さて。

 

「では、交渉と行こうか、現帝・陽弥。九歳の小娘がつける味方としては、丁度いい戦力であろう?」

「……なるほど。確かにそうかもしれないね。……顕や笈溌には悪いけれど、では、交渉と行こうか」

 

 懸念だった顕は排除した。

 笈溌は初めから入れる気がなかった。

 

 四千七百歳の鬼と対峙するには、あまりにも丁度いいバランスだろうよ、なぁ。

 

 

 

 彼が指を立てる。

 

「まず。私達はあなたに敵意を持っていない。あなたを害するつもりはない」

「昨夜点展が私の手足を折りに来たが、それでもか」

「ああ、それでもだ。少なくとも私にあなたを傷つける意志はない。あなたに死なれて困るのは、私も同じだからね」

 

 一枚岩ではない、というよりは、しっかりと統率が取れていない感じか?

 そういう組織は面倒なんだがな。

 

 彼が二本目の指を立てる。

 

「第二に、私達の目的もこの世界からの脱出である、ということを伝えたい。華胥の一族、数多の鬼、そしてあなた。奴らの目を欺き、世界の外に出る。その志だけは嘘ではない。一度嘘を吐いてしまった以上、信頼を取り戻すことは難しいだろうけれど──」

「そこは信じるさ。この世に留まることでお前達に益があるとも思えんしな。何より、"八千年前の組成"時にお前が言った言葉は本物だった。まだ早い、という言葉もある程度は理解した」

「ありがとう。交渉とは互いを受け入れ、その上で飲み込むかどうかを判断するところから始まる。初めから排他の意思に溢れているわけではなくて良かったよ」

「だが」

 

 だが、である。

 

「やり方はいただけん。お前、輝術師がどうなろうとどうでもよいのだろう。穢れを増やしさえできればなんでもいい。雨妃に人工的な穢れの主の卵を寄生させたことも、黒州、赤州、黄州、緑州での件も。お前達からは輝術師を同じ生き物であると見る心が欠けている」

「……否定はしないよ」

「だろうな。お前は鬼だ。そして、恐らくもっと広い視点を有している。顕が荒れていたように、お前は何かとても大切なものを……それこそ記憶や類するものを犠牲に今、そこにいるのだろう」

「ああ、そうだとも」

「だが私のやり方に合わん。ゆえに、そのまま行くというのであれば、私は徹底的な態度を以てお前達を潰す」

「そのまま行かないというのであれば?」

「こちらに策がある、と言っている。伸るか反るかはお前次第だ、現帝」

 

 ──世界に激震が走る。

 恐らくは……というか確実に顕が帰ってきたのだろう。本当に急いだのだろうが、それは吉兆占師でも占えん吉兆だぞ。

 

「回答の期限は?」

「当然、この世界が壊れるまでだ」

「それは困ったね。あなたの心がどれほど頑強であれ、華胥の一族に勝るものではないだろう。……いや、あなたのことだ。勝るのだとしても解いてしまうことはあり得るだろう」

「玻璃から私の話でも聞かされたか? よくわかっているじゃないか」

「ははは、そんなところだよ。……その策の具体的な内容は聞かせてもらえない。そういうことだね」

「頷くまでは」

 

 ──邪魔をするな。

 

「一つだけ、答えてほしい」

「聞こう」

「あなたの征く道は、母が犠牲になる道かな」

「……輝術師はどうなってもよいのではないのか」

「母は別だ。彼女は必要だし、何より──息子、だからね。たとえそれが仮初であっても、大事な母だよ」

 

 一歩、近づく。

 世界の揺れが大きくなっている中で……一歩、また一歩と近づくいて行く。

 彼に。現帝に。陽弥に。

 

 そのまま、()()()()()

 

「……!」

「私達は新帝同盟(シンディトンモン)と名乗っている。──入れ、現帝」

「……は? ん? 媧、私は今耳がおかしくなったかもしれない」

「安心しろ燧。お前は元からすべてがおかしい。だが今のあいつも相当おかしい」

 

 なぁに。

 

「現帝一人抱え込めないで、何が新帝だ。……青清君には悪いがな、本気で帝になるつもりでいるのだ。私の手を取るのならば、単なる陽弥として来い」

「……その道は、険しく、苦しいよ」

「四千七百年、大義であったな」

 

 義があったかどうかは知らんが。

 必要に駆られたのだろう。全てを知って、なりたくてなったわけではない鬼として。

 

 なればそれくらい背負うさ。

 

「月も太陽も壊す予定だ。陽弥という名では、もう強く出ることは叶わんだろう?」

「なるほど……祆蘭。明るく暗く、良い名だね」

「それで、返事はどうする」

 

 世界が、割れる。

 その最中に聞こえた音は。

 

「──是、だよ」

「──ようこそ」

 

 おはよう、世界。

 

 

 目を開ける。

 

「どんだけ悩むんだよ……絹糸なんざどれも同じだろうが……」

「大姐、まぁまぁ、小祆は凄いんだから……」

「ん。……これ、だな」

 

 選ぶ。

 蜘蛛の糸を思わせる艶めきを見せる糸。

 

「ようやくか。……おう、これを買うから……そうだな、ついでにあっちの布もくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 ……伏の時もそうだが、もう少し状況説明を付け加えてから戻してくれないものか。

 咄嗟に対応するのは焦るのだがな。

 

 ああ……肩が凝った。雨妃のところの按摩を受けたい。

 

「よし、帰るぞ。お前が宮廷にいるだけで、幽鬼だの鬼だのが降って来かねねぇ」

「私は討厭鬼(タオイェングゥェイ)か」

「似たようなモンだろ。……夜雀、周辺警戒を怠るなよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ふん。

 ちゃんと返してから壊したのか。律儀ヤンキーめ。

 

 ……しかし、そうなると。

 

「み──見つけた!! 見つけましたよ副院長!!」

「あ? んだよ周遠。んな息を切らして……」

「なんだよ、じゃないですよ! あなたは重要参考人なんですから、なにをほっつき歩いてるんですか! 色々証言しないと!」

「……あー? ……ああ、確かに?」

「あれ、なんで大姐ってついてきたんだっけ」

 

 おい。

 整合性整合性整合性。記憶を戻してはい終わりかお前達。もしやとは思うが──多分に漏れず陽弥もポンコツ、なんてことはないよな?

 理性ある鬼の中でも唯一レベルの理性的な鬼だよな?

 

「じゃ、ごめんね小祆! 夜雀さん! 副院長は……今日中には返せないと思う! ……あ、祆蘭だった、ってそんなこと言ってる場合じゃない!」

「引っ張るな引っ張るな。そうだ……そうだ、私は院長と繋がりのあった……正勝の罪を……」

 

 嵐のように、朝烏さんは連れ去られて行ってしまった。

 ……まぁなんだ。一件落着、になるのかこれは。

 

 しかし……点展を投入してまで守りたかったのが正勝の情報なあたり、やはり鼬林の関連情報が全ての鍵か。これは私の探偵役も必要なく終わりそうだな。

 うん。

 

「夜雀様、すぐに帰って作りたいものがある。祭唄様と玉帰様も呼んでほしい」

「え、うん。わかった~」

 

 さて、では。

 やりたいことは、やれるときに、だ。

 

 

 

 青宮城、自室に帰ってすぐ、作業に取り掛かる。

 

 まずは原木の切り出し。工作物も慣れたもので、夜雀さんの斬撃によって美しく滑らかに切りそろえられた剪断面を見て感嘆を吐きつつ、底面の刳り貫きもやってもらう。気になる部分は私が鋸で調整。……鑿でやるとな、トンカチが強すぎて柄を砕いてしまうんだ。

 で、えーとそれで。

 次は祭唄による乾燥作業。割れないように、けれど均一に。そして素早く。

 模様も入れるけれど深くは入れない。無くても美しく仕上がる自信があったから。

 表面の鉋入れは私がやる。その間に三人には下部の板材を作っておいてもらう。

 一度やった作業だからか、効率化の為された作業。そして二つのパーツ……上部と下部をくっつけるのには固定の輝術を、ではなく。

 

「……何か難しいことしてない?」

「まぁ、いつの日にか青清君へと献上しようと思っている技術の一つだ。私も本職ではないが、昔解体したことがあってな。少しだけ知識がある」

 

 いつもの組木細工……の、さらに細かく頑強ver.

 幾つも木片が複雑にはめ込まれたその留め具は、さらにペダルグラインダーの研磨を得てあり得ないほどの密着性を見せる。

 その後は焼きの作業だ。玉帰さんの火に合わせて私が本体を動かし、作業を進める。その間に夜雀さんと祭唄には金具と器具を作成してもらって……。

 

 あとは、大事な部分。

 買ってもらった絹糸に手を加えることに多少の後ろめたさを覚えつつ……それを湯浴み場にあった石鹸、それを砕き溶かしたものに浸していく。

 このままでも充分な絹糸ではあるのだけど、精錬をすることでしなやかさと光沢を取り出せる。その上でギチギチに、けれど切れないように弦を張り詰めさせて……。

 

 よーし。

 

「……いや、演奏自体は拙いし、何分久しぶりな上に」

 

 手が小さいから余計に拙くなるんだが、という部分は言わないで。

 

「あまり注視されてもな……」

「でも、一度失敗したものだし」

「俺も……気に……なる」

「前のも面白かったけどね~」

 

 ……ま、いいだろう。

 

 ──弾く。曲は、『今年の牡丹』。

 歌詞もあるけど、歌いはしない。こっちの言語で再現できる気がしないしな。

 

 ただ弾く。短縮ver.ではなく、全歌詞ver.の方。

 私が弾けるのはこれと『うさぎ』、『さくら』くらいかな。

 歌詞自体も……まぁ、童謡とするにはかなり生々しいしな。流血表現があったり死生観に触れていたり。

 

 果たして。

 誰の尻尾が斬られて、誰の後に蛇がいるのやら。

 

 私の演奏の拙さもあって、総演奏時間はかなりのものとなってしまったが……うん、音は良いな。

 良い出来だ。

 

 これなら、大丈夫。

 

「……なんか、悲しい曲調だね」

「あまり……聞かない……」

「そうか? まぁ別にこれは私が弾ける曲だ、というだけだからな。『夕狐の蹴鞠唄』など、流行曲になるようなものを弾けるかどうかは奏者次第だろう」

「祆蘭、一応……聞いておく」

「ん」

 

 祭唄の問いは。

 

「これは、完成品?」

「──明言はしない。今日私が一人で作り上げたものは折り紙のあれだけだ」

「ん。わかった」

 

 そうだな。

 完成品と言ってしまうと──何が起こるかわからんからな。

 まだ、取っておこう。

 

 

 

 それはそれとして。

 

「約束のものだ、桃湯」

「……へぇ。綺麗な楽器ね」

「だろう。それで、受け取ってくれるのか」

「そもそも新帝同盟がある以上協力しているようなものだけど……そうね。改めて、受け取るわ」

「ああ」

 

 ──確実に、如実に。

 ──勢力を伸ばし始めたねぇ、新帝同盟。

 ──……まぁ、まさか桃湯も現帝が同盟入りしているとは思わぬだろうが。

 

 さて。

 もうそろ、動きださないとな。

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