女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十二話「センサー」

 朝烏さん捜しは難航していた。

 というのも、輝術の痕跡の一切が見つからないらしいのだ。出て行ったのは少し前であるはずなのに、それがない、ということは。

 

「多分、偽装輝術というものを使って動いている。……ただ、だとしても、どうやっても何かしらの痕跡は残る。残っていないということは」

「消されている、か。そして輝術の痕跡を消し得るものといえば」

「うん。穢れか遮光鉱。……ただし穢れの痕跡も見えていないから」

 

 遮光鉱。

 それらの意思が共に在るのかどうかまではわからないけれど、少なくとも現帝陣営が遮光鉱の鉱山を手にかけていたり、それらの技術に目をつけて長年研究していたりしたことは間違いないのだろう。それもやはり、現帝自身が鬼であるからできた話。付き従うものが輝術師であっても……か。

 

「しかし、砂埃が上がるとか、樹木が倒れるとかもないのだな」

「派手な戦いばかりをするのが輝術師というわけではない。上限情報で片が付くのならばそれでいいし、もっと直接的な死……死に至らしめるような手段を使えるのなら、そちらを使う」

「というと?」

「呼吸を止めるとか、心臓を潰すとか。……輝術師同士の戦いでやることは滅多にない。取り返しがつかないから。それでも凶悪犯罪者相手であったり、あるいは戦争、決闘であったりする場合は……やる。そういうことをしている内は、大きな音が出る、なんてこともなく終了する」

 

 ……案外怖いな、というか。

 確かに! とはなった。輝術で刃を作って飛ばす、身体能力を強化する、なんて遠回りな手段より、遠隔で物を操作できるのならそういうえげつない攻撃の方が効率は良いだろう。

 ただ、できるやつとできないやつの差は激しそうだな。以前青宮廷の酒蔵にいた蔵主なんかは、飛び散ったガラス片を移動させる程度でももたついていたし。力量差が如実に表れるがゆえにあまりやらないこと……なのかもしれない。

 勝負とは言えない、ただの虐殺になるから。

 

 そして虐殺で良い場面であれば。

 加えて……院長と副院長という、力量差の拮抗している相手であれば。

 

「いつもの直感は?」

「先ほどの棒占いで自信を喪失していてな」

「……」

「というより私の勘というのは"いるとしたらここだろう"とか"攻撃が来るとしたらこのあたりだろう"という根拠のない絶対の自信から来るものでしかない。輝術的なものじゃあないんだよ」

「でも今、それが必要。二人がいるとしたら、どこ?」

 

 ううん。

 視線を向けられている、とか。害意を向けられている、とかならある程度わかるのだけど。

 そういうのが一切ない場合は……どうするべきか。

 

 ──被害の一切を気にしないのであれば、威圧を振り撒けばいいだろう。

 ──おや、媧。君が"被害を気にする"なんて、明日は穢れの雨でも降るのかな。

 

 ああ確かにその手があったか。

 そして被害というと、つまり件の二人以外にも威圧が当たってしまう、と。そういう選別は難しいと。

 うーむ。

 

 じゃあ、剣気で。

 

「……何やってるの?」

「いや威圧だと色々危ないか、と思って」

「森に向かって剣気なんて放ったら、当然だけど──」

 

 地面が揺れる。

 ドドドドと。もう、週刊少年誌にありそうなオノマトペと共に。

 少しばかりの低空にいた祭唄が、高空へと上昇を開始した──その直後。

 

 "こ・れ・で・も・か"という量の獣が、大量に現れた。

 イノシシやクマなどの獰猛な生物だけじゃない、ウサギやらネズミやらもだ。

 

 あー。

 

「『スタンピード』になるのか……」

「まだ覚えていない言葉。どういう意味?」

「まぁ、獣の大暴走、という意味だ」

「……祆蘭のいた楽土では、この現象が通常にある、ということ?」

 

 アフリカとかサバンナとかではまぁ。

 通常ではないかもしれないけど。

 

「でも……有効的だったかもしれない」

「おお、本当か」

「うん。あっちからだけ、獣の一切が現れていない。つまり、初めからそちらには獣がいなかった、ということ」

「人間がいるから逃げていた、と」

「だと思う」

 

 いいじゃないか。

 この手法を祆蘭剣気センサーと名付けよう。そして動物の皆様方、ご迷惑をお掛けいたしました。

 

 祭唄に背負われて、その方向へと向かう──。

 

 

 夕刻の赤は次第に青へと染まり始め、青宮廷郊外である森から人間二人を見つける、というのが難しくなってくる頃合い。

 

「進史様も感知範囲を広げて捜索してくれているみたい。でも、見つからないって」

「進史様でもか。……あり得るのか、そういうこと」

「普通にある。青宮城に上がっていない貴族だからといって、輝霊院の上澄みは付き人に匹敵してもおかしくはない。そうでなければ輝霊院の存在理由がない」

「そんなものか」

 

 ああでも、そうか。究極、州君と付き人は自衛ができる。でも宮廷に住まう人々の全てがそうというわけではない。だから、現状過剰戦力になっていると言って過言ではない城勤めの貴族を全員宮廷へ降ろしたところで問題はないんだ。青清君と進史様だけで青宮城は回るわけだから。

 だから……青宮城にいるエリート貴族は、宮廷のエリート全員、というわけではないのだろう。青宮廷のエリートの中でも城に回す余裕のあるエリートが行っている、というと言い方がアレだけど、宮廷の戦力や技術が劣っているわけではないとかそういうこと。

 

「……ま、そろそろいいか」

「何が?」

「祭唄、私を森へ降ろしてくれ。多分それで解決する」

「……それは、危険なことをする気、ということで、合っている?」

「ああ」

 

 私が赴かなければ明るみに出ない。

 私が関わらなければ水面下で進み続ける。

 

 良し悪しはあれど──私が存在することそのものが、スポットライトの照射先となるのなら。

 

「守る。今度こそ」

「頼んだ」

 

 降りる。急降下する。

 

 その直後、祭唄の小刀と私のトンカチがそれぞれにそれぞれの攻撃を叩き落した。

 

「ん……こっちは輝術じゃなかったな」

「私が斬ったのは、輝術」

 

 けれど斬撃や打撃ではない。

 何かよくわからないものを斬って、叩き落した。それが所感。

 

「今のは?」

「さっき言った、内臓に作用するような輝術、かな? それが届く前のものを斬った……と、思う」

「こちらはさっぱりだ。が、まぁそういうことだ、祭唄」

「……なにが?」

「私を落とせば、二人は見つかる。今輝術の飛んできた方向……にはもう既にいないのだろうが、周囲にはいる。そして朝烏様たちは互いに互いを認識している。つまり」

 

 祆蘭剣気センサーを放つ。

 すると、今度は別方向からまた輝術が飛んできた。

 

「何をしている?」

「二人の位置を割り出そうとしている。反響定位というやつだ」

 

 無論高速で動くものに使うものではないけれど、割り出しはできるというもので。

 私は今常に剣気を放っている。獣を脅かさない程度の高さ……つまり人かクマくらいしか当たらない高さで、だ。クマに当たってしまうのはもう申し訳ないとしか言いようがない。

 で、だからこそ、あらゆる攻撃が私へ向く。朝烏さんに向けたものであろうと、輝霊院院長に向けたものであろうと、一切の関係なしにそのヘイトを買う。

 

「よって、攻撃と攻撃が直線状でなくなったのなら──」

「あっちに移動している」

「そういうことだ」

 

 朝烏さんまでもがこちらに姿を見せない理由は、多分そうしたが最後であるから、なのだろう。

 それほどに輝霊院院長の力は強いと見た。

 

「移動する。祆蘭はその剣気、ずっと出してて」

「ああ。だが気を付けろ、業を煮やして初めからこちらを狙ってくるやもしれん。私ではなくお前をな」

「絶対に大丈夫だ、とは言わない。でも鍛えられている意味を見せる必要はある。そう考えている」

「良い返事だ」

 

 ……だからまぁ、そうなることは必定だったのかもしれない。

 

 "こちらを狙ってくるかもしれない"。"祭唄を狙うかもしれない"。

 どう考えても油断だ。少し考えればわかることでもあった。

 

 戦場において、敵味方の区別なしにヘイトを集める存在──攻撃を妨害し続ける存在を、どうするか。

 

 そんなの。

 

「ッ、うっ!?」

 

 気付けば空だった。反応速度が追いついていない。直感が働かなかったのは恐らく、私が狙われたわけではないから、か。

 

「……ほっほっほ。頑丈ですな。とても、単なる要人護衛とは思えない」

「あなたも……衰えを、感じない。……鬼だから?」

「ええ、技のきれも肉体も、若かりし頃に戻っておりますじゃ。それと、傷の治りも」

 

 意識を失っているわけではないらしい祭唄は、けれど大きく脳を揺らされた衝撃のせいか、少しふらふらしているように感じる。

 それでも浮遊の輝術を保っていられるのはさすがなのかもしれないけれど……いやぁ、ナルホドナルホド、と。

 

「確かに、私のような役割をする邪魔者は上空へ除外してしまうのが手っ取り早い。だがいいのか? そんなことをしては、輝霊院院長が現帝と繋がりのある存在である、と露呈しているようなものだろうに」

「無論困りますとも。──ですが、気付いておられるのでは? 黄州にいる間、あなたが一言たりとも会話をしなかった相手の存在。その力に」

「明言はしない、と。素晴らしい徹底だな」

 

 同じく宙にいるのは老人。老人の鬼。

 点展(デンヂャン)だ。

 ロケット噴射おっさんこと今潮と違い、若い頃に武の達人で、老いさらばえて尚その武は衰えず、鬼となった今最悪レベルの矛を有することとなった最新の鬼。

 

 祭唄が鍛えている……といっても、それは穢れ対策の話。

 勝ち目は薄いだろう。要人護衛自体、攻撃特化の集団というわけではないから。

 

 そして、点展が出てきてまで私を離した理由はただ一つ。

 

「朝烏様は、掴んではいけないものを掴んだか」

「消す必要ありと、判断されました故」

「その判断を下したのは現帝か?」

「ご想像にお任せいたします」

 

 そうかそうか。

 であれば、だ。

 

「祭唄。浮遊の輝術とやら、私にかけたまま離脱することは可能か?」

「……ある程度なら」

「なら地上へ。朝烏様の加勢に行ってくれ」

「ほ。……面白いことを言いなさる。あなたは今、儂を見て、彼女を見て……彼女では敵わない、と判断したはず。だというのに彼女を外すのですか」

「なんとしてでも朝烏様が掴んだ情報が欲しい。"なぜ"を残すわけにはいかなくなったのでな。──であれば、あとは損得勘定だ。この事態を前に進史様、あるいは青清君が動かんはずがないし、こちらは時間稼ぎをしつつ朝烏様を守り切るだけでいい。そちらは朝烏様を殺し切らなければ負け。これほど有利な状況にあるのなら、私のすべきはお前の足止めが的確であろうさ」

「……また守れない。守らせてくれない。酷い」

「すまんな。だが朝烏様も要人だ。頼りにしている」

 

 小物入れから取り出すは包帯。それを左腕に巻いて、腰に佩いた鋸を持つ。右手は当然トンカチだ。

 

 ちなみに媧。お前にとっては再試合のようなものだが、希望はあるか?

 

 ──ない。存分にみせつけてやれ。お前が守られるだけの存在ではない、取るに足らない存在ではない脅威であるという事実を。

 ──……媧、本当に入れ込んでいるようだね。

 ──いちいちうるさいぞ役立たず。

 

 仲のよろしいことで。

 それでは。

 

 祭唄が……離れて行く。私を空に残したまま、地上へと。

 点展は動かない。止めに行こうとはしない。……輝霊院院長がそれほどまでに強いのか、それとも。

 

「なんだ、私の身柄でも欲するか」

「いえ、また手足の何本かを折っておこうと思いましたのですじゃ。ほっほっほ、早い早いと何度忠告したところで、世界を回す手を止める気はないようですからな」

「生憎私には鰓蓋を動かす筋肉が無くてな。止まると死んでしまうのさ」

 

 ()()()()()()

 受けてから気付くけれど、一瞬のうちに踏み込んで掌底を放ってきていたらしい。怖い怖い。まーったく見えないね。

 

「!?」

「ハ──脱臼しそうな衝撃だが、折れはしない! 流石は固定輝術だ、恐れ入る!」

 

 そう、この包帯は凛凛さんに固定の輝術を施してもらった包帯。

 "現代の組成"に戻ったあとも左腕に巻かれたままだったそれは、「固定」されたままに布の性質も有していた。正直意味はわからんが、とりあえず防刃性能対ショック性能に優れた布というわけだ。

 こう、鞭みたいに使うことも考えたけど、それには私の技量が足りなかった。なので単純な防御用だ。ただし包帯が硬いだけなので、当然それ以外の部分に走る衝撃までもを殺せるわけじゃない。なので痛みは普通にあるけれど、受けたままでもいられないので鋸で斬りかかる。

 

 ……なーんでもなく避けられるソレ。ま、だよな。

 私の剣……? まぁ剣速などたかが知れている。

 よってこの場において気を付けるべきは二つ。一つは左腕以外の部位……手足だけでなく、全部位に攻撃を食らわないこと。そしてもう一つは。

 

「ほっほっほ……一度冷静になってもなお、剣気を放ち続けますか。恐ろしいですな」

「当然だ。そのためにいるのだからな、私は」

 

 動物さん御一行の一切を考えない全開の剣気。その放出。

 感覚的に球形をしているそれは、空中と、そして周囲の森全体を包み込むものとなっている。だからまた私の直下でスタンピードが起きているけれど、なんだ、お前達が化けて出ても私は受け入れるよ。

 

 また左腕で弾く。

 

「──前々からではありましたが……不思議ですなぁ。何か考え事をしているようで、隙を見せることが多々あるにもかかわらず……攻撃にだけは必ず反応する。理屈の分からぬものとはあまり対峙したくないのですじゃがのぅ」

「身体が小さいからな。どこを狙うにも芯を捉えねばならん以上、取るべき防御姿勢も限られてくる。ならば余った思考資源を別に回すのも手だろうさ」

「成程、臨戦態勢を取った上で考え事をしている、と。器用ですな」

「莫迦者め、お前は鬼子母神を討ち取った勇士。謂わば格上の敵だ。それを前に油断などしてやるものかよ」

 

 然らば、という声が聞こえたのは背後だった。

 だから、目に見えている方は左腕の包帯で、背後の方はトンカチで対応し、足元のものは前後にかかる荷重を軸に宙返りをする要領で躱す。

 ……本格的になった、ということかね。

 

「その工具二つも硬いですなぁ」

「ああ、州君謹製だ」

「成程それは心して壊さねば。しかし、足元に放った斬撃の輝術はどのようにして察知したので?」

「足元に風圧を感じたからな、それで避けただけだ。だからほら」

 

 はしたなくはあるが、右足を上げる。

 そこから滴り落ちる血。

 

「掠り傷だが、受けている。有効だぞ輝術師」

「ほっほっほ、分析をする必要がないとは恐れ入りますじゃ。けれど、何か狙っているようにも感じられましたのぅ。今の正面の打撃の際、こちらが輝術を放っていなければ何かしらの反撃があったように思いますが、如何ですかな」

「流石の直感だ、勇士。確かに私の手の内には、青宮廷きっての変人が作り上げた毒薬がある。量が少ないのでな、ここぞという時を狙っているのだが、中々ここぞという時が来ない。お前、隙が無さすぎだろう」

「そちらは由来不明の直感。こちらは幾度もの経験で培った第六感ですからのぅ、攻撃に関するものであれば儂の方に分がありますじゃよ」

 

 ま、その通りだ。

 私もなんで受け切れているのかよくわかっていない。目で追えていないし、脱臼もしていないけれどしそうな勢いだし。

 原理主義が聞いて呆れる。あちらには理論があり理屈があるのに、こちらにはないのだから。

 

 だけど、矜持の一つや二つ、人命に代わるものでもなかろうさ。

 

()()()()()()()()()()()()()

「ほ?」

「気にするな。こちらの話だ」

 

 告げて。

 ……告げてから、気付いた。

 

「待て。今お前、どうやって輝術を使った?」

「ほほほ……気付かせずにやり過ごせるかと思ったのですがの、頭に血の昇った獣ではないと証明されてしまいましたか」

 

 そうだ。そうだった。

 こいつ、鬼じゃないか。じゃあさっきの輝術はどこから。

 

 ──空。いや、周囲。

 キラキラと舞うなにか。

 

「鱗粉……笈溌(ジーボォ)か!!」

「ほ……隠蔽性が無さすぎますのぅ。改良必須、と。では、御機嫌ようですじゃ。──手足の痺れは七日ほどは取れませぬが、死には至りませぬので、ええ。ほほほほ」

 

 降り注ぐ煌き。

 まずい、包帯を口に当てるだけでは無理がある。

 

 かくなるうえは──。

 

 

 

 青宮城、医院。

 

「くちゅん!! ……あ゛ー……鼻水ど涙ど涎どべんばあぜがどまらない……」

「馬鹿だネ。吸えば一刻半は顔面から汁が止まらなくなると言っただろウ。毒ではなク、その通りの効果を発揮しているに過ぎないヨ。……ワタシを青宮城にまで上げた心意気には敬意を表するけれど、仲良しこよしをするつもりはなイ。ワタシはこれで失礼するヨ」

「うばー……」

 

 かくなるうえは、これだった。

 秀玄(シゥシュェン)の特別ブレンド刺激物。その匂いを完全に抑え込んでいるこの布であれば防塵性能にも優れる……ガスマスクの役割を担えると踏み、中身を全部ぶちまけてから口元に当てたのだ。

 ああ、その判断は正しかった。見事に鱗粉が体内に入ることを防いでくれた。

 

 が。

 

「くちゅっ、ちゅんっ!!」

「……え、大姐(ダァジェ)を助けてくれたこととか色々言いたいことあるけど……(くしゃみ)をする小祆が可愛すぎる……」

「う゛ー」

 

 似合わない自覚はある。が、祆蘭ちゃんボディのくしゃみはこれなのだ。私にはどうしようもないこと。

 ……袋の内部に残っていた特別ブレンド香辛料のせいで、私は今地獄を味わっている。花粉症とかハウスダストとか動物アレルギーとかが全部一気に押し寄せて来た、みたいな感じ。鼻水と涙と涎と汗が止まらない。気のせいなのだろうけど耳からも汁が出ているような気さえする。

 毒物だよアレ。しょっぴいた方が良いよアレ絶対。

 

 ……まぁ。

 

「ごろずなよ゛、どい゛う言葉、きぎどどげでぐれだようでな゛によりだ」

「わかったから治るまで喋るな。……こちらとしても必要な情報源だ。元より殺す気は無かった」

 

 殺すなよ、という言葉。

 あれは、一瞬私の後を通った人……進史さんへ向けての言葉だった。

 

 ま、そのために祭唄を森の中へ送ったわけだしな。祭唄には偽装輝術がかかっていないから、進史さんが辿れると踏んでの戦力分散だ。祭唄には悪いけど、彼女が行ったところで副院長vs院長の対決に水が差せるとは思っていなかった。

 

 しかし。

 

「あざむが──」

「確かに私の感知を欺くことのできる輝術の開発には驚いたが、欺かれたところでいる位置さえ大まかに掴めているのならば、その周囲一帯を拘束すればいいだけの話だ。青清君ほど派手なことはできないが、私も一応付き人だからな。況してや身内の不祥事とあらば、これくらいのことはする」

「じょぐ」

「処遇に関してはまだわからん。行政とも相談が必要だし、青清君の判断もある。情報漏洩、及び隠蔽。加えて先代青清君と……黄州の彼女との話は、こちらからすると寝耳に水も良いところだ。慎重な調査を必要とするだろう」

「ぢゃおう゛ー」

「……? すまない聞き取れなかった」

「ぢゃ、ぢゃお、う゛くちゅっ!!」

「もう話すな。後で聞いてやる。子細は祭唄から聞くから、お前は休んでいろ。……独断専行が過ぎるきらいはあるが、今回は事前に連絡を入れた上での行動な上に、要人護衛もつけたままだった。本物の功績と言える。……それでは、夜雀。祆蘭の看病を頼む」

「はい、お任せください!」

 

 ……朝烏さんの容態を聞きたかったのだが。

 夜雀さんが明るいあたり、特に大事はないのかな。

 

「あ゛ー」

「なになに、何かしてほしいの?」

「う゛-う゛ー」

「あ、わかった! じゃあ厠に」

 

 夜雀さんの頭をぽかりと殴る。

 全然反省してないね?

 

「じょ、冗談だって~。……でも実際、湯浴みをしたら、治りは早くなるんじゃないかな~って」

「……。だじがに゛? くちゅ!」

 

 厠は抵抗感あるけど、まぁ、風呂なら。

 

 入るかぁ。

 

 

 

 カポン……なんて音が鳴ることはないけれど、青宮城のそれなりに広い湯浴み場にて二人。

 まだ鼻の奥というか喉の奥がムズムズする……が、まぁ顔を洗って口をゆすぎ続けてなんとか、という感じ。

 

「大分楽にはなってきたが……ちゅんっ!」

「後から成分見たけど、うへ~ってなったよ。よくこんなの吸おうと思ったね」

「吸いたくて吸ったわけじゃない……」

 

 しかし、あの防塵性能の布は価値がある。マスクとして小物入れに入れたい。実は穢れも漏らさなかったりしないだろうか。

 香辛料の方も、ちゃんと投擲できたら武器にはなりそう。

 

「夜雀様は……秀玄様を、知っているのか?」

「ああ、饌師(ヂュァンシー)のこと? 知ってるもなにも、青州の貴族街で出される料理は大体饌師が考案してるやつだよー」

「……それは……新しい料理を、ということか?」

「うん」

 

 輝術インストールでレシピは共有されている……と聞いているが。

 つまりあいつは、新しいものを作ることのできる人間、というわけなのか。……蘆元(ルーユェン)もそうだが、老人はそういう傾向が強かったりする……のだろうか。

 

 ただの変人ではなかったんだなぁ、なんて。

 

「くちゅっ!!」

「……かわいいねー」

「……嚏なんて、だいたい可愛いものだろう。この年頃の子供の嚏なんて。くちゅ……んんっ」

「子供がそれをいっちゃうかー」

「私からしてみれば夜雀様も子供に見えるけどな」

 

 波も立てずに、ぴと、と。

 夜雀さんが寄ってきて……固定の輝術をかけられた。

 

「どういう……」

「小祆はさ、祭唄相手にもだけど、事あるごとに子供扱いしてくるよねー私達のこと。……実は私達はずーっとお姉さんだってこと、わからせてあげなきゃなーってずっと思ってたんだよねー」

「……ああ、まぁ、子供扱いが嫌なのは理解できなくもないが、一応怪我人というか病人くちゅん! ……のようなものに何をする気だ」

「んー、後ろの方よく聞き取れなかったけどー」

 

 固定されたまま……抱きしめられる。

 身長差などあってないようなものなので、普通に子供が風呂場でじゃれついているだけ、みたいな構図になるのだが……身体が動かない。

 よくよく観察すると、私の周囲のお湯まで固められている。……面白いけど、これが「お姉さんだということをわからせる」にどう繋がるのか。

 

「前にも言ったがくすぐりは通じんぞ」

「そんなことしないって~」

 

 ……なんだ。本当に抱きしめられているだけだが。

 

「小祆の髪ってさー……長いよねー」

「まぁ、切るにも金がかかるし、捨てるにも場所を食う。とはいえ邪魔は邪魔だし切ってもいいんだが……これがな」

「これ? ……って、あ、そっか」

 

 これ。

 "現代の組成"に帰ってきてから、当然のように巻き付いて来た呪いのアイテムこと、玻璃の元結。

 一応貰い物なわけだし。

 なんか意味あるものらしいし。

 

 つけられなくなるくらいなぁ、まぁ、いいかなって。

 

「……なんだ、もしや髪を切ろうとしてくれていたのか?」

「うん。……でも、流石に帝の母御の贈り物を台無しにする勇気はないかなー」

 

 あーね。

 確かにまぁ、幼子の髪を整えてやる、というのは「お姉さんらしい行為」かもしれない。

 あるいは夜雀さんが姉妹にやってもらってきていたことなのだろう。

 

 ふーむ。であれば。

 

「くちゅっ! ……んむ。あまり派手でないもので、だが……爪紅にな、少々興味がある」

「ぅ」

「だから頼みたい……と言おうとしたが、その反応は」

「いじわる……小祆、私が絵、下手なの知ってるでしょ~!」

 

 そういえばそうだった。いつか切り絵をやったとき、夜雀さんの描いたものはその……形容しがたい何かだった。

 え、えーと。じゃあ。

 

「あー、なんだ。化粧……は、邪魔だしな。うーむ。……そうだ、練香水(リィェンシャンシュイ)などには詳しいのではないか?」

「……まぁ、それなりには?」

「私はほら、そういったものを全く知らん。くちゅっ……だから、青宮廷のでも、そうでない場所のでもいい。私に手ほどきをしてほしい。……それと、あの賞盟が絡まないのであれば、茶のたて方も学びたいところだ」

「結局小祆に乗せられてる……けど、わかった。祭唄はああ言いながら高級品に慣れちゃってるからねー。私みたいな最下級の貴族にしかわからない、安値だけど使い方次第で華やかになる練香水を教えてあげる!」

 

 私を固定したまま持ち上げる夜雀さん。

 うん。喜び方が……やっぱり子供だな。

 

 子供扱いは当分抜けそうにないが、喜んでいるのならそれでよし、だ。

 

 くちゅん。

 

 ……確かにガラじゃないな、このくしゃみは。

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