私達の世界(特に言葉)の成り立ちを考えると、常にNHKが大きく存在していることに気が付きます。それは、前回までに述べた「金田一先生を中心とした共通語の制定」に端を発していることは否定できません。その当時は日本の放送局はNHKのみで、民間放送ができるのは戦後しばらくしてから、1951年に放送を開始した中部日本放送が最初です。その後ラジオ東京(TBS)が同年の末に、テレビ局としては日本テレビが53年に放送を開始し、前後して52年に文化放送、54年にニッポン放送が放送を始めるなど、続々と民間の放送局が生まれたのです。放送開始とともに必要なアナウンサーは、ほとんどがNHKから移籍して来て貰ったのです。野球中継や相撲中継は大人気の番組で、どこの局でもまず編成したのは当然としても、肝心の実況アナウンサーがいません。そこでNHKのアナウンサーを、引き抜いたのでしょう。NHKのアナウンス教育は民放に比べると、徹底していたものと想像できます。今でも新人の研修日数の長さは、即戦力としてすぐに現場に出す民放の比ではありません。そうして配置された元NHKアナウンサーが、各局のアナウンスの基本を整えて行ったことも想像に難くありません。アクセント辞典も、ほとんどのアナウンサー、声優、ナレーターの持っているものはNHK出版のものです。それだけ“NHK”の言葉を意識しているものなのです。ところが、そのNHKに所属しているアナウンサーの皆さんのアクセントが乱れ始めています。日本語のアクセントは時代によって変化をするもの、これは十分承知のことです。しかしその変化には、その時代の出来事や背景といった“変化の理由”があったはずです。例えば「総括」・・・このアクセントはもともと平板型でした。ところがある時を境に、頭高のアクセントが出現したのです。その時とは・・・赤軍派が大菩薩峠に立てこもり、武闘訓練をしていた。派の方針について意見の違いが出ると、体制派が少数派の者にリンチをし、挙句の果てに殺してしまった・・・という事件が報道された時です。赤軍派の中の言葉“ソーカツ”は頭高でした。それをそのままニュースの読みでも使ったのです。それ以来、会議の時などでまとめの作業をする際に、総括という言葉が頭高で発せられることが多くなったのではないかとみられます。さて、では現代はどうか・・・それは次回にでも。
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ナレーター・アナウンサー養成塾 塾長 ナレーター・伊藤英敏
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