「トランプはバカではない」ことを前提に私たちが知っていかなければならないことがあるのではないか:「高関税時代のアメリカ」と「労働を大切にする保守派」の思想

4月9日(水)晴れ

昨日は会計関係のことで飛び回っていて、一応ひと段落ついた。まあこれからが本当の勝負みたいな感じがしているが、まだちゃんと自分で情勢状況を掴みきれてない感じがするのでまずはそこからだろうか。一つのことに向かって頑張っているときは周りのことが見えにくくなっているので、ひと段落すると急に周りが見えてきてやばい、と思うことが最近多い。まあ最近では本当はないんだろうなとは思うのだが、昔は、というか若い頃はやばい状況というのが認識しにくかったということではあるんだろうと思う。逆に歳をとってくると「なんとなくやばい気がする」というよくわからない状況に対する不安とかネガティブな発想が出やすくなっているという罠もあって、本当にプレーンにニュートラルに状況を認識するというのはそんなに簡単なことではないだろうなと思う。


トランプ関税の問題で経済は大荒れで、一つの情報に一喜一憂して相場が乱高下、みたいになっていて、現場の人たちは大変だと思うが最前線にいない立場としては今こそちゃんと勉強すべき時期なんじゃないかという気がする。

日本は第二次世界大戦敗戦後ニューディーラー左派がつけた「戦後民主主義の道」を割と忠実に歩いてきたから、第二次大戦後のアメリカの特殊性みたいなものをちゃんと認識できないところがあって、立国の原点というか明治維新から第一次世界大戦までの世界がどうだったのかということをもう一度見直してみた方がいいと思うのだけど、「第二次世界大戦後の世界秩序こそ至高」みたいな思考から抜けきれない人が本当に多いと思う。

自由貿易体制で最も得をしたのはアメリカだ、と我々は習ってきたのだが、消費面ではアメリカが最も繁栄したのは確かだけれども、元々はアメリカは製造業の国だったわけで、農業の国であった南部と製造業の北部の対立が最終的には南北戦争になり、北部が勝利して製造業優位の体制が作られたわけである。その辺のところは歴史だから大体みんな知らないわけではないし、私がジョージアに行っていた時も地元の人たちは「我々(アメリカ)が戦争に負けたことがないなんて嘘だ。南北戦争に負けた」と言っていた。

つまりはアメリカは北部製造業を発展させるために高関税をかけて自由貿易の方が有利な南部の農業社会を犠牲にすることによって発展してきた国であるわけである。これは何回か書いているが、19世紀後半から20世紀前半にかけて製造業の中心地であったオハイオから選出された共和党の大統領が7人出ている。トランプが理想としているのは大体この時代(いわゆる金ぴか時代)ということなのだろう。

ただ、この時代のアメリカのことをちゃんと認識している人は日本にはそんなに多くない、というか日本の歴史は戦前と戦後で断絶しているのだ、と考えている人ほどアメリカの歴史も戦後だけ見ればいいと思っている感じがする。逆に言えば、1945年以前のアメリカというのは、我々の常識があまり通用しない国であるわけであり、そこに踏み込むことの知識人としての本能的な恐怖、つまり知らない世界に放り出される恐怖みたいなものがあるのではないかという気がする。

篠田さんのいうように、アメリカの歴史を踏まえれば、トランプのやっていることはアナクロで滑稽に見えるのはともかく(いま日本の政治家が「朝鮮半島は日本の利益線の内側だ」と言っても相手にされないのと同じ)、日本で本当に一部の保守派が「日本国憲法を廃止して大日本帝国憲法を復活せよ!」と言っているのとはわけが違う。トランプのいうことを支持する学者も元にちゃんと存在する、というか彼らの理論がトランプの行動のバックボーンになっているわけだし、またトランプを支持する人々がちゃんといるのだから、トランプをバカだと言ってすませるのは知的退廃に過ぎない。

アメリカは南北戦争で南部を犠牲にして高関税政策で製造業を発展させ、世界的な大国に発展して世界一の工業国であったドイツに対抗してイギリスを支援して第一次世界大戦に勝利し、名実ともに覇権国の一員に加わったわけである。高関税政策こそがアメリカを世界一にした、MAke America Great Againのためには高関税政策がキモなんだ、という遺伝子的なものが彼らにあるということが、まず認識されないといけないと思う。

で、第一次世界大戦に勝ったアメリカは世界をアメリカ化、つまりリベラルの新天地に帰るための理想外交を始めたわけで、それが国際連盟や不戦条約に結びついたわけだけど、そうした理想に対してよく思わないアメリカ人も多く、それが排日移民法や大恐慌下での高関税政策による経済のブロック化にもつながっていくわけである。

そして第二次世界大戦で権威主義的なファシズムのドイツや軍部独走の感があった日本を倒すと、再度世界平和のための理想主義的な自由貿易体制を構築したわけで、これが結局現代を生きる我々にとってのデファクトスタンダードになってしまっているわけである。特に戦前を強く否定された日本人の、特にインテリにとっては戦前世界を考えるのはいわばタブーになり、戦後のことだけ見ていればいい、という感じになってしまった。

しかしこの自由貿易体制は高関税政策で製造業を強化してきたアメリカにとっては必ずしも望ましくなかった。というのは、製造業を盛んにすること自体は他の国でもできるわけで、結果ドイツやアメリカが再び新調し、また違う社会体制のソ連などで独自の科学的発展が見られ、アメリカはソ連に対抗するために膨大な国費を宇宙開発に使うなど、必ずしも経済合理性のみで行動できなくなっていったわけである。そして自由貿易体制における他国における製造業の発展はアメリカの製造業の比較劣位を生み、アメリカから製造業がなくなっていくことになった。そして多くの失業者が生まれたわけで、それらの人々がヒルビリーとかレッドネックと言われるようになるわけである。

だから戦後のアメリカは製造業労働者を犠牲にすることによって世界平和のイニシアティブを取る、つまり覇権国であることを獲得し、覇権国であることの優位性、つまりドルが基軸通貨であることの恩恵を最も得られる人々が限りなく利益を得ていく一方で、「見捨てられた人々」が不満を募らせていくことになったわけである。

もちろん共和党保守の内部でもレーガン時代のように「改革」が進められた時代はあったが、本質的に彼らに救済策が施されてはいなかった、プアホワイトは長い間日本から見えなかったのと同様、ワシントンからも見えなかったわけである。

南部の白人たちは長い間民主党を支持してきたが、それは彼らが民主党のリベラルな政策に賛同していたからではなく、「リンカーンの共和党には投票しない」という信念によるものだった。しかしそれがレーガン時代から変化し、現在では南部は共和党の地盤になっている。民主党は彼らの不満を汲み取ることができなかったわけである。

民主党は労働組合を支持基盤にしてきたから労働者の多くは民主党に投票してきたわけだが、彼らは別に再配分政策で恩恵を受けたいわけでなく、自分で稼ぎ自分で家族を養う当たり前の仕事が与えられることを望んでいたのだけれども、製造業が空洞化した状態を今まで誰も取り上げてこなかった。これは近年の日本でも同じ傾向はあるが、結局は農業にしろ製造業にしろものを作ることを基盤にした地に足がついた状態でなければ「発展」は難しいというのが本当のところなのだと最近私も思うのだけど、だからトランプのやることは日本にはいろいろ迷惑なところはあるが、アメリカのためということならそんなに間違っていないという気はする。製造業が復活するまでにはまだ時間がかかるとは思うが。

だからいま我々が勉強し理解するべきなのは19世紀から20世紀前半にかけてのアメリカと世界の歴史であり、また新古典派でもケインズ派でもない関税理論に立脚した若いエコノミストの一群の思想であるのだと思う。理解しても受け入れなければならないわけではないが、知らなければ彼らが何をこれからやるのか予想もできないからである。

そういう意味で先日書いたオレン・キャスという人には関心があるし、このところの私のnoteのアクセス数でもキャスについて書いた回が増えている。

私自身も彼についてそんなに知っているわけではないので調べてみたところを少し書いてみたい。

オレン・キャス Oren M Cassは1983年生まれなので現在42歳だろうか。ボストン郊外で育ったユダヤ人とのことである。彼の出身はウィリアムズ大学で、これはリトルアイビーと言われる「アイビーリーグ並みの教育を少人数教育で与える」大学だそうである。専門は公共政策public policyであり、公共政策とは「政府や公共部門が社会の公的な問題に対して行う方針や施策、事業の総称」で、財政政策や金融政策、産業政策、競争政策などが含まれる。これはAIによるまとめだが、Wikipediaの「公共政策」を見ると社会的平等とかより左派的な説明になっていて、こういうまとめ方もまた戦後民主主義的な歪みというかバイアスであるのだろうなと思う。

彼は2015年のポリティコの論評によると「general policy impresario of the emerging conservative consensus on fighting poverty」、つまり「貧困と戦う勃興しつつある保守層」の「一般政策的な興行主」とでも訳せばいいだろうか。つまりこれを読んだだけで彼がどんな人か想像できる人が日本にどれだけいるだろうかという感じの人である。

貧困と戦う勃興しつつある保守層というのはつまりヒルビリー的な人々と彼らと心情を共にする人々、ということだろう。彼らの政策的な面での指導者の一人、と考えたらいいかなと思う。彼の代表的著書が「かつての労働者と未来の労働者 アメリカにおける労働の再生のビジョン」という本であることから、まさにいまトランプがやろうとしていることを理論的に支えている人だと考えることができる。トランプ政権は保守派の寄せ集めとよく言われるが、その中でもヴァンス副大統領に世代的に思想的にも一番近いと考えて良いのだろうと思う。

彼の主張の中心は「作業仮説」としてこの著書で提示されている「 a labor market in which workers can support strong families and communities is the central determinant of long-term prosperity and should be the central focus of public policy」ということ、つまり「労働者が強い家族やコミュニティを支えることができる労働市場」が「長期的な繁栄の中心的な決定的な要因」であり、「公共政策が中心的にフォーカスすべきものである」ということで、彼は先日のインタビューでこの考え方を「真正な保守」という言い方をしていた。

この考え方は「自分たちが食べられるのもお百姓さんのおかげであり、生活できるのも工場で働く人たちのおかげである。だから感謝しないといけない」という日本の伝統的な考え方に似ていると思う。それを政府の力で推進すべきだというのが彼の考え方で、そういう倫理を持つべきだという日本との違いはそこらへんにはあるだろうと思う。

だから例えば日本でも「修養主義」と呼ばれる考え方は彼らの考え方に近いようには思うし、日本的な真面目さというのは彼らの考え方と共鳴する部分はあると思う。

いま中心的に知っていかなければならないのは例えばこんなことではないかという気がしている。

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kous37
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コメント

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