(耕論)ドイツ右傾化? オリバー・レンブケさん、板橋拓己さん、中西寛さん
ドイツ総選挙で、右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進した。欧州に「右傾化」やウクライナ戦争、トランプ再来の波が立つ中、「反ナチス」を掲げる国で何が起きているのか。
■現政策にうんざりなだけ オリバー・レンブケさん(ルール大ボーフム教授)
右翼「ドイツのための選択肢(AfD)」は2013年、ギリシャなど財政危機国への支援に反対する政党として誕生しました。
反移民・難民の姿勢を強め、移民流入への不満の受け皿になっていますが、欧州連合(EU)にも懐疑的です。ナチス時代のスローガンを訴えたメンバーもおり、第2次世界大戦の反省をもとにしたEU内で信頼されるドイツの立場を、壊しかねない政党として強く拒む人も多い。
ただ、総選挙で得票率を倍増させ第2党になったことに驚きはありません。深刻な経済停滞を招いたショルツ政権は不人気でした。難民らによる襲撃事件が相次いだことで移民問題が第一の争点になり、AfDに追い風が吹いていました。
AfDに投票した人は3グループに分けられます。(1)民族主義的な右翼支持層(2)強い国家を求める保守派(3)移民対応を中心に政策に強い不満を持つ人々です。
旧東西ドイツ間には給与などの格差があり、AfDが議席を伸ばした旧東では「取り残されている」と感じている労働者も多い。移民規制を打ち出す「強い国家」の主張が受け入れられやすい土壌もあります。
メルケル前政権にも一因があります。16年続いた政権のうち12年間は、彼女が率いた中道右派「キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)」と中道左派の社会民主党による大連立でした。彼女の寛容な移民政策は、今では多くの国民に拒否されている。中道の大連立政権に不満があれば、有権者は政治的に左右に偏った政党に向かうのです。
CDU・CSUを率いるメルツ氏は保守的で、厳格な移民政策を掲げています。党として、メルケル時代を終わらせたいという思いがあるのは明らかです。
ただ、移民規制などの主張は右寄りになっていますが、右傾化という言葉は使いたくありません。AfDに投票するのは今の政策にうんざりしているから。ドイツ社会が急進的になっているわけではありません。
現在、CDU・CSUと社民党が次期政権の連立交渉を進めています。社民党の要望を受けてインフラ整備などのために財政規律の緩和が決まりましたが、CDU・CSUは選挙戦で緩和に反対してきた。信頼性に疑問符がつきかねません。両党の主張に溝があり交渉は難航していますが、次期政権が政策課題に効果的な解決策を打ち出せなければ、最大野党AfDが支持を伸ばすのは避けられません。(聞き手・寺西和男)
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1969年生まれ。専門は政治理論。現代民主主義の課題や司法の政治への影響などを研究。アムステルダム自由大研究員も務める。
■「掟」で連立組めず、過激化 板橋拓己さん(東京大学教授)
ドイツでは、歴史的な経緯もあり、他の欧州諸国に比べて極右政党が伸長しにくい土壌がありました。その中で、極右のAfDが総選挙で20・8%の票を得て第2党に躍進したのは、衝撃的といえます。
AfDは、旧東独地域でとりわけ高い支持率を得ています。東西統一から30年以上が経ちますが、経済的・社会的・心理的な格差は残っていて、AfDがその不満の受け皿になっているのです。
もうひとつ重要なのは、旧東独地域で「ケア政党」の役割を果たしていることです。特に地方政治家がこまめに市民の声を聞くことで、信頼を得ている面があるのでしょう。
また今回は、旧西独地域でもかなりの票を得ています。全体で約1千万票を取っていますが、700万票は旧西側からです。労働者や失業者が、かなりAfDに票を投じたようです。
AfDは歴史の浅い政党で、2015年の欧州難民危機を契機に、反移民・難民を掲げて台頭しました。特徴的なのは、党内紛争が起きるたびに、穏健派が追い出されて、過激化していったことです。
他の欧州諸国では、極右政党がある程度伸長すると、連立政権入りを目指して主張がマイルドになることが多い。しかし、ナチスの経験をもつドイツでは、「極右政党とは組まない」というのが政治の掟(おきて)としてあるわけです。連立の可能性がないので、極右がさらに過激化していく。
新政権が、CDU・CSUと社会民主党の大連立になれば、表面上は安定するでしょうが、具体的な成果が出せないと、AfDにさらに攻撃材料を与えることになります。次の総選挙でAfDが第1党になる可能性もあります。
とはいえ、2大政党が空洞化して極右の国民連合が伸長したフランスのように、政治が極度に不安定化するとは思えません。フランスに比べれば、ドイツの既成政党はまだ組織としての足腰が強く、一気に崩れることはないでしょう。
ただ懸念されるのは、第1党のCDU・CSUを始めとする既成政党が、自らの未来のビジョンを描けていないことです。今回の選挙でも、移民・難民問題ばかりが争点化され、ある意味で、AfDの土俵に乗ってしまったといえます。既成政党がもっと大きなビジョンを示せないと、極右勢力の伸長は止まらないでしょう。(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)
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いたばしたくみ 1978年生まれ。専門は国際政治史、近現代ドイツ政治外交史。著書に「分断の克服 1989―1990」(大佛次郎論壇賞)など。
■警戒を解く新「方程式」を 中西寛さん(国際政治学者)
AfDの躍進は、ドイツだけでなく欧州にとって大きな正念場です。
「極右」勢力の伸長は欧州各国で起きています。食糧・エネルギー価格の高騰や、移民流入、格差拡大への不満の受け皿になっているという点も共通しています。英国のEU離脱やトランプ米大統領勝利の背景とも重なります。ただ、ドイツは他国にはない固有の事情を抱えています。
「ドイツ問題」という言葉があります。過去の経緯から、欧州人にはドイツが強大化することへの根強い警戒心がある。しかしドイツは狭隘(きょうあい)なナショナリズムを克服することで良好な対外関係を保ち、ポスト冷戦期を乗り切ってきました。
ただ、ナチズムを突然変異の異物と見なすか、社会の産物と認めるのかという問題で、東ドイツでは元々、前者の考え方が強かった。二級市民扱いへの長年の不満も含めて、特に東でのAfD支持につながっている面は否めません。過去の責任をめぐるコンセンサスを揺るがすAfDの伸長は、再び「ドイツ問題」を顕在化させる恐れがあります。
加えてEUには「民主主義の赤字」の問題もあります。官僚や各国閣僚らが政策決定を主導し、加盟国の国民の意思が必ずしも反映されていない。その不満が、国民国家への回帰の動きを後押ししています。
とはいえ、EUというまとまりを欠いてはもはやグローバルプレーヤーになれないことは、欧州人が一番よく分かっている。域内のGDPの4分の1を占めるドイツがその中核を務めるしかないことも。親ロ的なトランプ政権はウクライナへの支援を見直し、欧州に肩代わりを求めることも考えられます。一方、ウクライナは西側に長距離兵器の使用許可を求めている。米国の国力が衰退し、NATO(北大西洋条約機構)頼みだった安全保障体制の再構築が求められるなか、自由民主主義陣営を支えるドイツの責任は増しています。
ナショナリズムを飼いならし、歴史問題を鎮め、国民主権と国際主義との調和を図る。新政権はその難しいかじ取りを迫られています。従来の方程式が通用しなくなっているのなら、否定し過ぎた「ナショナル」なものの見直しや、歴史認識の更新も、場合によっては必要かもしれません。当然それは負の歴史の正当化や先祖返りであってはならない。時代に合った新たな方程式を創造する過渡期を、ドイツと欧州は迎えています。(聞き手・石川智也)
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なかにしひろし 1962年生まれ。京都大学大学院教授。専門は安全保障論。著書に「国際政治とは何か」「漂流するリベラル国際秩序」(共著)など。
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