The right time

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長かった路地裏の人生の夏休み、キャリアブレイクが秋の深まりとともに終わる

いよいよ明日から新しい会社で仕事をスタートさせる。実に563日ぶりの社会復帰である


路地裏の転職活動9月攻勢は殺風景な公民館のホールで始まった。片っ端から声をかけたエージェントとここでオンラインで面談したものだ。始めた当初は不安と絶望しかなかった。小さな成功を重ねていくにつれて、納得できる結果を得ることができた




今朝は早朝5時の缶ビール、朝のスタバでモーニングコーヒー、昼下がりに公園でラジオを聞きながら団子と冷酒と、およそ勤め人にはできない最後の贅沢を堪能した


このブログも本格的に書き始めてから6年が経とうとしている。6年前はまさかPEファンドで働くなんて思ってもみなかった

さて、この電話屋のブログというタイトルが内容とそぐわなくなったと感じている

キャリアチェンジを機に、このブログもタイトルを変えて再出発したいと考えていた。異業界に移る前に今思っていることは全て書いておこうと思っていた。そして繰り返しになっていたかもしれないがそれができたと思っている

PEファンドはニッチな世界であるため、素性をありのままに書くと特定される恐れがあるかもしれない。だがいろんなキャリアを経てこのPE村に入ったことだからこそ書けることもあるのではと思う

次のブログを読んで一人でも多くの人がPEやキャリアチェンジに興味を持っていただけたら望外の喜びである

Thank you for reading this blog so far. I'll see you again someday.

電話屋のブログ 完

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今朝は1カ月ぶりに近所の神社に参拝した。お願いに来たのではなく、10月から希望していた業界で働くことができるという報告、お陰参りである


最近、MBA同級生のSuguruとEriと近況を話すことがあった

Suguruは地元ボストンのラグビーチームのGM職に就いたらしい。尤も見習いのような立ち位置とのことで、継続就労に必要なビザの取得は向こう1年の働きぶり次第とのことだ。もちろん件のラグビーチームには日本人は誰一人いない。新天地でどこまで頑張れるか、不安しかないと言っていたが声は明るかった

何とか希望の仕事が得られたとのことで路地裏も自分のことのようにうれしかった。本当はプロサッカーチームの仕事がよかったとのことだが、まずは実績を作ることを重視したようだ

Suguruは海外経験がない純ドメであり、前職はテレビ局で報道記者をやっていたようだ。そこから大胆なキャリアチェンジを果たしたことになる

Eriは10月からまたトーランスでインターンがスタートするのだが、日本に戻ってリモートで業務をするとのことだ。インターンは営業の仕事であり、どうしてもコンサルがやりたいから日本でその仕事を探すようだ

また、彼女はボストン映画祭にエントリーするつもりだったが、事前にどこかで自分の作品の上演実績がないとだめらしい。路地裏にある映画館の情報を渡して、自主上映ができないか聞いてほしいと依頼があった

路地裏が確認したところ、件の映画館で対応してくれるようだ。来週からEriは帰国するので、あとは彼女が対応するようだ

まだまだコンサルの仕事を探している。一度営業という色がつくとなかなかキャリアチェンジは難しい。路地裏も事業会社とはいえ、一度M&Aを踏んでMBAまで取るとコンサルやM&A、投資がやりたいのではというレッテルがついてしまう。それを払しょくしてPEのミドルバックオフィスのポジションを得るのに骨を折った

さる大手コンビニの経営企画部門のオファーが出た時、路地裏はエージェントに「前の経験が生かせそうなんで特に違和感はないです」と不満があるにもかかわらず思ってもないことを言った。それにかぶせるように彼は「違和感がないことが本当に大事なんです」と嘯いていた

これまでたくさんのエージェントがいろんな案件を紹介してきた。FASなどの会計コンサル、事業会社の経理、経営企画部門、CFOなど、それこそ掃いて捨てるほどであった

いずれも今までの路地裏が踏んできたキャリアを行きつ戻りつの極めて違和感のないものばかりだった。また、大抵は横滑り転職という、同じような会社もしくは規模の小さい事業会社での魅力的でない給与水準なんてザラにあった

こんな転職を繰り返していても給料は上がらない、ずっと同じスキルを使うだけで何ら成長もない。むしろキャリアは不連続であり、違和感があるほうがいいと思っている

SuguruもEriも路地裏も全く異なる業界や職種へのキャリアチェンジを果たそうとしている

Once  overcome the initial difficulties of creation, a wonderful wilderness spreads out

 

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Which one will you choose?

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この1か月間、振り返るとドラマのようであり、よくやったと思い、その中でも一抹の名残もある

8月30日のまさかの某PEファンド最終面接落ちからの別のPEファンド内定までは、ミッドウェー海戦で一矢報いた空母飛龍にシンパシーを抱く

同海戦において空母赤城、加賀、蒼龍を一挙に失った日本海軍にとっては相当のショックだった。ちょうど敵襲を避けるうちにはぐれた飛龍はほかの空母の仇を討たんと2波にわたり攻撃隊を発進させた

その後、飛龍も米空母艦載機によって撃沈されるのだが、この反攻精神は路地裏にとって精神的支柱となった

尤も件のPEファンドの面接が終わった8月26日の午後から次の手を打たなければ思っていたのかもしれない

諦めないでよかった。おとなしく某事業会社のオファー通りに入社し、鬱屈した気持ちを抱えながら件の会社で捲土重来を期すよりも、必死にPEポジションを勝ち取り、思い描いたキャリアで頑張るのとではどっちがいいだろうか、明白である

ぼんやりと思い返したのが終戦後も千島列島の占守島に進行してきたソ連赤軍を撃退した池田末男大佐を思い出した

この占守島の戦いは歴史の教科書に載っていない。池田戦車隊の勇敢な戦いがなければ北海道は今でもロシア領になっていただろう

8月18日、不意に占守島を侵略してきたソ連赤軍を前に、池田大佐は訓示をおこなった

諸子はいま、赤穂浪士となり恥を忍んでも将来に仇を報ぜんとするか、あるいは白虎隊となり、玉砕をもって民族の防波堤となり後世の歴史に問わんとするか。赤穂浪士たらんとする者は一歩前に出よ。白虎隊たらんとするものは手を上げよ

全員が諸手を挙げて応と答え、大佐は涙で目が曇ったという

史実では白虎隊は会津城が陥落したと勘違いし、絶望の中割腹自殺を遂げた。赤穂浪士は目的を果たして散って往った


一概にどちらがいいとは言い切れない。しかし、自分の人生に後悔は残したくない

Do you choose the Byakkotai or the Ako Roshi?

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