今週は月曜から水曜までずっと神経をすり減らした。そして来週から業務が山積する。ますます神経をすり減らす日々が続く見込みだ

長い目で見れば調子のいい時もあれば悪い時もある。今は悪い時と考えるべきか。そして辛い時は少し仕事や会社と距離を置くことでメンタルをコントロールすることも大事である

今日は有休を使って静岡に出かけた。朝の東京駅、通勤ラッシュでごった返している中、路地裏は駅弁とビールのロング缶を買って特急踊り子に乗り込んだ


定刻より2分遅れの9時2分に東京駅を出発。始業開始からシウマイ弁当とビールを味わえることで幸福感に満たされる



熱海について最初に目指したのは熱海桜が楽しめる糸川遊歩道だ。まだ3分咲きだったが結構観光客が桜を楽しんでいた


海はきれいだ。海辺を歩いたのは一昨年のサンフランシスコのビーチ以来である。海を見ていると心が和む


続いて向かったのは沼津である。新卒3年目に沼津事業所の軽作業を手伝いによく出張に来たのを覚えている。その事業所は10年以上前に閉鎖され、近くにあったイトーヨーカドーも4年前に閉店してしまった


狩野川のほとりでゆっくり過ごす。川の流れとゆったりとした時の流れに、日々の忙しなさから解放された気分になる


行くつもりはなかったが、やはり行ってしまう沼津の魚河岸と丸天。よせばいいのに天丼と日本酒でやや遅めのランチを味わった



歩きながら沼津駅に戻る途中で仲見世商店街に立ち寄る。昭和の遺構であるアーケード商店街だ。こんな洋品店が小学生の頃、路地裏の実家近くにもあったのを思い出した


最後に訪れたのは三島である。箱根と富士山からの豊富な湧き水に恵まれた、寺社の多い街である




きれいな水辺と眩しい緑に散歩も楽しくなる。そして歩くこと15分程度で三島大社についた


参拝後は神社内の茶屋で福太郎餅を頂く。ヨモギの香りが効いた餅にこしあんがよく合う

本当に今日は思い切って出かけてよかった


最終の上りの踊り子を待っていると、いずっぱこと親しまれている伊豆箱根鉄道の修善寺行きが停車していた

家に着いて仕事のメールチェックをして、特段問題が生じていないことを確認。明日のタスクを整理して業務終了。そして今日の静岡出張の報告書としてこのブログを書いている

リフレッシュできたことで明日は元気に乗り越えられそうである。また暖かくなった頃にこんな小旅行を楽しみたい

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月曜朝の電車を待つ人たちの目は死んだ魚のようだ、路地裏もである。毎週月曜11時の社内MTGが終わると、少し気が楽になる。しかし午後、先週作成した確認状の一部に誤りがあることが判明したので修正した

発送前でよかったが、こんな小さなミスでも気持ちが落ち込むことがある。まあ次への教訓にしようと自分を慰めるしかない

家に着くのは20時過ぎ、子供たちが寝る頃である。軽く夕飯を済ませた後、ブログを書くことが多い。この時間が本当に貴重なリラックス時間である

あれ、最近ブログの投稿件数が多くなっていないか?この3カ月で平均2~3日に1件は投稿しているように思える

日々思ったことを都度書いているのでそうなるのだろう。あと、何か不安に思ったりストレスを感じると投稿が増えるようになる。一昨年の7月の渡米前は3件も投稿する日もあった

一方でコロナが始まり精神的に参った時期は月に3~4件程度しか投稿していない。あの時はひどい上司の下で、慣れないテレワークのためにストレスに拍車がかかったのだ。いつも悲観的で感情の起伏がほとんどなかった

その時に比べれば、まだましである。投稿数が多いうちはまだ余裕がある。自分の気持ちを吐露できる余裕があるからだろう。最近少しブログ依存症になっているのではと思ったが、日常生活に支障をきたすようなことはなっていない

書きたくなった時に書けばいい。あとで振り返って読み返すと、こんなことを考えていたのか、とまるでブログは心のアルバムのようなものである


辛い月曜日から生還した夜のご褒美は、少し濁り酒を加えた熱々の甘酒である。1日の終わりに飲む温かい甘酒が五臓六腑に沁みる。


いつも飲む甘酒よりも濃厚でお酒を飲んでいるという満足感もある。夜の公園で心を整えてまたリセットしたい

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気持ちがだんだんと重くなる日曜の午後、そんなときは早めに自分を甘やかしたい


近所で買った抹茶白玉小豆と抹茶カスタードを頬張りながら、濁り酒の炭酸割りを堪能する


日曜の昼下がり、気持ち良い日差しを浴びて時計を気にせず思うままに穏やかな時間の流れを愉しむ


さて、フジテレビの件で結構騒がしくなっている。社長による記者会見もあまりいいイメージではなかったようであり、社員向け説明会でも、「学校で子供がいじめられる」なんて醜い身内の責任のなすりつけ合いのように感じてしまった

放送局としての在り方が問われる。状況は違うがかつての山一証券の自主廃業会見を行った野澤社長は立派だなあと思うのだ

「悪いのは私らであって、社員は悪くありませんから」と、涙ながらに自主廃業を詫びていた社長の姿に対し、世間は粉飾決算の責任者という悪いイメージを持ってしまったが、野澤氏が粉飾を知ったのは社長就任後であり、前任、前々任社長が隠蔽していたのだ

山一証券はかつて日本の4大証券の一角であり、上場実績、存在感は現在の野村證券を凌いでいたという

野澤社長は山一証券初の私大出身、非大蔵省担当から社長になったという、異例の大抜擢であった。尤も、この人事はこの自主廃業の責任を野澤氏に背負わせようとしたことに他ならない

野澤社長は山一証券社長退任後、多くの企業の取締役に就任した。山一証券で社長まで上り詰めた人だ。会見からも野澤氏は人徳があるのだろうと感じた

あの涙の会見から30年近く経つんだな、とふと思った。野澤氏は2020年にG-Factoryの役員に就任したが2023年に健康上の理由で退任している

今年で御年86歳、山一は廃業せざるを得なかったが、JALやオリンパスなど不振企業の役員に就任していたら辣腕をふるっていただろうなと思う

こんな立派な経営者をとんと見なくなった。野澤社長の会見が平成一桁最後の平成9年、平成も遠くになりにけり、である


経営者の役割を理解し、責任を一身に引き受け、従業員を守る野澤社長のような経営者の下で働ける従業員は幸せであろう

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