路地裏のMBAの寮でルームメイトだったMさんが路地裏の勤務するファンドの投資先の執行役員に就任した。昨年12月のことである
Mさんはもともと大手外食チェーンでFP&A職に就いていた。その後留学を挟んで昨年5月、ある大手小売業の経営企画ロールで入社した
しかし程なくして、従前聞いていたことと違う!ということで転職活動をした。そしてPEファンド投資先である会社のCFOロールで入社した
昨年12月に開催した投資先経営者を招待した忘年会でMさんと再会した。そして先ほどの経緯を話してくれた
先月の中旬、Mさんが勤務する投資先の担当者にMさんの近況を尋ねた。するとMさんは5月末に退職するとのことだった
思いがけないことに頭がついて行けなかった。くわしく話を聞くと、Mさんの得意とする業務範囲は思ったほど広くなかったということ。本社が名古屋にあり、東京支店勤務のMさんにとってはコミュニケーションがとりづらかったこと、そして奥様の第2子出産を控えている中で、奥様とお子様の面倒をあまり見れていなかったということだった
それらがMさんのメンタルを蝕んだようだ。1月中旬にもう辞めたいと相談があったようだ
1月末に投資チームメンバーが会食をして、やる気になったようだが、程なくして後任が決まる前提での引継ぎも考えて5末で退職する方向で動いているとのことだ
大企業のFP&Aの経験しかないMさんにとって、中堅中小企業のCFO職は荷が重かったのかもしれない
5末退職というのも、転職活動期間を見越してのことかもしれない
1回目の離職はミスマッチであるが、2回目もその理由で求人企業を納得させられるだろうか
MBA卒業後に入社した会社で頑張れなかったのか。事業開発をやりたいということだったので、うってつけのポジションであったように路地裏も思っていた。それが話が違うという理由で昨年12月に転職したのはファンド投資先の解体業を営む中小企業である
データを収集分析して、事業の打ち手や改善策を提案して実行するということに興味を持たれていたようだが、残念ながら現職の中堅中小企業の解体業のCFOに求められてるのは別のものかもしれない
PythonやRを駆使したビジネスアナリティクスより、税務申告書を読めて、資金繰り表が作成出来て、仕訳処理もできて連結決算も組める、そんなプリミティブなタスクができることを期待されていたようだ。しかしMさんにとってファンドの期待値を満たすことは難しいようだ
Mさんは入社早々、何から手を付けていいのかわからなかったということで、ファンド担当者と週1回、1 on1 をやっていたようだ。端から聞いていると件の担当者の言い方もあるが、中々タフな1 on 1で結構Mさんには堪えていたのだろうと思う
おそらくMさんが勤務していた東京支店と名古屋にある本社の物理的な距離感と、ファンド担当者からの能力を超えるリクエストの板挟みにあっていたのかもしれない
思えば昨年の今頃は路地裏もMさんもボストンにいたのだ。それから1年足らずで3回目の転職活動を行っていると聞いたら、面接官はどう思うだろうか、不謹慎だが転職エージェントにしてみればMさんを事故物件としてみるかもしれない
MBA卒業直後に入った会社では事業開発ロールだったようだ。どのように、聞いていた話と異なるのかはわからないが、少なくとも今の解体業のCFOに比べると、Mさんの志向や能力にフィットしているのは6カ月で退職した大手小売業の方ではないか
ファンドのCFOポジションで、経験のミスマッチを理由に転職する人は居ないわけではない。しかしMさんはもともとCOOを志向していたところに、CFOを選んでしまった。似て非なるキャリアパスをなぜ選んだのだろう、大いに悔やまれることだと思う
もしあるとすれば、MBA留学前に勤務していた会社へのカムバックである。深刻な人手不足を背景に、自己都合で出て行ったかつての社員を再雇用する会社が増えているようだ
こんなことを延々と書いているものの、路地裏だってそんな偉そうなことは言える立場ではない。毎日が生き残りであり、自分のポジション確立に汲々として余裕がない
それでも半年近く一つ屋根の下で暮らした仲である。現職では無理だとしても次の会社で、Mさんの代表作と言えるような仕事を成し遂げて、十分な実績を積んでもともと志向していたCOOへの道に挑んで欲しい
そして路地裏も自分の仕事の代表作はこれだ、というものを早く世に出したいものである