判決文を書く時間が無かったのかなぁ?
- 暇空千尋訴訟で暇空敗訴
- 本件投稿1,2と摘示事実1~3の整理
- 「本件事実摘示の内容それ自体は原告の社会的評価を低下させない」
- 「評価の基礎の具体的根拠を指摘しない抽象的表現方法に過ぎない」?
- 一般人の投稿は「社会的関心を引く程度」を考慮?信用性無いからOK?
- 単なる感想でも誹謗中傷に渡る場合は違法:「カルト」は暇空にも言及
- 「訴訟提起が先にありネット発信してるから対抗可能でそうすべき」?
- 不法行為を認めなかった理由は対抗言論法理だけではないが…
- まとめ:暇空のみを請求棄却とするために用いられた数多の法理の誤用
暇空千尋訴訟で暇空敗訴
上掲記事である程度整理しましたが、暇空茜(@himasoraakane)が千尋というX(旧Twitter)アカウントの@white_rabbit_96(現在は@chihiro____dayo)に対して提起した名誉毀損訴訟で、東京地裁民事第30部の宍戸崇裁判官は、令和6年10月2日付で原告暇空敗訴の判決を下しました。
個人的には暇空氏が敗訴するとしてもある程度は仕方がないと考えています。
しかし、この判決文に現われている論理展開の中には悉くおかしいと感じるものがあるので、前回記事では指摘しきれなかった点を詳細にみていきます。
本件投稿1,2と摘示事実1~3の整理
東京地裁は、「本件投稿1」は以下の内容であると整理しました。
- note上で本件有料記事を1000円で販売したことを摘示(本件事実摘示1)
- 本件有料記事のうち本件監査結果に対する原告の意見等は事実と反する煽動的な宣伝であるとの意見
- 本件有料記事を閲覧するために1000円を支払うのであれば、その1000円を飲食代に充てた方が有意義であるとの意見
- 本件有料記事を閲覧するために1000円を支払った者は、心が狂い乱れて常態を失っており、原告に対する崇拝として献金したのと同義であるとの意見
※2~4を「本件意見1」とした。
「本件投稿2」は以下の内容であると整理しました。
- 原告が訴訟を提起したとの事実を摘示(本件事実摘示2)
- 原告が簡単に同訴訟で勝訴できるわけではないとの意見
- 原告が訴権を濫用しているとの意見
※2,3を「本件意見2」とした
判決文の理解には、これらの言及対象の分類が必須なため、改めて箇条書きで整理しておきます。
「本件事実摘示の内容それ自体は原告の社会的評価を低下させない」
しかし、本件事実摘示1の内容それ自体は、原告の社会的評価を低下させるものであるとは認められない。
しかし、本件事実摘示2の内容それ自体は、原告の社会的評価を低下させるものであるとは認められない。
「事実摘示の内容それ自体は原告の社会的評価を低下させない」という判示が出てきますが、前項で整理したように、暇空氏がnote上で本件有料記事を1000円で販売したこと、原告暇空が訴訟を提起したとの事実は、暇空氏の社会的評価を低下させないので、この部分は正当です。
「評価の基礎の具体的根拠を指摘しない抽象的表現方法に過ぎない」?
また、被告は、本件投稿1により本件有料記事のうち事実と反する煽動的な宣伝という評価を受ける部分ないし範囲を具体的に明らかにしていない上に、その評価の基礎となるべき具体的な根拠を指摘することなく、「有料note(注:本件有料記事)を購入して得るのがデマ」などと抽象的な表現方法を用いるにすぎない。
また、本件投稿2の内容をみても、訴権濫用という評価を受けるべき訴訟の内容や当該濫用という評価を基礎づける事実関係について、具体的な指摘をいずれも欠いている。
ここで、最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 (勁草法律実務シリーズ) [ 松尾 剛行 ]では、抽象的で根拠に乏しい、単なる感想・愚痴は、概ね名誉毀損が否定されていることを種々の裁判例を挙げて示しています。*1
東京高判平成30年5月17日は、対象者や関係者を「ださい」「変だ」「福島の恥」「頭おかしい」とする掲示板のものにとどまるとして名誉毀損を否定した原判決(東京地裁平成 年月日)を引用した上で、名誉毀損の成否の判断において、意見ないし論評が特定の事実を基礎ないし前提としたものであるか否かは社会的評価を低下させるかを判断する上で重要な要素となるとした。
そして、本書では感想が具体的根拠を持つ場合や、感想の中でも表現が強い場合(強い非難でも社会的評価を低下させない例があるとしている)には、社会的評価を低下させ得ると裁判例を挙げて示しています。
暇空千尋訴訟の上掲判示部分は、これを意識して書かれたものと思われます。
しかし、「本件投稿1」の内、①③と異なり「②本件有料記事のうち本件監査結果に対する原告の意見等は事実と反する煽動的な宣伝であること」の事実摘示については、本件有料記事に関して「デマ」と評しているところ、この表現の意味内容・性質は「陳腐」などの単なる個人的感想を超え、「一定の事実関係が誤っている」という事実を基礎乃至は前提としている意見なので(裁判所が整理したように証拠をもってその存否を判断できる事実の摘示ではないというのが大前提である上で)、直ちに単なる感想として切り捨てるのは間違いではないでしょうか?
暇空氏のnote記事は当時から全てが1000円なのではなく、特定の記事のみが1000円に設定されている事があったに過ぎません。そのため、「1000円の暇空note記事」への「デマ」との意見は、対象人物やその生産物についての漠然とした感想に留まらず、対象となる記事とその範囲が明確であり、その中で重要な事実関係について述べている趣旨と解されます。
特に、1000円の有料部分がある「本件有料記事」とは令和4年=2022年12月29日にnoteで投稿された【Colabo住民監査請求結果全文とその解説|暇空茜】と特定されており、無料部分のみを見ても、掲載されている内容は東京都への住民監査請求において暇空氏が監査を請求した内容と、監査請求が認められ監査を実施したとする判断が確認できる部分であって、この記事に対して「デマ」と言うことは、無料部分のみを指していたとしてもその対象が具体的に指摘されていると言えます。
したがって、本件投稿における「デマ」という言葉=本件有料記事のうち本件監査結果に対する原告の意見等は事実と反する煽動的な宣伝であるとの意見は、「一定の事実関係が誤っている」という事実を基礎乃至は前提としている意見であり、宍戸崇裁判官が行ったような考慮手法は本件では不適切であり、真実性・真実相当性判断をすべきだったのではないでしょうか?
事実関係が誤っている、という内容の投稿が意見論評だとされた上でその名誉毀損成立が争われたものとしては例えば菅直人元総理大臣による安倍晋三総理大臣(当時)に対する訴訟があります。
一般人の投稿は「社会的関心を引く程度」を考慮?信用性無いからOK?
※本件投稿1について(「デマ」「カルト」など)
加えて、被告は、本件投稿1をするに当たって、自らの実名、地位、職業、経歴等を明らかにしていなかったこと…も踏まえると、一般の閲覧者は、本件投稿1を閲覧したときに、上記のように根拠に乏しく抽象的な否定的評価をそのまま信用するとは考え難く、むしろ、この被告によって提示された否定的評価は、本件有料記事に含まれる原告の意見等に対する被告の個人的な意見ないし感想を述べたものにすぎないと受け止めるのが自然である。
※本件投稿2について(「濫訴野郎」など)
さらに、被告は、本件投稿2につき、反復継続して投稿したものでもないし、自らの実名、地位、職業、経歴等を明らかにしていなかった…
これらの事情からすれば、一般の閲覧者が、本件投稿2を閲覧したとしても、上記のように根拠に乏しく抽象的な被告個人の否定的評価・感想をそのまま信用するとは考え難い。
この部分は要するに「被告千尋の匿名性の強さからは、その発言の信用性が無く、一般の閲覧者が発言内容をそのまま受け取ることは無い」と判示しています。
この判示の意味するところは定かではありませんが、単なる一般人による書き込みは不特定多数の利用者の関心の対象とならないと考えられることが考慮された事案があります。
最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 289-290頁
東京高判平成23年9月29日 は、表現者(妻)が、公開されていたツイッターアカウント(フォロワー49人)対象者(夫)への愚痴を投稿し、その中には、対象者が傷害罪で逮捕され、書類送検された等という内容も含まれていたところ、~中略~ 表現者のように著名ではない一般人によるツイッター上の書き込みは、特にその内容が特殊なものでない限り、不特定多数の利用者の関心の対象とはならないと考えられることも考慮すると投稿は対象者の名誉や感情を侵害する違法な行為として評価するには足りないとした。
しかし、上掲書籍で1つだけ例に挙げられた事案は、「夫への愚痴」という家庭内での個人的な事情に関するものであるという点が、全く異なります。
対して暇空千尋訴訟で問題となる本件投稿1は、【東京都に対する住民監査請求が認容された】という公的な事柄であり、令和5年1月4日には都のHPでも公開され、その後にマスメディア各社に報道されたものでした。
住民監査請求が認容されるというのは極めて珍しい事象であって、SNS、マスメディアを問わず話題になったと言えます。したがって、これに関する言及は「内容が特殊」であり不特定多数の利用者の関心の対象となっている事柄に対するものと言え、「無名の一般人の投稿だから不特定多数の利用者の関心の対象とならない」という考え方は、本件では不適切だと言えます。
他方で、判示が「(地位や職業すら不明の)完全匿名は発言の信用性が無いから社会的評価は低下しない」という意味ならば、それはおかしいのではないでしょうか?それならば2chでの書き込みが何でも許されるということに。社会的評価の低下ではなく侮辱による名誉感情侵害はそもそもこの論法は使えないが、その事に対する言及もないのも異常です。
なお、反復継続して投稿したものでもないというのは、名誉感情侵害に関する受忍限度論としてよくある話であり、この部分は問題ありません。
単なる感想でも誹謗中傷に渡る場合は違法:「カルト」は暇空にも言及
そして、単なる感想でも誹謗中傷に渡る場合には名誉毀損・侮辱の成立を肯定する裁判例もあります。
「性格ブス」「人格チビ」「この乞食野郎」「読者をバカにしたバカ」「●高校の恥」といった内容で社会的評価の低下を認定した事案もあります。*2これについては名誉感情侵害とすべきという批判もありますが、つまりは、名誉毀損として社会的評価の低下が無いとしても侮辱として名誉感情侵害の有無が検討されることがあるということです。
本件における千尋の「暇空noteの購入費は1000円?…カルトへの献金と何も変わらねえ…」という記述が、なぜかnote記事に1000円を支払った者に対する言及に留まるものとされています。
これは「カルト」という言葉を「カリスマ的指導者を中心とする小規模で熱狂的な集団」「反社会的な、危険で人権侵害を繰り返す集団」の意味に解したため、暇空個人を意味しないと考えたものと思われます。
しかし、暇空氏本人が個人で運営しているnoteの有料記事について「カルトへの献金」と目的語により言及しているのは、「カルト」と「献金主体」が分離していることを表しているので、noteを書いた暇空に対する言及でもあり、且つ、その性質は単なる誹謗中傷であり、事実を前提にしていようが単なる感想であろうが、根拠が無い限りは違法ではないでしょうか?
なお、判決文で整理された原告の主張部分を読むと、暇空氏は本件投稿1については名誉感情侵害を主張していない模様ですが、これは本当なのか?この点が「カルト」に関する判断を左右したのかどうかは定かではありません。
参考:最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 417頁
東京地判平成28年11月18日は脚本家やライターを「サイコ」、つまり異常者として批判する掲示板の投稿につき、ライターとして掲載した記事の内容を批評されるような場合であればともかく、これらの活動とはほとんど関係のない場でその人格自体について侮辱されるいわれはないとした。
対象者側の公的活動と関係する批判であれば、ある程度の範囲では社会通念上許されるものの、たとえ公的活動を行っている者でも当該活動と無関係な部分での批判はまた別の判断となると理解される。
「訴訟提起が先にありネット発信してるから対抗可能でそうすべき」?
※本件投稿1について(「デマ」「カルト」など)
また、原告は、本件監査結果に対する自らの意見等をインターネット上で有償頒布したこと…からすれば、その頒布行為、意見等に対して同じくインターネット上で批判的な意見、感想等が提示されることは当然に想定されるものであって、そのような意見等について一定程度受忍すべき立場にあるといえるし、むしろ、上記に指摘してきた事情*3、原告がインターネット上の各種媒体を通じて自ら情報発信していること…、インターネットが双方向性の情報発信を可能とする媒体であることなどを踏まえると、本件投稿1に対し、被告と同様に、インターネットを通じて意見等を表明することをもって対抗することが容易である上、そのような方法を採ることが民事訴訟という手段に訴えるよりも相当であるというべきである。
※本件投稿2について(「濫訴野郎」など)
また、本件投稿2がされた経緯についてみると、原告は、令和5年8月に被告に対して本件訴訟を提起し…、その訴状等が同年9月22日(本件投稿2の三日前)に被告に送達されたこと…からすれば、原告による本件訴訟の提起が契機となって被告が本件投稿2に及んだことが推認される。そうすると、原告は、本件投稿2が行われた原因に関与しているとみることもできる。
以上の事情に加えて、原告は、インターネット上の各種媒体を通じて自ら情報発信していること…インターネットという媒体の特性も併せて考慮すれば、本件投稿2に対し、被告と同様にインターネット上の意見の表明等をもって対抗することが容易であり、かつ、相当でもある。
「暇空はネット発信してるから対抗可能、民事訴訟に頼るな」と判示している部分。
本件事実摘示2の部分の「本件訴訟」について、第2の1(8)(3頁目)で「原告は、同年8月25日、当庁に対して本件訴えを提起した」とあるのがそれと思われますが、普通の判決文ではきちんと「本件訴訟」として定義するものです。判決文内では他に「(3)争点3(原告の損害)」の【被告の主張】の部分で「本件訴訟」という語がみられます。要するに暇空から千尋に対する、この判決文が結論を出した訴訟を指します。*4。
本件投稿1と2とでは「暇空の訴訟提起という先行行為」の有無が異なりますが、「暇空の本件訴訟提起が被告の投稿の契機であり、原因に関与」という部分は、流石に無理やり感が酷すぎる。
確かに、広い意味での対抗言論の類型には、対象者の違法或いは不当な先行行為があり、それに対する自己防衛的な言動が、先行する言動との比較衡量で表現者の正当な利益を擁護するためだったと認められる場合があります。しかし、本件では暇空氏による先行行為は【名誉毀損訴訟の提起】であり、単なる表現行為とは性質を異にするものです。
また、1⃣千尋による表現(本件投稿1)⇒2⃣暇空訴訟提起(本件訴訟)⇒3⃣千尋による表現(本件投稿2)、という経過は間に訴訟提起が入っているのであり、これを「応酬的言論」とも見ることはできません。
宍戸崇裁判官の理屈では、たった1件の訴訟提起を受けた被告が「濫訴野郎」と言うことが常に許されるということになります。先行する訴訟提起それ自体が違法・不当なものであるならば格別、そうではなく単に理由がなく請求棄却となるようなものだったとしても、それによって訴訟提起それ自体についての「濫訴」という言及が正当化乃至は受忍限度を超えないとする判断には疑問です。*5
そして、宍戸崇裁判官は「暇空氏の拡散力や影響力」を認定せず、ただ単に「ネット上で情報発信している」ことを挙げています。発信者の立場や影響力の多寡によって、社会的評価の低下の認定や受忍限度を超えるかどうかが考慮されるのは裁判例でもありますが、単に「ネット上で発信してるから」というだけなのは余りにも雑ではないでしょうか?
他、気になるのは「一定程度受忍すべき立場にある」という記述。これは名誉感情侵害の際に「受忍限度」などの記述で現れることがありますが、それは一般的に「社会通念上許される受忍限度を超えて名誉感情を侵害する行為は人格権を侵害するものとして不法行為に当たる」といった言及をされるだけであり、平成22年最高裁判決の言う「社会通念上許される限度」の理論を変えるものではないとされています。
単にインターネット上で発信をしているからといって受忍限度が上がるということではないし、ましてや暇空も千尋も双方ともネット上で発信しており、判決は双方の発信力と影響力を比較していないのだから、暇空に関してのみ「発信してるから一定程度受忍すべき立場」としているのは、意味が分からない。無理やり暇空を違法にするために名誉毀損訴訟上の概念をこねくり回してる印象です。
不法行為を認めなかった理由は対抗言論法理だけではないが…
対抗言論の法理について、最高裁は一律の適用を否定しています。
他方で、個別事案で対抗言論(判決中でこの言葉を用いていないものも含まれるが、「防御の必要性、範囲を超えて」といった記述で言い表されている。)を行う機会があったことを重視した裁判例として以下が挙げられています。
最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 325頁
これに対し、平成22年決定以降も、一部ではあるが、対象者が事後的に対応言論を行う機会があることを重視した裁判例が出ている。
東京地判平成27年1月20日は、ある団体の会員が、元副会長である対象者が自らの手法の不当性を訴える目的で送付した文書につき(公正な論評の法理等が適用されないことを前提に)、抵抗的な言論として許容される範囲を逸脱したものとまではいえず、名誉毀損による不法行為の成立を否定するのが相当とした。
東京地立川支判平成23年4月25日は、弁護士である表現者が依頼者がである対象者との報酬をめぐる交渉の中で、対象者を「非常にクセのある人物」と評する文書を対象者の代理人に送付したことにつき、一方の当事者の表明した意見に、相手方の名誉又は名誉感情を損なうかのような言動がされたとしても、あくまで一方当事者の立場からみた意見にとどまり、相手方には、これに反論する機会があることを1つの考慮要素として名誉毀損を否定した。
東京高判平成26年2月27日は、学校である対象者と表現者である教職員組合らとの別件訴訟の和解成立後表現者が配布した文書が対象者の名誉を毀損するか問題となったところ、配布物によって低下した対象者の社会的評価は、対象者が、和解調書等を開示し、その内容の周知を図ること等によって容易にかつ確実に回復し得るものであると認められることを1つの理由として損害賠償請求を棄却した。
これらは、典型的なインターネット上の対抗言論の問題ではないが、「対抗的な言論として許容される範囲を逸脱したものとまではいえず」とか、「相手方には、これに反論する機会がある」等として、対抗言論的な発想をも重視したものといえるところ、いずれも団体内・交渉の当事者間、学校内等、反論による名誉回復が認められやすいシチュエーションであるといえる。
上掲書籍ではインターネット上の言論のフィールドにおける対抗言論も、具体的な事情の下で認められることがあり得るとしており、私もその可能性は否定しません。
しかし、不特定多数どころではない規模の人間が閲覧し得るインターネットでは、発言者の内容の正誤を判断できない者、一般通常人に満たない判断能力を有する者が相当数含まれ、ともすると完全に誤っている主張をしている者に対して賛同する者が多数出現し、その言説が拡散されるという性質があります。
その中で「言論により名誉回復ができたはずだ」と要求することは、容易ではないのではないでしょうか?
なお、名誉感情侵害に関しては対抗言論という概念がそもそも成り立ちません。
まとめ:暇空のみを請求棄却とするために用いられた数多の法理の誤用
暇空千尋訴訟東京地裁判決では、既に一定程度類型化・整理された名誉毀損・侮辱訴訟における法理・判断手法が多数用いられていること、しかし、その用いられ方が悉く不適切であるとまとめることができます。
これではまるで、暇空のみを請求棄却とするために用いられているのでは?と思わざるを得ません。*6
私個人としては、結果として暇空氏が敗訴することとなる可能性はあると思っており、結論自体にはそこまで不満はありません。
しかし、判決で示されているような理屈での決着には釈然としないと感じます。
これが原告の争い方に起因するものであるためなのかどうか?は分かりませんが、控訴審でどのように判断されるのか注目したいと思います。
以上:はてなブックマークをお願いします
*1:当該書籍は裁判例を本文中で「#230●●●●」のような記載をし、書籍の末尾で裁判所・年月・掲載データベースを一覧表記するという管理をしていますが、引用文では通常の年月日の記載に直して掲載します。
*2:最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版300頁
*3:本件事実摘示1の内容それ自体は原告の社会的評価を低下させない、抽象的な表現に過ぎない、反復継続して投稿されたものではない、被告は匿名だから信用されず一般の閲覧者は単なる個人的な感想に過ぎないと受け止めるもの、という事情のこと
*4:判決文において「本件●●」という定義を忘れたり、不適切であったり、「前記●●」という引用が間違っていたりすることはたまに見かけます。
*5:この注は完全な私見ですが、自らが当事者となっている訴訟以外にも相手方が訴訟提起をしていることを取り上げて「濫訴」と言うことについても、裁判を受ける権利との関係を考えれば厳に慎むべきものであるはずです。ただ、暇空氏が自らの訴訟提起とその経過をインターネット上で発信し、広く拡散されて社会的な議論を呼びかけようとしている(単に反応として議論が湧きおこっているに留まらない)という態度からは、複数の訴訟提起をしている事とその内のいくつかが認められない請求であるという指摘があれば、濫訴野郎と言うことは受忍限度の範囲内でしょう。
*6:時間が無かったのかなぁ…
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