ヒトを殺すのは人間だ。凶器ではない。殺人を愉しむことこそ、ヒトという種が持ち得る魂の快楽である。
生来破綻した殺人鬼が“闇”へ傾倒したのは、至極当然のことだろう。幾多の邪神に身を委ねど、その女が神に祈ったことはない。
彼女が熱狂するのは殺人という悦楽であり、ヒトとは彼女が消費する玩具の名だ。
女は強欲だった。殺人という娯楽を誰よりも愉しみたかった。だからそうして生きてきた。故にこそ、ふと考える。
ヒトを殺すのは人間だ。凶器ではない。ならば凶器が殺人を愉しむことはあるのだろうか?
「やれ、草刈りは終いでござるな」
幽冥から這い出たような、浮世離れた娘であった。されど冷涼な面立ちはどこかあどけなく、頼りない佇まいも相まって迷子のようだ。
布切れ一枚巻きつけた肢体は白い。篝火を肌が照り返して、暗がりでぼんやり光っているような気がする。
対して闇に溶けるくろがねからは、ぽたぽたと血潮が滴っているのであった。
「一応言っておくが、拙者とて本意ではなかったのだぞ?にも関わらず開口一番曲者扱い……話も聞いてくれなんだ」
舐められている。気道を避けて抉られた喉を晒し、未だ生きている現状こそが証左だ。
それを悪罵しようとするも、出てきたのは血反吐だけ。
「故にこそ、まずは
地下道で松明は覚束ず、心許なく揺れている。ゆらめく炎影は荒げた呼吸と同様に不定期で、そこらにナニかが転がっているのだから、到底正気ではいられなかった。
死因は皆同じく、頸椎の切れ込み一つ。自ら頸を差し出すように、人員の半数が死んでいる。
異常だった。マトモじゃない。凡そ人間業ではない。どれだけ聖人を気取ろうとも、暴力には醜悪な高揚が付き纏うものだ。
これほど無感情で、これほど無機質で……これほど完成された殺人など、世に存在していいはずがない。
ハ、と空気を漏らす音で笑う。女は
そうして戦意を喪失し、立ち上がることもできない女に、ソレは気が抜けた声で尋ねるのである。
「拙者の刀知らない?」
知らねえよ、と女は思った。
野生動物の死骸を光景を見たことがあるだろうか。外的要因で除かれることがない限り、それはその場で腐りゆく。
蝿や蛆が集っては、死肉を喰らう鳥獣が切り分け、ついには何もなくなってしまう。
主神が送還されたそのファミリアは、一晩にして消滅した。彼らの資産は分割され、全てがクノッソスに還ったのだ。
さて、刀を探して東奔西走。切り分けられた屍肉を追い、酒カスはしおしおと肩を落としていた。
血で濡れ固まった髪が重い。頬の傷に直接火酒を振りかけて、顔を伝った液垂れを舐める。
咽せ返るような血の香りで馬鹿になった鼻は、それでも芳醇な匂いを嗅ぎ取った。
過ぎ行く時間は変わらないのだから、自分の機嫌を取るに越したことはない。焦るよりも愉しむ方が、人生に張り合いが出るというもの。なのだが。
「オトワの滝に願掛けて……」
「ナニソレ……」
「おまじないでござる……失せ物探しの……」
いや無いなんてことあるでござるか???帰雁は愕然と流血を拭った。本人なりには必死なのだが、屍山血河を前に到底相応しい態度ではない。
しょぼしょぼ死体を漁るエルフを他所に、蟲はモソモソと干し肉を噛む。
「お主も……持ってござらんな。次」
「うふふ、やっぱり探し物はないかしらぁ?」
と、アマゾネスを全裸に剥いて赤面させていた帰雁の背に、陰惨な美女がもたれかかる。
酷薄な興奮で熱った女神は、切なげに下界の子に身を預け……咽せ返るような血の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
吸われた帰雁は眉を下げた。仔犬のような表情である。
「女神様……ホントに拙者の刀見てござらぬかぁ?」
「ええ……ごめんね、サムライちゃん。今回は【闇派閥】のことだから、アタシの“取り分”はほとんど無いの。光り物ならアパテーのファミリアか、ルドラのファミリアが持って行ってると思うのだけど……」
「もうお訪ね申したが……無くってぇ……」
「まあ可哀想に……よしよし」
「う……あまり触れないで頂きたく……」
レベルで勝る眷属たちを再起不能にした羅刹女が、あうあう言いつつ丸まっている。女神はグッと動悸を堪えた。健気にも不快感に耐える姿にギャップ萌えを感じたのである。
「お前がウチの子になったら、綺麗な宝剣をあげるわよぉ?真っ白な衣を着せて、うんと大事にしてあげる」
「あの刀でないと駄目でござって……それに白い衣は嫌でござる。血が目立つゆえ」
「それがイイんじゃない!極東にもほら、白無垢があるでしょ?『貴方色に染まります♡』ってやつ」
「『貴様の“色”で染めてやる』……ってコト……!?」
そんな鬼嫁嫌すぎる。結納ってそんな物騒なイベントだっただろうか。
色々思うところはあったが、帰雁はグッと飲み込んだ。上位存在が仰ることに、基本否やはないゆえに。
しかし。
「ありがたいお言葉でござるが、拙者今の主上様に不満は無いのだ。拙者のような流離人に、いっときの酩酊を与えて下さる。この上ないお方でござる」
「そう……残念。気が変わったら言ってちょうだい。いつでも歓迎してあげるわぁ……アタシが送還されてなければね。アハハッ!」
甲高い声と嗜虐的な笑み。クローズドサークルで陣取り合戦に明け暮れる好事家なだけあって、天上冗句もバイオレンスだ。
彼女にとっては下界での滞在権すら、チップ以上にはなり得ないらしい。【闇派閥】の神々とも違う、異質な邪まっぷりである。
クノッソス内に拠点を持つ、幾つものファミリアの保管庫を訪った。
人間が“取り分”であった【タナトス・ファミリア】では、辛うじて刀を持ち出した冒険者の情報を手に入れられたが……結局その男は死体で見つかり、そこに刀は無かったのだ。
眷属の三割を殺されたはずの神・タナトスにも熱烈な勧誘を受けたが、やはり丁重にお断りした。
行く先々でラブコールを受ける辺り、エルフ生一番のモテ期が到来したのやもしれないが、全くもって嬉しくない。
この三日何故か地下アイドル(広義)になった帰雁は……疲弊していた。
始めは襲撃と勘違いされて応戦していたはずが、今朝から妙な噂が流れたらしく、あらゆる犯罪ファミリアから
行く先々でファンサ()を強要され、即席の恋人こと三日月刀も擦り減っている。それでも刀は見つからない。
ふうと軽く息を吐いて、霞む視界をゴシゴシ擦った。ここ数日でウン十人と上級冒険者の相手をしたのである。
上を見ればLv.5までいたあたり、地下にも猛者が潜みすぎだ。
幸い真っ向勝負は少なく、搦手の手合いは上手く切り抜けてきたが、こちらがLv.2(三桁歳)なことも鑑みて欲しい。
スタミナも体力も若者とは違うのだ。か弱い老人を甚振って、全く酷い連中であった。
「あとは……【イケロス・ファミリア】でござるか。“取り分”はモンスター……」
あのまま檻で寝こけていたら、このファミリアに回収される羽目になっていたのだろうか。流石にそれは恥ずかしすぎる。
マスコットこと『人喰い毒虫』に腕を伸ばせば、喋れないふりをしている蟲がよじよじ這い上がってきたので、おんぶ紐で背にくくる。この芋虫、丁度赤ん坊サイズなのだ。
「まだ付いてくるでござるか。お仲間の元に戻るつもりは?」
「ナイワ」
「そうか」
ただ頷き、またひたひたと地下を行く。三日目の夜がやってくる。
クノッソス内に勢力を持つファミリアは、全てが【闇派閥】に所属している訳ではない。
両者とも反社会的なことは間違い無いが、悪党同士が仲良くやれるはずもなく、常に小競り合いが起きている。
関係は時々で異なるものの、現在は幾文か良好な部類だ。【オシリス・ファミリア】健在の頃はバチバチにやり合っていたが、彼らが離散したことでパワーバランスは崩壊。
食料等リソースが間に合うようになったこともあり、争いは小休止の期間に入っていた。
にも関わらず謎の馬鹿がそこら中の保管庫を荒らし回ったので、しかも誰もソイツの身元を知らなかったので、彼らは疑心暗鬼に陥ったのである。
「アレお前のとこのだろ」「いや知らんウチにも来た」「なにそれこわい」
という邪神たちのやりとりまでに、無意味な抗争が頻発した。お互いが疑わしいファミリアに報復をし向け、更には過去の遺恨が暴発し、収拾が付かない事態になったのだ。
不審者の正体は意外なところで判明する。地下への食糧供給の40%を担う【ソーマ・ファミリア】の運搬担当者は、謎の馬鹿の特徴を聞いて頭を抱えた。
『呑んだくれ人斬りござるエルフ』?明らかにウチの酒カスである。そんな奴が二人も居て堪るか。
『ペットは人喰い芋虫』とかいう嫌すぎる情報も聞こえてくる。本当に勘弁して欲しい。
『どうせ隠せる情報じゃない。伏せた情報が後から発覚するより、今ゲロっちまう方が傷は浅い。……当人の思惑?知らん。どうせ滅茶苦茶してるだけだろどうせ』
という団長の意向の元で果たされた説明責任。徐々に詳らかにされた事の次第を受けて……
「刀を探して【闇派閥】に凸しまくるやべーエルフ?最高じゃん!」
混沌を愛する邪神たちは、それはもう大喜びしたのであった。
偶発的にもこの抗争を経て、クノッソスの勢力図はガラリと塗り変わった。
ある神は手勢を失い低迷し、ある神は地上やダンジョンに逃れ、ある神はある種の沼に落ちる。
そして。
「思わぬ拾い物をしたと思ったが……いやホントに思わなかったなこれ。どうするんだこの惨状。これって俺のせいになるのか……?」
ある神は二振りの刀を前に、一つ深い溜息を吐く。
彼のただ一人の眷属は、無言でそれを眺めるのみであった。