酒カスエルフ、ダンジョンへ行く


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作:エルフスキー
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あらしのまえ






 

 ただ空に焦がれた。彼女にとってはそれが全てだ。ゆえに暗い地の底で目覚めた時、彼女は自分自身を定義することができなかった。

 

 モンスター?それは間違いない。ダンジョンに生み出された異形の存在。

 怪物、バケモノ、クリーチャー。形容など究極どうでも良いが、この悍ましい姿を見てたじろがぬ者も居ない。

 

 人類の仇敵?なるほど、そうかもしれない。彼女の種族が蓄える毒は、上級冒険者すら侵し得る代物だ。

 モンスターすら防げぬ侵食に人が耐えられるはずもなく、為す術もなく行動不能に陥れられる。

 

 世界に対する敵対者?……それは、どうだろうか。神が世界にとっての絶対的な守護者ではないように、モンスターもまた同じく。

 少なくとも彼女は、世界が滅んでしまえと願ったことはない。

 

 空が見たかった。けれどその身は這いずることしか出来なかったので、彼女は這いずって地上を目指した。

 同族は毒に完全耐性を持つ裏切り者を憎々しげに取り逃がし、奇妙な色彩を纏う毒虫に手を出す他族もいなかった。

 

 ただ、飢えながらも空を目指し、人間を避け、一心に這いずって這いずって、そうして本当の仲間達に出会った。

 

『呼ビ名ガ無イト言ウノハ不便ダ』

 

『……ソウ?』

 

『ソウダゾ』

 

 彼女を見つけ出した石竜(ガーゴイル)・グロスが困ったように言うものだから、彼女も困ったような気がした。

 歌人鳥(セイレーン)のレイが美しい響きの音を並べて、蜥蜴人(リザードマン)のリドは全てに「良い名前だ!」と頷く。

 

 それでは決められない、と誰かが笑った。その日彼女は異端児(ゼノス)と名乗る仲間たちと、己を呼ぶ名前を得た。

 

 ウゴウゴ蠢くばかりの彼女を、グロスはよく石の鉤爪の上で運んだ。輪から離れる毒蟲を彼はいつも見つけ出して、コロコロ転がして遊んでくれる。

 

 たとえ傷つける意思がなくとも、彼女が分泌する毒液は他者を溶かす。けれどあまり触れぬように言っても、彼は全く構わなかった。

 「優しい奴なんだ」と誰かが言って、「ソウネ」と彼女も笑って返した。

 

『地上ニナド出ヨウトスルナ。人間ハ危険ダ。何ヲサレルカ分カラナイ』

 

 彼は優しいモンスターだ。いつも仲間達を守ろうとする。だから彼の言葉はいつも、皆を守るものに違いなかったのに。

 

 それでも、彼女は空が見たかったのだ。

 

 同じく地上を目指した何体かと共謀して、異端児の隠れ家を飛び出して……そして捕まった。人間は人を攻撃しない大人しいモンスターを痛めつけ、生きたまま捕まえてしまったのだ。

 

 咄嗟に隠された彼女はそれでも彼らの跡を追いかけ……甚振られては嬲られ、ついに抵抗した彼らが、呆気なく討伐される瞬間を見た。

 

『ああしくじった!喋るモンスターなんて珍しいモノ、さぞや高値で売れただろうに!』

 

 這いずることしか出来ない彼女は、隅に蹲って震えていた。ここは怖い。入り込んでしまって逃げ場もない。捕まえられたモンスター達は、隠れ潜む異端の存在を敏感に感じ取っている。

 

 守ってくれるものは何もない。独りだ。群れを追われたあの頃のように。恐い。怖い。誰か……誰か。

 

 

 彼女の暗闇に一筋の光明が差したのは、空腹が明確になってきた頃合いのこと。男たちが乱雑に檻に投げ入れた新手の()()()()()が、なんと『言葉』を喋ったことである。

 

「……ウーン。此処は何処、拙者は何奴……?」

 

 ……助けなくては。

 

 萎れ切った彼女の内にみるみる勇気が溢れてくる。身の程知らずの陳腐な使命感は、しかしキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 全身が気怠い。気分も最悪。とにかく酒か、駄目なら水が欲しいものだ。

 帰雁は不貞腐れた気持ちで寝返りを打ったのち……目が合った隣檻の野猿(シルバーバッグ)に会釈をした。新たな環境に身を移すときは先住に挨拶をするよう教えを受けているのである。

 

「……お初にお目にかかる。このたび隣の檻に越して参ったサムライでござる。小麦の粥も蕎麦もないが、よしなに」

 

 ギィッ!!!

 

「おっと……すまぬ、素敵な毛並みの方。ご都合悪くござったか」

 

 すげなく威嚇を返されて、新入りは少し眉を下げる。先方にも事情があるのだから、無理に押しかけてはいけないのだ。

 興奮するモンスターを余所に再度慎ましく寝返りを打ち、どうしたものかと頰を掻く。

 

 このまま一寝入り行きたい気もするが、それは不味いと第六感が訴えかけてきている。

 一先ず片方ずつ手首の関節を外してゆき、枷をポイと隅に放った。金属の不快な感触に比べれば、ベロンと剥がれた手の甲など些細だ。

 

 後ろ手が自由なら縄抜けは容易い。故郷でも度々縄打たれていた勾留常習犯は、手慣れた手付きで結び目を解いた。

 

「……ふむ」

 

 澱みない脱獄が此処で止まる。硬質な檻に手をかけるが、流石にこればかりはすり抜けも厳しい。プチプチ髪を数本引き抜き鍵の内部を探ってみると、どうやら回転式であることがわかる。

 

 フック状のもの、は、持っていない。鍵穴を弄りながら足袋を脱ぎ、親指の爪の長さを測る。……足の爪を摘むと同時、周囲のモンスターの警戒音が更に興奮したものに変わった。

 

「?」

 

 僅かな衝撃。はてと檻の上を覗いてみると、何かが天井の換気口から落ちてきた気配がする。

 

「……マッテ。イマ、ダシテアゲル」

 

 

 なんとビックリ、その塊は語りかけてきたのであった。すわ釣瓶落としか、オラリオには奇妙な種族が居るものだと驚くも、その容貌はどう見ても巨大な芋虫である。

 毒々しい色合いが蠢く裏側を観察していた帰雁は、シュウシュウ異様な音を立て始めた檻に目を瞬かせた。

 

「……愛嬌のある御御足でござるな」

 

「ア、アリガト……シタ、キヲツケテネ」

 

 言葉ののち、金属の檻がボロボロと崩れ始める。当然檻の上部に乗っていた蟲は中に落下し……ぽてっと膝の上に着地した。

 ウネウネもぞもぞと踠く姿は、丸っこいフォルムも合わさり可愛らしいような気もする。いわゆる“キモかわ”というやつであろう。

 耐性のないお嬢さんならば気絶するような絵面だが、帰雁は畑を荒らす芋虫を鳥の餌にしていた幼少を思い出し、懐かしい気持ちでそれを起こしてやる。

 

 対する蟲は……蟲にこうした表現を用いるのは奇妙なものだが……まじまじとこちらを見上げると。

 

「……………………ニンゲン?」

 

「そういうお主はモンスターでござるなぁ」

 

「ッ……!」

 

 気の抜けた声で返答すれば、絹を裂くような悲鳴が響く。

 帰雁は心外そうに眉を顰めたのち……溶解液で溶け出した己の衣に気付き、慌てて彼女を両手で抱え上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ニンゲンの小脇に抱えられて、蟲がキョロキョロと周囲を見回している。片足を素足のままペタペタ歩く帰雁は、肌に触れる生ぬるい隙間風に顔を顰めた。

 

「股引きが無いとスースーするでござる……」

 

「ゴ、ゴメンネ……」

 

「構わぬぞ。ビックリすればちょっと漏れちゃうこともあろう」

 

「モ……モラシタミタイニイワナイデ!」

 

「へえ。羞恥心とかあるのでござるなあ」

 

 しれっと最低な感心をする帰雁。刀を帯びる角帯ごと羽織を没収されたこともあって、薄ら寒い心地である。

 布越しに毒液が垂れた太腿は爛れたようになっているが、幸い炎症は表面だけだ。

 

 とはいえ動き易さは普段の比にならない。露出が嫌なことは確かだが、常の浪人スタイルは浪漫から選んだため、ぶっちゃけ動きにくいのだった。

 

 

『コロサナイデ!』

 

 吊されて手も足も出ず、空腹ゆえ毒液を飛ばすこともできないモンスターがしたのは……命乞いであった。

 地下で生まれた、暗闇が嫌いだ、せめて死ぬなら“空”の下で!そんなことを必死に訴えかけたのだ。

 

 相手はヒトにも五分の魂を見出しているか怪しい人斬りだ。しかし帰雁は身を捩る紫の芋虫をしげしげと眺めたのち、「良かろう」と事もなさげに頷いた。

 

 世に情けが無かろうと、道連れの一匹くらいは許されよう。何より……面白そうだ。喋るモンスターとはなんともトンチキな生き物ではないかと、生意気にもトンチキエルフは思った訳である。

 

「ふーん。擬態でもなく本当に喋るとは。また奇怪な生き物でござるなぁ」

 

「……ナンデ、コロサナイノ?」

 

「ん?気分」

 

「ヒエッ……」

 

「冗談ぞ。本当はお主の命乞いが面白かったからでござる」

 

「ヒエエエエエエ……」

 

 それこそ冗談じゃないのである。加えて「こら暴れるな。捨ててゆくぞ」などと脅迫してくるので、うねることもできずに彼女は泣いた。

 

 本当に空を見られるのだろうか。仮に地上に出られたとして、世にも奇妙な死に方をするのでは。やはりグロスの言う通りだった。ニンゲンって怖すぎる。

 

 一方で思いやりの使い道が怪しい帰雁は、萎縮する蟲に首を傾げる。沈黙が気まずいタイプでござるか……ならば話を振ってやろう。見当違いの気遣いであった。

 

「そのぐろす、というのも」

 

「ナッ……ナニ……?」

 

「喋る芋虫でござるか?拙者下層の触りまでしか降りたことがないが、そうした種は見たことがない」

 

「カレハ……石竜ダケド……」

 

「アレも喋るのか!?石なのに!?いやはや、世の中って知らないことだらけでござるな!」

 

「ソウネ……」

 

 明らかに多大な誤解を抱えて納得するニンゲンを、もはや彼女は訂正しなかった。どうやら悪意がないことは分かるし、純粋に疲れ果てたのだ。

 一日で何度も乱降下したメンタルに怯える気力は残っていない。

 

 残るは地上への憧憬と、膨らむ好奇心ばかりである。もうなるようにしかならぬのだから、思うままに行動しよう。

 小さな蟲は無敵時間に入ったのだった。

 

「……キミ、ドコカラキタノ?」

 

「拙者か?拙者はうんと東から、海を渡って参ったでござるよ。お主は地下から上がってきたのか?」

 

「ソウヨ。コロガッテキタノ」

 

「その身なりで!根性あるでござるなぁ」

 

 そうして彼女が開き直って以降、それなりに楽しく会話は弾んだ。良くも悪くも両者に害意がなかった為、何の取り留めもなく語ることができたのである。

 

 

 

 入念に隔離された『生体倉庫』から伸びる通路は、蟻の巣のように入り組んでいた。幾つか密輸品の倉庫を抜け、辿り着いた住居スペースはもぬけの空だ。

 食べかけの干し肉や散乱した酒瓶を見るに、姿のない彼らは随分慌てて発ったように見える。

 

「手頃なのが居れば刀の場所を吐かせようと思ったのだが……どうしたものでござるかなぁ……」

 

「カタナ……サガシテル?」

 

「うむ、二振りばかりな。そう手放せるものではないゆえ」

 

 饐えた香りがする酒を遠慮なく滝飲みし、帰雁は鈍い輝きの三日月刀を拾い上げた。碌に手入れがされていないあたり、ファミリアの程度も知れている。

 

 しかし肝心のものが見つからないのだ。……持ち出されたか。腹の底から深い溜息をつくと、蟲ものんびり首をもたげる。

 

「何せ『金剛』は曰く付き、もう一振りの『羽々斬(ハハギリ)』は……その……元は御物でござるから……」

 

「オモノ?」

 

 無垢な蟲の問いかけに対し、流麗な美貌は沈痛であった。震える睫毛は腹立たしいほどに長い。いっそ儚さすら感じさせる面差しである。

 

「いと尊き方の持ち物だったのだ。つまるところ……失くすと不味い。死ぬほどお師さまに怒られる……間違いなく……」

 

 何某かの戦功で受けた下賜だったのだ。鞘も文化財とかだった気がする。多分国庫目録に記載があるし、同郷ならそれが“御刀様”と分かる品だ。

 

 仮に贈り主が許そうとも、師には懇々と説教される予感しかない。苦行や折檻ならマシな方で、最悪膝詰めで手を取られて、「彼女の贈り物が……本当は疎ましかったのか?それほど【朝廷】を厭うのか……?」と悲しげに言葉を尽くされるやもしれぬ。

 

 もう一方の()()こと、連れ合いは既にキレまくっていそうである。アレは本体から遠く離れられないので、さぞやきもきしているに違いなかった。

 

「蟲。寄り道してゆくぞ」

 

「イイケド……オトサナイデネ、ニンゲン」

 

 三日月刀をくるりと回し、帰雁はうっそりその錆をなぞる。曲刀を扱うのは久方ぶりだ。達人とまでは言わずとも、世間並みには習熟している。

 

 その一切危なげなく凶器を扱う手付きを見て……もしや一際怖いニンゲンに身を委ねたのではと、蟲はプルプル震えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 時は神時代の絶頂期。世界の中心たるオラリオの栄光は華々しく、二大ファミリアの英雄達は人々に眩い光を齎した。一方で光あらば影は濃く、闇は更に昏いのである。

 

 奇人ダイダロスの礎はバベルを支えるのみならず、地下の妄執をも生み出した。

 彼が如何にしてダンジョンに魅了されたのかは不明だが、その意思は絶えることなく、現在も無意味に広がり続けている。

 

 クノッソスはまさに蠱毒の只中にあった。オラリオの栄華は外敵を排除した結果として築かれたが、その全てが都市外へ追放された訳ではない。

 無為な空間にはいつしか多くの敗残者が落ち延び、更には悪徳を愛する神々によって、裏社会が形成されることになる。

 

 ダンジョンの持つ無限の資源に対し、クノッソスのリソースは限定的だ。彼らは消費以上の生産を持ち得ず、外部とのつながりに依存せざる得ない。

 反面閉鎖的な環境は究極の資本競争を生み出し、このブラックマーケットでは全ての罪悪に値段がつけられた。

 

 弱きものが淘汰され、驕るものが淘汰され、全ての作用は経済効果として処理される。そんな中で生き残るのは、もはや常識では測れぬような、究極の罪人ばかりであって……

 

 

 ……まどろっこしい?五月蝿い?簡潔に説明しろ?全く横暴だな、我が眷属は……。分かった分かった、なら一言で説明する。

 

 「悪人を集めて弱肉強食を極めたら、ヤベー奴しか残らなかった」。

 何も【闇派閥(イヴィルス)】が発端じゃない、元よりクノッソスはそういう状況だったのさ。

 まあゼウスとヘラがいる限り、こうして表にまで噴出することはなかっただろうが……それはさて置いて。

 

 

 『奈落落としの三夜』は酷かった。あの抗争で幾つのファミリアが引っ掻き回されたことか……。

 切っ掛けはほんの些細なミスで、取引の証拠を【ギルド】に掴ませた間抜けな弱小ファミリアが淘汰されれば済む話だったんだ。

 

 ……でも、まさか。あの侍は刀を失くしただけだったなんて、一体誰が信じただろう。

 

 





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