「詐欺23件、窃盗16件、恐喝14件、強盗3件……」
ランプの暖色に照らされて、暗がりに二つの影が伸びている。密談中であることを隠しもしない応接室に、男の低い声が響いた。
「ダンジョン含むバベル内での迷惑行為……五十四件。以上がこの一年で摘発された【ソーマ・ファミリア】の犯罪件数だ。申し開きはあるか?」
【ギルド】長ロイマン・マルディールは、ぶくぶくに膨れた掌をテーブルに叩きつけた。重量級の肉体をふうふう揺らし、人相悪く対面を睨む。
エルフという種に生まれついた以上、肥え太るにも“
そんな男と相対するのは、体質に胡座をかきまくったエルフである。呑んでも食べてもひょろひょろの帰雁は、ウムンと態とらしく唸ったのち。
「……思ったより立件されてござったな!」
「隠蔽を匂わせるな!どうなっとるんだ貴様のファミリアはァ!」
真っ直ぐな眼差しで言い放つ無頼に、身を乗り出してロイマンが怒鳴った。たぷたぷ揺れる魅惑の脂肪は現在進行で燃焼中だ。
不服げな態度を隠しもせず、帰雁が口を尖らせる。濡羽の毛先で遊びながら頬杖を突き、なんとも太々しい態度である。
「拙者のものではござらぬよ。主上様と団長殿と、神酒あってのファミリアぞ」
「【呑んだくれ】がよくも言う。【ソーマ・ファミリア】悪名の代名詞のようなものだろうが」
「よよよ……」
憂き名でござる……と白々しく嘆いてみせるが、心にもないのは見え透いている。
何かしらの罪に問われて然るべきトンチキ振りだが、何故か刑法にはひっかからない為、一ギルド職員として慚愧の念を禁じ得ない。
そも探索系を名乗って課税を誤魔化し、アングラマネーをぶん回している脱法系ファミリア(疑惑)所属の冒険者である。
らしいといえばらしいのかもしれないが、そんなところを体現するな。
「とにかくッ!これはオラリオ内のファミリアでもダントツ一位の犯罪率!到底見過ごせる事態ではないのだッ!」
「しっかし美味でござるなこれ。何処の酒だ?産地は……【デメテル・ファミリア】?はえー、彼処って普段からお酒作ってたでござるかあ」
「聞かんか!」
怒気で震えた空のグラス。秘蔵の葡萄酒が目減りしていく。並ぶ酒瓶が残り時間と同義なことを踏まえれば、さっさと話をつけなければならない。
そんな思いを踏み躙るように、女はナイフでボトルの口を断った。
罅一つない断面がガラスのボトルから覗いている。いっそ手品のような芸当だ。
「ちと借りた。返すでござる」
「は、」
目を白黒させるロイマンに抜き身のナイフが投げ渡された。
慌てふためいて直撃を躱し、机の上に転がったそれは、彼が長年愛用している樫製のペーパーナイフだ。
いつ掠め取られたかも不明だが……切れ味はよく知っている。決して紙以上の物が切れる品ではない。
数段階の困惑に畳み掛けられ、ロイマンは思わず黙り込む。
「……」
「ん……良い香りだ。二十年物とは豪勢なことよ。流石ギルド長ともなると、蓄えるもの蓄えてるでござるなぁ」
しんと静かになった室内。コミカルに肩を竦める仕草は、何処となく白けた雰囲気であった。
「そもそも妙な話でござる。我らペナルティは果たしているし、罰金を支払い、きちんと納税だってしている。何ならお主、団長殿の袖の下を受け取っていよう?」
「なッ!?……」
「アレは保身が上手い男。さぞ良い贈り物を選んだのだろう」
賄賂とは信用が無ければ成り立たない、共犯前提の関係である。
贈賄あらば当然収賄がセットであって、【ソーマ・ファミリア】・【ギルド】ラインの贈与を最終的に受け取るのは、確かにギルド長ロイマンだ。ぶっちゃけ言い訳の付かない額が動いていた。
【ソーマ・ファミリア】団長、ザニス・ルストラは抜け目がない。堅実な悪事を好む割に勝負強く、日々生命を脅かされながら小物としての度胸を培っている。
「ゼウスとヘラの膝下にあって、どうせ大した事はできまい」。正にその通りだ。迷宮都市は磐石であり、神時代最高の英雄達によって守られている。
ザニス程度の小悪党がオラリオを揺るがせるはずもなく、度が過ぎれば勝手に間引かれることだろう。
そんな慢心を逆手に取り、彼は数年がかりで地盤を築いた。ヤンチャへの名義貸しで表のファミリアに恩を売り、裏では物資の調達を代行する。
更には平和ボケした【ギルド】に擦り寄り、『商売』で儲けた利潤を流す。
賄賂に気を取られたロイマンが、気づいた時には癒着が進み、蜜月状態が形成されていたのだ。ウラノスもびっくりのラブラブっぷりである。
本来なら汚ねえおっさんずらぶの詳細など、帰雁には関わりない話。山吹色の菓子の味も正味知ったことではない。
しかし高い酒を馳走になったし……おつかい位は受けてやるか……。
つまるところ頗る機嫌が良く、帰雁は善意いっぱいで微笑んだのである。
「ふふ……旨みが足りぬと申すか。一団員をとっ捕まえてまでおねだりとは、全く大したお人でござるなぁ」
「!?」
揶揄めいた口調も相まって、大和言葉の迂遠さが駄目な方向に働いた。字面以上の意味はないのに、いちいち意味深長なのだ。ロイマンが脅迫を受けた顔をする。
「な、何が望みだ……!?」
「? いやこっちのセリフでござるよ?ダンジョン帰りに引っ張り込まれたのは拙者ぞ」
「うぐぅ…!」
きょとんとする女剣士。ロイマンは葛藤した。
酔狂で動く【呑んだくれ】。勝手に名前を用いられても構わず、ファミリア内では孤立していると言うから、世俗のやり取りに疎いと思いこんでいた。
謂わば名ばかりの隠れ蓑であって、客分扱いとして腕を利用されているだけではないのか。であればどうにでも言いくるめて、都合よく使えるかと思ったものを。
角が立ちそうな事件を片付けて回っているのも、ザニスに使われているだけではなく……!
「そう怯えるな」
脂汗をかき黙り込んだ同胞に、女が猫撫で声を出す。
「拙者も内緒話は好きだ。お主は酒の趣味も良いし、景気の良い御仁でござる」
帰雁は調度棚に歩み寄り、切子細工のグラスを取り出した。ロイマンの眼前に置かれた器へ、赤い液体が注がれていく。
行儀悪く机に腰掛け、潤む眼が柔く細まる。酒精に熱され火照った肌。しなる指先がユサユサと頬の贅肉を撫でた。
「悩み事があるのでござろう?名だたる高レベルの冒険者にも、公明正大なファミリアにも頼れぬ困り事が。言ってしまえよ」
皮膚接触を嫌うエルフらしく、触れ合う双方が鳥肌立った。本能的な嫌悪感は緊張感に勝り、ロイマンは思わず顔を顰める。
帰雁もまた不快感に片眉を下げ、しかし唇の端は持ち上げて……低い声で囁きかける。
怯える子供を宥めるような、優しいだけの声音であった。
「ともすればお酒が大好きな
自分で言うか、とお金が大好きな
乾杯とは古典的な友好の証明だ。女はへにゃんと相貌を崩し、どこか残酷な無邪気さで喜んだ。
「安心召されよ。拙者酒席を共にした相手を無下にはせぬ」
「……ふん。どうだかな」
里から出たばかりの頃のような若々しい衝動が、緩やかにロイマンを襲っていた。世間知らずを脱しても、どうしようもない未知との遭遇は人に諦めを促すもの。
弱味を握られている相手に頼み事をするというのは、なんとも不可思議な体験だ。
二十年物の葡萄酒を
「 ……うぇ……ッ…… 」
「なんだ此奴いきなり嘔吐き出したぞ!」「今だ!囲め囲め!」
一説によると。
迷子探しでも形容しようとしたのでなければ、如何なる状況で両者を混ぜようと思ったのかは不明だが、ともあれ二種の異なる物が混ぜられた状況を指す語なのである。
二種の混合をちゃんぽんとするなら、拙者は
葡萄酒を干したのち麦酒を煽り、懐に忍ばせたウヰスキーを舐め、行き合いで飲み慣れぬ火酒までガブ飲みした帰雁は良い塩梅に出来上がっていた。
どう足掻いても馬鹿である。ちゃらんぽらんにも程があった。
「 ちょ……でちゃダメなやつでちゃうでござる……うぷっ……! 」
「うおっマジで吐くぞ此奴……!」
蹲ってえぐえぐ言い始めたトンチキエルフを、男達は四苦八苦しながら拘束した。密輸品を収める倉庫に現れ、鼠の如く酒を漁って発見された侵入者。
これがまた警備の大半がノされる程強かったのだが、間抜けにも悪酔いで弱体化した為、慌てて捕獲することにしたのだ。
アル中エルフとは世も末である。どっから忍び込んで来やがった。マア顔は良いし……売るか……?うーん……。
彼らは納得いかない気分で武器を取り上げ、くたっとダウンした馬鹿をつつく。すると再び不穏な呻き声を上げ始めたので、慌ててその場から距離を取った。
需要あらば供給あって、天地の何処でも商いはある。しかし神敵にまで値を付けるとは人の業も極まったもの。
「ふう……ちょっと出したら楽になったが……」
暗闇の中丸腰で鎖に繋がれ、狭い檻に押し込められて、ふむんと帰雁は思案する。
さてしくじったぞ。この首に値段が付くのはいつぶりだろうか。
人造迷宮クノッソス。犯罪系ファミリアの温床たるこの地は、禁制品が出回る巨大マーケットでもある。
闇市の勝手を知るとはいえ、生体の売買には流石に疎い。ましてやオラリオの“特産品”の調査となれば、実地で見物するのが一番と考えた訳なのだが。
グルルル……
キー!キー!
しかし