女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十話「ガリガリトンボ」

 三十厘米(cm)くらいの木の棒に鮫歯状の傷をつけていく。

 十個ほどの傷をつけたらOK。次にプロペラを作る。まぁこっちは竹を捻るだけだ。……炙って捻る必要があるのでもちろん祭唄に手伝ってもらってはいるが。プロペラの中心に穴を開けて……。

 あとはそれを木の棒の先端に釘と共に打ち付けて、完成。

 

 もう一本の木の棒で傷の部分をガリガリやると。

 

「……回った」

「ああ。そういう玩具だ」

「……? なんで回る?」

 

 鮫歯の右角左角で回り方が違ったり、持ち手の部分で速度が変わったり。

 位相差……あと軸とプロペラの摩擦で起こる回転。

 単純な仕組みだけど案外力学がわかっていないと意味の分からない現象に見える玩具である。……ま、よく見ると軸先が円運動しているのでわかりやすさはあるのだけど。

 

「それで、こっちは?」

「軸を両手で挟んで、回したあとに放してみろ。……ああ輝術師の身体強化は最低限で頼む」

「ん」

 

 これまた軸にプロペラのついたもの。

 それを彼女が回してリリースすると、ブゥンという音を立てて飛び上がる。

 

「……飛んだ」

「ああ。そういう玩具だ」

「……落ちるならわかる。なんで飛び上がる?」

 

 竹とんぼ。もう説明するまでもない玩具。

 プロペラの可能性は本当に無限大だな、と思う反面で……。

 

「さて……これはまぁ、青清君への献上品ではあるが、これを作った以上必ず何かが起こる。それも不穏なことが」

「……黄金城で言っていた、祆蘭の……符合の呼応。あるいは、世界改変?」

「そうだ」

 

 まぁ。

 私のモノ作りの結果、世界に何かが起こる、というのは確定事項になった。

 ただ……停滞していては。つまり、何も作らずにいては、全てが水面下で進む。

 

 そう、私が赴かなければ明るみに出ないだけで、企み事謀り事悪事害意は膨らみ続ける。

 結果が有呀(ヨウヤー)のような……未来を奪われた子供。雲妃も、あの場ではああいったけど、大人になるまでの間ずっとそこに囚われていたというのであれば、やはり。

 であれば何もしないでいるより「符合の呼応」を起こし続けて、それを解決していった方がまだ"やりよう"というものもあるのだろう。

 

「帝になる、と言っていたのは、本気?」

「なんだいきなり。……あの場の勢いだけの発言に見えたか?」

「ううん、祆蘭はいつも本気。だけど……それがどれほどのことなのか、本当に理解しているのかな、って」

「本当に理解、ね」

 

 無論。

 文字も読めん書けんで、政治的な部分も何もわかっていない。

 ただ「州君となるのは貴族である必要はない」という情報と、「出自不明でも帝になることはできる」という現帝の証明で帝になろうとしている。

 

 本当に理解しているのか、と言われたら……まぁ。

 

「この世の(ことわり)は知らんが、この世の理は知っているつもりだ。……だから、……なんだ。だから……支えてくれたら、いいだろう。負担をかけ過ぎている自覚はあるが……」

「……もう一回言って」

「ん……ああ。──私の隣で、私を支えてほしい。負担に思うのなら預け返してくれ」

「もう一回言って」

「じゃあもういい。心苦しいが夜雀様に……いや玻璃に頼むか」

「謝る。……嬉しい。……。……ちなみにこれは、愛の告白?」

「夜雀様に毒され過ぎだろう。あるいは青清君に感化されたか?」

 

 今生は都合よく、と思ったから。

 作らないようにしたかったのだがな……心を許し得る友、というものは。

 

 いずれか不都合があるのだとしても。

 値すると……いや、この表現は良くないか。……祭唄にいてほしいと思えた。特に"八千年前の組成"になった時、それなりに心細くはあったからな。

 

 ふん。

 これは、成長か? なぁ、親友。……うわぁ、こういう時だけ大爆笑せずに真面目な顔で「ああ」とか言ってきそう。ヤだわー。

 

「……これから何が起こるのかは、わからないんだよね」

「ああ、すまないな。誰かが命を落とすのやもしれんし、既に、かもしれない」

「別に祆蘭がわかっていてもわかっていなくても、そこは変わらないんでしょ」

「らしいな。……一応、今私が作ったものについては」

「うん。青宮廷近郊に植えさせてもらった凛凛……さんの植物に、伝達をした」

 

 新帝同盟(シンディトンモン)のメンバーは各州に散らばっている。

 私と祭唄が青州。凛凛さんと蓬音(ポンイン)さんが黒州。玻璃は黄州で、桃湯、今潮ら鬼、伏は基本的に特定の居住地を持たない。

 だからどうやっても連絡が取り難い。

 そこで、連絡網として、凛凛さんの植物が使われることとなった。

 

 彼女の植物は輝術を織り込んで生育されている上、輝術の化身とも言える彼女とほぼ同一化している。

 ゆえに彼女より貰った種、及び植物は「中継地点」になるのだ。普通の輝術師が中継を行う輝術師を代替するように。

 名を「継草(ジーツァォ)」。各地に張り巡らせ中だというそれは、とりあえず青州と黒州と黄州の間に一定間隔で植栽済みだとか。

 これにより、玻璃のような強大な輝術を持たなくとも遠隔での情報伝達が可能になった、と。……鬼は桃湯の音、伏は燧頼りだけど、一応伏も輝術を媒介とすることは可能なようなので、緊急時にはそこへ訴えかければなんとかなりそうではある。

 

「それで……先代青清君については、どうだ」

「ん。……正直難航している。書物庫にもほとんど記録が残っていない。聞き込みをするにも微妙な話題過ぎる。……ただ、記録は残っていないというより、消されている、という印象を受けた」

「消されている……というのは、世の理の方ではなく、か」

「うん。一度は記録されたけれど、輝術で墨を剥がしたような痕跡が多数見られた。不都合な記録をもみ消した、というような」

 

 ……きな臭くなって来たな。

 

 "八千年前の組成"でわかった、令樹の死に関する事実。先代赤積君と黄州の何者かとの逢引き。それを隠すための殺人。

 渦理論で言えば、そこもまた「事象の呼応」をしていると推測できる。となると、先代青清君との間にも……と考えられるわけで。

 

 鼬林が正勝(ヂォンシォン)として輝霊院に入ることができていたことも含めて、閣利(グァリー)なる人物の実在についてもその辺と絡んでいるような気がするのだ。決して桃湯の仕業だけではないと。

 

 それと……黄州で私に話しかけて来た幽鬼の件も。

 

「輝術では、記憶を操る、ということはできないのだよな」

「うん。認識を錯誤させる、が精一杯」

 

 記憶の消去に関しては鼬林の菌糸か「その者の霊魂が消えるとその者の痕跡が消える」という世界の仕組みのどちらかだと思っていた。……輝夜術、という線もないことはないのだけど、あれはあくまで輝術の裏返しのような印象があるから……。

 だから。

 

「そっか、記憶している人はいるはず」

「ああ。微妙な話題で聞き難いのはわかるが、私もついて回るから、もう一度聞き込みに行こう。放置してはならん話題であるようには思う」

 

 ──此度私は力になれぬな。先代青清君とは違う時代にいた。私とは面識がない。

 ──私は……あるにはあるよ。ただ、先代が何をしていたのかを知っているわけではないから、こちらも黙っておこうか。

 

 華胥の一族は相変わらず頼りにならん、と。

 ……ま、探偵ではなく犯人だとしても、捜査は徒歩(カチ)でやるものだろう。牛乳とあんパンも必要か?

 

「それで、話を聞けそうな人物で、先代をよく知るような貴族。アテはないか」

「それなりにはいるはず。青清君……今の青清君より年上であれば誰でもいいわけだから。ああでも、蜜祆(ミィシェン)みたいな地方貴族は知らないかも」

「青清君は、今幾つだったか」

「二十五歳。進史様も」

 

 改めて聞くと、やっぱり若いよなぁ。

 古風な口調のせいで勘違いされがちだけど、まだまだ華の……ってオバサンか、この思考。

 

「青清君や進史様の家族に話を聞く、というのはどうだ?」

「……おすすめは、しない。その……お世話になっている二人の家族を悪く言うのは避けたいけれど……」

「ん……折り合いが悪いのか」

「青清君の家は中位貴族。だけど、青清君を排出したことで少しだけ周囲から……浮いている。ただし悪い意味じゃなく、守られている、と言った方が良いかもしれない。加えて周囲から煽られて、こちらも少しだけだけど、上昇志向気味になっている。……家族想いなのはわかるけど、祆蘭が平民だと知ったら……難しいかもしれない。加えて、私の出自を知ったら、下手に出てくる可能性もある」

 

 うわぁ。ちゃんと面倒臭そう。

 そっかそっか、貴族だもんな……。

 

「進史様の家は高位貴族だけど武官。言ってしまえば、規則厳守の家。……ただ周遠さんから話を聞いた限りでは」

「ああ。進史様の話題であれば話してはくれそうだな」

「うん。代わりに余計なことを聞こうとすると」

 

 即OUT、か。加えてそちらも平民には厳しそうだ。特に言葉遣いが。

 

 となると……。

 

「私と玉帰は、家族とは……あまり仲が良くないから。だから」

「必然的に」

 

 

 もう良いだろう、とか散々言われているけれど、一応腕を組んで顔を伏せて歩く。

 むしろ知名度が高くなった今、絡まれる確率を思えばこっちの方がいいまである。

 

「い、いや~……なんか恥ずかしいね! 祭唄は何度か連れてきたことあるけど、祆蘭を、しょ、紹介? するのって!」

「おいおい、私は嫁か何かか。話を聞きに来ただけだぞ」

「わかってる……んだけど、えーっと……一応、覚悟しておいてね?」

 

 必然的に、夜雀さんに頼むこととなる。

 前々から会ってみたいとは思っていたしな。

 

「覚悟、とは? また着せ替え人形にでもされるのか?」

「そういうわけじゃなくて……」

「祆蘭、多分だけど、夜雀はあることないこと……というか九割の嘘を家族に伝えている。祆蘭がどれほど自分に懐いている、とか、そういう」

「ちょ」

 

 ……。

 へー。

 

「そ、そんなことは……あったり、なかったり?」

 

 へー。

 

「とにかく、ほら! 見えてきたよ。あそこが私の家!」

 

 恐らくは指を差すなりしているのだろうけど、見えていない。ので、影を追ってその指先を見る。

 しっかりした基礎に、硬そうな柱。

 

 あれ。

 

「……思ったより大きいな」

「集合住宅だから。あの家に六家、下位貴族の家が入っている。どの道防音輝術を張るから集合住宅でも問題ない」

「ああ、そういう」

「つまりあれが夜雀の家、というのも見栄。正確にはあの家の数個の部屋が夜雀の家」

「もー、さっきから、なんなの祭唄! いいじゃん、私だって祆蘭に……」

「夜雀様こそどうした。別に今更見栄など張らなくとも、私はお前をおかしな目で見たりはしないぞ」

「……いやだって、この前の……愛娘賞盟(アイニャンシャンモン)で……その、小祆(シャオシェン)絶対私のこと……」

「ああ、まぁそういう人だったんだな、とは思ったな」

「でしょ!? だからその印象を払拭したくて」

「無理。もう見え透いている」

「祭~唄~!!」

 

 そういえばそうだった。

 あの茶会で、……「幼子が尿意を我慢している姿が見たい」とかいう変態集団の一員だった。そのトップはさらなる変態ではあったけど、そうか、そうか。そうだ、そうだ。

 

 ……確かに最初から危険人物だとは思っていたけど、あれで大分……。

 

 と。

 夜雀さんと祭唄がじゃれあっていたら、うるさかったのだろうか、その集合住宅から二人の子供が出てきた。男女。年端も行かない、という表現がしっくりくる子供。

 

「あれ? 夜雀じゃん。どったん急に。……お、祭唄もいる!」

「ちょっと楼斉(ロウチー)! 夜雀はいいけど祭唄様には敬称つけてって何度も言ってるでしょ!!」

「私は良いってどういうことかな~? 眞楡(ヂェンユー)も言うようになっちゃったんだね~?」

「敬称は要らないと何度も言っている。……それより夜雀。この二人に捕まると長い」

 

 ……願いは口にしない。考えもしない。

 符合の呼応を起こしているのが奴らであるとすれば、それを考えた時点で終わりな気がしなくもないから。

 

 けれど……どうしてだ、祭唄、とは……いや。

 

「ってあれ、そっちの子は……夜雀、また新しいオンナ引っかけて来たのかよ。しかも眞楡よりちっちぇーじゃん!」

「どうみてもあたしの方が年上でしょ! 目、腐ってんの!? ……じゃなくて。オホン。……君、どこの子? 迷子? なんで顔を伏せてるの? こういう家に住んでいるから、あたし達はみーんな下位貴族。伏せる必要ないよ~?」

「ち・な・み・に! 夜雀より俺達の方が一個だけ上だからな! ほれほれ、遜れよ夜雀!」

「つまり、私には二人とも跪いてくれる、ということ?」

 

 捕まると長引く、とか言ってたけど。

 多分この二人もこの子供たちが好きなのだろう。これは長くなるな。

 

 ……色々な面倒を考えて、()()()に剣気を当てる。

 

「ッ!? っと……オイオイ、新開発の五重偽装だぞ……?」

「え? ……その声、大姐(ダァジェ)?」

 

 げ、という顔になる子供二人。

 やっぱり特効か。ま、こんだけ歳の差があって、あの性格ならな。

 

「チッ……見つかっちまったモンは仕方ねえ。……よう、クソガキ共。元気にしてたかよ」

「ヤ……鼠変婆(ヤービェンボー)だ! 逃げるぞ眞楡!!」

曲騙姿(ヤービェンボー)が帰ってきた! 食べられちゃう!!」

「良い度胸してんなァ!!」

 

 蜘蛛の子を散らすように……という表現にすべきか迷うほど、ぴゅーんと己の家……部屋の中へ帰っていく子供達。

 

「ヤービェンボー、というのは?」

「お前まで言う気か」

「違う。平民には伝わっていない言葉だ。貴族しか知らないものと見た」

「あぁ? ……ああ、そうか」

 

 何かを納得した様子のヤービェンボー……こと、朝烏(チャオウー)さん。

 対して私は何も納得できていないので、と祭唄に視線を向けると。

 

鼠変婆(ヤービェンボー)。その名の通り、山中で出会った人間を鼠の姿に変えてしまうという鬼。曲騙姿(ヤービェンボー)は出会うたびに姿を変える鬼だと言われている……けど」

「まぁ、本物を知っている大人からしたら、って話だよね。……それで、なんでついてきたの、大姐?」

「うぇっ!? あ、いや、……あー……だってよ、家にソイツを連れ込むとか言うから、まさか肉体関係が、とか思って……さすがにガキは法に触れかねないから止めようかと……いや、夜雀。お前がガキだった頃は良かったんだよ。でもお前もう成人していて、だから」

「大姐」

 

 そこからすっかり黙ってしまう両者。多分情報伝達で何か会話をし始めたのだろう。というか喧嘩をし始めたのだろう。

 過保護、ここに極まれり。……いや過保護というか、今回は信用が無さすぎただけか?

 

 しかし、ヤービェンボー。テンセンフォンと同じで、私には同じ音に聞こえた。その上でなんとなく違うものを指しているのがわかった。

 もしかして同音異義語、かなりあるのか? ……だとしたらこの世界の言葉を覚えられる気が一生せんのだが。ただでさえシーとシィとかシェンとシィェンとかで苦しんでいるのに。

 だけど、面白い話でもあった。

 平民にとって幽鬼や鬼は眉唾物。いるかいないかの論争で取っ組み合いになれるくらいの存在。だから、「それ以上」が発展しない。

 貴族にとって幽鬼や鬼は日常。だから、「いる上でこう」とか「いる上でどう」が発展する。勿論世界からの知識制限なんかもあるのかもしれないけれど……。

 

 で、今彼らがそれを朝烏さんに言ったのは、「やーい山姥!」とか「山姥が出たぞー!」みたいなノリなのだろう。……まぁこの論法だと「子供は山姥が存在することを確信している」ことになってしまうのだが。

 

「小祆、大姐も一緒でもいい?」

「丸め込まれたか。ああ、構わない。というより私が邪魔をしに行くのだから、家族がいて良いか悪いかなどの話を私が決めるのはおかしいだろう。大事な妹が可愛いのならば、両親だって大切であっておかしくはない。それを……私という危険物に近づけさせるのだ、朝烏様が心配を抱くのも無理はないだろう」

「……大方間違っちゃいねぇが、別に危険物だとは思ってねぇよ。お前が作った穢れの測定器もかなり役立っているし、その前から大恩ある存在だ」

「にしては嫌そうに言うじゃないか」

「ガキのくせに一人悪者になって話を丸く収めようとしてるその態度が気に入らねえだけだよ、馬鹿が」

 

 ……ふん。

 とうとう私のメッキも剥がれてきたか。どんどんボロが出るぞ。

 詭弁小娘祆蘭の中身が、実は何にもない、なんて……あと、どれだけ保つか。

 

爸爸(パーパ)たちに会うんだろ。入れよ。狭い家だが、住み心地はまぁ、保証するからよ」

「うん! 二人とも良い人だから、大丈夫!」

「私も何度もお世話になっている。だから」

 

 怖がらないでいいよ、と。

 彼女らは、口々に言った。

 

 

 

 他人の親、というものに触れたことは、無論何度もある。

 明未のおばさんもそうだし、最近だと有呀の両親もそう。"八千年前の組成"では青白い顔で我が子を手にかけんとする大量の親を見た。

 ……。……いや。この話に結論やオチを付けるべきではない。

 私の根幹の……根幹だとは思いたくない部分に触れるに終わる。もう割り切った話で、向き合った話でもあるから、今更掘り返したくないというのもあるが。

 

「君が、小祆。いつもうちの娘たちがお世話になっているねぇ。本当にありがとう」

「緊張しなくても大丈夫ですよ。私達は平民だからといって何を言うこともありませんし、夜雀の妄想癖もちゃんと聞き流していますから」

媽媽(マーマ)!?」

 

 確かに優しそうな二人だった。

 下位貴族……最下級の貴族といえど、質素な暮らしをしている、というわけでもないらしく、貧乏な、という印象は受けない。

 それでもどこか……なんだろう、昔話に出てくる「おじいさんとおばあさん」のような印象を受ける二人。共に歳はそこまで行っていないだろうに、ほんわか、のほほんというオノマトペが付き纏っている……気がする。

 

 だから、心臓が跳ねた。

 

「……『告"朝烏"(朝烏様に、)令子等加監視(子供達へ監視をつけてほしい、と伝えてくれ)』」

「え? ……う、うん」

「あん? ……どういう……。……いや」

 

 疑わないでくれてありがとう。

 あくまで保険だ。だから……起きなければ、それでいいから。

 

「初めまして。私は祆蘭という平民です。頼る……する。過去、私は夜雀様。する。ありがとう……あー」

「無理に綺麗な言葉を使おうとしなくて大丈夫ですよ。朝烏で慣れていますから」

「ああ。それに、君の言葉遣いに関しては夜雀からたっぷり聞かされている。今までにいなかった女の子で、朝烏に少し似ているけれど、もっと突き抜けている感じ、とな」

「媽媽、爸爸も! 余計なことは言わないでってさっき伝えたじゃん!!」

 

 そうか。

 許しが出たのだと解釈しよう。

 

「……改めて。私は祆蘭。ただの平民だが、故あってあなた達の娘と縁を結ぶことの多い者だ。夜雀様に始まり、朝烏様、そして夕燕(イーシェン)様にもよくしていただいている。此度会えたことを嬉しく思う。……言葉を尽くすには語彙が足りないが、そうだな。彼女……祭唄様と共に、夜雀様は得難い友だと認識している。彼女を私と同じ時代に存在させてくれて、ありがとう」

「小祆もなんか変な言い回しを……」

 

 仕方がないだろう。

 もし"八千年前の組成"であったら、二人は私のそばにいなかったのだ。玉帰さんも進史さんも、鈴李も。

 それを……私と同じ時代に産んでくれた「親」という存在には感謝をせねばなるまい。

 

「ご丁寧にありがとう。私はこの子たちの母親の昼藤(ヂョウトン)よ。こちらこそ、一癖も二癖もあるこの子たちと仲良くしてくれて、ありがとうございます、かしらね」

諏鳥(ゾウニャォ)だ。妻と同じく、礼を言うよ、小祆。君の要人護衛となってからというもの……夜雀は、毎日が楽しいようでね。元からたくさん笑う子だったけれど、今はもっと笑う子になった」

「は、恥ずかしいって~!」

 

 子の機敏を解する親、か。

 ……。

 

「……」

「……」

「……!? ち……っとによく当たる……!」

 

 沈黙は、けれど何かを伝達している様子だったから、黙っていたけれど。

 突然顔を顰める朝烏さんに……背筋が凍りそうになる。

 

「すまねぇ、折角の──」

「ええ、大丈夫ですよ。お仕事、頑張ってくださいね、朝烏」

「気を付けるんだぞ」

「……ああ!」

 

 駆け足で出ていく朝烏さん。すぐにでも飛翔するのだろう、明らかに動きが機敏になっていた。身体強化……だろうな、あれは。

 いや、考えるな。シンプルな呼応だけにしろ。余計なことを考えるな、私。

 会話に集中しろ。

 

「騒がしくてごめんなさいね。うちの子は三人とも静かにしていられない子たちで……」

「え……朝烏様と夜雀様はなんとなくわかるが、夕燕……様も、か?」

「むしろあの子が一番……ねぇ、あなた」

「ああ。とんでもなく口が悪い上に喧嘩っ早く、高位貴族の子供であろうと関係なく挑発して殴り合いの喧嘩を……なんて、何度見た光景か。おかげで高位貴族とも苦労人という共通項ができたのは喜ばしいことだったが……そこから嫁に、という話が出た直後に全員家を出て行ってしまうものだから、私は全てを諦めたよ」

「この子たちは己の理想通りにはならないのだ、と……か? あ、いや……今のは言葉が悪いな。違う、他意はないんだ」

「ほとんど同じ意味だから大丈夫だ。ただ……娘たちには自由をさせてやった方が、それぞれの幸せを掴んでくれると、そう確信した。それだけだよ」

「……今でも要人護衛はやめてどっかに嫁げ、って言ってくるくせに?」

「それはそれ、これはこれだ」

 

 今のは失礼が過ぎる。……何をやっているんだ私は。

 確かに……確かに突き抜けた善人や悪人に対しては偽悪的に振る舞う悪癖を持っている。それは自覚がある。

 だけど、挑発をするべきではない、困らせるべきではない相手にすることではないと、それくらいわかるだろう。

 

 ……落ち着け。

 

 この二人は大丈夫だ。

 

「ふむ。……夜雀。それと、祭唄さんも。私と共に、こちらの部屋へ来てくれますか?」

「え、……なん……え、あ、うん」

「それはできな……。……わかった。信用する」

「ありがとございます」

 

 まただ。伝達があったのだろうが、内容は窺い知れない。

 ただ……夜雀さんと祭唄の両名が昼藤さんに連れていかれて、別の部屋へと移った。

 

 諏鳥さんと私だけが残ったのだ。

 ……流石に気まずくないか。友人の父親と二人だけの空間、というのは。

 

「小祆……いや、祆蘭と呼んでも良いかな」

「あ、はい。……どうぞ」

「祆蘭、不躾な問いをするよ」

「……?」

「君、親はいるかな」

 

 問答。直近にした覚えのあるそれは、けれど。

 

「はい……いや、ああ、と答えた方が、むしろしっくりくるか」

「そうだね。夜雀からはそう聞いているから。……ご両親とは、どれほど会っていないのかな」

「六年そこらだな」

「本当かい?」

「ああ。私が三つの時に出稼ぎへ行ったんだ。今私が九歳だから」

「私には……もう何十年と親と会っていない。いいや、親と袂を分かった女性であるように見える」

 

 ……切り替わる。

 スイッチが入る。

 

「失礼だが、あなたの職業は?」

行政門察(シンヂォンメンチャ)。行政区画にある重要な施設へ出入りする人間。その一人一人を見極める仕事をしている。この青宮廷には数多くいる役人の一人だよ」

「……その、前職は? ああいや、違うな。……現在もやっている、もう一つの職業を教えてほしい。それが……青州に仇なすものではないとは、なんとなくわかるが」

「おお。朝烏たちから聞いていたけれど、君のその直感は本当に凄いな。……では、改めて。光針師(グゥァンヂェンシー)という……天染峰においては、五人しか存在しない占師。その一人が私となるかな」

 

 そんなことを。

 

 

 気にはなっていた。

 前に作った起き上がり小法師こと、吉兆占師(ジーシィオンヂャンシー)。あの言葉があるのだから、占師、ないしは占いという考えは浸透しているはずだ、と。

 加えて進史さんも「歴史上にはそういう人物がいたこともあったが、すぐに偽物だとわかった」なんて言っていたから……彼は、彼らは本物を知っていたんじゃないか、とも。

 

「そう警戒しなくていい。……と言っても、占師を相手に警戒を解くのは無理だろうね」

「特に私のような、秘め事の多い奴には、か?」

「否定はしないよ。抱えた野心も、秘めたる事情も、押し殺している感情も……(ヂャン)の一つでは見ることのできないものばかりだから」

 

 このことを祭唄は知っていたのか。

 知っていて、頷いたのか。……信用する、という言葉の意味は……。

 

「これは君を安心させる、という意味を持つかはわからないけれど、私の占が君の恐れるほどにまで強力なものであるのなら、私の家が下位貴族である、というのはおかしな話に思えないかな」

「理由などいくらでも考えられる。高位貴族にしておくと狙われかねない、とか、下位貴族というのは書類上の話だけ、とかな。……娘三人の大出世を……あなたの影響であるから、だとは考えたくはない。今の言葉は忘れてくれ。……ただ、そうだな。今までにあった青宮廷における事件や怪事件の一切を未然に防ぐことができていないことや、私という存在の到来を予知できていないことを察するに、強力ではない、というのは本当なのだろう」

「痛い所を突くね。……ああ、当代の占師五人は皆共に最低であると言われているよ。まともな占をすることができない、と。ただ血脈だけは断ってはならないからと、私達は下位貴族として名を残している」

「……私のせいか」

「言葉を選ばなければ」

 

 私がいるから。

 私という渦がいるから、何も見えない。……それは……理解はできる。だけど。

 

「なぜ今、二人きりになることを考えた。私を糾弾せんがためか?」

「安心させたくて、かな」

「……矛盾している。無理だろう、それは」

「まぁ、まずは話を聞いてほしい。()()()()()()()()()、祆蘭よ」

 

 彼の口は。

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