女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第七十二話「砂時計」

 世界は進む。世界は巡る。早まった世界と誤った世界はいずれ同じ結末に……させないために、だが。

 

 赤州にいる三妃はそれぞれ照妃(ヂャオヒ)灼妃(ヂュオヒ)劫妃(ジェヒ)と言い、その内の二人……照妃と灼妃が医院に入院した。

 だから劫妃は災いを免れたのだ……とは、やはりならない。

 

 "その後"を知っているのならば、疑いは当然かかる。

 ただ……。

 

「私より古い鬼で、そういう陰湿なことをしそうなやつに心当たりがないのよね……」

「それはただ、私がいなかったから表面化していなかっただけ、ではなくか?」

「なにそれ。あなたが世界の中心だとでも言いたいわけ?」

「ああ」

「……あなたの自信過剰は今に始まった話ではないけれど、流石に調子に乗りすぎでしょう」

「そうだな。世界の中心は言い過ぎた。だが、氷山……と言っても伝わらないか。なんだ、この世は暗闇が基本で、明かりをどこかに向けて照らした時にだけ世界が顔を覗かせる。私はそれなんだよ、桃湯」

 

 私だって信じていない。この世界から見たら、私はぽっと出の……たった九年しか生きていない矮小な存在だ。

 けれど事実と証人たちがそう言うのだから、そして体感ばかりをしているのだから、それを前提に動いた方が良い。効率がいいんだ。

 

「……やめましょう。この話は……私とあなたの関係性が今後どうなっていくのだとしても、こと現状に限っては不和の種にすべきではない。それは、わかるでしょう?」

「ああ。共に時間の曳航者だ。諍いも言い争いも、現代へ戻ってからにしよう」

「そういうこと。……で、とりあえず古い鬼に心当たりはない、というのは事実。一応他の古い鬼は何人か知っているから、それを当たってみるのはありだけど、その前に。昨日あなたが赤積君と共に赤宮廷へ降りている間に、あの沖林(チュンリン)って輝術師と"城内に出る鬼対策"の会議をしたのよ」

「いたか、そんなもの」

「いいえ。通報された私以外は、だけど……なんでもお見通し、という顔ね。……わかっている。私も……私とあなたの出会ったあとのことが再現されている、という奇妙な感覚は理解しているの。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということも知っている。あなたに該当する人物と、私に該当する人物がいないから」

 

 成程な。

 確かに私が……鬼子母神の依代となりそうな私が入ってこなければ、桃湯は。

 

 ……ん?

 

「ならなんだ、結局お前があそこにいた理由は、常日頃から輝術師を食っていたから、とかではなかったのか」

「……なぁに、それ。そんな結論になっていたの? ……確かに鬼は輝術師の魂を食べるけれど、私はもうそこまでの大食いではないし……青清君やその付き人みたいに、私に傷を負わせられるような輝術師のいる場所へわざわざ行って食事を、なんて馬鹿な真似はしない。あの時あそこにいたのは、あくまであなたが……あなたの強大な魂の揺らめきが気になって潜入していただけ」

「明かされる新事実だ。現代へ帰ったら内通者でも今潮の仕業でもなんでもなく原因は私だったと進史様に伝えよう」

「ええ、そうして。嫌われ者の鬼でも、謂れのない嫌疑がかけられないのに越したことはないから」

 

 やはり、「符合の呼応」がないと私は推理素人の域を出られんな。あっても毛が生えた程度だが。

 ……此度、及び最近起きている「事象の呼応」についてはどうしようもないけれど、「符合の呼応」は……今からでも対応可能、か?

 

 思い出せ。雨妃事件の時、私は何を作った?

 

 モビールだ。そう、モビール。重心関係のインテリアというかアートで、でも「関係が無かった」と誤認して「符合の呼応」は起きないと断じて……。

 結局世界は呼応していた。位置が大事だった。場所が大事だった。何より中心が大事だった。

 だから、その後だ。

 

 あの後……ちょっとやけになって、躍起になって、簡単なものをたくさん作った。

 でんでん太鼓、簡易水鉄砲、木串鉄砲。けれどそれらは「符合の呼応」を起こしていない。……なぜ?

 いや、それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 走馬灯、回り灯篭に関しては、過去の記録の懐古がそうだったとしても。

 

「いきなり押し黙ってどうしたの?」

「ん、ああ。すまん。……少し考えることが増え過ぎた。……桃湯、もし今お前が鼬林の立場にいるとして……ここからどう動く?」

「唐突ねぇ。……うーん、でも最近明かされた彼の行動を考えるに、恋人へ指示を出すのではないかしら。ほら、あの……蜂花? とかいう人間に」

「一年と四つ月前に死した輝術師を……いや圧縮されているのなら、もっとか?」

「ああそれと、潜伏するなら地下よね。あの穢れ溜まり」

 

 そうか、この地にもあるのか。

 リセット用なんだ、全ての州に無いとおかしい。

 

「私を連れて行くことは可能か?」

「それでまた穢れを食い荒らして、七日も眠るの? ……そもそも体は大丈夫なの? あなた、魂による浄化ではなく、何かしらの手段を用いて穢れの消滅を行っていたようだったけれど……そんなの、歴代の輝術師の一人足りとて成功してこなかったことよ。何か……体質の変化があったりはしない?」

「腕が折れたことはまぁ体質の変化だな」

「そうじゃなくて」

 

 ……ちなみにずっとだんまりだが、お前に変わりはないか?

 

 ──ああ。話すことが何もないからな。黙っていただけだ。……ただ、方針の助言をくれてやることはできる。

 というと?

 ──この時代には私がいる。楽土より帰りし神子を乗っ取り終えた私が。……ああいやどうだろうな、乗っ取る前かもしれないが……確かこの時の神子の意思は脆弱だったはずだ。乗っ取る前でも、もう精神は穴だらけだろう。

 どこにいる。名は?

 ──準圭(ヂュオガイ)という男だ。低位の輝術師で、確か……吉禄(ジールー)という貴族街にいたはずだ。すぐに壊したからあまり覚えていないし、会って何か益があるとも言い切れぬが、確実に何かは変わるだろう。赤州の街だから、州君にでも言えば連れて行ってもらえるのではないか?

 あんた、男にも憑依するんだな。

 ──誰かと番うわけでもないのだし、楽土より帰りし神子の性別が固定されているわけでもない。人間の性別に興味はない。

 

 音。

 じゃらん、という……胡弓の音が響く。驚いて顔をあげると……難しい顔をした桃湯がいた。

 

「すまん、放置してしまったか。今──」

「盗聴されていた可能性があるわ。気になって音による精査をしたけれど、壁面の一部分……一粒だけ輝術の粒がついていた。沖林か赤積君か、別の誰かか。……命知らずもいたものね」

「……早まりすぎだろう」

「へ?」

 

 ソレがあったのは、私が赤州へ飛ばされる前だぞ。

 ……違う! 発覚がそうだっただけで、もっと前からだ。そうである可能性の方が高い!

 ならば……。

 

「何を焦っているのかはわかる。火事でしょう? もう伝えてある」

「そ……そうか。それならいい。……あ、それで……鬼対策の話」

「え? ああ、だから鬼はいない、という結論で」

「ならばなぜ鬼対策の話が出ていた? いたから出た話ではないのか? そうでないのなら、警戒をする理由がないだろう」

「言われてみれば……そうだけど、けれどあの輝術師たちも納得していた、はずよ? ……でもそうね。私を深く知っているわけでもないのに、なぜあそこまですんなりと……」

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 何がおかしい。どれがどれほどおかしい。

 

 ──違う。考えるな。

 私は名探偵ではない。私にできることは、ただ。

 

 

 

 溜め息を吐かれる。

 

「あなたが器用なことはもうわかっているけれど、……本当、唐突過ぎないかしら。なんなの? 突然木を彫り始めるとか……」

「いいからそっち固定してくれ桃湯。私は左腕が折れているのだぞ」

「……別に私はあの子……祭唄のような役割をするつもりはないのだけど……」

「いいから」

 

 私の身には、今二つの不可思議が起こり続けている。一つは「符合の呼応」。己が手で作り上げたものと世界が呼応するという奇妙な現象。もう一つが「事象の呼応」。既に起こったことがもう一度世界に起きるという、これまた奇妙な現象。

 であれば、これを逆に利用しない手はない。

 今までは「そうなってしまうのだからそれを前提に動く」ということをしていた。

 けれど……ここが本当に過去で、渦の中心で、「事象の呼応」が早まりを見せているのなら、違うことができる。

 

 即ち。

 

「……枠組み、かしら。これ」

「ああ。あとは赤積君か沖林……まぁ誰でも良いが、輝術師に硝子の加工を頼みたいところだな」

「はぁ。説明する気はないのね。……呼んであげましょうか?」

「頼む」

 

 じゃらんと胡弓が鳴る。

 そのすぐあと、赤積君が来た。

 

「輝術師でもないのに声を届けられる、ということには驚いたけど……私に何か用かい?」

「赤積君。今すぐにこれくらいの大きさの硝子を生成して、この図面通りに加工してくれないか」

「……えっと?」

「ま、そうなるでしょうね。私だってその反応だもの」

 

 火事はまだ起きていない。

 でも、起きてからでは遅い。いや、起きてからでも良いのだけど、余計な被害が出る前に試すことを試したい。

 

「……何かを確信している目だね。うん、いいよ。ただ、硝子を生成してから加工するのではなく」

 

 光が集う。

 そこから……図面通りの形の硝子が、転がり落ちて来た。

 

「こっちの方が早い。そうだね?」

「助かった。あとはこれに……」

 

 作り上げた木の枠組みにダンベル型の硝子をはめ込み、そこへ砂をざらざらと入れる。あとは木枠の蓋をして、しっかりと柱に釘を打てば完成だ。

 

 鎮魂水槽……ではなく、単なる砂時計。

 上から下に砂の落ちる時計である。

 

「……私を呼びつけてまで作りたかったものが、それかい?」

「別にこの子の保護者を気取るわけではないのだけど、ごめんなさい。この子……私やあなたが想像している以上におかしくて」

 

 考えることはたくさんあった。

 だからこそ、刺さると思ったんだ。この状況に。

 

「ん……なんだ、緊急の伝達が……え?」

 

 片眉を上げて……珍しく余裕の無さそうな顔をする赤積君。

 何度か、何度か。まるで電話口にでもいるかのように何度か頷いて……そして、私達を。……桃湯を見る。

 

「もしかして、君の仕業……というか、功績、かい?」

「……何の話?」

「鬼対策が必要なくなった。……鬼が出頭して来たから」

「え」

 

 私が来るまで、あらゆる物事は表面化しなかった。

 私が来たから、あらゆる悪事は明るみに出た。

 

 であれば。

 ここに、それが敷かれている、ということがわかっているのなら。

 

「──順番を前後させても、そっちが優先されるのだな」

「ちょっと! 流石にどういうことか説明なさい! 鬼が出頭!? 同じ鬼として、一切理解できない!」

「私もかなり動揺している。……けれど、己が行ってきた様々を告白して、それを除去することを約束しているらしい。……私はすぐに現場へ向かう。君達は……」

「行くに決まっているでしょう!」

 

 起きてしまったことは変えられない。

 だけど、順番と、意味は……変えられる。

 最早迂闊なことはできなくなったけれど、代わりに世界を動かす力を手に入れた。

 

 ……最高の素材、というのはそういうことか?

 

 ──いいや。ソレについては、意図していないものだ。……鎮魂水槽(ヂェンフンチーツァォ)だったか。なるほどな、あれは……そういう意味を有するのか。

 私も驚きだよ。そしてだからこそ恐ろしくある。他のものが何に呼応しているのか。同時に、過去から現代へ戻るには……何を使えばいいのか。

 

「ちょっと、にやにやしていないで……ああもう、担いでいくから!」

 

 ──だが良いのか? あるいは、世界を意のままに操り得る気付きだぞ。

 馬鹿言え。こんな特別が己の力であって堪るものか。……踊り続けて踊り続けて、飽けば喉笛を食い千切る。今は雌伏の時と知れよ、媧。

 

 ああ、けれど。

 流石に一本吸いたい気分だ。本当に……反吐が出る。

 

 なんてニヒルに笑っていたら、どさっと落とされた。

 痛いよ流石に。左腕折れているって何度言ったらわかるんだ。

 

「……ウソ、令樹(リンシュ)?」

「ん……? 確かにアタシは令樹だが……そんな仮面をつけたお嬢さんに知り合いは……って、アンタも鬼かい!?」

「え、あ、ああ……ええ、そう。……そうよ。色々あって、一時的に人間と共にいる鬼」

「なんだ、先達がいたのか! だったら話が早い! ……とと、で、そっちの明らかに強そうなのが赤積君だね」

「ああ。私が今代の赤積君だ。君が、出頭してきた、という鬼、令樹か」

「おう!」

 

 流石に痛む身体を持ち上げてそちらを見れば……どっかの旅館の女将、みたいな女性がそこにいた。

 桃湯が彼女に向けている視線が並々ならぬものであるあたり、知り合いの可能性高し。これから生まれるだろう桃湯という鬼を考えるとよろしくない傾向だけど、ここまで感情を露にしている彼女も珍しいので声をかけるか迷う。

 

「……少し、周囲の音を遮断するよ。聞かれたくない話もあるだろうから。そこの君、結界に色をつけるから、ここに近付く奴がいないかを見張っておいてくれ」

「はっ!」

 

 令樹なる鬼に枷を付けていた輝術師が退く。……完全に信頼されている、と言った感じだな。

 常識知らずではあるかもしれないけど、市井との距離が近い、というのが赤州の州君の特徴なのだろうか。

 

「うん、音漏れの心配もなし。気になるなら桃水、君も確認をしてくれ」

「え、ええ。……完璧ね。空気の循環を損なうことなく、音だけを阻害している。案外器用なのね」

「州君の輝術というのは他の輝術師の輝術とは違うからね。思い描いたことを思い描くままに。それが私達州君の輝術だ」

「ぐ……それは、どういう……」

 

 痛む。いつも以上だ。いや、いつもはハイになっているから感じていないだけかもしれないけれど……明らかにいつもより痛い、気がする。

 左腕の骨折。……もしやまだ穢れが暴れている、とか?

 

 ──無きにしも非ず、だ。

 

 往生際の悪い事で。

 

「では改めて。令樹、君はどうして出頭なんてものをしようと思ったのかな。言ってはなんだけど、鬼というものは人間の法には無頓着で、自由気ままに振る舞うもの、という認識があったのだけど」

「うん、アタシもそうだった。昨日まで……というか、ついさっきまでは」

 

 ぎょろり、と。

 桃湯の鋭い眼光が私を貫く。

 

「だが、元は同じ人間なのだし、利害が一致している状況でなら手を取り合うことができるんじゃないか、って考えたわけだ! 先達もいたことだしね」

「私は今、理由を聞いたよ。動機じゃない」

「おっとこれはすまない。誤魔化す気はないんだ。ただ本当に思い付きの行動で……それこそ自由気まま、というやつさ。アタシはこの赤宮廷で色々な悪さをしていたんだが、ついさっきになって、ふと……こんなことをする必要はないんじゃないか、と思い至った。奇妙に思う気持ちはわかるというか、アタシでも今自分を奇妙に思っている。そこの同胞はどうだい?」

「……鬼は信念の存在。だから、自由気ままに見えるのはあくまで信念から零れ出でた振る舞い。己が道を行くから縛られていないように見えるだけで、その実最も自由のない存在」

「へぇ! そこまでアタシと意見の合致する奴も珍しい! なんだなんだ、初対面だけど、初対面の気がしないねえ。仲良くなれそうだ!」

「そう……ね。ええ。……だからこそ、聞きたい。()()()()()()()()()()()?」

 

 空気は一触即発に近かった。

 赤積君も桃湯も……令樹までも、かもしれない。何か、どこかの線を……閾値を超えた瞬間に、殺し合いの始まりそうな、表面上のにこやかさ。

 そしてその剣気にも似た殺気は、私へも注がれている。

 

「不思議な物言いだね、先達。まるでアタシの信念を知って──」

「知っている。あなたは赤州に裏切られた。先代赤積君の付き人をしていて、最期の最後まで彼に忠義を尽くしたのに……その彼に背後から心臓を一突きにされて、死した。それでも赤州を、赤積君を害する気はなく、幽鬼であるままに彷徨っている時に……見た。その彼が黄州の恋人と会っている姿を」

 

 振り絞るように。吐き捨てるように。

 あれだけ目立つことを拒んでいた桃湯が、呆気にとられる赤積君と令樹の前で、言葉を零す。

 

「あなたはただそれだけのために……あの夜、目撃者を出したくない、というためだけの理由で殺された。それでもあなたは我慢をしたけれど、直後に聞いてしまった。帝のいる州……緑州へ赤州の全戦力を用いて侵略行為をし、双方を疲弊させたあと、黄州がその座を奪い獲る。彼は……先代赤積君は戦死扱いとなり、黄州では立場を約束され、恋人と添い遂げる。──彼に、赤州への愛など欠片もない。その事実を。だからあなたは、悪役となってでもこの赤州を──」

「──アンタ、何者だ。そこまでのことは、鬼となってからの……ただの一度も話したことがない。仲間の鬼にさえも、だ」

「待て、双方落ち着け。何かがおかしい。君達が諍いを起こす必要は──」

「黙っていなさい、人間」

「先代の罪も知らぬ愚かな州君。アンタにゃこの話に関わる権利はないよ」

「っ……」

 

 一触即発なんてものじゃない。

 もう今まさに、導火線に火が点けられているかのような……。

 

 ……。

 

「令樹」

「あ? ……なんだい、ガキ。というかなんでガキが寝っ転がって……ああいや、どうでもいい。今はこの鬼に問いただすことがあるんだ、黙ってな」

「問いただすのは私だ。お前、火を扱うな。鬼火という温度の無い火ではなく、穢れを燃料とした火を」

「……なんだいなんだい、こっちの手の内は全部知ってるって言いたいわけだ! あーあ、やっぱり気まぐれなんか起こすもんじゃない! 善意に目覚めた時は、頭の靄がすっきり晴れたようだったのに、全部台無しだ!」

「そういう辻褄合わせをしてくるのか。……ああ、ああ。舐め腐っているな」

「明蘭までどうしたんだ……? 全員おかしいぞ! 良いから落ち着いて……」

 

 痛い。激しく痛い。思考が回らない程に痛い。

 が。

 だから……なんだ。おいおい、もしかして、もしや、まさかとは思うが。

 

 痛みで私の歩みを止められると思っているのか。

 

「──赤積君!!」

「……なにかな」

「今からこいつら二人を暴走させる! お前の全戦力を以て無力化し、赤宮廷に被害の行かない適当な場所まで運べ! 私ごとだ!」

「暴走させるって、いやいや相手は一応鬼──」

 

 太陽を向く。

 太陽に目を向ける。

 

 太陽と、()()()()()()

 

「ま、ず、は、お、ま、え、か、ら、だ」

 

 直後、世界が真白に包まれた──。

 

 

 

 目を覚ます。……飛翔なう、かな。これ。私は抱えられているらしい。

 ……失明はしていないようだ。左腕の痛みは……多少減った。

 

「起きたみたいだね。……色々と説明してもらうよ。流石に見過ごし得る事態じゃない」

「ああ、構わないが……桃水たちは?」

「上」

 

 上。

 彼女の胸やら肩やら髪やらを掻き分けて上を見ると……そこに、地獄みたいな光景があった。

 

 片方は業火。もう片方は……風に見えるけれど、多分音。

 それぞれがそれぞれの「鬼火ではないもの」を使って、"全力戦闘"を行っている。

 

「……無力化してくれ、と頼んだはずだが」

「無理だよ。あの桃水が強いことは知っていたけれど、あの令樹って鬼も相当だ。というかほぼ同格。君がどれほど鬼についてを知っているかはわからないけれど、鬼って捕らえるのにも倒すのにも数十人の輝術師が命を落とすんだよ? それも弱い鬼、とされる奴らだけで。……あんな規模の鬼の戦いを止めるなんて私には無理だし、況してや無力化なんて」

「強いやつと戦いたいんじゃ?」

「無理なのは無力化する、ということ。……殺していいのなら、話は別」

 

 致命傷は入っていない。音と火がぶつかり合って、相殺が続いている。

 赤積君はその二人を囲んだ輝術……結界か何かをそのままに運んでいるらしかった。

 

「全力で戦ってもらって、疲弊したら無力化する。桃水には私達も援けられているし、善意の芽生えた、なんていう鬼を見殺しになんかしない。……特に先代赤積君の死についての真相を知っている様子だったし。ただ、今はどうにもできないから、どうにもしていないというだけ」

「……今代の州君では、どの州君が一番強いんだ。青清君か?」

「変な質問をするねぇ君も。青清君が強いワケないじゃないか。……ああいや、まぁ数百年前は強い時

が一回だけあったらしいけど、基本は弱いよ、あそこ。今一番強いのは黒根君じゃないかい? 狡猾さで言えば黄征君(オウヂォンクン)の右に出る者はいないだろうけど」

「お前、あれだけ強くて二番目なのか」

「……総合力で言えば三番目かな。私が得意なことは物質生成や固定の輝術であって、純粋な輝術じゃないからね」

 

 天然な赤積君。鋭い赤積君。

 そしてこの……何かを諦めているかのような、赤積君。

 こいつもこいつで何か抱えていそうだな。

 

「っと、着いた着いた」

「ん、どこに……」

「どこって、君のご要望の場所だよ。赤宮廷に影響の出ないほど離れている場所。昔は火薪(フォシン)って村があった場所だけどね、数年前に廃村となった。だから誰もいない」

 

 そこも……繰り返し。いや、渦なのか。

 ……本当に。

 

「赤積君。あの二人と同じくらいの高さにまで私を持ち上げられるか?」

「それは勿論可能だけど、何をするか言ってからにしてほしいかな。君、一番力がないように見えて、思った以上に中心点だ」

「あの喧嘩を止める。二人とも意識なんかほとんどないままに、直前の敵意だけで戦っているようだしな」

「私が聞いたのはどうやって、であって……ああいや、何をするか、は確かにそう捉えられてもおかしくないか」

「二人が重傷を負う前に止めたい。頼む」

 

 溜め息は……吐かれなかった。

 ただ、「わかったよ。君を信じる」とだけ言って、赤積君は上昇する。

 そうして、二人の……地獄絵図の真横に来た。

 

 やはり私達が目に入っていない。暴走している。

 

 ──させたのはお前だが。

 ほう、今回は平気だったのか媧。青宮廷地下では叫び散らかしていたが。

 ──前の時も、海岸では平気だっただろう。……で、何をする気だ。威圧ではどうにもならんぞ、あの二人は。

 

 そりゃ勿論。

 

「赤積君」

「何かな」

「信じてくれたのはありがたいが、騙してスマン、な!」

 

 ぴょーい、と。

 彼女の腕を蹴って、地獄絵図へと突っ込む。「何やって──」という声は、けれど結界に近付いた瞬間に聞こえなくなった。

 轟音があったからだ。どうやらこの結界とやら、何重構造にもなっているようで、外側にへばりつくと内側の何枚かの音が漏れ出でて聞こえる様子。

 いいね、干渉し甲斐がある。

 

「──双方、聞け」

 

 だから、剣気は全開で。

 結界の天辺に片腕でぶら下がって……全開の剣気をぶつける。

 

 暴走した二人の目がこちらを向いたことを確認して……それを見せつけた。

 

 ──何がしたい?

 

 砂時計。

 砂の落ち切ったそれを……サカサマにする。

 

「……」

「……」

()()()()()()()?」

 

 何が。

 

()()()()()()?」

 

 何を。

 

「決まっている。──己の中の憎悪が、激怒が、この砂時計の落ちる砂と共に消えていく事実が、だ」

「……っ」

「っ……」

「己を見ろ、莫迦者共。暴走させたのは私だし、お前達の不和の原因もほとんど私だが……」

 

 砂粒が。

 

「己が、何に操られているのか。──そろそろ、というかとっとと思い至れ、奥多徳(オグダァド)

 

 落ち、切った。

 

 

 拳骨を食らった。輝術師の身体能力で、なので凄まじく痛い。左腕の骨折より痛いかもしれない。

 

「君に! どんな結果が見えているのか! どれほどの確信があるかは知らないけど!! 先に言え! 先に言ったって悪くなることじゃないだろ!!」

「いや、勘付かれる可能性があったからな。言えなかった。すまん」

「……なんで涙目にもならないんだ、君。その腕のこともだけど……どういう覚悟をしていたら、今の痛みに耐えられる? 平民だよね?」

「ああやっぱりちゃんと耐え難い痛みになるよう手加減していたのか。……で、まぁ、本気で殴られていたとしても、半身が吹き飛んでいたとしても、爪を剥がされても肌をひん剥かれても泣きはしない。嬉し泣き以外はしないと決めたんだ、遠い昔にな」

 

 だとして痛い事に変わりは無いのだが。

 というか疲労が。疲労が凄い。

 剣気を飛ばすのってもしかして疲れるのか?

 

 ──剣気に疲労はないだろうが、お前の体感している以上の殺気をお前は覚えている。精神に疲弊が出てもおかしくはない。

 

 ああそういう。

 ならいいや。

 

 ……なんて考えていたのだけど、かくん、と膝が折れる。

 ああこれぶっ倒れるな……と思ったら。

 

「っとと、危ない危ない」

 

 硬いのに柔らかい、というおかしなふくらみに支えられた。

 上を見やれば……アルカイックスマイルの令樹。少し離れたところに、冷ややかな視線を送ってきている桃湯。

 なんとなく助けを求めて赤積君に顔を向けると、彼女は肩を竦めて首を振った。おいここ中華風世界だろう。なんだそのアメリカンな仕草は。

 

「今アンタに気絶されると、色んなことがもやもやしたまま終わるんだ。──全部吐いてから気ィ失いな、ガキ」

「起きてからじゃダメか」

「ダメだね。アンタが今寝るっていうんなら、アタシはもう一度、今度は理性の有る状態で先達と殺し合いをするよ。……州君に無力化を頼むくらいだ、それは嫌なんだろう?」

「……まったく、子供使いの荒い大人たちというか……」

「人使いの荒いあなた、が正しい見解でしょう。……休み休みでいいから、全部吐きなさいな。私にも色々隠しているみたいだし、この際、全部」

 

 ……媧。主導権を握りたがっていただろう。どうだ、今なら過去であるというおまけ付きだ。

 

 ──流石に不良品が過ぎる。修繕してから出直して来い。

 

「オゥケィ、ああいや、わかったわかった。元から説明する気はあったからな……話すよ」

 

 では話すとしようか。

 この、突飛で飛躍した、荒唐無稽な素人推理を──。

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