女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三章「土」
第七十一話「樹齢」


 行く人、来る人。

 すれ違う人。思わずきょろきょろと周囲を見渡してしまう。

 

「あまりおかしな行動はやめて。ただでさえ私は……移動が他人と違うのだから、異様に思われたら終わりなの」

「……凄まじい違和感だ、と思ってな」

「何がよ」

 

 赤州、赤宮廷……に隣接する繁華街。

 青宮廷の近くにある街とほぼ同じつくりで、全体的な色味だけが違う。

 

 けど、そんなことは既知の情報だ。三古厥……(スェイ)の言葉が正しいのなら、恐らくこういった廃れない繁華街さえも同一。そこに一切の疑問を持たない人々。

 そうじゃない。そうじゃなくて。

 

「……見覚えが、ある」

「どういうこと? あなた、八千年前……私の時代にもいたの?」

「まさか、そんなわけがない。……これは」

 

 何かしらの店を営んでいる者。宿泊施設のようなものの利用客。花街には劣るだろうが、身を売る女たちの店。お香専門店。

 見たことはないはずなのに。

 見覚えがある。

 

 

「──時に」

 

 

 折れた木剣を抜いて、振り向き様に斬りかかろうとし──それを中断して平身低頭。足音が無さすぎて幽鬼の類かと思ったけど、紫色の帯が見えたので、……って。

 

「ああいや、そう畏まらずとも良い。人捜しをしているから、情報を聞きたいだけだ」

「……赤積君、であればなぜ普段は付けない帯をつけて出て来られたのですか? 私はてっきり誰かを威圧しにいくものかと」

「え? あ、いや、特に理由はないさ。この色が良いな、と思っただけで……」

「紫の帯は貴族の、いいえ……高貴の証。民を無駄に畏れさせたいというのであれば止めませんが、そうではないのなら」

「そうなのか。なら、今ここで外そう」

「うーん流石です赤積君。あなた、今己が女性であることをお忘れになりましたねこの鳥頭。……もとい、人前で帯を外すなどという変態的行為はやめてください」

 

 違和感どころじゃない。

 激しい、激しい、激しすぎる既視感。

 けれど……先日見た赤積君は、鈴李とは似ても似つかなかった。今は顔を伏せているから何もわからないけれど、声も全く違う。

 ループ……ではなく。

 渦、だっけ。

 

「ええと、面を上げてくれ。さっきも言ったが人捜しをしている」

「お嬢さん、大丈夫です。顔を上げても不敬にはなりませんよ。……そちらの、姐の方、でしょうか? そちらも大丈夫です」

 

 恐る恐る……顔を上げる。やはりあの時に見た黒い長髪の、イケメン系お姉さん。

 ちなみに私の方の偽装輝術なんてものはもうとっくに弾けていて、だから。

 

「……仮面?」

「謝罪、想定……過去。あの、……ごめんなさい。間違う。謝罪」

「おっと言葉が……まぁ歳が歳ですし。そちらの方は、どうですか?」

「ああ……はい、話すことはできますが、書くことは……」

「いえいえ、それでも十二分にありがたいですよ。お二人は姉妹でしょうか?」

「そうですね。……あの、私達その……この街に来たばかりなので、人捜しには向かない、と申しますか」

「大姐、話す。理由。あげる……くれる? 助ける?」

「ちょっと、何言って……」

 

 好機と見た。

 これが渦であるというのなら。

 ──過去である以上、渦は中心に近い。ならば……既視感のある出来事は、もっと。

 

「何か……訳あり、のようですね。赤積君」

「うん。どこかの茶屋か、……いや、沖林(チュンリン)。空車の手配を。……多分、聞かれたくない話だろうから」

「既に」

 

 周囲のざわめき。それが巻き起こることとほぼ時を同じくして、空飛ぶ馬車が降りて来た。

 ……桃湯からの視線が痛い。多分、「これ逃げ場がなくなっているじゃない!」って視線。

 

 でも、まぁ、任せておけ。

 

「無い。今。過去、お金」

「申し訳ございません、私達は……今、金子はおろか、金品の一つも有していない状態で」

「料金なんか取らないさ。さ、乗って。っとと、その前に。自己紹介がまだだったね」

 

 コホン、と彼女は咳払いをして。

 にこやか──な、顔を消して。

 

「私は赤積君。話を聞かせてもらおうか、鬼子たち」

 

 凄まじい威圧と共に、そんなことを言い放って来た。

 

 

 ので、威圧し返す。

 

「ッ……!?」

「赤積君……だから、毎度毎度言っているのです。相手を見た目で判断しないことと、相手が己以上の力を見せてきた時に動揺しないこと。虚勢であることが丸わかりじゃないですか」

「う、うるさいな沖林! 今の、完全に全てをわかっている風の州君だっただろ! こ、こんな小さな子が威圧し返してくるなんて思わないじゃないか!」

「はいはいそうですねそうですね。……あ、逃げないでください。ああいえ、逃げたらどうなるかわかっていますよね、ということではなく、単純にあなた方に用があるので」

 

 渦。ここが渦の中心により近い、という可能性を考えるのなら……スピーディーに行ける可能性がある。

 ……賭けるか。最悪桃湯がなんとかするだろ。

 

「──幽鬼で困りごとがあるなら、私と大姐……桃水(タオチー)は専門家だ。こちらの出す条件を呑むのならば、捜され人になってやらんでもない」

「ちょ、あなた本当に……大人しくするってことを知らないの!?」

「すまんな桃水。私は今でもまだ気が立っている。ここで無用な問答を繰り広げるくらいなら、州君だろうが付き人だろうが張り倒して前へ進むよ」

 

 言葉に。

 付き人……沖林さんから、冷たい剣気……いや、殺気に近いものが零れ出る。

 だから、そちらへも剣気を向ける。特大の。

 

「おっと。……随分と戦い慣れているご様子。赤積君、悪手を打ったのは私達のようです。こちらの抱えている問題も見抜いているようですし、矜持を折るのも選択の一つですよ?」

「何言ってるんだ沖林。私は最初から矜持を折っているだろ。いやまぁ威圧したのは悪かったけど、ほら、通報だと狂暴な鬼だって話だったし……」

「……はぁ。あなた達……よくわからないけれど、こんな往来で州君だの鬼だの、なんて話をするのはやめないかしら。空車、乗ってあげるから、そこで話しましょう」

「ううむ正論。この方理性的ですよ赤積君。あなたより」

「君より、だろ」

 

 その流れも既視感だけど。

 

 とりあえず、なんとかなったかな?

 

 

 

 咳払い。

 

「改めて自己紹介をしよ──」

「赤積君。それ、さっきやったばっかりです。では改めて。私は沖林(チュンリン)。赤積君の付き人をしております」

「……桃水よ」

明蘭(ミンラン)だ。よろしく頼む」

 

 互いに拱手をし、腰を据える。

 空飛ぶ馬車の中で、四人。

 

「んーと、だな」

「単刀直入にお伺いいたします。あなた達は、どちらかが鬼。そうですね?」

「……」

「ああ、姐の桃水が鬼だ。斬るか?」

「あなたね……」

「いえいえ。今は鬼の手も借りたい状況でして。妹さん……明蘭さんは、鬼ではないと」

「平民だ。輝術を使えない平民だ。斬るか?」

「いえいえ。今は平民の手も借りたい状況でして」

 

 うむ。

 良いノリだ。

 

「察するに、妃に関する問題か、幽鬼が大量に出る問題か──州君が退屈している、という問題か」

「……君はもしや、平民というのは嘘で、精査の達人、なんて話ではないよね?」

「成程全てか」

 

 凝縮されているな。

 渦の中心に近い所、か。

 

「順を追って解決していくべきだな。まず、お前の退屈だ。それはどのようなものだ?」

「お、お前……。沖林! 私、お前、だなんて呼ばれたのは初めてだよ! 新鮮だ!」

「そうですねわかったので問いに答えてくださいいいえやはりいいです長くなるので赤積君は強い者と戦えなくてつまらないそうですよ」

「最近な、強い輝術師がいないから、退屈していた……って! 全部答えるなよ沖林!」

 

 仲が良いのはわかった。けど細工でどうにかできる問題じゃないのか。渦は渦でも、地域性とかあるのかな。

 ……それで、赤積君の……彼女の熱い視線が注がれているのは、私の折れた木剣。

 

 ああ。あの巨大剣を受け止めたから、か。

 

「何を期待しているか知らんがな、私は戦闘などできない。この通り、つい最近左腕を折られたばかりだ」

「まさかとは思うけど、私の攻撃で、かい?」

「いや? 話そうとしていた私達の境遇で、だ。少し長くなるが、聞いてくれるか?」

 

 こくり、と頷く二人。

 だから──聞かせてやろう。

 

 即興捏造詭弁小娘祆蘭の舌技(ぜつぎ)を……!

 

 まず。

 

「私と姐、桃水は貴族に虐げられていてな。飼われていた、と言っても過言ではない」

「……それは、どこの貴族かな」

「生憎と文字が読めん。わからん。……で、まぁ……先日大姐が死した。()()()()()()、失血死だ」

「ちょっと……明蘭、言い過ぎでしょう」

 

 いいや。今、私の直感は冴えている。

 この二人は結構正直らしい。ちゃんと、反応した。

 

「そうしてまぁ次の標的は私だったのだがな、必死に抵抗している内に……助けてくれたのだよ。鬼となった大姐が。左腕はこの通りだが」

「……ふむ。赤積君」

「ああ。それはどこの……は、わからないか。すぐに伝達で調べ上げよう。私の赤州でそんなことを蔓延らせるわけにはいかない」

 

 早計だったか──とは、思わない。

 顔に出さないどころか、心にも浮かべない。

 

 そして。

 

「……赤宮廷で噂有、ですね。すぐに手配をかけます」

 

 桃湯の足が生える、という気配はない。タイムパラドックスが成立しない云々か、過去を変えても特に何も変わりないか、パラレルワールドか、魂だけの精神世界か。

 クソ、SF世界過ぎて考えられる可能性があり過ぎる。

 

「君たちのその仮面は?」

「その貴族の手下がどこにいるかわからん。隠しておくに越したことはないだろう」

「それは、そうだね。ではもう一つ。……炭仭(タンレン)にいたのは、何故かな。七日前に来た、というのは」

「知らん。桃水に連れられて命からがら辿り着いたのがあの村だった。その間私は意識を失っていたしな。実際どうなんだ、大姐」

 

 無茶振りにも程があるでしょう!? という目線が来る。知らん知らん。輝術師じゃないから通じん通じん。

 

「足を……斬られて、目覚めた時に、鬼になっていて……目の前で、明蘭が……酷い目に遭わされそうになっていたから……良く覚えていないのだけど、妹を取り返して、できるだけ遠くへ、できるだけ遠くへ、って……」

「ということは、赤宮廷で噂があっても、外部の貴族の可能性……つまり組織的な犯行の可能性がありますね」

「なぜ足を斬られたのかは言えるかい?」

「……わからない。ただ、逃がさないため、ではなかったと思う。その……枷や鎖の類はされていなかったから。足を斬られて、そのまま……処置をされた、はず。よく覚えていないけれど……それで……それで」

「足を斬っての処置、ね。……死因は失血死ではないかもしれないけど……そうか。ありがとう、つらいことを話させたね」

「……私は鬼よ、もう。……敵でしょう、人間とは」

 

 言葉に。

 きょとん、とする赤積君。

 

「確かに、君からは強者の気配を感じる。けれど君は被害者だ。鬼だろうと人だろうと、酷い目、つらい目にあったのなら、優しくされる権利を有すると思うよ。……その後誰かに酷いことをしたのなら、酷いことをされるかもしれない。けれどそれは、"摂理"だから」

「え……」

「……ほう」

「え、あれ。なにその反応。私、何かおかしいこと言っちゃったかな、沖林」

「あなたはいつもおかしいので。……ふむ、今周辺の貴族街にいる輝術師に話を聞いていますが……中々口を割りませんね」

 

 少しだけ違うけれど。

 この赤積君からは……黒根君を、感じる。

 

 やっぱり、かな。

 

「ま、私達の事情はこんなところだ。先程述べた条件とは、私の腕や……大姐の心の傷が癒えるまでの保護。その代わりに、幽鬼に関わることや、鬼を問題とすることであれば私達が片付けてやる」

「……鬼に関わることを解決できる理由は分かりました。お姐さんが鬼だから、ですね。ですが、幽鬼も同じ括りなのですか?」

「信頼できないか」

「……ええ、私は用心深いので。けれど……赤積君。どうですか、彼女。嘘を吐いているようには」

「うーん。ま、欠片は吐いている、というか言っていないことがある、という感じだけど、大枠での嘘は言っていない。つまり、幽鬼に関しては本当に解決できる、ということだ」

 

 なんだ……何を見抜かれた?

 そこまで具体的に……。

 

「わかりました。赤積君、私はあなたの直感を信じていますので、その通りに行きましょう。──お二人を我らが城、赤松城(チィソンジョウ)で匿いましょう」

「ん……赤塞城(チィサイジョウ)、ではないのか」

「いやいや、自分の城に塞、なんて文字を付ける奴はいないよ。……え、君達に酷いことをしていた貴族は、私の城をそういう風に言って……陰口を叩いていた、ってこと?」

「かもしれませんね。その線でも探しますか」

 

 ……まー。

 現代の赤積君のセンス、か。

 

「では、空車を城へと進めます。詳しい話はそこで」

「ああ、頼む」

 

 なんて言いながら、空飛ぶ馬車の窓から下を見下ろす。

 ……うん。

 

 やっぱりだな、うん。

 

 

 

 通された部屋は、流石に物置ではなかった。

 客間……というものがあるのかは知らないけど、三層目のそれなりに上等な部屋に通され、好きに使って良いと言われて。

 

「……とりあえず音は遮断したわ。怪しまれない程度に」

「流石。……ま、なんとかなっただろう?」

「危ない橋を渡りすぎでしょう。……州君は純粋そうで、けれどあなたに似た直感持ち。付き人は彼女をあしらうのが得意で、けれど確りと周囲を見ている。州君と付き人、というよりは良き相棒という感じの二人だった。赤州にもあんな二人がいたのね」

「ん? お前の生きた時代だろうに」

「……あのね。そもそも州君なんて一生に一度目にかかれるか、っていうのが基本なのよ。……現代、というか八千年後の州君たちは誰も彼もが市井に寄り添っているけれど、基本は……それこそ青清君みたいに、城から出ることなく生涯を終えるもの。私が生きていた時も恐らくあの二人だったのでしょうけど、生を閉じる最後まであの二人に会うことはなかったわ」

「へぇ、そんなものなのか」

 

 でも確かに、そんな空気あったよな、最初の頃の鈴李。

 況してや桃湯は足の件が、とかもあるか。

 

「それで? ずーっと人々の顔をみては頷いて、を繰り返していたのはなんだったの?」

「同じ顔が多いな、と。赤積君も、髪を切ればほとんど黒根君だ。性格も黒根君と烈豊を足して二で割ったような感じだし」

「……どういうことよ」

「平民の血は濃いのだろう。同一因子とやら、本当の意味で同一因子なんだ。何千年単位かは知らんが、同じ顔の人間が世界を回し続けている。この世が閉じている証拠、かね」

 

 私の場合は異世界への生まれ変わりだけど、こっちは正しく転生(てんしょう)だ。

 同じ世界への転生。この時代のものが死ぬと、その同一因子がどこかにプールされて、また吐き出される。輝術師だけ違いがあるのは神なりし者の血のおかげ、かな。

 

 だから……もし本気で行動を起こすのなら、現帝……陽弥(ヤンミィ)の要素を持つ者を殺さば、あるいは、だ。

 そんな博打をするつもりはないが。

 

「あなたの考えていることはいつも意味不明ね。……それで、これからどうするの?」

「とりあえずはあいつらの抱えている問題を解決する。その最中に伏か燧を探す。……予感はあるんだ」

「何の?」

「新しい鬼の生まれる予感。つまり時期的に……」

「……私?」

 

 そう。

 これが渦で、私の経験がギュッと凝縮されて起きている、と考えるのなら。

 なんだっけ、「事象の呼応」……だっけ? が起きているというのなら、「州君の退屈」、「鬼に関する問題」、「霊害」の次に起きるのは、大火事と新たな鬼の誕生。

 

「お前が鬼になる前に、火事か、類する災害は起きなかったか?」

「……どうだったかしら。私は……ほとんど監禁されていたようなものだったから、実は外のことはあまり知らないの。でも、赤宮廷で火事が起きたという話があったのなら、流石に耳にしてもおかしくないはず、よね」

「ああ。だから、似た何かが起きると考えた方が良いな。……いや、待てよ? 大量の幽鬼に関する問題はもう起きている、と赤積君は言っていたはずだ」

「ええ、あなたの問いに是を返していた」

「ならば……ここの三妃の誰かが狙われている可能性は高いな。進言してこよう」

「待ちなさい。あなたは何かの確信を持って動いているようだけど、どうやって信じさせるわけ? 一応付き合いの長い私でも、今のあなたの行動は……というか行動力は、奇異に映るのだけど」

「相手が直感で判断するんだ。こちらは堂々としていればいいだけさ」

 

 ソレの使い手のことは、私が一番知っているのだからな。

 

 

 鼠返しを片腕だけでくるくる上がり、天守閣へと辿り着く。

 当然というかなんというか、青宮城の四百倍くらいの奇異の目で見られている。というか止められかけている。

 が、全部ガン無視して直談判だ。未然に防ぐことができるというのならそれに越したことはないからな。

 

「と……昼餉中か」

「ああ、明蘭。……って、そうじゃないか! 二人にも昼餉の手配をしないと!」

「……私としたことが、忘れていましたね。いえ、鬼は食事をしない、という話を聞いていたもので……()()()も、である可能性を追った、という側面はありますが」

「良い疑いだ。そして昼餉はあってもなくてもいい。それより幽鬼の話をさせろ。相槌を打つ必要はないから聞け」

 

 話す。簡潔に。

 つまり──三妃の誰かが誰かに「瘤」を植え付け、それによって「鬼」となろうとしている計画が「あるかもしれない」ということを。

 さらにその「瘤」は「卵」である可能性が「あるかもしれない」ということを。

 

 自信満々に、堂々と。

 

「……随分と具体性のある可能性ですね」

「妃は大人だ。ゆえに私は彼女らの直面する可能性のある困難に牙を剥くことはない。だが、防ぎ得る災害であるのなら、と」

「うーん。だけど、どうしたものかな。私達は妃への直接的な干渉ができない。君の言ってることは恐らく正しいと感じるのだけど……ふむ」

「幽鬼が沢山出ているのだろう? それも、内廷を覆うように」

「……そこまで話した覚えはありませんが」

「私とお前であれば、まぁ、女だ。行けるだろう。特例だ」

 

 進史さんと私が行けたんだ。

 赤積君と私でも行けるだろう。

 

「……うーん」

「仮に。仮に、です。明蘭。アナタのいう言葉の全てが正しかったとしても……()()()()()()()()()、難しい。──賢いアナタになら、この意味は伝わると思いますが」

「ほう? ()()()()?」

「私は何も言っていませんし、何も聞いていません。そういえば赤積君、今日のご予定は……私が済ませておける範囲ですし、散歩にでも行ってきたらどうですか?」

「え、いや今日の会合は城内に潜伏している可能性のある鬼への対策会議──」

「それは、それこそ桃水さんとでもじっくり……おっと、剣気を飛ばすのはおやめください。大丈夫、あなたの大事なお姐様には危害を加えることはありませんよ」

 

 なんだかな。

 この沖林という男……顔が、螺孜(ルゥォズー)に似ていて、立場的にも信用が難しいが……赤積君が直感を頼りに隣に置いているのであれば、まぁ、まぁか。

 

 渦理論で行くと、この場面においては螺孜と同一の「事象の呼応」が出てくることはないだろうし……。

 あと桃湯が負けるとも思えないし。

 

 信じるかね。

 

「よし、赤積君。散歩へ行くぞ」

「……左腕、骨折しているのに、かい?」

「左腕が折れている私にならば勝てそうか、赤積君」

「ん。()()()()()()()()()だ。安心したよ」

 

 じゃあ、行こうか。

 

 ……うむ。

 この時代の赤積君……話が早くていいな。見習え八千年後の赤積君!!

 

 

 

 というわけでやって来ました赤宮廷の内廷。

 ……未だ入らせてもらえていないけれど。

 

「ダメかい?」

「ダメです。いくら州君とはいえ……それに、子供を入れる、など。この時期には……」

 

 ん。なんか時期的にキツいのか?

 が……まぁ。ナニカを起こすため、の紙鉄砲は用意してある。いざとなったら……。

 

「幽鬼がいるのだろう。通せ、守衛」

「……何のことですか?」

「赤松城から見えている。通せ。なに、罰されはせんよ。赤州での最高権力者がここにいる」

「確かに! 私を罰し得る者はいないね!」

「……どうなっても知りません、とは言いません。ちゃんと擁護してくださいよ!!」

「うん!」

 

 おや。

 桃湯の口ぶりにしては……州君と他の貴族の仲は、そこまで悪くなさそう、というか。

 

 赤州だから、なのかな。八千年後の赤積君も市井と仲良かったし。桃湯が特別な生い立ちである、というだけ?

 

 ──血の匂い。

 

「赤積君! 間に合っていない!」

「え」

「あれだ、あの家! 突入しろ!」

照妃(ヂャオヒ)の……」

 

 直後、無数の幽鬼が出現する。奥の方に見える家の屋根にも出現しているから……どういうことだ。

 雨妃と同じじゃないのか!?

 

「明蘭、動かないで」

「なにを、早く行かないと」

()めるから」

 

 停止する。

 まるで……空気までもが、停まったかのように。

 ざわめく木々も、堀を流れる水も、空を行く鳥も、幽鬼も──血の匂いそのものも。

 

 理解する。

 この赤積君は、しっかり州君だ。

 

「私の手を握って。……うん、じゃあ、行こうか」

 

 あらゆるものが停止した世界を二人で歩く。

 皮膚を撫でる空気さえもが停まっているかのようなざらつきを生み、けれど肌を破ることはない。

 

 そうしてまず、照妃という妃の宮へと辿り着いた。

 

 中には──今まさに、意識のない宮女の腕に食いつこうとする強面の男が一人。

 完全に、停止している。

 

「これは、敵だね。どう見ても」

「ああ……そうだな」

「なら、このまま呼吸まで止めてしまおう。……明蘭、これは何をしたらいいのかな」

「……あ、ああ。二階だ。二階に、気色の悪い瘤を植え付けられた妃がいるはずだ。その瘤は出血こそ引き起こすものの、比較的容易に切り離し得るから……」

「ん、確認できた。……本当だ。麻酔をかけて……摘出完了。これは、固めて城に送っておこうか。じゃあ次だ」

 

 理解する。

 意識のない宮女たちは、けれど息をしている。

 時間を止めた、とかではないのだ。この周囲一帯にある気体全てに干渉し、固めているだけ。そして生きるのに必要な分は個別に空気穴を作っている。

 鈴李の鎮火も……とんでもないものだったけど。

 

 この州君は、さらに、か?

 

「……ん、本当だ。血の匂いがする。明蘭は鼻が良いんだね」

「あ……ああ。あそこの、幽鬼がたくさんいる家だ。……一階で、宮女が……食われている可能性がある。動揺するなよ」

「食われている、というのは、性的な意味ではないよね、勿論」

「当然だ莫迦者」

「あはっ、それも初めてだ。生まれて初めて莫迦者、だなんて言われた。いいね、君。退屈しない」

 

 悠然と歩いていく赤積君。

 急ぐ、という概念はないらしい。

 

 だから、辿り着いた宮で……凄惨な()()()()()が行われていても。

 

「こいつは呼吸とかじゃなく、存在を消してしまって良さそうだね」

 

 なんて、冷静に。

 ひょろっとした眼鏡の男を……宮女の乳房に齧りついていたソイツを、()()して。

 

「……残念だけど、この子は助からなさそうだ。他の子は医院に回すけれど……」

「あ、あれだ。毒……芋貝の毒が使われている可能性が高い。それを抜けば、生存率は上がるだろう」

「……よし、そう伝えたよ。……この子は、残念だけど……このまま意識を奪って、死なせてあげよう」

 

 乳房を千切られた女性。零れ出でる血の一滴さえも……滴り落ちて行かない。固まっている。

 

「あ、見ない方が良いよ。殺すことと同じだから」

「いや……死には慣れている。そこから目を背けることはないよ」

「……そうかい」

 

 す、と。

 何をしたのかはわからない。ただ……人が死んだのは、わかった。

 この州君は。赤積君は、純粋で元気な人だけど。

 

 多分、鈴李よりももっと憐みが深い。

 苦しむくらいなら、と。

 

「ん……上階にも、似たことをされている灼妃(ヂュオヒ)がいるね。……よし、切除できた。……これ以外に気を付けるべきことはあるかい?」

「いや……本来は先ほどの二人が奇妙な外法を展開して来る可能性があったのだが、その心配もないし……大丈夫、だろう」

「そうかい。それなら良かった」

 

 ふと、空気が弛緩する。

 直後──大勢の女性が、輝術師が入って来た。これも既視感だ。

 

 私は私で赤積君に空へと連れられる。

 

「可能性がある、か。ふふ、良い言葉だね」

「……怪しむか?」

「いいや。人助けに使う力がなんであったとしても、人命に代えられるものではない。私は尊敬するよ」

「お前……さっきまで見せていた純朴で天然なお前と、今の静かなお前。どちらが本当なんだ」

「どうだろうね。──案外、こっちが素だったりして」

 

 だとしたら名俳優だ。名役者だ。

 馬鹿を演じることに長けすぎている。……けれど、あの付き人を思うと……納得もできる。

 

 しかし、やはり起こったな。「符合の呼応」ならぬ、「事象の呼応」。

 あらゆることが以前より凝縮されて起こるというのなら、同じ事件を引き当てることができれば……とも思ったが。

 

 ふん。

 未来が変わろうが、子が健やかに過ごし得るのであれば──。

 

「明蘭も、どっちが本当かな」

「ん。何がだ。舌足らずな話口のことか?」

「いいや。人の死を目前にして、悠然と構える……老成した智者のような君と、私や沖林の剣気にいち早く乗っかってきて、楽しそうに口角を上げる暴君のような君。どちらが本当の君なのかな、って」

「どちらも私さ。気分で変わる」

「なら、私もだね」

 

 ……良く見ている奴だ。

 本当に、要注意だな。

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