女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
犯人はもう死んでいる──というのは。
「つまり、なんだ。幽鬼が犯人って話か?」
「いや。特になんでもなく、なんの捻りも無く、登場人物の中で唯一既に死している人物──
蜂花。壁の中に埋まっていたミイラ。
ただし──被害者、ではない者。
「蜂花が自ら埋まった、ってこと?」
「ああ」
「なら、謎の依頼人とやらは関係ねぇってか」
「知らん。知らんがまぁ、それは別口というか、恐らくは鬼だろうな」
「鬼……だと?」
とはいえ「鬼だろう」というのはこじつけや捏造ですらない、流れ的に、なんていう妄想だ。だからそっちはどうでもいい。
アルキメデスのポンプ。
こいつの特徴は、軸が固定で、周囲を螺旋状の足場が回り、液体を上へと運ぶ、というもの。
効率の問題から現代地球ではほとんど使われていないけれど、コンクリートミキサー車なんかにはまだ使われているそれ。
「前提として、私は恋をしたこともなければ誰かを愛したこともない、というのを念頭に置いてほしい」
「ガキにんなもん求めてねーよ」
「わかった」
「だから、動機や理由はわからない。ただ……蜂花様は、恋人の指示により、あらゆる悪事を行ったのだろう」
そして……けれど、蜂花の身体は真菌によって冒されていた。侵されていたし、冒されていた。
余命幾許かのところで、どんな指示があったのかは知らない。朦朧とする意識の中で、彼女は青宮城のあの部屋に隠れ……隠れ……。
「ああ……そうか。生きている内に埋まったのではなく……死してから、己を埋めた……いやそれだと……」
順序が違う、気が──。
ストップ。リセットしろ。フラットに考えろ。
事件には複雑なトリックなど使われていない。あらゆる人間は大抵愚かしい行動を取り、それが偶然悪意的に見えているだけ。
シンプルに考えるのなら、やはり直感通り、蜂花が自ら埋まった、という説だ。
アルキメデスのポンプによる符合の呼応にも合致する話。であるならば。
「輝霊院に、蜂花様が来た、という記録は残されていないのか?」
「お前が自ら埋まった、って発言したあたりから既に伝達で情報収集をしているが、今のところ誰も見ちゃいねえ。……いや……待てよ」
「──誰も見ていないのなら、逆に、か!」
そうだ。それがあった。
「成り済ましか!」
異口同音に。私と朝烏さんの口から、それが漏れ出でる。
「蜂花様は、誰かに成り済ましていた。誰かに成り済まして輝霊院へと侵入し、自ら壁の中へと埋まり、死んだ。青宮城へ上がるくらいの高位輝術師だ、穴を掘るのも埋めるのも自在だったことだろう。ゆえに容疑者は誰も犯人ではない。……ああ、そうか」
「
「自分の身体が長くないから、……もしくは、恋人からのそういう命令? お願い? だったから、蜂花は自殺を決行した。……辻褄は合うけど、理解はできない」
青宮城のあの部屋に匿われていたのは、死ぬためではなかったのか。
……。
この考えは、流石に飛躍し過ぎ、か?
「祆蘭、何か思いついたのなら言って。どれほど荒唐無稽なことでも、合っている可能性がある」
「……。蜂花様が青宮城のあの部屋にひと月ほど匿われていたのは、
「──死体位置の偽装のため、か」
「ああ。仮に輝霊院で蜂花様の幽鬼が現れていたら、当然全体の精査が入る。死体が見つからないのだからな。けれど、それでは彼女の体内にある不浄をばら撒くことができない。だから……彼女は己の現れる場所を変えた。故意に」
「幽鬼の生態について詳しすぎやしねぇか。幽鬼がどこに現れるか、なんてのは、それこそお前が雨妃の件で調べ上げてからわかり始めたことだぞ」
「輝霊院が全てを知っているわけではない、というのは
まぁ。
思想は理解できないし、これ以上の確認のしようもないけれど……私のこじつけ推理はこれくらいかねぇ。
「……突飛な発想だが、筋自体は通ってやがる。……だが、捜査のしようがないな。報告と対策は……どうすりゃいいんだ、これ」
「まずは
「ああ……。すまねぇな、色々付き合わせて」
「そもそもは此方から言い出した話だ。気にするな。……ま、輝術師の中には……これほど高度な偽装を見破り得る者がいた、ということを喜べばいい。ああだが、私達の目的は果たされずじまいか」
「ん、お前達の目的?」
あ。
……話していないんだっけ。
「ここは隠す方が悪手。朝烏さん、私達は進史様の過去が知りたくて、今回の打診をした」
「進史様の過去? ……ああ、だから鉄狩になんか聞きたそうにしてたのか。……時期で言えば、私も多少掠ってはいる。ちぃと聞いていくか? それか、卒院生の誰かかから話を……って、同期がいるじゃねえか。周遠を呼んでやるよ」
おお。ま、実際のところそれが一番良いと思っていた。
周遠さん。進史さんの同期。
しばらくして……彼が来る。
健康診断の手配とか関係者への連絡とか大変だったのだろうなぁ、というのが伝わってくる顔つきだけど……休ませなくて大丈夫だろうか。
「副院長、いつも言ってることですけど、"ちょっと来い"だけだと何の用件かわからなくて緊張するのでやめてください……って、あれ、君達は」
周遠さんの目が細められる。
ん。……お、気付くか?
「……なんですか、その子たち。三重の偽装輝術? 中身見えないし……」
「かぁ、惜しいなぁ。中身まで当てられたら給料増やしてやるまであったんだが」
「要らないので教えてください。双子の女の子……で、私が知っている人、ですか?」
「もう流石に良いだろう。この輝術、解いてくれるか」
「わかった」
パリン、と。
ガラスの割れるような音を立てて……偽装輝術が壊れる。
「……祭唄さんに、小祆……あ、じゃ、じゃなくて祆蘭、君か!」
「普段は小祆と呼んでいたのか。ま、別に構わんがね」
歳が歳だしな。ちゃん付けで呼んでいる大人は多いだろうさ。
「それで、今日は何を?」
「なんでも、進史様の過去話が聞きたいんだと。んじゃ私は席外すから、あとは適当にな~」
知らないのは腹が立つ……とか言ってたけど、興味のない話になった途端にこれか。
まぁ当然ではある。ぶっちゃけ朝烏さんら三姉妹は男にも結婚にも興味なさそうだし。
彼女を見送って、一瞬天使が通り過ぎて。
周遠さんの、「じゃあ、えっと……何から話そうか」という苦笑から、昔語りが始まった。
まず、と彼が前置きをする。
「私達第七十一期生はね、十人いるんだよ。皆大人になって……それぞれがそれぞれに、違う役職となっている。……こう言ってしまうのは残酷であるとは理解しているけれど、珍しく未だに誰も欠けていない……そんな世代なんだ」
「十人もいたのですか」
「十人しかいないのか」
祭唄と声が被る。
……あれ。
「十人は……多いのか?」
「あははっ、新鮮な反応だ。だけど、そう、今回は祭唄さんの反応が正しいよ。十人は多い。もう聞いているかもしれないけれど、大抵の貴族は輝術の教育を己が家で終わらせてしまうことが多い。輝霊院では凡庸な事しか学べない、と言ってね」
「だが、青宮廷の広さを考えれば、割合的に少なすぎやしないか?」
「募集が毎年ではない、というのも関係している。一つ募集を見送ると、その先は三年後や五年後である、というのがよくあることで、だから子供はその間に大人になってしまうことが多い」
「あー」
そうか、そうして入院を逃した家は、子供に輝術の教育を施す。輝霊院が再募集をかけた時には不要になっている、と。
加えて色んなしがらみからそう何人も何人も子供を儲ける家ばかりではないだろうし、プライドやら何やらで……そのくらいになる、のか?
「あと、お金の問題もあるね。何歳から入るかにも依るけれど、成人までを輝霊院で過ごすことになると……それなりの費用がかかる。下位貴族にはそれが払えない家もあるし、それを無駄な費用であると切り捨てる家もある。なんだかんだ言って輝術師は皆高い矜持を持っていることが多いから……ああいや、あと……昨今の輝霊院の信用が落ちている、というのもあるかもしれない」
国が、というか州が教育費用を出してくれるわけでもないし、輝術師に関する資格があるわけでもない。
本当に余裕のある家で、プライドの高くない親、という条件が揃わない学び舎には入れない、と。
そこまで聞くとようやく「十人も」という言葉に理解が及ぶな。
「そう……で、そうだね。十人だ。前例がなかったということはないけれど、結構な異例でね。十人の同期と共に、私達は切磋琢磨した。けれど、あらゆる訓練をしていく内に……たった一人、突出した才を見せる者が現れた」
「それが、進史様か」
「ああ。輝術を使わない格闘も、輝術を使った剣術も、単純な輝術の力量も。そして知識の幅や理解力、効率の良さ……そういう部分において、進史は誰よりも抜きん出ていた。私もそこそこの優等生だったのだけどね。進史には敵わないと、何度も何度も思い知らされたものだよ」
「輝術の力量差、というものが覆らないのはなんとなく理解しているのだが、知識や輝術を用いない格闘などであれば周遠様や劾瞬様が勝りそうなものだが」
「私達もそう思った。ただあいつは……なんていうのかな、"智慧とは知識ではないこと"、"力とは膂力でないこと"を知っていたんだ。私達がそれを本当の意味で理解したのは、輝霊院を卒院した後のこと。実際に害ある幽鬼や鬼と相対し……恐怖を知って、ようやく理解した。だから、うん。そうだね。進史はただ、その理解が皆より早かった。それだけなのだろう」
ふむ。良い話だ。
智慧とは知識ではない。力とは膂力ではない。つまり。
「進史様は、要点を押さえること、に長けていたのだな」
「ああ、そう。まさにそんな感じだった。……ただ、あいつにも苦手なものがあってね」
「進史様に、苦手なもの? ……なんでもできる、という印象だけど」
「人付き合いだろう?」
「はは、そう。そうなんだよ。踏み込むに至るまでが長く、いざ踏み込もうとすると踏み込み過ぎる。本心では他者と仲良くしたいと考えているし、高め合いたいとも思っているのに、口から出る言葉は棘だらけ。……無論それは、私達の欠点や短所に対して彼が本心から向き合ってくれた結果であって、決して悪意のあるものではなかったのだけど……最初の頃は、当然衝突したよね」
言い方は悪いけれど、できるものとできないものの目線の高さ、みたいな話だ。
進史さんは、まぁ、できない側の気持ちが分からなかったのだろう。どうしてできないのか。これをやれば上手くできるという解法があるからこそ、それを教えても実践しようとしない人間が理解できない。
でも……あの性格だからな。毎回毎回塞ぎ込んでいたんじゃないか? 自分の何が悪かったのか、を自省して……誰に相談することもなくフラストレーションに変えて。
「あいつに必要だったのは、対等に競い合える友人。あいつと同じ視点で物事を語ることのできる相手。……でも、同期の中にはいなかった」
「青清君がいなかったら、州君になっていてもおかしくはない強さ。当然かも」
「そうだね。でも……当然にはしたくなかった。だから私達は考えたんだ。一対九なら、なんとか対等足り得るんじゃないか、って。あ、もちろん彼を虐めるとか、敵対する、という話ではないよ」
「わかっているさ。そして……優しいな、あなた達は」
「それしか方法が無かったんだ。どんどん孤立していくけれど、ずっと寂しそうな彼を、どうしたら笑わせることができるのか。歩み寄ってくれようという気概は感じ取れるのに、私達の足が遅いせいで開いていく差をどのようにすれば埋められるのか。沢山考えて、沢山……馬鹿なことをやって。どんな手段でも良いから、あいつをこっちに引き摺り下ろそう! っていうのが私達の共通認識でね。ふふ、その頃の老師には、"お前達が進史に並ぼうという考えはないのか"と怒られてしまったこともあったけれど……まぁ、無理なものは無理だから」
昔を懐かしむ……懐かしむことが楽しい、というように。
周遠さんは、語る。
「皆で頑張って彼の足を引っ張って、高い所から引き摺り下ろして……そうした時に見せる、彼の……その、本当に理解のできないものを見るような憮然とした顔と言ったら。ふふふ、今ではもうしてくれなくなってしまったけれど、私達の間では輝絵として保存されているからね。いつでも出すことができるよ」
「進史様は、あなた達に……その、愛想を尽かす、ということはなかったの、ですか?」
「なかった。彼はずっと私達に気を遣ってくれていたし、ずっとずっと、こっちに来たいと思ってくれていた。彼はね、本当に優しい人なんだ。私は……彼になりたい、とは思わない。だけど、彼を支えられる人間ではありたいと、常思っている。だから輝霊院にそのまま居続けている、というのもあるかな」
「というと……すまない、どういう仕組みかを知らない」
「ああ、付き人というものはね、その任を解除されると、そのまま輝霊院所属になるんだよ。だから……彼の帰ってくる場所を守っている、というと少し気障だけど、そんな感じかな。彼がここへと帰って来た時に、また疎外感を覚えてしまうのは……私としては、許せない。つらい。だから胸を張るんだ。ここには進史と同期の私がいるぞ、ってね」
想起する。前世の友人の言葉だ。周遠さんは、あいつとは似ても似つかない善人だけど……ただ。
彼の、「ま、安心していいぞ。お前が罪びととなろうと、偉大になろうと、誰からも忘れられるようなゴミクズになろうと、友人でいることだけは続けてやる。だから好きに生きろ。妨げることだけはせんよ」という言葉は……なんだ、癪だが私の心にしっかり残っている。偏屈で偏狭で変人で変な友人は、絶対にこちら側は来ないだろう。それは絶対だ。だけど、だからこそあいつの幸福を願うことができる。
この言葉を使うのは本当に癪だけど、親友、だったからな。
「あ、でも。最近になってからの進史は違うんだよ。それは……君、祆蘭のおかげなんだ」
「ん? ……私、何かしたか?」
「前に第七十一期生で集まって飲みに行ったことがあってね。その時……まぁ、彼は酔いたくても酔えない体質ではあるのだけど、それでも少しは口が軽くなった。ほら、君を酒蔵に案内した時、彼は私を頼っただろう?」
「ああ」
「あんなこと、昔じゃ絶対に無かったんだ。あいつは頼り方というものを知らなかったから。そのことを問うたらさ、あいつは少し不満そうに言ったんだよ。"ようやく振り回される感覚がわかったからな"って」
「理解」
爆速理解した祭唄はおいといて。
えーと。
「青清君の時点で、じゃないのか? 私のおかげだとは思えないが」
「言っては何だけど、青清君は隔絶し過ぎている。生まれも育ちも特殊で、常識も世間も知らない。彼女に振り回されるのは……そうだな、進史でなくてもそうだろう。彼女の前では等しく人間だ。誰も彼もがね。だから、進史の孤独感というものは埋まらなかったみたいなんだよ。結局報告を受けたり仕事の割り振りをしたりするのは進史の役目で、その時に向けられる目線は昔の私達と同じもの。青宮城なんていう上澄みも上澄みが集まる場所でもそうなら、もう無理だ、なんて諦めていたところに……」
「祆蘭が来た。青清君以上の暴虐で傍若無人で、横暴で意味不明で、気の触れた変人が」
「オイ」
「いやまぁそれは言い過ぎだけど……でも、そういうことだったらしい。彼は決して口には出さなかったけれど、わかったのだと思う。"できない側"、"置いていかれる側"が、どういう感情を持ち、どういう行動に出るのか、ということが。……私達の成り済まし事件の際も、茫然自失だったと聞いた。そこを君に……尻を蹴り飛ばされた、ともね」
懐かしい話だな。
でも、確かにそうかもしれない。あそこでようやく進史さんは人間になったような感覚があった。
「なんでもできていた、皆の先頭に立つ者であった彼が、青清君のみならず君にまで置いていかれる。努力をしても、知識を蓄えても、どうやっても埋まらない差がある。そういう概念を理解した時……彼は、それを嫌だとは思わなかったらしいんだ。縋ること。縋り、追いつこうとすること。今までは青清君に対して、そうだな……彼女に並ぼう、なんて考えを持っていなかった進史は、けれど君には、祆蘭にはそういう感情を持った。君は超然としていて普通じゃない。どこまでも異常な人物だけど、それでも君は"成長の涯"にいる存在だ」
「……随分と高評価でありがたいことだがな。そんな人間である自覚は」
「いいんだよ。これは私や進史の見解だから。……憶測だけど、祭唄さんもそうなんじゃないかい?」
「はい。祆蘭は……どこか、というより、絶対に私達とは違うけれど、別の生き物ではない。私達の辿り着くどこかにいてくれる。途方もない修行や、途轍もない変革を経なければ辿り着けない、ということはわかっていますが、それでも私は祆蘭の隣に立つ者でありたい」
「うん。進史もそう言っていたよ。強い決意でね。……頼るのではなく、頼りあう。今は頼ることしかできないけれど、なんとか、足を引っ張って引き摺り下ろしてでも……あの邪悪小娘の隣にいられる者にならねば、って」
邪悪小娘って。
いいけど。
「そうしてね? 彼は、気恥ずかしそうに言ったんだ。"酷な……ああ、酷い頼み事ではあると自覚しているのだが……わ、私の後ろを追いかけていた時に、お前達が何をしていたのかを教えてくれ"って。"どうせあの邪悪小娘はどんな手段を使っても足を引っ張り得ないし、引き摺り下ろすことも不可能だろうから、せめて心持ちくらいは知りたい"と。"私も仲間に入れてくれ"と。……そうしたら、まぁ、当然……大盛り上がりだよね。劾瞬なんかは、"進史が素直になるなど!! 明日は鬼の雨が降るぞ!!"とかって叫んでいたし、私も驚きすぎて酒を零してしまったものだよ」
「気恥ずかしそうな顔の進史様の輝絵は大金になるかもしれない。情報が欲しい」
「だめだねぇ、これは第七十一期生だけの宝物だから」
まぁ、私が何をした、というわけではなさそうだけど……そんなことで心持ちを変えてくれるのであれば、ありがたい限りだ。
その変革は、決して悪いものではないだろうから。
「こんな感じで大丈夫かな、進史の過去、というのは」
「ああ、ありがとう。……あ、そうだ。彼は青宮廷出身、で合っているのか? その、家族とかは」
「ん、普通に青宮廷出身だよ。家族も存命だし、なんなら……まぁ情報伝達で、だろうけれど、そこそこ頻繁に連絡を取っているはずだ。彼の両親、進史のことを鼻高々に思っていてね。たまに会うと、私達の息子がこんなに凄い! というのを全力で伝えてくるんだよ。……普通の人ならそこで辟易するのだろうけれど、私達も負けてはいない。同期から見る進史がこれほど凄い! というのを張りあうことがあるよ」
「……進史様が知ったら、深いため息を吐きそうな光景だな」
親バカvs同期バカか。
いいね、愛されている。羨ましいよ。憧れは一切ないが。
「ありがとう、周遠様。進史様について知ることができて……色々、助かった」
「こんなことでよければいつでも。……では、私はそろそろ仕事に戻るよ。この部屋の施錠などは気にしなくていいから、好きな時に帰ってね」
「はい。ありがとうございました」
そうして。
周遠さんも、去る。
完全に二人だけとなった部屋。
「──それで、いつまでそこにいる気だ、朝烏様」
「はぁ!? お、お前、いつから気付いて……いやいや、そこの要人護衛ですら一切気付いてなかった輝術だぞ!?」
「え……え、いつからそこに……」
ふん。姿形を消した程度で気配が消えるものか。
というか勘でわかる。あんなあっさり引き下がるのもおかしかったしな。
「お前……本当に輝術、使えねえんだよな?」
「平民だと言ったはずだ。ま、使えずとも問題はないと最近は思っているが、もし使えないと思い込んでいるだけなら使ってみたいものではあるな」
「無理。前に祆蘭の身体を精査したことがあったけど、祆蘭は完全に完璧に完膚なきまでに平民」
……いや、いいんだけどね。うん。いいんだけどね。
「で、朝烏様。お前が気になっていたものは、コレだろう?」
「ああ……あれだけその要人護衛を急がせて持って来させたってのに、使わねえから……」
そう。
実は祭唄に取って来てもらったもの、というのはアルキメデスのポンプではないのだ。
コレは、ソレではなく。
「……結局それは、なんなんだ。……風車、なのか?」
「羽根車式放射熱測定器、というものだ。原理を語ると長くなるから割愛するが、少し試したいことがあってな」
いわゆるラジオメーターという奴。
羽根の表に煤やら黒い塗料などをつけて、もう片方にはつけない、もしくは白や銀箔を使う。これにより羽根の両面に温度差が生じ、各々の面における気体が対流を起こすことで羽根が回転する、という……中学理科のアレ。正確には反作用で回転しているのだけど、簡易な説明はこれでいいだろう。ちなみに中の空気はある程度祭唄に抜いてもらった。ガラスの強度がわからなかったから、本当にある程度だ。固定の輝術を使うとどんな影響が出るかわからないからそっちも使っていない。
で、これを取って来てもらった理由だけど。
「祭唄様、前やったように、こいつに光源を当ててみてくれ」
「うん」
特異な形の硝子と、その中に入った四枚の羽根。そこに光が当たると……。
何も、起きない。
「……なんだ?」
「ま、輝術の光は熱源足り得ないという話だ。放射熱の一切を持たない光源。理解に難があるが、そういうものだと仮定できる。そして……逆に、だ。朝烏様は、穢れに触れたこと、あるいは身を穢れに冒し尽くされたことはあるか?」
「まぁ、何度かはあるな。つったって一瞬程度だが」
「寒い、と。そうは感じなかったか?」
「あぁ感じたよ。穢れは冷たい。魂が底冷えする感覚に陥る」
「私はそれが実際に気温を下げているのではないか、と考えた」
よって。
部屋の窓、日差しの差し込む場所へ、ラジオメーターを移動させる。するとくるくると回り出す羽根。風もないのに回り始めたそれに興味を示す朝烏さんを一旦無視して、慎重に……振動で羽根の回ることがないようにしながら、ラジオメーターを動かしていく。
と、ある一点に来た時……羽根が急速な減速を見せた。まだ日差しが当たっているのに、だ。
「……なんだ?」
「輝術の痕跡も、穢れの痕跡も、時が経たば消える、と……聞いた。それは本当か?」
「ああ。時間経過で消えちまうな」
「だが……私が以前赤州へ行った時があっただろう。あの時とある霊廟に入ってな。そこには、千年から二千年以上の時を経た穢れが、そのまま残り続けている場所、というのが存在した」
「……んだそりゃ。そんな……危険極まりねえ場所によく」
「つまり、穢れの痕跡が消えてしまうのは、輝術師の沢山いる場所だからなのではないか、と考えたのだ。穢れは輝術に駆逐されるもの。当然輝術師が沢山いればいるほど、穢れの肩身は狭くなっていく。そうして消えてしまう。輝術の痕跡と穢れの痕跡は、消え方自体は同じでも、消える原理は違う、ということだ」
そして……ならば。
何か言いたげな朝烏さんを無視して、続ける。
ならば、だ。
「穢れの痕跡を辿れなくなったとしても、まだ残っている可能性はある。輝術に駆逐されさえしなければ、穢れが残り続ける、というのであれば。──さて朝烏様。
「……無い。……精査や伝達じゃ、穢れは駆逐できねえ。ちゃんとした……攻撃的、あるいは防御的意思を持つ輝術じゃねえと、穢れの駆逐は不可能だ」
「そしてこの測定器は、まぁ、ざっくりいうと暖かい光を受けると回転し、極端に冷えると止まる。そんな代物なのだ。つまり──」
今、減速どころか……完全に停止しているラジオメーターに。
祭唄と朝烏さんは深刻な顔になって、そこを……そこの壁をこじ開ける。
瞬間、どろりと出てくる穢れと、菌糸。
「ッ!?」
「案ずるな、浄化する」
それらを威圧で浄化し、祭唄へと目配せをする。菌糸……輝術師のいう不浄も輝術で囲ってもらえば、うん。
「謎の依頼人はやはり鼬林で間違いない。そして彼は、恐らく用心深かったのだろうな。蜂花様が失敗する可能性を考えていた。だから、他者を使った。恐らくここだけじゃない──あらゆる場所に仕込まれているのだろうよ、これが」
大本というか、一番大きな効果を出すのは勿論蜂花の死体だ。
だけど、それ以外の場所にも張り巡らされている。穢れの真菌が、これでもか、と。
そしてそれは……穢れさえ表面上に出なければ、ただのカビだと認識されるかもしれない。家屋が汚れること、ガラス窓が黒ずんでいくこと。それらはまだ「単なる不浄」でしかないと認識されているから、古い建物であれば「そういうものだろう」と思われる。
「それ、量産できるか」
「製法を明かす。輝霊院だけじゃない、青宮廷全土で調査を実施することをお勧めする」
「……ああ、ありがてぇ」
放射熱で回転する方、ではなく、回転しなくなったら、の方を取り出す使い方は珍しいだろうけど。
これで……穢れセンサーというべきものが出来上がるのなら、あるいは
とまぁ、こんな感じで。
輝霊院潜入編は、終わりを告げたのだった。……あとは有呀の容態かな、気になるのは。