女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第六十七話「木乃伊」

 昼餉のあと、「晷餘刻(グェイユーゲァ)」と呼ばれる休み時間がある。らしい。

 所謂昼休みに該当するもので、疲れた頭を休ませたり、同期や年上年下と語らい合ったり、老師にさらなる教えを請いに行く時間……だとか。

 

 そういうこともあって。

 

香伝(シィァンユン)様は、普段どのような訓練を?」

 

 とか。

 

小雛(シャオチュ)、小雛! 家はどの通りなの? 教えて!」

 

 とか。

 

 あれね。

 転校初日の質問攻めのアレに、私達は遭遇していた。

 

 ま、基本私は祭唄の……香伝の後ろで震えているだけだ。格闘訓練を見ていたものだけが凄まじい疑念の目線を送ってきているけど知らん知らん。

 ……これが輝術による情報伝達でなければ、の話だけど。

 

 

 だったらしい。

 

「ちょっと、雛鳥(チュニャォ)さん? どーしてあたくしの呼びかけを無視するわけ!?」

 

 それは一瞬の隙を突かれてのこと。

 簡単に言えば私が厠に行ったその瞬間、彼女は……確か、鉄狩(ティェショウ)老師に「有呀(ユウヤー)」と呼ばれていた少女だ。

 初めから物凄い視線を送ってきていた彼女は、どーやらずーっと私に対して情報伝達を行っていたらしい。

 

「あ……えと、ごめんなさ」

「その子供のフリをした話し方は良いから! 訓練の時の話し方に戻しなさいな! 聞き取りづらいったらありゃしない!」

「……こっちだと面倒が多いのだがな」

 

 口調を戻せば……彼女は満足したように「ふん!」と鼻を鳴らした。

 そしてその口で「わかればいいのよわかれば!」と言ってから、「ついてきなさい!」と強引に私の手を掴む。掴んでどこかへ引っ張っていく。

 特に危なさそうな気配はないけど……大丈夫かな。一応祭唄向けのメモでも落としておくかね。

 

 で。

 

 呼び出されたのは、練兵場だった。皆休憩中なので誰もいない。

 投げ渡されるは木剣。……んーむ。

 

「あたくしと勝負しなさい!」

「……すまんが、輝術をほとんど習っていない、というのは本当でな。実戦に耐え得るものではない」

「嘘仰いな。あの反応速度にあの体に動かし方! 家族に幽鬼や鬼との交戦経験のある者がいると見ていますわ。他の皆の目は誤魔化せても、あたくしの目は誤魔化せませんのよ!!」

 

 テンション高い子だなぁ。

 いやしかし、実際剣は……わからん。短剣は媧の動きを一度見たし、錐と刃渡りが似ているから使いようもあったのだが。

 

 ──なら私がやってやろうか。子供の剣程度、いくらでも捌き得る。

 

 余計面倒になりそうだからNOで。

 

「まず、目的を聞かせてくれ。私とお前……ああいや、きみ? が争う理由は?」

「無理をせずともよろしいですわ。ご両親が戦士……あるいは勇士なのでしょう? 学び舎に通わぬ年頃であれば、言葉遣いを矯正しない、ある例外が存在しますの」

「ほう、それは?」

 

 木剣の腹で刺突を受け止める。

 当然のように折れるそれ。……もう少し短くないと無理だな。

 

「っ、強化もかけないとは、余裕、ですわね……!」

「答えを聞かせてくれよ、有呀お嬢様。ある例外、というのはなんだ」

「──そんなもの、決まっているでしょう!」

 

 さらに木剣が短くなる。流石に手首が痺れてくる頃合いだけど、ここからは力む必要がないので問題ない。

 うん。重さは違うけど、いつも使っているトンカチと大体同じ大きさになったな。

 

「州君、ですわ!! アナタ──次期州君、なのでしょう!?」

「だとしたら、今」

 

 避けて、ピンと伸びた足の膝窩を叩く。

 それだけの作業を続ける。

 

「だとしたら今……それに剣を向けているお前は何者だ?」

「っ……やはり、この剣気……!」

「いちいち質問に答えん奴だな。直感だけでなく、仮にそうだとしたら、を考えろよ。仮に私が州君候補で、じゃあなんで輝霊院にいる。身分を隠し、姐の後ろに隠れ、かと思えば戦闘訓練であっさりと実力を晒し──どうして、お前なんかと戯れている」

「決まっていますわ!! そんなこと!! も!!」

 

 おっと輝術。斬撃……にしては、空気が巻き込まれていない。

 

 ──恐らく網状の輝術だ。対象を絡めとることに長けている。面での攻撃は、お前にとっては苦手分野ではないか?

 

「冗談」

「なぁにが冗談ですってぇ!?」

「おっとお前のことじゃない。そして答えは聞いていないが粗方察するに──お前は自分が次期州君候補だと思っている。そんな感じか」

「そうに決まっているでしょう!? 周りと比べて突出した輝術の力量! 剣術、棒術、格闘術に長け、頭脳も──」

 

 肩を竦める。

 輝術インストールにおける知識の伝達というのがどれほどのものなのかを私は知らない。

 けれど──これだけは、確実に言える。

 

「州君など憧れるものではないし、なりたいと思ってなるものではないさ」

「その知ったような口ぶり、やはりアナタは──」

「ところで有呀お嬢様。この木剣の折れた先端二つ、どこへ行ったと思う?」

 

 鈴李も、黒根君も、烈豊も、豪快ではあったけど赤積君も……そして、玻璃も。

 皆なりたくてなったわけじゃない。

 ならざるを得なかっただけだ。

 

「何を──あだっ、あだ!?」

 

 かこん、かこんと音を立てて落ちて来る木剣の先端。

 結構な重さだから普通の子供相手には使わない手段だけど、輝術師の身体能力なら問題ないだろう読みだ。実際「あだ!?」程度で済んでいるしな。

 

 ……対してこちらの被害は……ま、大した擦過傷じゃないさ。

 服で隠し得る。

 

「勝負あり、ということで」

「──そんなこと、認められるわけないでしょう!? く……ううう、あああああ!!!」

 

 三日月が現れる。

 斬撃の輝術。わかる。さっき散々見た。

 その──巨大版。なるほど、この歳にしては確かに他と隔絶しているかもしれない。ただし発露が甘いのか制御が甘いのか、蜃気楼のように揺らめいている。

 あの現象についての知識は?

 

 ──見ての通りだ。巨大すぎて扱いきれていない。射出された場合、どこへ飛ぶかもわからぬ破壊兵器だな。輝術師とはそもそもがそういう存在だが。

 

 OK、つまり運悪く誰かに向かったら悲惨というか飛散、と。

 遮光鉱の矢は当然持ってきていない。自分たちの偽装が解けるから。

 ではどうするか。

 

「かかってこいよ、お前が真に他と隔絶した力量を持つ術師なら……私程度を打ち負かすに造作もなかろう?」

「……ッ!!」

 

 射出されたそれは。

 

 

「……何やってるの、雛鳥」

 

 香伝……祭唄によって、あっさりと受け止められた。

 

「なるかもしれん学友とのごっこ遊びさ。私が害ある幽鬼役」

「そう。……輝霊院の院生であっても、課外活動における学び舎の中の練兵場、及び攻撃性のある輝術の使用については申請が必要なはず。……老師に今聞いた。そんなもの通していないらしいけど?」

「大姐、彼女をちゃんと見ろ。まだ子供だ」

「そうだね。私達もだけど」

 

 参ったな。

 ……庇える要素が見つからない。結構しっかりしていたんだな、輝霊院。これはどれほどの罪に問われるんだ? 私の思い付きの潜入調査で子供の未来を奪うのだけは避けたいんだが。

 

「加えて……怪我、してるでしょ」

「全て避けたが」

「嘘吐き。血の匂いがする」

「そんなもの……。……」

 

 ん?

 ……血の匂い、はしないが。

 

「……祭……香伝、腐臭がする。どこか精査できるか?」

「腐臭? ……ほんとだ」

 

 あまり。

 あまりよろしくない物の、腐った臭い。……あるいは子供に見せるにはショッキングなものが出る可能性があるな。

 

「安心して、今老師たちを呼んだ」

 

 考えろ。私は最近何を作った?

 ……アルキメデスのポンプ、くらいか? あれから取り出せる要素……。

 有呀の手前、腐臭とは言ったが……これは死臭だ。結衣とあの地下施設に潜った時なんかに嗅いだ臭いに似ている。

 つまり……長期間放置された、ロクに整備もされていないような。

 

「有呀さん、立てますか? 少し、移動、しましょうね」

「……はい」

 

 鉄狩老師が彼女を連れて行くのと入れ替わりで、輝霊院の大人たちがぞろぞろ入って来た。

 中には。

 

「おお、(ヂョウ)、」

「雛鳥」

「……っと、そうだった」

 

 周遠さんや鉄切(ティェチィェ)さんがいたものだから、声をかけそうになって止められた。そうだった今別人なんだった。

 遠巻きに朝烏(チャオウー)さんが眺めてきている辺り、この人たちのテストも兼ねているのか。悪辣だけど効果的だな。

 

「君が……香伝さん、であっているかい?」

「はい」

「通報をありがとう。腐臭……いや、死臭がする、というのは……」

「そこです。そこの壁」

 

 見た目、なんでもない壁。

 だけど数人の輝術師がその壁へと手を当てた瞬間、血相を変えた。

 

「閉鎖だ閉鎖! 学徒を一度家に返せ!」

「んだよ、そんなにか鉄切」

「そんなに、だ! 第四級警戒態勢!」

 

 鉄切さんの言葉に俄かに騒がしくなっていく輝霊院。

 なんだなんだ。どうしたどうした……となるほど鈍くはない。

 私も担ぎ出されかけただけど、朝烏さんが止めてくれた。

 

「第四級警戒態勢、というのは?」

「知らない。輝霊院の使う符合?」

「ああ、鬼が出たら一級。害ある幽鬼が二級。錯乱した輝術師が三級。それ以外で、だが調査の必要があるもんが四級。そんだけだ」

「成程。副院長が出張るほどのことか?」

「これ以上失態が出て来てたまるかっつーの」

 

 ごもっともで。

 だけど……隠し様は、果たしてあるのか、ってね。

 

 

 

 慎重に壁が剥がされる。

 すると……その中から、死体が出て来た。

 

「……副院長、その子たちを下がらせてください。子供に見せるものじゃない」

「だそうだが、お前達の意思は?」

「余計な世話だ。見慣れている。……近くで見ても?」

「触れるなよ。死体でも肉体だ、損壊させると復元が難しい」

「承知」

「ちょ、ちょっと副院長!?」

 

 ……死体は、女性。

 年齢は多分二十五から三十そこいら。というか顔つきに見覚えがある、ような。

 

「……。香伝。進史様に伝達して、蜂花(フォンファ)の生前の輝絵情報を貰ってくれるか」

「わかった」

 

 ような、じゃない。

 そのままだ。

 

 この人は……ああ。

 

 指の爪が、左手の指の爪が……薬指と小指だけに塗料が付着している。

 正直な話をすれば「またか」ではある。鼬林(ユウリン)の件で片は付いたんじゃないか、と。でも確かに一年のブランクの謎が宙ぶらりんだった。

 ……輝霊院に、か。

 

「貰った。……うん、乾涸びているけれど、確実に蜂花。見つかっていなかった死体は……輝霊院の学び舎、その壁に埋められていた」

「隠し通す、とか言ってられねぇ話か?」

「それがそうでもない。青宮城からしても公にしたくない案件の一つだからな。緘口令を敷け、輝霊院と青宮城の内部だけで話を進めることができたら、問題は無いだろう」

「そりゃありがたい話だ。……聞いたかお前ら。このお嬢様二人は青宮城きっての難事件解決専門家。手伝って欲しいと言われたら素直に手伝え。んで、絶対に外部へは話を漏らすな。学徒にも伝達を入れろ」

 

 ハードルを上げてくれやがる。

 ……幽鬼がいればな、やりようはもう少しあるんだが……完全な死体現場となると。

 いや……待てよ? 蜂花が死んだのって確か、多く見積もっても四か月前だよな。……そんな短期間でミイラ化するか?

 

「輝霊院の人。余計なものが入っていない酒、綿生地の洗濯に使う洗剤、あと大量の水。頼む」

「お、おお」

 

 ま、たった四か月で人がミイラ化するかどうか、はさておいて。

 少しばかり復元を行わせてもらう。上手く行くかどうかはわからん。……ので。

 

「朝烏様。死体損壊の可能性がある。許可をくれ」

「出すわけねーだろと言いたいところだが、いいぞ」

「副院長!? ちょ、この子供なんなんですか!? いくらなんでも……!」

 

 ではまず、鍋を用意します。

 そこにお酒と洗剤と水を五十パーセント、五パーセント、四十パーセントの割合で入れます。

 

 できた溶液を確認したら、充分量になるまで輝術で追加してもらいます。生成じゃなく精査から割合を見て継ぎ足す、ってことね。

 

 で、浴槽にその液体を入れて……死体をそこへ。

 

「……まぁ、見様見真似にしちゃ上出来だな」

「肌の色が……」

「……まさか、生き返るのか?」

「それこそまさかだ。死者は生き返らん。んなもんは絶対の法則だろう。……が、死体を生体に近付ける、くらいはできるという話だ」

 

 輝霊院の輝術師には男性が多い。

 だから皆掃けていく……ということはなく、特に何を恥じらう様子もなくこの場にいる。プロだな。

 

「それで何が分かる」

「死因」

 

 言っておくけど私は解剖学の権威でも鑑識でもなんでもない。医学なんか家庭の医学しか知らん。

 このやり方はただのミイラの復元法だ。昔エジプトへ行った時に興味本位で聞いて覚えた。ヒンディー語なんかさっぱりわからんが、エジプトは英語で大体何とかなるからな。海外からの観光客の多い国は英語浸透率が高くて助かる。

 

 さて……ずっと謎ではあったんだ。

 蜂花が死んだ理由。というか動機はわかったけど、死因はわかっていなかった。幽鬼として見た彼女には目立った外傷も無かったしな。

 復元した彼女の死体が肌色を取り戻す。

 衣服なんか初めから無いので、その身体を持ち上げたりなんだりして傷とか痣とかが無いかを探す……けど。

 

 ……無い。ということは、病死? まぁ指先に傷痕があったけど、それはもう解決済みで。

 

「あー……抵抗のない者。彼女の肺と胃の中を精査してみてくれないか」

「死体に抵抗ある奴は輝霊院でやってけねぇよ。どれ、俺がやる。どいてな嬢ちゃん」

 

 鉄切さんのその様子に、察する。朝烏さんの方を見れば、彼女も察したらしい。

 ま、そうでなくては困る。

 

 なんで自分で精査しないんだ、ってな。今のところそういう目線を向けてきているのは鉄切さんだけのようだけど。

 

「……んだこりゃ。肺の中に……不浄と、加えて胃の中に……む、虫?」

 

 偽装の外側からでも顔色を変える香伝、もとい祭唄。

 私も鉄切さんの肩を掴み、下がらせる。

 

「な、なんだどうした嬢ちゃ……。……んだよ、それ」

「雛鳥のは私が見る。皆さんは、皆さんで」

 

 一瞬で情報伝達が為されたらしい。

 皆が皆、互いの体内を精査していく。

 

「……とりあえず、らしいモンはいねぇ。いねぇが」

「ああ。蜂花が死んだのは四か月前。もしその頃からずっとここに死体があったのなら」

「学徒全員が、か。……周遠! 学徒の健康診断を手配しろ。理由は適当にでっちあげておけ」

「はい!」

 

 ただ……この虫は、成り済まし用の虫だったはずだ。

 本人に成り代わるための虫。それがどうして死体の中にある? ……蜂花に成り済まして、誰かが何かをするつもりだった?

 

 死因は肺の菌糸で、その菌糸は鼬林のものだろう。つまり……まぁ、鼬林は蜂花を愛してなどいなかった、が結論になる。鬼がヒトを愛するわけが、とは。まぁ納得のいく話だが。

 そこまでやったのなら、惚れこませたのなら、まだまだ使い道があっただろうに。

 

 一年と四()月前に何があった。……今までは放置癖で放置していたけど、流石にここまでくると……掘り返す必要が出てくるな。

 

 口元に手を当てつつ、もう一度死体に近付く。

 と、何かを踏みつけた。

 

「……これは」

 

 踏みつけたもの。

 それは……白い、エナメル質の。

 

「……歯?」

 

 唐突に考えが浮かぶ。

 浮かんだので、近くにいた鉄切さんの首根を掴む。

 

「どわっ、な、どうした?」

「死体の肺を輝術で覆ってくれ。喉も塞いでほしい。口の中が見たい」

「お、おう。……やったぞ」

「ありがとう」

 

 これで感染リスクは下がったものと見る。その上で蜂花の口をこじ開けると……ああ、やっぱり。

 

 歯が圧壊している。

 

「……んだこりゃ。何がどうなれば……こうなる?」

「原理はまだわからん。だが似た症例を別の場所で見た」

「それはどこだ、嬢ちゃん」

「黄州。黄宮廷。──連続自殺事件」

 

 そして今、私には情報がある。

 これらの糸を裏で引いていた人物の存在が。

 

 ふいに、香伝が顔を上げる。

 

「……進史様から、調査結果が出た、と」

「調査結果? なんの?」

尸體處(シーティチュ)の鼠」

 

 ああ。死体に毒を盛っていた可能性のある奴ら、か。 

 進展があったのはありがたいが、私に聞かされたところで何の意味も──。

 

「尸體處の職員全員は無実。ただし、あることをきっかけに尸體處へ頻繁に出入りしていた者がいた」

「……ある、こと」

「そう。……恋人の、死を理由に」

 

 蜂花の恋人、正勝(ヂォンシォン)。鼬林の化けていた姿だけど、彼は不潔の空間の中で死した。一年と四()月。

 以前私は、なぜ一年と四か月経ってから蜂花が死を選んだのかについて……「蜂花は正勝を、鼬林を鬼だと知っていたからだ」、と結論付けた。

 

 けれど、違ったら?

 知っていたところで……待つ理由は無い。というか、死ぬ理由も無い。

 

 だから、ちゃんと役割があったんだ。

 少なくとも一年間……「恋人が死した」という理由で、「尸體處に安置されているから」という理由で、尸體處に何度も出入りするための理由付けと役割が。

 そして、けれど青州では上手く行かなかった。蜂花はどうにもできなかった。だから……死を選んだ。あるいは肺の真菌感染症を早められたのかもしれない。そこに愛があったのか単なる脅しだったのかまでは定かではないけれど、しっかりとやることをやっていた。

 ああ、そうか、そうか。

 繋がるじゃないか。

 

 そうなれば、鼬林は現帝の駒。

 桃湯派閥に入らず反意を持っていた鬼の中で、もう一人の軽勉(チンミィェン)は鼬林派閥には入らなかった。

 入らずに独自で遮光鉱の勉強をして……そして、「食べかす」で脅されていた。その「食べかす」を作ったのも、恐らくは。

 

「なぜ輝霊院に死体を埋めたのか、という問題が残るよな、嬢ちゃん」

「……簡単だ。既に虫についての情報は伝達されているのだろう?」

「ああ」

「この練兵場で激しく運動を行う者は、当然沢山の呼吸をする。なれば……一人でも。子供一人でも感染したのなら、あとは芋づる式だ。貴族街が全滅していたとしても私は驚かない」

「だが実際はそうなって……あ? なんだと!?」

 

 急に大声を出す鉄切さん。

 そうして、どこかへ駆け出して行ってしまった。

 

 朝烏さんへ目を向ければ。

 

「……厠で、口の中から土を吐いて倒れている鉄狩が見つかった。……命に別状はねぇが……有呀がいねぇ」

「なぜそこまで落ち着いている」

「落ち着いてねぇよ。つか黙れ。今周囲一帯を精査してんだ、気が散る」

 

 あ、ああそうか。この人輝霊院の副院長なんだった。

 そりゃ輝術の腕も。

 

 ──効果があるかどうかはわからんが、お前も腕の傷を水で洗い流しておけ。私もこれらについては未知だ。なにがあるかわからん。

 

 確かに。

 輝術による攻撃だったから接触していないとはいえ、か。

 

 先程の溶液に使わなかった水で擦過傷を洗っていく。香伝……祭唄からの目が厳しいけれど、まぁ気にしない。

 そんなことより有呀だ。

 

 考えられる可能性は二つ。

 乗っ取られて……成り済まされていた何者かであった、という可能性。無いだろ、子供だぞ。

 ならば残るのは?

 

 ──脅されたか……初めから、尖兵か。

 

 いやいや。あれほどプライドの高い子が……。

 

「いた! 貴族街だ! 居住区画……だがこの通りは有呀の家の通りじゃねえぞ!」

「っ、すぐに確保へ!! 最悪、腹に虫がいる!!」

「ハッ、舐めんな! 私だってなぁ、遠距離で輝術を作用させることくら……はぁ!? 遮光鉱!?」

 

 どうやら弾かれたらしい。

 そして、遮光鉱であるのならば、私の出番だな。

 

「香伝。万一の場合は進史様、青清君へ」

「既に伝達済み。既に万一だから」

 

 ごもっともだ。

 

「背負う。乗って。私は他の輝術師よりは少しだけ遮光鉱に近付ける。それ以降は……任せることになると思う。朝烏さんがあの調子だったから、多分」

「構わん、行ってくれ」

 

 私を背負った瞬間、弾丸のように輝霊院を飛び出す祭唄。香伝の偽装など欠片も無い、玻璃のとこでやっている訓練の力量を遺憾なく発揮した、既に要人護衛の域に無い速度。……だと思う。

 これが守り特化だというのならもうお手上げだ。

 

 グラデーションのように過ぎていく景色は、一瞬にして終わりを迎える。

 有呀だ。苦しそうにしているせいで、周囲に沢山の貴族がいる。

 

「祭唄。青宮城の貴族全員を気絶させたら、罪人になったわけだが。青宮廷の貴族大半を、だとどれほどになる?」

「馬鹿なこと言ってないで早くやって。どんな罪にも問われない」

 

 はいほいさっさ。

 

 緋玉を食い散らかした時の感覚を思い出しながら、威圧を降ろす。

 故意に全方向へ、撒き散らすというより包み込む感じで。むらなく、あらなく。

 

 バタバタと倒れていく貴族の中で……意識を保っている者も何名か。

 ……意思の力が強い、とかそういうことか?

 

「なんっ……威圧!? 誰が……」

「何かが着弾したぞ!」

「子供を逃がせ! 鬼の可能性もある!」

 

 着弾の衝撃で舞い上がった煙が輝術によって収束する。ああこれ、前に進史さんも使っていたな。

 

「……子供?」

「馬鹿言え、片方は確かにそうだが、もう片方は輝術師じゃない! 平民……いや!」

「鬼か!!」

 

 あっ。

 

 思わず祭唄と顔を見合わせる。

 い、いたね。ちゃんと見抜ける輝術師。

 

 でも今いてほしくなかったカナー!

 

 ──範囲の威圧をやめろ。一個人を狙え。凝縮されたお前の魂の圧に耐えられる者など、華胥の一族くらいしかおらぬ。

 

 媧の助言に従い、剣気を浴びせるような感覚で威圧を絞る。

 それにより、一人、また一人と泡を食って気絶していく貴族たち。おー。

 

「っ、祆蘭危ない!」

 

 眼前で何かが弾けた。斬撃、だろうか。……わからない。学徒のものとは速度が違い過ぎる。

 弾けたのは、祭唄の持つ遮光鉱の小刀のおかげだ。

 

「君、そんなものをどこで……いや! そんなことはいい、早くこちらへ来るんだ! 巧く偽装されているが、隣の童女は鬼だぞ!」

「間違いない! 俺は昔、鬼の首魁を見たことがあるんだ! この威圧感は……あれと、來潤(ライユン)と同じだ!!」

「そんな、勇士の一人もいないのに勝てるのか……!? い、いや! 青清君が来るまで持ち堪えろ! せめて子供達だけでも守れ!!」

 

 おい、お前。

 ──私のせいじゃない。が、気になりはするな。私からしてみると來潤とお前の威圧は全く別物なのだが。

 

「……祭唄。最重要事項はわかっているな」

「祆蘭の護衛、と言いたいところだけど、虫の拡散阻止」

「上出来だ。行ってくれ」

 

 弾ける。私の横で、祭唄の姿が。

 次の瞬間には有呀の隣にいて──貴族たちがそちらへ目を向ける前に、私が剣気を浴びせる。

 

 ──対輝術師戦。お前の威圧に耐え得る術師が六人か。素晴らしい演出だな。

 なーにが演出だ。全て穢れの意思の思し召しってか?

 ──そうではない。昼間に輝術を学んだだろう、多少なりとも。そしてあの小娘で練習もした。ならばあとは実戦だ。黄州のはずれでやってみせたような残忍さは、残念ながら味方には使えぬのだったか?

 

 ふん。

 ま、そうだ。実戦に勝る経験はない。現帝陣営を相手取るのなら、当然混幇も前に出てくる。

 私は象棋の将であるらしいが──変則的な駒なのでな。

 

 けれど、ああ。

 そういえば楽しい情報がもう一つあった。

 

「今私、トンカチは疎か小物入れすら持っていないのだが……ま、素晴らしい夕方を楽しむとしようか」

 

 輝術が、来る。

 

 

 はず、だった。

 

「っぶねぇ……っとにっぶねぇ。お前も! あとそこの要人護衛も! 有呀の救出はありがてぇが、やったら離脱しろよ!! なんで当然のように戦う流れ作ってんだよ!!」

 

 ならなかった。朝烏さんがぶっ飛んできたからだ。

 そして彼女は、飛来する輝術の全てを相殺し、何かを貴族たちへと伝達した様子で。

 ぎょっとした目で彼らが有呀を見た頃には、彼女の口元に布と、目隠しが……いや目隠しはなんで?

 

「つか……要人護衛にしちゃ速すぎだろ……私の全速力をゆうに超えるってどういうことだよ……」

「そんな祭唄とお前の妹の夜雀はよく手合わせをしているが、どちらかが後れを取っている、ということは無いような気がするな。お前の鍛錬不足ではないか?」

「……へぇ、言ってくれる。姐として妹の活躍は嬉しい限りだが。なんとなくお前に挑発されるのは気に食わねえ。感謝はするが……いずれ、夜雀を賭けて決着をつけようじゃねえか」

「そんなけったいな決闘を受ける気は無いよ。"仕事"をしてくれ、輝霊院」

「増やしておいてよく言うよ」

 

 それはその通りでござい。

 

 

 その後。

 学徒全員の健康診断の結果……虫サイズのものはいなかったけれど、卵のようなものが胃壁にくっついている子供が何人か見られ、話しを聞けば直近で嘔吐をしたことがある、という話が上がって来た。

 そうなってくると考えられるのはまた二つ。

 子供に成り済ますことのできる技術がある。もしくは──。

 

「成り済まし以外の用途もある、か」

「恐らくな」

 

 有呀。学徒の中で、未だに意識を取り戻していない彼女の病室。その入り口で朝烏さんと話す。

 入り口の縁に凭れ掛かって腕を組んでいるその姿は、うん、やっぱり憧れの女性感はあるな。……マトモに成長するのならこれがいい。

 

「鉄狩様の容態は?」

「あん時も言ったが、命に別状は無ぇ。ただ……落ち込んではいる。長年あいつの使って来た練兵場だ。そこの壁に有害な死体、なんて……あいつからしたら、自分を殴り殺したくなるほどの」

「待て」

「ん?」

 

 ……いやいやいや、じゃないか?

 いやいやいやいやいやいや。

 

()()()()()()()?」

「……そりゃ、成り済ましてた偽周遠とか」

「確かに可能性はある。練兵場へ頻繁に出入りするのか、周遠様は」

「いや……学び舎には大した用は無いはずだ」

「加えて、成人女性を……誰にも気付かれること無く運び込み、壁の中に埋めて、その壁を元通りに修復する、というのは」

「お前は輝術が使えないからわからないだろうが、できなくはない。輝霊院自体は年中動いているが、学び舎には休みがある。……ただ、当然入退院の記録は残るから……」

「四()月前の記録だ。洗うのならそれか、もう少し前後するくらいでいい」

「学び舎が休日の日に出入りした輝術師。んでもって、大荷物を抱えていた奴。……荷物運搬を断った奴、あたりが怪しいか」

「怪しくはあるが全体を浚え。輝術というのはそういう確認は得意分野なのだろう」

「……だな。詳しく探させる」

 

 終わっていない。

 まだ何も終わっていない。まだ何も解決していない。

 

「……育ちの"不都合"に関しては……ちと煩いぞ、私は」

 

 いつも以上に徹底的に、だ。

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