女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

70 / 150
第六十五話「アルキメデスのポンプ」

 事態は混迷しているし、謎が謎を呼んでいる……けれど、流れ自体は良い方向に行っていると言える。

 智者。ヒトであろうと鬼であろうと関係なくそれらが手を取り合い、己の持つ知恵を出し合って事態を解決へと導こうとしているのだ。

 これが悪い流れであると、私は思えない。

 

 ただ、同時に。

 

「……現帝、か」

「祆蘭。あまり口にしない方が良い。防音輝術も、上位の輝術師には抜かれる可能性がある」

「む……そうか。そうだな。そうするよ」

 

 前に鈴李が帝へと伝達をしていたことを覚えている。

 仮に帝が鬼であるのなら、伝達は伝わらないはず。ただし偽周遠(ヂョウユェン)へと進史さんが伝達をすることができた例を考えるに、やっぱり個人を特定して伝達を飛ばしているのではなく、電話帳的な、電話番号的なものから飛ばしているのだと推察できる。

 それならば……影武者みたいななにかを用意しておけば、騙すことは可能、か?

 

 ……やはり輝術についての知識が足りなさすぎるな。

 今は待ちのターンとはいえ……どこかでどうにかして学ばねば。

 

「それで、祆蘭。今作っているものはなんなの」

「ん、ああ」

 

 今作っているもの。

 金属板を柔らかくして螺旋状に形成し、グラインダーを使ってその表面を滑らかにする、という作業をずーっとやっている。

 

 まぁ、いつか作ろうと思っていたものの一つだ。

 

「『アルキメデスのポンプ』だ。前に作った『コンストホンティン』に並ぶ、水力系の細工だな」

「……意地悪」

「おいおい、『漢字』以外も覚えたいと言い出したのはそっちだろうに」

 

 烈豊(リィェフォン)の両親から聞いた話や、私自身が気付いたこと、媧からの進言。そしてあの時の交流から、「遮光鉱ともっと対話すべきである」ということを理解した。

 便宜上「四文字」と呼んでいる彼らには意思があり、未だ友好的ではないものの、言語を有していてこちらに多少の心を開いてくれる余裕がある。なれば、あの鏃に宿った者だけでなく、もっと多くの遮光鉱と「対話」をして、友好関係を結ぶことができればあるいは、と。

 よって作るのがアルキメデスのポンプだ。遮光鉱中毒にならないよう機械で遮光鉱を採掘し、且つ余計な……つまり石油とか石炭とかソッチ系に走らないよう最小限の労力で最大限の採掘ができる。遮光鉱の通常状態が液体であればこそだし、創り方を考えればメンテナンスもしやすくなる。

 

 なお、今の「ひらがな」と「カタカナ」については、輝夜術についてが少々判明した時に零した「ニホンゴ」というワードを耳聡く聞き取り忘れていなかった祭唄が──無論「日本語」はひらがなではないのだが──明らかに漢文チックな言葉とは違うものであることを指摘。それも教えて、とせびって来たのである。

 だから祭唄と二人きりの時はこうしてわざと「ひらがな」や「カタカナ」を増やすようにしている。……無論、ほとんど聞き取れないようだけど。

 この世界の人は、多分に漏れず祭唄も「規格」で言葉を判断している。だから前世の言葉についても、まず私が発声による規格を教えて、それを祭唄が覚えて、こっちが組み合わせたものを祭唄が自分の中で組み立てて……というかなり面倒な翻訳を行う必要があり、それは文字を覚えることの数百倍難しいことなのだろう。

 だから「漢字」と違ってこっちは気長に待つ。わからなくてもいいことだしな。

 

 さて、アルキメデスのポンプの話に移ろう。

 といってもこれ、仕組みは単純だ。軸に螺旋形の面をつけて、筒で囲む。あとは軸を回転させる機構をつけるだけでOK。

 

 今作っているものはミニチュア版で、鈴李か進史さんか、あるいは烈豊あたりに認可を貰ってどっかの遮光鉱鉱山に巨大なものを設置したい所存。

 

「……よし。ま、とりあえずこんなものだろう」

 

 出来上がったのは横幅三十厘米(cm)、高さ十五厘米のミニチュア版アルキメデスのポンプ。

 これの下端をあらかじめ用意しておいた水槽に浸けて、頭の方についているハンドルをぐるぐる回す。

 

 すると、ゆっくりと……ではあるけれど、水が筒の中を昇り始めたではないか。

 

「完成?」

「ああ」

「……私も回してみて良い?」

「勿論いいが、『ハンドル』を折らないようにな」

「……。……取手のことを、『ハ』、『ン』……『ロ』? 『ル』? とは発音した?」

「不正解だ。祭唄はDの発音が苦手だな」

「頑張る」

「ああ、頑張れ」

 

 アジア人チックな世界だから普通にRとL、あるいは擦過音が苦手なのかと思いきや、Dが難しいらしい。……別にDに一族とか関係ないぞ。

 これが個人差なのか世界全体のことなのかはわからないけど、まぁ、その辺も気長で良いだろう。目下注目すべきことではない。

 あくまで暇潰しというか、片手間にしなければならないことだ。

 

 どうするか。

 

 現帝陣営をどうするか……については、まぁ実際のところ、私にできることなんか薬にもしたくない。

 輝術に長けている人達……烈豊、黒根君などに任せるしかないというのが現状だ。

 

 権力的にも能力的にもどうにもならない。さしもの私とて、黄州、黄宮廷へ単身突っ込んで帝殺してハイ終わり、が無理な事くらいわかる。というかまだ確定していないことが多すぎてただの狂気的殺人になりかねんしな。

 だから……だからこうして、アプローチを変えたものを作っている。

 

 自己への没入。それによる媧との対話によって、ある程度の展望は見えた。

 つまり、どのようにして世界を出るかの展望だ。

 

 気球やら飛行機やらを作る、のではなく。

 あくまで私が私としてできることで、世界を出る。

 

「小祆~、いる~?」

「ん。なんだ、夜雀様。いるぞ~」

「良かった! ちょっと来て~」

「おー」

 

 何か呼ばれた。

 祭唄に目配せをすると、頷きが返ってくる。……えっと、一緒には来ない……のかな?

 

 立ち上がってもついてくる気配はない。

 ……え、あれか。辱められるとかそういう系?

 

「小祆~?」

「あ、ああ。今行くよ」

 

 自室から出る。出ると……夜雀さんと……えっと。

 見たことはあるけど、交流のない人がいた。白金色の目をした、この世界的に見てもかなり珍しい金髪の女性。一層で給仕をしていることが多い他、風の当たる場所で優雅に笑っているところを時たま見ていて、「なんでこの人だけ雰囲気がヨーロピアン貴族なんだろう」って思っていた人。

 

「すまん、名前を覚えていない。名前を教えてほしい」

「問題ありませんよ、お嬢様。名乗っていませんから。──改めまして。篠倶(シァォジェ)と申します」

「敬語は必要か? といっても大したものは話せんが」

「いいえ。むしろ私が敬わせてください。──祆蘭お嬢様」

 

 一歩、身を引いてしまう。

 私を敬う。つまり私の特別性を知っているということ。どれだ。なんだ。何を知られたらそんな敬いが発生し──。

 

「その! 小さな身の丈で、ぶっきらぼうでがさつで、けれど器用で仲間想い! 且つ人を導く力強い声!! 完!! 璧!! ですわ!!!」

 

 なるほど夜雀さんと同じ危険人物。

 逃げよう。

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 脇から手を入れられて、持ち上げられて……頬擦りされる。

 

「……祭唄、出てこ……ありゃ、扉固めているってことは、逃げたね~。愛娘賞盟(アイニャンシャンモン)にとっては祭唄も対象なのに」

「あ、アイツ、そういうことか!!」

 

 ゆずの香りのする金髪。頬擦りされるたびにそれが鼻腔を擽って、なんだかリラックスしてくる。……それが狙いか!!

 

「ま、小祆を捕まえられただけよし! じゃあ行こうか篠倶」

「はぁい。……ふふ、大丈夫でございますよ、祆蘭お嬢様。何も怖い所はありませんからねえ~」

 

 そうして、私は誘拐された。

 

 

 

 茶會(チャフゥイ)、というらしい。

 

 青宮城内のある一室。そこに集まっている女性十人ほど。

 彼女らは静かに目の前にあるもの──茶器へと、真剣に向き合っている。

 

 つまりお茶会である。

 

「ほら、祆蘭お嬢様。これを飲んでみてくださいな」

「あ、ああ。……場違いにも程が無いか、私」

「大丈夫ですわ。ここにいる皆さん、全員が可愛らしい娘を愛でる同盟(愛娘賞盟)の方々なので、何をしても構いません」

「いかつい同盟だな……。はぁ、それで……この茶を飲めばいいのか」

 

 出された茶。黄色と白の中間色のようなそれは、鼻を突き抜けるような香りと、少し目がしらに来るような匂いを両立させている。

 毒……なワケはないけれど、初めて飲むものなので、少しだけ恐る恐る口を付ける。

 

 む。

 

「濃厚で……甘いな」

「はい。こちらは赤州が阮萬(ルァンワン)で採れた茶葉を用いた、阮萬猴魁(ルァンワンホウクイ)というお茶で、女性にはとても人気なのですよ」

「ほー。茶畑の違いか?」

「あとは、揉念(ロウニン)……発酵段階の違いですわ」

 

 慣れない味だけど、苦手ではない。

 紅茶ではないのだろう。どちらかというと緑茶の類。……うむ、好みがどうのはもう散々述べた話だからどうにもならんが、別に嫌いでもないな。

 

「小祆、こっちはどう?」

「ん……色は、ほとんど同じだな。これは?」

碧螺朗(ビールオルァン)。ある湖の周辺にだけ生える茶葉で、巻貝のようにねじ曲がっている葉が特徴的な茶葉ですわ。この茶器一杯に六万枚の葉を要する高級茶です」

「……そんなものをいきなり飲ませるな。私は平民だから、価値が分からん。勿体ないだろう」

「味は? 味は?」

「いや美味いが……」

「よかった~! 私もこれ、好きなんだよね!」

 

 ……貴族だ。そういえば貴族だった。

 

「祆蘭さん、こちらはどうでしょうか。碧螺朗よりは些か価値の劣るものですが……」

「いやなんであなたまで私にそんな言葉づかいを……まぁ飲むが」

 

 こっちは完全に黄色いお茶。中国といえば茶葉の本場だけど、本当に色々あるんだなぁ、なんて考えながら飲む。

 

「青州と黒州の州境にある示硯山(シイェンシャン)。そこには湖が一つありまして、その湖のなかには小島が浮かんでいるのです。名を山に同じく示硯。そこでしか採ることのできない茶葉でして、芽だけを使用する黄芽茶の中でも白い毛の残る若葉だけを使う超高級品。示硯銀針(シイェンインヂェン)というお茶になります」

「なんだか……かなり高そうだが……」

 

 飲む。……一瞬紅茶かと思ったけど、違う。のど越しが爽やかで、これもまた甘い。……甘いお茶しかないのか?

 そろそろバランスを取って渋い茶をだな。

 

「ではこちらをどうぞ。梅占(メイジャン)というお茶ですわ」

 

 私の心を読んだかのように適切なタイミングで新たなお茶を淹れてくれる篠倶。

 ちなみになぜかずーっと抱えられていて、後頭部には柔らかで暖かな膨らみがある。

 

「お……良いな。香り自体は甘い馥郁としたものだが、ほろ苦く……落ち着く。日常的に飲みたいくらいには良いな、これ」

「小祆は苦いお茶が好きなんだね~。おっとな~」

「この程度を苦いなどと言うわけがないだろう。茶など、もっと苦くて渋いものが多くある」

「それでしたら、これはどうですか? 鉄羅漢(ティエルオハン)というお茶で」

「おー。……お、おお。結構クセが強いな。薬湯……ではなく、普通に茶なのか」

「ならこっち! こっちはどう? 楊山包種(ヤンザンホウシュ)ってお茶でね!」

「これは、他と比べて随分とさっぱりしているな。うむ……これも良い」

「じゃあ」

「なら」

「私の!!」

 

 さて。

 一応どこまでの危険集団かを見たかったのだけど、どうなのだろうな。

 カマだけかけてみるか。

 

「すまん、そろそろ厠に」

「あ、こっち! こっちのお茶は」

「やはりそういう集団かお前達」

 

 ──戦慄が走る。

 みんな……バツの悪そうに、顔を背け始めた。

 

「一言。──最悪だな」

「い、いやあのね? 漏らさせるまではしないんだよ小祆、ただ我慢に震える姿が可愛くて……」

「語るに落ちたな夜雀様。……で、この会合。進史様は知っているのか?」

「ええと……まぁ、茶會として受理されていますわ」

「ふむふむ。ところでな、お前達。私は平民で、当然輝術を使うことはできないが……青清君だけになら声を届ける術を有している。──さてどうする」

「ごめんなさいをします」

「よろしい」

 

 まったく、こっちは世界のことで頭を悩ませているというのに、こんなふざけた会合に付き合わされるとは。

 

 ──だから、やもしれぬな。

 ──青宮城に帰ってきてから……お前はずっと悩み顔を消さなかった。あの人間たちは、お前を和ませようとしたのではないか?

 

 なんだその……その、人間に寄り添うような発言。

 媧らしく、というか鬼子母神らしくないぞ。

 

「あ、あの──祆蘭お嬢様!」

「なんだ」

「その……厠ではなく、湯浴み場で、共に、というのは……」

 

 ──訂正する。この金髪女だけは超級の危険人物だ、逃げろ。

 

 頬を赤らめてあり得んことをのたまう篠倶さんからは、勿論逃げた。

 この件は進史さんに報告させてもらいまーす。

 

 

 

 まったく、酷い目に遭った……というよりは、酷い目に遭う前に逃げ切ることができた、というべきか。

 しっかし、青宮城ってああいう……なんだろう、サークルみたいなものあるんだな。もっとドのつくエリートの集まりで、日夜仕事しかしていないものだとばかり。

 ああでも蘆元(ルーユェン)も趣味を隠れてやっているわけだし、蜜祆(ミィシェン)さんの研究も半ば趣味みたいなもんだし、案外そんなものなのか?

 

 凝った肩やら何やらをぐぅと伸ばしながら自室へ戻る……直前。

 すぐに両手を合わせて、顔を伏せる。そのまま立ち止まり……()が過ぎ去るのを待つ。

 

 ──お前を嫌う輝術師は消えぬか。

 

 ま、仕方のない事だ。

 そもそもが平民。世界の成り立ちを思えば、初めから平民の血というものにも嫌悪感があって然るべきだし、そうでなくとも学のない子供が鈴李に目を付けられて特別扱い、なんて……良い気持ちで見ることのできる奴の方が少数だろう。

 私に良くしてくれるのは、あくまで私がどういう存在なのかを知っている人。且つ、それに嫌悪感を覚えない人だけだ。

 顔を伏せずとも直接の文句は言われないだろうが、こちらの対応し得ることで快不快を不快に傾けたいとも思わん。これで排斥して来るようならこちらも「考え」たが、そんな度胸はなかろうよ。鈴李には逆らえんだろうからな。

 

 さて、そんな貴族が二層へ上がっていったことを確認して、ようやく顔を上げる。

 上げるとそこに裏切り者がいた。

 

「……今、私のこと裏切り者、って思ったでしょ」

「事実だろう」

「変態の餌食になる気はないだけ。……それよりなんで頭を伏せていたの? もう必要ない」

 

 自室の前にいたからだろう、気配を察知して出て来たらしい祭唄に、媧にしたものと同じ説明をする。

 すると彼女はぷくりと頬を膨らませた。……お前、本当に成人女性か? 小娘にしか……。

 

「そろそろ気付いた方が良い。祆蘭、あなたには中位貴族程度の権限が与えられている。そこまで身分を気にする必要はない」

「……は? え、いつ?」

「祆蘭が赤州から帰って来たあたりから。罪人ではなくなったあたりから。……勿論青宮城の中で、だけだけど。青清君の目の届く範囲では祆蘭の言動に牙を立ててはいけない。そういう触れが出ている」

「知らされていないが」

「聞かれない限りは言うな、とは進史様から言われていた」

「聞いていないが」

「だからそろそろ気付くべきだと言った。もし権限の無い平民扱いのままなら、こんなに自由に城を歩き回ることなんてできていないし、その下手な敬語も許されていない」

 

 ふむ。

 まぁ……確かに?

 

「だが、いいのか。平民だぞこっちは」

「前にも一度言ったけど、青宮城は実力主義。輝術を使わずとも輝術師の一人や二人打ち倒せる祆蘭を、単なる平民として扱うわけにはいかない。また知識も力であり、祆蘭の智慧に劣る貴族なんていくらでもいる。文武双方において強き者は相応の責任を負わねばならない……とは進史様談」

「ならなぜ聞かれない限り教えなくていい、などと?」

「それは多分、進史様の気遣い。大きな声では言えないけど下手な気遣い。……前から進史様は、祆蘭を頼り過ぎていることを恥じていたし、責任を負わせるべきではないと……もし負わせるのなら、その負荷を自分たちも共有できるようにしておかねばならない、という旨を言っていた。多分それ」

 

 あー。

 なんか、言ってたな。「お前が間違った場合にお前がどれほど心に傷を負うのか考えてなかった」みたいな話。

 くだらん長話だから蹴っ飛ばした記憶しかないが、それで言わないでいたのなら……うーん。気遣いの方向性が違うというか。

 

 進史さんもなー。仕事はできるんだけど、精神面が子供なんだよなぁ。

 烈豊の方がまだ大人なくらいだぞ。まぁ烈豊が大人過ぎる、ってのはあるんだけど。

 

 ……そういえば私、進史さんについて詳しく知らないな。

 

「なぁ祭唄、進史様ってどこの生まれなんだ?」

「多分青宮廷」

「……多分?」

「進史様は顔が良いことと付き人であることで元から有名人であったのは事実だけど、私は結婚に興味が無いから調べたことがない。ただ、青宮廷出身であることはほぼ確定だと思う。輝霊院卒だし」

 

 ああ、なんだっけ。第七十一期生? だっけ。前に劾瞬(フェァシュン)さんが話していたやつ。

 ……うーん?

 

「なぁ祭唄」

「とりあえず中に入らない? 立ち話ですることじゃない」

「ああ……そうだな。そうだった」

 

 廊下で話していると、また面倒事になりかねんしな。

 

 して──自室にて、問う。

 

「そもそも輝霊院というのは、確か輝術についてを総合的に扱う部署のようなもの、だったよな」

「うん。輝術師同士の諍い、輝術でなければ直せない破損、あるいは構築。そして幽鬼関連の対応。あくまで総合的な施設であって専門的な施設ではないから、専門性を辿るのならば他を当たる必要がある。そういう場所へも斡旋や紹介をしてくれる」

「進史様は第七十一期生らしいのだが、輝霊院の、ということでいいのか?」

「ああ……。えっと、つまり、さっきも言った通り輝霊院は総合的な施設。その中に、輝術や戦に関する勉学を行うことのできる施設が存在する。輝術に関しては基本己の家で扱いを学びきるものではあるけれど、さらに突き詰めたい者、あるいは家での制御が上手く行かなかった者などは輝霊院の学び舎で学ぶことになる」

 

 成程。輝霊院というのはかなりの複合施設……職業安定所であり学校であり商業施設であり傭兵ギルドであり、みたいな場所、と。

 ……なんでそんなに機能を纏めているのだろう。腐敗したら終わりでは?

 

「しかし、七十一期生とはどういうことだ。七十一年前に発足したのか?」

「ううん。発足は確か二百年前とか。死霊院の話はしたでしょ? あれが併合された時と同じくらいだから、多分その辺」

「あー……つまり、毎年入院者を募集しているわけではない、というだけか」

「そう。どれほどの期間でどれほどの人数を入れるのかは知らないけれど、宮廷全体へ時折募集がかかる。輝霊院に子供を入れませんか、というような。だから、高位貴族は輝霊院出身でない輝術師が多い。教育など全て己が家でやって、位階の関係ない貴族の集まる学び舎になど学ぶべきことは無い、と考える貴族も少なくはないから」

「実際のところどうなんだ。切磋琢磨した方が輝術の力量は上がるのか?」

「ううん。ほとんど生まれつき。州君が元から州君であるように。私が今とても危険な方法で力量を上げているように、普通は変わらない。ただ輝術師同士の連係や戦闘への転用、及び剣術、馬術、投擲術なんかが学べるから、決して無駄ではない」

 

 成程なぁ。成程成程。

 ……そうなってくると。

 

「だめ」

「えー」

 

 もう祭唄との間に「まだ何も言っていないのに」みたいなやり取りは発生しない。

 

「言っては何だけど、輝霊院の学び舎にいる貴族は、精神的に未熟である者が多い」

「私を心配している……目ではないな、それは」

「うん。祆蘭の言葉は毒素が強い。どれほど丁寧さを取り繕っていても、あなたの思想に触れるだけで未成熟な子供が邪道に走りかねない」

「おい、ひとを危険物のように言うな」

「自分の言葉は毒で、芯が無ければ子供には向かない。祆蘭が言った言葉でしょ。今並から聞いた」

 

 ぐ。……その通りではある。

 あるが。

 

「確か、姿と声を変える輝術があったよな」

「姿と声が変わっても中身は変わらない。だし、輝霊院なんだからそんなの見抜かれる」

「無論輝霊院には伝達を入れてからだ。名目としてはアリだろう。昨今成り済ましなんてものをしてくる奴らが敵方にいる以上、私の偽装程度を見抜けないでどうする。姿と声を変えられたとて、注視すれば貴族か平民か……つまり、輝術の力量が明らかに低いかどうか、というのはわかるのだろう?」

「……少し妥当性があるように聞こえて来た。確認を取ってみる」

 

 よーし詭弁小娘今尚健在!

 ふっふっふ、「それっぽい理由」を即興で作ることにかけては私の右に出る者はいないぞ!

 

「……。……許可が出てしまった」

「うむ。では祭唄、折角だからお前もだ」

「え?」

「設定は、そうだな。ちょっとしたお偉いさんの伝手で、もう少しで輝霊院の募集があることを知っている貴族御令嬢二人。学び舎に興味津々で、見学をしに来た。……どうだ」

「……まぁ、要人護衛として祆蘭の隣にいるのは、そうするのが最適、だけど……もしかして私に学童のふりをしろ、と言っている?」

「安心しろ。お前は案外普通にしていても子供っぽぎゅむ」

 

 頬を掴まれる。

 そういえば気にしてたな。

 

「はぁ。……まぁ、夜雀はこういう演技に向かないから、いいけど」

「要人護衛は演技が下手だと青清君や進史様から聞いたような」

「私は普通にしていても子供っぽいんでしょ。ならいい。……輝霊院に連絡を取り付ける。ただ、くれぐれも」

「わかっているわかっている。学徒におかしな思想は押し付けないし、無断で動くことは無い! これでいいな?」

「あと口調。最初の頃の頑張った丁寧口調にして。まだ通せる」

「う……わかった」

「それと、文字が読めないことが露見するのもよくないから、最低限の……輝霊院にあるであろう文字板を見せる。覚えて」

「あ、ああ。ちなみにいくつくらい」

「五十はくだらない」

「……言語の形を成していれば覚えられるのだがなぁ」

「私達にとっては言語。祆蘭がやるって言い出したんだから、最後までやること」

 

 ──ク、段々と尻に敷かれ始めたな。良いぞ、お前が押されている姿は見応えがある。もっと弱れ。

 

 くだらん茶々いれるようなら脳内で般若波羅蜜多心経と旧約聖書とバガヴァッド・ギーターとタルムードを永遠に唱え続けてやろうか。後者二つはほぼ雰囲気だが。

 

 ──やめろうるさい。

 

「あと……折角だから、というのなら──おめかし、しよう」

「ん? お前、着物着るの嫌って言ってなかったか」

「私も嫌だけど祆蘭が嫌がるなら我慢できる」

 

 おっと結衣みたいなこと言い出したぞ。

 それになると無敵になるからやめなさい。

 

 ああ、しかし、無常なるかな。

 

「祭唄! 祭唄!」

「祭唄様!!」

 

 ノックも断りも入れずに扉をぶち破って来たのは……愛娘賞盟(アイニャンシャンモン)の連中。

 

「多少の容姿偽装の輝術を施したのち、お二人を着飾っても良い、というのは本当ですか!?」

「存分にやって。今回は受け入れる」

「何があったのか知らないけどやったぁ! 私、一回祭唄を好きに……じゃなくて、自分好みにしてみたかったんだよね~!」

「夜雀様。言い直せていない言い直せていない」

 

 まぁ。

 あれよあれよ、である。

 

 

 

 そうして完成したのが、二人の少女。

 普段の黒と青の中間色のような髪色から栗色の髪へと変わった祭唄は、元々幼かった顔つきをさらに若干幼く、ふにっとして。相手に少しだけ「つまらなさそうだな」と感じさせてしまうようなジト目も少しだけ整えて柔らかめにして。

 逆に私は黒緑の髪を完全に黒くし、まぁ一応私の代名詞といえなくもない長い髪を偽装で完全に隠したあと、祭唄や夜雀さん曰く「万事が解決した祆蘭」「悩みごとの無くなった小祆!」と言われるぐらい、眉間の皺やらつり目やら何やらを隠してもらい。

 

「おお……面白い。声が若干高いな」

「口調」

「ん。……面白いです。私の声、少しばかり高いでございますですわ?」

「……頑張り過ぎておかしくなっている。もう少し崩していいい」

「その塩梅が難しいから敬語が難しいと言っているんだがな……」

 

 ヘリウムガスを吸った時とはちょっと違う。声紋認証があったら確実に別人に認識されるだろう声。

 それを放つ二人。私と祭唄。

 

「ふふ、けれど……祭唄。あなたも似合っているぞ……わ。髪色が明るくなれば、なんだ、暖色系も似合うじゃないか……ですわ」

「そっちこそ。花柄のお着物、可愛い。工具を他人に向けるとかしなさそう」

「……祭唄こそ口調を変えたらどうなん……ですかの?」

「別に、未成熟児ならこういう話し方の子はいる。それより名前の方も今から直して。露見する」

 

 ずるい。簡単に言うけどな、日本語をこの世界の言葉……規格語とでもいうべきものに変換して、さらに発音と発話する際の口の形まで揃えて、をさらにさらに普段使いの口調から変える、というのは至難なんだぞ。

 お前も味わえ。ひらがなで喋れ。

 

「今日はよろしくお願いしまするわね、香伝(シィァンユン)

「うん、よろしく。雛鳥(チュニャォ)

 

 よし、まぁ、これで完全に別人、だな。

 

 ──ふふ。ククククッ、いいじゃないか、雛鳥! お前からかけ離れた言葉だな!

 

 サルヴェンドリヤグナーバーサン、サルヴェンドリヤヴィヴァルジタム。アサクタン、サルヴァブリッチャイヴァ、ニルグナン、グナボークトリ チャ。マラニルモーチャナン、プンサーン、ジャラスナーナン、ディネ ディネ。サクリッドギータームバシ、スナーナン、サンサーラマラナーシャナン2、アクリッティヤマピ、クルヴァーノー、ブンジャーノーピ、ヤター、タター。カダーチンナーカラン、ドゥッカン……。

 

 ──ああわかったわかった。謝るから自分でもよくわかっていないものを唱えるのはやめろ!

 

 ふん。

 わかればいいんだわかれば。

 ……しかし、子供のふりか。それができていれば……私、今ここにいないんじゃないか?

 

 ま、なんとかなるか!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。