女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第六十四話「映像記録」

 その報せが入ったのは手首の骨折がそろそろ治りそうだな、という頃合いだった。

 

「は……点展(デンヂャン)が、自害……?」

「……ああ。緑宮廷の獄中で、服毒による自殺をしていたとの報告が入った。おれも……確かめに行ったけど、……偽の死体とかではなく、確実に点展だったよ」

「服毒自殺か。……服毒自殺だと……話が変わってくるな」

 

 思い起こすは弟子を殺して己も死んで、鬼となったあのおっさん。

 薬物密売組織たる睡蓮塔(シュィリィェンター)が彼に与していたのだから、似たような薬物くらい簡単に調達できそうなものだな、と。

 ただその場合……幽鬼となっている可能性のある点展が、どうにかして拡大鏡の役割をする紋様を展開させる必要があるわけだけど。

 

 緑涼君の顔色は……思ったよりかは、悪くない。覚悟が決まり切っているのか、あるいは別の理由があるのか。

 長年連れ添った付き人の裏切りと自死なんて相当堪えそうなものなのに、さっぱりしている……のかな。

 

「なんにせよ、とりあえず報告を挙げるよ。……まず、睡蓮塔と一部貴族、そして平民。つまり、君を誘拐しようとした連中についてだ。彼らは"(とこしなえ)の命"に釣られた者が大半で、その売り文句の中にはこういう一文があったそうだ」

 

 そう言って紙を見せてくれる緑涼君。

 ふふん。

 

「まさかここまで偉そうな私が文字の読み書き一つできんとは思うまい」

「えっ、あっ、そうなのか!? ごめん、……んじゃ、読み上げる。"(とこしなえ)の命"の材料は鬼である。しかし、鬼を捕まえることは至難。けれど安心しろ。鬼を従えし平民が存在する。彼の者ならば、容易に鬼を調達できるだろう、と」

「……」

「……」

 

 普通に考えるのであれば、その売り文句を……あるいは情報を流したのは笈溌だ。なぜなら彼は、私が鬼を従えているところを見ているから。だけど……笈溌が私に喧嘩を売ってくるとも思えないんだよな。

 誰だ、そこまでの詳細を知っている奴って。

 

「だから、最初におれに成り済ましていたやつがいただろ? あいつから情報を吐き出させた時、言ってたよ。殺す気は本当に無かった、って。あの子には鬼を調達してもらわないといけないから、保護するだけのつもりだった、ってさ」

「保護、ね」

 

 思いっきり誘拐だったけど。

 ……不快だな、色々と。

 

「次に点展についてだ。点展は……正直、ほとんどを話してはくれなかった。どうして祆蘭を攻撃したのかも、君の証言した"歩を遅らせることができれば充分だ"という発言の意図も、どうして点展が……穢れの主、だったか。あれを顕現させようとしていたのかも」

「その口振りから察するに、唯一吐いた言葉があるのだな」

「そうだ。点展は言ったよ。"緑涼君。このままあの娘を歩ませてはなりませぬ。必ずや世界を壊すだろうあの娘は、けれどまだ()()のです。"と。……心当たりはあるか?」

「心当たりはない。ないが、気になるな。……私が世界を壊すというのは……どういうことだ」

 

 ──私達を連れて世界の外に出ること、ではないのか?

 

 仮にそうだとして、なぜそれを点展が知っている。

 私と媧、桃湯と今潮くらいしか知らん話だろう。あと伏。

 

「早い、ということは、点展たちも世界を壊す気でいる、ということだ。……やはりどうにかして笈溌と話し合いの場を設ける必要があるな」

「笈溌、というのは?」

「ボクの州きっての天才科学者三人衆のうちの一人だね」

「黒州きっての犯罪科学者三人衆のうちの一人」

「おおい! 凛凛はまだ何もしてないだろう! その言い方は良くないぞ祭唄!!」

 

 いつの間にかとても仲良くなっているようで何よりだけど、今は措いて擱いて。

 

 恐らく意図的に避けられているのだろうことは理解している。

 であるならば……玻璃、あるは奔迹(ベンジー)に探してもらうとか、か?

 ただ……やっぱりどうしても、紊鳬(ウェンフー)さんのいる黄州には苦手意識があるんだよな。そういえば彼女、意識を取り戻したのだろうか。

 

「世界を壊す、ね。大それた話にしか聞こえないけど……現実的な話なんだな、君の中では」

「ああ」

「……よし、わかった。今回の件でおれは君に負い目を覚えた。だから、困りごとがあればなんでも頼ってくれ。世界を壊す、なんて話は当然おれにも関わってくる話だろうこと、その上で今回の君の働きを考えれば、君が善性であることは一目瞭然だ。だから君は、意味があって、それをしなければ誰かが損なわれるという事実あって、世界を壊すのだろう。──そんな君の背を、おれは押したいと思う」

「此度の件はたまたま噛み合っただけだろうに。大げさな奴だな」

「ああ、おれは大げさな奴なんだ。……今でも鬼は嫌いだ。点展が自決を選んだ理由も一切理解ができない。君を中心に何かが渦巻いていて、おれの日常はそれに飲み込まれてしまったのだろう、ってことくらいしかわからない。……それでもおれは、自分の手で、自分の足で前に進みたいから、やりたいことをやる」

 

 最年少の州君。十五歳の少年。

 

「黒根君。そして、要人護衛の……祭唄さん」

「うん」

「ん」

「祆蘭を傷つけたおれには、この言葉を言う資格がないのかもしれないけれど、言わせてほしい。──おれも、可能な限り彼女を守るから……何か情報があれば、共有してほしいんだ」

「ボクは構わないよ。……フフ、いがみ合うとまではいかないけれど、帝の座を狙う各州の州君が今、祆蘭を中心に手を取り合おうとしている。青州、黒州、黄州、直接的じゃないけど赤州も。そしてそこに緑州が加わったとなれば、ボクらに勝る者はいないだろう」

「私から言うことは何も無い。私はあくまで祆蘭の要人護衛。……今回も守ることができなかった。……早く強くならないと、置いて行かれてしまう。そこに黒根君や緑涼君が入ってきたら……私の立つ瀬が無くなる。だから何も言わないけど、困り顔はしておく」

 

 素直なことで。

 そして緑涼君は、最後にもう一度私を見た。

 

「もうすぐで、緑州を立つのだと思う。……その前に、君に会って欲しい人がいるんだ」

「私に?」

「おれが個人的に会わせたい人だ。……危険はないと約束するし、信用できないなら二人を連れて来てくれても構わない。どうかな」

「ふむ。別に断る理由もないな」

「そうか。ありがとう。じゃあ、日程調整をするから、連絡を待っていてくれ」

「ああ」

 

 誰だろう、私に会わせたい人って。

 ……過去の文献の何かしらを知っている人、とか? ああそうだ、緑州から帰る前に『輝園』に立ち寄りたかったんだ。忘れていたな。

 

 

 

 緑涼君に連れられて来たのは、緑宮廷からそれなりに離れた鄭景(ヂォンジン)という街。

 貴族街であるにしては閑散とした……あまり貴族然としていない街。

 

「良い風が吹いているね。流石は風に秀でる緑州だ」

「ははは……それ、緑州に住んでいるおれ達からしてもよくわからないんだけどな。青州だって、水に秀でるとは謳っているけれど、その実そう大した効果を持っていないんだろ、あの水は」

「大人の矜持」

「ま、黒州もそうだよ。木に秀でる、なんて言われているから木工に着手する者が多いけれど、生えている樹木自体は天染峰のどこにでもあるもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……。

 それは雑談であるのに……どこか気になる言葉だった。

 では、なんのために。

 

「え……烈豊(リィェフォン)?」

 

 疑問が口に結ばれることはなかった。

 かき消すように、可愛らしい少女の声が私達にかけられたからだ。

 

 声のする方を見れば、そこそこ上質そうな小袖を着た少女が一人。いや、少女……十六か十七歳くらいだろうから、……いやでも少女か。

 とにかくその子は、わなわなと震える瞳で一人を……緑涼君を見ている。

 

「おう、恋猫(レンマオ)。帰った──どふっ」

 

 凄まじい加速。私には見えなかったけど、恐らく輝術を用いた爆発的な加速力を用い、その少女は緑涼君の腹に頭突きをかましたらしかった。

 うむ。

 

「じゃあ、ここは若い子同士で……」

「けほっ、待て待て、待ってくれ! おれと恋猫はそういう関係じゃない!」

「そんな、ひっどーい!! あんなに愛した仲なのに、捨てるって言うの!? 州君になったからって調子乗ってるんじゃない、烈豊!」

「ほー。可愛い顔してやっていることはやっているのだな。どう思う、専門家の黒根君」

「少年少女の恋物語というものにはあまり興味のないボクだけど、敢えて言わせてもらうなら……乙女心を弄ぶのは良くないよ、緑涼君」

「だから違うって! 恋猫はおれのねーちゃんだよ! 姐姐(ジェジェ)!!」

 

 まぁそんなこったろーとは思っていた。髪色と目の色が似ているし。

 ……あれ、でも。

 

「家族は鬼に、と聞いていたが」

「祆蘭、それは踏み込み過ぎ」

「緑涼君なら気にせんだろう。不快に思ったのなら謝るが」

「姐は姐でも、義理の姐だからね! だから烈豊と婚姻を結ぶのも合法!!」

 

 おっと危険人物。

 なるほどなぁ。

 

「……えーと、私に会わせたい人物は、彼女でいいのか」

「違う違う! こんな暴力女と会わせて得られるものなんグェェェ」

「だーれが暴力女よ! 小さい頃は一緒に湯浴みをして、お互いの肌を見せ合った仲でしょ! その時私がふわりと抱きしめてあげて、そうしたら烈豊ったら、将来おれ姐姐と結婚する、とか言ってくれて……キャー!!」

「州君としての力の発露で輝術の制御が上手く出来なくて、抵抗するにもしようがないって俺の隙を突いて抱き着いてきて、こっちの首を絞める勢いで無理矢理"将来結婚するって言え"って言わせてきたのはそっちだろ!」

「ちなみに緑涼君は私の生着替えを見て興奮していたから、お前くらいの歳でも脈ナシではないと思うぞ。頑張れ恋猫」

「え!? なにそれなにそれ!! 聞きたい聞きたい!! と……あ、ごめんねほったらかしにして。初めまして! 私は烈豊……緑涼君の義理の姐で、恋猫っていいます! 烈豊の将来のお嫁さんです!」

 

 うむ。……こう……平成初期の、暴力ヒロイン感。

 おばさんには結構刺さるぞ。頑張れ恋猫。いいぞ恋猫。

 

「初めまして、だ。私は祆蘭。こっちが祭唄で、こっちが」

藺音(リンイン)、よ。よろしくね」

 

 ……ま、無難か。

 黒根君と名乗るとパニックになる可能性もあるしな。

 

「ええと……それで、三人はどうしてここに? 住んでいる私が言うのもなんだけど、何にもない街よ、ここ」

「緑涼君曰く、会わせたい人がいる、のだそうだ。詳細は知らん」

「……ってことは、師匠か! ちょっと待っててね、今呼んでくるから! ……烈豊、逃げたら承知しないから!!」

 

 ばびゅーん、なんてオノマトペと共に去っていく少女。

 元気印、という言葉が似合い過ぎる。……彼女が見えなくなると、一生ヘッドロックされていたところから解放されてボロ雑巾みたいになっていた緑涼君が……ゆっくりと起き上がった。

 

「……はぁ。見つからずに行けたら良かったのに」

「不躾な話、デキているのかお前達」

「不躾にも程があるだろ!? と、というか女の子がそういうことを言うな!」

「……? 何を言っている? 女の方がこのテの話題は得意。緑涼君は疎すぎ」

「まぁ、そうねぇ。男の子が聞いたら幻滅してしまうような話ばかりしているから……」

「……と、とにかく。とにかくだ。そう、恋猫の言う通り、おれが君達……というか祆蘭に会わせたかったのは師匠でさ」

「師匠、というのは、輝術の師匠か?」

「んー。精神的な、かな? 黒根君は知ってると思うけど、前代の緑涼君だよ」

「ああ、彼か。……成程、確かに祆蘭に会わせたら……面白そうだね」

 

 ほう。前代の緑涼君。

 あれ、でも州君って世襲制ではない、んだよな?

 

「……その辺の仕組み、よくわかっていないな。前代が死んだら次の代の州君が生まれる、とかではないのか」

「前にも言ったけど、州君の発生は完全なる不規則だ。規則性のある不規則。だけど、同一世代には各州必ず一人だけ、という決まりがある。これは自然とそうなるもの……というのも、前に話したよね」

「ああ、聞いた」

「輝術の力量というのは基本的には生まれてから死ぬまでの間に変わることがない。弱い人はいつまで経っても弱いまま、強い人は何を経ても強いまま。それが原則だ。だから小祆、君の言う通り、州君が死ななければ次の州君が生まれることがない……という感覚も理解できなくはない」

「実際は違う、と」

「うん。こればかりはまだボクも体験したことのないことだからわからないのだけど──」

 

 足音。大男というほどではないけれど、高身長そうな歩幅。一瞬トンカチを握ろうとしたけれど、騒がしい恋猫さんの足音があるのもわかったので気を抜く。

 

「──引き際を察するのですよ。ああ、私の代は終わったのですね、と。……初めまして、お嬢様方……に、黒根(ヘイゲン)

「ふふ、藺音(リンイン)とお呼びください、咲着(シャォシー)さん」

「……わかりました。藺音さん。お久しぶりですね」

 

 柔らかい印象のある好青年、と言った感じだった。

 師匠、そう呼ばれて来た男。咲着さん。

 

「師匠、久しぶりだな。先に伝達を入れた通りだ。この少女……祆蘭と話をして欲しい」

「いつも唐突ですね、烈豊は。それで、話とは?」

「知らん。緑涼君の言い出したことだ。……聞きたいことは、今できたが」

 

 ふと。

 このなんでもない雑談の最中に……威圧が放たれる。周囲、誰一人顔色を変えていない。つまり指向性のある威圧だ。

 なぜ今? なんて考えながら、言葉を待つ。

 

「……! ……祆蘭、といいましたか。平民のお嬢さん」

「ああ」

「藺音、烈豊。一刻程彼女を私に貸してください。見せなければならないものがあります」

「……二人だけか、師匠」

「ええ。と……そちらのお嬢様は……要人護衛の服装ですね。祆蘭さんの護衛、でしょうか?」

「はい。祭唄と申します。そして……申し訳ありませんが、あなたと祆蘭を二人きりにすることはできません。失礼を承知で言わせていただきますが、緑涼君の前科もあり、信用ができません」

「前科? ……ほう。烈豊、年下の少女に暴力を」

「え、烈豊そんなことを……!? さっきも小祆のお着替えをじろじろ見てたとか……」

「だから! さっきから全部説明を伝達しているだろ! おれは──」

 

 長くなりそうなので、祭唄にアイコンタクトを送る。

 彼女は……少し逡巡してから、……苦々し気に頷いてくれた。

 

 ピク、と咲着さんの片眉が上がる。情報伝達で、何か伝わったのかな。

 

「どこへ行くかだけ、教えてほしい」

「……緑州のはずれ。ある──()()()殿()

「え」

 

 顔を上げる。

 地下宮殿? ……それは、まさか。

 

「では、失礼しよう。──烈豊、お客様におもてなしをするように」

「わかってるさ。……一応言っておくけど、その子はおれにとっても庇護対象だ。……傷つけるなよ、師匠」

「はは……君は私を何だと思っているのかな。……それじゃ」

 

 ぶわ、と。

 花吹雪が巻き起こる。それと同時に、時の止まるような、体感の消えるような感覚が身を襲う。

 外の景色の見えなくなるほどの「吹雪」は、何が起きているのかを一切感じさせない。これはどういう輝術なのか、これをする必要があるのか。

 疑念は……疑念を形にする前に。

 

「着いたよ」

 

 辿り、着く。

 

 ──巨大な地下空洞。そこに建てられた、豪華絢爛な宮殿。

 あの日。墓祭りの日に見たそれと……ほぼ……いや。

 

「各州に存在する、()()()()()()()()()()()殿()。青宮城。緑麗城。黒犀城。赤塞城。黄金城。五州に存在する城は、色と吹き抜けにあるものこそ違えど、他に違いはない。下にある宮廷さえも同一だ」

「……そんなことが」

「君、この世界を壊す者だろう。……点展が自決したと烈豊から聞いたけれど、それは君が現れたからだね。……ついてくるといい」

 

 核心的なことは何も言わず、深淵へ……地下空洞を下っていく咲着さん。

 一応、トンカチを握る。右腕はまだ痺れが残っているから、左手で。

 

 やはり同一だ。

 あの日桃湯に運ばれて来た鬼の住処。根城。あれなる場所と、完全に同一。建築様式も松明の位置も、いいや、岩壁の凹凸に至るまで同一に見える。

 

「各地にあるこの宮殿は、(クー)と呼ばれていてね。この庫、廷、城の三つを以て、三古厥(サングージュェ)と呼ぶ。盤古閉天(シュェングービーテン)の頃より変わらぬ絶対の法則だ」

「……あなたはいったい幾つだ。前代の緑涼君、というだけではないのか?」

 

 勝手に灯されて行く松明と共に、奥へ、奥へ奥へ。

 近づけば近づくほどわかる。巨大で華美で、絢爛で──いや、サイズ感がおかしすぎる場所。

 あの時は遠目だったからわからなかったけど……人間が使うサイズではない、気がする。

 

「私は咲喜。あるいは別の名を──」

 

 口が勝手に動く。

 不満げに。つまらなさそうに。

 

(スェイ)。……久方振りだな」

「ああ、久方ぶりだね、(ウァー)

 

 そんなことを、紡ぎ吐いた。

 

 

「華胥の一族、という認識で良いのか」

「そうだね。ただ、単体で神たる伏や顕と違って、燧の一族はヒトの身を間借りする必要があった。だから私はこうして、咲着の中に住んでいる。あくまで同化することなく、共生している」

「私と媧と似た関係、か?」

「それは違うかな。君は媧に寄生されているようなものだ。まぁ、飼いならしてしまっているようだから、その表現は適当ではないのだけど……少なくとも燧たる我々は、咲着の意識を奪ってはいない。行使される力の一部となっている、が正しい表現だろう」

 

 ……よくわからん。

 わからんが。

 

「なぜ緑涼君は私とお前を引き合わせたがった。緑涼君にお前の正体を明かしているのか?」

「いいや。ただあの子は、持ち前の勘だけで辿り着いたのだろうね。私と君が、似た系譜にある、ということに」

「それは……勘や慧眼で済まされていい問題ではないだろう。何か別のものが見えているとしか思えん」

「違うよ。言っては何だけど、烈豊は普通の子だ。普通に良い子で、普通に明るい子で、誰にでも優しい子。ただそれだけである子。だから彼には、私達の秘密を見抜く力など備わっていない。……それでも彼が勘だけで真理を見つめることに成功したのは──君が関係している」

「私……。……符合の呼応、か」

「頭の回転が早いね」

 

 咲着さんは、柔らかく微笑みながら……中空に光の渦を作り出す。二重、三重になっている渦。中心にはひと際輝く星のようなもの。

 

「この中心にいるのが君だ。そして、一巻き目、一重目も、無数のくすんだ星を散りばめる」

 

 言葉の通り、渦巻きの中心にほど近い所へ散りばめられて行く光。

 

「これらは事件だ。出来事、と言い換えても良い。君の認識した、あらゆる出来事。それがこれ」

「……媧から聞いた、繰り返している、という話をしたいのか?」

「そうであり、そうではないよ。……君は強い渦を発している。だから、これら星は流れに沿って、外へ外へと追いやられる。けれど渦ではあるから……君が渦を辿って歩を進める限り、同じような事象に何度も出くわすことになる。烈豊が君と私に同じものを覚えたのは、世界がそうさせたから、だ。君はこの"時点"において、情報を持つ者と出会わなければならなかったからね」

 

 それが君の身に起こっている繰り返しの正体だ、と。

 咲着さんは……朗らかに言う。

 

「ただし、これは渦だ。ゆえにだんだんと間隔が広くなる。だんだんと規模が大きくなる。君が歩を進めるたびに、世界は大きくなって、大きくなって、大きくなって……最後には」

 

 ぱしゃ、と。

 まるで液体でも……水風船でも割ったかのように、光を散らせる咲着さん。

 

「点展が述べたという、歩を遅らせる必要がある、というのはこういうことなんだ。今の速度で君が歩いて行くと、どんどんどんどん事象が広がり続けて、いずれは世界が耐えられなくなる」

「……物事は簡潔に、だ。何が言いたい。私に何をさせたい」

「もっと速く走ってほしい」

 

 ──……どこまで行っても他力本願か。くだらん、伏よりは話の通じる奴だと思っていたのだが……誰も彼も、か。

 

「君が走れば走るほど、走り回れば走り回るほど、世界は耐えられなくなる。そうなれば……我々にも、そして同一因子たちにも自由が訪れる」

「……。同一因子というのは、なんだ。正確に言葉を繰れ」

「穢れの主の同一因子。あるいは平民。……君達の言葉に()()()()()()するなら……穢れの主らのクローン、かな」

 

 ああ、やはりそういうことか。

 凛凛さんとの会話時点でわかっていたことだけど、ようやくこれが正解であるとわかった。

 

「燧。私は先日、破滅の夢を見た。天染峰が噴火する夢だ。心当たりは?」

「あるよ。奴らはね、これ以上どうしようもないとわかった時、世界を()()()()しにかかるんだ。鬼を操って逸脱を防ぎ、知識を操って神を薄め……けれど、それでも尚例外というものは起こる。そうして、そうなってしまった場合、奴らは天染峰をリセットする。当然そんなことでは我々を殺すことはできないとわかっているだろうけれど、少なくとも同一因子や混ざった者は消える。死に絶える。そうなれば……あとは同じことの繰り返し」

「……噴火させることは、いつでも可能なのか?」

「理論上は、そうだね」

 

 ……流石に不快だな。

 そんなの……実験場のようなものじゃないか。アリの巣観察キットだ。

 水槽の中に神と自分たちのクローンを入れて、神が完全に薄まって弱体化するまで待ち、しないと見切りを付けたらリセット。しそうだと判断したら続ける。

 余計なことをしかねない者は鬼でコントロールし、そもそも余計なことが起きないよう知識の制限をする。

 

 ふと、先の会話を思い出す。……水も木も風も、関係がない、というのは……。

 

「気付いたようだね。──そう、天染峰にある州の色分け。これには()()()()()()()。本当の意味でただの色分けなんだ。区別をするためだけの。三古厥に始まり、ありとあらゆるものが同一。けれどそれぞれに違いがあると植え付けられているから、人々は違うものだと思い込む」

「色を分ける理由は?」

「勿論管理をしやすくするためさ。これだけ無数にいるのだから、五分割しておいた方が分かりやすい。ただそれだけのための州分け」

 

 聞けば聞くほど不快になる。

 けれど同時に。

 

「……わからんな」

「何が、かな」

「では、楽土より帰りし神子とはなんだ。誰の差し金だ。この閉じた世界に、誰が私達を呼び込んだ」

「……それが……君をここに連れて来た理由に繋がる」

 

 また、威圧があった。

 そよ風に等しき威圧は……けれど此度においては、指向性のあるものではない。

 

 全方位に向かって放たれている。

 恐らく、盗み聞きを失くすための──。

 

「此度の事件、烈豊から子細を聞いた。それで……疑念に思っていたね。四千七百年前に生まれた信念無き鬼とは誰なのかについて」

「ああ。知っているのか」

「知っている。けれど、そもそも君は気付くべきだった。目の見えない玻璃が、どうしてあの行動に移ることができたのか、という部分からね」

「玻璃? 何故いま玻璃の名を……」

 

 回る。

 頭が回る。

 

 玻璃の行動? どうして?

 

 目の見えぬはずの玻璃が行った、最初の"奇妙"とは、なんだ。

 

「彼女の目には、輝術の光や、魂の籠ったものが映る。そしてそれは鬼も同じ。彼らは魂だけの存在だから。──であれば」

 

 溜める必要などない。

 考える意味などない。

 怪しい人物など、初めから一人しかいない。

 

 成り済ましの奴らが使っていた技術も、混幇や御史處という組織も、全て、全てだ。

 答えなど──初めから提示されていただろうに。

 

「……目の見えぬ玻璃が御史處から引き取った義理の息子。……そうだな。州君ほどの強さを持たぬと言われているのに……なぜ玻璃は、彼を見ることができたのか」

「鬼だったから。……簡単な話だよ。黄州で起きた事件に告発が起きなかったことも、全てそう。彼がもみ消していたというだけ。何のどんでん返しも無し、君の考えた通りのことが、真実だ」

「……私の記憶を読んだのか?」

「正確には、媧の記憶をね。此度の生霊と自殺者の手口が同一であるのも、点展が自決したことも、全て全て、全て全てがそうだ」

 

 四千七百年前に生み出された、信念無き鬼。

 その名は──。

 

陽弥(ヤンミィ)。……現帝、か」

 

 あまりにも。

 あまりにも……分かり切っていた事実に、驚きさえない。

 

 やはり彼は、そうだった。温和な顔の裏には、それがあった。

 

「帝の目的は何だ。そして、帝を作った者は誰だ」

「目的は無論、我々の駆逐。そして彼を作った者は」

 

 口を噤む咲着さん。おい、なぜだ。そこが肝心なところだろう。

 けれど彼は、私からの抗議の目線をガン無視して話を進める。 

 

「いいかい、祆蘭。君の敵は大きく分けて三勢力ある。一つは帝の勢力。彼らは輝術師の血を薄め、全人類が同等となれるように模索している。もう一つは天光。偽りの天体、穢れの主たち。いつでもこの世を初期化できる術を有している」

「……」

「そして最後が──君を帝へと担ぎ上げようとする、全てだ」

「は……私を?」

「君を縛り付けようとするすべて、と言ってもいいよ。君に指導者を見出す者。君に帝たる器を見出す者。君に資質を見出す者。君が歩めば歩むほど世界が壊れ行く、というのは、同一因子……平民の血の混じる者であれば少なからず感じることだ。だから、そういう"混ざった者"は君をこの世に縛り付けようとする。無意識であれ意識的であれ、ね。──故に君は、逃げないといけない」

 

 最終的に。

 神と鬼以外の、あらゆる勢力が──君に縋りて、君を閉じ込めようとするだろう。

 だから、逃げないと。

 

「君が思っているより、時間は無いのだからね」

 

 花吹雪が舞う。

 

「君をここに連れて来た者。君をこの世に呼び寄せた者。──それは君の良く知る相手で、けれど()()はそれに気付いていない。──祆蘭。隠し名を持つ少女よ。逃げると良い。逃げて逃げて、逃げた先で──掴み取るんだ」

 

 目を開けることもできない程の暴風が、地下洞窟内を。

 

「全ての名前には、意味がある。全ての物事には、意味がある。──さようなら。私の役目はこれで終わりだ。咲着という名は──これにて忘れられる。私の弟子二人を、よろしくお願いするよ」

 

 何も。

 

 

「だから! さっきから全部説明を伝達しているだろ! おれは──恋猫一筋なんだから、ほ、他の女の子に気移りするはずがないんだって!!」

「へ……え」

「え、あ、いや……なんでもない! なんでもないなんでもないなんでもない! ……くそ、気の迷いで里帰りなんかするんじゃなかった! すまん、来てもらって早々で悪いけど、もう帰ろう! 傷に障るし!」

 

 戻って来た、という感覚を覚える。……これは。

 ……伏の時と同じか。精神だけが抜け出でていた、と。

 

 ループではなく、渦。

 私が引き起こしているものは。

 

「祆蘭、ぼーっとして、どうしたの?」

「いや……ちょっと、考えなければならんことがあったのを思い出してな。……膝、良いか」

「へ? ……あ、あ、うん。いいけど」

 

 少し、情報量が多すぎた。

 色々整理しなければ……何かとんでもないことをしてしまいそうで。

 

 この喧騒の中では無理だから……埋没、することにしようか。

 逃げないと、ね……。

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