女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第五十六話「ピンポイント」

 前にも少しだけ触れた話だけど、この世界の人々の髪色は不思議だ。

 黒髪がベースであるのは間違いないけれど、青味がかっていたり緑っぽかったり、茶髪、赤茶、果てには銀金と……様々がいる。

 かくいう私の髪色も黒緑であり、勿論のことながら染めているわけじゃない。地毛だ。ある意味でこれらが「この世界の人間は地球人とは根本的に違う」という事実の証左となっていたかもしれない。

 

「という話をこの昆布を見て思ったわけだ」

「……祆蘭のいた楽土って、なんか変なんだね。髪の色が同じじゃないとおかしいなんて」

「同じじゃないとおかしいわけじゃないが、奇抜に見られる場所ではあったな」

 

 海なう。

 正確には海辺。ただし、然したる波が無いので涼むにはあまり向かない場所。

 加えて海底には幽鬼がそれこそ海藻のようにゆらゆらしていることを知っているから、ここで海水浴! とかは無理だろう。なんなら引く。……あ、だけど。

 

「祭唄は、泳げるのか?」

「また唐突。泳ぎは勿論できる」

「私も泳ぎは得意だ。……これだけ暑いと避暑地にでも行きたくなるが」

「……? 暑いのが嫌なら青宮城に籠っていればいい。この実験が終わったらすぐに帰ろう」

 

 そう。青宮城快適だからね。要らないよね避暑地とかね。

 

 さて……そう、実験。

 思ったより低いところにあるっぽい月になんかぶつけてみようぜ実験。

 

 ただし、祭唄がそうであったように、「月を破壊せんとする行為」には平民の血がそれを妨げんとするっぽくて、今回は祭唄一人の護衛となった。他の要人護衛をつけると最悪殺し合いになるから。

 ならば鬼をつけるというのはどうか、とは祭唄からの提案だったけど、それも無し。

 私の考えている通りなら。そして(フー)の言葉を信じるのなら、今回に限っては悪手だ。

 

 よってここにいるのは真実私と祭唄だけ……のはずだったんだけど。

 

「ん、何かな。ボクの顔にようやく惚れたのかい?」

「……普通に危険因子だから帰ってほしいんだがな」

「酷いなぁ。まぁ帰る途中だったからその言葉は正しいのだけど」

 

 黒根君(ヘイゲンクン)。今は男装中なので、藺音じゃない。いや男装中でも藺音ではあるのだけど、どうしてもギャップというか演技中は胡散臭さが勝るので名前で呼び難い。

 聞けば彼女はあの女子会からずっと青州にいたらしく、先日の才華競演も特別観客としていたのだとか。全く気付かなかった。

 それで、ようやく帰ろうということになって……そのタイミングで私と祭唄が海へ行こうとしているのを発見。「帰るついでに」の名目でついてくることとなった。

 

 ……先も述べたけど、平民の血は純然たる危険因子だ。州君という存在が偶発的に純血へ近付いた存在であったとしても、血肉が彼女を動かせば、あるいは彼女が己を律する暇なく大規模破壊が起きるかもしれない。だからとっとと帰ってほしいのだけど……。

 

「ま、安心してよ、ボクがいれば百人力だ」

「青清君との約束を反故にして私に重傷を負わせた前科があるのにか」

「あれは君が自ら重傷を負いに行ったようなもの……ああ待って待って、反省しているよ。あの時のボクは気が動転していた。感知範囲を広げて待機する、くらいはしていてもよかったのに、君の帰りを待つだけなんていう愚行を犯していた。だけど、安心してくれ。今のボクは完全警戒態勢さ。半径六千五百米(6.5km)であれば、蟻が触覚を動かしたことさえ見逃さないよ」

「それは凄いのか」

「凄い。私はせいぜい四千米(4km)が限界。しかも範囲を絞ってのそれだから、完全な球形をその範囲で感知できるのなら、流石は州君と言わざるを得ない」

 

 青宮城は大体高さ4km~5kmの間を飛んでいる。前に私がやったフリーフォールはスカイダイビングでやるのと同じくらいの高さだったというわけだ。案外低いな!

 ……しかし。

 

「狭くないか?」

「え゛。……え? いや、ボクはこれでも……え? 嘘、今の青州の平均ってそんなに上なのかい?」

「いやだって、青清君や玻璃……様は、互いに青州と黄州にいて伝達ができていたぞ。赤積君(チィジークン)も赤州と青州の州境から青宮城へ伝達していたし」

「ああ、伝達はまた別なんだよ。いやぁ、びっくりした……ボク並の輝術師が一般輝術師でいたらと考えると恐ろしすぎる」

「伝達は相手の輝術痕跡を目印に飛ばすから、感知より雑で良い。祆蘭にわかりやすく言うなら、感知が"輪を作った縄を精確に的へと引っかけられる範囲"。伝達が"投げた縄の先端を届かせられる距離"」

「おおわかりやすい。成程、感知の方が難しいのか」

「感知は言い換えると精査だから。普通の輝術師なら、手元に無いと精査なんてできない。黒根君は今の範囲をどこにいても精査できるということ」

 

 そういうことなら、確かにすごい。

 そしてそれができるにもかかわらずあの時黒犀城でふんぞり返っていたのだと思うと、確かに「値しない」。

 

「……あー。いやまぁだとして、というか、お前の脅威度が上がれば上がるほどここに居て欲しくないんだがな」

「えーと? もしかしてボクが君達を襲うかもしれない、みたいなことかい?」

「察しが良いじゃないか。ああ、その通りだ」

「どういう状況になったらそうなるんだい? 一応、これでもボクは君に多大なる恩を抱いている。負い目もある。黒州が攻撃される、とかでもない限り、君に矢を引く理由はできないと思うけど……」

 

 うーん。どうしたものか。

 祭唄に目配せすると……彼女は、頷きも首振りもしない。だよなぁ、ショック耐性も「私の隣を歩む覚悟」も、そう誰しもに押し付けられるわけじゃないし。

 なんなら凛凛さんの方がまだ適性はありそうなものだ。というか彼女は多分大丈夫なのだろう。平民の血以前の問題だし。

 

 だから……チェンジで。凛凛さんに。

 

「ふむ。一応共に戦った仲間だとボクは見ていたけれど……君からはそうではなかったらしい。想像以上に君からボクへの信頼が無い。いつもの冗談ではなく、心の底からボクに対して安心を抱いていない」

「お前の人格や性格を否定しているわけじゃないさ。受けた恩は必ず返してくれるとも思っている。だが、それ以前のことというか、それ以上のことなんだ。だからすまんな、帰ってくれ」

「"そう"なった時、私でさえも祆蘭を殺しかけた。その意味をわかってほしい」

「君が? ……ふむふむ。言い草を察するに、自分の意思じゃない、ということか。穢れの侵蝕で一時的に前後不覚となる症例があるけれど、あれに似た話かな」

「そんなものがあるのか。……そっちは知らんが、似た話であると思ってくれていい」

「ならこうしよう。これなら大丈夫だね」

 

 言って。

 黒根君は、自身の首の周りに光の粒を纏わりつかせた。

 光の首輪。だけどその内側から見えている鈍い光は。

 

「一瞬でも。刹那でも、ボクの身体がボクではないと感じたら、この刃を生成する。もしそれが間に合わなかったとしても、これは残る。その後は祭唄、君にお任せしようかな」

「私達のやることで、お前に死を背負わせろと? くだらん責任感で簡単に命を投げ捨てるな莫迦者。お前がここから去れば済む話だ」

「凛凛から聞いたよ。──君は()()なんだろう?」

 

 ……。

 鬼札。いや、そんな言葉遊びは。

 

「君が考えているより、ボク達は多くを知っている。凛凛が己の一切をボクに話さないなんて、本当にそう思うのかい?」

「思う。あの人はお前を大事にしている。お前から聞くでもしない限り絶対に一人で抱えるだろうし、しつこく聞かれても最後まで隠し通すだろう」

「うん。凛凛のことをよく理解してくれていて嬉しいよ。そう、その通りだった。彼女はボクに秘密をひた隠しにしてきてね。──だから、追い詰めて追い詰めて吐かせたことがあるんだ。隠していることも、胃の内容物も」

「……」

「……」

「おっとそのゴミを見るような目はやめてくれ。必要なことだったんだよ。ボクの城の性質上、凛凛は信頼できる存在でなくてはならない。ボクと彼女は背中合わせである必要がある。だから、背に何かを隠しているのなら、それを見せつけてもらわないと困るんだ。──ボクはもうその段階まで来てしまっている。そこまでされないと人を信じられない、とね」

「哀れだな、素直に」

「可哀想」

「うーん、忌憚のない意見をありがとう。君達のその素直過ぎるところは好ましいよ。青清君もだけど、言葉を飾らない相手には気を遣わなくていいのが良い」

 

 ふん。

 そこまで言うなら、良いか。

 

「これ以上は自己責任だ。わかっているな」

「いつだってそうだよ。あらゆる選択が自己責任だ。己の人生なのだからね」

「では──、いや、それでも信じられん」

「えー」

「だから、お前から話せ。お前の知っていることを。そこから、私が何を明かすかを決める」

 

 あくまで安全に、だ。

 仲間を集めるべきならば──光るものを翳らせぬようにする研磨も大事だろうさ。

 

 

 

 して。

 情報のすり合わせが終わった。

 

「……成程ねえ。確かに……書けないな。この筆じゃ、文字を書けない。……はぁ、こんなに簡単で、こんなに身近で……。いやはや、とても──気に入らないね」

「剣気が漏れている。あなたの剣気はそこそこに毒だから抑えてほしい」

「ああ、すまない。……それで、今から君達のしようとしていることをボクが聞いたら、ボクのこの制御の利かない身体が暴走して、君を殺そうとする、と」

「恐らくな」

 

 文字の話は初耳だったらしく、適当な紙に小物入れの竹筆を渡して文字を書かせたら、案の定ピタリと止まって動かなくなった。

 

「今のところ、確かにこの腕はボクの言うことを聞かない。……散々ボクを苦しめて来た素質が、ようやく支配下に置いたと思っていた身体が……まだ剥く牙を残していたとはね」

「やろうと思えば、お前は刹那の間にでも私や祭唄を殺し切れるだろう?」

「ああ、できる。ボクが止める暇もなく、ボクが君達を殺す、か。……成程確かにボクは去るべきだ。邪魔でしかないね、こんな存在」

「わかってくれたか。もう一度言うが、別にお前に不満があるわけじゃないんだ。これはどうしようもないことだから」

「けど、祭唄はできた。意志の力だけでこの反乱を捻じ伏せた」

 

 ならば、と。

 黒根君は……全身に光の粒を纏い始める。

 

「黒根君。私でもまだ、文字を書くこと、に関しては抜け出せていない。それは抜け出せるものではないかもしれない」

「いいや。良い機会だからね、君達二人に少し手解きをしてあげよう。──即ち、輝術とはなんぞや、だ」

 

 輝術とはなんぞや。

 桃湯らでも辿り着いていなかったそれに、黒根君は辿り着いているというのか。

 力そのもの。神なりし者の力。その正体に。

 

「──期待の目だね。けど、ごめん。輝術の正体はボクも知らないよ」

「……なんだ」

「目に見えて落ち込むのをやめてほしいかな。……輝術の正体は知らないけど、輝術とは何か、は知っている。いいかい、祭唄。輝術とは意志だ。君が意志の力だけでこの叛逆を捻じ伏せることができたのは、その意志が輝術に伝播していたから。君が作り上げた前例は、肉体の叛逆を輝術によって抑え込むことができるという実例に他ならない」

 

 バチン、と。まるでベルトのように、光の粒が帯となって黒根君の前身に巻き付いていく。

 縛り付けるように。縛り上げるように。

 それは次第に。

 

 次第に、次第に……肌へと吸収されて行って。

 

「言うことを聞かない肉体程度、ボクの魂が凌駕して見せるさ」

 

 その全てが呑み込まれた時……彼女の手が動くようになっていた。

 書く。文字を。それを。

 

 果たして──。

 

「……読めない」

「みたいだね。書いておいてなんだけど、ボクも読めないや。どうやら文字に関してはもう少し根深い問題らしい」

「私には書けているようにしか見えないが、ダメなのか」

「筆圧が違い過ぎるし、何より形が文字の形を成していない。書いている時は文字を書いているつもりだったのに、書き終わったら文字だと認識できなくなった。……君達が言っていた、ボクらは文字を規格で読み込んでいる、というのは間違いないらしい」

 

 書けている。けれど、読めないらしかった。

 でも、書けるだけ充分なことで。

 

「なぜ書けるようになったんだ?」

「とても簡単に言うと、肉体を構成している小さな粒の全てに輝術を浸透させたんだよ。そうして服従させた。これでボクは、輝術を操る感覚で肉体を操れるようになった、というわけだ。普通に肉体を操ることもできるから不便はないし、勝手に肉体が動きそうになったら意志の方から停止させればいい。便利だろう?」

「……やり方を教えてほしい。私は、今のままだと……またいつ祆蘭を殺そうとするか、わからない。一度は抑えられたけど、次も、とは……」

「許さん」

「え」

「祭唄、酷なことを言うが、お前は何度私を殺そうとしてもいい。そのたびに抑えつけろ。そのたびに抗え。輝術による制御など要らぬくらいに捻じ伏せろ。黒根君のそれは今この場で制御しきる必要があったからやっただけで、これから先、あらゆる場面においてお前が私の理解者でいるのならば、安易な道に走るのは止せ」

 

 うわぁ、とかなり引いたような声を出したのは勿論黒根君。

 彼女は、けれどにこやかで晴れやかな顔を作って、祭唄の肩にぽん、と手を置いた。

 

「怖いご主人様を持ったねぇ祭唄。けど、確かに彼女の言う通りだ。今回はボクもこの手段に頼ったけれど、次があるのなら、輝術という意志ではなく純然たる意志の力だけで捻じ伏せられるように努力するよ」

「……わ、かった。……頑張る」

「ああ。──さて、じゃあ黒根君。私達の目的を話す。だから、片時も気を離すなよ」

「うん。心するよ」

 

 一応を考えて、腰に佩いていた鋸とトンカチを抜いておく。

 値しないのだとしても、残念でも。相手は州君だ。用心するに越したことはないけれど、用心したところで何にもならないだろう。

 

 口を開く。

 

「私達の第一目標は、中天の月の破壊。今日はそのための計測を」

 

 鋸を前に出す。そこから大きく上体を後ろへと反らし、衝撃を上へと逃がす。

 だから、サカサマの視界で見る。

 海の割れた、その光景を。

 

「祆蘭!!」

「──いや、いや。大丈夫。大丈夫だ。……大丈夫。今……止めた。……ごめんね、怪我は無いかい?」

 

 上体を引き戻せば、腕を突き出した……掌底のような格好で止まっている黒根君の姿が目に入る。

 彼女から私のいるところに至るまでの砂は大きく巻き上げられていて、割れた海とも直線が繋がることがわかる。

 

 ギリギリで上へと逸らしたのか? いや、だとしたら海が割れている理由がない。

 

「覚悟していたのに。気を付けていたのに……言われた言葉に頭が白んだ瞬間、持っていかれた。確かにこれは危ないな。……それにしても、よく防いだね。今のはボクのできる攻撃の中でも必殺に近い破壊力があったはずなんだけど……」

「とりあえず青清君への報告案件でいいか?」

「確実な戦争の火種だね。やめてほしいかな」

 

 一応聞く。

 お前か? (ウァー)

 

 ──違う。今のはお前だ、祆蘭。

 

「完全制御状態で……ここからは行動しよう。輝術の操作をやめた瞬間、ボクは君を殺してしまいそうだ」

「ここでやれるものならやってみろ、という挑発をかますのは流石に悪手か」

「悪手中の悪手だね。だけど今のを防いだ君なら、その実力も伴っているのではないかと錯覚するよ」

「祆蘭、黒根君も。やめて、今のは偶然。偶然は連続しない。冗談はそのくらいにして、真面目にやって。命がかかっている」

「お前は何とも無さそうだな。二回目は大丈夫か」

「うん、多分。……黒根君はそのまま自分の身体を律していて。祆蘭、私達で早く終わらせよう」

「そうだな。そうするか」

 

 準備するものは少ない。

 今回作ったものは木工細工だけど、固定の輝術を施すので木である必要は無かったりする。

 

 大きめの木筒。固定によって耐久力が最大まで高められたそれを砲身とし、手頃な大きさの岩石をセット。

 ……いやね、輝術でレールガンの再現! とか輝術でリトル・デーヴィッド! とか考えたけど、輝術の性質は別に磁場っぽいわけでも火薬っぽいわけでもないのでそっちに寄せる理由がない。

 必要なのは射出角度と射出速度だけ。それも事前に祭唄と決めてある。

 

 まず、射出仰角七十度、射出速度は手を叩く速度で千六百米(1600m)を進むほど、と伝えた。……伝えたら、無理と言われた。できてせいぜい五百米らしい。

 

「一射目、行く」

「頼む」

 

 私は望遠鏡を構え、石の動きを追う。当然射出直後から追い縋るのは無理なので、ある程度の高度からだ。

 

 ふぅ、と大きめの溜息を吐いた祭唄。曰く、月に弓引こうとするだけでも身体の何かが暴れるような感覚に襲われるらしい。

 それを押して尚、彼女はやめようとはしなかった。

 

 ありがたい、とはもう思わないさ。

 頑張れ。成就を願う。

 

「……発射準備。五、四、三……」

 

 普段あまり身振り手振りを用いて輝術を使わない祭唄だけど、此度ばかりはと……左手を前へと突き出した。掌を上向きに、砂か何かを掴んで、それが指の隙間から零れ落ちていく姿を幻視するように。

 

「二、一……零」

 

 その手を、ぐ、と握る。

 

「……!」

 

 凄まじい衝撃波と共に射出されるは固定の輝術のかけられた岩石。それは瞬く間に雲を突き抜け、高高度へと昇り。

 目算で青宮城を越えてからさらに五百メートルくらい行ったところで……粉微塵になった。

 

 ……ん?

 

「砕けた?」

「……多分、限界高度に達して、固定の輝術が解けた。海辺の石は脆いから……」

「ああ~」

 

 速度に耐えきれなかったのか。

 ……誤算だったな。そうか、そういう問題があるのか。……うーん、流石にDIY女子の知識じゃ砲弾なんて作りようがないぞ。

 

「よいしょ、と。……今の、ボクもやってみていいかな」

「ん。……動けるのか」

「輝術の制御下ならね。これを離すと、君の首を刎ね落としたくなる。まったく、奇妙で仕方がないよ。長年連れ添った自分の身体が自分のものじゃないみたいだ」

 

 黒根君は手頃な石を拾って、ぽん、ぽんとお手玉しながら……それを球形に研磨していく。

 そうして、ボール状にしたそれを高く高く放り上げて……落ちてきたところをキックする。した。

 かるーいキックから繰り出される、とんでもない威力の岩石。海上を平行に走ったそれは途中で上へと進路を変えて、空高くへ昇っていく。

 慌てて望遠鏡を覗き、その射出先を観察。

 

 果たして──……やっぱり、青宮城から五百メートルくらいの高さで岩石は雲散霧消した。

 

「ダメか」

「のようだな」

「いやぁ……ううん、役には立てなかったみたいだ。ごめんね」

「それは私にも刺さる。やめて」

「収穫はあったさ。まだ手段は思いついていないが、この速度に耐えられる射出物をどうにかして作れば、お前達が打ちあげてくれる、ということだろう?」

「うん、任せて」

「次も呼んでくれるのなら、全力を尽くそう」

 

 思い付きで行動したところで、そう簡単に巧くはいかない。良い実例だったな。

 ……弾丸の作り方とか……知らんなぁ。まず合金の知識が……。黄州で鋼について学ぶべきか。合金……特殊合金……。

 

 壊れない物質なら遮光鉱が一番なんだけど、輝術を弾くのがネック過ぎる。

 遮光鉱にいる奴らと伏らを閉じ込めた方の神なりし者は別物らしいけど、なんというかあまりにも上手いデザインだな。唯一可能性のあるものが輝術を弾く、なんてさ。

 

 あるいは……どうにかして輝術は圧力だけに専念させて、弾丸は遮光鉱に、とかはできるのか?

 遮光鉱の遮断範囲にもよりそうだけど、要相談かなー。

 

 と。

 

 ──おい! 輝術師共に防御させろ!

 

「間に合わん。逸らす」

 

 剣気を浴びせて、矛先をこちらに向ける。

 振り下ろされたソレに対しては鋸で防御。当然力負けするので、横合いからトンカチで打撃して往なす。

 

「──祆蘭!?」

「ボクの知覚範囲外から……!」

 

 音。

 完全に勘任せて頭を振って()()を避け、足元の砂を巻き上げるようにして私と彼女の間に撒いた。

 

 音。砂のカーテンを突き破るその音は、掻き毟るような高音を立てて私へと迫り──。

 

 不可視の力によって、相殺された。

 

「危なかった!」

「助かった、黒根君」

「ああ、それは良いけど……君達、仲が良いんじゃなかったのかい?」

「さてな。仲が良いかどうかはともかく、あいつが私を狙う理由は無いはずだ。──なぁ、そうだろう……桃湯」

 

 ゆらり、と。

 それこそ幽鬼のように浮かび上がり、暗闇のような穢れを全身に迸らせる女性。深緑を思わせる黒髪。惑うようなそれを短い所で纏めた彼女は、揺らめく金の瞳をこちらに向ける。

 いつも通り折り畳まれた足も、彼女の持つ胡弓という楽器も普段と変わらない。

 なのに──違う。

 

 桃湯は今、我を失っている。

 

「黒根君と同じ状況なんだろう。ただ桃湯、お前には輝術が無いから、それを抑え込めない。意志に関係なく暴走する身体。魂だけの存在になったにもかかわらず、平民の血の暴走は理解できないよな」

「……rrrg」

「おおっと唸り声とは驚きだ。知性まで捨てたか」

 

 ──馬鹿、あまり挑発するな。桃湯はお前が思っているより。

 

 知っているさ。

 いつも手加減どころか、こわれもの扱いされていたことくらい。

 あれほど強い鬼達が揃って恐れる存在がどれほどか、なんてことは。

 

 だから、だ。

 だから──鋸を彼女に向けて、見下し気味に話そう。

 

「世界の外へ出るのだろう。それがお前の悲願なのだろう。だが──忘れたとは言わせない。知らぬとは言わせない。そもそも輝術師をこの世に閉じ込めたのは穢れの主だ。さぁ、考えるまでもなかろう。身体が暴走しているのなら、深い深い意識の底で私の声を聞け」

 

 伸びて来る爪を、切り裂かんと振り下ろされる爪を。

 避けない。避けずに、一歩前へ出る。一歩一歩、また一歩と。

 

「ちょ、馬鹿なのかい!?」

「黒根君! もう祆蘭に声は届かない! 守って!!」

「ああもう、これだから理屈の通じない奴は!!」

 

 一撃一撃が致命傷。で、だからなんだ。

 それは私の歩みを止める理由となるのか。

 

「人から逸脱した者。世界の外に出ようとする者。穢れの主はそういう者達に力を与える。途方もない長寿と鬼火、あるいはお前の扱う音のような特殊な能力。──なぜだ。閉じ込めた張本人が、なぜ鬼に与する。逸脱した者に力を与える理由が彼らに無いだろう。──ああ、ああ。よく考えろ。ちゃんと考えろ。お前達はどうして、神に見初められたのか」

 

 伸びる爪も。浮かぶ音も。

 全てを無視して、前へと進む。時折掠める攻撃が肌を裂こうと、そこから穢れが侵蝕してこようと無視だ。威圧で浄化することさえしない。

 

 だから、そのまま。

 そのまま近付いて。

 

 胸倉を、掴む。

 

「rrr……la……la、la……!」

「歌でも歌う気か? いいぞ、謳えよ。そして示してみろ。吾意不屬於他人(己の意思は己のものだ)と示せ、桃湯(タオタン)。古き鬼よ。古の鬼よ。なぜ今まで失敗して来たのかを考えろ。機が合わなかったからじゃない。鬼子母神がダメだったからでもない。なぜ出られないのか。こんなにも渇望しているのに、なぜ、なぜ、なぜ──神なりし者は、その願いを聞き届けてくれないのか」

「ぁ……ぅ、う、うぅう」

 

 掴んで引き寄せる。

 額を突き合わせ、我を失った目を無理矢理合わせる。

 

 目を逸らすなよ。

 私だぞ。私が眼前にいるのだぞ。

 

 他の何を見るというのだ。

 

「分かり切った答えだ。出切った答えだ。──()()()()()()()()()()()()()()()()だよ」

「……!」

「世界を抜け出してしまう可能性のある者。発想力。想像力。信念。そういったもので世界の檻を破ってしまいかねない者に首輪をつける。いざという時、自分たちで操作できるようにする。──鬼の正体はこれだ。お前達鬼は人間から逸脱したのではない。自由を得たわけでもない。魂だけの存在となり、その魂を穢れに冒し尽くされ、神なりし者の手先と成り果てた。それが鬼であり、末路だ。お前達に明日など存在しない。お前達の願いなど叶わない!」

 

 右手で胸倉をつかみ、額を突き合わせたままに、砂浜へと桃湯を押し倒す。

 馬乗りになって……左手を回し、その顎を、頬をぎゅむ、と掴む。

 

「それでいいなら、そのまま暴走していろ。私の監視についてきて、中天の月を破壊せんとする私を見て我を失い、穢れの意思の囁くままに私を殺してみせろ。──欠片でも。ほんの少しでも、神なりし者を憎いと思うのなら。穢れの意思に反旗を翻す気があるのなら……意識を取り戻せ。輝術など無くとも、お前達には信念がある。穢れに冒し尽くされた魂でも、お前には芯がある。毒を受けても、蝕まれても苛まれても、己を己だと定義し続ける強い芯が。だから」

 

 一度顔を上げて。

 思いっきり、ヘッドバットをかます。

 

 鬼の身体なので当然こっちの額が裂けるけど、関係ない。

 叫べ。叫ぶ。叫ぶんだ。

 

 

「──帰ってこい、桃湯!!」

 

 

 お前の居場所は、私の裏側だろうが。

 

「……rrr」

「おい、そう簡単に諦めると思うなよ。格好悪くてももう一度同じことをやるぞ。こちらの頭蓋がひしゃげようと、何度も何度もその綺麗な顔に血を塗してやる」

「……。……愚痴、言ってもいいかしら」

「ああ」

「……朦朧とする意識の中で、不覚にもあなたが彼女に見えた。似ても似つかないのに……本当、最低」

「そうか。それで、返事は?」

「なんの?」

「お前達の願いは叶わない。それでいいのかと問うた」

「……もう、仕方がないじゃない。私達の全てが、私達の願いを否定する存在なら……もうどうしようもない。私の八千年は無意味で、私の感情も魂も、全ては穢れの主の玩具。……rrr。唸りたくもなるわ。何も考えない獣でいられたらどんなに良かったか」

「答えろよ。それでいいのかと問うたのだぞ」

「だから、もう」

 

 今度はヘッドバットを鼻っ柱にかます。

 ……鼻も硬い。

 

「それでいいのか、悪いのか。言え」

「……良くないに決まっているでしょう。でも……思い当たる節があり過ぎる。私達は結局、人間の……統括された人間たちの無様を嘲笑っておいて、自分たちも抜け出せていなくて。道化ね。滑稽極まりないわ」

「言ってやる。お前の八千年は無意味だったし、お前達の今までは道化で滑稽極まりないものだった。──故に私が意味を持たせてやる。何も考えない獣となりたいのならそれでも構わんが、私のそばにいろ。飼ってやるからな」

「あなたは本当に……言葉繰りに風情が無いわ。もっと言い方、無いわけ?」

「侍らしてやる、とでも言ってやろうか」

「最低。……変わらないわ、今までと。味方であるつもりはない。……ただ、今回世話をかけたから、また今度……何か一つ、助けてあげる。それで貸し借り無しよ」

「琴作りの勉強は欠かしていない。楽しみに待っていろ」

「はいはい。……あなた達も、世話をかけたわね。ごめんなさい」

 

 ぺこ、と。

 小さく頭を下げて……桃湯は林の中へと消えて行った。

 

 素直じゃないなぁ。

 

「祆蘭、色々言いたいことがあるけれど、とりあえず浄化して」

「ああ、忘れていた」

 

 威圧威圧。

 身体に威圧を張って、穢れを駆逐する。

 

 ふぅ。

 

「ボクも言いたいことが沢山あるけど、とりあえず処置をしよう。近くに貴族街があったはずだ。そこの医院にかかろうか」

「運ぶ。祆蘭、掴まる力、ある?」

「当然だ。……っと、お?」

 

 ふにゃり、と……力の抜ける腕。

 ……ん?

 

 ──桃湯の音は、聞こえているだけで作用がある。外傷は大したことないだろうが、お前の中身は裂傷だらけだ。強がっていないで休め。

 

 ごぼ、と。

 痰が絡んだ、みたいな感じで出てくる血反吐。

 

 おお、吐血とか久しぶりだな。

 

「!?」

「──最速で行く! 祭唄、君は各所への連絡!!」

 

 こうして。

 鬼気迫る表情の二人に連れられて、「私が行ったら幽鬼事件の起こりそうな場所No.1」こと地方の貴族街へと身を寄せる次第となるのであった。

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