女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第五十二話「フレンドシップ」

 まるで──心臓の早鐘が聞こえてくるかのようだった。

 肌の血の気は引きすぎて白く、唇は青味を見せ、浅い呼吸音をひゅうひゅうと漏らす。

 

 ああ。

 

「……なんか、すまん」

「無理無理無理無理無理だって小祆! どういう……どうなればこうなるの!?」

「祆蘭は……慣れているのだろうけど、私達は違う。前に話したことがあったはず。私達にとって神子というのは……畏敬の対象だと」

「祭唄はまだいい方でしょ~!? 私は……む、無理だって!」

 

 女子会の話を二人にしたら、この反応が返って来た。

 そういえばそうだったな、って。

 鈴李(リンリー)は青清君……州君という最上位の立場で、畏敬と畏怖の対象で、貴族は鈴李の部屋には近づいたとしても入ってこないし、彼女の前では気安い言葉も使わなくなる。それが貴族の常だった、って。

 そこをいきなり個室で少人数で談話&茶菓子をつまむ会は……ハードルが高すぎたかもしれない。鈴李の成長がどうこうより、参加者が厳しそう。

 

「私だって緊張する。確かに祆蘭関係で青清君と行動を共にすることはあるけど、気安い間柄になんてなっていない。仕事だと思えば割り切れるけど、談話、なんて言われても難しい」

「うーん、別に緊張することではないと思うのだが、そんなになのか。何が怖いんだあれの」

「怖い、というか……。前に、練兵場で威圧に関する話をしたこと、覚えてる?」

「ああ、懐かしいな」

「同じ。自然と頭を下げたくなる感覚。青清君に対しては常にそれがある」

 

 ふむ。

 ……楽土より帰りし神子もそうだけど、普通の神子が生まれる法則性もわかっていない、んだっけ? それが……たとえば隔世遺伝な感じで、とりわけ濃い血の発露が、みたいな。

 

 ──可能性はある。純粋なる華胥の一族を除き、全ての血は混ぜられることで拡散し、薄まっているが、それでも輝術師の番う相手は輝術師だ。偶発的な純血への接近が起きることはあり得ない話ではない。

 ──薄まった血が濃度の高い血へどのような感情を向けているのかは知らぬが、お前の使う威圧とは違う、存在としての高度さが見せる幻という線はあるだろうな。

 

 おお。

 情報ありがとう。

 

「克服が無理そうなら、断っても」

「うっ……。……あー……うー」

「一応聞く。青清君は、楽しみにしていた?」

「かなり。そわそわしていたし」

「……そっかぁ。……そうだよねぇ、神子って言っても……私達と同じ人間、なわけだし」

「楽しみにしていたのなら、頑張る」

 

 ん。

 基本的に良い子なんだよな、二人とも。……あとは蜜祆(ミィシェン)さんがどうか、だけど……。

 

「それで……小祆。女子会? って、何をするの? 談話って何?」

「やらないのか、女子会」

「聞いた限りでは同性だけで集まって近況報告をする会、という認識。合っている?」

「近況報告もするし、くだらんことを話してくだらん盛り上がりを見せる。まぁ腹の探り合いをする女子会もあるが、基本的には気心の知れた面子で行う普段の鬱憤を晴らす会だな」

「鬱憤って……」

「主に異性に対する鬱憤だが、職場に対しての愚痴でもいいし、人間関係でもいい。酒を入れる奴もいるが、私はそれを使わずとも腹に溜めたものを吐き出せる場だと思っている」

「う……うーん。……異性にも職場にも人間関係にも……特に文句も鬱憤もないけど……」

「だが、此度は恋愛話だな。体験談でも見聞きしたことでもいい、色々聞きたい」

「それなら夜雀は得意。過去にいた恋人の数なら多分この城でも上位」

「ちょ」

 

 え。

 ……え、そうなんだ。あれ、でも夜雀さんって。

 

「気になるが、その話は女子会でしてくれ。……とりあえず、だ。お前達がその様子なら、蜜祆様が心配だな。少し行ってくるか」

「ああ、それは大丈夫だと思う。蜜祆は青清君にも進史様にも緊張しないから」

「蜜祆は特別だよ~。あの人誰と会っても態度変わらないし、緊張も物怖じもしないし」

「そうなのか。地方貴族だと聞いているが、そういうところはあまり関係ないんだな」

「むしろ地方貴族だから、かも。青宮廷で生まれた私達みたいな貴族は、小さい頃から州君って存在の凄さを叩き込まれているから……地方貴族の方が畏怖は少ない、のかな?」

 

 ああ。

 よく知っている有名人とよく知らん有名人なら、後者の方がフレンドリーに話しかけられるみたいな話か。

 違う?

 

「そういえば、あまり興味がなくて聞いていなかったが、貴族の位は何を基準にしているんだ? 輝術の力量?」

「特に基準は無い。過去の栄光」

「いやそんな自虐をせずとも」

「事実だよ~。先祖が凄い事をした家は高位に、特に何でもない貴族は低位に。それだけ。今でも何か凄いことをしたら高位になれる可能性はあるけど、あんまり興味ないかな~」

「私の家は一応大霊害を収めた家の一つ、ということで中位になっている。けど、私も家族も輝術師としての腕はそこまで高くない」

「祭唄で高くないって言うと私の立つ瀬がないんだけどな~」

「大霊害、というのは?」

「昔あった、大量に幽鬼が発生した事件。昼夜問わず、天染峰の至る所に幽鬼が発生して大変だった、らしい」

「戦争でもあったのか?」

「ううん。ただ幽鬼が沢山出ただけ~」

 

 ……なんだそれ。

 幽鬼は……人が死んだことの証でもある。生霊でなければ。

 つまり、大量の死人が出ていないとおかしいし、そうなればそっちの方が事件として記録されそうなものだけど。

 

 (ウァー)、何か知っているか。

 

 ──知らぬ。楽土より帰りし神子が生まれていない時や、その魂が幼き時は、私の意識も浮上できない。その間に起こったことであれば知らぬし、人間側の呼称は尚のこと知らぬ。

 ──ただ、お前の考えは正しい。大量の幽鬼は大量の死人の証。幽鬼が事件に残り、死者が残らないというのは……ふむ、確かにおかしな話だな。

 

「それはいつの話なんだ」

「二千年前、とかじゃなかったっけ。あれ、三千年前?」

「正確な記録は残っていないはず。三千年から千年前のどこか、ではある」

「どうして記録が残らない? 輝術の伝達があれば、記録を残すことなど容易だろう」

「たまたま記録室が焼け落ちたとか、記憶していた人間が全員死んだとか、可能性はいくらでも挙げられる。そこまで珍しいことでもない」

「忘れられちゃう事件とか結構あるよね~」

 

 ……。

 (フー)の言葉が思い起こされる。

 私が忘れられたら、工作も、言葉も、何もかもが消えてなくなる。それは……楽土より帰りし神子だけに適用する話ではなく、この世界全体の法則。

 基本的に「最初」にあったものしか残らない。だからこそ発明や発見は凄い。

 

 そう考えると青清君の「創造と想像は価値」という思想が、どれほど正鵠を射ているのかがわかるな。

 

 あと……鼬林(ユウリン)雲妃(ユンヒ)の件も、違う意味を持ってくる。

 どの記録にも残っていない事件。誰の記憶にも残っていない閣利(グェァリー)という人物。あの時は雲妃の幻覚であったとして処理されたし、それがほとんど真実だったようだけど……。

 

 もし、本当に閣利という人物がいて、何らかの「巻き込み」にあって忘れ去られたのなら。

 

「……待て」

 

 待て。今、私は……引っかかった。

 久しぶりに引っかかった。何に? 私は今……何を疑問に思った。

 

 理性を介さずに言葉を吐け。

 

「──記録に、も?」

「うん、そうだよ~。記録されていないから誰も覚えていない、って事件は結構あるかも」

「事件じゃなくともある。人間だから仕方がない」

 

 記録も残っていない。

 忘れ去られた者。この世から魂が完全に消え去った者の記憶と記録は……この世から消去される。

 アンインストール、か。関連ファイルを丸ごと……。

 

 想像以上にディストピアか、この世界。

 

「でも、小祆のことは何があっても忘れられなさそう~」

「まだ三()月……二()月程の関係だけど、一生忘れられないと思う」

 

 おい、わざわざ口に出すな、それ。

 忘れそう、じゃないか。

 

 ……たとえ文字が読めずとも、不思議な記録消去の痕跡はわかりそうなもの。

 書庫でそれを探して……っていうか、そうだ。

 

 お前、私に読んでくれたりは。

 

 ──しない。そこまで面倒を見てやるつもりは無い。

 

 ……そうだな、うん。頼り過ぎた。

 すまん、聞かなかったことにしてくれ。

 

「そういえば、青清君は知り合いを一人連れて来るそうなんだが、青清君と仲の良い貴族が誰かを知っているか?」

「知らない。……青清君が頼りにして呼ぶ、ということなら、かなりの親密度。そんな人いた……かな」

「私も知らないな~。青清君が進史様以外と喋っていること自体見かけないし」

「だよなぁ。私も知らないんだ。……楽しみ半分、どんなけったいな奴が来るかの慄き半分」

 

 いったい誰なんだ。

 

 

 お前かー。

 

「初めまして、私は藺音(リンイン)。青清君の……そうね、心の友、かしら」

「そんなけったいな友を作った覚えはないが、まぁ、悪い者ではない。皆、心を許してくれ」

「……お前、そんな簡単に出てきていいの──」

 

 ぺたりと……口の中の空気が沈殿する。

 そのおかしな感覚と共に、声が響かなくなった。……輝術か。

 

「あらあら、祆蘭の口を封じずともわかっていますよ。私達も一応貴族だし……黒根君(ヘイゲンクン)、ですよね?」

「……ソンナコトハナイデスヨ」

「下手か。……だから言ったのだ、皆墓祭りには来たことがあるのだから、取り繕ったところで無駄だと」

「いやいや青清君、君がボクに女の姿で来いと言ったんじゃないか。しかも無理矢理予定を作って」

「仕方が無いだろう。このテの話題で最も頼りになるのはお前だし、私に基礎知識を叩き込んだのもお前。それでいて今日は女子会だというのだ、いつものお前の珍妙な言葉操りでは場にそぐわぬ」

「珍妙って……。この口調は華を愛でるためのものなんだけどなぁ」

「とりあえず祆蘭にかけている輝術を解け。怒るぞ」

 

 口の中に作用していた力が解ける。

 呼吸はできるのに声が出せない感覚は、劾瞬(フェァシュン)の輝夜術以来だ。思えばあれもそういう輝術だったのだろう。

 

「小祆……ど、どういうこと。祭唄もなんでそんな平然と……」

「大丈夫、夜雀。確かにあれは黒根君だけど、敬うに値しない」

「おお……よくわかっているではないか祭唄。そうかそうか、そういえばお前は黒州へ祆蘭を行かせた時の護衛であったな。此奴の"値しなさ加減"は理解しているか」

「はい。輝術の腕や存在感は確かに州君ですが、その他の部分があまりにも……なので」

「酷くないか。一応客人だよボクは。青州に虐められるために来たわけじゃないぞ!」

「こいつにまともな恋愛話ができるとは思えん。青清君、今からでも遅くはない。せめて凛凛様あたりと代わってもらえ」

「何を言うんだ。ボク程一人の相手に思いを捧げ続けた者はそうそういない! 加えて経験豊富! 逸材だという自負はあるよ」

 

 思春期中学生の情操教育をしたいのに、講師が拗らせ思春期中学生だと意味がないと言っているんだ。

 確かにお前の知識は真っ当なものだったけど、お前の拗らせ加減は一級品だろうに。

 

「良いからお前は言葉操りを素に戻せ、気色悪い」

「私達の知っている黒根君はそっちだから、あまり違和感はないですけれど……青清君的には怖気が走るものなの?」

「私の知る黒根君もこの気色の悪い黒根君だが、だからこそだ。平時から己を偽る此奴の言動は昔から拒絶反応の出る物だった。この場は腹を割る場なのだから、その仮面を脱ぎ捨てろ馬鹿者」

「酷いなぁ。……小夜(シャオイェ)、君は……こういうボクの方が好きだろう?」

「あ、いえ、その……」

 

 おい、夜雀さんを虐めるな。

 ……この空気だと、腹を割って、は無理そうだな。

 

 仕方がない。

 

「とりあえず──乾杯をするか。このままでは始まらずに終わりそうだからな」

「わぁ、ようやくですか! 楽しみにしてたんだよね! あ、でも祆蘭はまだ九歳だから、飲んではいけませんよ」

「十二歳になっても飲む気は無い。が、それを咎める気もない」

 

 そう、酒である。

 私はこれを毒だと思っている。だからこそ、腹を割らせるには丁度いい。ただし飲ませすぎるとこの会の内容自体を鈴李が忘れかねないので、本当に少しだ。

 夜雀さんも祭唄も蜜祆さんも、今は平常心な鈴李も……あと黒根君も。

 この毒酒を呷りて──本性を表すがいい!

 

 

「可愛いのが悪いです!」

「ええ、本当にそう。可愛いものを好きになることは当然なのだから、可愛い側が悪いのよね」

「はい! そういう点では祭唄もとっても可愛くて……だから要人護衛に来た時、私は一度祭唄に求婚してて」

「当然断った。同じくらいの背丈、同じくらいの歳。それで可愛い扱いされるのは納得いかない」

「二人ともとっても可愛いのに。ああでも、私からすると青清君と黒根君も、可愛らしいと思いますよ」

「いや、私は……」

「青清君は確かに可愛いのよ。私から性知識を教わった時なんか、顔を真っ赤にして、耳まで染め上げて……ふふふふふ」

「……どう収集をつける気なのだ、祆蘭」

「まず酔えないなら先に言え」

 

 想定外だった。

 私だけ飲まないから地獄絵図になる、というのは当然理解していたし、前世から続く特に変わらん展開ではあったけど、鈴李も酒に強いようでほとんど素面。

 逆に夜雀さん、祭唄、蜜祆さん、黒根君はがっつり酔うタイプのようで、確かに緊張はほぐせているけど方向性が違う。

 

 こう……もっと、こう……しっとりとした恋愛話をだな。

 

 ちなみに祭唄はまるでいつも通り風だけど、なぜか私の膝の上で横になっているので全然いつも通りではない。

 

「恋人の数で言えば、という話を先にしていたが、その求婚も一環か?」

「そーだよー。私は女の子好きだし、青宮廷の男の人って可愛い子より綺麗な人を選びがちだからねー、結構うまくいくんだー」

「確かにそうかも。私の周りでも、綺麗系の女性は婚姻が早い傾向にあるように思いますね。そういう意味では黒根君の周囲に女性が多いのは当然なのかも? 可愛らしい華であればあるほど、恋愛に飢えているものですから」

「黒犀城には美しい華もいるのよ? 確かに若い、幼い子が多いのは事実だけれど……」

「そういう観点で言えば、青清君は綺麗系。青清君の好きな人が誰かは知らないけど、告白したらすぐに結ばれそう」

「え! 青清君、好きな人がいるんですか!?」

「あらあらあら……それってもしかして、進史様?」

「進史も良い男だけど、あれより格好いい人がいるじゃない」

「い……いや、その」

「告白! しないんですか? あ、でも青清君から告白されたら、みんな頷かざるを得ないから……そこに配慮してるとか!? そんな、大丈夫です! 恋に立場はないです!!」

「恋に立場は無い、か……そうね、本当は私も……」

「夜雀と恋人になっても長続きしない。夜雀が誰彼構わず可愛い可愛いと猛烈に迫るから、恋人は皆嫉妬して夜雀を離れていく。だから夜雀には特定の恋人がいない」

「浮気性なのねぇ、小夜は」

「ちょっとやめてよ祭唄! 祭唄だっていないくせに!」

「私はそもそも結婚するのが嫌で要人護衛に入った。いなくて当然」

「うーん、そういう点で言うなら……私は故郷に将来を誓いあった男の子がいますよ。阿紺(アーガン)っていうんだけどね」

「ほう……と言おうとしたが、……人名では無さそうだな」

「ええ、とても可愛らしい小鳥で」

「青清君、話は流れていないですよ! 告白しないんですか!?」

「う、うむ……というか、既にしたというか。……ただ、"そうか"、と流されてしまったが……」

「ええええ! 酷い! 青清君綺麗で可愛らしいのに!! どこの誰ですか、青清君の想いを踏み躙ったのは! 私が殴って来ます!」

 

 夜雀さんがかなり砕けているのは狙い通りなんだけど、ちょっとテンションが高すぎる。

 全員……もう少しクールダウンをだな。青清君がノリについていけてないから。

 

 しかし、夜雀さん……そんなに浮気性なのか。

 確かに初めて接触した時も似たような言葉を吐いていた。あの時危険人物だと思ったのはやはり間違いではなかったんだなぁ。

 あと黒根君はまだ引き摺っているのか。長いな。

 

「そ……そう、進史は、どうなのだ、お前達にとって」

「どう、とは?」

「奴は……見てくれは良いだろう。仕事もできるし、責任感もある。下世話な話だが、立場上実入りも良い。ああいう手合いは、どうなのだ」

「男性としてはとても良い人だと思いますけど、私は女の子が好きなので……」

「正直進史様は堅すぎる。もう少し気楽な人の方が良い」

「ああ~、わかりますわかります。息苦しそうだよね。お金の使い方にも口煩く言ってきそうですし、恋人となっただけで大変そ~」

「進史こそ青清君に惚れていそうなものよね。若い頃に檜武(グゥイウー)から付き人の役目を受け継いで、以来付きっ切りでしょう? あの時分の男なんて誰も彼も獣なのだし……ね、どうなの青清君。進史に肌を見せた事とか、ないの?」

「何を気色の悪い事を聞いているのだこの色ボケめ。あるわけがないだろう、そんなこと」

「うーん。進史様は確かに格好いいけど、青清君のものって感じがするし、あの人あんまり笑わないのが……。あ、でもだからこそ、以前一回だけ笑ったのは可愛かったかも」

「付き合う女性は、みんな悪い事をしているんじゃないか、という気分になりそう。私は無理」

「私も進史は嫌ね。あの子、炊事も家事も全てできちゃうから、結婚する意味がなさそうだし」

「へー、進史様って料理もできるのか。流石だなー」

「しぇ……祆蘭もできるだろう、料理は!」

「なぜ私に振るのかは知らんが、まぁできるぞ。そこまで凝ったものができるかと問われたら首を横に振るし、貴族の舌に合う物を作れるとも言わんが」

「小祆は可愛いのに格好いいよね~。進史様と小祆か、なら私は小祆を選ぶかな~」

「私も。時々私より大人の……格好いい女性に見える。普段やることは気が触れているようにしか思えないけど」

「あらあら人気ですねぇ祆蘭は。私なら祆蘭は娘にするかな。媽媽(マーマ)と呼ばれたいですし」

「それなら少し前に祭唄様が寝惚けてむぐ」

 

 ……ぺち、と口に当たった祭唄の手。

 しかし、時すでに遅しである。

 

「えー! なになに、祭唄……小祆のこと媽媽呼びしたの!? 可愛い~!」

「そういえば、青清君も一時期祆蘭のことを母親のように……あら、そう睨まないで? 酒の席で剣気なんて出すものではないわ」

「もー、祆蘭はどう考えても娘でしょ! こんなに可愛らしい母親なんて幻想です!」

「それも祭唄様が先日むぐ」

「なになになに!? ちょっと祭唄、普段から小祆に何してるの!? おーしーえーてー!」

「……ああ、黄州で……私が帰ってきた時に見た、祆蘭を抱えて圧し潰していたあれの話か」

「つまり、祭唄にとって祆蘭は媽媽であり娘である、と? 新しい概念だねー。でも良いと思いますよ」

「可愛くて格好いいから? ……ね、小祆。一回でいいから、私のことも媽媽って呼んでみて!」

「では私も」

「ここは便乗する流れね。私もお願いするわ」

「別に構わないが、お前達の歳で九歳の娘は無理があるんじゃないか?」

「そもそも……あの時私は……娘扱いしたんじゃなく、子ども扱いしただけ。祆蘭はもっと子供っぽいことをするべきだから」

「なんだ、お前の乳房から乳でも吸ってやろうか、祭唄様」

「"そういうこと"がお好みなら、私も付き合えるけれど、どうかしら」

「こういう場だから聞くけどさ、黒根君。あなたが黒犀城で女性と睦合っているという噂は本当なのですか?」

「ええ、本当よ。裸を見たことが無いのは凛凛くらいかしら」

「きゃー! え、え、どこまでやるんですか!? 私は接吻と……触りっこくらいしかやってなくて!」

「嘘吐き。前の恋人のどの時のどういう反応が可愛らしいとか、色々語って来たくせに」

「あれは首筋を舐めただけだもん」

「あら……皆さん案外初心なんですね。私はそれなりの知識を有していますよ」

「それなりの、って……ちょっと蜜祆!? いきなりなんてもの送り付けて来るの!?」

「ふふ、女の子が好き、なんて言って……ソッチを見たことの無いあなたには、刺激がつよかったかもね~」

「ちょ……う、祭唄に転送!!」

「……。……やめて」

「この際だから青清君にはこれをあげましょう」

「む? ……おい、なんだ……これは。こ、こんな事実は存在しないぞ!」

「ふふ、あなたの身体は見たこと無いけれど、よくできているでしょう? 先日の仕返しを受けて、凛凛が本気で考えたものよ」

「──良い度胸だ、あの小娘……」

 

 うむ。

 やはり下ネタに誘導すると会話が加速するのは世界共通か。酒飲みは口が緩いからな、赤裸々な話でも、あるいは性的な話でなくともそっちに持って行ってくれる。

 あとはこれを美味い事親愛と恋愛の話に持って行けばいい。

 

 しかし、この輝術のやり取りは……あれか。

 ちょっと危ない画像を拾って、それを仲間内のSMSにアップロードして、「やば~い」って言ってるみたいな。この世界に「やばい」概念があったらそれ一色になっていたことだろう。さらば「やばい」概念、地球以外の場所で育たないことを願う。

 

「祆蘭」

「ん、どうした祭唄様」

「接吻しよう」

 

 ぐ、と上体を引っ張られて……己の身体を浮かせた祭唄が、キスをしてくる。

 本当、唐突に。なんの前触れもなくだ。

 ……やっぱりちゃんと酔ってるな。

 

 おい、舌を入れて来るな。ディープになるだろうが。

 しかも離れられない。これまさか固定か?

 

「な……何をしている!」

「あら、大胆ね」

「え~!! いいな! いいないいないいな祭唄! 私も! 小祆、私も!」

「おやおや……ふふ、良いことを思いつきました。黒根君、少しいい?」

「なぁに? ああ……ええ、構わないわ。けれど……悪い人。気付いていたのね、あなた」

「わかりやすいですから」

 

 完全に体を抑えつけられている。……こうなると命数尽き果てるまで抵抗する、なんて言っても無駄だな。

 固定の輝術……呼吸はできるし眼球も動かせるけど、身体が一切動かない。ただ動かないだけで咥内は蹂躙されているから、固まっているわけではない。

 

 ──あくまで相対位置の固定だ。この者とお前の相対的な位置を固定しているだけで、お前を固定しているわけではない。離そうと、あるいは離れようとしなければ腕や手を動かすことは可能なはずだぞ。

 

 へえ。あ、本当だ。

 祭唄をどこかへ追いやろうとしなければ動く。……ふむ、ということは、意思に作用する輝術なのか?

 あるいは……別の……。

 

 ……そろそろ息を吸いたいのだが。

 

「へ、黒根君!? それに、蜜祆まで……何をする!」

「まぁまぁ、黙ってみていなさいな。──どう? 悔しい?」

「いいんですか、青清君。ちゃんと宣言しないから盗られちゃうよ?」

「い……いや、それは……。というか、やはり祭唄は祆蘭のことを……」

 

 視界を祭唄が埋め尽くしているから何も見えないけど、なんか青清君がおかしな方向性に行っている気がする。違うぞ青清君、祭唄のこれは酔っているだけで。

 

「交代交代交代~! 祭唄、私の番!」

「……だめ。祆蘭は私が虜にする」

「祭唄に結婚願望はないんでしょ!」

「夜雀こそ、九歳に求婚は見境が無さすぎる」

「私はいいの! 十五歳になった瞬間に結婚できるように愛を育んでおくんだから!」

「その頃には私と幸せになっている」

「どっちも私が幸せにするから~!!」

 

 祭唄これ、輝術師の肺活量でやっているな。喋っている時は呼吸できるからいいものの、固定の輝術を一切解いてくれないので姿勢も結構つらい。

 これは後で悶絶ものだろうなぁ。

 

「……むぅ。いいよーだ。じゃあ私、小祆の身体で遊ぶから!」

「!?」

「あらあらあら」

「まぁ……」

「一応人前。自重して」

「別に女の子しかいないんだし、大丈夫大丈夫。あ、なんだったら青清君たちも混ざりますかー?」

「な……な……」

「だめよ、青清君。輝術はだめ。楽しい楽しいお酒の席なんだから……はい、宣言しないのなら、ここで座って見ていなさいな」

「そうそう! あの三人は歳こそ離れていますが、見た目だけなら結構お似合いだし!」

「むー。全然来てくれない……。じゃあ祭唄も脱がせちゃお」

「──ま、待て!」

 

 お。

 

「あれ……青清君? やっぱり混じりますか?」

「ち、違う。そうではない。……その、祭唄、夜雀。……祆蘭を……その、私に……貸してくれ」

「……。……青清君の頼みなら」

 

 ようやく解放される。

 そのまま浮かべられて……鈴李の手元まで来た。

 顔を赤らめる彼女と、その後ろでニマニマしている黒根君、蜜祆さん。

 

「──どうした、鈴李」

「~~~っ!?」

「鈴李? ……ああ、青清君の名前だっけー」

「そう。可愛い名前。羨ましい」

 

 何か決心のついたような表情だったから、不意打ち気味に名前で呼んでやれば……見るも無残に決壊した。

 わなわなと震わせられる口元。耳まで紅潮した頬。後ろの野次馬二人。

 

「……祆蘭」

「ん」

「……」

 

 ちゅ、と。

 小さく、軽く。けれど……確かに。

 

 鈴李は、私の唇を奪った。

 

「あ、やっぱり青清君も」

「夜雀、ちょっと黙って」

 

 そして──。

 

「しぇ……んんっ。ふぅ……。……祆蘭は……私のものだ。わ、私の愛する、私の……恋、恋する相手だ! 誰にも渡さぬ!!」

 

 宣言をする。

 彼女の後ろでにこにこしながら手を叩く蜜祆さんと、「私がくっつけました」みたいな顔をしている黒根君。

 

「え……え? どういうこと?」

「青清君の想い人は祆蘭。そうじゃないかとは思ってた」

「えー! ……あ、でも……私達は冗談だけど、もしかして……」

「うん。多分本気。歳の差は恋愛に?」

「関係ない!」

 

 ……ふむ。

 まぁ……上手く行ったと、そう言える……のか?

 恋愛と親愛の違いが分かったかどうかはともかく、スタンスを固めることができたのは良い事だ。

 

 ──悪い女だ。ここまでして、鬼に寝返る気でいるのだろう?

 

 別に寝返るつもりは無いが。

 

 ──同じことだ。だが……この者。私がお前の中にいると知ったら、あらゆる手を尽くしてでも私を引き剥がそうとしそうだな。

 

「小祆小祆!」

「なんだ、夜雀様」

「小祆の返事は!?」

「……"そうか"、だ」

「酷~~い!! でもそっか、小祆だったんだ……えー! え、これ進史様は知っているの?」

「ああ、知っている」

「大丈夫!? 進史様、傷心中だったりしない!?」

「流石に九歳に嫉妬はしないと思うけれど……あとで進史に聞いてみようかしら」

「……別に聞いても構わぬが、奴からお前に向けられる視線は今後汚泥を見るそれになるだろうな」

「あ!! 黒根君、蜜祆、祭唄! 私達早くここを出ないと!」

「なぜだ。まだ女子会とやらは始まったばかりで」

「だって、青清君──今の流れなら、スるんですよね?」

 

 天使が通り過ぎる。

 言われていることが理解できない様子の青清君は……けれど、突如眉間に皺を寄せて、勢いよく黒根君の方へと振り返った。

 

「な……な……何を送り付けて……」

「私と華の睦合いを、二人の顔に変えてみたものだけど、どう?」

「どう? ではないわ!! ……夜雀もだ! そんなことはせぬから、そ……そのだな、祆蘭の振り向かせ方とか……洗いざらい吐いて行け」

「え、可愛い。……青清君、可愛い」

「ななな、なんだいきなり」

「綺麗系だと思ってたけど……青清君、可愛いですね。……えへへ」

「夜雀、涎はやめて」

「気付いたみたいね、小夜。そうよ、青清君……小鈴(シャオリン)は可愛いの」

「ええい! お前と歳はそう変わらぬだろう! そのように呼ばれる筋合いはない!」

「ちなみにこれは昔の話ですが、青清君が進史様と大喧嘩をしたことがあってね。この部屋から進史様を追い出した青清君は、あることを叫んだのです。青宮城じゅうに響き渡ったその罵倒は、"馬鹿、進史の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!"だったよ。懐かしいですね~」

「蜜祆……!?」

「へぇ。可愛いじゃないか」

「可愛いらしいわ。その時の記憶、そのまま私にくれない?」

「それ、いつの話? 知らない話」

「その後冷静になった青清君が緘口令を敷いちゃったからねー。でも、十年以上青宮城に勤めている貴族なら知っている人は多いと思いますよ」

「お前、ずっと黙っているから忘れたのだと思えば……!」

「忘れないよ~。じゃあここからは、青清君のもう少し若い頃の可愛らしい話をしてあげましょう」

「やめぬか!!」

 

 なんか。

 想定とは違ったけれど……。

 でも、青清君が畏怖の対象ではない、というのが伝わったのなら、良い会だったんじゃないかな。

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