女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第四十七話「松風ごま」

 既視感。

 混幇の秘密基地らしい『山灰庇炉處(シャンフゥイビールーチュ)』。そこを破竹の勢いで破壊していく奔迹(ベンジー)の姿に、思わず待ったをかける。

 

「お、どうした?」

「これ以上壊すな。崩落する」

「いやいやそれを考えられねえ俺じゃないって! ここの通路のどこがどうなってんのかはちゃんと把握してる! 大丈夫大丈夫!」

「お前が把握しているかどうかの問題ではない」

「ってーと?」

「良いから従え。納得させられる材料はない。そんな気がするだけだ」

「んー。ま、静かなのがお好みならそれに合わせるか。そう、俺は、あ、流離いの奔迹! 出来得る限り、女の子の望みは叶えていく男! 男! 男……!!」

 

 直感ではない。ただ、そんな気がしてならないから、止めた。

 少し前までは調査するつもりだったのに、自然と破壊する流れになっていたのもストップをかけることができた要因の一つ。

 明らかに……「そうさせよう」という道筋のようなものがあった気がする。

 

 前との違いは、鬼子母神による「力をくれてやる」がなかったことか。

 もしどこかのタイミングであれをされていたら、結衣よりはこっちの話に理解を示してくれそうな奔迹とて暴走していた可能性がある。あるいは、祭唄さえも。

 

 となると鬼子母神は「それ」の手先?

 ……弁明無し。この思考が聞こえているのかは知らんが。

 

「ん……待て。そもそもの行軍を止めたい」

「どうした、足でも疲れたか? 俺が負ぶってやろうか? ……おい嬢ちゃん、今のは本気で他意の無い善意!! なんでその小桃(シャオタン)ばりの目で俺を見るの!? 普通に子供だから疲れたのかなって思っただけじゃん!」

「表情を変えたつもりはない。そう感じ取ったのなら、それはあなたに罪の意識があっただけ」

「おおおおい君までそっち方面で俺の敵になると疲れるって!」

 

 私の顔に免じてだろうが、妙に仲良くなった二人……を背に、砕かれた外壁に手を当てる。

 奔迹が壊したことで本来の壁が表出している。輝夜術は既に破壊されているから、奔迹の鬼火と祭唄の輝術で充分な光源も保たれている。

 だから、その壁の異様さがわかる。

 

「……溶けて……いや」

 

 奔迹は「崩落の危険性について把握している」と言っていた。

 けれど、直感ではない部分で「崩落が起きる」と私は感じた。繰り返している可能性があるから……だけではない。

 私は多分、無意識に何かを情報収集して、その答えを導いた。

 

 溶けている、ように見える。黒い岩壁は、けれどウレタンフォームのスプレーが劣化したあと、みたいな歪みを見せていて……それがどうにも……何かの警鐘を鳴らす。

 洞窟について、そこまで詳しいわけではない。というかほぼ知らない。

 ……なんだ? 何に引っかかっている。

 

「ああ、だから……虫によって形成された洞窟という感じがしないんだ。この洞窟は多分、元からここに……」

「──嘘だろ?」

 

 ミシ、という音がした。

 浮遊感と凄まじいGが体にかかる。

 直後、私は祭唄に抱えられた状態で数(m)先の地点にいた。……先程まで己のいた場所が完全に崩壊している、という結果をまざまざと見せつけられる状態で。

 

「……」

「……」

「いや! いやいやいや! あり得ないって!! な、何か仕込みがあるとかだって! 俺そこまで馬鹿じゃないよ!?」

「同時に賢くも無かった。それだけ」

「待って!? 言動小物で頭脳も並以下だと俺もうなんでもないじゃん!? ちゃんと考えられる鬼! 俺ちゃんと色々考えられる鬼!」

「結果は嘘を吐かない」

「ふ……混幇め! 俺を罠に嵌めようとはなんてやつらだ!!」

「少なくともあなたは今軽率な行動で祆蘭を殺しかけた。反省して」

「……軽率な行動は控えます」

「よろしい」

 

 二人のトークに一切入り込まず、考える。

 確かに……仕込みという可能性はある。いやだって、洞窟が崩れる時の音「ミシ」じゃなくない? まるで家屋が倒壊するみたいな音だった。軽い音。ただし崩落音は重い音。

 人工的に作られた洞窟を通路に改造……したにしては、曲がり方があまりにも使用に向かない感じだったけど。

 

 ……崩壊した天井の石、一つ貰って行こう。研究者の真似事ができるわけじゃないけど、暇があれば祭唄に物質精査をしてもらいたい。

 祭唄に降ろしてもらって、転がっている石を小物入れに。

 これ以上は考えても仕方がない。退路は塞がれたのだ、進むしかないだろう。

 

「おい、じゃれついてないで行くぞ」

「えええ!? 俺達の足止めたの君だよね!? 今の崩落で頭打って記憶飛んだとかじゃないよね!?」

「いちいち叫ぶな鬱陶しい。それに、お前が暴れていなければ起きなかった崩落だろうが」

「それは……それはそう、なんだけど……けど……けど……けど……!」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、進行方向を見る。

 ぼんやり見える灯り。松明か輝術かは知らんが、あそこに部屋があるのは確実だろう。私の体感に狂いが無ければ、方角的にもあそこが『西』だ。

 

「そうだ、祭唄。これを付けておけ。気休めだが」

「……祆蘭がたまにつけてる顔布?」

「また虫が胃に入り込む事態が起きないとは限らんだろう?」

「えなにそれ怖」

「……わかった。ありがとう」

 

 軍手応用防毒マスクをつけて。

 では。

 

「え、俺のは? ねぇ俺のは!?」

 

 鬼はこちらにいるが、さて蛇は出るのかどうか。

 

 

 

 そこは……酷く、幻想的な空間だった。

 ここが異世界であることを思い出させるというべきか。

 

 灰色の水晶。それが幾重にも折り重なった巨大水晶。

 見える範囲、至る所にそれがあって、壁には水がこれでもかと押し込められている。……こっちは恐らく輝術だな。

 

「……晶洞、だったか」

「凄い。水を阻んでいるのは輝術だけど……この水晶は輝術によって作られたものじゃない。全て天然の生成物だと思う」

「いや、確かにすげぇ。天染峰にはこういうところそこそこあるけど、ここまで大きいのは初めて見た」

「他にもあるのか」

「あるよー、今度連れて行ってやろ……うか、とか言わないのでその目やめてね?」

 

 遮光鉱の鉱脈も乳白色とラメみたいな緑で綺麗だったけど、こっちは別の良さがあるな。

 

 じゃなくて。

 

「奔迹、お前行くべき場所はこっちで合っていると言っていなかったか? ……私達は凄い場所や綺麗な場所を求めて来た観光客ではないのだが」

「ああいや、俺はここに詳しいわけじゃなくてさ。ただ俺が目星を付けてた人間がそっちにいる、ってだけだったんだよ」

「いないじゃないか」

「ねー」

 

 ねー、じゃなくて。

 ……こいつもしや、私の想像以上に適当か?

 

「大きな音を出す莫迦者のせいで気付かれて逃げられたか?」

「どうだろう。逃げられそうな坑道はまだまだいっぱいあるけど……でも、なんとなくそうじゃない気もするんだよね」

「奇遇だな。私もそんな気がしている」

 

 ここが秘密基地だというのなら、ここを潰されるのは痛いというのなら。

 そう簡単に明け渡したりはしないだろう、と。

 

 その上で自分たちが殺されるわけにもいかないのであれば──どうするか。

 

「最も安全な場所に隠れる。それが奴らの行ったこと、か」

「つーまーりー?」

「輝夜術の中に隠れたのだろう。私達が外に出たのをいいことにな」

「そう! 俺もまさにそれを考えてた! た! た……!」

「嘘吐き」

「いやほんとだよ!? なんなら俺の方がそんな気もするって先に言ったよね!?」

「どちらが言うのが早かった、というのを競うのが男の鬼の性なのか?」

「え誰かもうやってんの!? いやいや俺が先発! 俺五千歳! 五千年以上前からいる鬼じゃないと認めませーん!」

「無視するとして、さて輝夜術の中に入る方法を考えなければならないな」

「嘘だよもうそれは。それは流石にもうそっちが嘘だよ」

 

 鬼ならば輝夜術を壊せる。

 正規の手段なら輝夜術のダミー空間に入ることなく元の場所に行ける。

 

 では、敵の設置位置を見つけずにダミー空間だけを引き当てる方法は……さて。

 

「……輝術のことはさっぱりなんだ。元輝術師と現輝術師、頼んだぞ」

「俺が輝術師だったのってそれこそ五千年前なんだけど。……どういう仕組みかはわかるけど、使うのは無理だよ。こういう外法は普通編み出した奴しか使えなくて、誰かに伝承することで広まりを見せていくものだし……」

「そうか、じゃあお前はいい。祭唄、頼りにしている」

「……。……自信はない。でも、まずこの部屋の物質精査から始める」

 

 輝術における開発の難度、外法とやらを編み出す術。

 なーんにもわからんからなぁ。アイデア出しをしようにも、そもそも輝術に何ができて何ができないのかもわからん。

 

 治療以外はだいたいできる、らしいけど、でもダミー空間には入れないのだろう? そういう場所を作ることもできないのだろう?

 ほらもう大体じゃないじゃん。

 

「今、仕組みはわかっている、と言った?」

「滅茶苦茶遅れて来たな……。まぁわかってるよ」

「聞かせて。参考にする」

「……んー。ま、いっか。じゃあ少し授業をしてあげよう」

 

 奔迹は少しだけ悩む素振りをした後、にっこりと笑う。

 そして鬼火を顔の前に持ってきて……それで「絵」を描いた。

 

「いい? まずこれが君。そしてこっちの粒が、君の使う輝術」

 

 簡素な人型と、泡みたいになっている鬼火の粒。想像以上にわかりやすい「動く図説」による授業が始まる。

 

「輝術というのは、基本的には見えないものだ。そうだよね?」

「……それは、勿論そう。基本的には見えない。力量が低い場合や、物質生成をする場合には見えるけど」

「それは力量が低いっていうか干渉能力が低いというべきなんだけど、今はいいや。とにかく君は見えない輝術を使っている。物を持ち上げたり斬撃を飛ばしたり、音を捕まえたり感覚を探ったり。そういうことを見えない輝術を使ってやっている」

「何の確認かわからないけど、その通り」

 

 干渉能力……?

 

「つまりこれら事象は、君の輝術によって()()()()()()()()()()()と考えるべきなんだ」

「そういう、力?」

「そう。物を持ち上げる力。剪断力を遠くに届かせる力。音に干渉する力。物質を読み取る力。君の輝術はあくまでそれら力の指標となっているだけ。君達輝術師は感覚的にはその指標そのものを動かしている気になっていると思うけど、実は違う。本来は君達が動かしている指標の後についてくる力の方を動かしているんだ」

 

 ……成程。

 少し言語化の難しい話だけど、要は「ロケット」ではなく「推進力」の方を操っていると言いたいわけだ。……例えを間違えた気がする。

 そう……「テニスラケット」ではなく「運動エネルギー」を操っているというか。「彗星」ではなく「たなびく尾」を操っているというべきか。

 

 ……うわ難しい。

 

「それが基本。輝術というものが何か、についての答えを俺は知らないけど、輝術がどういう作用をしているのか、についてはこんな感じ。どうかな、ついて来られそう?」

「なん……とか」

「ま、この辺は帰ったら自分で感覚を掴んでみると良いよ。……それで、この黒い輝術について。今の話が大前提だから、ちゃんと覚えてね」

 

 鬼火が、今度は泡のような粒ではなく輪を作る。

 しっかりとした輪郭の有る輪。円。

 

 奔迹はその円の中を、鬼火で埋め尽くして行き……輪郭の方を取っ払った。

 

「輝術による結界の中には、姿を隠すものや気配を消すものがあるだろ? 声を変える、消す、でもいい」

「ある。……私は苦手だけど」

「それらも"姿を隠す力"、"気配や音を引き留める力"、"空気中に放たれた声の響きを変える力"というような、"そういう力"が働いている。黒い輝術はその辺りの力を指標無しに持ってきているんだ」

「……どうやって?」

「そのどうやって、が今考えなきゃいけない話だね。仕組みは今言った通り。本当にただそれだけ。自分たちの操っているものが"指標とそれに付随する不可視のそういう力"だと気付いた者が作った、"そういう力"だけを作用させた空間」

 

 これまた難しい話だ。

 けど、結衣の説明よりかはわかりやすい。

 つまるところ、元来の輝術師は「不可視の力」を誘導灯とでもいうべき指標で操っていて、けれど彼ら彼女らには誘導灯を操っている自覚しかない。

 ただ、輝夜術を開発した者は「不可視の力」側だけを操作する術を手に入れていて、その中でも「姿を隠す」……遮光、あるいは偏光板のような役割をする力や、遮音する力なんかを集めた「その場をその場でなくさせる力」をこの場に敷いている、と。

 ……ちゃんと要約できているか怪しい。それくらい難しい話。

 

 で、じゃあ祭唄が何をすればそれに干渉できるのか、というのは……うーん、であると。

 

 だから奔迹は祭唄に指示を出さなかったのか。仕組みはわかっていても解除方法を知らないから。

 

「遮光鉱が効かない理由はなんだ?」

「それは、そもそも遮光鉱とは何か、という授業をしなきゃいけないんだけど……する?」

「答えを知っているのか。以前、それを知らない鬼と戦ったことがあるのだが、お前が物知りなだけか?」

「俺が物知りなだけだねぇ」

 

 まずいな。

 認めたくなかったけど……こいつ本当に有能かもしれん。

 言動は残念だけど、ちゃんとしてる鬼の可能性が出て来た。さっきの崩落も多分こいつの言う通り、普通の洞窟であれば崩落しない範囲内だったんじゃないか、とさえ思えて来たし。

 

 そうだよな。

 あの桃湯が黄州での監視を一任する鬼だもんな。

 性格に難あれど実力が保証されているからこそ、だよな。

 

「それで、聞く?」

「いや、私は聞きたいが、今は案出しの方を優先してくれ。祭唄は何をすればいい?」

「うーん。今天井付近に穢れを拡散させてみたけど、特に何もなかったあたり……入り口も完全に閉じている可能性がある。術者であれば内側から入り口を作ることも容易いだろうから、俺達がいなくなったのを見計らって、ってやり方でも遅くはないんだ。入り口さえ見つかればそこから侵入して結界の内壁を崩す、ってやり方が使えるけど、それが見つからないとなると鬼側でできることはなにもない。かといって輝術師に何ができるのか、というと……」

「……ごめんね、祆蘭。最後の最後で……役に立てないかもしれない」

「流石に諦めが早いように思うが、輝術関係はてんでさっぱりだからな。お前達がそう言うということは、余程無理なのだろう」

 

 であれば、だ。

 

 であれば。

 

 ──私にはもう一つ手段があろうというもの。

 

「なら、少し待て。突破口を見つける」

 

 さて──何を作ろうか。

 

 

 

 手元にあるものは、トンカチ、錐、定規の小物三セット。鱗木(リンムゥ)の鑢、そして編みぐるみに使った残りの糸が少々と緊急時用紙鉄砲、最後にさっき手に入れた石があるだけ。

 石は持ち帰るものだから使わないとして、糸と紙鉄砲だけで何が作れるのか。……紙鉄砲をもう一本作るくらいしかない。

 

 他。……糸もなぁ、編むような長さではないんだよな。

 この長さでできるもの……。

 

 まぁ。

 

「祭唄、その辺りの水晶の表面を……そうだな、厚さ五毫米(mm)くらいになるよう切断できるか? 大きさはこれくらいで」

 

 これくらい、と言って見せるは両手の人差し指と中指をくっつけた正方形。

 彼女はこくりと頷き、目にも留まらぬ速さで刀を振るい……それを切り出してくれた。

 

「さらにこの中心付近に二つ穴を開けてほしい。割らないように」

 

 流石に錐だと罅が入りそうだからな。

 その加工までお願いする。……今度は刀とか使わずに穴が開いた。

 

 水晶片を受け取って、鋭利そうな部分に多少鑢をかけて……穴に糸を通し、糸を結んで輪っかにする。

 

 完成、松風ごま……あるいはぶんぶんごま~!

 

「これを、こうして」

 

 輪を引っ張って平行になるよう両端を持ち、中心の水晶片をくるくる回して糸を巻く。

 ある程度糸が巻けたら少し強めに引っ張って……ぶーんと音を立てて駒が高速回転すれば成功。

 

「えっと……えっと? いきなり何? 小祆はどうしちゃったワケ?」

 

 糸を引く。両側の糸を。すると、駒が高速回転する。

 音を立てて回る。

 

 ……引っ張られることで、糸が元に戻ろうとして駒を回す。つまり、「元に戻ろうという力」が働いて「駒が回る」。

 

「なぁ、これは……私が輝術を知らぬが故の疑問なのだが、いいか?」

「うん。なんでも聞いて」

「その奇行の後だとちょっとどころじゃなく怖いけどな! まぁ頼られたら? 勿論? 大歓迎だけど?」

「痕跡とはなんだ。皆洗わなければ見えないものであるように言うが、それはなぜだ。普通は見えないのか?」

「あー、痕跡はね、さっき言った"そういう力"の残滓なんだよ。指標を操っているんじゃなくて力の方を操っている、ってさっき説明しただろ? だけど輝術師にその自覚は無いから、用意したけど使わなかった力……余剰分の力が()()()()()()()()()()()から、まるで足跡みたいに使った場所から術者の方へ伸びるようにして痕跡が残る」

「輝術は、見えない。だから瞬時の判断はできない。でも空気中を精査することで、明らかに他と違う場所が浮き彫りになる。それが痕跡を洗うという行為」

「今、この場でやったら、何か見えるか」

「ううん。最初に精査をしたけど、何も見つからなかった」

 

 なら、ここじゃない、ということだ。

 

 輝術は「駒を回す」結果を得るために「元に戻ろうとする力」を操る術。ただし輝術師に力を操っている自覚は無く、「駒を回しているだけ」だと考えてしまっている。

 輝夜術は「元に戻ろうとする力」だけを操る術。結果的に不可視であることが損なわれてしまっているけど、ランクで言えば多分上位の……純度の高い輝術であるように思う。

 

 でも、どちらも輝術であることに変わりはなく、むしろ純粋に力を操っている分世界に齎す傷痕は大きいはずだ。

 あとは元の場所に戻ろうとする力に対して、その流れに乗るようなアプローチをかけてやれば。

 

「引き返すぞ。崩落地点までの道中で、痕跡が無いか。祭唄は慎重に見てくれ。その間の護衛は奔迹、お前に任せる」

「おー? まぁやるだけやってみっか!」

「……頑張る」

 

 私達が輝夜術のダミー空間を出て、奔迹が秘密基地を壊し始めて、そこからさほど時間は経っていないはず。

 夜に施された輝術の痕跡でも朝になるまでの数刻程度は残っているはずだ、とはされているのだ。あるはずだろう。

 ……崩落していなければ、だけど。

 

 

 果たして──それはあった。

 

「ここ。この痕跡……不自然に空中で途切れている」

「ちょっと退いてくれ。穢れで浚う」

 

 祭唄を充分な距離まで退避させてから、穢れをそこにくぐらせる。

 瞬間、バチッと……静電気で青白い電気が見えた時くらいの「何か」が弾け飛んだ。

 

 ──まるで流水に墨を垂らしたかのように、ある一点からどこぞかへ流れていく穢れ。

 その穢れを一度完全に浄化し……今度は祭唄の輝術で、「穴」の形を浮き彫りにしてもらう。

 これで完全に入り口が見えた。

 

「おお、本当に出るとは。……よくわからん発想の飛躍があったけど、凄いな!」

「祆蘭、さがって。何が出てくるかわからない」

「大丈夫大丈夫、なんてったって俺がいるんだか」

 

 ら、まで言い切ることなく……奔迹は、その穴から出て来た巨大な腕によって殴り飛ばされた。

 浮遊感と強烈なG。さっきと同じだ。

 

 気付けば遠い場所に祭唄といて。

 穴から出て来た……腕。いや、こじ開けて出てくる()()()()を、まざまざと見せつけられる。

 

「……穢れが。……これは……無理。あの晶洞まで逃げる」

「え逃げるの? なんで?」

「勝ち目がない。あの鬼がいとも容易くやられた以上、私ができることなんて」

「え嬉しい。俺のことそんなに買ってくれてたんだ! よーしお兄さんやる気出て来たぞ~!」

「五千歳なら爺だろう」

「心は! お兄さんなの!! なんてったって俺は、あ、流離いの奔迹! 人は俺をこう呼ぶ! あ、愛の伝道師……師、師、師と……!!」

 

 ぎょっとした目で無傷の奔迹を見る祭唄。いやそれは流石に鬼の耐久性を舐め過ぎじゃないか? 私でも無事であることはわかっていたぞ。

 ……いやそうか、輝術師って鬼についてほとんど知らないんだっけ。むしろこう何度も鬼と行動を共にしている私の方が珍しいのか。

 

「どうでもいいがな愛の詐欺師。わかっていると思うが」

「伝道師!! そんで、わかってるよ。短期決戦にしないとこの洞窟が崩れる、だろ?」

「ああ。情報を取るために生かして欲しくもあったが、どうやら言葉が通じなさそうだ」

 

 ずるりと穴より這い出て来たそれ。その巨体。

 灰緑色の肌と……それはもうTHE☆理性が無いです。とでも言いたげなとっちらかった瞳。

 

 はい、いつもの理性無き鬼です。

 

「祭唄、顔布の上からさらに輝術の防護をかけてくれ」

「……わかった」

「えこれがそうなの!? 俺の胃に入ってくんの!?」

「鬼の体内は大体のものを圧し潰せるのだろう?」

「なんでそんなこと知ってんの!? そんなの調べる奴余程の物好きだけだよ!?」

「お前と同じくらいの物好きが最近鬼になったんだよ」

「それは嬉しいね! あ、もしかしてだから小桃は"もう少しでようやくあなたを頼らずに済むようになる"なんて悲しい事を言って来たのかな! そいつがいれば俺用済み!?」

「ああ、捨てられたんだよお前は」

「否定してほしかったなぁ!!」

 

 ぎゃーぎゃー喚く奔迹。完全に視線をこちらにやっている彼の頭部に、灰緑色の腕が迫る。

 祭唄が「危ない」と口にしようとしたのがわかった。

 ……顔布つけた時点から実はわかるわけがない、というのはこの際おいておいて、今にも飛び出しそうな彼女を制する。

 

「祭唄を不安にさせるな。危機など演出せずとも良いから、とっとと倒せ莫迦者」

「あいよー」

 

 ずがん、と。

 杭打機でも使ったんじゃないかと思うほどの轟音が響いて……瞬きの間に、その「理性無き鬼」の図体に巨大な風穴が開く。

 風穴、とは言ったけど、ぶっちゃけ図体より穴の面積の方が大きいから……何かを食らって理性無き鬼が千切れ飛んだ、と表現すべきかもしれない。

 

 やっぱりこいつも、鬼火ではないものを操る鬼、か。

 

「……ん? おかしいな、鬼火がつかない。……えこれで死んでないって本気で言ってる?」

「気を付けて祆蘭、あれ、肉片になってもまだ動いて」

「ま磨り潰すけどー?」

 

 肉片が、細胞の一片になるまで、徹底的に。

 奔迹が操っているのだろう「何か」が、理性無き鬼を言葉通り磨り潰す。

 

「……鬼火つかないんですけど!? 嘘だろその状態で死んでないとか最早鬼でも幽鬼でもないって!」

「いや……恐らく肉体が生きているからだろう。黒州で出会った"(とこしなえ)の命"も似た仕組みだった。あちらは魂たる鬼が死ねば肉体も死ぬものだったが、こちらが本陣となればその上位のものがいてもおかしくはない」

「いやいやいや……確かに肉体と魂は切っても切れない関係だよ? でもこれやりすぎだって。魂をここまでばらばらにされて生きてるとか……苦痛も一入だし、生きてても意味ないし。いやホント人間のやること理解できねー……」

「意味はまぁ、あるのだろうな。今でさえ死なぬ兵を作り得る。あるいはこの技術が完成にまで漕ぎ付けられたのなら──」

「何をされても死なない理性ある鬼が出来上がる、って? ……考えただけでも吐き気のする存在だな。素直に嫌悪感を覚えるよ」

「とあらばどうする。鬼として、どう対応する?」

「んー。まぁまずは」

 

 塵灰となった理性無き鬼の残骸に手を翳す奔迹。

 直後、通路の至る所……細胞片が散ったと思われる箇所から、形容の見つからない何かが引き抜かれる。

 

「魂か」

「噓だろ……。なんで鬼の魂を知ってんの……? え、もしかして鬼が鬼の魂を食べるところを見たことがあるとか? ……小桃、君にどういう教育してんの? ちょっと心配になって来たんだけど」

「別に教育などは受けていない。たまたま目にする機会があって、たまたま捕食する側の鬼と仲が良かっただけだ」

「どういう偶然があればそうなるの……?」

 

 言いながら、バリムシャと魂を食べていくその姿に……祭唄から「う」という呻き声が漏れる。

 ……あ、引くんだ。今潮が求めてたのはこういうリアクションね。理解理解。

 

 食べ終わって、もう一度、という感じで鬼火をつける奔迹。今度はちゃんと点火したらしく、壁に燃え移らない青白い炎が残片を消し飛ばしていく。

 

「なぜ鬼火は死体を燃やせるんだ」

「そりゃ不要になったからだよ。……ん、ちょっと待った今の無し! 俺もわかんないな!! ははは!!」

「そうか、わからないか。残念だ」

「おう!!」

 

 不要になったから。

 ……誰にとって? そして、こいつは想像以上に「いろんなこと」を知っているみたいだな。

 

「よーしなんだか旗色が悪いし、俺はこのままここに突っ込んで中を見て来るぜ! 資料の類があったらできるだけ傷つけずに持ち帰って君達に渡す! これでいいかな!」

「一応死ぬなよ、とは言ってやる」

「うおおおお声援ありがとう! やる気出た!」

 

 中空に開いた穴をさらにこじ開けて、中へと入っていく奔迹。

 後を追おうかとも思ったけど……祭唄の顔色が悪い。前に進史さんが陥った体調不良に似ている。

 

 理解の出来ないものを無理矢理呑み込んだ結果の蒼褪め。……無理はさせられんな。

 

 まぁ、充分動いたし。

 ここくらいは、座して待つかね。

 

 奴が本当に有能なら一瞬で終わらせるだろうし。

 

「……ごめん。ごめんね、祆蘭。……弱くて……ごめんなさい」

「いいから落ち着け。嫌なことは忘れろ。……余計なことは考えるな。お前はちゃんとやっているよ」

 

 吐き気をこらえるように喉を押さえ、うわごとのように謝罪を口にし続ける祭唄。

 己の設定するハードルが高すぎるんだよな。……もう少し下を見ることを覚えろ、莫迦者。

 そんなんじゃ、いつか潰れてしまうぞ。

 

 ……青清君と進史さんの関係性をどうこうするより、祭唄の意識改革の方が先かなー、なんて。

 これも余計な節介、だったりするのかなぁ。

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