女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第四十六話「メリーゴーラウンド」

 空中で私をキャッチした祭唄。彼女は何度か瓦礫や壁を蹴って、そうして"底"へと辿り着く。

 着地の衝撃は無かった。どうだ旧蓮(ジゥリェン)、輝術師も凄かろう。

 

「……随分と落とされた」

「らしいな」

 

 深さは……暗くて目測が難しいけど、七十メートルとか百メートルとかそれくらいだ。あ、だから百米ね。

 

「おーい! 大丈夫かー!?」

「問題ない! 祆蘭を持ってすぐに上がる!」

「必要なら誰か呼ぶけど、どうだ!」

「問題ないと言った!」

「おーい! おい、聞こえてないのか!? ……どれだけ深いんだよ!! ……待ってろ、すぐに誰か連れて来る!」

 

 ……。成程。

 林の中の穴とはいえ、こんな「真っ暗」になるのはどうなんだ、とか思ってた。穴の直径かなりでかいしな。

 真っ暗じゃなくて、真っ黒なのね。

 

「……おかしい。声が届いていない。祆蘭、すぐに戻るから、一応ちゃんと掴まっていて」

「すぐに戻れるならこんな穴は用意していないんじゃないか?」

「どういうこと?」

 

 何の意図があって、鬼子母神がこの二人を助けようとしたのかは知らないが。

 簡単に抜け出せる穴ならわざわざ威圧を使ってまで二人を退かそう、なんて発想には至らんだろう。

 

 黒い輝術。輝夜術。

 

 ……一応聞いておくか。黄州に来てからなんてことのないようにやっていた「リスニング」。

 あれはお前の仕業か?

 

 ……沈黙、と。肯定と受け取ろう。

 

「黒い輝術。黒州や青宮廷の水路上で遭遇した奴だ。黒州では遭遇していないが」

「以前、輝霊院が飲み込まれた……おかしな隠れ処に使われていた輝術。概要は聞いていたけど……あちらの光景は見えていて、こちらの声が届かない、というのもそうなの?」

「多分? まぁ気になるなら伝達でも飛ばしてみればいいんじゃないか。それをしないで大声を出した時点で、お前達の本能とでも呼ぶべき部分が察していたのだとは思うが」

 

 たかだか百米で届かなくなる輝術じゃあないだろう。

 青宮城自体七十米近い高さがあるはずだし。高度で言えばもっと高いんだ、だというのに二人とも普通に地上にあるらしい要人護衛の本部と伝達してるしな。

 

「……本当だ。届かない」

「ちなみにどういう感覚なんだ。遮光鉱と同じか?」

「全然違う。弾かれる感覚は無い。……思っている場所にいない、というか。紊鳬が、なのか私が、なのかはわからないけど」

「ふぅん」

 

 遮光鉱のそれじゃない。穢れの寒さも感じない。

 なら、まぁやっぱり輝術の別の使い方、でしかないんだろうなぁ、これ。

 

 して。

 

「座して待つのは性に合わん。行くぞ、祭唄」

「行くってどこへ?」

「行くべき方向はわかっているんだ。ま、とりあえず周囲を照らしてみろ。話はそれからだ」

「もうしてる」

 

 彼女は私を降ろすことなく、身を翻す。

 そこにあるのは眩い光源。……この熱を持たない光だけの存在、っていうのも……まぁ今更だから良いけどさ。

 

「照らしていてこれか」

「うん。だから危ない」

「なんでもいいが一旦降ろせ。自分で調べたい」

「うん。だから危ない」

「おーい。現状でそれをやると流石に不安になるぞ。声が届いてないんじゃないかって」

「うん。だから」

「不安になっている私を見たいだけなのは伝わっているからもういい。降ろさないなら自分で降りる」

「ダメ。祆蘭は手を離すと勝手にどこかへ行くから」

 

 子供か私は。

 子供か。

 

「祆蘭はこれについて、どれほど知っているの?」

「鬼から聞いた話で良いなら」

「……普通なら信じないけど、信じる。だから教えて」

「ああ」

 

 結衣(ジェイー)から聞いた話をそのまま伝える。

 そもそも見えないものを輝術と言い、見える輝術の結果がこの黒を齎すという話を。

 

 祭唄は、最初の方はうんうん、と頷いて聞いていた……のだけど、途中から首を傾げるようになった。

 最後の方は。

 

「……まるで意味が分からなかった。祆蘭、言い包められてない?」

「多分、むしろ真理に近い言葉だとは思っている。近すぎて人間が理解できないんだ」

「かもしれない。鬼だけど、知らない相手を悪く言うつもりはない。そういうことにしておく」

 

 うん、それがいい。

 で、それがわかったところで。

 

「結衣は壁を剥がしていたけど、それは……無理そうだな」

「遮光鉱の小刀で斬ってみる」

 

 そういえばそれがあったな。

 抜かれる刀身。乳白色でも緑色でもなく、月色に光るそれが──壁を切り裂く。

 切り裂かんとする。

 

「……だめ。普通に壁を斬っただけ」

「普通に壁を斬るのもおかしいのだけど、まぁいい。……輝術を名乗っているのに遮光鉱で斬れないのか。あれ、でも黒根君はこれの施されていた穴から本来の道を見つけたんだよな」

「多分だけど、それは入り口だからできたこと。これも多分結界の一種。だから……入り口がどこかにあるはず。そこからしか干渉を受け付けないようにできている」

「それは輝術師としての見解か?」

「そうだけど、なんでわざわざそういう風に聞くの?」

「気になっただけだ。ちなみにこの空間、物質精査は通るのか?」

「やってみる」

 

 輝術師としての発想。確かに私では、私一人では、「黒根君の成功例は入り口だったからできたことだ」には辿り着けないだろう。

 輝術を扱う者にしか出て来ない発想。あるいは知識が無ければ辿り着かない真相。

 

「……四方に、道がある。複雑で……どこがどこに繋がっているかは……わからない」

「感覚で良い。今朝話した『西』はどちらだ?」

「あっち」

 

 なら、行くべき方向は決まりだな。

 西へ。

 

 

 しばらく歩き続けてわかったこと。それは。

 

「『西』へ行こうにも……この通路、ぐるぐるぐるぐると……」

「逐一物質精査をしているけれど、『西』へ向かう通路へはかなり遠回りをする必要があるかもしれない」

「つまり正解というわけだ」

「そうなの?」

 

 ここが「普段使いのアジト」ならともかく、「獲物を捕らえた巣穴」ならそうだろう。

 一番遠い、一番歩いていて徒労を覚えるような、引き返したくなるような通路。それが正解。

 

「ただ問題は、こちらの空間を歩いて果たしてどれほどの意味があるのか、だな」

「模造空間、だっけ?」

「ああ。ここがそういう場所だとしたら、どれほど大切な場所を調べたところで何も出て来ないだろう。やはり根本的にこの輝夜術を壊す必要があって、けど結局入り口に辿り着く必要があって……」

「なんにせよ『西』に行かなきゃいけないのは変わらない。でしょ?」

 

 ……音を上げている暇はない、と。

 その通りだな。

 

「地道に行こうか」

「うん。できるだけ早く見つけるから、もう少し頑張ろう」

 

 今は祭唄だけが頼りだ。

 私にできることはなにもない。彼女のそばを離れるのは悪手だというのはわかるしな。

 あるとすれば、やはり頭脳労働か。

 

 なぜ鬼子母神が出張って来たのか。

 なぜ私が狙われたのか。

 そもそも私が狙われたのか、それとも紊鳬さんが狙われたのか。

 

 答えを知っているはずの奴はだんまりなので、そいつが煩いと言っていた濁流で騒がしくするしかない。

 

 正直今回の件は私が狙いではないような気もしている。

 もっと言うと、あそこに落とし穴を設置していた、というわけでもない気もしている。これは……もっと突発的な、アドリブ的な判断のもと行われたこと、のような気が。

 

 落とし穴でないのなら、この穴はなんなのか。

 笈溌(ジーボォ)の虫による突貫掘削……は、仮にできたとしても、輝夜術を仕込んでおく暇はないような気もする。やっぱりこの穴には、落とし穴ではない全く別の用途があったと考えるのが妥当だろう。

 仮に。

 私達が来なかった場合、紊鳬さんを殺すつもりだった"一派"は……けれど、この穴の真上に来るまでは彼女を殺さなかったわけで。

 そこにヒントがある気がする。

 ……気、しすぎだろう。まぁ推理素人詭弁小娘にはそれくらいしかできないんだけど。

 

「見つけた。こっち」

「おお。ありがとう、祭唄」

「これくらいしか役に立てないから」

 

 そんなこと無いと思うけど。

 要人護衛なだけあって、輝術師たちのことは圧倒していたわけだし。

 

 祭唄に限って「そんなことない」って言って欲しいがための自虐ってわけでもないだろうから、多分本心。

 鬼なんて勝てなくて当然なんだから、ハードルが高すぎるってだけに見える。もう少し気を抜け、若者。私くらい適当に生きろ。

 

 とかく、祭唄の見つけた道順に沿って歩いていく。時折「え、そっち?」な方へ曲がったりしながらも、着々と西へ。

 ……もしここの構造が迷わせるため以外の用途で使われているのならちゃんと口汚く罵ってやろう、なんて思えるくらいの迷路を抜けて、抜けて、抜けて……。

 

 抜け……。

 

「……開けてはいるが、何も無いな。……三叉路はあるが」

「さっきの場所から辿れたのはここまでだった。今からもう一度『西』へ抜けるための精査をする」

「頼む」

 

 気の長い作業だな。

 

 今更だけど、紊鳬さんは誰か助けを呼んだのだろうか。

 呼んだのだとしたら……二の舞にならないか? 何か書き置きとか、って思ったけど多分足元に落ちているものなんざ見えないだろうしなぁ。

 

「祆蘭、こっち」

「祭唄、あっちに斬撃飛ばしてくれ」

「どわああ!?」

 

 いや。

 ……もう少し待てなかったか? どう考えても祭唄がさっきかけた時間と違い過ぎただろう。騙すにしてももう少しらしさをだな。

 

「何者!」

「ちょ……ちょーっと待とう、ちょっと待とう! 怪しいもの……ではあるけど敵じゃない! 味方であるかどうかは怪しいけど敵じゃない!!」

「味方ではない怪しい奴か」

「そうそれ!!」

「つまり、敵」

「違う違う違う違う!!」

 

 なんとなく。なんとなーく気づいてはいた。

 だってあれほど「守らなければいけなくなった」とか言っておいて、こんなあからさまな罠に私が落ちて行ったら……しかも直前に鬼子母神の威圧を出しておいてのこれだったら、そりゃついてくるだろう、って。

 

 祭唄がいることと、確認が取れないことを理由に気付いている素振りは見せなかったけど、あっちからアクションしてくるなら、ねぇ?

 

「桃湯の差し金だろう。とりあえず姿を見せろ、鬼」

「鬼……!?」

「うわちゃー……。……小桃(シャオタン)には内緒にしといてくれたりする?」

「今後のお前の動き次第」

「ったはぁ、聞きしに勝る尊大っぷり! ……ま、そっちの方が動きやすくて良いけど」

「とりあえず姿を見せろ。名を名乗れ。どうせ祭唄の攻撃も意に介さぬくらいには強いのだろう、お前」

「ちょいちょいちょい! 言動は小物なのに実力が凄いって立ち位置、ただでさえ旧蓮に取られ気味なんだからそこは譲っといてくれよ!」

 

 大仰な動きで、私達が通って来た道の方から出てくるのは……THE☆浮浪人みたいな青年。

 中肉中背、猫背、不浄そうな髪と肌。この世にある「浮浪人像」の寄せ集めのような彼は、私達の前に出て来て……左手を顔の右に配置。小指と薬指だけを曲げ、他は開いて固定。右手は左肩を抱いて固定。

 そして素晴らしいまでのキメ顔で──名乗りを上げる。

 

「俺の名は、あ、そう人呼んで……あ、流離いの奔迹(ベンジー)! これでも齢五千年の、あ、最古参を名乗り得る鬼! 鬼! 鬼、に、に、に……!!」

「五千年……!? ……祆蘭、逃げて。刹那とて保たない」

「だそうだが、お前は人を襲うのか?」

「な、わけ! お嬢さん勘違いしている。俺はまずありとあらゆる女性を大事にする! 種族問わず! なんなら雌犬雌猫でも!! そう、俺は──あ、流離いの奔迹だから! から! から……!!」

「……信用できない。であればなぜ、祆蘭を騙そうとしたの?」

「そー……それは! まぁ、ほら輝術師って基本的に話聞かないじゃん? 俺がどれだけ無害な鬼主張しても、信じられぬ、とか言って背中からぶっ刺してくるような奴らじゃん? ……関わらずに済むならそれが一番かなーって」

「祭唄も女性だが、大事にはしないのか?」

「信じてくれるならする! 信じてくれないなら、襲いはしないけど守れないかもしれない!」

「成程」

 

 どうしてこう、理性のある鬼はみんな。

 

 ……桃湯! なんだかんだ言ってお前が良いよ! お前が一番だ! 色々悪く言ってごめん! 他が劣悪過ぎてお前が一番に思えて来た!!

 

「まぁ仮に信頼したとして。お前は私に接触して何をするつもりだったんだ?」

「そりゃここからの脱出よ。確かにこの場所においてそっちに行くのは正解なんだけど、そりゃ元の空間の話。この馬鹿みたいな黒い輝術の中を進んだって意味ない意味ない! ……とはいえ方向が合ってただけでもすごいんだけどね? いや、本気で。なして行くべき方向わかったん? 軽く戦慄してるよ俺」

「……」

「うわすんごい警戒されてる! ……けど~!?」

 

 けど~!? は……私達の後から聞こえた。

 物凄い勢いで振り返る祭唄。

 

「どわあっぶな! 鬼の指の耐久力に対してその勢いの振り返りは普通にぶっ刺すって! 俺が指引いてなかったら危なかったって!」

 

 ぷに、と。

 祭唄の頬に優しく刺さる奔迹の指。彼の言う通り、彼が調節しなければ祭唄の頬に風穴が開いていたことだろう。

 初対面の女性にそれをやるお前が悪い、というのは置いておくものとする。

 

「でもまーこれでわかったっしょ? 小祆(シャオシェン)が言った通り、俺は嬢ちゃん達なんて耳かきながらでも殺せちゃうわけ。なら警戒とかするだけ無駄じゃね? してもしてなくても殺される相手なんだから、俺の機嫌を損ねないように媚び諂うとか……ア、無さそう」

「なんだ、結局敵対するのか? いいぞ、私は命数尽き果てるまで戦う覚悟ができている。祭唄には申し訳ないが、私という厄に出会い、その要人護衛などをしてしまっていることがもう人生の誤算だ。諦めてもらうしかなかろうさ」

「……わかった」

「わかった。じゃなーい!! さっき言ったよね!? 俺は敵じゃないの! 鬼って立場上味方とは言えないし、鬼って種族上怪しさは満点なんだけど、敵じゃないんだよ!」

「言動を聞く限り女の敵ではありそうだが」

「──ふ。生前含めて、俺に恋人がいたことは……無い。無い。無い……い、い、い……!」

「そうか。尚更危険だな。変に拗らせていそうだ」

「え待って? 何が何でも敵対したい系? えちょっと待って? もしかしてこれ、嫌がられてるのわかってるのに桃湯を小桃呼びする俺への嫌がらせだったりする? 久しぶりに頼られて超舞い上がってた俺に課せられた無理難題だったりする!?」

「嫌がられてるのわかってるならやめろよ」

「……呼んだ時に見せる、本気で嫌そうな顔が可愛いんじゃん!!」

 

 OK、小学生のガキだな。

 まぁおふざけはこれくらいにしよう。

 

「祭唄、警戒を解け。最悪私がなんとかする」

「……」

「え、なんとかって何!? やっぱ隠し玉ある系!? だよね、小桃がわざわざ守れって言って来たあたり何かあるよね!?」

「なんだ白々しい。知らぬわけでもないだろうに」

「えちょっとこれでも配慮したんだけど俺!? いいの!? その子に知られたくないんじゃないの!?」

「莫迦者、それは言っているようなものだろう」

「あ!!」

 

 急いで口元を押さえる奔迹。いちいち大仰だな。

 ……ま、良い機会ではある。このまま隠し通すのは無理だろうし、祭唄は他の奴より知っているだろうから。

 

「祭唄。鬼達曰く、私は鬼子母神、なるものらしい。だからこうして鬼が守りに来る」

「正確にはその依代だけど、俺としては"神門()"にも君にも幸せになってほしいよ! どっちも女性だからね! ね! ね、ね、ね……!」

 

 "神門()"? ……今、私の脳内変換が勝手に作動したけど、文脈から察するに……そっちも、なのか。

 ──相変わらず口の軽い奴だな。

 

「その口の軽さ、昔からなのか」

「へ? 今俺なんか口走った!? ……ちょっと待って、本気でわからん。え、依代とか言っちゃダメだったか?」

「いや、いい。そのままのお前でいろ」

「ありのままの俺が好き……!?」

「噓偽りの鬼よりかは好ましいな」

「……祆蘭。男の趣味が悪い」

「比較的だ比較的。それより、心の整理はできたのか」

「ううん。でも……ここで迷っても、恐慌に陥っても、何にもならない。青宮城に帰ったら詳しく話を聞く。けど、今はここから出ないとだから」

 

 理解できないものを、一旦保留にする。

 それを覚えたのだ。良い事だな。

 

 して。

 

「一応問う。先程祭唄に気取られたのはお前ではない。そうだな」

「……何の話? いつの話?」

「その反応で充分だ。加えて問う。お前、"(とこしなえ)の命"についてはどれほど把握している?」

「あー。なんか最近再燃してる馬鹿みたいなやつでしょ。流石に知ってる。人工的に鬼を作る、だっけ? いやほんと、人間はさぁ、この輝術亜種もだけど、法則の裏を突くのが好きすぎる! もちっと分相応な望みを持てないわけ? 俺悲しいよ、こんな馬鹿共と元同じ種族ってことが。鬼になって良かったァ!!」

「小を見て大を決めつけるな。愚かではない人間も多少はいる」

「でも小祆、理性ある鬼はみんな残念なんじゃないか、って思ったよね!? 俺見てそう思ったよね!? あと多分小結(シャオジェ)とか見てそう思ってるよね!?」

「細かいことを気にする奴だな。小を見れば大がだいたいどういうものかくらい掴めるだろう」

「おおおおい刹那で主張を反転させるなよ! っていうか、ちょ、え? 何この子疲れるんだけど!? 君よくこの子の護衛とかできてるね疲れない!?」

「疲れはする。けど、それが仕事」

「おおおおおお疲れ様……。そだよね、仕事……大変だよね……」

 

 ……いつまでここに突っ立っているつもりなんだ。

 とっとと行くぞ莫迦者共。

 

「とか思ってる! 絶対! あの尊大な目は絶対そう思ってる!」

「思ってない思ってない。……脱出するにも進むにも、この空間ではだめなのだろう。早く剥がしてくれ」

「"神門"の何倍も横暴だ……。あの方がかわいく思えるくらい……。……いやどっちもどっち……なんなら輝術を使う分あっちの方が……」

「いちいち長い奴だな。早くしろ」

「これくらい自分で解除できるようになってほしいナー……とか。……やる。やるやる! だからそんな、"もしかしてコイツ使えないんじゃないか"って目で見るのやめて! 俺言動に反して有能だから! それで売ってるから!」

 

 手が振るわれる……とかもなく。

 突然、黒い輝術が粉々に砕け始めた。……こいつも何か特殊な術を使うのか?

 

 まぁ、たかだか二千年ぽっちの結衣が使えたんだ。五千年が本当なら、こいつに使えたっておかしくはない。

 

「……ここは」

「さっきと同じ場所だよ。どう? さっきの輝術に包まれていたら意味がない、っていうのは理解してくれた?」

 

 しっかりと整備された道。壁、天井。

 恐らく用途ごとの通路名が書いてあるのだろう案内板みたいなものもあって……明らかに人の手の入った、入り過ぎた空間に様変わりする。

 さらに天井に縫い付けられている、五色の染めの上から赤い染料を塗した羽織もの。

 

混幇(フンバン)、か」

「お、良く知ってんじゃん。そそ、ここは混幇の秘密基地。その名も山灰庇炉處(シャンフゥイビールーチュ)。もっと言うなら、混幇の脳のある施設だね。──ここを潰されたら痛いと思うよ~?」

「そんな場所にわざわざ私達を落としたのはなぜだ」

「いや。……それについてはあっちに同情するよ。少なくともあっちは君を落とそうとはしてなかった。俺もここの存在は知ってたけど、なぜか君を避けるように奴らは活動を自粛してたからね。あそこに穴が開いたのは全く別の理由で、君達があそこにいたのも全くの偶然。……だから、望むなら俺がそのまま地上まで戻してやってもいいんだけどさ。奴らは文句言わないだろうし。……でもさ」

「いちいち溜めるな面倒くさい。当然進む。黄宮廷における"(とこしなえ)の命"に関する話をどうにかしたいわけではないし、"一派"というのにも興味はないが、何分もう足を踏み出してしまったのでな。私には戦略的以外での後退機能がついていないんだ。前進あるのみ。故に、お前達はついてくるしかない。残念だったな」

「どの道、紊鳬様が襲われていたのは事実。今の言い分を聞くに、狙いは私達じゃなかった。でも紊鳬様ではあった。そうでしょ」

「俺別にその"一派"の関係者ってわけじゃないから断言はできないけど、多分そうだよ。あいつら困ってんのさ。赤州で活動させてた灯濫会(ドンランフゥイ)って人身売買組織が潰れちゃったらしくってさ、今まで簡単に調達できていた生贄が中々手に入らなくなっちまって」

 

 ……。

 ……。

 

 ──ああ。理解した。

 

「だから穴を開けたのか」

「祆蘭?」

「ん……何の話だ?」

「今までの事例と同じだろう。穢れに見初められるための拡大鏡は、地面から少し離れた位置にないといけない。そして、見られるために行うのだから、空が開けている必要がある。……地下にその紋様を蓄えたのなら、穴を穿って見晴らしを良くする必要があったんだ。そして……その真上に生贄がいる必要もあった」

 

 燦宗がやろうとしたこと。今潮がやったこと。

 それらと何も変わらない手口。

 

 ……加えて、"一派"。

 

「成程。此度の自殺者は全員そいつの教え子か何かで、最終的にそいつが鬼となるためにこさえた儀式か。とすると、"(とこしなえ)の命"は完全なる偽装で……けど、ここまで生贄を選別しているのには何か意味があるな? ……もしや、鬼となったあとの強さなんかに関係してくるんじゃないか、生贄の質は。ああ……成程。少し疑問には思っていたんだ。あの時奴の再現した家々が、なぜ私を取り囲んでいたのか。あれはそのままの配置で……だから……」

 

 とりとめのない思考から、直感の食指が動くワードだけを口に絡めとる。

 白虎。西。秋。西。西……衰退?

 綿が詰められている。五臓六腑。白は、肺と大腸。五音。……歯音、か。

 

 関係の無い所から繋がりを見せるワード。濁流のような情報から乗り移ることのできる流木を的確に見極める。

 

「違う。だとしたら……殺すのではだめだ。生かしておかなければ生贄足り得ない。だから……なぜ、死を。……いや……だから、痺れを切らしたのは合っていて、でも……?」

 

 ……この思考は悪い気がする。

 紊鳬さんに対する先入観が、彼女を悪く見せている。違う。彼女の危険性はそっちじゃない。

 

 その可能性を弾くのであれば。

 

「──紊鳬様()、鬼を作ろうとした?」

「ど、どどど、どうした!? え、何があった嬢ちゃん! 今何からそこへ辿り着いた!?」

「奔迹」

「お、おう! なんだ!」

「今までに、理性の無い鬼以外で、不本意に鬼と成り果てた者はいるか?」

「……不本意に、ってーと……結衣の奴は違う感じか?」

「ああ。なる気が無かった者。理性ある鬼で、不可抗力的になってしまったもの」

「いないと思う。いたとしても俺より古い鬼だけだ。とりあえず聞いたことはないな」

「もし仮に、そういうものが生まれた場合。鬼にとってそいつは同胞か?」

「あー……うーん。種族的にはそうだけど、意思の無い鬼はなぁ……。可哀想だとは思うけど、どうせ後々邪魔になるから、鬼総出で殺すことになるかも。……人に与する鬼はねー、()()()()()()()()()()()ねー」

「では、それが狙いだろうな。実行犯の木端にその狙いは無いのだろう。"(とこしなえ)の命"につられた者達だ。だが、黒幕にはそれをする必要があった。不本意に鬼となってしまった紊鳬様を殺さんとする鬼と、帝やその母御とを衝突させるための餌として」

 

 黒幕がどこまで知っているか、だな。そうなってくると。

 玻璃が鬼との繋がりを有していることを知っているのなら、これが成り立たないことくらいわかるだろう。

 

 けど、それを知らぬのなら、これほどまでに良い手段はないと……妙案を思い浮かべた顔をするんじゃないだろうか。

 鬼も玻璃も、あるいは帝をも一緒くたに疲弊させられる鬼案だと。

 

「……人間が鬼を利用しようとしてる、ってこと?」

「人間かどうかは知らんが、恐らくな」

「はぁ。……ほんっとにさー、人間は。……で、それを企ててる奴がこの先にいるって認識でいい?」

「恐らくの域を出ないがな」

「いいよ、了解了解。──何に喧嘩売ってんのか思い知らせてやんないと」

 

 どろり、と。

 何かが奔迹から漏れ出でる。祭唄が咄嗟の回避行動を取る、その前に──場を威圧で満たす。

 

「ちょぅおぉぁあああ!? ご、ごめん! 違う申し訳ありませんでしたぁああああ!?」

「……祆蘭、それ」

「逸るな莫迦者。穢れが漏れている。忘れるな、それは私達にとって毒なんだぞ」

「え、穢れ漏れてた!? そ……それは本当にごめん! 大丈夫か? いやなんか凄まじい勢いで駆逐されてるけど! それ威圧!? おかしくない!? 穢れを浄化できる威圧って何!? もしかしてもっと別の何か!? 魂を露出させてたりする!?」

「良いから落ち着け。喧嘩を売られたのはお前だけじゃないんだ。……なぁに、奇しくも状況はほぼ同じ。輝術師と、長くを生きた鬼と、私。この世は随分と」

 

 随分と二番煎じが好きらしい、と言いかけて。

 ……止まった。

 

 

 いや。いくらなんでも似すぎじゃないか?

 

 

 今潮とその弟子。"一派"。

 赤積君と結衣。祭唄と奔迹。どちらも敵は混幇。輝夜術。──どこかが崩れると、一気に崩壊する仕組み。

 

 なぜ……誰も、過去を参照しない? 揺り戻しとかじゃない。これは最早。

 

「祆蘭、大丈夫?」

「もう穢れは漏れてない! だからそれ消して大丈夫だ! そんで今度は気を付ける!!」

 

 ファンタジーになったりSFになったり少年漫画になったりミステリーになったりパンデミックになったりサイコホラーになったり恋愛になったり。

 果てにはまさか……ループしてたり、しないよな。

 

 ……まさかな。

 まさかまさか。

 

 ははは。

 

「行く、か。……行こう」

「おう」

「私は守りに徹する」 

 

 知の利、だなんて遮光鉱事件の時は言ったけど。

 ……冗談じゃすまなくなって来たぞ、ホントに。




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