女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第四十五話「泥船」

 翌日……三日目の朝となっても犠牲者は止まらなかった。

 今日は玻璃も青清君との話し合いがあるらしく、こっちには来ない。そして……祭唄が目を光らせているけれど、外に行く気はない。

 事件の調査で紊鳬さんは忙しく、祭唄を通して素材を云々、というのも難しそう。

 

 よってモノ作りをしようにも動きようがない、というのが現状である。

 

「……それは、何?」

「編みぐるみ」

 

 なので、最低限できることをしている。

 小物入れに入っていた糸を使った編みぐるみ……ただ毛糸ではないのでしなっとなること確定。綿入れりゃ全部同じだって。

 

 作る編みぐるみは白い虎。この世界、色分けは五行思想っぽい割に青があって白がないとか、緑があって白がないとか、どちらを対応させるにしても白が足りなさすぎる。ので、誰にも崇められていない神様……というか瑞獣を作っておけば何かとお守り替わりになるんじゃないか説を……。

 押す気は無い。ただ「そういえば無いな」からインスピレーションを得て編んでいるだけだ。

 ……糸の色が白しかなかったとか、まさかまさか。

 

 本来編み図なんかを描いてから編んだ方がちゃんとするのだろうけど、こっちは手癖でできるから、構想通りに編んでいくだけの作業。ナスみたいな形の胴体パーツに足っぽい円柱パーツを縫い付けて、複雑な顔の造形は後回しにするため簡素な頭を乗っける。

 形になったら撚れない内に綿を詰めて膨らませ、胴体への縫い付けを終わらせてどうとでもなるようにする。

 パーツは胴一つ、足四つ、頭一つだけ。プラスして耳パーツと鼻パーツを作り、引き絞りを使って頭部パーツの口元を少し尖らせる。

 

 あとは良い感じに……全部いい感じにすれば、編みぐるみ、白虎の完成。毛糸ではないのでしっなしなだけどまぁまぁまぁまぁ。

 

 これから思い浮かぶことは……。

 

 ……。全ての糸は繋がっている……いや、繋がっているようにみえて、実は五つのパーツがある……うーん。

 そんなの編み物全般に言えることだしなぁ。

 

「これは……何?」

「だから編みぐるみだって」

「そうじゃなくて……何の生き物? 熊?」

「トラだが」

「……?」

 

 ん。今自然体でトラと言ったけど、そういえばこの世界での虎がどういう言葉なのか知らんな。

 それにこの反応。

 

 もしかして……いないか、虎。

 

「まぁ……私のいたところにいた……わけでもないけど、見かけることのあった……こともない生き物だよ」

「どういうこと?」

「すまん、別に日常的に見かけていたわけじゃないから言葉に詰まった。一応私のいた所にいた生き物ではある」

 

 今更だけど、天染峰の動物って何がいるのだろう。山犬山猫野鳥は確認している。黒州からの帰りでの祭唄の発言からワニがいることもわかっている。

 ……他は? そういえば輝術って動物を使役したりしないな。『輝園』も人のみの雑技団だったし。

 

「祭唄、天染峰における一番危ない動物はなんだ」

「どういう危なさ? 単純に戦って危険だというのなら、前にも話した大顎(ダーェア゛)が抜きんでて危ない。病を持ってくるという点では鼠が一番危ない」

「あー。成程」

「ごめん、人に依るかもしれない。熊の方が危険だと言う人もいる。熊か鰐、どちらかが危険。強さで言えば」

「輝術師の敵ではない、だろう?」

「当然。輝術師が単体で勝てないのは、己より力量が上である輝術師か、鬼くらい。動物に負ける輝術師なんていない」

「ま……そうか」

 

 そりゃそうか。

 ……もしかして危険生物は全部絶滅させられてたりする? 熊と鰐だけが残った理由は……肉が獲れるからとかかな。

 

「危なくない生き物は?」

「最弱はわからない。家畜は大体弱い?」

 

 そうじゃん。私普通に肉とか乳とか口にしてんじゃん。

 あと魚もいるか。……そう思うと普通に普通の動植物がいる……のかな。

 

「これはトラと言ってな。『漢字』で書くとこうだ」

「……祆蘭のくれた『常用漢字千選』にない字」

「普段使わないからなぁ」

 

 虎穴に入らざれば虎子を得ずの時くらいじゃないか、虎使うのって。あとは虎視眈々とか、羊質虎皮くらいか? 日常会話で使うとは言えんが。

 あとは土下座する時とか……。

 

「なぜ、それを模したの?」

「なぜ……って言われると」

 

 白い糸しかなかったから……なんだけど、これ白虎というよりシロクマだな。縞模様ないわけだし。

 しかし「なぜ」か。……これも「符号の呼応」だと考えるなら、もしや意味がある?

 

 白虎。西方。秋。

 ……西、か。

 

「答えは持ち合わせていないな。……ところでになるが、なぁ、祭唄。天染峰の地図があっただろ?」

「うん」

「あれにおける、緑州と赤州の州境を『北』と置いて、赤州と青州の州境を『東』、青州と黒州の州境を『南』、黒州と緑州の州境を『西』と置いた時、ここから見て『西』はどこになる?」

「あっち」

 

 ……ここから黄州の内廷のある方向。あるいはその向こう、か。

 一応、覚えておこう。

 

「でも、珍しい考え方をする。確かに前に見せた地図は緑州と赤州が上にあったけど、基本的にみんな己の住んでいる州を上にしがち」

「それだと己がどこにいるかの判断がつき難いだろう」

「そう?」

 

 まさか輝術師ってデフォルトでコンパス装備なのか?

 ……ありそうではある。輝術インストールでその辺も完備されてそう。

 頭の中にコンパスがあるなら、地図で北を揃える必要もないか。

 

 輝術インストール、なぁ。

 文字の規格に関することは輝術インストールが原因なのではなく平民の血がそうさせている、というところまではわかったけど、もっと根本の部分はわかっていない。

 即ち、何故。

 

 というか……誰が、かな。

 その血に平民を混ぜんとする理由。どちらかが閉じ込められたのか。隣の世界。

 また、それら機能が、なぜ私には発揮されていないのか、も。

 寧暁(ニンシャォ)、あるいは或曽(フォゾン)がそうであったように、「文字を読める平民」はいるはずなのだ。書くまでいけると訳筆家なる職に就くらしいけど、読めるだけの平民は結構いるように思う。仕事が募集されていたことや、商人をしている平民も多いと聞くし。杏仁が懇意にしていた茶屋なんかもそうだった。

 つまり、やはり平民は「規格」を読み取ることができるということで、後天的に教えられた……輝術インストールによる知識の伝達が無くともそこには至り得るはずなのだ。

 それができない、というのは……やっぱり「規格」を読み取っているのは魂の部分だから、になるのだろうか。

 けど玻璃の字は「正しい文字」で……彼女は誰かに翻訳してもらっているようには見えなくて。

 

「また難しいことを考えている」

「いや……知らないままで放置するのは、もう嫌だからな。ただ聞いても答えの出ないことだから、思案を巡らせていた」

「……。……私は、やっぱり力不足?」

「青清君から相手にされていないことを気にしているのか?」

「それは多少ある。だけど、自分でも感じている。私は他の人より祆蘭の見ている世界に近づけた。でも……それでも、ほんの少し。いざという時に頼りになる存在であるか、と……祆蘭の立場に立って、祭唄という女を見た時に、はっきりとそう言うことができない」

 

 自己評価の低い事だ、とは思わない。

 正しい評価だろう。あるいは要人護衛の全員がそれを感じてしまっているのかもしれないが。

 

 全ては私が頼らないから、なんだけど。

 

「……鬼の方が、祆蘭に寄り添っている。そう感じてしまって……仕方がない」

「否定はせん。奴らが味方であるかどうかは知らんし多分違うだろうが、世界を彼岸に置いた時の視点は鬼の方が近かろうな」

 

 どうやってもそこはなぁ。

 鬼の方が真実とやらに近いのはどうしようもないことだろうし。デフォルトで目隠しをされている輝術師とでは、情報の取得制限差で大きく開きが出ようさ。

 とはいえ「この世界スタンダード」すら知らない私にとっては、私と近い位置から世界を語ってくれる祭唄は必要な存在なのだけど。

 

 ……あと、鬼子母神(グゥイズームーシェン)という在り方が余計に鬼と共にいる時間を加速させているのだろうなぁ。友達かって思うくらい今潮とか気軽に来るし。

 いずれ私を食い尽くす予定なのだとしても、距離が近くなるのは仕方がない。

 

「じゃあ、仲良くなってみるか、まず」

「……仲良くなかったの? 勝手に仲良くなったと思っていた」

「今更"もう友達だ"とか仲間だとか青春臭い言葉を吐くつもりはない。ただ……そうだな、とても近い距離にいるせいで、私達は互いのことをそんなに知らないだろう? ああ、行動予測の話じゃないぞ、好みとかそういう話」

「祆蘭、無いでしょ、好み」

「だが私は祭唄の好みをあまり知らない」

「……。私は……そういえば、好きなものとか……まぁ、甘いものと辛いものは好きかもしれない。酸味は少し苦手」

「酸味が苦手? 漬物とかか」

「あ、違う。酢の酸味はむしろ得意。苦手なのは果実の酸味」

「あー」

 

 じゃあトマトは嫌いそう。

 背は低いけどちゃんとした「女性」である祭唄なだけに、そういう食べ物の好き嫌いを聞くとなんだかほっこりする。

 そういえば料理にはデフォルトがあっても、味覚には無いんだな。こっちの世界でも万人受けするもの、というのは難しそうだ。

 

「色は?」

「黒、青、白、薄紫」

「見事なまでの寒色だな」

「暖色は私に似合わない。要人護衛の装束がそういう色味である、というのもあるけど……小さい頃から、暖色が似合った試しがない」

玉帰(ユーグゥイ)様もそっち系な印象がある。逆に夜雀様は似合いそうだな、暖色系」

「夜雀の私服はそういう色味が多い。姉妹や家族から渡される服もそちらばかりだったと聞く」

「好みはともかく、似合う似合わないで言えば私も暖色はあまり似合わないだろうな」

「そう? 薄桃色とか、祆蘭は似合いそうだけど」

 

 やめとけやめとけ。前世で言われたことがあるんだ。「お前が暖色系着ると生首が浮いているみたいで怖い」って。首から上だけ寒色系だからとかなんとか。普通に蹴った覚えがある。

 ま、子供だからむしろ派手な赤とかは似合いそうではある。ホラーな感じで。

 ……桃湯の反物とか、結構合うんじゃないか。

 

「えー……好きな州とか」

「当然青州。……話題がないなら無理しなくてもいい」

「いや、違うんだ。あるにはあるんだけど、この流れで聞くには些か流れを断ち切り過ぎて」

「気にしない。いつものことだし」

「……じゃあ、聞くけど、"祭唄"って、どういう祭具なんだ? 嫌いなのは知っているけど、そのものを見たことが無くて……ずっと気になっていた」

「本当に何にも関係ない話だった。……道具の名前だから嫌いなだけで、道具自体が嫌いなわけじゃない。待って、今描く」

 

 さらさらと、下描き無しで絵を描いていく祭唄。綺麗な線だ。だけどこれは「正しい文字」を書くときの機械的なそれではなく、ちゃんと研鑽の感じられる腕の動き。

 私も絵、頑張りたいんだけど……ううむ。

 

 そうして彼女が描き上げたのは……ホラ貝、のようなもの。

 

「これが、"祭唄"?」

「うん。このあたりに口をつけて、吹く」

「やっぱり吹くのか。どんな意味がある?」

「……幸運を呼び込む、かな」

 

 成程。……嫌いなはずだ。

 一見いい名前であるように聞こえるけど、明確に存在する道具の名前であるのなら、まるっきり「次」を求める名前だもんな。

 子供につける名前じゃないよ。

 

「夜雀様はわかるから良いとして、玉帰様の名前の意味はなんだ?」

「玉帰の名前は、"財を手放さない"」

「へえ。え、玉帰様ってお金持ちだったりするのか」

「実家は植樹関係の土地持ち貴族だったはず」

「おお……あの人もまたなんで要人護衛をしているんだ。家を継ぐとか無いのか」

「三男だから、とか聞いた覚えがある。生まれた時にはもう一番上の兄が跡目となることが決まっていたとか」

「あー」

 

 久しぶりに感じたけど、「お貴族様」だね、その辺は。

 ……当然だけど、青宮城にいる全員が「お貴族様」なんだよなぁ。いや青宮廷にいる全員が、か。

 みんなしっかり働いているからそんな気はしないけど、家に帰れば権謀術数悲喜交々なお家騒動が待ち受けているのか。……それこそ祭唄のように、それに巻き込まれたくなくて輝霊院や要人護衛なんかの職に就いている貴族も多そうだな。

 

「祆蘭は?」

「兄妹姉弟はいないぞ」

「そうじゃなくて、名前。どういう意味とか聞いてないの?」

「……んー。幼い頃に両親は出稼ぎに行ったきり帰ってきていないからなぁ。……一般的に考えるとどんな意味なんだ、祆蘭って」

「祈りが溢れる? ……あまり一般的な言葉じゃないから、ちゃんとした意味があると思う」

「祈り。……もう放置せずに聞くが、お前達がたまに使うその言葉は、誰に向けたものなんだ。祈りだの願いだの……誰へ届け出ている?」

「別に誰でもないと思う。ああでも、老齢な輝術師は先祖に祈る、とか言うかも。ほとんど慣用句」

 

 先祖に祈る。なるほど、言葉としては間違っていない。

 ただ、輝術師というものの起源を考えると……意味合いが変わってくるな。

 

 輝術の意思、なる存在を……本能的に感じているのだろうか。

 

「一応聞くが、凛凛様を見て何か思うところは無かったのか?」

「……祆蘭。三十歳は全然老齢じゃない」

「ん。……んー。まぁ、まぁ。そうか」

 

 手応え無し。

 まぁそうか。もっと日常的に触れ合っているはずの黒根君がああいう関係性を保てていたんだ、感じ取れるものではないのだろうな。 

 先祖に祈る……ね。

 

 なんだか……用意された答え、のような気もするけれど。

 

「あ、そうだ。これまた流れをぶった切るんだが」

「うん」

「州君の名前って役職名だろ? 青清君の名前はなんなんだ?」

「……それは本人から聞いてあげた方が良いと思う」

「そうなのか」

「少なくとも私の立場で言いふらすことでもないから、ごめんね」

 

 それはそうかもしれない。

 ま、帰ってきたら聞くかね。

 

 

 

 先に帰って来たのは紊鳬(ウェンフー)さんの方だった。

 

「お疲れ様で……お疲れ、紊鳬」

「おー? あたしを労うなんて、おまえ良い奴だな! いやー、黄宮廷の貴族に見習わせたい! あいつら、最初は頼ってくるくせに、あたしが考えてると突然"もういいです"とか"なんでこの人は終局前以外はこれほどまでに頼りにならないのだろう"とか、色々言ってくるんだ! 酷いだろ!」

「実際のところ、事件は解決したの?」

「まだだ! っと……すまんちっこいの! 忘れろ! 忘れないならぐるぐる回して忘れさせる!」

 

 抱き上げられて、回される。その程度でどうにかなる三半規管じゃないが、単純に煩わしい。

 子供キックでもしてやろうか顔面に。

 

「……祭唄~! なんでこのちっこいのはあたしと喋ってくれないんだよ~!!」

「それは私も青清君も気にしていた。祆蘭、なぜ?」

「……」

「おーい! おいおいおいおーい!」

 

 上下にシェイクされる。壊れた玩具か何かか私は。斜め四十五度のチョップは勘弁願いたい。

 

 喋らない理由は……玻璃に話した通り。

 どうしても拭えない違和感があるから、だ。

 

「だはぁ、疲れた! ……帰るまでに絶対喋らせるからな! 覚悟しておけよ!」

「……」

「……流石に傷つくんだからな!!」

 

 この直感が外れていてくれたら、単純にごめんなさいで済む話。玻璃を通してでも謝罪を入れてもらおう。

 ただ……私はこの人と話さない方が良いと、警鐘レベルの直感が囁いてきている。

 

「紊鳬さん! 紊鳬さん!」

「ん? どうした味取(ウェイチュ)! そんな血相変え」

「と、とりあえず来てくれ! 俺じゃどうしようもねぇ事態なんだ!」

「……いいけど、呼んだからにはあたしを追い出すなよ!!」

「あれを真に受けてホントに帰るのはあんただけだよ! 早く早く!」

 

 急かされて。呼び出されて。「すまん! また行ってくる!」といっていなくなった紊鳬さん。

 まぁ……いいんじゃないか。もと付き人として頼られてはいるようだし。

 

「……」

「どうした、祭唄」

「……。一瞬だけど……おかしな気配を覚えた、ような」

「おかしな気配?」

「ん。……祆蘭は気にしなくていい。私達は客人だから、黄州のことを気にする必要はない」

 

 おかしな気配。彼女がそう口にするような気配と言えば……まぁ、十中八九鬼だろう。穢れでも感じたのかな。

 どちらか、だ。

 監視か……あるいは、成功例か。

 

 わからない。

 私は紊鳬さんを警戒している。直感の言うままに彼女を怪しんでいる。

 だけど、彼女は弱いのだろう。青清君や玻璃が証言するほどだ。全州最弱の付き人、という部分への噓偽りは無いように思える。

 

 警戒しているから。疑っているから。

 ……その死を見過ごせるか、私は。

 

「ああ」

「祆蘭?」

 

 ああ、を返そう。

 見過ごせる。見捨てられる。敵か味方かわからぬ相手で、過ごした日々も大して長くはない。数日間の関係性しかない相手を見捨てることは容易だ。そもそも「手の届くすべてを救いたい」というような熱血漢でも無いからな。

 ただ……。

 

「──やはり、座して待つのは性に合わん」

「……」

 

 小物入れからトンカチを出して、腰に佩く。鋸は無い。

 充分だろう。

 

「今度こそ……青清君に、捨てられるかもしれない。どこまで行っても私達要人護衛は雇われで、青宮城に属するものではないから」

「なんだ、全力で止めるんじゃないのか?」

「止めて聞くなら、もっともっと前の時点であなたを守れていた」

「違いない」

 

 さて。

 では、お久しぶりの、大立ち回りの時間だ。

 すまんな青清君。あんたのやりたいこととやら、叶わんかもしれん。

 存分に叱れ、怒れ。その摂理は受け止めよう。

 

 

 して、辿り着く。

 工房を離れてからそう時間が経っていなかったから、祭唄が彼女の足跡を洗うことができた。

 そこ。

 

 ──黄宮廷の外の林。

 

 今まさに──紊鳬さんの頭上へと振り下ろされんとしていた槌。

 その持ち主に剣気を浴びせる。

 

「ッ!?」

「なんっ……なんだ今の剣気!?」

「救出する」

 

 道中、起こり得る事態は話しておいた。

 助けには来たけど、私は喋らないという旨。その上でやるべきことも。

 

 祭唄の姿が消える。挟んだのは瞬き。その間に、彼女は紊鳬さんの身体を手にしていた。

 彼女を囲んでいた男連中は、祭唄が近くにいることにすら気付いていない。

 ……伏兵が結構いるな。これは……一度全員炙り出すか。

 

 指向性のある剣気をやめて、いつもの全方位挑発に切り替える。

 

「た……たかだか剣気だ! 攻撃じゃねえ!」

「早く紊鳬を仕留めろ!」

黄征君(オウヂォンクン)に伝達をさせるな!」

 

 ほう。玻璃をそう呼ぶのか、お前達。

 ……"一派"、ね。ナルホドナルホド。

 

 そういう繋がりか。

 

「!」

「あ……あ、あぁ!」

 

 正気を失ったように、武器を持つ男の一人がこちらへ走ってくる。

 こちらへと加勢に来ようとする祭唄。けれど彼女は、それをやめた。これも事前に話していた事態だから。

 

 なんらかの手段で私が注意を引く。その隙に、存分に。

 

「死ね、ガキ!!」

 

 まだ距離があると言うのにその武器……中頃で折れ曲がった剣のようなものが振られる。

 歪む景色と風切り音。おお、あれだな。「斬撃を飛ばす」奴だ。

 

 だから、()()()

 

「──は!?」

 

 驚くなよ。トンカチで殴って叩き落した、とかじゃないんだ。

 ただ避けられただけのことで、放心なんぞするな。

 

 こうして近づかれて、その眼孔に釘抜きを叩き込まれるのが好みであるというのなら止めやしないがな。

 

「ギ……ゃ、ァあア!?」

真束(ヂェンシュ)! 何やってる!」

「ガキを殺せ! ありゃ放置しておくのはまずい!」

「紊鳬は……おい、紊鳬はどこ……げぁ」

 

 一人、また一人と倒れていく男達。

 彼らの間を縫う小さな影に、彼らは未だ気付いていない。

 

 なんだ。

 強いじゃないか、お前。

 

「なんだ……どういうことだ。何が起きている! あと一歩だというのに──なぜ、阻まれる!?」

 

 助けを呼ばない。……下っ端か?

 早く助けを求めろよ、お前達に"(とこしなえ)の命"を諭した誰かの名を呼べ。それが手っ取り早いだろうが。

 

「引き千切れ!」

「捻じり切っちまえ、あんなガキ!」

 

 思いっきりバックステップして、木陰へと身を隠す。

 直後、身を隠した木が「捻じり千切れる」という事象に遭遇した。

 ……斬撃や打撃を飛ばすばかりではないか。

 

 けど、思ったより直接的な手段を使ってこない。歯を圧壊させるに似た……何か物質や組成に干渉するような輝術や、あるいは効率的な人体破壊をしてくると思ったのだけど、そういうわけではないらしい。

 どちらかというと対幽鬼の攻撃だ。目を潰された男もまた剣を揮って来ているけど、こっちは飛ぶ斬撃のみ。……戦い慣れていない?

 

寸蔵(ツンザン)さん! あのガキよく見たら輝術師じゃねぇ!」

「今のを避ける辺り、鬼でもねぇな。──剣気が異常なだけのガキだ。落ち着いて殺せ」

「それは正解だけど、最も落ち着いていないのはあなた」

 

 今寸蔵と呼ばれた、この場におけるリーダー格らしかった男が……仰向けに倒れる。

 林の土に広がるは赤。

 

「ひ……」

 

 ああ、ああ。

 違うのだ。違うのだと気付けるだろう。彼の周囲で鳴る音を聞けば。どさどさと、何かが倒れる音を冷静に聞くことができていれば。

 

 最後に残った、寸蔵に呼びかけた男は、気付けるはずだ。

 

「……え、あれ」

 

 ようやく落ち着いて、あたりを見回して。

 

 自分以外……誰も立っていない事実に。

 

「あなたで最後」

 

 その声の持ち主以外、誰も。

 

 

「止まれ、祭唄!」

 

 だから、引き留める声にはすぐに反応できた。男はその瞬間、一目散に逃走を開始する。というかした。もういなくなった。

 片足が攣ったのか、ぎこちない走り方になった男を見送って……地に倒れ伏す男連中を看る。

 

 ……全員息があるな。流石は、か?

 

「紊鳬。……なぜ、止めた?」

「逃がした方が効率がいいだろ! あ、でも助けてくれてありがとうな! 本来巻き込んじゃダメなんだけど、正直助かった!」

「効率……。もしかして、わかっていてついて行った?」

「おう! わかったのは襲われてからだけどな!!」

「それはわかっていたとは言わないけど」

 

 身体が寒くなる感覚は無い。だからここに穢れは無い……と、思う。

 あと……紊鳬さんを連れ出した味取という男がいない。

 祭唄が「おかしな気配」を感じたのなら、彼から漏れ出でるものだとほぼほぼ断定できるから、彼が鬼なのだと思っていたけど……何か間違えたか?

 大穴で紊鳬さんが鬼という説もあるかもしれないとは思っていた。ただ彼女、普通に輝術を使っていたからなぁ。というか鬼なら玻璃が気付かないはずないし。それも込みで黙っているのなら知らんが。

 

 仮にこの"一派"が私の考えるものだったとして、ではなぜ紊鳬さんは彼らに襲われていたのか。

 なにか不都合を知ったか。……あるいは、彼女が"(とこしなえ)の命"を彼らに教えた人物で、立て続けに失敗した七人を見て躍起になった、とか?

 ……しっくりは来ない。なんというか、私の直感が鳴らしている警鐘は……言い方は悪いけど、()()()()()()()へのものではないように思う。

 

 もっともっと深いもの。

 

 ──おい、一瞬でいい、身体を貸せ。

 

「ッ……これ、威圧!?」

「な、なんだぁ!? ど……どっかで見てんのか、黄征君!?」

 

 退け、と。

 強い感情が、私ではない部分から放たれる。剣気と威圧の入り混じったそれは祭唄と紊鳬さんをその場から離脱させることに成功し。

 

 直後、地面に大穴が開いた。

 

 は?

 

「ッ……祆蘭!!」

 

 おい。何かやるのはいいよ、もう。許可を出したのはこっちだしな。

 だけどせめて結果どうなるのかをだな。

 

「手を伸ばして、祆蘭!!」

 

 いやぁ、それは無理だ。

 だから──頼んでも良いか、祭唄。

 

 頼るからさ。

 

 ……少し笑みを見せてやれば、ああ、良い子だな。

 何のためらいもなく……引き上げるのではなく、共に落ちて私を抱えることを選んでくれる、なんて。

 

 それじゃあ行こうか。物理的な、黄州の深淵へ。

 なぁに責任は全部鬼子母神にあるから大丈夫だ、ってな。

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