女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第四十三話「籐家具」

 黄州。

 天染峰(テンセンフォン)の中心部に位置するこの州は、土に秀でるとされている。

 実際のところがどうかは知らないけど、黄州内には他州と比べて多種多様な鉱山・鉱脈が存在し、合金技術やそれに伴った金属産業などが優れているのだとか。

 

 そのため普通の鉱石の鍛冶場がこれでもかとあって、それはもう至る所から黒煙が。……出ているのだけど。

 

「……空は、普通なんだな」

「何の話?」

「いや……地上を見ると、息苦しそうなほどに煙があるのに……雲の上には何も」

「雲の上だから」

 

 この世界の雲。これもまだ理解の及んでいない存在だ。

 輝術で作った雲だけが硬い……のかと思いきや、その後に空に浮かぶ雲にも触らせてもらって、同質のものであることが発覚した。

 水生にいた頃、確かにここから雨や雪が降っていたことを覚えているから雨……というか水分を蓄える機能はあると思うのだけど、硬い。

 でもこの光景を見ると、一つの仮説が思い浮かぶ。

 

 天遷逢(テンセンフォン)の時もそうだったけど……この雲、フィルターみたいな役割をしているんじゃないか、って。

 地上からの煙も、天からの光も。

 この雲は両者の間に横たわって、決してそれらを通さない。……なんのためかは、正直分からないけれど。

 

 一つ言えるのは、先入観は捨てた方が良いということだ。

 前に墓祭りや帝への謁見で黄州へ来た時には、疑問にすら思わなかった。黄州が万華鏡の鏡などの技術で土に秀でていることは事前に知らされていたのに。それにもかかわらず、私はあの時の息苦しくない空を当然と受け入れていた。

 誰も疑問に思わないから。その素振りを一切見せないから。

 もっと疑うべきだ、世界を。信じるのはその後でも遅くはない。

 

「黄宮廷付近の空気は良いから、安心して」

「ああ」

 

 祭唄は理解者かもしれないけど、根本的な部分ではやはり「この世界の人間」。同じ視点を持っているとは言えない。

 

 となると玻璃が……いや。

 彼女も多分地球出身じゃないからなぁ。いや日本語の発音……カタカナ英語の発話が難しい国出身だったらわからないけど。

 

「……一つだけ、注意がある」

「ん?」

「黄州は青宮城や青宮廷とは違う。まだ誰も、祆蘭のことを知らない」

「基本は顔を伏せているさ。それでいいだろう」

「トンカチも小物入れに入れておいた方が良い」

 

 ……まぁそうか。

 蘆元(ルーユェン)の言葉が正しいのなら、貴族でも鍛冶師や彫刻家、陶芸家である者は多くいる。

 そこにトンカチを腰に佩く平民が現れる、というのは……神経質な相手であれば「馬鹿にされている」とでも思いかねない。

 郷に入っては郷に従うかね、ここでくらいは。青清君の「やりたいこと」とやらを通すのに立場を悪くさせるのも違うしな。

 

 

 

 とてもマズイ。よろしくない。

 気……気になる。

 至る所にあるのだ。興味をそそられる陶器や金属製品が。普通にインテリアとして飾り得るような皿なんかが無造作に詰まれていたり、輝術によるとんでもない金属加工が行われていたり。

 流石に空飛ぶ馬車で帝のいるところへ直接、というのは無理らしく、黄宮廷の正門から入った私達。

 毅然とした態度で前を歩く青清君に付き添って、顔を伏せながら黄宮廷を見て回っている……のだけど。

 

 気になる……!

 

 なお、向けられる「なぜ平民がここに?」という視線はガン無視。直後に青清君を見て皆顔を逸らしていくから。

 ただ……これまた蘆元の言葉通り、視線さえ外せば声は聞こえないとでも思っているのか、陰口の多い事多い事。黄宮廷の空気は整えられているらしいけど、最悪の空気だと思うよ、私は。

 ……黒宮廷も良い空気かどうかって言われたら微妙だったけど。

 

「祆蘭、剣気は出さないでね」

 

 いやそんな喧嘩っ早い奴じゃないが。

 もしかして顔に出てたか、嫌悪感。……気を付けるか。一触即発になったら相手が危ういだろうし。

 

「祆蘭、要人護衛。しばしの間、ここで待機していろ」

「はい」

 

 ふと、青清君が立ち止まった……と思ったら、そんな言葉が響いた。

 ここ……というと。

 

「祆蘭、こっち」

 

 腕を引かれる。……どこかの工房? 良いのか、無断で入って。

 いや無断じゃない……のかな。

 

「もう顔を上げて良い」

「……おお?」

 

 完全に室内へと入って、ようやく許可が出たので顔を上げてみれば……そこは、やっぱりどこかの工房。

 これは……。

 

「よぅ、青州からのお客人。っらっしゃい! 紊鳬(ウェンフー)白鐵(バッティ)工房へようこそ!」

 

 声に振り向く。

 そこにいたのは、えーと……かなり、かなりな格好をした女性。

 胸から上の着物を崩し、サラシを巻いているという……「間違ったイメージの江戸っ子」みたいな恰好の彼女。

 

 白鐵……つまりトタンか。トタン専門の工房? へぇ……いいな。

 

「はじめまして。私は祭唄。要人護衛です」

「おう! んで、そっちの小さいのは?」

「彼女は祆蘭。青清君のお気に入りです」

「へぇ。……へぇ?」

 

 紊鳬さんは、私に近づいて……頭を撫でたり、頬をさすさすしたり、肩をこすこすしたりした後……「うん!」と大きく頷いた。

 

「青清君は幼女趣味なんだな!!」

 

 ……──いや、陰口じゃない分良いけど。

 そうもはっきりと言わなくても。

 

「ん……っと、どうしたちっこいの。あ、もしかしてあたしの大声に驚いてんのか!? だったらごめんな、こりゃ生来でさ!」

「祆蘭は平民ですから」

「ああ身分とか敬語とかは良いよ良いよ面倒だし! というか、青清君のお気に入りだろ? くだらないことで突っかかってて青州と戦争! とかになったらどうしようもないし、気にしなくていい!」

 

 実際私もそうだとは思う。

 思うけど、わざわざ祭唄が釘を刺して来たんだ。何か意図があるのだと思うから……まだ、話さない。

 大声や服装がポーズで、こっちを見極めようとしているだけ、ということもあるし。

 

 純然たる善人などいない。彼女とて裏面が──ん。

 浮遊感。

 

「ほーれほーれ! 喋らないと持ち上げ続けるぞ~!」

 

 輝術、ではない。普通に脇に手を入れられて、持ち上げられてぐるぐる回されている。

 えーと。……えーと? どうすればいいんだこれ。黙すかもうこのまま。

 

「強情だな! なら──くらえあたしの秘術!」

 

 全身に光の粒が集まる。今度は輝術だ。

 流石の事態に剣に手をかけた祭唄。その輝術は。

 

「……あれ? なんでくすぐったがらない!?」

 

 いや……まぁ、くすぐりには強いんだなこれが。

 全身ふわふわされてるけど、人によっては耐え難い奴なんだろうけど……効かん。

 

「紊鳬()、どうか容赦のほどを。彼女はまだ言葉をうまく扱えないのです」

「──さっきあたし、敬語はいい、って言ったよな! おまえも同じだぞ!」

 

 ……丁寧な言葉遣いなのは外行きだから、だと思っていたけど。

 今、祭唄……敬称を付けたな。

 もしかして偉いのかこの人。

 このナリで?

 

「紊鳬」

「ん……っとぉ! うわ驚いた! どうしたんだよ黄征君(オウヂォンクン)!」

「え……あ、はい。今青清君からの伝達が来ました」

「そうか。であれば、文句はないな?」

「はい」

 

 続け様の浮遊感。

 今度こそ……ちゃんとした浮遊。

 

「紊鳬、客人のもてなしは任せた。──私は少し、この者に用がある」

「相変わらず唐突だなー! わかってるよ! 青清君直々の御指名だしな!」

「良い」

 

 連れ出される。そのまま……一瞬で、高空へ。

 ……えっと。

 

「ふふ。いつもとは違う話し言葉に驚きましたか? 私で合っていますよ、祆蘭」

「あ……ああ、良かった。見た目だけ同一の別人なのかと」

「私にはその見た目もわかりませんが……前にあった時より強い輝きになりましたね。遠くからでもあなたが来た事はすぐに察することができました」

 

 さらに飛翔する。今までいろんな相手に抱えられて飛んで来たけど、彼女だけ安定感が段違いだ。

 

「……正直今回はお前に会わないものだとばかり思っていたよ、玻璃」

「あら、どうしてですか? 私とあなたの仲だというのに」

「文でやり取りをする仲なんだ、直接会って、というのは違うだろう。……加えてお前、一応黄州の州君なわけだし」

陽弥(ヤンミィ)が帝となった時点で、私は州君ではなくなりましたから。今でも前の呼び名で呼ぶ者がいますが、今の私はただの玻璃ですよ」

 

 黄征君。一応気にはなっていた、黄州の州君の名前。

 十一年前から使われていないのだろうそれを……まだ使う人がいる、というのは、大丈夫なんだろうか。

 州君のいる場所に帝はいない。だから、州君の名を呼ぶことは……帝を認めていないことに同じ。ゆえに黄州には浮遊城も州君もいないのだと教わった覚えがある。

 

「あなたが今何を考えたのかはわかりましたが、大丈夫ですよ。紊鳬は元私の付き人ですから」

「え。……あれで?」

「あなたが何を指してあれ、と言っているのかはわかりませんが……彼女、声が大きいでしょう? だから、どこにいるかが分かりやすいのです」

「……選定理由、それだけだったりしないよな」

「勿論、黄州では珍しい性格も含めて、ですよ。──輝術の力量など、私には関係ありませんからね」

 

 そうか。

 帝への謁見時、あの青清君ですら玻璃には緊張するような素振りを見せていた。

 鬼子母神も褒めるくらいだ。余程の使い手なのだろう。……そこも、確かに気になっていた。さっき紊鳬さんが輝術を使った時、光の粒が出たからな。物質生成で出てくるものは除いて、基本的に光の粒が見えるということは輝術の強度が低い事だと教わっている。

 付き人なのに、そうなのか、と……そんなことを考えてしまったけれど。

 強かろうが弱かろうが、同じなのか。

 

「で、私は今どこに連れ去られようとしている。というかよく青清君が許可を出したな」

「此度、彼女の持ちかけて来た話は、私も含まれる内容でしたから、陽弥と私から、それぞれ条件を出したのです。その内の一つが、黄州にいる間、あなたと好きに会っても良い、それを青清君が許可する、というもの。ふふふ、彼女から歯噛みする音が聞こえて来た時は、思わず剣気を浴びせてしまいそうになりましたが……我慢しました」

「偉いでしょう? ってか。あんた、もういい歳なんだから、誰彼構わず挑発するのはやめておけ」

「おや。……いい歳に、見えますか?」

 

 ん。

 その質問は……答えか?

 

「桃湯に渡した問いと贈り物は」

「ええ、聞きましたし、頂きました。彼女に聞かせる話でもないので、先に答えてしまいますと……確かに取っていますが、遅い、と」

「やっぱりか。お前、明らかに四十中ごろじゃないものな」

 

 玻璃の容姿。

 腰よりも長い黒髪や長い睫毛、「美人だけど怖くはない」雰囲気。どこか桃湯に似た彼女は、良くて三十過ぎて少し、くらいの容姿だ。いや、二十後半かもしれない。

 とにかくギリギリまだ「おばさん」という感じのしない見た目。四十中盤で……まぁたまにいるけどさ、そういう新人類。

 にしても若作りに見える彼女は、多分何をすることもなく自然体でこうなのだろう。己の容姿もわからないだろうし。

 

「私のいた楽土に比べて、明らかに老化の進みは遅いです。ただ、これが私だけのことなのか、輝術師全てがそうなのかはわかりません。残念ながら観察を行う手段がありませんでしたから」

「……私もそこまで老いた輝術師を見たことがないから、まだなんとも言えんな」

 

 蘆元が最高齢だけど、あれも老人ってほど老人じゃないし。

 歳の割に老けている、で言えば今潮(ジンチャオ)がそうだ。あいつ三十一のはずなのに五十くらいの爺さんに見える時がある。普段はただのおっさんだけど。

 

「つきました」

「ん、ああ。そうだ、結局どこに向かってたのか……おお?」

「ようこそ、祆蘭。ここは我が城、黄金城(オウジンジョウ)。既に浮遊していない城ではありますが、歓迎いたしますよ」

 

 彼女の言う通り……それは巨大な城。

 青宮廷や黒犀城(ヘイシージョウ)とほぼ似た作りのソレ。だけど大きく違うのは、今彼女が言った通り浮遊していない、ということ。

 

 現帝が帝となった時に……降ろされた城だ。

 

「今でも勤めている奴がいるのか?」

「いいえ。ここは無人の城ですよ」

「まさか鬼が?」

「流石に表立って彼らと触れ合っていたら、大義名分を与えてしまいますから。ここは本当に無人の城です」

 

 浮かされたまま、中に入る。……本当だ、使われている形跡がない。

 そのまま中央にある吹き抜け……沢山の鉱石が突き出た岩のあるそこを通り過ぎて、天守閣へ。

 やっぱり青宮城とほぼ同じ作りのそこへ入れば……。

 

「……え、なんだこの……配色」

「どう見えているかはわかりませんが、私の楽土と同じ材質のものを集めさせたので、こちらとは少しばかり違って……あるいは異質に見えるかもしれませんね」

「いや……その」

 

 異質というか。

 ファンシーというか。

 

 ……すっごい、パステルカラー。

 え……絵本の世界出身だったりする? 古代中国から一気に世界変わったんだけど。

 

「大丈夫だ。久しぶりに見た配色だったから、驚いただけ」

「そうですか。なら良かったです。……ふふ、元結。ちゃんとつけてくれているようですね」

「ああ、まぁな。これは見えるのか?」

「残念ながら、見えません。ただ、意識をすれば……あなたの髪の一本一本にまで魂を感じることができますから、今はそうやってあなたの全体像を掴んでいます」

「魂、ね」

 

 私とてさも当然であるかのようにそれを口にするけれど、果たしてそれが何なのかはわからない。

 どこにあるのか。どんな色で見えているのか。

 

「それで、こんなところに連れ込んだのは、どういう了見だ」

「作ってほしい、と思いまして」

「何を?」

「なんでもいいです。ただ、私の目の前で……素材にあなたの魂が込められて行く過程を見せてください。普段はできないことですし、良いでしょう?」

 

 手を合わせて、首を傾げて、「お願いします。ね?」なんて……。

 可愛い子ぶるな、私の総年齢より年上のくせに。

 

 ちゃんと可愛いのも普通に反則だろう。

 

「なんでもいいと言われてもな……」

「材木や鉱石。その他必要なものがあれば、この場で生成しますよ」

「ああ……そうか、お前それができるのか」

 

 元とはいえ州君だものな。

 できるか。

 

 んー、じゃあ、まぁ。

 

 

 

 木を縫う技術はあまり知られていないけれど、木を編む技術であれば知名度は高いだろう。

 そう、籐……ラタン系統の家具は生活の一部と言って過言ではない程、日本人にはなじみのある素材だと思う。

 籐家具はそもそも中国を渡って来たということもあってか、この世界でもそこかしこにラタン製品があるので、トリッキーな椅子を作るよりこちらの方が使いなれているだろうな、ということで、本当に何の変哲もないラタンの椅子を作る。

 玻璃の生成するラタンはどれもこれも太さが均一で、扱いやすいものばかり。

 また、加工に必要な加熱も彼女が手伝ってくれるので、ほとんど最速での作業が可能となった。

 

 要領自体はロッキングチェアの時と同じ。その上で良くしなる性質のラタンを組んでいき、骨組みを作り上げる。今回は木工オンリーではないので、生成してもらった釘も普通に使う。

 その次に編み。骨組みの、主に接合部に皮籐や籐芯を巻きつけて強度を確保しつつ、背もたれに良い感じの反りを与える。

 湿らせた籐は柔らかく、加工が容易になる。ただし乾いて形状を戻そうとするため、それを想定した上での編みを行う。

 

 編みを終えたら、肌を傷つけるようなささくれや棘なんかが無いかを一通り確認して、完成。

 

 言い方は悪いけど、個性のないラタン椅子だ。その分の使いやすさを保証する。

 

「素晴らしい手際ですね」

「蒸しや炙りを手伝ってくれたからな。私だけでやっていたら一日以上かかるさ」

「つまり、短縮しても簡略化しても、あなたの魂は込められる、と」

「ん。見えるのか」

「ええ」

 

 ふよふよ浮いて、完成したばかりのラタン椅子にふわりと座る玻璃。

 耐久性は問題なさそうだな。

 

「此度の器と匙もそうですが……身の回り品、全てあなたに依頼したいくらいですね」

「その取引をするなら、神だの鬼だの輝術だの、世界の全てを教えてもらわねば釣り合いが取れないだろうな」

「私の知る全てで私の世界が明るくなるのなら、それでもいいのかも、とは思いますが……私よりも深くを知る者が、あなたの中にいるのでは?」

「奴は答えたくないことは答えないからダメだ。……お前達は面識ってあるのか、そもそも」

「以前は私の中にいたこともありましたから。その時に一度、身体を貸してあげたことがあるのですが……"なんだこれは、使い物にならぬ"と言って、すぐに出て行ってしまいまして。目が見えぬというだけで、充分に使える身体だと思うのですが、我儘ですね」

「結果が私という輝術も立場もない人間だからな。加えて乗っ取ることもできないと来た」

「素材としては、充分に優秀だと思いますよ?」

 

 同じ言葉を使うじゃないか。

 素材として……というのは、果たしてどういう意味なのかね。

 

「ふむ。そうですね、この椅子のお礼に、一つ……あなたの知りたいことに答えてあげましょう。なんでも聞いてくださって構いませんよ。私の楽土の話や愛恋の事情でも問題ありません」

御史處(ユーシーチュ)

 

 惑わされない。

 聞くべきことは、確り聞かなければ。

 

「御史處。御史處の、何をお聞きになりたいのですか?」

「知っているはずだ。黒州で起きた事件について。……正直私には、人工的に鬼を作ることの何がおぞましいのかがよくわかっていないが、御史處から派遣されて来た者が他州で人体実験を行っていた、というだけで充分な異常事態だろう」

 

 御史處。帝のいる州から各州へ派遣される、州君や行政による暴政・悪政などが敷かれていないかを監視するための秘密組織。

 そこに属していた宋層(ソンツォン)という男が行った黒州での悪行。

 

「そうですね。……わかりました、お礼ですから、全てお話ししましょう。まず、御史處というもの。これ自体は歴代の"帝のいる州"すべてが設置しているもので、黄州の特別なもの、ではありません」

「私に必要な情報か、それは」

「ええ、必要です。──私が養子にした陽弥は、そこで保護されていた男児。これがどういう意味か、わからないあなたではないでしょう」

「御史處はお前と帝の関係性を知っている……だけではないな、当然。……帝が御史處の影響を受けた思考を有している。……いや、あるいは」

 

 玻璃の養子となるためだけに育てられて来た子供、という可能性まである。

 

「もちろん私は己が目であの子を選んだつもりです。でも、輝術を使えども人の心の奥底までを照らすことはできません。伝わる心配、愛、優しさ。そのどれもが別の感情に起因していても、気付くことは難しい」

「冠に実験対象としての、が付けば、それらは真実になろうな」

「優しい子だと信じています。けれど……そうですね。()()()()()()()()()()()()明るみに出た事象の裏面が、あまりにもあの子と繋がり過ぎているのは事実」

「私が動き始めたことで?」

「答えるのは一つだけです。今は御史處のことについてをお話ししましょう」

 

 その言い方は……おかしくないか。

 私の肩に比重がかかり過ぎだ。まるで、私が動かなかったら一連の全てが明るみに出ることはなかった、とでも言いたげな。

 

「十一年前。陽弥が帝に即位した時、確かに御史處は妙な動きを見せていました。元より黄州というのは息苦しい場所。誰もが本音を隠したがり、誰もが裏で何かをしている。そんな州。ですが、陽弥が設置したものは……それらが可愛く見えるほどに、不透明でした。何をしているのかを州民に一切知らせず、ただただ精力的に動く」

「州君たるお前から見てもそうだったのか? お前達は、遠くの音も拾えるのだろう?」

「生憎と興味がありませんでしたから。所詮ヒトのなすこと。どうせいつか、誰かに打ち砕かれる悪事。それが私なのか、他のヒトなのか鬼なのかはわかりませんでしたが、……ふふ、まさかあなたのような幼子だとは」

「同じ楽土より帰りし神子だろうに、今更私を幼子と呼ぶか」

「この世歴で言えばしっかり幼子でしょう? 私がそうであったのですから、あなたもそうですよ。……私の場合は言いふらしてしまいましたので、幼子扱いはされませんでしたが」

 

 ああ……。

 なぜ「楽土より帰りし神子」という存在が常識に組み込まれているのだろう、という疑問を持ったことはあったけど、そういうことか。

 

「楽土より帰りし神子の存在が知れ渡っていることは私のせいだけではありませんよ? 歴代の楽土より帰りし神子も、それなりに口走っていたと聞きます。そこについてはあなたの中の彼女の方が詳しいのでは?」

「鬼子母神がなぜ楽土より帰りし神子に憑くのか、についても聞きたかったが、今は御史處か」

「はい。一つだけ、ですから。他のことはまた文を交わした時に。……それで、当時の私は御史處に興味を持たず、呑気に過ごしていました。私が彼らに再度興味を向けたのは、あなたが黒州で宋層と衝突してから。……先ほどあなたは、人工的に鬼を作ることの何がおぞましいのかがわからない、と言いましたね」

「ああ」

「鬼とは信念を持つ人間が死という代償を払って肉体の檻を脱ぎ捨てて成るもの。結衣(ジェイー)のような例外も存在しますが、基本的に彼ら彼女らは強い信念を抱いています。つまり、彼ら彼女らからしてみれば、己が意思以外で鬼とならんということ自体が汚らわしい行為。私は鬼ではありませんが、鬼と多く触れ合ってきましたから、その世界観は理解しています」

 

 少し……少しだけ、理解したかもしれない。

 己が信念を曲げられずに鬼とまでなった彼ら。他者の意思を封じ、その生の在り方を捻じ曲げて、「鬼」という記号を取り出そうとしている者達。

 それらは決して同族とは言えないだろう。……ああ、そうか。桃湯が鬼を「同胞」と呼ぶのは、そういう理由か。

 

 持つものは違えど、強い信念を持つ、世界に反意を示した同胞。

 成程確かに、信念無きものを無理矢理革命家に、というのは……彼らの意思に反するのだろうな。

 

「桃湯が悲しんでいました。だから私も興味を持って、調べ始めたのです。御史處と陽弥の関係性。御史處が今何をしているのか。──黄州全てを精査して、調べました」

「また……力業だな」

 

 黄州は天染峰という大陸の中心にある。けど、だからといって領土が狭いということはない。地図を見た限り、面積は他州と同等だ。

 ……青清君でも、青州全域の精査はできないと聞いた覚えがある。

 

「あ、いや……そうか、現地に赴けば」

「いいえ。私はこの場にいても、黄州の全てを把握できますよ。視界だけで言えば天染峰の全てが見えますし」

「何も見えないが故、か」

「はい。私には遮光鉱も意味を成しませんからね。もっとも、遠方に輝術を届かせる、となると話は変わってきますが」

「感知範囲と作用範囲が違うのか」

「それについても、いつか答える話としておきましょう。……話を戻します。私は黄州の全てに物質精査をかけ、全容を把握しました。──理解したのは、御史處から伸びる、各州への坑道の存在と……地下深くで行われている人体実験の詳細」

「各州へ? ……黒州だけじゃないのか」

「蟻の巣穴のように、たくさんの坑道が張り巡らされています。ただし、恐らくこれは人の手によるものではなく──」

「虫だろう? 担い手は笈溌(ジーボォ)混幇(フンバン)幹部にして、恐らく御史處の人間だろう者」

 

 黒州三大マッドサイエンティストの一人。

 

「ええ。……そうですね。彼の現在地を教えて、この話は終わりにしましょう。これ以上は御史處の話だけに留まりませんから」

「つまり、もっと多くが関わっていると」

「そうなります。──笈溌。彼は今」

 

 

 

 そちらを見る。

 ……前までの「私が知ってどうする」「私がもやもやするから知りたい」とは違う。

 これこそ正真正銘の「私が行ってどうする」だ。結衣の碑の前で交わされた取引を思えば……。

 

「祆蘭、大丈夫か? はぁ……玻璃め、祆蘭に何をした……」

「ちょいちょい! 黄征君は確かにつかみどころのない人だけど、結構優しいんだぞ! こんなちっこいのに何かをするとかないって!」

「相変わらず煩いな、紊鳬。夕餉くらい静かに食べられぬのか?」

「おおっとぉ! あたしから煩さを取ったら何も残らないことくらい知ってるだろ! 全州最弱の付き人! その名を捨てたつもりはないぞ!」

「そんなことを誇るな」

 

 あの後、黄金城を出た時にはもう日が暮れていて……玻璃曰く「そろそろ青清君からの返却要請が煩いので、お返しいたしますね」の言葉と共に、超高速での飛翔からの返却が為された。

 帰って来たというか返って来た私を見ても御冠な青清君に意味深な笑いをかけて飛んでいった玻璃。それにさえもプリプリ怒っていたので、この二人の仲はとんでもなく悪いのだと予測できる。

 

 白鐵工房では紊鳬さんが作ったというもてなし……豪勢な食事が用意されていて、けれど青清君も祭唄も私を待っていたとか。

 

 なお、今のやり取りからわかるように、青清君と紊鳬さんの仲は悪くないらしい。恐らく玻璃が州君だった頃からの付き合いなのだろう。気の置けない仲である、というように感じた。

 

「お前は本当に変わらぬな。……今年で五十を超えるのではなかったか?」

「おう! 祝えよ、青清君!」

「え゛」

 

 変な音を漏らしたのは私、ではなく祭唄。

 まぁ気持ちはわかる。私も玻璃を知らなければその反応をしていた。いや玻璃を知っていてもその反応をしていたかもしれない。

 

「ふん、若者に呆れられているぞ。若作り婆が、そのようなあられもない姿をしおって。そなたが付き人をしていた頃からそうだったが、もう少し恥じらいを持てぬのか」

「お、なんだ心配してくれてんのか! あんたこそ相変わらず可愛いなぁ青清君! 進史と一緒に初めて墓祭りに来た時は、あまりにも若々しい恋仲の男女が来たな! と黄征君や赤積君と笑い合ったのを今でも覚えているぞ!」

「……その名を出すな」

「お? ……喧嘩中か? ダメだぞ~青清君! あんないい奴中々いないんだから、友達は大事にしろ! あ、恋人だったか?」

「おぞましい妄想を膨らませるのも大概にしてくれ。……私の想い人は、あんな奴ではない」

「え」

「想い人ぉ!? じ……自分で振っておいてなんだけど……え、青清君あんた……想い人!? え、え、いいじゃないか! あんた……いいじゃないか!」

「うるさい……声が大きい。耳元で叫ぶな莫迦者」

「誰だ! ちょ……祭唄、祆蘭! 知らないのか!? 青清君は誰が好きなんだ!?」

「い、今聞きま……じゃない、今聞いた、から、わからな、揺らさないで」

「……」

「まだ黙ってるのかちっこいの! そろそろ怒るぞ! ……いや待て、青清君のお気に入りって……今までと同じ意味だとおもってたけど、まさかそういう意味か!?」

 

 違うけど大正解。

 テンション高いだけで、ちゃんと付き人やってたんだろうなぁこの人。ちゃんと察しが早そう。

 

「聞かせろー! 久しぶりに会ったんだ、最近の話纏めて聞かせろ! にひひっ、今日は寝かせないぞ~!」

 

 ……まぁ、悪くはないな。

 この人くらいまっすぐな言葉をぶつけられたら、青清君も思い直すんじゃないか? 進史さんのこと。

 それが良い方向に行ってくれたらありがたいのだけど。




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