女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
もうすぐで
一応、短い期間とはいえ私の弟子だった
見に行かない選択肢は当然ないにしても、何か祝い物でも作れないものかな、と頭を悩ませている。
今並は芸術家となっていくわけだから、私の乏しいデザインセンスの発揮されるものではなく、実用的な物の方が良い……んじゃないか、という考えで候補を絞っている、のだけど。
「……なんだ、十三歳が喜ぶ実用品って」
「その問いに答えられた者は多分いない」
「今並は普通の十三歳でもないし、絵筆とかじゃだめなの~?」
「いやぁ……」
絵筆は消耗品だ。だからこそ贈り物としては……現代人なら良いんだけど、私からの、ってなると使えないだろ。
いやでも実用品を贈るわけだから絵筆じゃなくとも使ってもらいたい……んだけど……。
子供へのプレゼントととか前世じゃ考えなかったからなぁ。なん……だ? 十三歳……って何年生だ。中学一年生? 中一が喜ぶもの……?
……ダメだ。私にそういうセンスはない。
前々から作りたかったものでも作って、出来が良かったらプレゼントにするかね……。
とりあえず、と窓を開き、少し身を乗り出す。
「……いや落ちないからそんな慌てた顔をするな」
「前科がある」
「私が負けた時のね~」
「音を聞きたいだけだ」
「音?」
「銅鑼の音。刻限を決める音の間隔を測りたい」
「……。一刻ごとの間隔なら、どう考えても数えるのは馬鹿」
「見に行った方が流石に早いと思うな~」
いや、体内時計には自信があってだな。
……。見に行く?
「見に行く、というのは?」
「だから、銅鑼を」
「銅鑼は……人が鳴らしているものだろう」
「うん。でも、その人はどうやって刻限を計ってると思う?」
「……そこは輝術がどーたらこーたらじゃないのか」
「輝術を使うと、むしろ無理。輝術は時間を無視するから」
う。……それは! ツッコミたいけど!!
今はそこじゃない。
「見に行けるのか」
「青宮廷内だし、人も多いから、今回は安全」
「じゃあ私申請出しちゃうね~」
え……もしかして普通に時計あるの?
あー、という声が出かけた。
──目の前に聳え立つ、巨大な石造りの……逆さ台形が乗った塔、四基。
微かにだけどちょろちょろという水の漏れ出る音がする。あー。あーね。
漏刻時計ね……。
「これの水嵩、その高さを見て、銅鑼は鳴らされている」
「毎日の
「あー。じゃあ流出量を見たいな……」
「こっち」
祭唄に手招きされて裏に回ると、恐らくメンテナンス用だろう穴があって……そこから中を覗けるらしかった。
配管系の流量計算……トリチェリと……重力加速度は……地球と同じ、でいいよな?
うあー、ちゃんと測ったわけじゃないから微妙だけど、目盛りと体感を信じる限りで……。行く……か。
「……大体わかった。帰ろう」
「もういいの?」
「まぁやるだけやってみるさ」
今回はできない前提で、になるが。
まず、歯車を幾つか作図する。
ペダルグラインダーの時とは違う、完全に一からの作図だ。歯車の歯数やサイズはさっき計ったこの世界の時間を参考にする。
一つ目の輪に使う大きな歯車は、直径四十五
二つ目の輪に使う中規模歯車は、直径三十二毫米。歯の数を六十。それらを一体化させるための最後の輪が直径三十毫米で歯が十五の鮫歯歯車。ただしこれの歯は水平方向ではなく垂直方向に伸びる。
また、それぞれの歯に合わせた根車も描いて。
他、部品類を作図。天符や吊り台、肘板、主鍵と鍵。軸。
これらを全て作ってもらう。ペダルグラインダーを使うのは糸巻き軸だけ。
できたら全てを組みつける。
まず、一番大きな歯車とストッパー、糸巻き軸を主鍵軸で貫通させ、とりあえずで作った箱の下部に固定。その右上くらいの位置に根車が来るように二つ目の歯車の軸をセットして、こちらも軸を固定。最後に頂点の一番小さな鮫歯歯車と根車を合わせて、その爪部分に重なるように天符棒を通す。
組付け自体は簡単だけど、噛み合わなければ鑢をかけて微調整。再度試してまた微調整……というのをずっと繰り返す。
ようやくの噛み合いを見せたら、天符棒……天秤となっているそれの両端に錘を付け、糸巻き軸に糸を巻いてそこにも錘を。
主鍵をぐるぐる巻いて錘を吊り上げ……鍵から手を離せば。
「……おお」
「面白い」
「やっとできた~?」
天符が踊るように九十度程の前後運動を見せながら、カチカチという音を鳴らす。
それに従ってゆーったりと落ちていく錘。
あとはそれを大きな縦長の箱に詰めて、錘の重さを調整しながら表示板を取り付け。
箱の前面にこの世界の数字を書いてもらって、完成。
尺時計である。
結構頻繁に錘を付け変える必要のある一挺天符の尺時計だけど、寝坊しがち・夜更かししがちな今並には丁度いいかもしれない。
「これ、青清君に見せなくていいの?」
「仕組み自体はただ錘が下がっていっているだけだからなぁ。特に目新しいものは使っていないし、いいんじゃないか?」
「そうなんだ」
「そうなんだ、って……。一緒に作ってきただろう。中身におかしなものが使われていたわけでもないし」
「んー。でも私が作れって言われても、これをそのまま複製するくらいしかできないし。祭唄はどう?」
「大きさを変えることはできるかもしれない。ただ、この仕組みを活かせ、と言われると難しい」
……。
成程。
あのおっさん、表情が分かりやすいんだよな。
ま、とりあえず完成したし。
才華競演にはまだまだ日があるから、他に何か作れないか考えますかね。
ノックノックノック。
「祆蘭、進史だ。入っても構わないか」
「なんだ、許可を取るのはやめたんじゃなかったのか」
「罪人のお前に対してならそうしていたさ。だがお前は今罪人扱いではない。そうだろう」
「ああもうわかったわかった私が悪かった。さっさと入れ」
その辺蒸し返すの本当に面倒臭いから。いや蒸し返したの私なんだけど。
久しぶりにここを訪れた進史さん。その手に持っているものは……なんと大きな白布。
見覚えの有り過ぎるその形状に、何かを察したらしい要人護衛の二人が頷き合って出て行こうとする。
「待て、お前達にもいてもらいたい。私が祆蘭を頼りすぎていると判断したら止めてくれ」
「う」
「それは……その~」
「……酷な頼みをするものだな、進史様。私は貴族の位に明るくはないが、権限の度合いで言えばあんたが一番上なんだろう。ああ、青清君を除いて。そこに口出しするのは、中々に難しいものがあろうさ」
「……そうか。わかった、下がれ」
「申し訳ありません」
「失礼します!」
なんだか。
表情は変えていないけど、少しだけ悲しそうな雰囲気を一瞬見せて、進史さんは二人を見送る。
この人もかぁ。
「……」
「仲良くなったと思っていた、か?」
「どう……だろうな。まぁ……お前のことで、共に気を揉むことが多かったから……親近感は覚えていたかもしれない」
「埋まらぬ溝も差も、人間関係には付き物だろうよ。況してや上下関係となると中々だ。……加えて、頼りすぎかどうか、の点で言えば私に細工以外の話を持ってくる時点で、だろうに」
「それは……。そう、か。そうだな……」
「ああ莫迦待て帰ろうとするな」
私が気になるだろうが。
進史さん自身があそこまで自省した上で、私に持ってきた話だ。それを逃すのは快くない。
「輝絵を見せてくれ」
「……わかった」
輝絵。それが机に置かれて、白布が外される。
中から出てきたのは、見たこともない女性。
「
「とんでもない転落人生を聞いた。それで?」
「その後は辺境の地で最下級貴族としての生活を送っていた……のだが、最近になって死したらしく、幽鬼として現れるようになったそうだ」
「まあ、未練の塊か」
「ただ現れる場所が妙でな。青宮廷の正門はわかるか?」
「ああ」
「その門の上に佇んでいるのだそうだ。害のない幽鬼として」
……ふむ。
青宮廷の正門。正方形を取る青宮廷の、暫定北西の面に位置するその門は、結構豪華なつくりをしている。
その上で佇むねぇ。
「普通に考えるなら、追放時に正門が強く記憶に残っていたか、あるいはよく来ていたか、か?」
「だが、彼女が追放されたのは数十年も前のことだ」
「若い時だからこそ鮮烈な記憶として刻まれるものではないか?」
「そういう……ものなのか?」
「いや、九歳に問われてもな」
「そうか。……そうだな。それもそうだ」
どうなんだろう。
私の場合は全部セピアというか、等価な記憶として認識されているけれど。
輝術師は違ったりする?
「雁杜が青宮廷前まで足繫く通っていた、というような話は?」
「見張りの者に問うたが、そのような記憶はないそうだ。加えて雁杜が住んでいた街は青宮廷からかなり離れていてな。輝術を用いたとしてもそれなりの時を要する」
「……」
推理に「符合の呼応」を入れるなら、尺時計の性質から……「巻き軸」、「錘」、「天秤」なんかが取り出せる。
また、「やじろべえ」も加えるなら、またぞろ「人間が悪い」類の事件と予測することができるけど……。
「その幽鬼はまだ正門にいるのか」
「ああ」
「会いに行っても?」
「問題ない。……ここで要人護衛を呼び戻すのは気が引ける。私が付いて行こう」
「もうすぐなのか」
「だから丁度いいかと思ったんだ」
成程。
……ま、これ以上ここで考えても何も出て来なさそうだし、行くかね。
行って来た。
ただ……収穫はほとんど得られなかった。雁杜らしき幽鬼には出会えたのだが、彼女はほとんど言葉を口にすることなく消えてしまったのだ。単純に刻限で消えたのか、それとも楽土へ行ったのかは定かではない。光の粒になってないから次を目指したわけではないと思うんだけど……ううむ。
一応、収穫と呼べるものは二つ。
一つは彼女の仕草。彼女は空飛ぶ馬車に乗る私達に手を伸ばしていた。だけど、それから降りて彼女へと近づいた時にはそうしていなかった。
二つ目は、彼女の視線。私が声をかけてから彼女が消えるまで、ずっと青宮城を見上げていた。月ではないと思う。青宮城を見上げていたはずだ。
わかったのはこれだけ。
余計なトリックや複雑なギミックを思考から除外し、意味を考える。
手を伸ばす行為。憧れや惜敗を感じる仕草だ。
視線も……情念の籠った目だった。ただ、一つ気になったのは。
「進史様。その輝絵はいつのものなんだ?」
「彼女が青宮廷にいた当時のものだ」
「つまり数十年前、なんだよな」
「ああ」
「だが、さっきの幽鬼は」
「……そういえば、若い……この時のままだったな」
ここで……いきなり"
別に私がそちらから離れていただけで、"
ただ、つい最近まで生きていたのだとしたら、流石に目立つだろう。
「……今、彼女の追放地出身の若い貴族に確認を取ったが、少なくとも五年前に見た彼女は五十過ぎ頃の姿だったそうだ」
「幽鬼が死んだときそのまま以外の姿で出て来た、という例は他にあるのか?」
「聞いたことがない」
「となると……あの幽鬼は雁杜ではない、という可能性も出て来たな」
「すぐに似た容姿の者が青宮廷にいなかったか調べさせる」
「ああ」
雁杜ではないのだとしたら、今までの考えとか全部要らない。
そういう貴族がいました、で終わる。……が。
「青宮廷全体に問いをかけたが、この姿の女を見た記憶はないそうだ。老人たちが雁杜の名を挙げた以外では、だが」
「相変わらず……」
凄まじい伝達速度だな。しかも全体にってことは並列で……あるいは@everyoneとかできたりするのか?
んー、話を聞けなかったのがやっぱり大きいなぁ。
私は死人に口なし世界で死人から話を聞いて推理を進めるタイプだから、普通の名探偵はできないわけで。
──許可を取らば、良いのだったか?
……ん。
「まず、行うべきはこの女の身の回りの調査だ。この女の周囲で若い女が失踪していないか、またこの年頃の女が突然死をした、という記録が無いかを調べさせろ」
「幸い、此度は中継者がいる。すぐに……調べさせよう」
「中継者。輝術の情報伝達可能範囲を広げるために、範囲円周上に配置された輝術師、だったか」
「おお、良く知っていたな。輝術について要人護衛から習っているのか?」
「そんなところだ」
へぇ。そんな電波みたいなことできるんだ。
……できるか。というか専用職として各地に配置しておけば「遠すぎて伝達できない」がなくなるんじゃないか?
「反応があった。失踪者、行方不明者、突然死。全てが存在する。それも……かなりの量だな」
「ふん。ならば単純な話だろう。雁杜という女は若い時分に追放を受け、若き頃の己に憑りつかれた。次第に老けていく己に耐えきれなくなった女は、他の女の顔を弄ることで若き己を保つ、という倒錯行為に出る」
「それに……何の意味がある。己が老け行くのは変わらないだろう」
「若僧め。お前は鏡を知らぬのか?」
「鏡……? まさか」
「別に姿見から鏡を除去してその向こうに女を、という酔狂な話ではない。ただ、目に映る顔という顔が全て若い頃の己であれば、倒錯の末に狂い果てたこの女の気が紛れた。それだけの話であろうよ」
手を伸ばしたこと、青宮城への視線は?
「……そして言い含めていたのだろうな。私はいずれ青宮城に登る予定の高位貴族だった、今頃あそこには私がいるはずだったと、何度も何度も」
「それで……青宮城からしか出て来ない空車に手を伸ばし、青宮城を見上げていたのか」
「あと、正門に出る理由は……恐らく高度と輝絵だろうな。あの門の上に上ってようやく青宮城が見える。それまでは高さ的に浮層岩しか見えぬ。また、そこまで遠い地であるというのならば、青宮廷と青宮城の輝絵を作っていてもおかしくはなかろう。雁杜に自由を奪われた女が日常的に見ていたものがそれになるほどの執着は、一切理解の及ばぬ話だがな」
「最近になって幽鬼が出始めたのはなぜだ」
「その女が死したからに決まっている。そうなれば若い女たちは用済みで、けれど一斉に殺さば目立つ。だから時間をかけて一人ずつ殺しているのではないか? 殺しているのが誰かまでは知らぬが、大方"解放する"だの"ようやく青宮城へ赴く準備が整った"だの……甘言を弄しているのだろうよ。奴らが瞬時に消えたのは、青宮城と空車を見て満足したから、ではないか? 殺される女が切れるか、殺されなくなれば幽鬼も消えような」
「──すぐに確認を取る。……また、全て頼りきりになってしまったが……礼を言う」
「この程度の些事、お前達で思いつけるようになれ。少し考えればわかることだろうに」
「返す言葉もない。──では、失礼しよう」
……。
ふん。
「──どうだ。お前がやるより私が……うるさい」
最初から言ってるだろ。
私は推理素人! 加えてこの世界のことをよくわかっていないんだ、そりゃあんたより展開は遅いし造詣も浅いだろうよ。
けどそんなことであんたを見直すとかないし、況してや身体を譲ることもない。
許可を取ったのは……成長だから、まぁ、今後もそうしてくれ。毎回出すとは限らんが。
「しかし……。他者を悪意的に見過ぎだろう。どうしたらそんな……悪事をしているのが当然、みたいな穿ち方ができるんだか」
──お前が言うのか?
うるさい。私の魂の大きさに潰されて寝ていろ莫迦者。
というかお前、前に赤州で頼った時とか一切出て来なかったクセによくもまぁぬけぬけといけしゃあしゃあと……。
「祆蘭、お仕事終わった?」
「ああ。入っても大丈夫だ。お仕事ではないんだが」
「ごめんね~力になれなくて」
「それはまぁ構わないんだが……。これ、よく考えたら仕事じゃないから……特別手当の類が出ていたりするのだろうか」
「どうだろう。……そもそも祆蘭って、給金を受け取っているの?」
「さぁ……? どうせ読めないからと放置していたなその辺」
「進史様はそのあたりしっかりすると思うけど、今度確認を取っておいた方が良い……のかな」
青清君からの一年雇用って、どこからどこに金が発生するんだ?
「二人は……要人護衛から給金が出ているから、仕組みが違うんだったか」
「そう。青宮城勤めとは違う」
「特別危険手当が出ることはあるけどね~」
「……二人とも、というか特に祭唄様は私とずっと一緒にいる印象なのだが、給金はいつ使っているんだ。というか何に使うんだ」
「日用品や食事。後は……」
「私も基本日用品と食事かなー。青宮廷にいた頃は
「日用品にそんなに使うのか?」
「生活用品だけじゃない。祆蘭、私達は一応戦闘者」
「小祆の前ではあんまり見せないけど、武器を買ったり作ってもらったり、結構ね」
へえ。……それ仕事の経費じゃなくて日用品なんだ。
趣味でやってるってこと? それはそれでじゃない?
「それで祭唄様。いま言い淀んだ後は、の後が聞きたいんだが」
「……流れたと思ったのに」
「祭唄って他に何買ってるの? 部屋には置いてないよね~?」
「……個人依頼の輝絵。家に置くものだから、見てなくて当然」
「家……って、そうか。普通にあるのか、家が」
「ちょっと小祆? 私達を何だと思ってるの~?」
「家無し住み込み要人護衛だと思っている?」
そうだ貴族なんだった。ここにいる人たち全員。……いやだって、みんな毎日のように見るし……そ、そう。
「休日! 休日を取っている様子を見ないから、勘違いを」
「……祭唄のせいじゃない?」
「う」
「小祆、祭唄にちょっと強く言ってあげて。この子、家に帰るのが嫌だからって、全然休日取らなくて……要人護衛の上の人達に強く言われても取らないから、結構心配されてるんだよ」
「この子、って……。歳はほとんど変わらない」
「そういう意味じゃないだろうし、そもそもどういう仕組みなんだ要人護衛の休日。取得しないと無いのか?」
「ううん、半年に決められた数の休日があって、最低限取らなきゃいけない数も決まってる。だけど祭唄はそれを超過して働いてるの」
「無給でも構わないと言ってあるのに」
……結構ちゃんと……しっかりした労働基準がある、のかな?
そして祭唄。ダメだぞ休日は取らないと。怒られるのその上の人なんだから。
まぁ休日の無さで言ったら進史さんなんか働き詰めに見えるけど。……付き人はまた違うシステムか、流石に。
私は……毎日休日のようなものだしな。思いついたらトンテンカンして、そうでない時はだらだら青宮城を散歩して。
そう考えると時間外労働とか特別手当がどうのとか贅沢な話過ぎるな。むしろ均したら普通の仕事以下なんじゃないか?
不正受給まであるのでは、私。
「それに、今祆蘭から目を離すのは悪手。要人護衛として──ぅ」
拳を握り、中指を盛り上がらせて、祭唄の額を小突く。
……そんなに速度出てないのになぜこっちの骨が痛いのかをツッコまずに、口を開く。
「これから毎日のように私から"そろそろ休日を取らなくていいのか"と聞かれたくなければ休め」
「そうだそうだー!」
「……夜雀が言った通り、家に帰るのがあまり好きじゃない。休日なんか取ったって……
「別に、ここにいてもいいんじゃないか。護衛をせず、勉強もせずにここでまったりしていろ。ああ要人護衛の服は着るなよ。普段着で来い」
「……普段着は、お着物だから、ヤだ」
「見たい。夜雀様のも見たい」
「え゛。……それは……嫌かな~みたいな……」
「二人とも貴族で、晴れ着があるのだろう? 少し前に私が雨妃らによってめかしこまれた日にはあれだけ面白がってくれたじゃないか。私もしたい」
「そういう欲望ならもっと嫌」
あんまり嫌がるようなら、縫うぞ私は。
ペダルグラインダーが作れたんだ、ペダルミシンだって作れるはず。今回の尺時計で歯車への造詣も深くなったしな。
幸いこの城には着物の見本がこれでもかとある。私のスキルアップで二人を「可愛らしく」できるのであれば──それを二人が気恥ずかしがるのであれば、尚更にやる気が出るというもの。
──私がやってやろうか?
「は? あ、いやすまん」
「?」
やめろあんた。あんまり家庭的な姿とか見せるな。
最初の鬼子母神を名乗るならそれらしく超然としていろ。
「あ、そうだ祭唄」
「なに」
「今流されかけたけど~、結局個人的な輝絵ってどういうものなの?」
「おお良い気付きだ夜雀様。そうだ、どういう輝絵だ。あられもない奴か」
「……私を何だと思っている?」
「いいから。どういうのだ祭唄様」
「……。……今度持ってくる。それで許して」
「なんで今言わないの?」
「夜雀にはわからないから」
「?」
……あー、ね?
そういう話か。結局勉強じゃん、とか思ってしまったけど……まぁ、好いてくれるならそれでいいか。
「わっ……何、この着物の柄。祭唄が描いたの?」
「そう。……何の絵か、わかる?」
「わかんないけど、色味は好きかも」
「『
「……なんでそんな絵を着物に?」
「祆蘭に似合う」
似合わんわ。
やめろそのダサT概念をこの世界に広めようとするの。勉強じゃなくて着物の柄にかい。……絵に見えるから尚更なんだろうけど、か、考えただけで嫌だな。着物の柄に一昔前の不良集団みたいな文字が縫われてるの。
文字規格のせいで刺繍文字という文化自体がないんだ、その先駆けが「かかってこい」はちょっと悲しすぎる。
「二人だけしかわからない話題……みたい?」
「まぁそうなんだが、無理して教えることもできない話でな。すまん」
「ふぅん。……まぁいいけどね~。祭唄の方が一緒にいる時間が長いんだし、当然といえば当然だし~」
「含みがある。何か言いたげ」
「べっつに~」
一瞬祭唄を見る。彼女は……小さく首を横に振った。
だよなぁ。
夜雀さんは……耐えられなさそうだよな。
「なんにせよ、祭唄様」
「私?」
「お前の話だよこれは。──休日を取れ。そうだな、明日だ。そして明日、私は夜雀様と過ごす」
「え」
「いいよ。元々要人護衛だし、当然予定は入ってないし! じゃ、祭唄。上の人に通達入れておいてあげるね」
「え」
「加えて青宮城内の要人護衛にも伝達しておいてくれ。明日、城内で祭唄様を見かけたらすぐに私へ伝えるようにな」
「……ここにも来られなくなる」
「完全に休むことを約束するならここで寝泊まりしても良い」
「じゃあ私も今日はここで寝ようかなぁ」
「流石に狭い」
「小祆を私が抱きしめて寝れば大丈夫!」
いやそれは私が「え」なんだけど。
……寝られるかな。あんまり近くに人の気配があると寝られないんだけど。
まぁ……この二人なら大丈夫、か?
大丈夫じゃなかった。
夜。眼が冴えてしまって一切眠れない。
ご丁寧にぎゅっと抱きしめられているせいで抜け出すこともできない。
となると。
「こうなるわけだ」
「……どういう。お前……自在に気絶できるのか?」
「そういうわけじゃないが、感覚は大体把握した。瞑想に似ているからやりやすい」
どこまでも広がる蒼穹。草原。
チャオチャンディツンザイによって小突かれた時に入った、私の内面だという場所。
そこに来てみた。
「……何用だ。文句でも言いに来たか」
「眠れないのだから、夢想に没頭することはそれほどおかしなことでもないだろう」
「私は一応、お前の敵の親玉のようなものだぞ」
「いつから鬼が私の敵になったんだ。これだけされてもまだ鬼と輝術師は私の中で等価だよ」
「流石に……もう少し信じてやったらどうだ。お前は慕われているし、好かれているように見えるが」
「慕われていて好かれていたら、慕い返さねばならないし好かなければならないとでも?」
「はぁ……。詭弁小娘め。もういい、その問答をする気は無い」
おお、自分で名乗るのならともかく、他人に言われたのは初めてじゃないか。
偽悪小娘だの詭弁小娘だの捏造小娘だの……おいおい、悪いのばっかじゃないか。
「何を」
「先ほどの話だ。超然としていてくれ、などとは言ったがな。別に己を変えてほしいわけではない。そこまでの熱量を私はあんたに持てていない。なら、理解した方が早そうだな、と考えた」
「理解だと?」
「ああ。あんた、それをどこで得た? あんたも生前は輝術師だったんじゃないのか? だから、貴族となると……縫い仕事など、やる機会はないだろう」
「……。……まぁ、良い。そうだな……。かなり前の……楽土より帰りし神子が、そういった経験を有していてな。多少……どころではない知識がある」
「へぇ。じゃああんた、次代の楽土より帰りし神子に、私の木工細工を伝えるのか」
「お前で事が成るのならば次代など不要だ」
「成らんから聞いてやっているんだろう」
「……お前のは、読めぬ。思考が上手く読めぬと、経験も会得し難い。もう少し単純な思考をしろ。お前の頭はいつもいつも……何本もの糸が絡まっているかのようになっていて、何がどこの思考に繋がっているのか判然としない」
「まさか己の夢想の中で己の頭のぐちゃぐちゃ具合を貶されるとは」
「加えて、話している言葉と考えている内容が違ったり、相手が話していることを解しつつずっと同じことを考えていたり……至極、煩い」
怒涛の文句である。
そ……そんなにぐちゃぐちゃの思考してるかな私。推理素人だからもっとシンプルなはずなんだけど。フラットに行ってるはずなんだけど。
段々……なんか。
なんか、いやこの程度のことで落ち込むとかはないんだけど……なんかな。
「もう少し考えてから話せ。考えてから行動しろ。衝動に身を任せすぎて、その時だけ思考がまっさらになる。そして直後、濁流のようにまた取り留めもない、くだらぬとしか言いようがない思考が押し返してくる。中にいる方は堪ったものではない」
「中にいる方が悪いだろうそれは」
「わざわざ己の中にまで首を突っ込んでいるのはお前の方だ」
「いや私の場所だろうここは本来」
「来なくてもいい場所だろう」
……。
こいつ、ああ言えばこう言う。もう少し思いやりというものをだな。
「ふん、そんなに言うならもっと煩くしてやる。覚悟しておけ」
「……まぁ、静かすぎるよりは良い。お前が考えているより、お前が眠っている時は……静かだからな」
「やめろ寂しがり屋なのも。もっと超然としていろ」
「求めるほどの熱量がない、のではなかったのか?」
──よーし頑張って寝よう。
もうこんなところ来てやるものか。ふん、もう出してもやらないからな!
「子供かお前は。……子供か」
桃湯に言いつけてやる。お前が復活させようとしている鬼子母神は私の中でこれほどまでに威厳がない存在だと。
……まぁ、寂しいなら……待て。この思考はちょっと……一昔前のツンデレみたいで嫌だな。おばさんにそんなものを求めるな。
「それだそれ。それがうるさ」
「わーわーわーわーわーわー!」
起きる。起きて、寝る。
可能な限りの騒音を思い浮かべて寝よう。電車、新幹線、踏切、ジェット機のエンジン、豪雨、雷……。
大量のシャッター音……フラッシュ……。
……──思考終了。寝よう。
今日は2話目が更新されます。