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「自分の体のことは自分で決めたい。これは人権問題」 性別変更の手術要件に初の違憲判断

 トランスジェンダーの人の戸籍上の性別変更にあたり、生殖腺の除去手術を要件とする性同一性障害特例法の規定について、静岡家裁浜松支部は12日、家事審判で初の違憲判断を示した。この規定については、最高裁でも9月に弁論が開かれ、近く違憲かどうかの判断が出る見通しだ。

 性別変更を申し立てていたのは、浜松市に住む竹かばん職人の鈴木げんさん(48)。鈴木さんは女性の体を持って生まれたが、幼少期から自分が女性とされることに違和感を感じ始め、40歳の時に性同一性障害の診断を受けて治療を始めた。男性ホルモンの投与を受け、乳腺も摘出。男性として社会生活を送り、女性のパートナーと暮らしている。

 特例法の規定では、鈴木さんの性別変更には卵巣の摘出手術が必要だが、鈴木さんは身体に負担の大きい手術を望まず、現在の体のままでの戸籍の性別変更を求めた。

「手術は自由な意思に委ねられる」


  静岡地裁浜松支部の審判書は「生殖腺除去手術はそれ自体身体への強度の侵襲であり、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらす」と認めた。その上で、「このような手術を受けるか否かは、本来、その者の自由な意思に委ねられる」「(規定による人権制約は)必要かつ合理的な範囲を超えるものであるとの疑問を禁じ得ない」と判断した。 

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誰にとっても「自分の体は自分で決める」のが原則という鈴木げんさん=2023年10月13日、浜松市内


世界の潮流は「強制不妊手術廃止」


 
 世界的な潮流や社会情勢の変化にも検討を加えた。世界保健機関(WHO)が2014年、共同声明「強制不妊手術の撤廃」の中で、トランスジェンダーへの不妊手術要件について、「身体的不可侵性、自己決定、人間の尊厳の尊重に反する」と反対を表明。国連人権高等弁務官は2015年、関係国に「不妊、強制治療及び離婚といった侵害となる前提条件は除去して、望む性別を反映した法的同一性証明書を要求に応じて発行すること」を求めた。代理人弁護士らが提出した証拠によれば、欧州や中央アジアの約50カ国のうち40カ国が性別変更に生殖不能を要件としていないという。

 日本でも2020年に日本学術会議が「生殖不能要件の廃止」を提案。翌年GID(性同一性障害)学会も手術要件の撤廃を求めた。
 
 こうした情勢を踏まえ、審判書は手術要件について「憲法13条に違反し、違憲無効であると解するのが相当である」と結論づけ、鈴木さんの性別の取り扱いを女から男に変更するとした。

「うれしいけれど、当たり前のこと」 

 
 「オペなしで!戸籍上も『俺』になりたい裁判」
 鈴木さんと仲間は家事審判の申立をそう呼ぶ。申し立て時の会見で鈴木さんはこう言っていた。「ヒゲも生え、筋肉質になった自分の体に満足している。内臓に卵巣があっても俺は俺だ」
 
 一方で、選挙の投票所などで、戸籍上の性別で確認されることの苦痛や不便を経験していた。「自分のものではない、『女』という記号におびえたくない」

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家裁の審判を受け、記者会見を開いた鈴木げんさん=2023年10月13日、浜松市内

 家裁の決定後、浜松市内で会見を開いた鈴木さんは、晴れやかな表情だった。
 「全国の応援してくれた皆さん、ありがとう。みんなで勝ち取った審判です」

 審判直後からマスコミの取材が殺到した。「うれしいですか?」と記者に問われ返答に困った、と明かした。
 「うれしいです。けれど、男として生きている僕の戸籍が男になったというのは、当たり前のこと。しばらくは健康保険証をみてニヤニヤしみじみするかもしれないが、その後は男として生きる当たり前の毎日を過ごしたい」 

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オペなしで!戸籍上も「俺」になりたい裁判のキックオフミーティング=2021年7月、浜松市内で

「声を上げることで、社会は変わる」


 トランスジェンダーの仲間や子どもたちから「大きな一歩をありがとう」と言われたという。「これまでは特例法に従い、オペはするものと思っていた当事者に、選択肢ができた。生殖腺があってもなくても性別を変更できる。自分の体のことは自分で決めたいです。これは人権問題です」
 
 今後は、性同一性障害特例法という名称や法律の立て付けも変わるだろうと期待する。性同一性障害という疾患名はすでになく、トランスジェンダーは障害を持っているのではなく、性自認が出生時に割り当てられた性と異なると解するのが適切な理解だ。また、本来誰にも等しくあるはずの権利を特例法で「特別に認める」という在り方が差別的だという指摘もある。
 
 浜松TG研究会の代表として、男女別に詰め襟とセーラー服と定められている公立中学校の制服の見直しも求めてきた。その中でさまざまな子どもたちの悩みを聞いてきた。
 
 会見で鈴木さんは訴えた。
「トランスジェンダーの子、またそうでなくても悩みや苦しみを抱えている子たちに言いたい。きみは無力じゃない。自分が声を上げることでこうやって社会を変えることができるんだ」
 
 鈴木さんの妻の國井良子さんは「げんが言ったように、私たちの生活は昨日、今日、明日と何が変わるわけでもありません。でも、一緒に海外に行った時に、パスポートを見て、性別欄に記されたこの一文字が、この人のアイデンティティーを苦しませているんだなと思ったことを、審判でふいに思い出した」と話した。「戸籍上も男になった私の夫がここにいる。実感としてしみじみ来ています」と笑顔を見せた。

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審判翌日の記者会見に、パートナーと並んで出席した=2023年10月13日、浜松市内

まだ苦しんでいる仲間がいる


  鈴木さんが戸籍上男性になったら、二人は婚姻届を出す予定だった。だが、その後、同性婚を求める訴訟と連帯する中で考えが変わったという。「すべての人に婚姻の自由をと訴える原告たちから協力をもらい、勇気をもらい、友達もできた。僕たちだけが幸せになれるってちょっと違うかな」。
 審判を受け、改めて「僕たちの婚姻届は婚姻の平等が認められてからにしよう」と意思を確認し合ったという。
 
 「手術要件がなくなったら、男性器を持つトランス女性が女性トイレに入れるなど、社会が混乱する」という指摘があることについて、鈴木さんの代理人弁護士は、実態を踏まえた議論を求めた。「トランスジェンダーの人の多くは、性別違和をなくすために、治療を受けるなどして自分の納得の行く体に少しずつ少しずつ近づけて行っている。その納得のいく体の形も、人によって異なる。生殖腺除去手術を受けたから、急に性別がガラッと変わるわけではない」。

 その上で、「強調したいのは、審判によって、鈴木さんが男性として生きているという社会的実態は何も変わらないんだということです。ただ、(実態に反して女性として扱われる)不利益がなくなるだけ」と述べた。
 
 鈴木さんも「まだ苦しんでいる仲間がたくさんいます。性の多様性が当たり前の社会になってほしい。シスジェンダー、ヘテロセクシャル(異性愛)が前提の社会に、そうじゃないんだとこれからも訴えていきたい。多様で豊かな社会になってほしいです」と話した。    (阿久沢悦子)
 

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