すこし真面目に、「小説『赤毛のアン』は、村岡花子さんと松本侑子さんによって、それぞれどのような空気感で日本語に翻訳されているかを味わう」
ゴールデン・ウィーク中、だらだら「この原稿」を書いてました。一応、暇と言えば、暇なんです・・・。
『赤毛のアン』のどの部分に焦点を当てたか?
アン・シャーリー 11歳、日本で言えば小学5年です。手違いで グリーン・ゲイブルズ:[緑の切り妻屋根の家] に来たことが解ってしまった 昨夜の絶望から、再生への萌芽。
そう、一晩泣いて、そして朝起きて・・・。 清少納言『徒然草』を思わせるような、自然を愛でるアンの言葉・・・もあります。
タイトル:
「小説『赤毛のアン』は、村岡花子と松本侑子によって、どのような空気感で日本語に翻訳されているか?」
〚緒言〗
日本人が、タイトルだけなく、内容まで知っている小説は?と問われて思いつく小説はそれほど多くない。まして、同じ括りで、翻訳小説では何かありますか?と問われると、もう簡単には、その名前は出てこない。
そこで私が『赤毛のアン』はどうですか、といえば安心した顔になって、「そうそう、『赤毛のアン』なら、そこそこ詳しく知ってるよ!」となるに違いない。たぶんね。
では、『赤毛のアン』の原文(英語)にまで遡って読んだことがあります?と言われると、いろんな意味で不快になります。理由:第一に、質問形式の会話にイライラする。私が、まったく、そのタイプです。 第二に、「英語」と会話に出てくると、とたんに逃げたくなります。私は、ちょっとだけそのタイプです。
と前置きを言っておいて、その舌の根も乾かないうちに、ここで私がしようとしているのは、上記、第二に関係しての、『赤毛のアン』の有名な和文翻訳、村岡花子版と松本侑子版とでは、どちらが優れているか? 原著英文にまで立ち返って・・・判定する、ということです。
村岡と松本の翻訳勝負の舞台:そう、ここで私が選択した場所は、アンがグリーン・ゲイブルズ( [緑の切り妻屋根の家] )に初めて連れてこられ、マリラに
「マシュウ!! これ、女の子じゃないか? 頼んであった男の子はどうしたんだい!?」
と驚かれ、アンは失意のどん底に落ち、その晩はそのまま食事もとらずに泪ながらに寝ることになります。そして、その翌朝・・・・という場面です。
アンの、長ゼリフもあり、三者、アン、マリラ、そしてマシュウの性格が際立っている場面です。
※: [英語原文と、私の真面目な訳文] をこのブログの最後のほうに掲載します。一生懸命英文を入力し、わたしも翻訳してみましたので、お暇なら読んでください。英語の勉強には100%なりますから。単語の意味も書いてありますので・・・・。
〚表示方法〗
当該部分の提示順は、[松本侑子翻訳] 、次いで [村岡花子翻訳] とした。最後に [英語原文と、私の真面目な訳文] を置き、特に英語原文に加えて、 [私の真面目な訳文] を記したのは、松本、村岡両氏の訳文の正確性を判断するための一助になれば、と考えた故です。
したがって、[私の真面目な訳文] では、センテンスの分解は、全体で1~2回したかもしれませんが、センテンスの結合はしておりませんし、表現の付け加えなどの文章の飾り付けは最小限にしました。
〚結果〗
[松本侑子翻訳]:赤字にしてある個所は、翻訳が原文と少し乖離していると感じられるフレイズです(些細な気分の問題)。
ページ54、2行目から。
「・・・・今朝の私は、絶望のどん底ではないの。朝は、そんな気分になれないの。朝が来るって、すばらしいわね。でも、急に悲しくなったわ。だって、おばさんは私をほしがっていて、私は永遠にここで暮らすんだと想像していたところだったもの。その間はすばらしい心地だったのよ。想像していちばん厭なのは、現実に戻らなければならない時ね。つらくなるの」
「想像なんかに気をとられていないで、早く服を着替えて、下におりなさい」マリラは、アンの話の切れ間を、素早くとらえて言った。「朝ご飯ができているよ。顔を洗って、髪をとかしなさい。窓はそのまま開けておいて、布団は足の所に返して畳んでおくんだよ。できるだけ早くだよ」
アンは、要領が良くてすばしこいらしく、ほんの十分でおりてきた。こざっぱりと服を着て、髪をとかして三編みにし、顔も洗っていた。マリラの言いつけをうまくやりおおせたと、得々としていたが、実のところ、布団を返すのは忘れていた。
※:以下アンの長台詞が始まります。
「今朝はお腹ぺこぺこよ」アンは、マリラが引いてくれた椅子に滑り込むように座った。「ゆうべみたいに、この世が風がぴゅうぴゅううなるような荒野になったような気はしないわ。いいお天気の朝で、とても嬉しいの。でも雨の朝も、好きよ。どんな朝でも、わくわくするわ。今日の一日、これから何が起きるか、想像の余地があるでしょう。でも今日が雨降りでなくて良かった。だって晴れた日のほうが、つらいことにも我慢して元気になれるでしょう。我慢しなければならないことが、たくさんあるもの。哀しい物語を読んで、悲劇の主人公になったつもりで生涯を想像するのは面白いけど、いざ自分がそうなると、あまりすてきじゃないわね」
「お願いだから、黙っておくれ。小さい女の子にしては、おしゃべりがすぎるよ」
そこでアンは。素直におしゃべりを止めた。ぴしゃりと口を閉ざし黙りこくっているのがまた不自然で、かえってマリラはいらいらした。マシューも黙っていた。もっともこれは不自然ではなかったが。というわけで、朝食は、まことに靜だった。
やがてアンは、物思いに耽りだした。口をまるで機械のように動かして食べている。目は大きく開いて窓の外の空にむいているが、何も見ていないようだ。マリラはますますいらいらした。このおかしな子どもは、体は目の前の食卓にありながら、魂は、はるか雲の上の理想郷へ、空想の翼に乗って空高く飛んでいったようだ。誰がこんな子を家に置くだろう。
しかし理解に苦しむことに、マシューはこの子を置きたがっている! 一夜明けても、ゆうべと気持ちは変わらないようだ。この先もそうだろう。まったくマシューらしい。何か気まぐれを起こして、一旦こうと思いこむと、だんまりを決めこんで、梃子でも動かない。ふだん寡黙な人が口を閉ざして固執すると、なまじ口に出して言うより十倍も重みがあって効き目があるものだから、始末に負えない。
食べ終わると、アンは夢想から醒め、「皿を洗いましょうか」とすすんで言った。
「ちゃんと洗えるのかね」マリラは訝しんで聞いた。
「とても上手よ。子守なら、もっと得意よね。何しろ慣れているもの。この家に、私があやすような子どもがいなくて、残念ね」
「これ以上、手のかかる子どもなんかいりませんよ。あんたで充分手を焼いているんだから。あんたをどうしたものかね。マシューも困った人だよ」
「あら、おじさんはいい人よ」アンは口を尖らせた。「思いやりがあって、私がどんなにしゃべってもうるさがらないで、むしろ喜んで聞いて下さったわ。一目見た時から、私たち、心の同類だと思ったわ」
「あんたたちが、その心の同類とやらだとしたら、それは二人とも変わり者だからだよ」マリラは鼻であしらった。「じゃあ、お皿を洗ってもらおうかね。たっぷりお湯を使って、よく拭いて乾かすんだよ。今朝は忙しいんだからね。何しろ午後には、ホワイト・サンズのスペンサー夫人に会いに行かなければならないんだし、あんたも一緒に行ってどうするか決めるんだよ。皿洗いがすんだら、二階へ行ってベッドメイクだ」
[村岡花子翻訳] :赤字にしてある個所は、翻訳が原文と少し乖離していると感じられるフレーズです。
ページ59、後ろから2行目から。
「・・・・あたし、けさは絶望のどん底にはいないの。朝はそんなところにいられないわ。朝があるって ほんとにすばらしいことじゃない? でもあたし、とても悲しいの。たった今、小母さんが ほしがっていなさるのはあたしだったんで、いつまでもいつまでも ここにいることになったって想像してたところだったの。それがつづいている間はとてもいい気持ちだけれど、何か想像していちばんいやなことは、想像をうちきらなくてはならない時がくると、とてもみじめになってしまうことなの」
「それより早く着物を着て、おりてきなさい。あんたの想像なんか どうでもかまわないから」とやっとのことでマリラは言葉をはさむことができた。「食事ができているからね。顔を洗って 髪をとかしなさい。窓はそのままあけといて、夜具を足のほうへ返しておきなさい。できるだけ手早くしなさいよ」
たしかにアンはかなり手早いらしく、十分もすると、きちんと服を着こみ、髪はきれいに編み、顔を洗っておりてきた。マリラの言いつけを全部はたしたという満足感があふれていた。だが じつのところ、夜具を返しておくことだけは忘れていた。
※:以下アンの長台詞が始まります。
マリラが持ってきてくれた椅子にすべりこみながらアンは、「けさはだいぶお腹がすいたわ」と言った。「ゆうべは まるでこの世界が荒野のような気がしましたわ。けさは こんなに日が照っていてほんとにうれしいわ。でも雨降りの朝も大好きなの。朝はどんな朝でもよかないこと? その日に どんなことが起こるかわからないんですものね。想像の余地があるからいいわ。でも、きょう雨降りでなくてうれしいわ。お天気のいい日のほうがつらいにしても がまんしやすいし、元気にしていられますもの。あたしは たいへんな苦労をもっている気がします。悲しい小説を読んで、自分が雄々しく生きぬくところを想像するのはとてもいいけれど、ほんとに そんな目にあうのは あまり、すてきではないわ。そうじゃありません?」
「後生だから、黙りなさい。小さいこどもにしてはまったくしゃべりすぎる」とマリラが言った。
そこで、アンは言われたとおり口をつぐんでしまい、いつまでも黙っているのでマリラは なにか不自然な気がして、よけい、いらいらしてきた。マシュウも黙りこくっていたので―――マシュウが無口なのはふだんのとおり自然だったが―――食事はひどく静かなものだった。
そのうちに だんだんアンは放心したようにぼんやりしてきて、機械的に食べ、大きな目をまたたきもせず、何もうつらないかのようにじっと窓の外の空を見すえていた。これを見ると マリラは前にもまして いらだってきた。この奇妙なこどもは、体は食卓にあっても魂は想像の翼に乗って、遠い雲の上の世界に行っているのではないかという、気味のわるい気持におそわれた。だれがこんなこどもを置きたいものか。
しかもふしぎなことにマシュウはこの子を置きたがっているのだ. マリラは 彼が けさも昨日とかわらず、その願いをすてないことを感じとっていた。それがマシュウのやり方なのだ―――いったん、こうしたいと思いこんだら、黙りこくったまま、驚くべきねばり強さで がんばるのだ―――黙っているだけに、口にあらわすよりも十倍も強く効果的なのだ。
食事がおわるとアンは、われにかえり、皿洗いをすると言いだした。
「うまく洗えるかね」とマリラは信用できないようすだった。
「かなりうまくできるわ。こどもの世話のほうがもっと上手なんですけれど。とても経験があるのよ。あたしが おもりをするようなこどもがいないのは ほんとに残念だわ」
「わたしにゃ 今いるあんたっていう こどもだけでもたくさんだよ。たしかに あんたは問題のこどもだね。あんたをどうしたもんだろうね。マシュウみたいに ばかげた人もありゃしない」
「小父さんは じつに いいかただと思うわ」アンはとがめるように言った。「とても思いやりがあるんですもの。どんなに あたしがしゃべっても気にしなかったし―――あたしのおしゃべりが好きなように思えたわ。小父さんを見た瞬間から、あたしは気が合うだろうと思いましたわ」
「あんたたちは二人とも変わり者だよ。それがあんたの言う、気が合うってことならね」マリラは 鼻であしらった。「よろしい、皿洗いをしていいから、熱いお湯をたくさん使って、よくかわかすんだよ。 けさは あたしはしなくちゃならないことがどっさりあるからね。午後にホワイト・サンドまでひとっ走りして、スペンサーの奥さんに会ってこなくてはならないもの。あんたもいっしょに連れていって どうしたらいいか きめなくっちゃ。皿洗いがすんだら二階へ行ってベッドを きちんとつくりなさい」
[英語原文と、私の真面目な訳文]
Page 45, line 1
‘・・・・I’m not in the depths of despair this morning. I never can be in the morning. Isn’t it a splendid(すばらしい、すてきな) thing that there are mornings? But I feel very sad. I’ve just been imagining that it was really me you wanted after all and that I was to stay here for ever and ever. It was a great comfort(慰める、楽にする) while it lasted. But the worst of imagining things is that the time comes when you have to stop, and hurts(傷つける、害する).’
「・・・・私、今朝は、絶望の淵にはいないの。朝にはふさわしくないですし・・・。朝には素晴らしいことがありそうだと思わない? でも、私とても悲しいの。今の今まで、おばさんが結局、私を欲しがっていて、永久にここにいられることになったって想像していたんですもの。想像が続いている間は楽しかったわ。だけど、想像の一番悪い点は、止めなきゃならない時間が来て、よけい傷つくことよね」
‘You’d better get dressed and come downstairs and never mind your imaginings,’ said Marilla as soon as she could get a word in edgewise(先に). ‘Breakfast is waiting. Wash your face and comb(髪をとかす) your hair. Leave the window up and turn your bedclothes(寝具) back over the foot of the bed. Be as smart as you can.’
「あんたは服を着て下に降りてきなさい、想像なんかしてるんじゃありません」と、やっとのことで言葉をはさむことができ、マリラは言った。 「朝ご飯の仕度ができてますよ。顔を洗って髪をとかしなさい。窓を開けて、寝具を足元にまとめておくのよ。できるだけ手早くね」
Anne could evidently(どうやら、明らかに) be smart to some purpose(適切な、要領よく), for she was downstairs in ten minutes’ time, with her clothes neatly on, her hair brushed and braided, her face washed, and a comfortable consciousness pervading(充満する、しみ込む) her soul that she had fulfilled all Marilla’s requirements. As a matter of fact, however, she had forgotten to turn back the bedclothes(寝具).
どうやらアンは、要領よく事を終わらせ、きちんと服を着て、髪をとかし編んで、そして顔を洗って10分もすると下におりてきた。マリラの言いつけ通りできたという満足感にあふれた顔をして。しかし実際は、寝具を足元にまとめておくことは忘れていたのだが。
‘I’m pretty hungry this morning,’ she announced(発表する、言う), as she slipped into the chair Marilla placed for her. ‘The world doesn’t seem such a howling(とほうもない) wilderness(荒地) as it did last night. I’m so glad it’s a sunshiny morning. But I like rainy mornings real well too. All sorts of mornings are interesting, don’t you think? You don’t know what’s going to happen through the day, and there’s so much scope(余地) for imagination. But I’m glad it’s not rainy today because it’s easier to be cheerful and bear up(支える) under affliction(苦悩) on a sunshiny day. I feel that I have a good deal to bear up(支える) under. It’s all very well to read about sorrows and imagine yourself living through them heroically but it’s not so nice when you really come to have them, is it?’
「わたし、今朝はとてもお腹がすいているの」と彼女はマリラがアンのために用意してくれた椅子に滑り込むように腰かけながら言った。昨夜は世界がとほうもない荒地のように思ったわ。今朝はお天気でうれしいわ。だけど、雨降りの朝も大好きなんです。どんな朝でも面白いと思わない? これから一日、どんなことが起こるかわからないし、たくさんの想像の余地があるんですもの。 でも、今日が雨降りでなくてうれしいわ、天気のいい日には、苦しい時でも陽気にそれに耐えれるんですもの。私は、たくさんの悲しみを持って生れて来た気がするの。悲しい小説を読んで、英雄的にそれに立ち向かうって想像するのも、すごくいいんだけど、でも実際にそうなってしまうと楽しくないものね」
‘For pity’s sake(神様、お願い!) hold your tongue,’ said Marilla. ‘You talk entirely too much for a little girl.’
Thereupon Anne held her tongue so obediently(素直に) and thoroughly (完全に)that her continued silence made Marilla rather nervous, as if in the presence of something not exactly natural as if in the presence of something not exactly natural. Matthew also held in tongue(おし黙る) – but this at least was natural – so that the meal was a very silence one.
「お願いだから、それ以上しゃべらないでおくれ」とマリラは言った。「おまえは小さい子にしては本当におしゃべりだね」
それでアンは素直に、完全に黙り、静かにしていたのでマリラは、不自然な心持ちがして、かえって気に障った。マシュウも黙っていたので――これは少なくとも、いつものことなのだが――そのためか、食卓は非常に静かなものとなった。
※:For pity’s sakeは For God’s sakeと同じで「後生だから」
As it progressed Anne became more and more abstracted(ぼんやりとした、放心する), eating mechanically, with her big eyes fixed unswervingly(それずに、見据える) and unseeingly on the sky outside the window. This made Marilla more nervous than ever; she had an uncomfortable(心地悪い) feeling that while this odd child’s body might be there at the table, her spirit was far away in some remote airy(はかない) cloudland(夢の国), borne(bearの過去形:生む、帯びる) aloft (高く)on the wings of imagination. Who would want such a child about the place.
そのうちにアンはだんだん放心したようになり、機械的に口に物を入れ、彼女の目は一点に何かを見据えていたが、窓の外の空を見ていたわけではなかった。それがマリラをかえっていらいらさせた。 マリラは、この奇妙な少女の体はここにあるものの、彼女の心は、高く想像の翼にのって、遠く離れた儚い夢の国にあるのでは、という心地の悪い気分になった。いったい、だれがこんな奇妙な子どもを欲しがるだろう。
Yet Matthew wished to keep her, of all unaccountable(不可解な、奇妙な) things! Marilla felt that he wanted it just as much this morning as he had the night before, and that he would go on wanting it. That was Matthew’s way – take a whim(気まぐれ)into head and cling(執着する) to it with the most amazing silence persistency-a persistency ten times more potent and effectual in its very silence than if he had talked it out.
だが、マシュウは不思議なことにこの子を置きたがっているのだ! マリラは、マシュウが昨夜と同じく、今だに、この子を欲しがっていていることを感じとっていた。 これがマシュウのやり方で――気まぐれにも、驚くような最大の沈黙を貫く方法を取り――その沈黙の継続は、彼が何かを口に出すよりも十倍も強い効果があるのだ。
When the meal was ended, Anne came out of her reverie(空想) and offered to wash the dishes.
‘Can you wash dishes right?’ asked Marilla distrustfully(不審そうに).
‘Pretty well. I’m better at looking after children, though. I’ve had so much experience at that. It’s such a pity(同情、残念な事) you haven’t any here for me to look after.’
食事が終ると、アンは、空想から醒め、皿を洗うと申し出た。
「お皿は上手に洗えるかね?」マリラは疑わしそうに尋ねた。
「上手にできるわ。子どものお守なら、もっと上手くできるんだけど。それについては、あたしかなり経験があるの。おばさんとこに、面倒を見るような小さな子どもがいなくて残念だわ」
‘I don’t feel as if I wanted any more children to look after than I’ve got at present. You’re problem enough in all conscience(良心). What’s to be done with you I don’t know. Matthew is a most ridiculous man.’
‘I think he’s lovely, said Anne reproachfully(とがめるように、批難するように). He is so very sympathetic(感応する、気の合った). He didn’t mind how much I talked – he seemed to like it. I felt that he was a kindred spirit (同類の心)as soon as ever saw him.’
「私は、これ以上、もっと子どもの面倒をみるなんて嫌なことです、考えたくもないですよ。ほんとに、あんたをどうしたらいいものかね。マシュウときたら、ほんとに変わった男だよ」
「おじさんはすごくいい人よ」とアンは批難するように言った。 おじさんとはすごく気が合うの。おじさんはどんなに私がおしゃべりしても気にしないし―――むしろ、お好きなようなの。会った時から、おじさんは『同類の魂』だって解ったの。
※:kindred spirit 『同類の魂』
‘You both queer(風変わりな、妙な) enough, if that’s what you mean by kindred spirits,’ said Marilla with a sniff(鼻であしらう). ‘Yes, you may wash the dishes. Take plenty of hot water, and be sure you dry them well. I’ve got enough to attend to this morning, for I’ll have to drive over to White Sands in the afternoon and see Mrs Spencer. You’ll come with me we’ll settle(決める、解決する) what’s to be done with you. After you’ve finished the dishes go upstairs and make your bed.’
「それを『同類の魂』と言うんだとしたら、あんたたち二人は本当に変わっているね」とマリラが鼻で笑いながら言った。 「さあ、あんたは皿を洗っておくれ。たくさんお湯を使って、あとはよく乾かすんだよ。今朝はやらなきゃならない事がたくさんあるんだし、午後には、馬車でホワイト・サンドまで行き、スペンサー夫人に会わなきゃならないんだからね。 あんたも私と一緒にきて、あんたの事をどうするか決めなきゃならないんだし。皿洗いが終ったら二階に行って、自分が寝たベッドをきれいに片づけなさい」
〚考察〗
『赤毛のアン』村岡さんと松本さんの翻訳比較というと、「しょせん少年・少女文学、子ども用に書かれた文章など比較しても―――そもそも、文学が稚拙すぎて―――比較するに値しないのでは?」という意見が出るのは無理もないと思いますが、まあ一度原文を読んでみてください。英文のレベルはかなり高く、少なくとも、大学入学試験レベルには達しております。モンゴメリーは決して、お子様用にこの小説を書いたのではないことが感じられると思います。
私が、松本、村岡の『赤毛のアン』の日本語をキー・インしていて気が付き、虚しくなったことは、お二人の翻訳が真摯で(英語原文を見るまでもなく)、お二人から出て来た日本語を比較することは、ほとんど意味がないということです。日本語の好き好きなのです。
こうなると、文学の素人が、考察で書くべき事柄がなくなるのです。早速、緒言で書いた、目的みたいなものは崩れた、ということです。
本当の論文でしたら、ここで緒言を書き直すのですが、今の私には持続する精神がありませんのでこのままにします。
とはいえ、個人的には、村岡さんの少し詩的な文章の方が、原文の英語に合っている感じはします。ですから、お二人のうち、「どちらが翻訳が上手か?」に対する回答は、
村岡花子 > 松本侑子 とします。やっぱり村岡花子のほうが好みです。
日本語訳がちょっとちがうのでは?という箇所が松本、村岡さんともに、各々1-2ヵ所ありました。 それとて、些細な粗探しみたいなものです(一応、赤字にしてあります)。
第二次世界大戦中、という村岡花子さんの翻訳時期もあり、ほぼ全文を読むと、彼女の翻訳文には原文を省略している訳文が散見されるのも事実ですが、さすがに、ここで取り上げた部分―――アンの根幹を記している英語原文―――の文章を丸めるとか、一部削除とか、は全くありません。 ただ、村岡花子さんの翻訳文は、子どもを念頭に置いたためでしょうが、漢字が少なく、ちょっと読みにくいことは事実です。ただ(私の想像ですが)、村岡さんが戦争の空襲警報・灯火管制下でこのような正確で、情緒あふれる翻訳をしていたことには驚愕です。戦争だったからこそなのかな・・・・?
一方、松本侑子さんの訳は、省略なしでの『赤毛のアン』を目指しただけあって、目を見張るものがあります。加えて、本の末尾の解説も非常に役に立ちます。ただ、字が小さいのでかなり読みにくい !! もう少し大きな、ハード・カヴァー版で出版してほしかった。
ここで取り上げている、『赤毛のアン』だけに限った話ではないが。日本語の主語、僕、私,君、俺・・・・・極めて多様です。加えて、前記の仮名表現である、ぼく、わたし、きみ、おれ・・・・にすると、まとっている独特の空気感が漢字表現のそれとは異なります。まだまだあります、対比という意味では「わたし、あたし」「おじさん、小父さん」「おばさん、小母さん」「わし、じじい、じぃーじ」・・・・キリがありません。しかも、おじさん、おばさん、などが、そのまま自然な主語になることには、本当に驚きます。 「おばさんは、あんたに言ったよね・・・・・! !」とか、「おじさんが、いったい何をしたって言うんだ!?」とか・・・・。
主語の多様性、最近流行の英語diversity ということなら―――日本語 VS. 英語では―――日本語の圧勝という結論に異論の出る余地は、非常に少ないと思う。
センテンスの末尾表現の日本語の多様性については言うまでもありません。主語がなくても、センテンスの最後を読むだけで、誰がしゃべった言葉か、あるいは、どんな感情かがわかるのですから。
日本語では、主語がなくてもセンテンスは成立し、主語が加わった時には抜群の強さを発揮する言語であることが実感されます。英語の、センテンスに「do」が加えられたのと似てはおりますが、ちょっと違うと思います。
この村岡さん(昭和、戦中・戦後)と松本さん(平成)の二つの優れた翻訳の間に、曽野綾子さん(平成?)の『赤毛のアン』がありますが、曽野版は、英語原文の省略・削除が多く、日本語訳自体もかなり問題がありますので、ここではこれ以上触れません。
ただし、この本の田村セツコさんによる表紙絵は間違いなく最高です。
表紙絵といえば、ここで使用しております英語版の『Anne of Green Gables』のアンは、全然可愛くありません。アゴがとがっているのは原作のとおりで仕方がないのですが、目が吊り上がり、ミッツ・マングローブさん似です。
『赤毛のアン』に、それはないですよね。日本では、特に『赤毛のアン』へのこだわりが強いのです。
(だんだん、論文ではなく、ますます雑記帳になってきました)
補追:
ここで私の訳文、『同類の魂』は英文 ’bosom friend ’ の日本語訳で、TVアニメでは日本語訳は、「心の同類」だったようにと思います。余計なことですが、kindred の発音は「キンドリッド」です。わたしは、「カインドレッド」と、ずーっと発音してました。ひどいものですね。
〚結論〗
村岡花子、松本侑子両氏による『赤毛のアン』を原作に遡って詳細に比較した。明らかに、各々が持っている日本語で、物語を表現しているが、優劣をいうのは、この場合ほとんど意味のないことが明確になった。
加えて、『赤毛のアン』の文学としての凄さ、特に日本人に愛される空気感みたいなものが顕在化した。この空気感に弱いという民族性が・・・危険なんですけどね。
〚付録資料写真〗
シェリーの中でも、特に人気がある、アール・デコ(左右対称)様式の「クイーン・アン」シェイプのデミタス・カップ! カップの型、「Queen Anne」の Anne には間違いなく(e) が付いております。
1926年頃のDamson(スモモ)の柄だそうです。悪くないですね。
〚使用小説〗
1.Anne of Green Gables (Puffin Classics) ペーパーバック – イラスト付き, 2008/9/11
英語版 L. M. Montgomery (著)
2.赤毛のアン 赤毛のアン・シリーズ 1 (新潮文庫) 文庫 – 2008/2/26
ルーシー・モード・モンゴメリ (著), Lucy Maud Montgomery (原名), 村岡 花子 (翻訳)
3.赤毛のアン (文春文庫) 文庫 – 2019/7/10
L.M. Montgomery (原名), L.M. モンゴメリ (著), 松本 侑子 (翻訳)
4.赤毛のアン 単行本 – 2022/11/11
ルーシー・モード・モンゴメリ (著), 田村 セツコ (著, イラスト), 曽野 綾子 (翻訳)