女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

40 / 150
第三十八話「切子細工」

 軍手を応用した布マスクを掛け、首を覆えるような厚手の布で作った簡易作務衣を着て……いざ。

 

「……おお、これこそ……」

「結構うるさい。防音輝術切り替えておいて良かった」

 

 祭唄(ジーベイ)が何か言っているけれど、聞こえない。それもグラインダーの醍醐味だよな、なんてことを考えながら、慎重な作業をしていく。

 薄く薄く、表面だけに傷をつけるため、私にとっては初めましてな「拡大鏡の輝術」を私の眼前に展開してもらっている。だからより精密な作業ができる。

 

「へぇ……本当に器用だよね祆蘭(シェンラン)って」

「それには同意する。生き方は不器用だけど」

「ちなみに普通に聞こえている」

「聞かせている」

 

 今作っているのは、薩摩切子。ガラス細工だ。とはいえこっちの世界には当然薩摩なんてないので、青州切子となるか、あるいは切子細工となるか。

 デザイン自体は絵の上手い祭唄に頼み、それに沿ってグラインダーの角を用い、硝子への細工をしていく。薩摩切子なので江戸切子ほどの自由はないけれど、幾何学模様を描くだけだからこっちでいい。……もっと熟達したら江戸切子も試してみたいけど、今の私には無理だ。

 薩摩切子にしたって熟練の職人ではない、前世における切子細工体験の記憶を頼りにした猿真似のようなものだけど、そういう「熟練」は今後の誰かがやっていくことだろう。任せたぞ誰か。

 

 なお色付き硝子自体は元から青州にあったらしく、ただそれを使った工芸品が酒瓶くらいしかないとの話で今こうしての製作に当たっている。

 こんなに綺麗な色付き硝子が作れるのに勿体なさすぎるからな、酒瓶しかないとか。いや酒瓶に色付ける発想も中々面白くはあるんだけど。なんでそれだけ思いついたんだこの世界の人々。

 

 硝子加工も輝術で自在、色付き硝子……つまり硝子の製造過程で違う素材を混ぜると着色できる! ってとこまで行って、なぜ。

 

「ちなみになぜなんだ?」

「なぜ思いつかなかったか、は知らないけど、私でも思いつくことがあるとすれば──必要ないから、だと思う」

「帝への各州からの贈答品が良い例だけど、あんまりこういう小物を華美にする、っていう考えないよね~」

「そう。やるならもっと派手にやる」

「あー……」

 

 そうか、技術水準が「元からある程度まであった」と推測される天染峰(テンセンフォン)では、言い方は悪いけれど「小細工」が発展し辛いのか。

 だから私のくだらん玩具シリーズが珍物として扱われたんだろうな。ぶっちゃけそんなところ通り過ぎた「常識」がインストールされた人々だから、そこで遊ぶ、という考えに至らなかった。

 

 ……細工を終える。

 綺麗な線は引けていると思う。複雑すぎない紋様にしてもらったからな、上手くできた。

 

 切子細工を施した硝子の茶碗。それを窓際に置けば。

 

「へぇ~、綺麗!」

「派手ではないけど、良い」

 

 太陽の光を浴びて、美しく輝く瑠璃色硝子のコップ。

 ……他の玩具や細工もなんだけど、できれば私じゃない誰かに引き継ぎたいんだよなぁ。今並(ジンビン)さんみたいな芸術肌の人と触れ合う機会が無さすぎて……勿体ない。

 

「と。……祆蘭、進史様が呼んでる」

「そうか。何用かは知らんが、行くか」

 

 珍しいな。いつもはあっちから来るのに。

 まぁそっちの方がおかしかったと言われたらそれまでだけど。どう考えてもあっちの方が偉いしな。

 

 さて、何の話か。

 

 

 

 件の話だった。

 祭唄と夜雀さんには退出してもらって……その報告を聞く。

 

「結論から言う。蜂花(フォンファ)という名の貴族は青州全ての貴族の中で、あの者だけだった。つまり」

「……閣利(グェァリー)を殺したのも、蜂花か」

「……絹美(ジュェンメイ)なる元宮女の集めた情報とやらが正しいのならば、だ。確認のしようがないことだが……どのようにして調べた、などは聞いていないのか?」

「ああ。そんな時間はなかった。……蜂花の恋人については?」

「そちらも調べたよ。名を正勝(ヂォンシォン)。確かに一年ほど前に死している。輝霊院勤めだったようだ」

「幽鬼との戦いで、か?」

「輝霊院に確認を取ったが、そうではないらしい。病死とだけ記録されていた」

 

 ほー。

 そりゃ……怪しいな。いや、何が、って言われると何も言えないんだけど。

 直感的に怪しい。

 

「例の三人は?」

忠延(チューエン)李塔(リィタ)河香(コォニャン)のことなら、無関係だろうな。あの三人は輝霊院と関りが無い。一応その時期の輝霊院への入出記録も読んできたが、三人も、そして蜂花の名前も無かったよ」

「ふむ」

 

 ふむ、とか言ったけど、流石にこの少ない情報から真実に辿り着けるような天才的頭脳は持ち合わせていない。

 私が今考えているのは、「私が何を怪しんだのか」だ。今が天遷逢(テンセンフォン)でない以上、この直感はいつもの直感。つまり何かが引っかかって、無意識にそれを算出している結果。

 

 口を……開いてみるか。

 

「差……。ああ、そうだ。差だ」

「差?」

「蜂花はどうして正勝が死んだ直後に死を選ばなかったんだ? どうして……最近になっての死を選んだ?」

「む。……確かに」

 

 そうだ。そこの差がおかしい。

 いやわからん。自決する奴の思考なんて欠片もわからないから、引き摺って引き摺って引き摺っての結果……なのかもしれないけど。

 

 そこがどうにも引っかかる。

 

「正勝の病名は?」

黏液瘤病(ネンエリィゥビン)。聞いたことはあるか?」

「いや……知らん。どういう病だ」

「清潔ではない空間で長期間過ごす者が稀に罹る病でな。痛みや発熱を伴う初期症状の後、急速に命を落とす」

 

 なんだそれ。

 そんな簡単な条件で……いや……輝術を使える貴族が言うレベルの不潔な空間か。とすると、相当な……。

 

「どう思う?」

「……久しぶりだな、それ。……どう思う、とは? 何に対してだ?」

雲妃(ユンヒ)への対応だ。復讐相手はもう死んでいた。……それを素直に受け取ってくれるだろうか」

「それは……問題ないんじゃないか? あとは閣利を殺した、という部分さえ明らかにすれば、その名誉が地に落ちることも知れるだろう。復讐の火がどれほど燻ぶったものなのかはわからないが、それで納得しないのなら……もうどうしようもないだろうさ」

「……まぁ、そうか」

「なんだ。何を問題視している?」

 

 自殺者の心境も、復讐者の心境もわからん。

 そこまでの熱量が無いからな、私には。

 

 でも……進史さんは、違うのだろうか。

 

「まず第一に、だ。内廷に出入りしていた、という目撃証言があり得ない。知っているだろうが、お前のような特別な者でもない限り、内廷への出入りなど行えない。そしてそういうことのできる者は必ず記録されている。……蜂花にそのような権限は無かったし、その記録もなかった」

「だが、元々青宮城を降りて宮女になる予定のところを隠蔽したような奴じゃないか。記録の改竄くらい可能なんじゃないのか?」

「可能性で言えばそうだ。だが、妃になる前の雲妃が"内廷へ出入りをしていた何者か"であるということを断定している時点で、他の者にも見られていたっておかしくはない。……記録だけじゃなく、記憶にもないんだよ、その痕跡が」

 

 ……ふむ。

 かなり前のことだから……というのは、無理があるのか。

 内廷に出入りしていた貴族、という時点で何かしらの事件になっているはず。だというのにそれがない。

 

 ただ雲妃や絹美の熱の入り様を見るに、勘違い、ということはない。それが蜂花であったかどうかはともかく、「内廷に何度も出入りしていた何者か」がいたことは確実だ。

 だというのに記録も記憶もない。

 覚えているのはその二人だけ。

 

「待て。まさか、閣利という人物も」

「ああ。少なくとも青宮廷にそのような者はいなかった。こちらに関しても、記録、記憶共に存在しない。雲妃は青宮廷出身だから、外の話をしているわけでもないだろう」

「二人しか知らない友の殺害立証、及びそれが蜂花の仕業である証明、か。……厳しいな」

「どう思う。今度は……この真相について、だ」

「わからんな。雲妃にもう一度話を聞きに行くべきか?」

「……危険だ、としか言えん。蜂花の行為が真実であると知れ渡り、且つ死していることが雲妃に伝わった時点で、ならともかく……そのような狂気に陥りかけている雲妃は、正直言ってかなり危険因子だ。お前にやらせるわけにはいかないが、お前以外が内廷に干渉することも……また厳しい」

 

 困ったな。

 幽鬼関連ならまだ私の特技が活かせるけれど、記憶や記録が相手となるとお手上げだ。

 主観的世界など、いくらでも塗り替えられるのだし。

 

 ……。

 

「似ている、とは思わないか?」

「どうしたいきなり」

「蜂花の自死。その事件に似ている。あの時私達は、蜂花があそこで死んだことさえ知らなかった。それらしい記録が用意されていたから。そして……あの時は三人だったが、言い換えれば多くの人間がその死を隠蔽していたから、ということになる」

「……青宮廷全体が蜂花の存在を隠している、とでも?」

「それは非現実的だが……すまん、待て。思考する」

 

 無理矢理に全てを繋げてみる。

 蜂花の恋人、正勝の病死。

 蜂花の自死、その時間差。

 蜂花と思しき人物の殺人。

 蜂花と思しき人物の出入。

 記録にも記憶にも残らぬ人間。

 記憶にも記録にも残らぬ事件。

 

 そして──私が作った「切子細工」と、蜂花の事件後に遭遇した「事象」。

 

「傷……表面、模様……」

 

 私がその後に経験したのは──彼女との出会い。

 

「……嫌な……想像をした」

「話せ。なんだ」

「……。間違っていることを願って言う」

「ああ」

「浮かんだ想像は三つ。一つ目。あの気色の悪い瘤。覚えているな?」

雨妃(ユーヒ)にあったもの、だな」

「……アレは、どうやって彼女についた? 結局あれが何かはまだ解明しきれていない……んだよな?」

「そうだな。お前が持ち帰った、黒根君(ヘイゲンクン)の腹にいたという寄生虫含めて、解明は進んでいない」

「どう思う、進史様。……もしあれを……あの瘤を植え付けることができる者がいたとしたら、それは誰になると思う」

「植え付ける?」

「私はあの時、釘抜きで瘤を引き千切った。だが、雨妃の怪我は……正直言って軽傷だった。そうだな」

「……」

 

 そうだ。

 あの瘤は雨妃の身体から出た瘤じゃない。

 アレも寄生虫のようなものだ。

 

 そして……そして、そんなものを仕込める者は。

 出入りが禁止されていて、それでも何らかの手段で外部と連絡を取っていた者は。

 

「まさか、雲妃が、と?」

「憶測だ。嫌な想像だと言った。何の確証も無いが……思いついてしまった」

 

 できるのは彼女だけだな、と。

 

「そして二つ目。二人しか覚えていないというが、閣利という者を覚えているのは雲妃だけ。……絹美はそういうものが殺されたというのを妃となる前の雲妃から聞いて……それがある前提で調べ物をしていたに過ぎない。前提。先入観。時としてそういうものは、大枠にある真実から己が見たいものだけを真実と錯覚させる効果がある」

 

 傷をつけられた硝子のように。

 他は色付きでも透明なのに、そこだけ濃い色や薄い色に見える。──まるで、浮き彫りとなったかのように見える。

 

「三つ目は、彼女の言い分だ。絹美の言にはなるが、雲妃は"内廷に出入りしている何者かがいる"というのを知っていた。……なぜ、何者か、などという言い回しをする? 普通に女、など……もっと特徴を挙げれば済む話だ。つまり」

「雲妃も見たことがないのか、その人物を」

「ああ。となると、妃となる前の雲妃は、誰かにそのような人物がいた、と入れ知恵されていたことになる。それが誰か、など。……もう言わなくてもわかるだろう」

「閣利なる者。記録にも記憶にも残っていない何者か」

 

 そして……畳みかける。

 

「進史様。以前私が鬼と接触した時、そして鬼について少し聞いた時……言っていたな。鬼とは清浄なる存在ではない、と」

「……ああ。少しの穢れ程度なら、青州の水で洗い流せる。同時に鬼は清潔をあまり好まない。正確に言うと、青州における鬼は、だ。他の州がどうかは知らん」

「蜂花の恋人は不浄なる空間で長期を過ごし、病に陥ったんだよな」

 

 全部憶測だ。何の証拠もない。

 でも……。

 

「もし、仮に。閣利なる人物が鬼だったとして。……以前、青宮城に鬼が侵入し、それに気付くことができなかったように」

「妃となる前の雲妃と鬼が接触していても気付けない。そして……その時に何らかを施されていたり、あるいは……いや」

「鬼の使う術についてを考えるより、閣利なる者がどこへ行ったのかを考えた方が良い。──蜂花に殺された、と雲妃は言った。だがその者が鬼だとするならば、蜂花に殺されるようなことはしないだろう。むしろ」

 

 むしろ。そうだ。

 

「蜂花を利用する。死んだふりか、身代わりか。何をしたのかは知らないが、閣利なる者はそこで」

「正勝へと入れ替わった。……成り代わった、か」

「正勝という輝術師の詳細は?」

「出身自体は当たり障りのないものだ。青宮廷外部、濡羽(ルーユー)という貴族の街から来た男。……流石に濡羽に伝達を飛ばすことはできない。……すぐに人員を手配し、調査をさせよう」

「ああ」

 

 嫌な想像は止まない。

 あの、修羅の如き復讐鬼の目。立場も身内も信用も、何もかもを欲さぬ鬼の目。

 もしあれが。

 

 彼女が……最悪の存在と手を組んでいたら。

 

「だとして……なぜ、正勝は一年前に死した? なぜ蜂花は……」

 

 それを蜂花が知らないはずがない。

 時間差が気になったのなら。

 

 ──フラットに考えればいい。

 だから、時間差なんてないのだ。

 

 蜂花は……。

 

「正勝が鬼だと知っていて、恋人になり……そうだ、そうだ。そうだ」

 

 そうだ。

 蜂花は、光の粒になっていない。

 あの時蜂花は消えた。──琥珀の目をした彼女は消えた。

 

 次を目指していない。それは。

 

「──進史様」

「……ダメだ。内廷での暴挙となると、嘆願如きではどうにもならなくなる」

「望むところだ、と言ってもダメか」

「ああ。死罪すら免れん。……調査の者が戻るまで待て。今はそれしかできない」

 

 だけど、それだと……遅い、かもしれない。

 あの状態の雲妃が……ほとんど私が焚き付けたような雲妃が何かを仕出かす手段を有していたら。

 

「お前の言う通り、今のは全てお前の憶測だ。真実であると決まったわけではない。──落ち着け、祆蘭」

「……そう、だな」

 

 そうだ、結局嫌な想像でしかない。

 的中しなければいいだけの話。絹美の願い通り、雲妃の復讐心が消えて……彼女にはなんの余罪も無くて、幸せになれば。

 それで終わる話。

 

 音。

 

 ……このタイミングでか。

 

「……自室で頭を冷やす」

「そうしろ。ただし監視はつけさせてもらう。今のお前は少々危うい」

「ああ。好きにしろ」

 

 どうせ、意味無いから。

 

 

 

 して……部屋の中にいた祭唄と夜雀さん、そして部屋の外にいた新空(シンコン)さん、晴木(チンムー)さんまでもが、眠りに就く。

 

「一応聞くが、お前じゃないんだよな?」

「唐突ねぇ。久しぶりに会ったというのに」

「そこまで久しぶりでもないだろう。……で、どうなんだ」

「仮にそうだったらどうしていたの?」

「鬼への反感点が五十点ほど上昇していた」

「私じゃなかったら上昇しないの?」

「ああ。二十五点程度で済む」

「あらら、私の裏切りは大きいみたいね。でも……そこまで信用される筋合いはないのよ?」

「だろうな。結衣(ジェイー)から聞いたよ。あの時お前、なんかやってたらしいな」

「ええ、そうね」

 

 あの時。

 私は……初めて会った桃湯(タオタン)に対し、こんな言葉を吐いていたはずだ。

 

「"比較的安全なあんたに生きていてもらった方が良い"……妄言も良い所だったな」

「それでも、爪以外では直接的な攻撃手段が無いのは事実よ?」

「それ以外があることの方が恐ろしいのだと知ったよ」

 

 さて。

 

「答え合わせに付き合え、とは言わないさ。お前にする贈り物は琴と決めている。が、わざわざ私に音を入れて来たのは、──無実を証明するためかなんかだろ?」

「……本当に可愛くない子」

「鬼は一枚岩じゃない。お前が言った言葉だ」

「はぁ。……ええ、そうよ。──閣利。そして正勝。これら二人を名乗っていた鬼は、私じゃない。けど、鬼であることに変わりはないし……その鬼は、今もある目的のために暗躍を続けている」

「仲間、じゃないんだな」

「少なくとも今はそうね。……彼を雲妃のところへ誘い入れたのは、私。その時はまだただの同胞だったから」

「そうか」

「でも、あなたがここに来て、そして墓祭りの日や、あの方の対応を見て私は……青州で荒事を起こさない事を決めた。あの後鬼となった今潮も、先日あなたと行動を共にした鬼たちも、それには同意したの。あなたは鬼子母神(グゥイズームーシェン)として、あるいは最初のあの方よりも適合性の高い……過去にいた楽土より帰りし鬼の中でも、最高純度の魂を有している。後にも先にも、あなた以上の逸材は顕れないと断言できるほどに」

「ほー。随分と高い評価だことで」

「だから、あなたの機嫌を損ねることはしない。──その協議に、唯一反意を示したのが、彼」

 

 紙に『漢字』を書く。内容は……無需羞恥(恥じることはない)鬼襲來(鬼が来ただけだ)

 ま、祭唄は察するだろうけど。

 

 窓を開ける。

 まだ昼間だけど……ああ、そこには。

 

「つまり、その鬼は……お前()の敵か、桃湯」

「ええ、そうよ。──鬼子母神という目的を忘れた鬼なんて、要らないから」

 

 ずらりと並ぶ、見覚えのある面々。

 まったく、青清君は何をしているんだか。測量室は何を測量しているんだか。

 

「お前達だけで処理することはできないのか? お前、強いんだろう?」

「可不可で言えば、可よ。私一人だけでも対処はできる」

「なのに私について来てもらいたいと。子供か?」

「ええ、私達鬼は鬼子母神の子供のようなもの」

「……私に戦え、と言っているわけではないのなら、私は何をさせられに行くんだ」

「ただ見届けて欲しいだけ。──私達は、あなたに害を為すことはしない。どころか……それを行う者は、同胞であろうと容赦しない。その事実を」

 

 つまり、意思表明か。

 

「──ちなみにここで断る、とか言ったら」

「無理やり連れていくわ」

「害を為すことしてるじゃないか」

「いつものあなたなら、いいだろう、なんて尊大に振る舞うもの。それがただの冗談であることはもうわかっている」

 

 ふん。

 祭唄といい桃湯といい……。

 なーにがわかってる、だ。

 

 その通りだよ!

 

 

 青宮廷からそう遠く離れていない場所。

 林の中。でも。

 

「……これは、真菌か」

「輝術師の言う清潔ではない環境。彼はそういうものを操ることに長けている」

 

 ……なるほど。

 進史さんの言ってた病は、真菌感染症の類か。その中でも急速な死……ムーコル症とかかな。

 ただ正勝が病死というのは嘘か、あるいは身代わりだろう。ただ鬼であることを隠すために自ら不浄なる空間で過ごし続けた……そして。

 

 一応、小物入れに入れっぱなしになってた軍手応用マスクをつけるかね。

 真菌感染症は私でも普通に罹るだろうし。

 

「さて、じゃあ……見ていなさい」

「いや待て。お前には答え合わせを所望しないが、アイツにはする」

「……お好きにどうぞ。相手にされないと思うけれど」

「アイツの名は?」

鼬林(ヨウリン)

「そうか。──おい! 鼬林!」

 

 叫ぶ。

 叫べば、ぐるりとこちらへ向き直る男。

 そして……身構えた。

 

「……桃湯。なんだ、人間なぞ連れて。何をしに来た」

「粛清」

「隠すのをやめたのか、"子"」

「さて、どうかしらね」

 

 "子"?

 ……いや、今は良い。

 

「問う。お前、青宮廷に何をしようとしている? 三()月前、何があった」

「……。……ああ、その人間が鬼子母神の素体か。道理で守りが分厚い。……そこまでして欲しいかね、籠の鍵が」

「問う。お前、なぜ蜂花に会いに行ってやらなかった?」

「……。くだらんな、くだらん。桃湯、お前の横暴もだが……お前の理想という毒にアテられた鬼共もくだらん。生前の狂気をどこへ置いて来た。ここから出て、それで何をしたい。いいじゃないか、その人間はまだ数十年は生きるのだろう。もう少し泳がせておけばいいものを、桃湯の口車に乗せられたな」

「問う。お前、どうして」

「それで? なぜ動かない。粛清するのだろう。──そら、お得意の術で俺を殺してみろ」

 

 ここまでのガン無視も久しぶりだけど、いいだろう。

 そっちがその気なら、練習台に使ってやる。

 

 ──お前こそ来いよ、腰抜け。

 

「……。剣気? ……。ふむ」

 

 ぞっとする。

 お……おお。今、返されたのか。

 

 いかんな。

 

 口角が……上がる。

 

 そうだ。そうでなくては。

 お前が私の敵を名乗るのならば──そう来なくては。

 

「ふん。確かにただの人間ではないな。だが、人間の範疇だ。そんなもののために同胞を殺すか、桃湯」

「ええ」

「なら、早くやろう。興が冷める」

「あら……私と対峙して、刹那と保つと?」

「さてな。やってみなければわからない」

 

 ざわめく真菌。対し、桃湯は胡弓を取り出して。

 

「待て、桃湯。私にやらせろ」

「……あなたでは、ダメよ。あれを吸い込めば、あなたでも」

「ならお前が守れ。この身が大事なのだろう?」

 

 ああ、だめだ。

 これは本当にダメだ。

 これじゃ、私は本当に。

 

 

「──ひれ伏」

「うむ。ようやく心の整理がついた。では、返してもらうぞ」

 

 え。

 

 

 

 ……えーと。飛翔中、なう。

 

「まぁ、助かった。今の私はおかしかった。天遷逢でもないというのに……危なかった。なりかけていた」

「何の話をしている。良いから聞け、祆蘭。──やはり私のこの気持ちは、親に対するものなどではなかった」

「いや。……こっちの台詞なんだが」

 

 何の話をしている?

 親に対する……心の整理……。

 

 ああ!

 

「あんたが私に一目惚れがどうの、という話か。すまんが今それどころじゃ」

「雲妃の話ならもう片が付いた。さて私の話に集中してもらおうか」

「……なにがどう片付いたんだ」

「むぅ。私の話に集中しろ。それからでも遅くはない」

 

 いや……無理だって。

 今の今まで雲妃……っていうか、雨妃の心配で頭がいっぱいだったんだから。

 

 私は誰が死んだって同じような反応をするけれど、だからといって友を死なせたいなどとは思わん。

 彼女に危険が迫っているというのなら、いくらでも身を挺す。正直雲妃がどうなろうと知ったことではない。ただ雲妃がどうかなるということは青州の妃の信用が落ちるということであり、それは結局雨妃の不幸に繋がる……かもしれないから、色々動いていただけ。

 

 それを後回しにしろは無理だろ。

 

「はぁ。全く集中できていないという顔だな。良いだろう、結論から述べる。──先日の健康検査の結果、雲妃の身体に病が発見された。よって雲妃は一度隔離されることとなった。以上だ」

「……健康検査?」

「ああ。昨日、お前が雲妃に会いに行った時、三妃全員が取り込み中だったであろう? あれは輝術で体内を見るだけでなく、血液を採るなどして妃の体調管理をするための時間だったのだ。そうして検査結果が出て、雲妃の身体に病と思しき影が見つかった。例外的な措置だが、他の妃への感染などを踏まえ、雲妃は隔離されることとなった」

 

 どうしても外せない用事って、そういう……。

 というか定期健診があるのか妃。……ほんっとこの世界の科学の進みわかんないな……。

 

「病状は思ったより深刻でな。幻聴や幻覚、妄言と……アレが妃へと再び舞い戻れるかはわからぬ。それが事の顛末だ。もういいな?」

「いや……えっと」

「もういいな?」

「あ、ああ」

 

 まぁ……鼬林は、桃湯がなんとかするだろうし。

 いい、か。もう。

 

「──好きだ、祆蘭」

「理由はわかったのか? 一目惚れなど存在しない。これは私達の共通見解だろうに」

「理由はわからぬ。だが心の整理はついた。だから再度告白をした」

「わからないなら、やっぱり親の」

「私もそう思ってな。会って来た。親に」

 

 ……力業だ。

 それは力業だ……。

 

「凡そ二十年ぶりの再会だったし、特に何を揶揄されることもなく受け入れられた。黒根君の経験したような化け物扱いはされなかったのだ」

「へえ、良い親じゃないか」

「ああ。良き親だったことを、改めて知った。──そして、だからこそ……お前に抱く感情と親に向ける感情が別なのだと知った」

「……」

「進史にも言われたことだが……私は、己の歳に反して精神が幼い。親にも言われた。まるで十歳の子供を相手にしているかのようだ、と」

「……」

「──十歳と九歳なら、問題も無いだろう」

「流石にその道理は通らないと思う」

「……」

「……」

 

 九歳を親に見る二十代女性も色々危うかったけれど。

 己を十歳だと言い張って九歳女児と付き合おうとする二十代女性は、もっとマズいと思うんだ。

 

「なんにせよ心の整理はついた。これからはまた毎日朝餉を共にしよう」

「まぁ……成長できたんなら、良かったよ」

「うむ!」

 

 なんだかな。

 なんだか……なぁ。

 そういうことではないと思うんだけどなぁ……。

 

 

 

 夜。

 自室にて、文字を書く。

 祭唄には悪いけれど……英語で、文章を書く。

 

 ──当事者しか知らぬが故に隠匿された事件。

 ──敵大将と対峙。危地に陥ってなお挑発的。勘違いの末、あわやのところで現陣営の味方が助けに来る。

 ──となると、次は。

 

「……これもまた、なのか?」

 

 私の身に起きる「符合の呼応」。

 さすがにこじつけか。私は私を特別視しすぎている、か?

 

 判断材料に欠ける。……様子見が必要だ。

 次、それらしいことが起きかけたら……少し用心してみよう。

 

 彼女のようなものが現れるのか、を。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。