女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三十七話「漸う」

 正直、もう勘弁してくれ、というのが感想ではあった。

 

「幽鬼……一応聞くが、輝霊院への通報は」

「既に」

「それでいて輝霊院の調査を待てず、私を?」

「はい。祆蘭様の幽鬼に関する功績は、内廷では有名ですからね」

 

 雲妃(ユンヒ)からの呼び出し……というか「聞いてみたいことがある」という話についてを尋ねに内廷を訪ねると、現在三妃は取り込み中だとかで一旦外の(チン)へと通された。

 ただ、今私の相手をしているのはいつもの腹黒宮女こと夕燕(シーイェン)……ではなく。

 

包命(バオミン)。それは先に話して良かったことなのか? 雲妃は……なんとなくだが、そういうの自分で話したがりそうなものだが」

「此度の三妃の予定は外せないもの。そして祆蘭様が来るとわかったとき、雲妃様は私に言伝をしました。曰く、具体的なことは何も言わないで、概要だけ話してあげてね、と」

「……意図が分からん」

 

 包命。雲妃の宮女の一人であり、以前からよく見かけていた、「屋根の上とか生垣の裏とかにいる忍者みたいな宮女」である。

 なお、本当に過去要人護衛だった経験があるとかで、元雨妃の宮女である夜雀(イェチュェ)さんに要人護衛の道があることを教えたのは彼女なのだとか。

 そしてそのせいで夕燕、朝烏(チェンウー)さんと仲が悪いのだとか。

 

「まぁ……わかった。それで、多少は詳細をくれ。流石に"いつも同じ時間に幽鬼を見る"だけじゃ何もわからん」

「はい。ご説明いたします。──あるじ、雲妃様曰く、月が中天へと昇る刻の、三半(三十分)ほどだけ、雲河宮(ユンヴェァキュウ)の外壁上に、幽鬼が現れるそうです。推定無害な幽鬼であろうその幽鬼は、けれど刻が過ぎると消えてしまうらしく、あるじは眠れない夜を過ごしている、と」

「最後のは聞き流すが……ふむ」

 

 それでいて、「具体的なことは何も言わないで」、ね。

 つまりこいつらはもっと詳細な情報を知っていて、わざと言わないでいるということだ。……幽鬼の特徴とかか? いや、もう本人特定まで済んでいたりして。

 で……まぁ考えられる意図としては、私の実力テストとかそんなんか? ……仮にそうだとして、それを行う意味はもっとわからないけど。

 

 ふーむ。

 

「質問は許されるのか?」

「はい。私に答えることが許されていることであれば、全てお答えいたします」

「成程。その幽鬼は誰だ」

「お答えできません」

 

 答えじゃん。

 ……制限された状態で答えに辿り着け、という雲妃のゲーム、ということか。

 夜雀さん、あんたの言ってた「儚い感じ」の妃なんてやっぱりどこにもいないよ……。

 

 まぁ……あれだな。

 ウミガメのスープみたいなものとしてやろう。こうして情報制限をしている余裕があるあたり、焦ってはいないのだろうし。

 けどそれが「聞いてみたいこと」というのは少し引っかかる……。

 

「問う。その幽鬼と雲妃は知り合いか?」

「はい。あるじとその幽鬼はお知り合いです」

「問う。その幽鬼は過去、雲河宮で宮女をしていたか?」

「はい。その幽鬼は過去、雲河宮で宮女をしていました」

 

 ……結構答えるな。

 じゃあもう「誰」も言って良さそうなものだけど。だって私、青宮廷(シーキュウテイ)の誰々、なんて言われても一切の合致起きないし。

 むしろ「過去雲河宮で宮女をしていた存在X」と仮置きできる方が気楽だ。

 

 あ。いや……ウミガメのスープをするなら。

 

「問う。その幽鬼は現在、雲河宮で宮女をしている……ことは、あるか?」

「いいえ」

「問う。その幽鬼は未来……つまり今後の予定として、雲河宮で宮女をすることは決定しているか?」

「いいえ」

 

 ふーむ。とりあえず「過去、そうではない。ただし現在進行形」の線は消えたか。

 こういう確認をしっかりやっていかないといけないからなーアレ。

 

 ……いや待て、そもそもだ。

 

「問うが、そもそも私に何をして欲しい? なぜその幽鬼がそこに現れるのかを解いてほしい、という要求か?」

「お答えできません」

 

 はぁ? いや、そこわかんないと何もわかんないだろう。

 そこも含めて、なのか。

 

「問う。幽鬼が現れるようになるまで……その直前まで、雲妃はその幽鬼と文のやり取りをしていたか?」

「いいえ。当然ですが、内廷と外廷で文のやり取りをすることは禁止されています」

「つまり外廷の存在であると」

「……お答えできません」

 

 案外ガード脆いなコイツ。

 ちょっと引っかければ結構……。

 

「問う。その幽鬼が雲河宮で宮女をしていた時期と、今の雲妃が妃となった時期。それは合致するか?」

「いいえ。合致しません」

「ほーぉ」

 

 これは大きなヒントだ。

 成程、確かに過去、か。危ない危ない。

 

「問う。その幽鬼と雲妃が知り合ったのはいつだ?」

「お答えできません」

「重ねて問う。その幽鬼と雲妃が知り合ったのは、雲妃が妃になる前だな?」

「お答えできません」

「さらに重ねる。その幽鬼と雲妃は……雲妃が妃となる前に、何か約束事をしていたな?」

「……! お答えできません」

 

 よーし動揺した。

 というか墓祭りの時もだったけど、要人護衛って嘘吐けない集団だったりするのか。こんな揺さぶりで動揺してどうする。子供か?

 

「問う。雲妃はその幽鬼が今になって現れることを予め知っていたな?」

「はい。知っていたと、あるじは言っていました」

「問う。雲妃にとってその幽鬼は恩人、あるいはかなり思い入れのある人物で……死ぬ前にもう一度会う、というような約束をしていたな」

「お答えできません」

「いや、すまん。今のは問いじゃない。思考だ」

 

 そして確認でもある。

 ……なんか使わされている感がひしひしとある……「符合の呼応」の。

 

「雲妃はその幽鬼……雲河宮でかつて宮女をしていた者と、なんらかの関係性を持ち、約束をした。己が妃になったら……何かをして欲しい、と。ただ不幸なことに、雲妃が妃となる時、何らかの理由でその宮女は内廷を去らざるを得ない事態に陥ってしまっていた。内廷と外廷の存在は基本的に文、あるいは情報伝達を交わすこともできないから、互いに何か行動を取る、ということができなかった」

「お答えでき」

「そして……その宮女は、病か、寿命か。それで亡くなったんだな。つい最近。……ああ、内廷を去らなければならなくなったのは、病のせいだな? それで……宮女は未練を残した。幽鬼は生前によく見ていた場所に現れる……現れやすいから、その宮女は病ながらも毎日のように雲河宮を外側から眺めていたのだろう。そうしてそのまま亡くなって幽鬼となり、雲妃の前に現れるようになった」

「……」

「真相はこんなところだろう。それで、雲妃が私に聞いてみたいこと、もある程度わかったが……問題はどこから情報が漏れたか、だな」

「……!」

「だからこんなことで動揺するな莫迦者。筒抜けも良い所だぞ」

 

 多分というかほぼ百で「幽鬼の言葉を知る術」だと思う。約束事がなんなのかはわからないけれど、それは言葉で伝えないといけないことで、でも幽鬼だから言葉がわからない。そこで……どこで聞きつけたか、幽鬼の言葉の分かる私にそれを聞きたいと考えた。

 が。……私が幽鬼の唇を読める、なんてのはトップシークレットオブトップシークレットだ。私が幽鬼を祓える、なんて事実よりもさらに深くに隠された情報。かなり厳戒な緘口令が敷かれているはず。進史さんがそんな話をしていたし。

 可能性があるとすれば寧暁(ニンシャォ)の事件の時に私を観察していたか……誰かが漏らしてしまったか、だけど。

 

「雲妃はそれを、誰から聞いた」

「……」

「どこから知った?」

「……」

「お答えできません、とも──言わないんだな」

「っ……。どうか、お許しください。その剣気を……収めてはいただけませんか」

 

 おっと。

 これ……「挑発心」とでもいうべきもの、剣気。そんな簡単に出るんじゃあ困り者だな。

 私も精神鍛錬とかするべきか。帰ったら祭唄に聞こう、やり方。

 

「──あら! 小祆(シャオシェン)!!」

 

 遠くから、元気な声がまぁ。

 妃ってそんなに叫んでいいものなの?

 

雨妃(ユーヒ)。ああ、久しぶ──」

「久しぶりの小祆! 嬉しい、ずっと会いたかったのですよ!」

「結構力強い結構力強い結構力強い! そうかお前も普通に輝術師だった加減加減加減加減!」

「あ。あ、あら。そうね、小祆は平民でしたね。……大丈夫ですか?」

「いや、雨妃。そなたの力は女人の中でも上位──むぐ」

「ふふふ、だめですよ雪妃(セツヒ)。少しばかり素直になったことはあなたの成長ですが、素直過ぎると他者を傷つけてしまうものですから」

「いえあの雲妃様。それはほとんど主人の言を肯定しているのと同じで」

 

 おー、いっぱい帰って来た。

 そして……包命がもういない。夕燕が来るのを察知して逃げたなアイツ。

 

 こう。

 雨妃……お転婆度が上がっている。ちゃんと首の骨が折れるかと思った。ちゃんと。

 

「……夕燕。私は宮に戻る」

「ええ、お疲れでしょう。今日はよく持ち堪えられましたね」

「ひ、人前でそのような言動をするのはやめろといつも言っているだろう!」

「おや。もうここにいる方々は身内のようなものと思っていましたが……そういえば祆蘭様がいましたね」

「雨妃と雲妃の前でも、だ!!」

 

 へー。自分の宮だとそういう扱いなんだ、雪妃。

 ただ……雨妃も雲妃も、その宮女たちも、みーんな生暖かい目で雪妃を見ているから……いつものことなんだろうな。

 

 気恥ずかしそうに、照れ隠しで怒りながら。

 つまりいつもの様子で、雪妃と夕燕、そして二卵性双生児宮女は己が宮へと帰って行った。

 

「まぁ!」

「ど、どうした。突然……ああ、包命から何か聞いたな?」

「ええ、ええ、そうです。──雨妃様、申し訳ありません。もちろん雨妃様と祆蘭様の再会が久方振りであるというのはわかっているのですが……」

「それは、前から言っていた、小祆に聞いてみたいこと、という話ですか?」

「はい」

「……わかりました。では、小祆。また後日。今日は雲妃様のお願い事を聞いてあげてください」

「ん……まぁ雲妃の出方次第だな」

「あらあら。それでは……雲妃様。小祆は中々頷いてくれないので、頑張ってくださいね」

「いやお前の娘になる、なんて話に頷くわけ……行ったか」

 

 全然違う話だろう、これ。

 

 なんというか。騒がしいけれど、機微を察する能力はあって……「帝の妃」、ね。

 本当、窮屈そうなことで。

 

 

 

 では改めて、と。……亭にて、雲妃と机を囲む。

 

「それで。どこで知った」

「まずはお茶を……と思いましたが、そこを説明しないと剣呑な雰囲気を崩せそうにありませんね」

「ああ。私はお前を疑っている。隠しはしない」

 

 相対していて、一番読めないのが雲妃だ。

 ずっところころ笑っているから、感情が読めない。直情的な雪妃、感傷的な雨妃とは正直言って別世界の生き物だと思う。

 この雲妃だけが、なんだろうな。後宮争い、大奥、人狼ゲーム……みたいなことをずっとやっている。そんなイメージだ。

 

「──考えただけです、と言ったら……あなたは信じますか? 祆蘭様」

「判断材料が何かにも依る」

「そうですね。そうなるでしょう。……あの日。つまり……あなたが雪妃様の宮女であった寧暁を祓った日。私はその騒動についてを少しだけ知っておりました」

「実際に見ていたわけではない、と」

「はい。私がその日に知ったのは二つだけ。あなたが寧暁を祓ったという事実とその後輝霊院が鬼を祓った、という事実。ここから私は、寧暁に対して酷な行いをしたのは青宮廷の者ではなく、鬼なのではないか、と想像いたしました。そして、その鬼の居所を寧暁があなたへと告げ、だからこそ輝霊院が鬼を祓う、という偉業を成し遂げることができた、と」

「偉業、とは?」

「ふふ、害ある幽鬼は日常的に祓われるものですが、鬼を祓う、というのは……州君やその付き人のような者でなければ、容易なことではないのですよ」

 

 ああ、そういえば。

 祭唄も一度だけ会ったことがあるけど、命からがら逃げた、とか言ってたな。……じゃあ黒州でがっつり相対してた時って内心結構冷や汗かいてたんだろうか。

 

「普通の輝術師が鬼を祓い、滅するには、入念な立案と準備、そして数が必要です。あの時は確かに青清君の付き人……進史様が青宮廷に降りて来ていましたが、彼は輝霊院と行動をせず、あなたと共に青宮城へと帰ったでしょう? つまり、輝霊院は一方的に鬼の所在を知り、直前まで鬼にそれを気付かせることなく総攻撃を行った。そうでなければ鬼を祓うなど不可能。となれば、やはり唯一真実を知っていたのであろう寧暁があなたに言を伝えた、と見るのが……最適だとは思いませんか?」

 

 ころころと。

 そう、笑いながら。

 

 ……今の言葉がすべて本当だとすれば、単純に私の上位互換だな、この人。

 直感推理型で輝術師。そして美しいと来て立場もある。……唯一、私が勝っているのは──読唇術だけ、と。

 

 なるほど、「聞いてみたいこと」があるわけだ。

 それさえ手に入れば、この人の興味は。

 

「無理がある、と。あなたは言わないのですね」

「判断材料がそれであるならば言わない。全ての情報を忘れ去って、その材料だけを私が渡された時、同じ答えに辿り着ける自信がある。私程度にできるんだ、お前にもできるのだろう」

「それは……些かばかり、己を卑下し過ぎですよ祆蘭様」

「結論から言うと、教えられない。──というよりお前には理解できない」

「……」

 

 私が幽鬼の唇を読んでいる、というのは進史さんを含む関係者各位には知られている事。緘口令は敷かれているけれど、知られている事実は当然忘れ去られていないし、その技術は輝術師とて喉から手が出るほどに欲しいものだ。だってそれがあれば無害な幽鬼が有益な幽鬼にまでなるのだから。

 そして同時に、唇を読めるものが増えれば、私の希少性が薄まる。そうすれば私が隠さずとも良い、という日がやってくるかもしれない。

 だから既に、進史さん達には「やり方」を教えてあるのだ。実は。

 

 でも──彼らは理解できなかった。

 これ以上はあの時の祭唄と同じになると踏んで、少し悪ぶって馬鹿にさせてもらった。「こんなことも理解できないようでは無理だな」と。今は全く関係ないことを教材にしてある。突き詰めた所で何の役にも立たない、けれど「それっぽい知識」を伝授した。安全の代価がそのリソースだと思ってくれ。

 

 この世界の人々は、言葉も「正しい言葉」で認識している。ただ方言や汚い言葉が許容されていること、言い淀む、合成音声の存在などから考えるに、音プラス別の何かを規格として読み取っているのだと思われる。それが何か、こそわからないけれど、とりあえず幽鬼の言葉を彼らが理解することは不可能だと断定した。

 だから当然、雲妃にも無理だ。

 

 唯一可能性がありそうなのは進史さんではある。

 私は忘れていない。彼が……私が天染峰(テンセンフォン)を知らなかったことで恥をかいたあの時、「人々が生まれた時から信ずるものを破壊しかねない毒となる」と言っていた事実を。

 彼は……だから、危険だ。成り立ちについてもなにか知っているようだったし、鬼と同じルートを辿る可能性がかなり高い。青清君も。

 結衣(ジェイー)の言いたいことを一切理解できていなかった赤積君(チィジークン)と違って、恐らく二人は。

 

「私が頭を下げても、無理ですか」

「ああ。青清君が頭を下げても、帝が下げても無理だ」

「……そうですか」

 

 身を案じてのことだ。わかってくれ。あんたの聡明さなら──。

 

「──では、あなたを帰すわけには行かなくなりましたね」

「失礼します」

 

 トンカチ……に、手を伸ばす前に。

 私は。

 

 

 ……えーと。

 

「その……だな。なぜあんな演技をしたのか、から聞くべきか?」

「悪戯です♪」

「はぁ……」

 

 今、私は。

 雲河宮にいる。……ダメだ。本来、ダメだ。たとえ同性であっても関係ない。雨妃事件の時くらいの緊急性が無ければ破れない鉄則。

 の、はずなんだけど……彼女は包命を使い、私を連れ去った。内廷にある亭から、己が宮の中に。

 

 そして……抱きしめられている。

 

「この拘束には、どんな意味が……?」

「もし、固い拘束をしたのなら、あなたは己が身を傷つけてでも抜け出そうとしてしまうと考えました。でも、私が抱き着いていたらどうでしょうか」

「どう、って……」

「失礼ながら、祆蘭様。あるじは雨妃様程耐久性……ええと、に……肉付きが良いわけではないので、無理に解けば、あるいは、という可能性があります」

「無いだろう。お前達輝術師なんだから私の抵抗なんて」

「いえいえ、私は三妃の中でも一番輝術の腕が無いので、もしかしたら、はあるかもしれません。……それと、包命。私は今の言葉、忘れませんからね?」

「……ええと、その……いえ、そういう意味ではなくて……その」

 

 確かに。

 三妃の中で一番スタイルが良いのは雨妃で、次点で雪妃になる。ただ雪妃がスタイルで劣っている理由は、身長の高さが原因で、豊満な身体、という点に変わりはない。

 でも、雲妃は。

 

「ちょーっと痛いちょーっと痛い。ちょっとだけ痛いぞ雲妃」

「ふふふ。あなたは素直が過ぎますね、祆蘭様」

「いや今のは包命が悪いって私悪くないって」

「ええ、あとで包命にもお仕置きはします」

 

 いやでもホントちょっとの差だよ。

 あとは好みの問題だろ。男の。……ああいや帝の。でも帝マザコンっぽいから逆に刺さるんじゃないか? 玻璃、年齢に反してかなり若いし。確か四十中盤だったはずだけど、あり得ん若さしてるし。……今更だけど、玻璃ってちゃんと歳を取って来たんだろうか。私も……いや私は九歳年相応の身長だと思うけど、これまさかここで止まったり遅くなったりしないよな?

 木工やるにも金属加工やるにも、もうちょっと身長と体格が欲しいんだが。

 

「……まぁ、大体わかった。今どーにかして私を引き留める策を練っている……あるいは実行しているな?」

「はて、なんのことでしょう」

「"お話が盛り上がってしまった"から、"こんな時間まで戻らなかった"。どうにかこうにか私を……その幽鬼が現れる時間まで引き留めたい。そして言葉を教えてほしい」

「はて、なんのことでしょう」

「惚ける必要が一切分からんが、まぁ良い。必要であれば進史様に私から了を返した旨を伝えてくれても……って、ああ。直接の伝達はできないんだったか」

「はて……。と、惚け続けるのは終わりにしますが、そうなのです。中天にまで月が昇る刻、そこまであなたを縛り付ける方法がこれしかなく……申し訳ありません」

 

 ……?

 なんか引っかかったな、今。

 なんで三半(三十分)しか、とかの部分じゃない。多分それは「約束事」に関わってくる部分だから、その幽鬼から話を聞けばわかる。

 

 今引っかかったのは……謝罪の、色か?

 

「……お前、まさかとは思うが……()()()()()()()()()ことにしてたりしないよな」

「ふふ。私、とても嬉しいのですよ。──あなたのことは、考え方の部分までお友達になれたと思っていますので」

「おい、待ておい。それだとまた私の身動きが」

「ご安心ください、祆蘭様。失踪ではなく迷子、ということになっていますので」

「名誉毀損だ!!」

「"外廷へと渡り得る道には見張りをつけていますので、内廷にいるのは間違いないのですが……どこかに隠れてしまったようで"と」

「……青宮城の者ならすぐに勘付くぞ」

「でしょうね。ですが、それも込み、です」

 

 ああ……そうか。

 私の読唇術について知っている、ということを雲妃は明言できない。というかしない。

 それによって、雲妃が私を拘束しているのではないか、という糾弾を青宮城側もできない。……青清君は、……ああ、アイツかなり遠くまで音を拾えるから……発話規格まで読めるっぽいし、全部知ってたりするのかな。

 青清君、初めて相談された時もそうだったけど、基本的に憐みが強いからなぁ。病で届けられなかった言葉、なんてカバーストーリーを知ったら……。

 

「それでお前、包命と私にあんな問答をさせたのか?」

「あら……素晴らしい発想の飛躍ですね」

 

 全部掌の上、と。

 ……わかったわかった。

 

「青清君。私は嫌がっていない。……少し、コイツの願いを叶えて来るから、まぁ、なんとか取り計らってくれ」

「本来は内廷内の声を拾う、という行為も許されないのですが、州君ですからね。彼女を裁ける存在はいないでしょう」

 

 あんまり規則を破ってほしくはないんだけどな……。

 いつか守られる側に回った時に、見放されてしまうから。

 

「あと一応聞いておくんだが、月が中天に昇るまであと何刻だ?」

「八刻程です」

「……」

 

 えぐ。

 

「もう逃げないから、拘束を」

「折角ですから、あまり剣呑でない話をしましょう。夕餉もこちらから出しますから、ね?」

「なにも、ね? じゃないんだが」

「ね?」

 

 ああ。

 無敵、多いなぁ青州。……いや結衣もだから、この世界の女性が、だったりする?

 

 

 して……刻限が来た。

 

 ぼう、と塀の上に現れる幽鬼。痩せ細った老婆。

 

「お前が絹美(ジュェンメイ)だな。雲妃から話は聞いた。──お前の伝えたいことを話せ。私はお前の言葉が分かる」

「……?」

「いいから。……憶測だが、お前ほとんど未練がないというか、あるにはあるけど、雲妃に迷惑をかけることも本望じゃないから……消えてしまいそう、なんだろ?」

「!」

「だから、いる内に話せ。──ただし、伝えるか伝えないかは私が決める。死者の言葉が生者に伝わるのは摂理に反するからな」

「祆蘭様、それは」

「黙っていろ」

 

 頷きはした。

 だけど、全部とは言っていない。そこは曲げない。

 

「……。……、……」

「ああ」

「……、……。……、……、……」

 

 聞いていく。

 ぽつぽつと語られる言葉を。ゆっくりと……情念たっぷりに。

 とても懐かしそうに、とても……安らかに。

 

 老婆は。

 

「子細、承知した。……最後の言葉だけは、伝えるわけには行かない。だからもし、お前が望むのならば」

 

 いつもの言葉を言おうとして……けれど、老婆が首を横に振るのがわかった。

 ……同じだ。

 状況は全く違うのに。

 

「……」

 

 充分です。これで、ようやく楽土へ行けます。

 彼女は、あの龍運と同じような言葉を吐いて……消えていった。光の粒となることなく。

 

「祆蘭様。……絹美様の言葉を、どうか」

「断る」

「……そんな、どうして……」

 

 決まっている。

 

「雲妃にはどうにもできないことだからだ」

「それは……どういう、意味ですか?」

「ん。寝たんじゃなかったのか?」

「流石に無理ですよ。祆蘭様と包命を残して眠る、なんて……私にはできません」

「不義理が過ぎるから、か?」

「……」

 

 安らかだった。とても。

 でも。……でも、その内容は。

 

「もう少し、なんだろうな。……確かに勝手な期待をしていたよ。そこまで未練に思うのだから、もっとこう……大切なこととか、思い出の詰まった話なんじゃないか、と」

「……本当に、言葉が分かるのですね」

「なんだ疑っていたのか? 私達は友になった──そうだろう、雲妃」

「ええ。本当の意味でお友達になれると今でも考えています」

 

 そうか。

 

「そうか。私は、少なくとも今のお前とは友にはなれんな、と思ったよ」

「……」

「祆蘭様、あるじ……どういうこと、ですか。私は」

「知らされていないのか包命。こいつが絹美に、何を()()()()()のかを」

「命じて……? 約束事、ではないのですか?」

 

 さて。……これはどう処理すべきかな。

 私の手に余る話だが……。

 

 雲河宮の二階。窓から身を出し、浮かび、塀の上へと降り立つ雲妃。

 その目は……はは、それこそ剣呑だ。

 

「お願いいたします、祆蘭様。──どうか。どうか、絹美の集めた情報を、私に教えてください」

「断る」

「なぜですか……なぜ」

「絹美の最後の願い。最後の言葉に反するからだ。今を生きる人間ともう後がない幽鬼であれば、幽鬼の願いを優先するよ、私は」

「……なぜ、ですか」

「考えろ。得意なんだろう、発想の飛躍」

 

 よ、と。

 かるーい掛け声と共に……外廷へ。つまり堀の中へと飛び込む。

 

「!?」

「はぁ……やると思った」

「危ない事しないの!」

 

 そして受け止められる。祭唄に。

 一緒に来ていた夜雀さんも視界の端に収めていたから、驚きはない。

 

「お願いいたします、祆蘭様! 私は──」

「子細は全て進史様に伝えておく。──お前の願いは叶わない。だが、お前の目的は果たされる」

「ッ……!」

「──次会う時、お前が鬼でなくなっていることを願っている。じゃあな、雲妃」

「失礼します」

 

 祭唄たちは頭を下げて……二人で私を囲み、空へ舞い上がる。

 ……後味は悪い。

 ハッピーエンドばかりじゃないんだ、この世界も。

 

 けど雲妃。それは少し……期待し過ぎたな、私に。

 私はそこまで考えられない奴じゃないよ。

 

 

 深夜。

 進史さんに、全てを話す。

 

「……復讐、か」

「ああ。雲妃にとっての友……閣利(グェァリー)という者が、彼女の登廷する前、何者かに殺されたらしい。雲妃は"内廷に良く出入りしていた人物である"ということは知っていて、あろうことか妃となる前の身分だったにもかかわらず、内廷に忍び込もうとしたことがあったそうだ」

「それだけで大問題だが……」

「ああ。ただ、絹美のおかげでそれは未遂に終わった。雲妃は絹美に諭され、その人物の調査は絹美が引き継ぐ、ということを約束し……この、月が中天に昇る刻、報告をする、と雲妃に話した。だが」

「急病により絹美は倒れ、ほぼ同時に雲妃は妃となった、か」

「らしい。雲妃がどこまで内廷を調べられたのかはわからないが、病ながらに絹美は外廷で調査をし続けて来た。……実際、報告を行っていたのかどうかまではわからん。命じられた、というのを溢していたから、かなり危ない橋を渡ったのだとは思うが……直接話した、という口振りではなかった。それで……犯人はわかった。閣利という者を殺した犯人は」

「誰だ、それは」

「──蜂花(フォンファ)

 

 一瞬、沈黙が落ちる。

 私も短い刻限の中で、三度は聞き直した。

 

「同名の者はいるか?」

「……。今すぐに調べることは難しい。……調べはする」

「いや、徹底的に調べてくれ。でないと雲妃が鬼になりかねん」

「どういうことだ、それは」

「雲妃は直接手を下したかったのだそうだ。──妃の立場を降りてでも、青州の妃が帝からの信用を失う結果になってでも、どうしても」

 

 さっきの彼女は、間違いなく復讐鬼だった。

 ころころと笑う彼女も、うつらうつらとする彼女も、強かで賢く見える彼女も──全て幻。

 

 アレの本質は、立場も周囲も何もかも巻き込んで己の復讐に心血を注ぎこむ、鬼。

 この世界の鬼などメではない、前世における修羅の類いだ。

 

「真相究明はあんたに任せる。──青州を揺るがす大事件が起きる前に、片付けろよ」

 

 放たれた悠悠は、焼き切れるまで回転して……壊れてから、ようやく己で巻き戻り。

 けれど手元に返る前に、私が止めさせてもらった。

 

 ──幸せになってほしい、らしいからな。

 陳腐だけど、ありきたりだけど。

 私は満足して楽土へ行った彼女の願いの方を、届けるよ。

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