女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第二章「火」
第三十六話「ヨーヨー」


 まぁ。

 

 生まれが「不都合」で? 育ちも「不都合」で? その終わりも「不都合」であったのなら。

 

 誰だって──次は「都合良く」と、願うだろう。

 

 

「……はぁ、くだらん」

 

 目を覚ます。

 前世の夢なんか見たって、流石にもう「非日常」だ。こんな夢を見たのは多分、祭唄に日本のことを話したせいだろうな。

 

祆蘭(シェンラン)。……いつも、早い。おはよう」

「ああ、祭唄(ジーベイ)。すまん、起こしたか」

「ううん。私の任は護衛と監視。寝ている間に逃げられたらひとたまりもない」

「そうか。もう少し寝ていても良いんだぞ。私は図面を引くから、しゃこしゃこ煩いかもしれんが」

「じゃあ、精神鍛錬も兼ねる」

「ああ」

 

 昨日と何かが変わったわけではないが──。

 まぁ、新たな今日だと、それだけの話だ。

 

 

 

 自分で方眼紙を作り、龍運(ロンユン)から貰った設計図をもとに、細部部品の図面を製図していく。

 心底製図板が欲しい。それが贅沢なら最低限文鎮が欲しい。……トンカチでも置いておくか。

 

 ペダルグラインダー。その仕組みそのものは結構単純だった。

 大別して、自転車とそう変わらない。……あくまで大別して、だが。

 

 ただ龍運が凝り性だったのか、それとも私の風車模型を見てインスピレーションが湧いた、という流れのせいなのかは知らないけれど、かなり大きくて、安全で、そして使いやすい構造が加えられて、少しだけ複雑になっている。

 

 ペダルグラインダーのみならず、普通の電動グラインダー、あるいはディスクサンダーには砥石車というものが付いていて、それが高速回転することで物を削る力を得る。やっていること自体は別に鑢と変わりなく、ただただ「労力が桁違いに安い」というだけに尽きる。疲れはするけど。

 龍運のペダルグラインダーは、ペダルを踏むことでスライダー・クランクを動作させ、それを回転力に変換するもの。角度30度ほどのペダルが踏まれると、中にあるスライダーが内側に入り、両脇にあるバネがペダルを戻すとスライダーが外側へ出る。その水平方向の往復直線運動をクランク機構で回転に変換し、歯車へと伝える。歯車はさらに大きな歯車を伝って上部へ回転力を繋げ、最終的に砥石車を回す。

 ……この世界、まだゴムが無いからな。ベルトが無いんだ。だから回転力の伝播は直の噛み合いか軸トルクの伝達でしか実現できなかったらしい。そのせいでかなり摩耗しやすい作りとなっていて、けれど「使いやすい構造」……歯車の付け替えや砥石車の付け替えがしやすいような大枠設計にされているから、一回作ってしまえばとりあえず寿命の尽き果てるまでは使える代物だ。

 

 こうして設計図を眺めると、案外自分でも思いつけそうだったな……とか。

 先達に失礼すぎることを思い浮かべてしまう。機構というのは大抵そんなものであるのだけど。

 

 今私が引いているのは平歯車の図面。といっても龍運の設計図に使われている歯車を拡大させているだけなので、ピッチもモジュールも自分で考えてはいない。

 書かれた文字や数字は祭唄が全部「漢字」に描き直してくれているので、私も読める。

 ……一番苦労したのは単位だ。私の自前の定規はcmとmmの奴だけど、ぶっちゃけこの世界における真空中の光の速さなんか知る方法がないし、球体かどうかすらわからない地の円周を測る術もない。ので、実はかなり適当だった。でもこれが適当で困ったのは段返り人形の時だけ。その時も階段側を調整したので、本当に困ったわけではない。今までの木工細工は割合フィーリングでなんとかなっていたから1mmが1mmである必要が無かったのだ。

 でも、工作機械となるとmm単位のズレでも許されない。いやホントはもっと許されないんだけど、私の場合材料費無料という最高の後ろ盾があるので何とかなるというか。

 そしてこの世界の単位……毫米(ハォミィ)というらしいものの1mm、つまり一毫米の長さについては祭唄が「正しい長さ」を知っていたので、それを新しく当てはめ、定規類を全て新調した。30cm定規改め三十厘米(リミィ)定規になった。

 

 で、龍運の図面からいちいち単位を確認しながら長さを取って、黙々と部品図面を引いていく。

 

 祭唄は……二度寝したらしい。まぁまだ四時半くらいだしな、体感。

 時計もいつか作りたいけど……それを作るにはこの世界を知らな過ぎる。一応窓際に日時計は作ってあるので、日が昇ったらある程度の時間は計れるんだけど、夜がなぁ。

 輝術師は何かしら「時間を計る術」のようなものを有しているっぽいんだけど、祭唄に聞いても「今の私の『漢字』じゃ説明できない」と言われてしまった。チャオチャンディツンザイと同じくらい説明する言葉が見つからないらしい。

 

 その寝顔を見る。

 ……歳がな。前世を含めると一回りくらいは離れているから……娘には思えないけど、友として見るには若すぎるというか。

 年相応の寝顔で、若い子、という印象が凄い。それでいて……可愛らしいというか、健やかなその顔は、見る相手に「安全」を思い浮かべさせる。

 

 いつかこの子も誰かと結婚するんだろうなぁ、とか。

 もう思考がおばさんだ、これ……本当に……。

 

 

 

 日が昇って、少しして。

 祭唄が目覚めた。

 

「……」

「なんだ、愕然として」

「……。精神鍛錬になってない」

「?」

「その音……それに慣れ過ぎて、特に何でもなく寝てしまった」

 

 ああ。

 そうそう、私がいつも製図に使っているのは、当然筆ではない。

 串だ。

 木炭入れに串を突っ込んで、羽根ペンみたいに使う、という鉛筆の超下位互換なそれを使っている。

 だからしゃこしゃこ音がするのだけど……どうやら祭唄にとってその音は、もう聞き慣れたもの、になってしまったらしい。私と一緒にいるようになった時間なんて人生の尺度でみればまだまだ短いだろうに、慣れの早い事で。

 

「しかし、丁度いいな」

「なにが?」

「丁度、全ての部品を描き終わったところだった。可能ならば今からでも加工をお願いしたい」

「ん、わかった。わかったけど、材料はどうするの?」

「……あー」

 

 そう、だ。

 今回は試作だから、歯車は鉄製にするつもりだった。合金とかわかんないし。

 ただそれ以前に、金属を貰うなら……一層にある鉱石倉庫に行かねばならず、当然倉庫番の人とも話をしなければならない。

 

 私はまだ。

 青宮城に帰って来てから、進史さんと祭唄以外とは……顔を合わせることすらしていないのに。

 それも、だし。いやそれ以上に。

 

「……祆蘭は、本当に変」

「なんだいきなり」

「今、あなたは顔を合わせる気まずさとか、嫌われているかもしれない、という恐怖とかより、自分の心象が悪い事で、交渉が上手く行かなかったらどうしよう、ということを考えた」

「私は輝術、使えないんだが」

「こんなの思考を共有されなくたってわかる。少なくとも私には」

「……で、それの何が変なんだ」

「普通は逆。というより……祆蘭の中で、関係性が悪化しているのは大前提、というように見える」

「まだその話を蒸し返すのか。……当然だろう、私は」

「逆とか、変わってないとかは、考えない。──それは、もしかしたら……他人を見下し過ぎ、かもしれない」

 

 う。

 ぶっ刺してくるようになったのは今更だけど、今日は特に強烈だな。

 

「……まぁ、正解だ」

「なんで?」

「いや単純に、期待していて、それを下回られるより、期待せずにいて上回られた方が気楽だろう。見下している……というのは、事実かもしれないし、そうではないかもしれないが、真実私は他者に期待を抱いていない。そこまでできた人間が……いや、これは悪意的だな。……なんというか、"万人は他者をそう簡単に許せる群れではない"、という理念があるというべきか」

「だから、それが見下している」

「……否定できん」

 

 そうだな。

 そうなのだろう。

 私は……だから、罪だの罰だの。

 

 あとから後ろ指差されるのが面倒だから。

 

「行こ」

「ちょ……いきなり持ち上げるな。驚くだろう」

「会う前から相手を馬鹿にするのは良くない。それと……青宮城、青宮廷が、祆蘭をどう扱っているのか。ちゃんと自分の目で見て、確かめて」

「……ああ」

 

 相槌は打ったものの、降ろされることはなく……そのまま拘置所の戸が開けられて。

 

 

 なんでもないことを、知った。

 

 

「……」

「これが、祆蘭のみんなからの扱い」

 

 なんでもない。

 元から私を無礼な平民だと思っていた者は、そのままの目を。どうせ青清君のやることだと無関心でいた者は、そのままの目を。

 そして……好意的に私を迎え入れていた者もまた。

 

 そのままの目を、私に向けている。

 

「青清君が、怖いから──」

「あ、小祆(シャオシェン)! おはよう!」

夜雀(イェチュェ)様。……おはよう」

「夜雀、なんで一層にいるの? 私が監視になったんだから、二層の護りは一層手厚く──」

「……昨日の要人護衛会議の共有、忘れてた。今するからちょっと待って! えーと、そう、祭唄が実質一層担当になったことを受けて、新空(シンコン)晴木(チンムー)が二層に、私が一層担当になったんだよ~」

「なぜ口頭? 会議内容は伝わったけれど」

「それは勿論、祆蘭に聞かせるためだよ~。咄嗟の時、祆蘭が新空と晴木を呼ばないようにね~」

 

 ここで。

 ここで……くよくよできる人間じゃない。私は、元から。そこまで思春期じゃないというか。

 まぁ、そちらがそういうスタンスなら、こちらもそうだと割り切ろう。私は面倒くさい人間である自覚があるけれど、粘着質な人間にまでなった覚えはないから。

 

 その通りにする。

 

「今更だが、夜雀様。怪我はもう大丈夫なのか?」

「えっと……私が脚を折ったの、小祆が脚を折る前だよ?」

「いや、なんというか、夜雀様はこう……柔らかそうな印象がだな」

「ん~? 三日見ない内に結構な火傷をして帰って来た小祆が何か言ってる~」

「う……それは……いや、返す言葉は無いな」

「心配したんだよ、みんな。いなくなったこともそうだし、無事だって聞いてからも、赤州(チィシュウ)で色々やってきたって話を聞いて……」

「どこまで聞いたんだ。私は」

赤積君(チィジークン)と鬼と一緒になって黑手党の下部組織をやっつけた! ってとこまで!」

 

 それは全部だな。

 いや私は別にやっつけたわけじゃないんだが。

 

「あとは緑涼君(ロクリァンクン)だけだね~」

「州君蒐集家は珍しい」

「流石に遭う機会は訪れんだろう。というか、天遷逢(テンセンフォン)の間でもなければあんな大立ち回りはしない。ちゃんと酔っていた」

「それも聞いたけど、本当、不思議な体質だね。でも大丈夫! これからは私達も気を付けるから!」

「……いやまぁ私一年雇用だから、あるとしてもあと一回だけなんだがな」

 

 流石にそこは伏せられたか。

 楽土より帰りし神子。まぁそれが共有されていたら無礼だのなんだのの視線は無くなるだろうし、わかっていたことだけど。

 

「暇なら、材料運び手伝って。鉄をたくさん運ぶ」

「いいよー」

 

 いいんだ。

 暇……暇か。私の護衛だもんな。

 ……夜雀さんにも、加工を手伝ってもらおうかな?

 

 

 鉱石倉庫番の人は、「お、祆蘭。どうした?」と……気さくに話しかけて来て、二、三の確認を取った後、普通に鉄をくれた。

 青清君の玩具を作る機械を作るのだ。断ることができないのは当然だった……というのはもういいとして、やっぱり「そのままの目」。

 

 OK、前世基準で考えるのはやめにしよう。見下すのも終わり。

 この人たちは……変わらない。気持ちを切り替えて行こう。

 大丈夫、自分だけは罪を忘れない。それだけでも、構わないから。

 

「で、鉄をこの通りの形にしてほしい」

「じゃあ、祭唄。私は斬るのやるから」

「わかった。延ばすのとくっつけるのは任せて」

 

 と、夜雀さんと祭唄は、いつかの琴作りの時のような素晴らしい連係力を見せつけ、貰った鉄を余すところなくすべて使い切り、部品を加工してくれた。

 ……はやーい。あと、夜雀さんがバターでも斬るみたいに鉄を斬ってたのは……流石に輝術のパワーアップか何か、だよな? 素で斬鉄剣できたりする? つまらぬもの斬ってたりする?

 

「えーと、じゃあ次はこれを……持ち……上げ……」

「はいはいやるから。これの通りに組み合わせたらいいんだよね?」

「そういうところはちゃんと非力。鬼とか幽鬼とかとは戦うのに」

「いや……逃げの技術と単純腕力を一緒にされてもな……」

 

 重い。九歳女児には重すぎる鉄の塊。

 なので組み立ても二人に全投げである。指示は出したし、ちゃんと噛んでいるかもみたけど。

 あとは龍運の設計図通りの鉄製カバーを付けて……とりあえず仕上げを残しての完成。

 

「完成?」

「砥石車をつければ、だ」

「それはどうするの?」

 

 本当のところを言うなら、砥石は合金の方が良い……はずだ。だって削るモノと硬度が同じだと摩耗は早まるわけだし。

 でも現状では高望みが過ぎるので、これも鉄で作ってもらう。

 小物入れから取り出した鑢。その面を二人に「覚えて」もらって、それをパターンとして鉄の車の表面に当ててもらう。

 

「これを、嵌め……て……」

「はいはいはいはい」

 

 ……これ、メンテナンス私だけじゃできないな。

 まぁ私が解雇されたら青宮廷とかに寄贈するものと考えれば、メンテ法を残しておけば大丈夫か。

 

 なんにせよ、砥石車をセットしたペダルグラインダー、ようやくの完成だ。

 すぐに試運転をする……つもりだったんだけど。

 

「小祆。これって、この重いのが回るんだよね?」

「ああ」

「もしうまく作れてなかったら、これ……危ないよね?」

「ああ、まぁ。そりゃな」

「じゃあ小祆は離れてて」

「え」

「当然。夜雀、そこに座って、両側の足置きに足を置いて、加減しながら踏んで」

「うん。祭唄は小祆離しちゃダメだからね~」

「わかってる」

 

 ……いやいいんだけどね。別に私がやらなくてもいいんだけどね!

 

 して……機械が、動き出す。

 ペダルのスライダーが往復直線運動を行い、リンクを通ってクランク機構へ回転運動を伝え、それが歯車を回す軸を回し、軸のトルクが歯車を回し、水平歯車と垂直歯車が嚙み合って大歯車が回り……というように、全てがちゃんと「連動」していく。

 素晴らしい設計図だ、龍運。私はお前の引いた通りに作っただけ。

 これを世に生み出したのはお前だ。楽土にて誇れ、偉大なる先達よ。

 

「おー」

「これ……加減、もっと少なくても良いかも」

「祆蘭に動かせそう?」

「……どうかな~。でも、安全は安全そうだし、祆蘭」

「ああ」

 

 一応いつでも……壊れたりなんだりした時に対応できるよう二人に輝術を待機してもらっての……一足目。

 

「む……まぁ重い、が……」

 

 重い。これは……成人男性が使う用の設計だからな。改良するなら……まぁある程度案は思いつくけど、私は金属加工に関しては素人だからなぁ。あんまり変えない方が良いと考える。

 で、そう。……重いけど、重いだけだ。

 

「大丈夫か? 疲れない?」

「いや疲れる。普通に……かなり」

「それだと、小祆の好きな時に使えなくない?」

「私がいるから大丈夫」

 

 ……夜雀さんの指摘が正しい。

 つまり、祭唄という原動力がないと使えないのでは……。まぁ監視されてない時はないだろうから良いんだけど。

 人を発電機扱いするのはなぁ。……あれ、私輝術を知った時に「その辺を発電所が意思を持って歩いている」とかって表現してたような。

 

「私達はこれくらいで疲れない。こんな時まで無理しないで、大人を頼って」

「大人、って……」

 

 お前は私の事情知ってるだろ、とは……言えないか、夜雀さんがいるし。

 ……。

 頼るかぁ。加工任せてた時点で今更だしな。

 

「わかった。頼る」

「それでいい」

「小祆、赤州から帰ってきて……なんか成長した?」

「なんかってなんだ」

「んー。……なんでもない!」

 

 別に今までも頼るところは頼っていただろうに。

 

「それで、これで何を作るの?」

「ああ、まぁ、そうだな。──作るか、折角だし」

 

 ペダルグラインダーを作ったことで満足しかけていたけど、私は図面を拡大しただけなので。

 では、記念すべきグラインダーを使用した玩具、第一作目と行こう。

 

 

 まず用意するもの。それは。

 

「え、木?」

「金属加工、と言っていた。違うの?」

「金属加工を素手でやるのは危ないし、私の頭にあるモノは研削盤の作る滑らかな曲面加工を必要としているだけで、金属である必要はないからな」

 

 そう、木である。

 祭唄にペダルグラインダーを動かしてもらい、私は軍手……の、肘まで覆えるものをつけて、いざ。

 

「おおお」

「……何に興奮しているのかわからない」

「いやいや、凄いだろう……この一瞬で、ここまで綺麗な軸が作れるなんて……」

 

 そう、軸だ。

 一概に軸と言っても今までの作成難度は結構高かった。ただ中心となるだけの軸、立つためだけの軸ならともかく、回転するための軸となると正円である必要がある。

 が、棒を正円柱にする、という行為がどれほど難しいか。その辺の枝葉は当然反りがあって使えないし、切り出すとなると何度も何度も鑢と鉋で微調整をしなければならなかった。

 それが……底面に正円を作図して、横から水平を見極めながら出っ張っている部分を砥石車に添えるだけでいい、なんて。

 

 画期的過ぎる……! これが文明開化……!

 

「いつになく興奮している」

「もしかして今天遷逢だったりして」

「おおお……」

 

 さらに、円板も作成可能! 楕円体も作成可能!

 立体曲面は本当に作るのが難しいんだ。作って、全角度から見て、触って、紐を巻いて……色々なことをして精確性を求める必要があった。

 いやたとえペダルグラインダーを使っても精確性は求めないといけないんだけど、手間が。手間が違い過ぎる。

 

 この滑らかな曲面。う、美しい……。

 

 ……という段階を一通り経て、真面目にやる。

 危ないからね、ペダルグラインダー。工作機械の周りでふざけてはいけない。

 

 と、グラインダーをフル活用して作っていくは、中央が少しだけ出っ張った軸、軸受け円板二枚、拳大の円板二枚。軸と軸受け円板の材木は楓、また軸受け側の木目が軸と垂直に交わるようにする。

 そう、作っているものは木製ベアリング、あるいはウッデンスプールと呼ばれるもの。ベアリングは金属だからこそ、と思われがちだけど、木材が元々持っている油分供給機構というか保存の性質が良い働きをしてくれるので、木でもベアリングは作れる。ボールベアリングほどになると流石にキツいけど。

 木のベアリングに木の(シャフト)。耐久性のある楓の木を使うことで、長持ち且つ良い動きをする、が両立可能に。

 

 油を塗ったベアリングにシャフトを通し、サンドイッチ。それぞれのベアリングに大きい方の円板を取り付けて、本体は完成。

 あとはシャフトに紐を三重巻きで掛けて、こっちは完全に固定。

 持ち手側の紐の先端に指を通す輪っかを作れば……てってれー。

 

 そう、ヨーヨーである。ベアリング式の全木製ヨーヨーは前世でも珍しかったんじゃないだろうか。

 

 完成したそれ。輪っかに中指を通して、弛んだ紐を本体にぐるぐる巻きつけて行く。

 で、これを……スナップを利かせながらリリースすると。

 

「……へえ」

「え、止まってる?」

 

 紐の先で、まるで止まったかのように回転を続けるヨーヨー。くいっと手を引くと、まるでヨーヨー自身が自らの意思で糸を巻き取るかのようにして昇ってくる。

 油の粘度と摩擦も良い感じだ。ヘタってきたら油を差し直せばいいし。

 

「これを、こうして、こうして」

「……」

「へー!」

 

 別にヨーヨーの達人というわけではないけれど、子供の頃……前世の子供の頃を思い出しながら、いくつかの技を披露する。

 祭唄は冷静に観察していて、夜雀さんは……「やりたい!」が顔に出ているな。うん。

 

「力は加減してくれよ?」

「あ……でも、青清君に献上する玩具……なんだよね」

「青清君も輝術師だ。輝術師の力加減、というものも知っておかないと、献上してすぐに壊されても敵わんだろう」

「じゃ……じゃあ遠慮なく!」

 

 多少の遊び方の手解きをすれば……いつかの雑技団の人達のように、メキメキと扱いを上達させていく夜雀さん。

 経験の共有はしていないわけだから、これは元々の素養かな?

 

「なんとかすれば……武器にもなる?」

「いや輝術を使った方が絶対早い」

「衝撃や斬撃を飛ばすことができない者もいる。手元に戻ってくる飛び道具は結構有用」

 

 ……だとしてもヨーヨーじゃなくモーニングスターとかの方が良いと思うけど。

 ファンタジー知識で言えば、まぁ、ヨーヨーは武器かもしれないが。

 

「青清君に献上後、彼女が飽きたら、武器に転用するのはアリ。あるいは『輝園』の人に共有するのもいいかも」

「あ、そういえば! 二人は『輝園』の公演見たんだよね。いいなー」

「懐かしい話を、と思ったが……そこまで時間、経ってないのか」

 

 毎日の密度が高いからだろうな。

 遠く昔に思える。まだ経ったの十一日前……思ったより経ってる、か?

 

「ということで、今日の刑務作業は終わりだ」

「刑務作業?」

「祆蘭は罪人。そういうことになっている」

「ん?」

「あ」

 

 ……そういうことになっている?

 

「祭唄様」

「うるさい。なんでもない。罪人は黙って」

「じゃあ夜雀様」

「えっと、なんで小祆が罪人……ちょ、ちょっと祭唄! 上限情報までやること!? くらくらするからやめて~!」

「いいから、夜雀。祆蘭も。気にしないで」

 

 気にするが。

 ……よーし。私は学んだんだ。

 わからないことは放置しない! であれば──。

 

 

「む? ああ、お前は罪人扱いじゃないぞ。なんだ、もう気付いたのか。早かったな」

「……言って良かったんだ」

「祭唄~私への謝罪は~?」

「謝るけど、言ってよかった、ということが共有されていないからそもそも」

 

 あまり来ることの無い、進史さんの部屋。

 そこに物申しに行けば、この反応である。

 

「私を罪人として扱い、あの部屋を拘置所とする。それが最低限だったはずだろう」

「ああ。そしてその後、お前の功績が認められ、お前の罪は相殺された。正確に言うと罪が消えたわけではないが、縛り付けておくべきではない、という嘆願が多く上がった、というべきだな。主に輝霊院から」

「……」

「祆蘭は今、"余計なことを"って思ってる」

「ん~、"余計な気遣いを"、じゃない?」

「祆蘭の中に"気遣い"という単語は存在しない」

「そうかなぁ。"余計な気遣い"が一単語として登録されてそうだけど」

 

 そこ、護衛、うるさいぞ。

 ……。

 

 青清君め。……祭唄が零さなかったら、そして私が気付かなかったら……気付かせないままにするつもりだったな、これは。

 罪人として扱われたがっているのならそうさせておこう、という魂胆か。成程合理的だ。

 

「用はそれだけか?」

「……そろそろ青清君は心の整理ができたんじゃないのか」

「……。……私もそうであってほしいと切に願っているんだがな」

「まだなのか。優柔不断というか、やっぱりガキだろうアイツ」

「許してやってくれ。あの方にとって、お前のような存在は新鮮だったことだろうし、今までずっと……世界をつまらないものとして見てきた青清君に去来した感情を想えば、叱ることなんてできないだろう」

「また甘やかしか」

「お前の言う通り、あの方は存外子供だったからな」

 

 というか、答えは黒根君(ヘイゲンクン)から貰っていたんじゃなかったのか。

 あの残念州君、要らんことだけ吹き込んだんじゃないだろうな。……残念州君だと誰が誰だかわからんな。いや、緑涼君だけは区別できるが。まだ。

 

「そういう進史様は、少し憑き物が落ちたような顔をしているじゃないか。何があった?」

「ああ……帰って来た周遠(ヂョウユェン)、そしてようやく目を覚ました劾瞬(フェァシュン)と……加えて、同期の者達と、食事に行ってきたんだ。本当に……久しぶりに」

「ほーぉ。飲み会か」

「ああ。ただ、私は酒を入れてもあまり騒げる体質ではなくてな。周りは騒いでいたから、空気を壊してしまっていたかもしれない」

「莫迦を言え。劾瞬様の恢復祝い、周遠様の帰還祝いに、と誘われたのだろう? お前が自ら飲みに誘う、など想像つかんしな。そして、誘われた時点で空気を壊してしまった、などと考える必要はないだろう。そいつらはそれを込みでお前を誘ったはずだよ」

「……酒を毒だと罵る割に、やけに詳しいな」

「私にも友はいたからな。それくらいわかる」

 

 無論、明未(メイミィ)のことではない。

 

「で、そいつらか。嘆願を出したのは」

「含め、だ。お前に救われていない者も同じように嘆願を出しているし、輝霊院の者達の家族からも届いている。流石にこの量となると無視できん」

「……まぁ、わかった」

「よって、というか加えて、というか、雨妃(ユーヒ)からもそろそろ祆蘭を寄越してほしいという要請が入っていてな……。あと雲妃(ユンヒ)もお前に会いたがっていたか」

「雨妃はわかるが、雲妃もか。あの人私にそこまで興味なさそうだったのに」

「なんでも聞いてみたいことがあるとかなんとか。直接伝達を受けたわけではないから、詳しいことは繋ぎを行った者に聞くか、彼女の宮女、あるいは本人に聞け」

 

 ふむ。

 雲妃が私に聞いてみたいこと。

 

 流石に……気になるな。

 

 立ち直りと切り替えが早すぎる、というのはわかっているけれど……行ってみるか。

 

「ああそれと、お前達」

「え、あ、はい」

「はい」

「要人護衛の観点で、遮光鉱(ヂェァフゥンクゥァン)の武器について少し相談したい」

「わかりました」

 

 久しぶりに聞いたなその鉱石。

 ……それがなんなのか、どうしてそんなものが産出されるのか、どこに鉱脈があるのか……とか。

 聞きたいことはそのままにしておかない、になったとはいえ……流石に仕事っぽい雰囲気だし。

 

 今は雲妃のところへ向かうかね。

 ……先に雨妃にしないと拗ねられそうな気もするが。




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