女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
そして、罪人としての生活が始まった。
「……いや、
「何が? 罪人に己の処遇に対する意見を言う権利は無い」
「それはそう……なんだけど、そもそもお前がここにいるのもおかしいし……」
「おかしくない。要人護衛は変わらずに、私は罪人監視もすることになった。手の空いている要人護衛の中で、私が一番祆蘭の行動を予測できる。万が一に対応できる。適任」
「いや……まぁそう……なんだけど」
「そして私は今勉強中。罪人は黙っていて」
あー……違う、んだよなぁ。
私が求めていたのは……いや求められる立場じゃないのは知っているけど。
罰っていうのはそうじゃなくて。
「気まずいだろう……全員気絶させてるんだぞこっちは……」
「その気まずさが罰の一つ。時には敵意を向けられるかもしれない。それも罰。祆蘭は青宮廷の牢にでも逃げようとしたのかもしれないけど、そんな甘い罰は許されない。青宮城に勤める貴族は上澄みも上澄み。州君を含めた全員を気絶させた罰則と、及びその行為における危険性を鑑みて、青宮廷の手に負えるわけがない。私達が精神鍛錬を行ったうえで、祆蘭を監視する。それが最適解」
「ぬ……ぐ……」
そ……の、通りだ。
それ以外の道は多分死罪しかない。だって……やろうと思えば遠隔で鬼を呼び寄せられるんだ。青宮廷に置いておけるわけもなし。
ちゃんとした罰……だ。いや、だったらこう……鎖で繋ぐとか。
「祆蘭なら緊急時、親指を噛み千切ってでも鎖を解いて外に出る。私にはわかる」
「今何も言ってないんだが」
「私にはわかった」
……落ち着け。フラットに行こう。
そうだ、そうだった。
労せずして報酬が得られるならそれでいい。私はそういう奴だったじゃないか。
今までが働き過ぎだったんだ。ここは罪人として、囚人として、「気まずい事」という罰を受け入れて……。
「じゃあなんで工具がある……! じゃあなんで材料がある……!!」
「罪人の刑務作業。青清君の気に入るものを作る」
「まだ刑が執行されていないんだ、刑務作業も何もないだろう! 拘置所の罪人に対する扱いじゃない!」
「私はただの監視。そんなこと言われても分からない。祆蘭、この『漢字』は"そして"という意味で合ってる?」
「いや……はぁ、『而』は確かにその意味もあるが、それだけじゃない。"しかも"とか、なんなら"おまえ"という意味まである」
「……絵であっても暗記には自信があった。でも、同じ絵でここまで意味が多いと流石に追いつかない」
「罪人の妄言なんだ、覚える必要はないだろう」
「これを使って外部とやり取りをしているかもしれない。ただの絵だと油断していたら城攻めの符牒だった、なんてあってはならない」
「ああ、そう……」
祭唄の勉強。
彼女は漢字そのものは二百近くを覚えているけれど、含まれる意味が多数あることを後から知ったので、覚え直しをしている最中だとか。部首や作りを文字として捉えることのできない彼女は、どれもこれも似たような絵を組み合わせたら全然別の意味になる上に、状況や文脈によって使い方や読み方まで変わる、という事実に愕然とし……つつも、意欲的に勉強を行い続けている。
何のためになるんだか。この世界で私と祭唄しか読めない字だというのに。
「天遷逢は……もう終わった、のだよな?」
「うん。基本的に三日間。しかも半年に一回だけ」
「
「知識として知ってはいたけど、私も青宮城へ上がってから明るい夜を経験して驚いている。それが平民となれば尚更」
「そんなもんかね……」
とまぁ、こういう感じで、「天遷逢の間は祆蘭がおかしくなる」というのは共有されているらしい。どこまで共有されているかは知らんが。
……本当に良いのか、これで。私は……ここの人達を。
「そういえば、
「要らん。私は四人も救えなかった。小屋を燃やしたのは私だし、救助活動中に雑念を覚えていたのも私。
「高望みも大概にしてくれないか。ああそれは、お前がいなければ
「……進史様。いつもの許可は取らないのか」
「罪人の部屋に入るのに許可が必要か?」
「いや、元から必要は無かったんだが」
進史さんも……特に、私に対して敵意を向けてくることは無かった。
なぜだ。気絶させられるって相当だと思うんだけど。況してや輝霊院と青宮城で、大人たちが真剣に、且つ綿密に立てた計画とか全部台無しにしてるんだぞこっちは。
もう少しプライドを持てよ。汚した奴を怒れよ。
「祭唄に確認は取ってある。お前から貰う必要はない」
「そうか。もう勝手にしてくれ。私は何も言わん」
何をしに来たのか。
進史さんはこの物置改め自室改め拘置所にどかりと座って……。
んぅー? なん……だ? その表情は。
睨みつけているわけでもなければ……いつもの、青清君からの伝達で見せる難しい顔でもない。
複雑な表情だ。私はこの顔についての形容詞を知らない。
「……あー。祆蘭」
「はぁ。なんだ、進史様」
「……。まず、……そうだな。……そう……。だから、あー」
「じれったい。進史様、一時期の青清君みたい」
「それは嫌だな……。はぁ、言うか」
それでいいのか付き人。
祭唄も無礼が過ぎないか大丈夫か。
「用件は二つ。まず──役職の一切関係ない、進史という男からの礼を。友の命を救ってくれたことを、感謝する。周遠だけではない。輝霊院は……昔の顔馴染みが沢山いる。……彼ら彼女らが死していたかと思うと、今でも心が痛む。お前を含めた全員の吉報が届いた時の安堵は……ああ、何物にも代え難いものだったと言えるだろう。重ねて、礼を言う。ありがとう、祆蘭」
「……輝霊院からの感謝状を断った言葉。聞いていただろう。私は……無理だ。それを受け取ることができるほど、純粋な奴じゃない」
「構わない。私が礼を言いたいだけだ。罪人からの赦しなど期待していない」
「……そうか」
「そして、二つ目。謝罪を」
「謝罪?」
一つ目は……六極歩譲ってまだ理解できる。
謝罪は……なんだ。
「水生にいた頃、お前は幽鬼にも遭遇していなければ、鬼にも見つかっていなかった。己が力に振り回されることもなく、ただ安穏とした日々を送ることができていたはずだ。──それを破壊したのは、私だ」
「それについては登城した直後くらいに謝罪を受けていたはずだが」
「お前からの返事など聞いていないと言っている。いいか、祆蘭。青清君もお前もだが、あり得ない程の原理主義者だ、お前達は。"事が起こるには足る理由が要る"──成程、全く以てその通りだろう。私も感情より理屈を優先するから、理解は及ぶ。そして、だからこそ……お前が現状、罪人という立場にあるのは私のせいだろう。お前がその理論を掲げる限り、その罪の根源が私だという事実は決して消えない」
「ふん、そんなことを言うならば、私を生んだ両親や、両親を生んだ祖父母、その両親、そのまた両親。先祖代々まで全員が罪人になろうさ」
「ああ。だからお前が背負う必要はない。辿ればあらゆる存在が罪人となるのなら、今罪人でない者とお前は等価だろう。──お前は、ただの子供だよ。たとえどれほどおかしなものを背負っていようと、まだまだ守られるべき立場の者だ。ゆえに悪ぶるな。そして……そうさせている私を、私達を」
よいしょ。
と。……進史さんの顔に子供キックを入れてみた。
「──!?」
「うるさい。考えを纏めてから話せ莫迦者。何が言いたいかは伝わったが、途中からただの懺悔じゃないか。感謝も謝罪も聞かせるのは自由だが、お前の心の整理はお前の心の中で片付けろ」
「今罪状が追加された。進史様の顔を踏みつけた。これは勾留期間が長くなる」
「ちなみに何の罪に問われるんだこれは」
「進史様の顔踏みつけ罪」
「そうか。輝霊院には割と該当者いそうだな」
反省させたいのか慰めたいのか諭したいのか。
まぁ全部なのだろうが、一回文書に認めてから来い。心情整理など聞いていてもツッコミしかできん。
「祭唄様も言っていたが、普段の私は気の触れた阿呆だ。その認識で良い。──進史様。そこまで心配せずとも大丈夫だ。元より傷ついたり折れたりするような性格ではない。罪人となることを自ら誘ったのも、罪悪感から己を罰そう、なんてことをしているわけではない。これは私の倫理観の話であり、世界観の話だから、語り合いたいのなら三日三晩は明かすと思え。無論騙り合いも含まれるから、私の言葉の真偽を見抜けるようにしておくように」
「祆蘭の言葉は九割が嘘。一割は良い事を言う。でもその良い事も嘘であったり本心じゃないことが多い」
「……それは、理解に果ての無い時をかけそうだな」
「私も今勉強中。進史様、欲しいなら共有する」
「いや、いい。私の上限を超えそうだ」
どんだけ膨大なんだ私の真偽正誤チェックファイル。
あと日常会話でそういうの言わないでほしい。やっぱりロボなんじゃないかと思えてしまう。日常モノからSFに変わる。
「……そうだな。また後日、言葉を改めてから来る。覚悟しておけ」
「わかった。聞き流す準備をしておく」
「ああ、それくらいが丁度いい」
笑って。
部屋……じゃなかった、拘置所を出て行く進史さん。
「……珍しいものをみた。みんなに共有する」
「ん? 何がだ?」
「愛想笑いじゃない進史様の笑顔。案外子供っぽい」
「ああ、まぁアイツ子供だからな」
「……祆蘭、笑わない。自嘲気味の笑いはよく見るけど、心からの笑顔は見たことがない」
「それは……あー。……すまん、それは楽土の頃からだ。私は元からあまり笑わない」
クスッとすることはあるけど、ああいう満面の笑みは……したことないかもなぁ。
あと、他で笑うことがあるとすれば。
「……いきなり剣気を出さないでほしい。それは笑いというか、挑発」
「だからその剣気ってなんなんだ。出してるつもりが全くない」
「剣気は剣気。……これも、おかしい常識?」
「いや、私の楽土にない概念なだけだ。……ふーむ。わからんことをそのままにしておいて痛い目をみたばかりだからな。祭唄、剣気とやらを私にぶつけてみてくれ」
「わかった」
前に凛凛さんから手解きを受けた時は、ただぞっとするだけだったけど。
その本質がそれではないというのなら……なんなのか。
「はい」
「……? 何も感じないが」
「でも、祆蘭の手はトンカチに伸びている」
え。
あ、ほんとだ。
「これが剣気」
「……無意識に臨戦態勢にさせる。つまり、戦う意志……闘志のようなものか」
「近い。けど闘志は闘志。剣気は剣気」
「えぇ……」
「闘志を見せただけで、実力的に劣る者が勝る者を臨戦態勢にまで持っていくことはできない。今みたいに本人に一切の自覚がない場合も無理。けど剣気はそれができる。……そうだ」
と、祭唄はマグネットボードに何かを描き始めた。
そして──辞書に載せたいくらいのドヤ顔と共に、その絵を見せつけて来る。
「『隨蒔未』……? ……いや待て。……解読する」
「待って。待ってほしいのはこっち。解読が必要なら意味がない」
「多分『随蒔』は『随時』だと思うんだよな。だから……ああ、『
「待ってって言った。……祆蘭。答えをすぐに言ったら、勉強にならない」
「私が剣気というものを勉強したいからやっていたことなんだが」
「うるさい。罪人に自由は無い」
あ、はい。
……しかし、なるほど。
かかってこい、ね。それが剣気……挑発兼カウンター可能状態、みたいな?
──かかってこいよ、意気地なし。空から見下ろしてそれで満足か?
「……祆蘭、今誰に向かって剣気を飛ばしたの? 直接向けられたわけじゃないのに……肌が粟立った」
「上位者気取りの莫迦者に、ちょいとな」
「あんまり剣気は出すものじゃない。要らない争いを生む」
「ああ、気を付ける」
指向性を持って飛ばせた、ということは。
いるんだな、その先に。ちゃんと。
──いつか引き摺り下ろしてやる。
「言ったそばから」
「……今は別にかかってこいとか思ってないんだが」
「無意識なら危険すぎる。やっぱり監視が必要」
……もしかして私、挑発だけでダメか、これ。
罪人になってもやることが変わらないのなら、まぁ変わりなく作っていこうと思う。
使うものは硝子と木の板、そして砂。
たったそれだけだ。
「たったこれだけ?」
「ああ」
「……興味がある。勉強を一度止める」
ということで、祭唄も制作に加わることとなった。
ので、硝子の加工を全部やってもらおうと思う。
まず用意しますは──絵。とはいえ私の絵心は並なので、この世界では絵として認識される『漢字』の中でも見映えの良いもの……そう、『承』をできるだけ美しく木の板に書く。祭唄は『祭』を書いた。彼女の名を漢字で教えた時、この字はいい、この字なら好きになれる、とか言っていたのを覚えている。なんでもこっちの世界での祭唄という字はあまり好きじゃないらしい。
同じもの、あるいは違う字のものをもう一枚用意。私は『認』、祭唄はもちろん、といった様子で『唄』。
書いた字に沿って短剣をザクザク刺していく。……
注意点は、一画一画を少しだけ離すこと。継ぎ目をしっかり残すことだ。
綺麗に漢字を刳り貫けたら、その板を四角や丸などの形に切る。
これで外板の完成。次は中板を作る。
中板の製作は少しコツが必要になる。外板の両方、違う絵、今回は違う漢字のそれぞれの部分からそれぞれの部分へ、どこにも詰まりができないような斜め彫りを行う。といっても全部を全部繋げるのではなく、最悪『承』から伸びる穴は全て『認』の『刃』の『メ』部分に、というように集約させても良い。分散させた方が見栄えはいいけど、初心者はこっちでも大丈夫。
中板もまた外板と同じ形に切って、木工は終了。
なお、板を全部黒く塗装しておくとより見映えは良くなる。砂も好きに着色して良いけど、ダマになったりサラサラ感がなくなるならやめた方が良い。
持ち合わせがあればニスを塗るとなお良し。
硝子も板の形に合わせて加工してもらう。ただ硝子は蓋のような形状で。
最後に硝子、砂、外板、中板、外板、硝子の順にサンドイッチして接合すれば──はい、完成。注意点は外板と中板の向きだけ間違えないようにすることだけ。
「これを、こうすると」
「おー」
「文字……祭唄にとっては絵なコレが浮かび上がる」
「私にとってはもう『漢字』。他の人たちにとっては絵」
「ああすまんすまん」
サラッサラの砂は当然穴の開いた部分に滑り落ち、落ちなかった砂が穴を強調する。
黒く塗装された板は穴を隠すから、本体を振って全ての砂を落とし切ったあとは浮かび上がることなく、なんとなく気持ちがいい。
これの正式名称は……なんだろうな。土産の砂絵おもちゃ?
「これ、
「
「……どうだろう。基本大きい絵や創作物ばかりの印象はある」
「祭唄が知らないなら私が知るワケなくないか」
「一応共有しておく」
「ああ」
共有、ね。
知識だけじゃなく……経験も、やろうと思えば共有できる、だったか。
職人殺しだよな、とか。
……私の感性が古いな、これは。
「青清君への献上品を先に使うことはできない、って」
「ああそういえばそうだった。そのために作ったんだった」
「忘れてたね」
「完全にな」
それだけ日常になっている、ということか。
ま、良い事か悪い事かはともかく、面白いことではありそうだ。
雨が降っている。
当然、青宮城の下で。
「……何か、見つけた?」
「ああいや。……そんなことはないはずなのに、初めて見たような気がしてな」
私がこの城に来てから二か月が過ぎようとしている。
その間に雨が降らなかった、なんてあり得ないので、時たま見ていたはず……なんだけど、記憶にない。
一切気にしていなかった、というのは大きいだろうけど……。
「雨? 本当だ、珍しい」
「え、珍しいのか」
「青宮廷の天候は輝術によって操作されている。というか、どこの宮廷もそう。普通に雨が降るのは宮廷の外だけ」
「はー。……成程。じゃあ」
じゃあ……と続けようとして。
やめ……ようとして。やっぱり思い切ることにした。
「じゃあ、雲も操作しているのか」
「もちろん」
「あー。……そうじゃなくて、雲も……雲は、雲なのか?」
「……? ごめん、意味が分からない」
「すまん、私も言葉をまとめ切れていない」
天遷逢のことがあったから、雲が私の知る雲ではない可能性がある、というのを伝えたい……のだけど。
それを話すにはまず私の知る雲が何か、を言わなければならない。
「雲は……空気中の水分がまとまったミズブンシ……小さな小さな水の集まり。この認識は、合っているか?」
「全然違う」
「……違うのか」
「雲は
「あ、いや。待て、……じゃあ、光閉峰の向こう側以外で雲が発生することは無いのか?」
「無い。当然」
……。
わからんな。気象学は風向き計算くらいしか知らないから、「偶然そういう地域だった」可能性は否定しきれない。囲いと呼ばれる程の高い峰々に囲まれた島国だ。おかしな気象現象があっても納得はできる……が。
ここまで言い切られると……やっぱり刷り込みの方を疑ってしまうな。
「これも……まさか、おかしい?」
「どう、だろうな。少なくとも楽土ではそうではなかった」
「……気になる。祆蘭のいた楽土は、どういう所だったの?」
ああそっちに行くのか興味。
「……どういう所か、か。難しいな。……立ち並ぶ石と鉄の塔。六十
「待って。思っていた楽土と違う」
「まぁ私のいた楽土と祭唄の行く楽土は違うだろうから、安心しろ」
「……じゃあ、祆蘭がいつか行く楽土は、そこなの?」
「どうだろうな。私は楽土より帰りし神子だけど、楽土に詳しいわけじゃない」
「祆蘭のいた楽土が、ここと全然違う、というのはわかった。その上で聞く。私の雲の認識は、やっぱりおかしい?」
「ここが余程特殊な立地でなければ、おかしい」
「……」
少し、恐怖はあった。
ここまで面と向かっておかしいと言えば……また、"おかしく"なるんじゃないか、って。
でも。
「祆蘭。今から輝術で雲を作る。何が違うか調べて」
「え、ああ」
言うや否や、拘置所の中をもくもくと雲で埋めていく祭唄。
え、いや。
……物質生成じゃないのか、それは。
水を……作って……。
「痛っ!?」
「……何してる? そんな勢いで手を突っ込んだら痛いのは当たり前。
そう、驚いた。硬い。
雲が、硬い。
「な……んだ、これ。なんだ? 材質が分からん」
「雲は雲」
聞いてよかった。確実に私の知っている雲じゃない。
そして……いつか飛び降りた時。晴れていて良かった。雲があったら途中で衝突して足を折っていたかもしれない。
「雲を作るのは、物質生成ではないのか」
「雲は木じゃないし、石でもない」
「それはそうだが、これは物質だろう」
「……? 雲は雲。物質は物質」
「あー? ……いや、そうだ。雲は光閉峰の向こうより来たりて、向こうに去っていくもの、なんだろう? 作れて良いのか」
「うん。祆蘭のいうような自然発生? をしないだけ」
わ……わからん。わからん過ぎる。
「これ、食べられるのか?」
「馬鹿?」
「舐めたら水っぽいとか」
「馬鹿?」
「いや、手元だな。手元が湿っているとか」
「馬鹿?」
なんでもない。
これはただの、本当にただの、硬い、物質ではない、雲と呼ばれている何か、だ。
これは。
……とうとう怪しくなって来たぞ。一旦、目先のことに囚われていないで……世界を見て回りたくなって来た。
この世界のどこまで私の知る世界と同じで、どこからが違うのかを。
「外に行きたそうな顔をしているけど、ダメだからね」
「……そこをなんとか!」
「ダメ」
ざ……罪人として扱え宣言撤回しても……ダメですかね。
ダメそうですね。
「それで、結局なぜ雨が降っているのかは分からず終いか」
「忘れてた。青宮廷にいる知り合いに確認を取ってみる」
「ああいや、仕事中だったりしたら」
「私が気になるから取る」
どうやっても私のせいじゃない、ってことにしたいらしい。
却って、だと思うけど、まぁそこは私を信じているのかね。
待つこと数十秒。
祭唄は。
「暑いから、だって」
「へ?」
「だから、暑いから。例年より気温が高くて、
中暑。つまり、熱中症のことだ。
ええ。
ええ……。
「そんな……なんというか、俗な事で天候を変えられるのか」
「俗な事というけれど、実際中暑は大変。死に至る危険もある。前も、というか何度も言ってるけど、輝術は死を防げない。こういうことは多少手間がかかっても気を付けないとダメ」
「ごもっともで」
いや本当にごもっともなんだけど……なんだかな。
ああ、いや。
もしかして私……期待していた、のか?
砂絵おもちゃを作って、珍しい雨が降っていたから。
事件が起きたんじゃないか、って。
何か……「符合の呼応」で解決できる事態が起きたんじゃないか、って。そういう……最低な期待をしていたのかもしれない。
予兆なんかじゃない。
私のモノ作りは、ただのモノ作り。
起きた時にだけ考えればいい。
「祭唄。さっきの砂絵、今度は絵でも試したい。付き合ってくれ」
「いきなり。だけど、構わない。あれは面白い」
「まだまだなー。作れる玩具はたくさんあるんだが、如何せん道具が」
あの設計図……ペダルグラインダーを死蔵させるなんて以ての外だし、やっぱり。
「金属加工技術が欲しいな」
「私、できるけど。それじゃダメなの?」
「……」
……。
そうじゃん。あ、でも四六時中張り付いてもらうわけには。
「いや……そうか、今日からは監視になるから」
「うん。ずっとここにいる。要人護衛の会議も後で内容を共有してもらうから、出ない」
「……労働賃金は」
「当然青宮廷から出ている」
「……よし!」
それで行こう!!