女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三十四話「曲げわっぱ」

 あまり知られていない技術かもしれないけれど、木というのは縫うことができる。

 縫い糸に使うのは樹皮。糸というには太すぎるそれは、けれどだからこそ元の形に戻らんとする木を縫い留める耐久性を有す。

 本来であれば目通し錐という……なんだろう、彫刻刀かカッターナイフのような形状の錐を使うのだけど、そんなもの無いので結衣(ジェイー)の霊廟にあった刀剣類から手頃な短剣を拝借し、それを使っている。

 

「……むぅ。儂にはいまいち理解できぬ。娘子のその"木材遊び"が、どうして混幇(フンバン)の壊滅に繋がる?」

「まぁ見てなさいって! 私だって最初は一切理解できなかったし、今もまーったくわかってないけど、実際この子は私の抱えてた問題を解決してみせた! つまり大丈夫ってことよ!」

「鬼であり暴君であるお主の保證(バオヂョン)ではなぁ」

 

 保證。太鼓判、みたいな意味だ。

 

 そう、今やっているのはまたも工作。青清君(シーシェイクン)のもとというか、青宮城(シーキュウジョウ)にいた時からは考えられない速度でモノ作りをしている。

 

 顛末と現状をさらっと述べるのならば、州君と鬼という過剰戦力を前に何もできなかった灯濫会(ドンランフゥイ)の人々。そしてどちらも敵には一切の容赦がないから、それはもう人が死ぬ。それはもう。

 で、私の中の最初の鬼子母神(グゥイズームーシェン)がやってくれやが……やってくれた「力を与える」とかいう奴のせいで、精力剤でも飲み干したかのような興奮状態にあった赤積君(チィジークン)と、何か使命感……というか、「親に悪いことをしていたのがバレた子供が信頼を回復しようとしている」みたいな結衣の働きにより──アリの巣のように張り巡らされていた灯濫会の保管庫は消滅。

 見事、証拠も情報も何もかもを瓦礫の下に圧し潰し、輝術師(情報源)もまた全滅させてしまった。

 

「なに、構わないぞ赤積君。手掛かりとなるものを全て山肌の下に埋めたのだ、それをお得意の輝術で掘り起こすでも、あるいはまた徒歩(カチ)で捜査をするのも。私はお前を止めはしない。捜査は足でするものと昔から決まっている」

「そうよそうよ! 別に残ってほしいなんて言ってないし!」

「……お主はなぜ娘子にそうも同調しておるのだ。お主の問題……この霊廟に多数出現していたという幽鬼。それはもう出なくなったのだろう?」

「それは……そうだけど。でも、だってこの子……」

「……」

「な、なんでもない! 別にいいでしょ私が誰といたって誰に同調したって!」

 

 結衣もよくわからん鬼である。

 別に今の場面、「この子鬼子母神だし」とか言ったって良さそうなのに、なぜか弁えているというか、情報は漏らさないようにしているというか。

 気のせいでなければ先程から私をチラッチラと見ているし、気のせいでなければ周囲……特に外の方をめちゃくちゃ気にしている。……鬼子母神の不利になることはしない……というのがあるのだとして。……ああ、桃湯(タオタン)か。余計なこと言って怒られるのが嫌なんだな。

 

 と、まぁそんな感じで結局立ち去らない二人を背に、作業を進める。

 

 これまた霊廟に無造作に置かれていた鍋で煮た檜。火は自前……ではなく、赤積君につけてもらった。別に赤だから炎が得意ということはないらしいけど、火は人間が簡単に怯むので戦の道具として便利でよく使うとかなんとか。

 水は海水。だから煮沸が必要だったけど、それもぱっぱと終わって、今煮終わったところ。

 

 予め作っておいた「底」に合うように、鋸の持ち手でグリグリと曲面加工を入れながらこれを整形。硬くなってきたらその部分以外を湯に浸けて煮て、出して形を付けて、を繰り返す。乾燥は赤積君にやらせる。やっぱり輝術便利過ぎてな……。

 形ができたら、冒頭でやっていた樹皮縫いの出番。丸めて重ねて、その部分を樹皮で縫い留める。樹皮もまた短剣でできるだけ滑らかにしておくことを忘れない。

 あとは底や側面とほとんど同じ工程で蓋を作れば。

 

「ふぅ。……まぁ、形にはなったか」

「終わったのか?」

「ああ」

 

 所謂曲げわっぱ、というもの。米櫃、あるいは単に弁当箱としての使用用途のあるこれ。

 何故これを作ったのか。

 

 ──考えたのである。もっとシンプルなものを作ったら、もっとシンプルに解けるんじゃないか、って。

 

 弾き猿における「符合の呼応」はしっかり存在していた。弾みで厄を上に弾き去るから弾き猿。

 薬物による昏睡で幽鬼が上に飛び、意識だけ戻るのが灯濫会の「商品保管庫」。彼らがなぜ結衣の霊廟に来ていたのかについては──まぁ、単純な話。

 

 自分たちが暗い地下に閉じ込められているのだ。

 救いを求めるのなら、上だろう。

 

「さて」

 

 木鷽と曲げわっぱ。

 まだ呼応していないこれら二つと、現実をこじつける。

 

 曲げわっぱの方は本当にシンプルだ。箱である。開く。木製。そして、「本来曲がらないものが曲げられ、縫い留められている」という性質を有す。

 本来そうでないものがそうなり、そこにある。──なんと聞き覚えのある話だろうか。

 

 思えば木鷽もそうだ。

 良くない現実を嘘にしてもらう。ゆえに木鷽を祀る。

 

 どちらも同じことを指しているようにも見えるし……同時に。

 

「赤積君、結衣。無学な平民に少し教えてほしいことがある」

「む、なんだ。申してみよ」

「昔の知識で良いなら教えてあげなくも……あげるわ!」

「各州には、州ごとに土地があり、州境も決まっているだろう? あれはどのようにして決められている?」

「基本的には元から決まっているだけよ。ああ、だから……ちょっと……待って。言葉を選ぶわ」

「決められているも何も、そこからそこが何州で、そこからそこは何州と、初めから決まっておる。戦をしたところで土地が奪えるわけでもなし、州における土地の在り処を決めた者などおらん」

「莫迦ね、そういう話じゃないのよ。……あー……でも私の知っている話も信憑性は微妙、か。……ううん、そうね。初めから決まっている()()()()()()()()ものよ。……これで……伝わる?」

「ああ、ありがとう結衣。私が聞きたかったのはそういう話だ」

「ふふん! 平民のお馬鹿さんの言葉足らずな質問でも、全てを汲み取って答えてあげるのが大人というものよね~! ね、今代の赤積君?」

 

 今代の?

 ……って、ああそうか。州君はそれぞれ名前があるんだった。そっか、青清君、赤積君、黒根君(ヘイゲンクン)緑涼君(ロクリァンクン)は役職名のようなものか。……じゃあ今は聞かないだけで、黄州(オウシュウ)にもあると……。

 と、関係ない思考はカットしよう。私の脳許容量はそこまで大きくない。

 

 だから、聞きたいことは。

 

「今までで、それが覆された事例はあるか?」

「だから、戦でもなんでも、それが変わることは無いと」

「あるわ。そして──私が、当事者」

「……ここ、か?」

「ここも、よ」

 

 良い。良い調子だ。

 手がかりが途切れない。必ず糊代がある。

 私は私自身の推理力になど欠片も期待していないけど、天遷逢(テンセンフォン)の間における直感だけは別だ。

 それが、今のところ間違っていない、と言っている。……怖いのは時間を計る術がないせいで、いつ天遷逢が終わるのか、はたまたもう終わっているのかがわからない、ということ。

 早急に懐中時計をだな……じゃなくて。

 

「ここ以外だと、どこだ」

「青州、黄州、赤州の州境が重なる場所。すっごく簡単に言うと──私が討伐された場所、かしら?」

「ああ……碑のある場所か。確かに言われてみれば、あそこだけ州境が歪よな……」

「言われてみなければ気付かないからあなた達人間はダメなのよ! その点私は」

「私も人間だが?」

「……まぁ! いいじゃない! それで、目的地はそこね? さ、行きましょ。私の廟の掃除をしてくれたお礼よ、最後まで手伝ってあげる!」

 

 嘘こけ。

 私の中の鬼子母神が出てきていなかったら、よくやったわ、で済ませようとしてただろ。

 わかるんだぞそういうの。

 

「待て待て。確かにお主の言う通り、そこは州境が覆された場。だが、それこそお主の言う通り黄州の土地だ。仮にそこに混幇の本拠地があるのだとしても、赤州が干渉することは不可だろう」

「それが……なに? なんで私が赤州の規則に縛られなきゃいけないわけ?」

「む」

 

 押し黙る赤積君。

 そう、別に結衣は赤州の鬼というわけではないので、何も関係ない。……私は……ちょっと関係ある、か? 青清君のお気に入りとして認知……というか帝に顔を覚えられているだろうから、鬼と一緒にいると……。

 えーと、虚無笠の編み方ってどんなだっけな。今潮に貰ったのは焼けちゃったからなぁ。

 

「では、儂がここで娘子の木材遊びを待ち、輝術による手助けまでしてやったのは、なんのためだったと」

「知らないわよそんなの。勝手に期待して勝手に失望して勝手にこっちの行動制限までしようとして。流石は赤州の州君! 私の代から全然変わってないのね~」

 

 凄い、煽るためだけに自虐を絡めた。無敵かこの鬼。

 

「私のこの"知"は天遷逢の間しか保たん。早く決めろ人間」

「そうよそうよ! っていうか、もういいでしょ、無視していきましょ? この男なら、穢れの痕跡とか辿って来れるだろうし、早く行かないと朝になっちゃうわ」

「ああ、では行こうか、結衣」

「はーい!」

 

 ……まぁ大したこと言ってないから許したけど。

 こう、表出する前に許可取るとかできないの? 困りますよぉ、ちゃんと手続き踏んでもらわないと! お役所たぁ言え、こっちも仕事なんでねぇ!

 仕事でも役所でもないが。

 

 

 高速飛翔の後、そこへ辿り着いた。

 

「よ、っと……。……うわ、なっつかしい!」

「空き地……? 植林がされていない……というより、これは……土、じゃない?」

「私が討伐された時はねー、ここにこーんなにでっかい山があったのよ。黄州の兵士の死体の山!」

「……まさかこれ、腐肉……いやいや流石に時が経ち過ぎているから違うだろうけど」

 

 あ、そうだ。それと。

 赤積君がいないから聞くけど。

 

「討伐された、というのはどういう意味だ。お前、ここにいるじゃないか」

「もちろんされたフリよフリ! ほら、私はいつに鬼になったかわからない、って話したでしょ? だからねー、結構長い間州君やってたんだけど……当然歳を取らなくて。それで、段々おかしい、って話が上がってきて」

「鬼だと露見した、か?」

「する前に殺されて、鬼として復活した感じにした、が正しいかな? 桃湯も協力してくれたし、他の鬼達も面白そうだからって集まって来てて、私の最期をお祭りにしてくれるんだ、ってはしゃいだのを今でも覚えてる。各州から人間をこーんなに用意して、全部食べていい、なんて夢みたいでしょ? アハハっ、鬼は夢なんか見ないんだけど!」

 

 ……まぁ何千年と前の話だ。その話如何は私にはわからん。判別不可。

 そんなことより。

 

「ここが"縫い合わされた場所"で、且つ"本来そうでないものがそうなっている場所"なのだとしたら……」

 

 また地下か。あるいは輝術か。

 おい、直感。教えろ。

 

 ……。

 ……出て来いというと出て来ない。どうでもいい時にはやたらと出ようとしたがる。成程、私が依り代となったのも納得だ。

 共通項じゃないか。無能な働き者は厄介ごとばかりを引き寄せる、なんて。

 

 一応、空を見る。

 まだ月と太陽は出たままだ。……だけど、月がそろそろ太陽との重なりを失くしそうな頃合い。そこにどこまでの意味があるかはわからないけれど、なんとなーくそれが天遷逢の終わりな気がしてならない。

 

「ねぇ」

「ん? 何か見つけたか?」

「そうじゃなくて。あなたはあなたでいいけれど、今はあの方に代わってくれない? 大丈夫、あなたがしてほしいことはやってあげるから」

「断る。あと、面倒で訂正し忘れていたが、それは勘違いだ」

「勘違い? なにが?」

「混幇の壊滅など、私のして欲しいことに含まれない。私は別にその組織に何をされたというわけでもないからな」

 

 そうだ。

 青宮城の外壁に盗聴用の穴を空けたのが混幇である、というところまで確定的な証拠があるならともかく、今の私にとっての混幇は「遭難先が直面していた問題の一つ」でしかない。だから私は赤積君を急かさなかったし、二人に対してついて来てくれ、とも言わなかった。笈溌(ジーボォ)の本体がここにいるという直感があるわけでもない……というか、いないような気がしてならない。そっちの方が直感の囁く真実だ。

 結衣を伴ってここに来ることになったのは、なぜか最初の鬼子母神がコトを急いたから。私の与り知る話ではない。

 

 人間に興味がないという鬼子母神が混幇を滅ぼしたがる理由もよくわかっていない。人工的に鬼を作る愚か者を殲滅する……という彼女の言も、ずっと「なぜ?」が付き纏う。桃湯、今潮(ジンチャオ)もだけど、なぜそうも人工的に鬼を作ることに拒絶反応を示すのか。

 倫理観、なのだろうか。鬼なりの。いや私だってあれを気色悪いとは思うけど、でもそれだけだ。

 

 ……ダメだな。

 わからないことを先延ばしにした結果があの暴走であり、今の状況だ。

 

 聞くか。素直に。

 

「結衣。人工的に鬼を作ることの何が──」

 

 足音。風を切る音。そして、張り詰めた糸の跳ねる音。

 避けるとか、トンカチで防ぐとか……無理だ。私は戦闘者じゃない。この不意打ちは反応できない。

 

 赤。

 

「……はぁ。これは、あとで陽弥(ヤンミィ)の坊主から文句が届きそうだな」

 

 血……じゃ、ない。

 赤い直垂(ひただれ)……赤積君の大きな背中だ。

 

 彼の眼前からぼとぼとと落ちるは矢。

 

「……内通者の付き人に似て、遅い登場だな()()

「口の減らぬ娘子よ。助けてやったのはこれで二度目だというのに、まだ言うか」

「ああすまん、幻覚だったな。今度は良く見える」

「あら、結局来たのね。だったら最初から来たらよかったのに」

「人間にはしがらみが多いのだ、鬼。……で? 娘子、この者達は何者だ」

「お前にわからなかったら私がわかるわけないだろう。混幇や睡蓮塔(シュイリィェンター)の連中、とかではないのか?」

 

 この者達、と赤積君が顎だけで示した人影。

 結衣討伐の碑のある広場を囲う林。その中にいる──無数の、弓や剣を持った人影のことだ。

 

「混幇は五色を混ぜ込んだ生地の上から赤を両肩に付けた羽織を纏う。儂には奇抜な格好にしか思えぬが、それが奴らの誇りらしい」

「成程色物集団」

「睡蓮塔は知らぬ。奴らが姿を見せたことは一度も無い。ただ、口の軽い莫迦者共がたまに口にする、遥か昔から存在する薬物密売組織……少なくともこのような場に出てくる者達ではなかろう」

「そうか。長い前置きご苦労。で、こいつらは?」

「むぅ。……鬼。結衣。お主は何か知らんのか」

「え、今私に振るの? 人間の問題でしょ? ……知らないけど、あなた()と一緒の陣営にいるところ見られても良いワケ? 私一応気にしてあげたんだけど」

 

 あ。

 ……ちなみに私は運ばれている間に急造した超簡易虚無笠を被っている。背丈でバレそうではあるが。

 

「構わん。幼子の頭蓋を矢で砕かんとする者など、どうせ悪しき者ぞ。何より──帝の兵なら、儂の姿を知らぬはずがない。だというのにこれほどの殺気を叩きつけてくる相手だ。紛う方なき敵であり、紛う方なき目的の相手であろう」

「つまり……相手から出て来てくれた、ってこと? 良いわね、人間はいつもそうしてほしいものだわ! 探すの面倒臭いし!」

「一応釘を刺すが、一人は残せよ。特に情報をもっていそうな奴は。あと、逃がすなよ」

「ブァッハッハッハ! 儂がここに来た時点で、周囲二公理(km)から逃れられんよう風を固定してある。抜かりはない」

「そうか。手が早いのも付き人似だな」

 

 言えば、がっつり拗ねたような目線を送ってくる赤積君。前を見ろ前を。

 

「……ねぇ、なんでこいつら攻撃してこないワケ? 初撃は不意打ちだったんだから、会話中にだってしてきそうなものなのに」

 

 ふむ、確かに。

 赤積君が輝術で固めている……と言うわけでも無さそう。

 

 なんというか。

 指示を待っている、みたいな。

 

「別に構わんだろう。意思なき人形だろうと、敵は敵。さて、儂はあちら側をやるから、お主は」

「ヨクネぇよ。コレだからチィシュウはイヤなんだ。リセイテキなカイワがデキねぇ」

 

 うだー……苦手だー、この声。

 虫の軋りで作る合成音……。もっとジャミジャミしててくれたら現代日本人として聞き慣れのフォーマットがあったものを、なぜ虫でそれを再現しようとしたのか。

 BUGLOID……いや、捩るならBEETLOIDとかか。甲虫限定になるけど。

 

「なんだ……この声は。不快な」

「前に話しただろう。虫遣い。笈溌だ」

「……どいつが、だ?」

「ヒヒヒッ! サスガはタンジュンアタマのチィシュウ! ホンタイがココにイルワケねーだロ!!」

「ねぇ、もしかしないでも赤州の括りに私もいれてない? 私、赤州に住んでるだけで、赤州に属しているつもりは全くないんだけど」

「オレはヒトコトもイッテネーよ。おマエがそうオモッテルからそうカンジタんダろ!」

「あらそう? なら良いけど。単純頭なのはこの男だけだから、一緒にしないでほしいわ」

「ふん。お主が単純頭でないのなら、この世には智者しかおらんだろうな」

「何よ。喧嘩売ってるの? 全然買うけど」

「儂は事実を言ったまでよ。だが、喧嘩だというのなら儂も気乗りしようというもの」

 

 ……これがなー。

 ライバル関係、とかなら……「じゃあどっちが多く敵を倒せるかで勝負だ!」になるんだけど。

 こいつら多分、敵そっちのけで喧嘩し始めるだけだからなぁ。

 

「ヒヒヒッ! ナカマワレか! イイぞ、それなラ──」

「私は前に、耳障りだと言ったはずだ。──理性的な会話を望むのならば、早めに済ませろ。私は可能な限りお前の声を聞いていたくない」

「……シツレイなガキだ。シツケのナッテねぇガキ。だがオモシレぇコトに、このバじゃ、おマエがイチバンハナシのツウじるヤツだ!」

「ああ、そう受け取ってくれて構わん。で、なんだ。どんな会話が望みだ。ああいや、時短で行こう。私達と何を取引したい? この地を調べて欲しくない、あるいは壊して欲しくない、か?」

「……ナンダ、おマエ。ジンチャオのムスメじゃねぇにシては、ロンチョウがアイツとニスぎだろウ」

「耳障りだと言ったはずだ。くだらない話題逸らしはやめろ、笈溌。──何が望みで、何を交渉材料とする。ああだが、確と見極めろ。足元を見ればそこで終わりだ。お前が求むるコトに足る代価──足りない頭で考え尽くせ」

 

 もうすぐ天遷逢が終わる。

 けど……直感など、鬼子母神など。

 

 初めから、私には要らないものだ。

 私にあるのは、詭弁とこじつけと捏造と。

 

 何よりも──根拠のない、絶大なる自信。

 私はお前に(まさ)っているという余裕。

 

 持ち得る手札はそれだけでいい。

 

「フンバンとシュイリィェンターは、ドンランフゥイをキりスてる。そしてチィシュウからスベてのテをヒく。これがオレのタチバでダせるサイダイゲンのコウショウザイリョウだ」

「ほう。それで、何を望む?」

「ナニをノゾむにもタりねぇんだロ? ──ダカラ、トリヒキはコレでオわりダ。オレたちのテッタイセンゲン。チィシュウにオけるカツドウのテイシ。──ここにイるヤツらもトチも、スきにシラべていいぜ。ドウセナニもデてコないけどなァ!」

「異なことを言うものだな。混幇とは、赤州に帝としての権威を取り戻さんとする団体の名残、ではなかったのか?」

「ナカミがカワったんダ。モクテキもカワる。……ジャアな、キショクのワルいガキと、タンジュンアタマドモ!」

 

 直後……ばたばたと、周囲にいた影たちが倒れ始める。

 まるで吊るし糸の切れた操り人形のように。

 

「えーっと……なに? 結局私は何をしたらいいの?」

「何もしなくていい。もう話は終わった」

「……あ、そう。……こいつらは?」

「恐らくは、薬物で自我を抜かれた人間。どうだ、結衣。お前から見て、魂は美味そうか?」

「全然。なんならその辺の平民よりまずそう」

「だ、そうだ。赤積君、鬼も混幇もこいつらを要らぬという。調べるには丁度良く、混幇も赤州全域から撤退するというのだから、そんなに嬉しいことはるまい?」

「なんだ娘子、あの耳障りな声を信じたのか? 奴らは悪しき者よ、真ばかりを言うものではないぞ」

「莫迦を言え。嘘を吐いていたらわかるし、約束を反故にすれば己や己の組織が辿る未来も見えている。あれはそういう手合いだ。蜥蜴(シーイー)の自切に何の躊躇いもない。──実際、もう実験は終わっていたのだろうからな。奴らにとっても奴にとっても、螺孜(ルゥォズー)を始めとした質低下の激しい灯濫会の連中など不要だったのだろうさ」

「……何の根拠があって、それが言える」

「私の口から出た言葉だ。──それ以上に理由が必要か? ……無論、必要だと思うのなら、お前は探し続ければいい。既に無い蜥蜴の尾の根をな」

 

 あっさりし過ぎているし。

 拍子抜けだろうけど。

 

 これが、結末だ。赤州で起きていた全て──マフィアや人身売買、薬物密売なんていう巨大すぎて規模感の掴めない事件。

 

 ──厄介ごとを、嘘のように無かったことにしてしまう。

 木鷽による「符合の呼応」。

 

 であれば、無かったことにしたのは、いったいどの神なのか。

 

 

 

 私、消化不良です! という顔の結衣は、けれど「今度! 次! 次こそ何かお礼するから! じゃあね、……えっと、平民のお馬鹿さん!」と言って去っていった。

 そういえば名乗ってないんだっけ。名乗ったっけ? よく覚えてない。……天遷逢が終わったからか、高揚感も全能感も消え去っている。

 

 いやー。

 ……大立ち回りが過ぎるだろう。相手マフィアだぞ。今まで相手にしてきたのがほとんど害のない幽鬼で、一部凶悪なのもいたけど基本安楽椅子探偵というか自室で完結するようなことばかりで、いきなりマフィア!? いやいや。

 全然心のブレーキ利いてない。怖い。次の天遷逢がいつなのかは確認しなきゃなぁ。

 

「釈然としない、という顔をしているな、赤積君」

「む……。まぁ、それはな。儂の生涯を賭してでも駆逐する……そういうような……なんだ、儂が犯した過ちへの悔悟があったのだ。それが、こんなにも早く、となると……持った熱をどこにぶつければいいのやら、と」

「そうか。頑張れ。で、約束は守れよ」

「無責任な、と言おうとしたが、責任などそもそも無いか。……それで、約束とはなんだ。儂とお主は、何か約束をしたか?」

「無条件で私達を青州に返す、という約束だ。忘れたとは言わせないぞ」

 

 最初も最初の約束。

 有言はしっかり実行してもらわないと。

 

「ああ、まぁ。そうだな。今伝達するか。ここからなら届く」

 

 ……待て。今ほとんど流れで言ったけど……私帰れる……のか? 帰って良いのか?

 敵……敵だよな私、流石にもう。ほぼ鬼じゃん。

 あ、えーっと……どうするか。逃げる……? どうやって? じぇ、結衣ー! 今お礼をだな!

 

 どうしようか、どうしようかと迷っている内に──眼前へと降り立つ存在があった。

 青い着物。鮮やかな青の着物に紫の帯。

 

 咄嗟に虚無笠を深く被る。

 

「ど、どうした青州の。そこまで急がずとも儂が」

「祆蘭!!」

 

 う?

 ……抱きしめられた? あ、笠も取られた。

 

 ……そのまま圧し折るつもりか。流石に命数尽き果てたかこれは。

 

「良かった……良かった、無事で……ああ、良かった……!」

「ぶ、無事? 無事……も、何も。私が……青宮城を」

「いい、今は良い。……輝霊院の行方不明者を見つけ出し、奴らの意識がない間、単身、赤州で生き延びた。無事に……無事で、いてくれた。今はそれだけで良い。その事実だけで良いのだ、祆蘭」

 

 う……あー。

 捻くれている。これは。私が捻くれている。

 ここで……その抱擁を受け入れるのが筋だろう。普通は。

 感動の再会、罪の赦し。

 

 ああ、でも。

 

「……青清君」

「……」

「ダメだ、それは」

「……何がだ」

「あんたは、そうなのかもしれない。だけど……私は、青宮城の皆を攻撃した。あんたは州君として、まずすべきことがある。私という罪人に対して、やらねばならないことがある」

 

 ダメ、なんだ。

 私は許されてはいけない。罪には罰が必要だ。

 愛情だの、親愛だの、色恋だの。

 そういうもので──全てが許される世界であってはいけない。

 

 その幸福を、私は享受できない。

 

「判断できぬのなら、判断材料を追加しよう。私は青宮城にいた頃から、鬼と密談をすることが何度かあった。黒州、赤州においても鬼を見逃すどころか、鬼と行動を共にすることが多々あった。……人間でありながら、鬼と共に在らんとするのは……罪だろう」

「……私は州君だ。宮廷の規則になど縛られぬ」

「その道を辿った先で鬼となった者を、この地で見た」

 

 ルールというものを何故守るのか。

 ルールに守ってもらうためだ。

 

 州君という存在が如何に浮世離れしていようと、如何に絶大な力を持っていようと。

 人間である内は、人間でいる必要がある。人間の側でいるために。

 

 そして、それは私も同じ。

 

「決めろ。下せ。──裁決を。私という裏切り者に対しての、処遇を」

 

 それがもし、できないというのなら。

 

「あんたが決められないなら……私は私の意思で、青宮城を出るよ」

 

 それが、私の。

 

「──祆蘭」

「なんだ」

「お前が初めて青宮城に来た時……あの物置を、罪人の拘置所だと言っていたな」

「……ああ、そんなこともあったな」

 

 懐かしい話だ。まだそんなに経ってないのに。

 これは……ファンタジー知識で茶々を入れるなら、回想シーンが流れる場所か?

 

「赤積君。問いがある」

「お、おお。儂は忘れ去られたものかと」

「この娘は祆蘭という。私のお気に入りだが、身分はただの平民だ。──して、この者が赤州に入ってから犯した罪、考えられるだけ全て私に送りつけろ」

「……ははぁ、なるほど。それなら腐るほどあるぞ。ブァッハッハッハ、なんせ不敬と無礼の極みのような娘子だからなぁ! ……ほれ、今思い付くだけでもこれだけあったわ!」

「……ああ。確かに受け取った。──さて祆蘭、お前に処遇を言い渡す」

 

 色々あったなぁ……。

 で、なに?

 

「あの物置。お前に貸し与えていた倉庫だが、お前の罪を考え、剥奪する。そして、かつてお前が勘違いしていたように、そのまま拘置所として使う。──祆蘭。お前は罪人だが、罪が定まるまでは刑を執行できぬ。ゆえ、あの拘置所で勾留する」

 

 ……ん?

 

「お前の望み通り、明日から罪人だ。監視もつける。自由は無いと思えよ、祆蘭」

 

 ん?

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