女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三十三話「弾き猿」

 その幽鬼曰く──「自分たちはどこか暗い場所に閉じ込められている」と。

 

 意識のある生霊。彼は「時折ここに来る夢を見る。夢なのだと思っていた」と言っていて、少なくとも意識的に幽鬼になったわけではなさそうな感じ。

 聞き取りでわかったことは三つ。

 一つ、集められた人間は何かの区分で管理され、その区分以外の人間とは会話することもままならないこと。

 二つ、恐らく食事に毒が入っている。食後、すぐに意識が遠のいて、起きた時に別の場所にいることがよくある。ただし食べなければ餓死する程度の量しか与えられていない。

 三つ、己と同じような夢境にある者を他に見たことがない。何かの間違いで己の意識は保たれているが、いつ他の者と同じにされるかはわからない。

 

 それを聞き終えた後、幽鬼は眠りに就くように目を閉じた。恐らく肉体側が起きたのだと思われる。

 

「で、どう? どうにかできるの?」

「情報が足りない。……結衣(ジェイー)、この付近に、この霊廟と同じか、それよりも大きい構造物は存在するか?」

「さぁ? 見たことはないけど……それがわかったら、これは消えるの?」

「幽鬼は区分けされて管理されている。その区分け以外の人間と会話できない、ということは、牢の一つ一つがかなり離されている証拠だ。まぁアイツ以外意識がないだけかもしれんが、同じ牢の奴とは話せていた辺り……」

 

 いや、意識レベルの区分だとしたら?

 それだと……話は変わってくる。

 

 でも。

 

「この人数を収容できる施設だ。巨大でなければおかしかろう」

「死体置き場に重ねられてるとかじゃないの?」

「お前が思っているより人間は重い。下にいるものは割合簡単に圧死する」

 

 だけど、根本的な問題は、「なぜここに幽鬼が現れるのか」、だ。

 何か縁のある場所……突飛な発想だけど、実は混幇(フンバン)らの崇める偶像が結衣のことで、経典を流し込まれているからここに来る、みたいな。

 それくらいじゃないと「見たことも無い場所」に幽鬼が現れる理由にならないと思うんだよな。

 

 ……まぁ、とりあえず、か。

 

「結衣、何か木材など余っていないか」

「そんなの山からとってくればいくらでもあるけど」

「何本か取ってきてくれ」

「……えっと、それが幽鬼を掃除するのとなんか関係あるわけ?」

「ある。取ってきてくれないなら良い。自分で行く」

「……。……これで解決しなかったら、承知しないから」

 

 消える。

 ……消えたな。やっぱり転移? いやいや、この世界は一応……でもファンタジーだしSFだし……。

 わ……からんな。

 

 結衣が帰ってくるまでの間、少しこの霊廟を探索する。

 

 最も多いのは茶碗類。そこかしこに散乱しているが、これは結衣に供えられたもの、だろうか。

 この世界の歴史に詳しいわけではないので何かを算出することはできないけど、形は天目形と呼ばれるものだ。あれね、豆電球のソケットみたいな茶碗。

 生前の結衣は茶を嗜んだとか、そういうこと? あんな……チャラい奴が?

 ……いや、鬼になってから理性がぶっ飛んだ可能性もあるか。

 

 他にも高そうな陶器や……刀剣類もある。

 武器に丁度良く、はない。刀剣については素人も良い所だし、何より重い。九歳を舐めるな。

 

 やっぱり工具が身の丈に合っている。トンカチとか、頭が重いから私の膂力が低くても威力出るし。鋸はもう武器みたいなものだし。

 そして重宝するのが錐なんだよなー、とか。

 

「はい、木」

「……お前いつ帰って来たんだ」

「そりゃ今だけど」

 

 足音がしなかった。……まさかこいつも桃湯(タオタン)と同じで足が……いや普通にあるな。

 

「何突っ立ってるのよ。早く解決しなさいよ」

「あ……ああ。少し待て、まだ時間がかかる」

「えー」

 

 結衣が持ってきた木材は様々。同種を採ってくるという発想は無いらしい。というか切ってないなこれ折ってるな。

 竹がある……から、竹から着手するか。

 

 赤べこを作った時の「符合の呼応」で、私が赤べこを作ったから天然痘っぽいものが出て来た、とか考えたけど、よくよく考えたらそんなはずがないわけで。

 そして癪だが今潮(ジンチャオ)が私に言った「本能に従え」という処置から生まれた鳴り独楽。実際「符合の呼応」に使われることは無かったけれど、直感を信じるのなら、あそこで青清君が嵐を起こしていたら「どこか一か所だけ雨風を吸い込む場所」ができていたはずだ。そこが出口の一つだったと予測される。

 ……あるいは私という独楽に呼応してあの小屋が音源に……。まぁもうわからんが、つまりは。

 

「今からつくるモノは、予兆である」

「?」

 

 一種の占いのようなものだ。

 私の意思で作っていると言い切りたいこれら工作は、けれど鬼子母神(グゥイズームーシェン)や星々といったなんらかの者の介入があるかもしれない。

 ただ、一応今まで全て解決に導いてくれているので、明らかにヤバそうなブゥードゥー人形とか作りそうになったらブレーキかけるけど、縁起物を作ろうとするこの思考はそのままにしていいと思っている。

 

 

 まず、竹を長め細めに切って軸にする、その先端に元来の竹の先端、一番細い円筒部分の腹を刺す。両脇から麻糸で縫った布を垂れ下げ、旗に。

 似たような円筒の竹をあと二本切り落して、他は素材に使う。

 麻糸を二重螺旋に織り込んで、それを編んで編みぐるみに。形はちょっとぼんやりとしているけれど、一応猿の形。

 これを円筒の竹に縫い付けて、軸竹に通す。

 次に素材用の竹をダンベル状に切って後ろ向きに反らせ、ダンベルにおける錘部分に穴を空けて軸竹を通す。

 最後に残った円筒の竹を軸竹の根元を覆うようにすれば──はい。

 

 弾き猿の完成である。

 

「……なに? これ」

「私なりの解決法だ。詳しい説明しても興味ないだろうお前」

「そうだけど……」

 

 次、檜っぽい木材を30㎝くらいになるまで切って、太さも500mlペットボトルよりちょっと太いくらいになるまで切る。

 そこから、まずは大体でいいので六角形になるよう形を整形。前面(顔)に定めた二面以外の面を鉋で削り、削り切る直前で止める、を繰り返す。どうしても干渉してしまう部分は鑿を使ってギリギリまで削り、削れた部分がロール状になっていけばOK。

 横ロールの権化みたいなものが出来上がったら、前面に定めた二面に鳥の顔を描き、首元を削って……OK。

 

 木鷽と呼ばれるものだ。

 

 今回作ったのは、どちらも厄除けのシンプルな民芸品。

 弾き猿は「疫病を弾き去る」、木鷽は「良くないことを神様に嘘にしてもらう」という意味がある。

 ただこの世界の神なりし者は微妙に信じ切れない……が、私の考察が合っていれば本当の意味での神なりし者は輝術側なので、多分大丈夫……なんじゃないかな。

 

 では。

 考えタイムだ。

 

 シンプル&フラット。

 難しく考えないで良い。私が作ったこの二つが、何を意味するか。

 

「はずみで……上に。厄を……」

 

 びょーんびょーんと、弾き猿を弾きながら思考を巡らせる。

 ……。

 

「結衣、お前……なぜ霊廟が作られた?」

「え、いきなり何?」

「私は無知で無学だが……山の中に霊廟を作るほどの州君を他に知らん。それとも普通なのか、こういうことは」

「そんなわけないじゃない。州君が死ぬごとに霊廟なんか作ってたら、すぐに土地が足りなくなるし」

「ということは」

「ええ、ここは私を鎮めるために作られた廟。州君だった頃、相当やったのよね。色々」

「……例を挙げると?」

「他州侵略! 逆らった者は磔の刑! 子に親を殺させて、親に子の血で子の絵を描かせる!」

 

 ……理性ぶっ飛んでるなコイツ。

 いや、今まで会った鬼の中で一番鬼らしいっちゃ鬼らしいが。

 

「それを、人間の頃から?」

「さぁ? 私、自分がいつ鬼になったのか覚えてないのよね~。州君と呼ばれてた時代から既に鬼だったのか、この霊廟が作られてから鬼になったのか」

「でも、さっきは人間だった頃がどうとか言ってただろ」

「それは州君になる前の話。何千年も前だから詳しいことはぜーんぶ忘れちゃったけど、一応ちゃんと人間で、貴族だったはずよ」

 

 そういうことも……あるのか。

 桃湯が言ってたっけ、そういえば。今潮のようなのは例外で、この世界のいびつさを理解しながら狂わずに鬼となった稀有な奴だ、って。私はアイツを狂っているとは思っているが。

 こいつは逆に、速攻で狂って……けど言動が()()()()()()()()()()、なんとかなってた鬼、なのかな。

 

「……なんにせよ、この幽鬼たちの本体の場所はわかったが」

「え、ほんと!? すごいすごい! 今ので何が分かったの!?」

「弾き猿だ。こいつはこうして……この竹を弾くと、猿が上に上がる。そして下にまた落ちて来る」

「うんうん、うんうん!」

「これは厄除け祈願の品でな。──つまり、弾かれると厄が上に行って、また下に戻るんだ」

「うんうん、うんうん! ……うん? さっきと言ってること同じじゃない?」

「だから、そのままなんだよ。あの幽鬼たちがいる場所、それは──」

 

 下品だけど、まぁ、鬼しか見てないし……親指で。

 

「この下だ」

 

 Good Luck !

 

 

 

 大量の瓦礫と共に、通路に降り立つ。……結衣が。

 

「うわ、ほんとにあった……いつの間に……」

「良い隠れ蓑だったんじゃないか? 過去に恐れられた悪しき州君。鬼となった州君。それを鎮めるための霊廟のある山。誰も近づきたがらんだろう」

「それで私の家にあんなのばら撒かれたとか、いい迷惑!」

「まぁお前が人間にとってのいい迷惑だったんだと思うが……」

 

 暗い通路。

 風の匂いが無い。かなり閉塞感のある場所だ。……し、多分海抜下。

 

「で、どっち?」

「幽鬼たちがいたのは方向的にどっちだ」

「あっち」

「じゃああっちだな」

「……適当過ぎない?」

「良いだろ適当で。違っていたら反対に行けばいい。迷ったらぶっ壊せばいい。鬼なんだ、人間の施設をそこまで気に掛ける必要があるのか?」

「壊し過ぎると私の廟まで壊れるじゃない!」

「そういう理性は働くのか……」

 

 まぁ、シンプルに行こう。

 

「弾き猿は基本真上にしか弾かれん。方向はあっちでいい」

「……どこから湧いてくる自信なのか知らないけど、間違ってたら」

「間違いはない。どの道この施設を潰さないと、現行組織が潰えても誰かに利用されてまた幽鬼が湧く結果になるぞ」

「あー。それは面倒臭そう。じゃあもう、手あたり次第破壊していこうかしら」

「上の霊廟が壊れて良いならそうしろ」

「……あなた否定しかできないわけ!? 私のやることなすこと──」

 

 結衣の口元に手を当てる。

 

 ──なんだ!? 今の物音は……あっちか!

 ──何かが壊れたか……はぁ、こんな深夜に面倒臭い……。

 ──どうせ実験体が何か騒いでるんだろうよ。投薬増やして終わりだ終わり。

 

 ……私のリスニング能力も上がって来たな。

 なんて慢心はしない。あり得ない。私は口の形を見て喋っている言葉を判断している。だから、今のは天遷逢(テンセンフォン)における鬼子母神としての知覚だろう。

 

「逃げ道は……まぁ、あっちしかないが」

「なんで逃げるのよ。食べちゃえばいいじゃない」

「ん、ああ。……そうか」

 

 私達が行こうとしていた方じゃない、反対側の通路の戸が開く──その瞬間。

 生暖かい暴風が吹いて……戸を開けた三人の男が倒れた。

 

「んー。まぁまぁね。薄味だけど、量は多い。毎日お腹いっぱい食べてる証拠。健康に気を遣ってる魂はお腹に溜まるから好きよ、私」

「一番美味いのはどういう魂なんだ?」

「食べちゃダメって言われたから食べないけど、食べなくてもわかる。──あなたは、絶対に美味しい」

「私はどういう魂なんだ」

「まず意志が強いでしょ? そして健康優良児。子供のくせに魂の大きさも厚みもとんでもなくて、色も不思議。州君みたいな輝術だけの中身すかすかな魂と違って、最後まで満足感のある魂……って、危ない妄想させないでよ! 今天遷逢なんだから、勢い余って食べちゃうでしょ!」

「一応、涎はかかった。汚い」

 

 結衣の服で拭いておく。

 

 降ろす、という発想がないのか、結衣は私を肩に乗せたまま行くべき方向へ歩き始めた。結構天井スレスレで怖いんだが。

 

「お前や桃湯のような強大な鬼でも天遷逢は酔うのか」

「そりゃね~。ほら、私達って……まぁ私は覚えてないけど、普通は神に見初められて肉体を捨てて穢れに染まるわけでしょ? だから、鬼になった後は基本的に神に見られる、ってことがないのよ。でも天遷逢の間はずーっと見られてるわけで、身体の中の穢れが活性化してもー大変! 早く終わってほしいわ、ホント」

「なぜ、天遷逢の時はずっと見られるんだ?」

「見えるようになるからに決まってるじゃない。何言ってんの?」

 

 ……。

 鬼になるための儀式は、あの紋様を用いてそれを拡大鏡とし、己を神なりし者に見初めてもらうことで穢れの意思を宿す……的な話だったように思う。

 それが、天遷逢の間ずっと、ということは。

 

 太陽か月の……どちらかが。

 

「あ、また人間……だけど、これ魂無いわね」

「牢の中にいる人間数人。ま、深く考えずともこいつらが幽鬼の本体だろうな」

「ああそうなの? じゃあ、えい」

 

 えい、と。軽く。

 結衣は……物言わぬ人間の心臓や首、頭蓋に穴を空けた。……爪、じゃない。死体の山を消した時の奴だ。削るみたいなやつ。

 

「別に殺す必要は……。まぁどの道か」

「必要不必要で物事考えてたら楽しく生きられないわよ? あなた、子供のくせにずーっとしかめっ面なんだから、もっと気楽に生きなさいな」

「そんな子供に親殺しをさせるのか」

「敵ならね~。赤州の民には優しかったつもりよ? 逆らったら一族郎党磔の刑にしてたけど」

「磔好きすぎるだろ」

「水も餌も与えずに磔にしておくと、水をあげなかった花みたいに枯れていくのよ。面白くない?」

「私は鬼ではないからその感覚はわからんが、桃湯から共感を得られたことはあるのか、それ」

「一回も無いわ!」

 

 ぶっ飛んでんな。

 

 ……ま、実際の話。

 ここに捕らえられているのは……食事後に仮死状態へ移行するほどの毒を盛られ続けている人間たちだ。

 殺さず救い出したとて、日常生活に戻れるかどうか。

 他者の生死の行く末を決めるほど私は偉くないが、だからこそ鬼という災厄に襲われたことを悲しんでくれ。……なぜ止めなかったのだと恨むのなら、また幽鬼となりて私のもとへ来い。

 

「あら?」

「ん」

 

 牢の中にいる人間を軒並み殺しまわっていた結衣だったけど、次の部屋の戸を開けた瞬間に停止した。

 私も思考から現実へ浮上する。

 

 ……これは。

 

「黒い輝術……輝夜術、か」

「なにそれ。……え、なにここ。……はぁ、輝術の影を使っているのね。馬鹿な事考える時だけ頭良いわよね人間って」

「輝術の影?」

「なに、わかんないの? こんなにわかりやすいのに」

「いや私平民だって言ってるだろ。輝術については素人だ」

「あ、そっか。……えーと、平民のお馬鹿さんにはなんて説明すればいいかしら。……そう、太陽ってあるでしょ?」

「ああ」

「太陽の光って、見えないでしょ?」

「……まぁやろうと思えば見えるが、普通は見えんな」

「まずそれが輝術なのよ。別に根源が太陽ってわけじゃないけど、輝術は光だから見えない。ここまではいい?」

「ああ」

 

 全然良くないが。

 光だから見えない。六億歩譲って良いとしよう。それが輝術とはなんだ。

 なぜ物体に干渉できる。

 

 が、話の腰を折るとコイツ多分話すのやめるから良い事にしておく。

 

「それで、これはその逆を利用しているの。えーと、ほら、太陽の光が当たっている場所は明るいでしょ? でも当たってない場所は暗い。逆に言えば、明るい場所なら見えない輝術を使っていて、暗い場所は見える輝術を使っている、ってこと。……ふふん、全然わかってないって顔ね! もう、私が輝術を使ってたのなんて遥か昔なのに、人間の方がわかってないとか……アハハ! おっかしいの!」

「要するに、輝術とは文字通り輝きの術であり、だから視認できない。が、この黒い輝術は輝いていない輝術で、だから視認できる。そういう理解で良いか?」

「あー、んー、お馬鹿さんにしては良い線行ってるけど……そうじゃなくて。──ほら、こんな風に」

 

 ぺろん、と。

 黒い輝術の表面、壁の部分を爪で剥がす結衣。

 そこには今までの通路と同じ材質の壁があった。

 

「ここの壁には輝術が施されてる。だから、"ここの壁"は見えないままに存在できる。でも見えている存在は"ここじゃない壁"になるの。……説明おーしまい! 平民だから理解できないなら、最初から聞かないこと!」

 

 確か……光の粒を残す輝術は、力量の低い、あるいは強度の低い輝術だったはず。

 州君らの使うような強度の高い輝術は見えない。見えないのが当たり前。でも実は……見方を変えれば、見えている力も同時に存在している……?

 なんか……宇宙物理学チックな話だな。「ここにこういう天体が無いとこの天体はこういう動きをしないから、ここには未知の惑星Xがあるはずだ」みたいな。

 

「まぁ、お前の方が詳しいなら、輝術は任せるか。それで、これは破壊できるんだな?」

「破壊するっていうか、だからこれは別にこの場所がおかしくなってるってわけじゃな……どうせわからないんだから説明させないでよ! もう!」

 

 爪が揮われる。輝夜術が切り裂かれる。

 そして──そこは。

 

「うっわ……。……え、気持ち悪……」

「これは……前も見たな。人工的に鬼を作るための……」

 

 ここも牢だらけ。

 だけど決定的に違うのは、その中にいるのが「一つのナニカ」であるということ。肉塊。そうとしか表現できないソレ。

 

「人工的に鬼を作る?」

「ああ。桃湯が怒ってたよ。鬼を利用しようとしている愚かな人間が云々、って」

「……これ、魂もないし……全部消して良いわよね?」

「構わんだろう」

「……なんであなた口を覆ってるの? 臭い?」

「前にこういう光景に遭遇した奴らがいてな。その腹の中に虫が入り込んでいたことがあった。恐らく微細な寄生虫で、これら肉塊からか、部屋に罠として仕掛けられていたか。なんにせよ口と鼻は塞いでおくに越したことはない」

「ふぅん。──人間って本当に愚かね。何がしたいんだかよくわからないわ」

 

 ざぁ、と。

 肉塊が……削れて消えていく。

 中にはまだビクビクと反応するモノもあったけれど、関係なしに。

 

「お前のこれは……なんなんだ? 音?」

「蝕、って言ってわかるかしら、お馬鹿さんは」

「……鬼もよくわからんな。鬼火だの音だの蝕だの、輝術と大して変わらんじゃないか」

「そう? 少なくとも私のこれは──ほら、見える?」

 

 指。……いや、違う。

 結衣の手に乗っているのは……半透明の身体をした、蟻のようなもの。

 

「虫食み。蝕、だと聞き馴染みないわよね。昔の奴しか言わないし。それで、その……敵? も虫を使うらしいけど、果たしてどっちの虫が強いかしらね~」

「この虫たちは、何を食って生きているんだ? 人肉だけか?」

「私の穢れだけど? 当然じゃない。桃湯の音だって穢れがなかったらただの弓だし。鬼火だって穢れを燃やしてるのよ? そんなことも知らないの?」

「ああ、すまん。私は莫迦なものでな」

「ふぅん。……ま、いいわ。こうやってちゃんと問題解決はできてるわけだし、無知でも無学でも莫迦でも、結果さえ残せたら充分でしょ。褒めて遣わす~」

「ははー」

 

 ところで。

 

「唯一話ができたアイツ、いなかったな」

「ああそういえば。肉塊のどれかだったか、死体みたいなののどれかだったか」

「顔は覚えている。肉塊でない限りは同じ奴はいなかった。肉塊は知らん」

「ま、なんでもいいでしょ。さーて次の通路次の通路」

 

 轟音と──灰緑色の、拳。巨大。

 

 それが、結衣の爪、その一本に止められる。

 

「鬼の肌……だけど。なに、私あんたになんかした? 同胞食べても美味しくないから面倒なだけなんですけどー?」

「──結衣、半歩下がれ」

「え、はい。……え?」

 

 直感に従い、威圧が漏れてしまった。

 刹那、先ほどまで私達のいた場所が……業火に包まれる。ぼと、と落ちる、鬼の拳の……表面。

 

「はぁ……踏んだり蹴ったりとはまさにこのことよ。お気に入りの店が混幇の下部組織で、付き人だけでなく貴族にも内通者がいて……はぁ、本当に面倒臭い。そっちのも避けるな、一撃で終わらせてやろうとしたのに……」

「な……何よその言い草! アンタね、私が避けてなかったらこの子丸焦げだったでしょ! むしろ私に感謝しなさいよ!」

「む? ……このキンキンと耳に障る声は」

 

 煙が晴れる。月明りが差し込む。

 そこには──まぁ溜めるまでもなく、赤積君(チィジークン)がいた。

 

 

 情報交換。

 

「ほーぉ、お前達はお前達で辿り着いていたと。加えて……結衣! どこか聞き覚えがあると初めて会った時から考えていたが、遥か昔の州君の名だった! 暴君として恐れられた、赤州を戦好きという印象で塗り固めた張本人!」

「ふんだ! これだから人間は! 今あんた、山の上からここまでなーんにも確認せずに突っ切って来たでしょ! 私は偉いから自分のことを外さずに言うけど、赤州の州君はみーんな考えなしで行く先々で何かしらの動乱を起こして、最終的に"政は赤宮廷の仕事だから"って言って逃げるのよ。あんただってそうでしょ!」

「儂は自分のケツは自分で拭く。お主と同じにするな、鬼」

 

 つまるところ……ここはやっぱり灯濫会(ドンランフゥイ)の施設で、赤積君はそれを突き止めてぶっ壊しに来たと。

 私達が遅いのか、赤積君が早いのかは知らないが、タイミング良く……悪く? カチあったと。

 

「おお、そうだ。娘子、お主の仲間の輝術師、目を覚ましたぞ」

「そうか。死者は?」

「四人だ」

「……そうか」

 

 全員無事、は。

 夢物語か。

 

「何やら落ち込んでいるようだが、あそこまでの火災の中から大の大人を運び出して、これだけの命を救ったのだ。むしろ褒められて然るべきだろうよ」

「私抜きで話進めないでくれる? なに? 輝術師がなに?」

「お主には関係ないことだ。……そうだ、鬼。ここの施設は全て壊して良いし、人間は全て食らって良いから、娘子を儂に寄越して暴れまわってはくれぬか」

「ダメよ。この子はまだ私の部屋の掃除を終わらせてないもの。ここを片付けたら掃除ができるって言われたから私はここにいるのであって、それが嘘なら承知しないわ」

「──承知しなければ、なんとする」

「それはお仕置きよ。殺さなきゃいいんでしょ? ちょっとお腹に穴をあけるとか、爪を剥ぐとか」

 

 眼前で……斧槍と爪が衝突する。

 気のせいじゃなければ今火花散ったぞ。爪でなんで火花が出せるんだどういう仕組みだ。

 

「結衣。最悪の鬼と名高くはあるが──ここで消すが世のためか」

「へぇ、やろうっていうの? いいわよ、先達として相手してあげる。でも私が勝ったらあんたの魂貰うから、そのつもり……」

 

 ああ、わかった。

 わかったわかった。いいよもう出てきても。

 

 この莫迦二人には私も呆れてたし、表出してどーぞ。

 

「──目先の物事に囚われ、大局を見失うか」

「へ……? あ……あ、ご、ごめんなさい! お……お久しぶりです!!」

「……結衣。此奴の中から見ていたが……弛み過ぎてはいないか。昔のお前は、もう少し考える頭があったぞ」

「い、いや~……もう怒る人がいないって考えると気も緩むっていうか……」

「なん……だ、この威圧は。……娘子、お主は……」

「そして今代の赤州州君か。ふん、奥多徳もだが、質の低下が酷いな。良い、許す。止めはしたが、やれ結衣。このような州君な……ど……」

 

 おい。

 今すぐ塗り潰してもいいんだぞお前。

 

「……いや、やはり無しだ。……人工的に鬼を作る、などといった愚か者を殲滅する。州君も鬼も関係ない。従わぬのなら眠れ。従うのなら──力をくれてやる」

 

 ぽう、と。

 私の指から、碧と青と、黄と赤と、黒と白の光の球のようなものが出る。

 それが……結衣と赤積君の中に入った。

 

「──え、美味し」

「むぉおお!? な……なんだこれは! 蝮でも食わされたか!?」

「はぁ。……玻璃(ブァリー)といいこの娘といい、私の意思を凌駕する魂では意味がないだろうに……。……む? 何を見ている。早く行け。眠らされたいのか?」

「い、行ってきます!」

「力が滾って……仕方がない! これは……これはァァアア!!」

 

 びゅーんと奥へ行く二人。

 そして物凄い破壊音が響き始めた。

 

 ……ふと、視界の端に……生首が映る。

 

 ああ。

 今の鬼、コイツだったのか。

 

「今……二人きりで、口を動かせるから言うがな、娘」

 

 ……。私に話しかけてるのか?

 自問自答も良い所だな。

 

「お前が嫌だというのなら、人間は別に殺さない。人間など殺さずとも勝手に死んでいくものだし、勝手に生まれ()でるものだろう。私達の目的はただ、この歪な世からの逸脱よ。そのためにお前の躯を借りたいというだけだ。目的が達成されたのなら、この肉体はお前に返す。どうだ?」

 

 どうだ、も何も。

 

「取引の主導権がそっちにあると思っているなら大間違いだ莫迦者。──やり方は私が選ぶ。お前の意に沿うなら力を貸せばいいし、沿わぬなら捨て置け。私は私でやる」

 

 返事は……無い。まぁ表出している時以外聞こえた試しは無いんだけど。

 変に思考がゆがめられそうになっても気付くからなぁ。私の思考回路からは出ない答えであることが多すぎて。

 

 ……さて、じゃあ。

 後先考えずに破壊しまくってる馬鹿二人を止めに行きますかね。




フレーバーです。今日も2話目はありません。


【挿絵表示】


この世界に存在しない壁画。
一部が破損している。
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