女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三十二話「家屋」

 そこにも──掘っ立て小屋があった。

 

「……妙だな」

「ああ、穴がない」

 

 さっき私達は、山の麓で噴煙を見た。

 つまり赤積君(チィジークン)の一撃が脆くなっていた地面の穴を通り、その衝撃をこっちの出口から吐き出して、砂や土を吐き出した、ということ。

 

 だというのに周囲に穴はないし、小屋の屋根にも穴は無いように見える。

 じゃあどこから。

 

「黒い輝術。儂らはアレを輝夜(カグヤ)術と呼んでいてな。それがどこかに仕掛けられている可能性もある。娘子、お主こそ気を付けろ」

「ああ」

 

 ……聞き逃さない。

 今、確実に……発話された言葉が日本語に聞こえた。いつもの中華風の言葉じゃない。

 脳内が勝手に変換した……ように、思う。天遷逢(テンセンフォン)や、よく聞き取れなかったけど漢字だけ解釈できた奥多徳と同じだ。

 やっぱり天遷逢の間の私はおかしいのだろう。知らない言葉を知っているし、いつもは聞こえないものが聞こえる……気がする。チャオチャンディツンザイは相変わらずチャオチャンディツンザイと聞こえたけど。

 

「開けるぞ」

「ああ」

 

 慎重に……赤積君が、戸を開ける。

 中は。

 

「これは……」

「真っ黒、か。模造空間だな」

 

 ダミー空間。

 この中には何もない、あるいはトラップだらけであろう場所。

 

 ……。

 

「赤積君、待て」

「待ても何も、儂は何もしようとしておらぬが」

「幽鬼だ」

「む? ……おお。多いな。だが気にするな、害のない幽鬼だ。……恐らく灯濫会(ドンランフゥイ)が殺した者共だろうよ」

 

 林の中に、これでもかといる、幽鬼幽鬼幽鬼。

 青白い光を発しながら……私達をじっと見つめている。

 

 あの生霊たちのように意識が奪われている感じじゃないな。

 

「話を聞いてくる」

「は? おい待て娘子、幽鬼は言葉を届けられぬ。それに今は天遷逢だ。無害な幽鬼といえど、突然活発になる可能性もある」

「ならお前がついて来い。私の身を守れ」

「……。はぁ。お主は帝にでもなったつもりか? 州君にそこまで命令できる者など……今の帝にも無理だぞ」

 

 ……そう言われると引き返したくなるけど。

 まぁ、今は良い。

 

 一番近くにいた、二十歳くらいの女性に近づく。

 目が合う。やはり意思があるな。

 

「問う。お前はなぜここにいる?」

「……」

「口を開け。ある程度だが、言葉を読める」

「……? ……」

「ああ。聞こえてはいない。だがわかる」

「……! ……、……! ……、……、……『……』……!!」

「すまんゆっくり喋ってくれ。灯濫会はわかった」

「……。……? ……」

「ああ、こいつは赤積君だ。だから戦闘面において問題はない」

「……!」

 

 膝を折り、手をつき、頭を下げる幽鬼。

 他の幽鬼もだ。

 

「死して尚敬意を表することはない。お前達がすべきは、これ以上の被害を生まないための手助けだ。何か知らないか。あそこにある黒い輝術を解く方法や、ここを利用している者のこと」

「……。……」

「そこの男? ああ、やっぱりコイツは管理者なのか」

 

 ゆっくりと立ち上がり、浮いている螺孜(ルゥォズー)を指差して頷く幽鬼。と……ぞろぞろ集まって来たな。みんな言いたいことあるって感じだ。

 

 灯濫会の商品は幼い貴族か働き盛りの若者と聞いたんだがな。見た感じ……老若男女、何の区別もなく幽鬼になっている。

 

「『……』、『……』、『……』」

「待て、固有名詞が過ぎる。灯濫会の後はなんだ? シュイ……リィェン……ター?」

睡蓮塔(シュイリィェンター)。薬物の密売組織だな。赤州の組織ではないが」

「それと……あー、すまん、もう少し口を大きく開けてくれ。……えーと、フゥァイ、ヂェン、(ティン)?」

「なんだと!?」

 

 おいいきなり大声を出すな。耳がキーンとなったわ。

 

「おい幽鬼、今お主は、懐真亭(フゥァイヂェンティン)と言ったのか!?」

 

 胸倉を掴まれながら、泣きそうな目でコクコク頷く幽鬼。

 可哀想だろう。山賊め、その手を離せ。

 

「落ち着け。なんだその懐真亭というのは」

「……赤宮廷の外、平民と貴族の入り混じる繁華街にある老舗の宿屋だ。儂もよく……飯を食いに行くことがある」

 

 ほー。

 ……繋がるねぇ。死人に口なしな世界だけど、死人の口を読めると証拠がボロボロと。

 

 袖が引かれる。

 少年だ。私より幼い。

 

「どうした?

「……! ……!」

「顔に涙のような傷のある女?」

「!?」

「と……あー、だから口々に喋られてもわからん。ゆっくりで頼む。……えーと? 爪紅を舐めて吐き出す癖のある女……ん、もっかい言ってくれ。……合ってるのか。……なんだその女、頭がおかしいのか?」

「……。……!」

「お前の腕? ああ、手首から先がないな。……それを収集する男? うげぇ……ってなんか似た話を前に聞いたことがあるような。そいつの特徴は? ……前歯が二本無くて、いつも爪に黒い土が混じっている。……それだけじゃ特徴がわからんが……とにかくその三人がここの利用者で、お前達を連れ去った者だ、と」

 

 一斉に頷く幽鬼たち。中には螺孜を指差す者もいたが。

 

「そいつらは、なぜお前達を殺した? 言っては何だが、お前達は売られる運命にあったのではないのか?」

「……。……」

「鞭で打たれて、爪を割られて……はぁ、そうして調教されて、売りに出されて……買われなかったら殺される。なんというか……杜撰な」

「……」

「ここ以外にも拠点がある、というのはなんとなく察しがついている。あー、地図を描ける者はいるか? 紙と筆をやるから、描いてくれ。名前や地名が分かる奴はそれも。あ、先に言っておくが私は読めんのでな、そこで転がって落ち込んでる馬鹿者が読むことを考慮して、難しい言葉は使うなよ」

 

 大人の幽鬼たち。それも、比較的見目麗しい……というか、見目麗しかったはずなのに傷だらけになっている者達が文字を書いていく。地図もだ。教養があるからこれができる……と言おうとしたけど、そういえば輝術インストールだった。

 ……というか輝術インストールって脳に叩き込むんじゃなくて魂にインストールするの? 幽鬼が「正しい文字」を書けるってことはそういうことだよな。

 こわ。

 

「ん、ありがとう。この馬鹿者が立ち直り次第読ませる。他、何か伝えておきたいことはないか?」

「……!」

「おお、良いなお前。手を挙げる、か。わかりやすい。で、なんだ」

 

 唇を読む。……長いな。

 えーと?

 

「"今挙げた四人はあくまで灯濫会の幹部だ。睡蓮塔の奴らは顔を隠しているし、懐真亭に至っては表の顔を持っている。捕まえるのは証拠が足りなさすぎるだろう"……ほー。ええと、お前はなんだ? ああすまん、名前を言われても分からん。役職を教えてくれ。……え、そこの馬鹿の元付き人?」

 

 ガバッと顔を上げる赤積君。

 そして……私と話していた者の顔を見た。

 

「お主……痩せこけているが、まさか匠樹(ジィァンシュ)か!?」

「……」

「"遅いですよ、赤積君"だってさ」

「なぜお前が……幽鬼との戦いで足をやられただろう。その後……儂はお主に充分量の金子を渡したはずだ。路頭に迷うことなど……」

「……。……」

「"ええ、赤積君は何も悪くありません。悪いのは、足が悪くともできる仕事、という売り文句に警戒心を忘れてついて行った私。私を付き人から外して正解でしたね。これでは、いつあなたを危険に晒していたか……"」

 

 あーねー。

 怪我して職場辞めて、労災おりたから生活こそ困らないものの、「何もしていないでお金を受け取っている」というのが不安で職を探して、けど怪我してるから条件を狭めたら良いのがあって、それを救いに感じてついていったら悪徳バイトでした、って。

 あるある過ぎる。そしてこの世界じゃ待っているのは死のみ、と。これは赤積君の渡した金子もしこたま持ってかれてるんだろうなぁ。

 

「お前達の昔話はどうでもいい。匠樹とか言ったな。お前は既に死した者だ。本来生者に言葉を届けてはいけないもの。赤積君の悔悟もお前の未練も、本来は発生しなかったものだろう。──いいから、今私達にしてほしいことを言え。ここにいる幽鬼の民意は、混幇を始めとする犯罪組織の根絶。そうだろう?」

「──……。……」

「ああ。できる、という確約はしない。大体コイツ任せになるしな。だが──そいつらは、私のモノにまで手を出した。逆鱗は既に踏み抜かれている」

「……? ……、……」

「違う。別に乗っ取られてなどいない……ん? お前なんでそんなこと知ってる。……まさかとは思うが、鬼に知り合いがいたりしないよな」

「!」

「ああいい、その反応で充分だ。そして、それを咎める気もない。……いや待て、その鬼はお前に協力的だったか?」

「……」

「お前を騙すつもりはないし、そいつを討伐するために聞いているんじゃない。万一この馬鹿者が使えなかった場合の戦力として」

 

 足音。

 背後だ。小屋の方。

 

 ……幹部か?

 

「……!」

「もう、桃湯(タオタン)ったら、何百年ぶりに連絡してきたと思ったら、山の調査をしなさい、ですって。失礼しちゃうわ! 私が仕えているのはあくまであの方だっていうのに……って、あら?」

 

 トンカチで、弾く。

 伸びて来た爪を。

 

「あら、弾かれちゃった。……こんなところに美味しそうな魂がいる……っていうか、何この幽鬼の数。あなた達どれほどの悪事を……って、神子? 州君がいるじゃない! ヤだわー面倒臭い。はぁ、桃湯のことなんか忘れて逃げようかしら」

「……! ……!」

「ジェイー?」

「……え、なに。私のことを呼んだの? 確かに私は結衣(ジェイー)だけど……私、あなたのこと知らないし、覚えてないわ。ごめんなさいね?」

「いや、この幽鬼がお前の知り合いっぽくてな」

「私に幽鬼の知り合いなんかいないわ。人間ならいるけど。匠樹っていう足の悪い頑張り屋さんでね、魂は然程美味しそうじゃないんだけど、私が鬼だってわかっていながら熱心に私の祠に通ってくるものだから、名前まで覚えちゃっ……。え! 匠樹!? 痩せてるけど……」

 

 理性ある鬼来た。桃湯の知り合いっぽい!

 ってことで一瞬期待したんだけど、コイツも残念っぽい。

 

 何故だ……何故理性ある鬼はクセの強い奴しかいないんだ……。

 

 隣にいた。

 

「!?」

「ちょっと匠樹、最近来なくなったと思ったら……あんた何してるのよ。幽鬼になんかなっちゃって……」

 

 速いとか……そういうレベルじゃない。だって、地面の枯葉が一切動いていない。

 それこそ転移とかそういうものにしか思えない。風も全く感じなかった。

 

「あー! もしかして桃湯ったら……そういう気遣い!? もう、わかりづらいのよあの子! けーっきょく優しさを捨てきれないんだから! 今度会ったら美味しい魂の狩場を教えてあげる……として」

 

 鬼が、結衣がこちらに向き直る。

 考えるな。直感だけで動け。

 

「──匠樹を殺したのは、あなた達?」

「!」

 

 爪……は。

 私達の前に躍り出た匠樹の寸前で、止まった。

 

「……」

「おい、匠樹。背を向けたらお前が何を言っているか読めんだろう。逆向きに守れ」

「……!? ……!? ……!?」

「"えぇ!? 文句!? 守ったのに!?"……凄いなお前。読唇している私が言うのも何だが、幽鬼の表現方法なんて表情だけなのに、よくそこまでの感嘆符をつけられるものだ」

「……、……! ……!」

「"というか、しっかりしてくださいよ! 赤積君!"だそうだが。お前、別にいつでも止められただろう。様子見をしていただけで」

「む? ああ。別のことを考えていた。……匠樹、お主が守らずとも問題はないぞ。この娘子、恐らくだがとんでもない隠し玉を有しておる」

「……、……! ……!!」

「"そうだろうと、そうでなかろうと! 子供を守るのは大人の役目です!!"だ、そうだ」

「匠樹……お主、生前からそうだったが、あまり正論で殴ってくるな。儂が惨めになる」

 

 正論パンチマンだったんだ、この人。

 

「……あなた」

「ん、なんだ結衣」

「幽鬼と会話ができるの?」

「声は聞こえんが言葉はある程度わかる」

「……。……あなたのこと、ちょっと攫っていいかしら」

「構わないが、その前に一個やらせてくれ」

「なぁに?」

「おい、儂は構うが」

 

 結衣を怖がっていた幽鬼たちに、こいこい、と手を振る。

 

「混幇関係の調査はお前の仕事だ、赤積君。ついでに火薪にいる輝術師と、小屋の輝夜術だったか? それも適当に調べたり助けたりしておいてくれ」

「……確かに儂の仕事、か」

「そして、幽鬼たち。まだ未練のある者がいるなら、私に言え。無い者はとっとと楽土へ行くか、私の魂に触れろ」

 

 皆一様に、頭の上に「?」を浮かべて……私の魂に触れて、そしてまたびっくりしていく。

 本当? 本当に!? と。……何度目だこのやり取り、とは思うけど。

 

「ああ。──楽土が嫌なら、そっちに行け」

 

 と言えば……凡そ半数くらいが、光の粒となって消えていった。

 逆に、私の魂に触れても、主に高齢である者達は柔くはにかんで消えていく。もう満足した、ということかね。

 

 そして匠樹は。

 

「……。……」

「ああ。そう思うなら、次を目指すこともアリだろう」

「……。……、……」

「ダメだ。赤積君にも結衣にも、言葉は伝えない。伝えたかったら次を選べよ。赤積君は無理でも、結衣はいるやもしれん」

「……」

「そうか? 本当にいいのか?」

「……。……!」

 

 ふわり、と。

 匠樹は……私の背後にいた、結衣に抱き着いて。

 

 すぅ、と消えていった。

 

「あら……最後、何か……私に」

「すまんな。お前に隠れて見えなかった」

「……酷い子。だけど、良い子。"世の理"を知る子なのね。──ということで! 赤州の今代州君! この子、攫って行くから! あ、大丈夫よ酷いことはしないから! じゃ、ね!」

 

 爆速で。

 それはもうとんでもない速度で宙に浮かび上がる結衣。今潮(ジンチャオ)の鉄腕飛行などメじゃない速度だ。

 雲の上……天遷逢の影響で昼かと思うくらい明るくなっているそこを、今度は水平方向に飛翔する。

 

 口を開くとあばばばばってなる速度で。なんか喋ってるっぽいけど轟音で何も聞こえん。

 

 あ、風が落ち着いた。

 

「ごめんごめん! 人間を運ぶことに慣れてなくて、風の存在を忘れてたわ。この程度の風でも耳が聞こえなくなるのよね、人間って。うわー……懐かしい! 私が人間だった頃って……えーと、二千……年とか、それくらい前? きゃー! 私もお婆さんね!」

 

 テンションたっか。

 ……つか……長生きだな。

 

「さっきも言ってたけど、桃湯と知り合いなのか」

「ええ、長生き仲間。といっても活動範囲が全然違うから……って、随分と親し気に桃湯の名前を呼ぶのね」

「知り合いだからな。鬼の知り合いは結構いるぞ」

「え、どゆこと? あなた……人間よね? しかも輝術師ですらない」

「曰く、鬼子母神(グゥイズームーシェン)候補だそうだ。なるつもりはないが」

「へー」

 

 飛ぶ。高速なのは変わりないけど、何か風から身を守るようなものを張ってくれているらしく、風は伝わってこない。

 しかし、桃湯っていったいいつの人間なんだ?

 前、『夕狐の蹴鞠遊び』が流行った年代から歳を割り出そうとしたことがあったけど……あれはただ流行曲を弾いてただけなのか。

 あとこの世界二千年も経ってるのか、少なくとも。玻璃(ブァリー)が古株の鬼を従えていて、そいつらは元から手下だ、とか言ってたけど、いや全然結衣と桃湯の方が古株じゃん、とか。

 いや玻璃の実年齢を知らない以上この判断は早急か? とか。

 

「鬼子母神!?」

「そういう流れだとは思ったが、結構時間かかったな」

 

 スルー式ノリツッコミだ。……この世界、小噺とかあるのかな。

 あっても笑いどころに気付くまで時間かかりそう。

 

「桃湯、玻璃、あと最近成った鬼今潮などからお墨付きをもらっている。なる気は無いが」

「あの方からも!?」

「ついでに昨晩、最初の鬼子母神とやらが私を乗っ取った。乗っ取り返したが」

「え、完成品の依り代!? って乗っ取り返したって何!?」

 

 ……。

 ……楽しい。

 

「……待ちなさい。そう、今聞いたことの情報源は全てあなた! つまりあなたが嘘を吐いているのなら……今まで驚いたことはムダ!!」

「まぁ今威圧することもできるんだが、それをすると鬼子母神になることを認めたような感じになりそうでな。天遷逢の時間が終わるまで待ってくれ」

「わかったわ」

 

 しかし……あの時。あの、なんだっけ。(ヨウ)湖? とかいう場所で角栄(ジャオロン)が言っていた言葉が気になる。

 桃湯は別のことをしている、とアイツは言っていた。そして結衣もまた、桃湯に調べてほしい場所がある、と言われてあの小屋の付近に来たと言っていた。

 

 ……あいつは、何をやっているんだ?

 

「わかるかー!!」

「おお今度は早かったな。それで、私が嘘吐きだったとして、この高空から放り投げでもするか?」

「するか! 私はあなたの幽鬼と喋れる才能を見込んで攫ったの! なんで殺さなきゃいけないのよ!! あと殺すなら食べてから殺すわ! 勿体ないでしょうが!!」

「それは、なんだ。鬼流の冗談か? 笑いどころか、ここ」

「……鬼を舐め過ぎじゃない? 私達鬼は、あなた達人間の捕食者よ?」

「ああすまんな、今まで出会って来た鬼に恐怖の対象がいなかったものでな」

「ああ、じゃあやっぱり桃湯の話は嘘ね。桃湯は確かに見てくれだけは美しいけれど、その実態を知れば怖がらないはずがないから。知っている? 桃湯の弾く弓の音を。あれ、聞こえただけで魂に損傷を与える、ってこともできちゃうのよ」

「そうか。一度もされたことがないな」

「ほらね。ああ……もしかしたら、桃湯を騙る鬼なんじゃない? あの子強いから、あの子の名前を騙って好き放題しようとする鬼はいると思うし」

「……なんか、俗だな鬼って。ヒトとほとんど変わらなくないか」

「そりゃそうでしょ。人間だった頃と人格は変わってないんだもの」

 

 ……確かに。

 確かに、そうだな。言われてみれば。

 

 いや種族が変わったとか変質したとか聞いてたから「人間とは違う」って先入観があったけど……人間らしくて当たり前なのか。

 ただ食べ物や生態が変わっただけの。

 

「らしいが、どうだ桃湯。言いたい放題だが」

「どこに向かって話して……上!?」

「ええ、上よ。久しぶりね結衣。──そして、祆蘭にあることないこと吹き込んでくれてありがとう。とても感謝しているわ」

 

 桃湯だ。

 久しぶり……のような、そうでもないような。

 鬼の遭遇率が高すぎて久しぶりに思えないんだよな。

 

「おい桃湯。あとで今潮に文句を言っておいてくれ。青宮城から私を攫い、酸の湖の前に置いて私の意識を鬼子母神に乗っ取らせかけ、さらには私を燃える小屋の前に放置した罪がある」

「青宮城で起きたあなたの暴走は知っているし、その後の行動はすべてあなたの威圧によるものでしょう。放置したのは、赤積君が来たからだと言っていたわ。今の彼の実力じゃ、赤積君には勝てない。加えて鬼とあなたが共にいたら、疑われるのはあなたよ。むしろ英断でしょう」

「……」

「むしろ、そういうことをすべてわかっていた上で、意味がないとわかっていながら私に文句を言って来た……いいえ、私との関係性を結衣に見せつけるための話題として今潮を使った。これが真実かしら?」

「おい、そこまで紐解けとは言ってないぞ。あんまり私の詭弁を分析するな、やりづらくなる」

「あら、それは命令?」

「嬉しそうに聞いてくるな。……で、なんだこの状況は。結衣は私をどこへ連れて行こうとしていて、なぜお前が現れた」

「結衣は鈍いから、あなたを食べてしまう可能性があったのよ。私は別のことで忙しいから、そこが嘘ではない、ということを釘刺しに、ね。──結衣、だから」

「わわわ、わわわ、わわわわかってるって! 食べない食べない! というかそうよね、食べて良かったらまず桃湯が食べてるかこんな人間!」

 

 ふむ。

 力関係は……桃湯の方が上なのか。こいつホントなんなんだ? 姐さん呼びされてたし……実は楽土より帰りし神子がいなかった間の鬼子母神、とか言わないよな。言ったところでなんもないんだけど。

 

「それじゃ、私は行くけれど……祆蘭。あなたも調子に乗らないように。天遷峰の間はあなただけじゃない、鬼も幽鬼も酒に酔ったみたいに自制が利かなくなるから……結衣が何かしようとしたら、迷わず威圧なさい。それで鬼子母神と認める、なんて卑劣なことはしないから」

「信じられんから鋸とトンカチで抵抗する」

「……今のは十割善意なのに。まぁ、伝えはしたから」

 

 ふ、と消える桃湯。

 心なしか抱き方が丁重になる結衣。

 

「で、行き先は?」

「私の祠! もうすぐだから! 桃湯に変な告げ口するなよ!?」

 

 ヒエラルキーが凄いですねぇ。

 

 

 

 辿り着いたのは……恐らく、赤州の最北。ああ、地図で上を北と見た時の話ね。

 そこに山があって、崖があって、細い道があって、その中腹に祠があった。

 

「おお……。っぽいな」

「どういうことよ」

「いや……祀られてる感すごい。なんだ、昔は人間に恐れられてたとかそんな感じか?」

「……まぁ、そうね。かなり昔の話だけど」

 

 へー。こっちの世界に来て初めてこういう……なんていうのかな。

 儀式場? 祭祀場? みたいなものを見た。

 すんごい厳かだ。そこかしこに食い散らかされた死体とか人骨が転がっていなければ。

 

 ……鬼って魂を食べるんじゃなかったっけ?

 

「気になるなら片付けるから、どっか行かないでね」

 

 直後、ジリジリと……焦げている、あるいは削り取られるようにして、死体の山が消えていく。

 

「良いのか。食料じゃないのか?」

「はぁ? 気持ち悪い……。人間なんか食べないわよ。私達が食べるのは魂。わかる? 魂」

「わかるが、だったらなんであんなに死体があった」

「だから、魂を食べたから。……肉体を捨てるのは別に後でも良いじゃない。それで……ちょっと、五十……百年分くらいが溜まってて」

「外、海だろう。この洞窟から落とすだけで片付けになるじゃないか」

「わ、わかってるわよそんなこと! ……それすら面倒臭いの!」

 

 えぇ。

 ……片付けできない系かぁ。

 

「あー。で。それで。私に何をさせたいんだ?」

「……こっち」

 

 手招きされた方に行く。

 結構しっかりした階段を下っていくと……なんだろう、とんでもなく冷えて来た。

 ……海抜を下回った? いや、流石にまだのはずだけど……。

 

 灯りは無い。というか、結衣の周囲に浮かぶ鬼火だけが光源だ。だから慎重に降りていく。

 

 寒いな。本当に寒い。

 今は夏季のはずなのに……寒い。

 

「……どうしたの?」

「ああいや、寒い。……ここはなんだ?」

「あ、そうか。ここ穢れが凄いから……」

 

 穢れ、なのか。

 だったら。

 

 全身に纏う形で、威圧を張り巡らす。

 お、寒さが消えた。へー、魂が知らずの内に穢れに侵されて行くと、ああなるのか。勉強になったな。

 

「まっぶしいわね、あなた……」

「ああ、鬼にはそう見えるのか」

「そうじゃなくて……いやそれもあるけど。……今までいろんな魂を見て来たけど、あなたみたいな色は初めてね。青と碧と……黄に赤に……それに黒と白。うぅ、目がやられるわ、あなたの魂」

 

 え、なに。

 私の魂ゲーミング魂なの。

 ……偽周遠(ヂョウユェン)が目を細めていたの、ソレか?

 

「もうそろそろ着くけれど、足元が藻でぬるぬるしてるから、壁に手をついて歩いて」

「なんで掃除しないんだ」

「……」

「無視か」

 

 藻て。……うわほんとだ。というか藻じゃなくて苔だよこれは。……ぬっるぬるだ。掃除しろ掃除!

 

 結衣が立ち止まる。

 そして……壁に対して手を当てた。

 ギ、ギ、ギと。

 鬼の怪力をもってしても、重い重い……その、扉。扉だ。

 それが開かれる。

 

 ──視えるところ、余すことなく。

 

「ね、これどうにかしてくれない? なんでここにいるのかとか聞いてさ」

 

 幽鬼の群れ。

 何人いる。千はくだらんぞ。……そもそもここ、なんだ?

 

「五百年か千年か、どれくらい前かは忘れちゃったんだけど、ある時からここに幽鬼が湧くようになってねー。最初は一匹一匹潰して掃除したり、鬼になるかどうかを眺めたりしてたんだけど……鬼にならない上に増え続ける上に、掃除するのも面倒になっちゃって」

「……お前、死ぬほど恨まれてる、とかはないのか」

「あるんじゃない? 鬼だし。人間……私が魂を吸った人間にはそりゃ恨まれるでしょ。でも魂を吸った人間は幽鬼にならないから」

 

 確かに。

 幽鬼は人間の魂、なんだっけか。

 

「害のない幽鬼なのもおかしな話よね。害のない幽鬼って、未練はあるけど恨むほどじゃない、って場所に出るじゃない? ここ、私の霊廟なんだけど。何の未練があるってわけ?」

「霊廟?」

「寝室みたいなものよ。あー……あれなのよ。私、むかーし昔に赤州で州君してて。その頃に立てられた私のお墓」

 

 霊廟。……私が知ってる中国の霊廟って、上海城隍廟くらいだけど……そんな感じの認識か?

 だとして、そこになぜ幽鬼が湧く? こいつの時代の人間……じゃ、ないだろう。どんどん増えているって言ってたし。

 

 ……ふむ。

 

 まぁ、まずは話を聞いてみるか。

 

「おい、お前」

 

 ……反応なし。

 

「そっちのお前は」

 

 ……反応なし。

 

「おーい! 意識ある奴いるかー!?」

 

 反応なし。

 ということは。

 

「生霊か。……またか」

「なになに? 何かわかったカンジ?」

「ああ。最近存在が露呈した奴だ。……だがお前の言を聞くに、相当昔から行われていた実験の可能性が出て来たな」

「まぁ人間の事情とかどうでもいいからさ、これどうにかできない?」

「もう少し調べない事には無理だ」

「ふぅん。会話は?」

「こいつらは、簡単に言うと肉体から薬物などで意識を剥がされ、人工的に幽鬼にされた生者なんだよ。だから意識がない」

「……ってことは、古いのは千年も前から生きてるってこと?」

 

 ん。……確かにそう……いや。

 意識がないまま死んでも、こうなる、のか?

 

 そもそも千年前からだと笈溌(ジーボォ)は生きてないはず。

 ……笈溌(ジーボォ)は、真似をしているだけ、なのか? もっと……もっと昔から、こういうことはあって。

 

「……」

「ん。……誰だ、今口を動かしたの」

「あそこよ。あの真ん中にいる子」

 

 意識がある奴がいるなら話は別だ。

 ──さて、死人に口なし二回目だが……聞かせてもらおうか、悪事の全てを。

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