女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三十一話「磁石式真綿木筒鐘打ち罠」

 トンテンカンという音が響く、田舎村。

 火薪(フォシン)。私の生まれ故郷である水生(チーシン)も田舎村だけど、こっちは貧乏村ではない、という違いがある。あと大人がちゃんといる。

 それ以外のところは然程変わらない平凡な村。近くの山で色んな薬草が取れるらしく、薬師が多めであることくらいか、違いは。

 

赤積君(チィジークン)、そっちの板とってくれ」

「おお」

 

 今やっているのはせめてものお礼の家屋修復作業。

 貧乏村ではないけれど、赤州(チィシュウ)のはずれの方にあるというこの村には、あまり輝術師の大工が来ないのだとか。ただ、今は夏……私が勝手に思っているだけの夏季なので、最低限屋根さえあれば暑さは凌げる……なんて思いで壁の穴とかが開きっぱなしだったのを見て、これは! と思って修復している。

 あ、ちゃんと許可は取ったぞ。無許可で直すとかはせん。そんなの壊してるのと一緒だし。

 

「祆蘭、はいこれ」

「ん? ……これは?」

「梨の果汁だよ。飲みやすいように苦味は取ってあるから」

「おお、ありがとう」

 

 そして、これまたありがたいことに、この修復作業はちゃんと「礼」として認めてもらえている。

 まぁパッチワークというか掘っ立て小屋というか、雑な仕事はしないからな。穴を埋めるだけ、隙間を埋めるだけ、だとそこから腐食が広がることも多い。だから、ちゃんと家屋の耐久性を見つつ、張替え作業もする。

 肉体労働で、日照時間が長い……ので、火薪の人達がこうやって差し入れや飲み物をくれるのである。

 

「いやー、祆蘭は働き者だね。アンタも見習ったらどうだい、勇迅(ヨンシュン)

「儂は仕事をしている方だぞ阿姨(アーイー)。それと、幼名で呼ぶのをそろそろやめてくれ。儂はもう赤積君だ」

「なーに言ってんだい。赤州一の元気坊主勇迅! 野山を駆けずり回って村も街も駆け巡って、辿り着いた先にあったのが赤塞城(チィサイジョウ)だった。そんだけの話だろ?」

「へぇ。赤積君は州君なのに隔離されなかったのか」

「されかけたが、全員ぶっ飛ばして逃げ回っていたら、捕まった時にはこの歳だった。ブァッハッハッハ!」

 

 成程脳筋。

 ……というわけでもないんだよな、コイツ。

 

 ──少し、今朝の話し合いを遡る。

 

 

 

「腹に巣食う虫にヒトを食らう虫、灯濫会(ドンランフゥイ)、黒い輝術……。フゥ、これはどういう巡り合わせだ、チャオチャンディツンザイ……」

「思い当たることでもあるのか?」

「ある。あり過ぎる。というより儂は、それを調査するために火薪に来ていた、という方が正しい」

 

 ……偶然が重なり過ぎるな、それは。確かに「どういう巡り合わせだ」だ。

 それを……山の意思? 結局よくわかってないチャオチャンディツンザイに聞くのはどういう了見か知らんが。

 

「娘子。お主には話しておこう。今、赤州では灯濫会と混幇(フンバン)という二つの組織が暗躍している。お主が相手をした奴らはその下っ端だろう」

「黑手党か」

「ほう、よく知っておったな。確かに混幇は黑手党だ」

 

 黑手党。つまりマフィアのことだ。

 人身売買組織にマフィア。それが赤州にのさばっていると。……正直青州(シーシュウ)黒州(ヘイシュウ)の抱えていた問題より深刻に聞こえ……いや、黒州は御史處(ユーシーチュ)の件があったか。

 

「狙われているのは主に貴族。お主のような幼子、あるいは働き盛りの若者。お主が聞いた話とも合致するだろう」

「ああ。そして」

「うむ。お主の話からその元締めか幹部かが黄州(オウシュウ)にいるとわかったのは僥倖……であるが、そう簡単に調査しに行くわけにもいかぬ。州を隔てるとなると、色々面倒なのだ」

 

 だろうな。

 地球で考えると、他国に犯罪組織の本部があるってことだもんな。そういうのは現地警察に任せろって話で。

 

「それと……お主が話していない、どのようにしてあそこまで来たのか、なぜあそこに彼らがいるとわかったのか、については……ふぅむ」

「故意に話していなかったが、ちゃんと理解していたのか。ただの戦好きではなさそうだ」

「儂を謀ったつもりなら、若い若い! 酒が入っていない時の儂はよく狡い奴だと評される。入っていると強い奴だと言われる。ブァッハッハッハ!!」

 

 それ自体もブラフ臭いが。

 これだから酔っ払いは嫌いなんだ。どこまでが素なのかわからん。毒酒を呷って平気な顔をしている奴が一番怖い。

 

「まぁ、なんだ。輝術師の男どもが起きるまでは、お前はここにいるのだろう? 灯濫会からも混幇からも儂が守ってやるから安心しろ」

「……青宮城への連絡は、無理か」

「むしろ灯濫会がそこまで近くにいるとわかった以上、ここを離れることは難しくなったなぁ」

 

 嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。

 こいつは州君だ。付き人がいるはずだし、やろうと思えば兵を常駐させることだってできるはず。

 それをしないのは……。

 

「目下の脅威は……むしろ私か」

「なんだ、儂がまだ山賊に見えているのか?」

「莫迦者め。そうではない。お前が灯濫会と混幇の捜査に来て、あまりに都合よく見つかった手掛かり。私なら怪しむし、見張る。なんせ相手は幼子だ」

「幼子だとなぜ見張る? 何もできぬと放れば良かろう」

「何もできぬ奴があんな場所にいるものか。──それにお前、ずっと私を警戒しているだろう。口では色々言っていたが、いざとなればすぐに首を刎ねられるように、利き手を常に空けている。腰の瓢箪から水を飲むのも、先ほど戸を閉めたのも、座った時ですら利き手ではない方をついて座った」

「……考え過ぎだ。儂は娘子、お主を仕留めるのに利き手を使う必要はない」

「かもしれない。私が単なる幼子ならそうだろう。そして、そうではないと考えているからこれは考え過ぎじゃない」

 

 睨み合いは、一瞬。

 

「ふん。よく見ている娘子だ。歳はいくつだ、お主」

「九つ」

「今からでも赤州の練兵訓練を受けぬか。赤州は男女で区別をしない。平民でも貴族でも関係ない。お主なら良い兵になるぞ」

「生憎と私の席は決まっていてな。兵には悪いが、兵になぞなっている暇はない」

 

 今度は、反応する。

 腰に佩いていたトンカチを斧槍と己の首の間に挟む。

 

「兵には悪いが、と前置きしたはずだが?」

「前置きをすれば何を言っても許されるとでも? ──兵とは数ではないし、役でもない。ヒトだ。あまり見下してくれるでないぞ、娘子」

「私は見下す意を口に含んでいない。そう受け取ったのなら、お前の中に欠片でもそういう意識があるというだけだ。反省しろ、赤積君」

「……口の減らぬ小娘よな。良い、良い。話はこれで終いよ。先も言ったが、奴らが起きるまでは儂もここにいる。儂の睨み通り、そしてお主の言の通り──お主が危険人物であるのなら、儂の眠っている内にことを起こすべきだな。でなければ首が飛ぶ。──儂は子供とて殺すぞ」

「勝手にしろ。ただ、天遷逢(テンセンフォン)の間は私も私が何をするかわからん。多大に迷惑をかけるだろうが、寛大な心で許せよ州君」

「……ブァッハッハッハ! なんだそれは。お主、鬼か幽鬼か? 天遷逢の間だけおかしくなる人間など聞いたことも無い!」

 

 楽土より帰りし神子の性質は、知られているわけではない、と。

 ま、今度はもう乗っ取られん。跳ね返して、元居た場所に叩きつけてやる。

 それと……意味を考えながら喋ったら、伝わったな。

 なるほどなるほど……。

 

「留意しておいてやろう。だが、あまり気を張り詰めるなよ、娘子。お主とて怪我人であることに変わりはないのだからな」

「ああ、持て成せ州君。他州からの客人で、赤州で火傷を負った幼子だ。最大限の敬意を払えよ」

「ほんっとうに口の減らぬ小娘よ! お主の口は他人を挑発する以外の機能を持ち合わせておらぬのか?」

「お前が私に敵意を向けている間はこうだ。嫌なら消せ」

 

 直後、肌の粟立ちが消える。

 

「……おお、すまぬ。自覚が無かった。儂は……今の今まで、お主を警戒していたらしい。それはそういう反応にもなるか」

「無自覚で他人に殺気を飛ばすな、莫迦者め」

 

 自覚無しとは、警戒して損した。

 笑い終わった直後からバリバリの殺気叩きつけてくるんだもん、そりゃ警戒するって。

 

 

 

 ということの後、火薪の人……薬師の人に礼を言いに行って、村長(むらおさ)だという人に冒頭の許可を取っての修復作業中なのである。

 

 日は高い……けれど、よくよく見たら太陽の位置がほとんど動いていない。

 なるほど、これで月が「追いつく」のか。加えてあの時……月は月として見えていた。確か言っていたな、祭唄が。月は反映の象徴だと。

 勝手に月の光は太陽光の反射だと思っていたけど、この世界は違うのかもしれない。

 

「よし……これでいいだろう。次は……」

「働き過ぎだ、娘子。お主だけで火薪の家全てを直す気か? 輝術師の大工でもそのような大仕事はせんぞ」

「そうか。作業効率の悪い貴族なんだな。依頼をした奴に同情するよ」

「ああ言えばこう言うなお主は……。良いから、飯だ飯。昼餉」

 

 ひょい、と抱え上げられて、持っていかれる。

 輝術で浮かせる、とかじゃないんだ。

 

「……ん?」

「なんだ」

「お主……この元結」

「ああ。そういえば、燃えてなかったのか。貰い物ゆえな、大した思い入れはないが、燃やしたいとは思わん」

「……そうか」

 

 なんだ。

 別に紫色ではないから高貴な身分には見られないはずだけど。

 

 

 昼餉を食べて、一瞬の食休みを終えたら、また修復作業に戻る。

 壁、屋根、窯、井戸。見張り台だという櫓や獣除けの柵。

 

「あー……すまん、あんた」

「お、働き者の小祆じゃないか。どうした?」

「すまん、まだ名前を覚えきれていない。名は?」

亭可(ティンゲェア)だ。けど"あんた"でもいいぜ!」

「そうか。じゃああんた、あっち……山側の獣除けの柵、少し変えても良いか?」

「変える、っていうのは?」

「人も対策できるようにしておきたい。なんとなくだ。……村民が近づく場合の危険性も伝えておく必要はあるが……」

「ほー。なんかあるんだな。いいぜ、この辺は俺の土地だから、好きにしてくれ! 誰も近づいてこないしな!」

 

 よし。

 じゃあ──時間をかければ誰でも作れるブービートラップを仕掛けよう。

 

 

 

 夜。輝術師たちは、まだ目覚めていない。

 酸欠状態からの長時間の意識混濁となると……ちょっと、どころじゃなく心配になるけれど、これ以上の医療知識が私に無いのでどうにもできない。

 

 はしごを登る音。

 

「ブァッハッハッハ……精が出るな、娘子。昼は働きに働いて、夜はこんな時間まで見張り番とは」

「……お前、州君だろう。なぜ梯子など使う。浮けないのか?」

「耐久性の点検だ。儂のような大男……山賊のような大男が登っても剥がれ落ちないか、のな」

「成程、確かに私やこの村の若い連中のような細腕にはできない点検だ」

 

 赤積君は……私の隣にどかりと座り、腰の瓢箪の中身を呷る。

 この匂いは……酒か。

 

「む。呑むか?」

「飲まん。私は酒が嫌いだ」

「勿体ない。こんなに美味いというのに」

「思考を鈍らせる毒を呷って何が楽しい」

「だが儂は、酒を飲んでいる時の方が強いと言われるぞ?」

「理性のタガが外れて暴虐になっているだけだろう。素面であれば躊躇する力みも気にしなくなる。酔っ払いの典型例だ」

 

 天を見上げれば……やはり、太陽と月が同時に出ている。おかしいのは「明るさ」だ。

 空は明るい。地は暗い。そう、地面に近いこのあたりはちゃんと「夜」なのだ。ただ恐らく、雲の上から天上までが──明るいまま。

 

 雲も、雲じゃない可能性が出て来たな。

 

「……それはなんだ?」

「見た事がないのか。これは象棋(シャンチー)という遊戯盤よ。どうだ、月見酒……は、お主は嫌なのだろうが、規を教えるゆえ、一手付き合え」

「初心者を甚振るのが赤州の州君の趣味、と。まぁ……良いぞ。待っている間は暇だからな」

「待つ? 何をだ」

「少しな。昼間の内に、灯濫会が現れそうな場所に罠を仕掛けておいた。音の出る罠だ、警告程度のものにしかならんが、充分だろう」

「ほぉー。……良い。良いな。そういった考えが脳裏にあれば、象棋も楽しめようよ」

 

 象棋ねぇ。中国将棋だ、というのは知っているけど……やったことないな。

 ルール聞いて、命数尽き果てるまで抵抗しますかね。

 

「まず、象棋は自陣と敵陣が」

「この中心の川のようなものを隔てるんだろう。そういうのは大体わかる。駒の役割と禁じ手、何をすれば勝ちか、だけ教えろ」

「……典型策もあるが、聞かぬか」

「聞いたら勝てん。井戸に住まう蛙の方が、時には珍しい毒を持っているものだよ」

 

 大海を知らずとも、敵は殺せるってな。

 

 

 大敗した。

 

「……そういえばお前、戦場においては将なのだったか。それは勝てん」

「いやいや、筋は良いぞ。基礎の考え方が出来ている。だがお主、守りが苦手過ぎるな。攻めは何度かひやりとさせられたが……将を守らんとする気概が一切ない」

 

 象棋。まず、駒の動きがかなり特殊だ。基本が斜め移動で、車と砲と呼ばれる駒だけが縦横に動ける。飛車かルークか、そんな感じの動き。駒を取るのも一つ駒を飛ばさないといけない、という……まぁチェスっぽいルールがあって、そこは順応できたけど……この帝宮とかいうルールと、占領域とかいうルールが厳しすぎる。

 敵に攻め入られた場合、そこが占領域になる。これをされると馬という駒の動きが大きく制限される。コイツは所謂ナイトなんだけど、敵を飛び越えられないので早めに動かしておかないと無意味な駒になる。

 逆に象は良い。どこでもいける。まぁ自陣だけだから防御用駒なんだけど、なるほどこれがゲームの名になっているのも納得、ってくらい動く。

 

「こちとら初心者だぞ! 手加減しろ莫迦者!」

「したらしたで、お主は"舐めているのか?"などと言ってくるだろう」

「言……言わない……が?」

「ブァッハッハッハ! これは言うな! これは言う!」

 

 ぐぬぬぬぬ。

 言う……だろうな。少しでも手抜きを感じたら絶対言う。……クソ、いつか負かしてやる。

 ただ、今やっても絶対勝てない。今度祭唄に相手をしてもらおう。……青宮城に帰って、私の扱いがそのままだったら、の話だけど。

 

 ……無理かもなぁ、もう。

 だって全員気絶させて、鬼に連れられて出て来たんだろ? 敵じゃん、もうそれは。

 

「時に娘子。お主はこの世をどう思う?」

「抽象的過ぎる。し、いきなり過ぎる。何の話だ」

「人は皆、平定たる世だと今を指して言う。灯濫会や混幇、鬼、幽鬼。様々な危険がのさばるこの世を、平定と。──お主の目には、どう映る」

 

 ああ、そういう話か。

 そういう話なら、答えは決まっている。

 

「お前の思う平定とは、楽土のことなのか?」

「なに?」

「人攫いもなければ犯罪組織もない。鬼も幽鬼もいない。危険が一切ない。それを平定というのなら、いっそのこと全員死んで楽土に行けばいい。楽土にはそういった些事がないのだろう?」

「では、娘子。お主の思う平定の世とはなんだ」

「誰もが意思を持てる世だ。強く輝く何者かに判断を委ねたくなるような時分にあるのならば、それは平定の世とは言えん。己が意思を持つことを許されん時分にあるのならば、それは平定の世とは呼べん。知性というものが果て無きところまで機能し続ける世こそを平定と象る」

「ブァッハッハッハ、それは夢物語よ」

「だから、平定の世など来ないし、ならない。世は常に動乱であり、落ち着きがない。悪意を持たぬヒトなどいない。善意は時として他を傷つけ、世界はいつしか渾沌へと堕ちる。……無論を言うなら、お前の周囲にいた"人"の言う平定は、ただただ州同士の戦争の無い期間のことだろうがな」

 

 意思がある限り人は争うし、意思があることだけが平定だよ。

 

「それは……些か、人を見下し過ぎてはいないか。悪意的だ、娘子。この火薪の民を見ても、それが」

「戦というのは大きく分けて二種類ある。悪意を以て行う侵略か、善意を以て行う征伐か。そして案外、後者の方が争いの火種にはなりやすい。悪意を曲げることは簡単だが、善意は中々に曲げ難いからな。……誰か守らんとする善なる意思。何かを糺さんとする善なる意思。他を傷つけずに他を守ることがどれほど難しいか。他を傷つけずに他を糺すことがどれほど難しいか。──これは悪意的か、赤積君」

「……」

 

 盾とは己が身を守るものでありながら、ただ「硬い」という理由だけで相手の拳や剣を傷つける。

 守りたいから打って出るし、守りたいから殲滅しきる。守りたいから敵を殺す。ほら、悪意で戦争を起こすことなんかより、善意で戦争を起こす方が遥かに泥沼化しやすかろう。

 

「……話が大きくなったな。これからは抽象的な問いをするな、赤積君。余計な高説を垂れられたくなくば、だ」

「お主の言うヒトとは、まるで獣のようだ。儂には……縄張り争いをする獣の話にしか聞こえなかった」

「まだ続けるのか。懲りん奴だな。ヒトの争いと獣の争い。何か違いがあるか、言ってみろ赤積君」

「獣は血を流す以外の争いを知らぬ。だがヒトは知を有す」

「莫迦を言え。流血が無ければ縄張り争いではないとでも言うつもりか。結局は弁の立つ奴が立たぬ奴を踏み躙るだけだ。力の強い者が弱い者を蹂躙するのと同じようにな。死ななかった。怪我をしなかった。だからそれでめでたしめでたし、とはならん。そういう奴ほど敵を恨むし、復讐を企てんと暴走する。戦えぬほどに痛めつけた方がまだ"平定たる世"は訪れようよ」

 

 ……いけないな。

 また……少し、酔っている。天遷逢の力に。

 前世の私はここまでの思想家じゃなかったはずだ。……昨日みたいに露骨に出てくるとバレるからって、小出しにしているのか?

 

「……まさに、混幇がそう、か」

「ああ、今朝言っていた黑手党か」

「うむ。混幇は元々、帝の権限を赤州に戻さんとする者達の集まりだった」

 

 おやなんとあっさり。

 ちょろっと気にしていた──元の帝がどこだったのか、が判明した、か? いや一個前とは限らんが。

 

「だが、既に他州は黄州を帝の住まう州と認めていて、今更赤州に、などと言い出しても争いにしかならん。だから解体した……のだが」

「その残党が混幇となった、と。お前の詰めの甘さが州を苦しめるとは、なんとも……ああだからお前が出張ってきているのか」

「うむ……。己のケツは己で拭く。儂の過ちに赤宮廷の兵を付き合わせることはない。そも、州君とは政に関わらぬ物ゆえな」

「……気になってはいた。なぜ火薪なんだ?」

「なぜ、とは?」

「灯濫会の狙いは貴族の幼子や社会的に死んだ若者なのだろう? だが、ここにいるのは平民だけじゃないか。灯濫会が火薪を狙う理由が分からん」

「火薪に調査をしに来たわけではない。儂はあの時、山奥……お主のいたところに来ていただろう。あの辺りで輝術の痕跡が途絶えていてな、あとは徒歩(カチ)で探すしかないと、ああして歩き回っていたところよ」

「だとしたら、あの小屋が連絡路だったんだろう」

 

 となると……さっきのブービートラップは意味無いか?

 ……最近から回ってばっかりだな。元からか。

 

「どういうことだ?」

「ん、ああ」

 

 話していなかった部分と、今回の件に関わっていない部分──つまり黒州で起きた事件をかいつまんで話す。

 恐らく笈溌(ジーボォ)だろう者による虫の道塞ぎと、杏仁(シンレン)が使っていた隠れ処についての話だ。調査中だと言っていた……想譚(シァンタン)のいた部屋の奥にあった通路の話。

 

「……黒根君らの見立てでは、黄州に繋がる坑道。数多の虫がそれを繋げ、あるいは塞いでいる可能性がある、か」

「ああ。何分他州で起きた事件だ、みだりに話すべきではないと考えていたが……そうも言ってられなそうなんでな」

「その判断は正しい。……こりゃ、儂一人じゃ無理かぁ?」

「──ええ、無理でしょうね。赤積君は戦に於いては千人力ですが、こうした調査は元来我々の仕事。──と言いますより、そろそろ誰にも何も告げずに出て行くの、やめていただけませんか」

 

 いた。いつの間にかそこにいた。

 幽鬼かと勘違いするほど……影の薄い男。線の細い、糸目の……ファンタジー知識で言うと「如何にも裏切りそうな」男。

 

「保護者か。良かったな、赤積君。迎えが来」

 

 トンカチを引き抜いて、殴打する。

 その掌を。私の頬を払おうとした手を。ああ、片付けてなかった象棋の駒が。

 

「……何のつもりだ?」

「平民風情が、私や赤積君になんという口の利き方をするものだろうか。況してや躾に抵抗するなど……」

「ほう。遅れに遅れたお貴族様風情が面白いことを宣うものだ。お前が赤積君を見つけられなかったばかりに様々が起きたが、まぁお前のせいじゃない。お前は自由奔放な赤積君の行動予測もできない、平凡極まりない高貴なるお方々だものなぁ?」

「──!」

「やめろ、螺孜(ルゥォズー)。儂が平民の中で育ってきたことは知っておるだろう。──儂の前で平民を侮辱するな」

「……失礼いたしました」

 

 赤積君のこのカリスマ性があって……統制が取れていないのか?

 他州でも赤積君の武に憧れて武器を持つ貴族がいる、と聞くくらいの武勇なのに、それを恐れない?

 

「娘子、お主もその剣気をしまえ。気を害したのなら儂が謝ろう」

「赤積君、お前に対する勘違いは謝ったが、赤州に対しての謝罪は撤回する。手を出すのも手を上げるのも、主に諫められて尚敵意を向けて来るあたり、赤州はやはり戦好きなのだろうな」

「──螺孜。お主、そこまでして儂に恥をかかせたいのか」

「赤積君。お言葉ですが、幼子の戯れ言です。私は敵意など向けておりませんし、手を出すも何も、礼を欠く子供に躾を」

「よくわかった。赤塞城に帰り次第、お主を付き人から外す。──目障りだ。去ね、下郎」

「あ……あなたがいなくなったことで、赤塞城は大騒ぎです。私がどれほどの伝達に気を揉んだか……!」

「"私はこれだけ頑張っているのに、努力が認められないのはおかしい、正しいのは私だ"か? とんだ猟犬もいたものだな、赤積君」

「娘子、要らぬ挑発は止せ。此奴に冗談は通じぬ」

 

 まだ、生きている。

 天遷逢による──直感の本能は。

 出て来ようとしているくだらん意識を抑え込みつつ、上澄みである力だけを使う。

 

「要らぬ挑発ではないさ。──お前だろう、あの小屋の管理者。ああ、なるほどなるほど」

 

 間抜け者の罠(ブービートラップ)か。

 私という罠に、間抜けが引っかかったな。これも「符合の呼応」か?

 

「娘子。足る根拠を出せ」

「コイツが一人である。充分だろう」

 

 赤州のはずれもはずれだというここにまで、誰も率いることなく一人で来る付き人。

 ──むしろ小屋が壊れたことの方に用があって、たまたま赤積君を見つけたと考えた方が自然だ。

 

 持ち上がる。

 浮いていた螺孜の身体が、今度は故意に持ち上げられる。

 

「ち、赤積君!? このような平民の幼子の言を信じるのですか!?」

「また、侮辱したな」

 

 骨の軋む音。

 

「おい、貴重な情報源を殺すなよ」

「赤積君! 目を覚まして下さ──ガッ」

「おい」

「殺しておらん。輝術で気絶させただけだ」

「ああ……上限情報か」

「ほう? よく知っているものだな」

 

 さて。

 

 

「明らかに、下っ端だろうな」

「お主もそう思うか。言動がな、これで幹部であれば、儂ももう少し楽をできるが」

 

 歩きながら話すは、赤積君が浮かせ持っている螺孜について。

 ちょっとお粗末すぎる。色々と。

 だからこんな辺境の地が監視対象だったのかもしれないけど。

 

「しっかし、良い剣気を出すものだ。お主が幼子でなければ、一手試合ってみたかったものよ」

「莫迦を言え。輝術師相手、それも州君相手に何ができる」

「そちらこそ馬鹿を言え。儂が止めなければ螺孜と一戦やるつもりだっただろう。何か隠し玉があるな?」

「ふん、輝術師程度、トンカチと鋸があればどうとでもなる」

「ブァッハッハッハ! まるで会話にならんな! 言葉が逆さにも程があろうさ!」

 

 くだらない雑談をしながら辿り着いたその場所は……昨夜の、全焼した小屋。

 とりあえず改めての検分。穴が開いていないかとか、おかしな輝術が使われていないか、とか。

 

 結果から言うと、見つかった痕跡は一つだけだった。

 

「やはり……この辺りの地だけ、他に比べて柔らかい。虫による埋め立ての痕跡だろう」

「輝術や穢れの痕跡はないのか?」

「無い。……掘り返すのは、些か危険だな。追ってくる者への対策を仕込んでいる可能性が高い。だが……」

 

 離れていろ、と短く呟いて、赤積君はその斧槍を大きく振りかぶる。

 

 バックステップ。

 

「せい!」

 

 穴だろう場所に向かって振り下ろされた斧槍。

 直後、遠くの山の中で噴煙が上がった。

 

「今のは……?」

「衝撃に合わせて空気を押し込んだ。これが元々穴だったというのなら、どこぞかに繋がっているということを読んだのだ。結果、あの場所にああして砂煙が舞っている」

「あっちにも拠点がある、か」

「うむ。してどうする娘子。お主が付いてくる必要はないが」

「火薪にいて私に何ができる」

「お主がついてきて何ができる?」

「無論、対輝術師の隠し玉を使う」

 

 赤積君はまたきょとん、とした顔をして……今度は獰猛な表情を浮かべた。

 

「この先は危地。己が身は己で守れよ、娘子」

「そろそろ名前で呼べ、小勇(シャオヨン)

「ブァッハッハッハ!! 儂を子ども扱いか! ではお主は幾つだ、祆阿姨(シェンアーイー)

「誰が阿姨だ誰が」

 

 阿姨。お姉さん……あるいは、おばさん。

 いやもうおばさんだけどね、私。前世含めたら充分に。

 

 ただこの男より年上であるつもりはない。

 今更だけど、夜雀(イェチュェ)さんとかが呼んできている小祆(シャオシェン)は、つまり祆ちゃん、である。祆蘭ちゃん、祆ちゃん、という年下への可愛がりの呼び名。

 

「──気を付けろよ、赤積君。まだ終わっていない可能性もある」

「むぉ?」

「気を付けろ、というだけの話だ」

 

 ブービートラップが「符合の呼応」であればいいが……私達が引っかかる可能性もある。

 それに、私が今日作ったのはブービートラップだけじゃないからな。

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