女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第二十八話「ピンホールカメラ」

 して、その瞬間が訪れる。

 空飛ぶ馬車に乗る私と黒根君(ヘイゲンクン)。今回は祭唄(ジーベイ)も一緒。凛凛(リンリン)さんは普通に黒犀城(ヘイシージョウ)に戻った。

 

「お、示硯山(シイェンシャン)だったかあの山。行きにお前が意気揚々と紹介してくれた山だ」

「ソ……ソウダネ」

「ちなみに示硯山には大顎(ダーェア゛)というワニが生息している。美味しい」

「へえ。え、ワニ? ……こういう?」

 

 両手をくの字にして、閉じる。

 頷く祭唄。

 

「遠征に行く輝術師くらいしか食べないものだけど、なんでみんな食べないのかわからないくらい美味しい。勿体ない」

「普通に平民には獲れないからじゃないか……?」

「あ、そうか。危なすぎる」

「ソ……ソウダネ」

「黒根君も食べたことあるのか?」

「ソ……ソウダネ」

「ダメだなこれは」

 

 出立前、凛凛さんに言われた言葉。

 

 ──あなたは油断しているかもしれないけれど、青清君が気まぐれというのは本当なのよ。あなたの言葉がどれほど届くかはわからないけれど……できるのなら、心の底から黒州を守りたいと思ってちょうだい。

 

 私のこの全身包帯且つ両足骨折の姿を認識した瞬間、黒根君の首が刎ねられる可能性まであるという。

 それほどまでに力の差の開きがあるとか。

 

 だから、心して。

 

「契約成らず、か。──黒根君」

「エ」

 

 

 

 

 ──三日ぶりの青宮城。

 

「本当に……ほんっとうに、死んだと思った……。やめてくれよ、君の冗談は冗談にならない……」

「油断をし過ぎましたね、黒根君。青清君は州境で今か今かと待っていて、ごふっ」

 

 上限情報ではない。フツーの肘鉄が進史さんに入る。

 

 まぁ、端的に言うとそういうこと。

 青清君は示硯山の麓で私を待っていたようで、空飛ぶ馬車が見えた瞬間に飛び乗って来たのである。

 そして……空飛ぶ馬車を持ち上げて、青宮城まで運び込んだ。

 

「ふん。あれだけ格好つけて傷一つつけたりしないよ、などと言っておいてのコレだ。……まぁ、祆蘭の性格上、必ず無理をするだろうし、必ず何かしらの大事を起こして帰ってくるだろうから、無傷は絶対に無理だとは踏んでいた。……祆蘭」

「なんだ」

「問う。体は良い。後で聞く。それではなく──出立前に黒根君が言っていたことは、されていないと見るが、いいな?」

「何の話だ?」

「だ……だから、その」

 

 おや、三日経って気持ちの整理もできたと思ったのに。

 まだごにょごにょしてるのか。

 

「はぁ……。面倒くさい。そろそろ本当に面倒臭い」

「ん。……私が言ったら私が怒られる。言うのはあなたの役目、進史様」

「ん、え? ああボクが言えって? ……ボクも青清君は怖いから言えないカナー」

「いや、元はと言えばあなたが始めた……。ああもういいです、面倒臭い。祆蘭、接吻のことだ。それをこの三日でされていないか、と青清君は問いたいそうだ」

 

 ああ。そういえば「また唇を奪いに行く」みたいなこと言ってたな。

 もうそれどころじゃなくてすっかり忘れてたけど。

 

「大丈夫だ。黒根君には何もされていない」

「ちょ──!?」

「に、は?」

「ああ。祭唄様がな。黒根君の付き人が、祭唄様の脳内に春画の類を送ったらしい。それが私と祭唄がくんずほぐれつするもので、肉体関係の」

「言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ!! 君、ちょっと!! 事の重大さ! 事の重大さを知らなさすぎる!!」

「そうか。黒根君の付き人四人。どれだ」

「凛凛様」

「……あの面妖な小娘か。……よし、仕返しはしておいた」

 

 あ。

 そっか、そういえば青清君、普通に青宮城から帝に情報伝達できるくらい、広範囲で輝術使えるんだった。

 

「ま……さか、凛凛を……」

「ああ」

「……!」

 

 シリアスな表情になる黒根君。

 うん、凛凛さんもだけど、青清君をわかっていないのはこの人たちの方だと思う。

 あるいは、私と会ってから丸くなってくれたか、だけど。

 

「何を……した!」

「服を脱がせた。女中……七、八人の掃除を眺めていたようだったが、どうにも自分だけ怠けている雰囲気だったのでな。恥をかかせてやったわ。妥当な報いだろう」

「へ」

「よし、黒州の話はもういい。興味がない。それより祭唄、先ほどお前の報告記録にあった、磁粘板というものを私に見せろ。よく観察したい」

「はい」

 

 あ、マグネットボードが。

 まだ未完成なのに。

 

「この手触りは……なんだ? 成分自体は……牛の乳に感じるが、何をしたら牛の乳がここまで固まる?」

「えっと、青清君」

「なんだ。……ああまだいたのか黒根君。とっとと契約した情報を私に送れ。そして帰れ」

「あ……うん。そ……あー。それじゃ、ちょっと確認することがあるから、それ、祭唄に返すと良いよ。混乱で破壊しかねない」

「む。……そこまで過激なことなのか」

「過激というか……君の想いは多分欠片も伝わっていないというか……」

 

 マグネットボードが祭唄に返される。

 そして……多分輝術による情報伝達が始まり。

 

「!? ……ま、まだそんなことを!?」

「うん、最初に」

「だから……違うと。あ、いや、ではそちらはどういう……」

「言葉で言い表せるものではないから、感情を共有すると……」

「……~~~っ!?」

「あ、ゴメン、それ以上の部分まで送っちゃったかもしれない」

「か……かか、帰れ! やはり黒州との取引などに応じるべきではなかった! 祆蘭におかしなことを吹き込んでいないだろうな!!」

「おかしなことって……。それをやましい事、なんて考えている内は、まだまだお子様だよ」

「……──進史!!」

「いえ私は何も知りません何も言いません。祭唄、祆蘭は湯浴みが可能な状態か?」

「まだ。体は私が拭いてる」

「そうか、では自室に戻らせよう。夜雀(イェチュェ)の乗る……車椅子と言ったか? あれを私が生成するから、少しだけ待っていてくれ」

「祆蘭を運ぶ」

「ああ」

 

 とかなんとかあって。

 別れを告げる暇もなく、私は自室に帰って来たのだった。

 

 

 

 進史さんに大体を報告し終えた。

 黒州であったこと。鬼、幽鬼、そして……虫と御史處(ユーシーチュ)の話。

 祭唄が固定したサンプルの虫も渡し……「今日明日はゆっくり休め。怪我だけじゃない、心身の疲労もあるはずだ。……謹慎ではないから、城の中を動き回ることは許す。よくやったな」と言って去っていった。

 できる上司だ。

 

「祆蘭、私は一度要人護衛への情報共有に戻らないといけない。……できるだけ早く帰ってくる。だから」

「今回はどこにも行かん。行けんし。もう心配はかけないから、大丈夫だ」

「……。信じてる」

 

 祭唄もいなくなって、一息。

 

 音。

 

「吐けると思ったんだけどなぁ。やっぱりいたか」

「酷い言い草ね。あの方からの文と答えを貰ってきてあげたのに」

 

 お。それは嬉しい。

 

「じゃあ、読むけれど。……"お元気ですか? ふふ、随分と無茶をしたと桃湯から聞きました。あなたが五体満足である必要はありませんが、死ぬことだけはやめてくださいね? さて、あなたの問いに対する答えは同封するものとして……、扇子、でしたか。これ、思いの外便利なので、一つ。こちらが有する情報をあなたに流してあげます。もうすぐ、『月と太陽が同時に出る刻』が訪れます。その日は鬼や幽鬼と言った"肉体の檻"に囚われぬ者だけでなく、あなたや私も気を落ち着かせることの難しい刻となるでしょう。どうぞ、ご自愛くださいますよう"」

「『月と太陽が同時に出る刻』?」

 

 別に……日食のことを指していないなら、昼間の空に月くらいあるだろ。見えづらいだけで。

 いや待て、なんか私前この世界のこと天動説の世界じゃないか、って推測してなかったか?

 

 ……なんにせよ、わざわざ言うってことは、なんかあるのか。あとで祭唄に聞いてみるべきだな。

 

「そして、こっちが答え。"海の底と天空、どちらが嫌がるか。そうですね、その二択であれば確実に天空です。ですが……あなたにどのような技術があるのだとしても、天空へ行くことはおすすめしません。彼らの目を逃れることができないからです。であれば、海の底か、あるいは地中の方が可能性はある……かもしれませんね"。だそうよ」

「彼らの目……。神なりし者。穢れのご意思、とやらか」

「さぁ。私にはあの方の言ってることは何も」

「……まだあの方呼びするんだな。お前達にとっては"失敗作"なのだろう?」

「鬼を一枚岩に考えないで。私には私の、今潮(ジンチャオ)には今潮の考えがある。目的に不要だからと言って敬を損ねるほど私は子供じゃないのよ」

「そうか。……わかった。謝罪する。……で、今回の品だが」

 

 窓の外にぽーんと放るは──バンブーマリンバ。

 

「……なぁに、これ。おかしな形の笙?」

「いや、こいつと、こいつで……平らな部分を叩くと、良い音が鳴る。楽器だ」

「ふぅん。……ま、なんでもいいけれど。それで、聞きたいことは?」

「"純血"の所在」

「今潮にも聞いてたわね、それ。……そんなにも重要なこと?」

「ああ。私にとっては、だが」

「……わかったわ。伝えておく。それじゃ。護衛の子、もう戻って来てるから。その文についた穢れ、消しておきなさい」

 

 音が消える。返事も待たずに去ったらしい。

 私も……超小規模に威圧を出して、穢れを消し去る。……上手くなって来たな。

 

「戻った! 祆蘭いる!?」

「いるいる。そして、ほら」

「……! 帝からの文……」

「ああ、祭唄がいなくなった途端入って来た。見計らっていたのだろうな」

 

 普通の棚にそれをしまっ……しまっ……。

 

「はい。無理しないでいいから」

 

 しまってくれた。届かなかったのだ。 

 廊下に出る時は進史さんが生成してくれた車椅子に乗るけど、部屋の中では椅子に座っている。

 やはり足が折れているのは不便だな。次からは足も守ろう。

 

「祆蘭が寝るまで、私はまた勉強をする」

「……まだ寝ないぞ?」

「なら、沢山覚えられる」

 

 前向きだな。

 しかし……疲労はほとんどしていないから、全然眠くない。

 

 ……なんか作るか。

 

 用意するものは真っ黒に塗った木、紙、薄紙、硝子加工レンズ、カゼインプラスチック、そして黒州でちゃっかり買って来た植物油。そして鶏卵。

 まず、植物油と卵白液を混ぜて、木枠にうすーく張る。紙を植物油に浸す。

 それが全体に馴染むまで待つ間に、直方体の木箱を作成。底面に穴をあける。

 次に、その直方体にすっぽり入るような大きさの木箱を作成。こっちは上下を閉じないでおく。

 

 薄紙の上に植物油で浸した紙を乗せ、さらに薄紙を被せ、内側の紙が破れないようにそーっとそーっと圧し潰し、薄紙に油を吸わせていく。

 この工程を何度も繰り返し、紙が背後にあるものを薄く透かすようになったら紙の作業は終わり。

 透け紙を小さい方の木箱の底面にピンと張るように紙で作ったベルトによる縫い付けを行い、それを大きい木箱へGO。

 穴に対してレンズを嵌めて、適当な工具をレンズの前に置いて、完成!

 

 色々なものが足りないけど、超劣化版鶏卵紙風トレーシングペーパーinピンホールカメラ~!

 

 ……なお、発色は最高に悪い。

 

 二、三時間くらい待ってから取り出したものを見てみると……う、うん。

 まぁ。う、うん。

 

 っていうか輝術っていう最高の光源が……。いやいやいや。

 

「それ、輝絵?」

「の……なり損ないというか」

「確かにほとんど見えない。……でも、誰でも輝絵を作れるようになったら、凄いことになる」

「情報伝達ができるわけじゃないし、時間がかかりすぎるからなぁ」

 

 インスタントカメラくらいなら自作したことあるけど、材料が足りなさすぎる。

 本格カメラは業者にお願いします。私のこれは『写ラナインです』とでも名前を……いややめておこう。

 

「あ、そうだ祭唄。チャオチャンデンツンザイ、だっけ? あれが何かを教えてほしい。言葉じゃなくて、どういうものか、というのを」

「チャオチャンディツンザイのこと?」

「そうそれ」

「……祆蘭は、太陽とか月のことを知っている?」

「知っている、とは?」

「太陽が何か。月が何か」

「……楽土の知識しか知らん」

「そう。……太陽は、智慧の象徴にして、慈悲の象徴。大いなる実りの輝き。月は反映の象徴にして、明晰の象徴。地から天を支える白磁の煌き」

 

 お……っと。

 これは……この世界の宗教か?

 

「私達は、こういったものを総称してチャオチャンディツンザイと呼んでいる」

「……象徴、ということか?」

「違う。……海、山、川。これらもチャオチャンディツンザイの意思が宿る」

「自然、ということか?」

「違う」

 

 あー、これ。

 完全に私のわからない概念かもしれん。

 

「ええと、絵には描き起こせるか?」

「無理。形あるものではない」

「祭唄の書ける文字で書くと、どうなる?」

「こう」

 

 ……おっと、今まで見てきた文字のどれとも違うぞぅ!

 比較対象が無いとわからん!

 

「生きているものか?」

「捉え方次第。……角が立つ」

「あー、目に見えるもの?」

「捉え方次第。人による」

「会話はできる?」

「捉え方次第。できる、できたと言い張る人もいる」

「youtuber?」

「……? 今何て言ったの?」

「すまんふざけた」

 

 いきなり(シェン)ネーター始まったからさ。

 

「聞いている限りだと、幽鬼や鬼と同じに聞こえ……祭唄顔が怖い」

「……。祆蘭。それは、絶対にだめ。同一視しちゃいけない。それは……それは、本当にだめ」

「わかったわかった。しかしそうなると、じゃあ例えば私はチャオチャンディツンザイだったりするか?」

「それは……。……。……、……──。……捉え方、次第?」

「凄まじい間だったな」

 

 なんなんだチャオチャンディツンザイ!

 私ですら捉え方次第って何!? でも鬼は違う……私が鬼子母神に担ぎ上げられかけていることを言ったら否定されるのか?

 

 わ、わからん……。

 

「私がもっと祆蘭の言葉を覚えて、伝えられるように頑張る」

「……すまん、こっちから歩み寄れなくて」

「私がやると言い始めたこと。気にしないで」

 

 ……ん。

 寝るか。もうチャオチャンディツンザイのことで頭がいっぱいで、工作に集中できる気がしない。

 

「寝るの? じゃあ持ち上げる。横にするから、力を入れないでね」

「ああ、ありがとう。……ところで、凛凛様に送られたという私との」

「揶揄おうとしても無駄。祆蘭はあんなうっとりした顔、絶対にしないから、本物じゃないとわか……」

 

 途中で停止する祭唄。

 なんだ、攻撃を受けたのか。

 

「……いくら青清君でも、この情報を渡すのは無理」

「え、求められたのか。……青清君、なんかどんどん」

 

 残念になっていくな、とか。

 ……いや、黒根君のイメージに引っ張られ過ぎか? 青清君は別に未だそこまで……。

 

 

 翌日。

 当然足はまだ治っていないけれど、城内を車椅子でごろごろ走る。

 手だけでも運動しないと鈍る鈍る。

 

 なお夜雀さんはもう車椅子を脱していた。骨折ってそんな早く治るっけ? とか考えていたら、輝術のおかげだという。

 え、でも輝術って治癒はできないんじゃ? と問えば、「布を巻く、なんかよりも、完璧に固定できるからね、輝術は」らしい。なる、ほど?

 よくわからん。

 

 青宮城は結構広い。ど真ん中の滝を囲う廊下はかなりの長さで、運動にはもってこいだ。……あくまで貴族の勤める静かな城なので、いえーい! とかはできないけど。

 

 と。

 

「あ、蜜祆(ミィシェン)様」

「……あらあらあら! 久しぶりじゃないですか祆蘭! どうしたの? どうしたんですかその身体! 痛む? 痛むなら私がよしよしさすさすしてあげますね!」

 

 蜜祆さん。

 私の聞き違い、読み違いでなければ、私と同じ字を名前に持つ人。

 ため口+丁寧語という不思議な喋り方をするこの人は、曰く地方出身貴族なのだとか。つまり方言だ。青宮廷の貴族の喋り方じゃない。

 そうだ、今更だけど「口調」は存在するんだな、って。つまり標準語……言語のデフォルトというものは存在しないのか。この世界、一人称も日本並みにバラバラだし。

 

「蜜祆様は、なぜ一層に? 三層のお勤めじゃなかったか?」

「ああ、それがね。今少し三層で問題が起きていまして。……そうだ、祆蘭。あなたは考えること、好きですか?」

「考えること自体は好きだが、答えを導き出せるとは言えない」

「そう……。でも構いません! 少し事情を聞いて。お願いします、祆蘭」

 

 また事件だろうか。

 そう簡単に首を突っ込んでいいのか、と思う私と……あまり逼迫していなさそうな蜜祆さんの様子を見て。

 

 私は、頷きを返した。

 

「ありがとう! それでは三層の研究室へ行きましょう!」

 

 ふわりと浮く車椅子。

 視線……は、要人護衛の人達か。あ、玉帰(ユーグゥイ)さんだ。

 

「とうちゃーく! できるだけゆっくり降ろしましたが、痛い所とかないですか? 大丈夫?」

「ああ、問題ない。それで、問題というのは?」

「見てもらった方が早いと思うから……ええと、これはここを押せばいいのですか? それとも浮かせる?」

「どちらでも」

「なら色々怖いから、浮かせていきますね」

 

 ふわーっと。

 低空浮遊で、研究室……と、通称で呼ばれている部屋に来る。明らかに他の部屋より文字が多いから、実際の名前はもっと長いと予測している。でもこの世界文字数と音数あってないからわかんないよなー。

 

 そして部屋に着いた瞬間、音が聞こえた。

 ……弓の音ではない。「こぉぉぉ」という反響音に近いものだ。

 二層までは聞こえなかった……というか研究室に近づくまでは聞こえなかったあたり、この部屋から響いているのだろうけど……なんだ?

 

「聞こえた? 聞こえましたよね。今三層じゃ、この現象が至る所で起きているのです」

「んー、聞いた感じ洞窟とかで聞く風の音に近いな。輝術で音の発生源を探る、とかはできないのか?」

「既に全部精査したけど、そこかしこから鳴っている、としか」

「二層と四層は?」

「なかった。ちゃんと許可を取って精査させていただきましたが……」

 

 ふむ。

 音の正体自体は何かを風が通り抜ける音で合っていると思う。ただ輝術精査で何も見つからなくて、しかも三層だけ、というのが不可解だ。

 

「三層の中で、この音が一度も聞こえなかった部屋はあるか?」

「無い無い。全部調べて、三層だけがこうなりました」

「起きたのはいつからだ?」

「四日前だねー。あっ、丁度黒根君が来た日です。まさかあの女食らい、何か仕掛けを施して行ったのでしょうか……」

「やめとけやめとけ、仮にも他州の州君だ。……ふむ」

 

 でも、確かに黒根君が来た日、か。

 だとして彼女にそんなことをしていく動機が見当たらないから関係は無さそう。

 

「四日前、新しく作ったもの、設置したもの、配置した人員、他、五日前と四日前で変わったことはなにかあるか?」

「研究室だけで言うと棚の配置を少し変えたかな? 他の部屋はわかりませんが……少し聞いてみますね。みんな困ってるから……」

 

 目を瞑り、額に指を当てて……蜜祆さんは「ムムム」なんて言いながら情報伝達を始めた。

 言う必要ないんじゃ。いや言わなきゃできない人もいるのか?

 

「全部の部屋に聞いたけど、どこも大したものは作っていないそうです。模様替えすらしてないって部屋も多いし、ほとんど人の出入りしない倉庫からも聞こえているようですね」

「……ふむ」

 

 まぁ。

 直感で言うなら……これただの共振だと思うんだよな。

 青宮城は結構特殊なつくりの城だ。ど真ん中に滝があるから、吹き抜けになっている。こいつは謂わば風の通り道になり得るし、音の通り道にもなり得る。

 三層だけ、っていうのが難解だけど、音響スペクトラムアナライザーとか設置したらここだけ共振が起きてる、ってことが判明しそう。

 

 ……あ、そうだ。

 

「要らん紙、あるか?」

「いくらでもあるけど……何をするのですか?」

「ちょっとな」

 

 さて、二番煎じの二番煎じだけど、作るのは紙鉄砲だ。

 それをたくさん作る。

 

「?」

「蜜祆様、三層と同じ高さで、中央の滝の近くにいてくれないか」

「よくわからないけど……わかりました」

 

 彼女が出て行って、所定の位置についたことを確認。

 そうしたら扉を閉めて、窓が閉まっていることも確認して。

 

 紙鉄砲を連続でパパパパパパン! と鳴らす。

 

 すぐに蜜祆さんが帰って来た。

 

「今何かした!? 何か風がふわりと上がってきて、驚きました!」

「なぜこうなったか、はわからんが、何が起きているのか、は理解した」

「ふぇぇ……本当ですか?」

「ああ。とても簡単に言うと、一層から滝を駆け上る風の振動が三層の空気圧とだけ共振している。三層はどこも窓を閉め切っているだろう? だから他の階層と違って空気圧が高い。それで三層だけが共振を起こしている……のだと思うのだが、証拠も無ければ原因もわからん。扉か窓を開けて作業すれば音は消えるだろうが……」

 

 少し前に作ろうとしていた鳴り独楽なんかと同じ、風が細い所を通って起こる音の発生。それ自体はそうだけど。

 考える。「符合の呼応」も使って考える。

 

 ピンホールカメラの原理は……あんなのただレンズの光を結んでいるだけだし、音は一切関係ない。

 ……んー。

 

「そういえば……」

 

 チャフを誰が撒いたのか、という問題。

 まだ解決してなかったような。

 

 青宮城よりも高空。

 そうだ。

 

「私は輝術師でないからわからないんだが、遮光鉱(ヂェァフゥンクゥァン)というのを精査した時、輝術師にはどんな感覚が返ってくる?」

「なんで今遮光鉱? 構いませんが……そうですね、感覚は返って来ません。ってより、あるって意識してないと気付けないよ。あると意識していると精査できない箇所があることがわかり、ようやく気付くことができます」

「各部屋にかけられている防音輝術にはどう作用する?」

「どう、と言われても。……そこだけ防音輝術が効果を発揮しなくなります。……あ!」

「だと思うんだよな、この城の三層に張り付くことのできる穴とか、それくらいしかなくないか」

 

 また「ムムム」と言いながら目を瞑る蜜祆さん。自分だけでは全部屋を精査する権限がないのだろう。

 

 して。

 

「あった! あります、各部屋の外壁に一粒ずつ!」

「……それは、偶然付着したものとは考えにくいな」

 

 やっぱり「符合の呼応」は合っていた。

 ピンホールカメラ。穴が小さいことで、木箱の中に光が通る。

 しかし、やっぱりシンプルなものじゃないと何が呼応しているのかわからないな。

 

「進史様に連絡を入れるね。少しお待ちください」

 

 一粒ずつ付着した遮光鉱。

 そんなの、どう考えても盗聴用だ。

 

 敵がチャフを撒いた時、そういう工作もしていった、のだろうか。

 ……でないと他の層にもつくはずだし。

 

「ありがとう祆蘭! これ、仕事の邪魔になるだけでなく、下手をすれば青宮城そのものに関わる問題になっていたかもしれないので……。──お礼に、祆蘭の大好きな三不粘(サンプーチャン)を作ってあげる!」

「実は期待していた」

 

 そう、私がこの人と仲良くなった理由。

 中華といえば食! なイメージがあって、その中でも幻のスイーツといえばやはり三不粘。前世では一度も食べられなかったソレ。

 この世界、中華風だし、もしやあるんじゃないか、と調理室の皆さんに聞き込みを行っていたところ──「そういえば、蜜祆様があなたの言うものに近いお菓子を作ってくださったことがありますよ」との情報が。地方貴族とはいえ権力的には結構偉いらしい蜜祆さんにそれだけのための訪問をしに行くのは多少の勇気が要ったけど、玉帰さんの助けもあって繋いでもらい、なんだかんだあって意気投合し、聞いてみたら「大変だけど作れるよ~。輝術を使って作る料理ですから、皆さんも作れるはずなのですが……。多分面倒臭さが勝ったんだと思う。地元でも、一番早く作れるのは私でしたし」との返事が。

 ……後から調理室の人達に聞いてみれば、まさにその通りで、めちゃくちゃ謝られた。嘘吐いてごめんなさい、って。いや私の我儘だから良いんだって。

 

 ちなみに大好きか、と問われると……。

 

 まぁ、私に食の好き嫌いは無い。

 ただ前世で食べた事のないものを食べたいだけだ。とはいえ甘いからありがたいんだけど。推理素人小娘とはいえ頭脳労働には糖分が必要。……三不粘に糖分入ってないって? うるさい!

 

 そういえば処刑と松脂ヒコーキの件とか、どうなったんだろうなーとか。

 チャフの件から連想しつつ……蜜祆さんが作ってくれた三不粘をふにふに食べるのであった。

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