女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第二十七話「観劇記録」

 黒州(ヘイシュウ)雑技団。

 正式名称を『輝園』。サーカスとは違って、動物を使った芸はなく、全て人が行う。

 

 今回は貴賓席……黒根君(ヘイゲンクン)凛凛(リンリン)さん、祭唄(ジーベイ)、私が普通の観客よりも高い位置にある席に座って、それを見ることになった。

 こういうものは正面から見た方が良いと思うんだけど、同時にお客さんもこんな包帯まみれの子供がいたら楽しむに楽しめないだろうから、まぁこれでよし。

 

「一部が輝術を使わない雑技、二部が輝術を使った雑技。輝園の在籍人数は凡そ五十人弱で、表舞台に出てくるのはその内の二十人です」

「五十人も? それでいて、裏方が三十人もいるのか。裏方は何をするんだ?」

「裏方は音楽や光、風、水飛沫といった観客向けの演出に注力します。輝術師でない……つまり平民も混ざっているため、そういう者達は観客整理や次に使われる道具の最終確認、使われた道具の即整備などを担当します」

「へぇ、平民が混じっているのか。それは良いな」

「輝術を使わない雑技の面々には輝術師も含まれますが、平民の方が割合は多いですよ。つまり輝術による身体能力の向上や衝撃吸収を使わずに雑技をするわけですから、見ていて危険に思うかもしれませんが、同時に人気も高いです。なお、危険に思ったとしても飛び出してこないでくださいね。そういう演出なので」

 

 支配人……というとおかしいか。

 案内役? 団長? よくわからないけど、私達に対して『輝園』の説明をしてくれているのは泉過(チュェングゥォ)という男性。恐らく貴族なのだろうけど、かなり物腰柔らかで落ち着いた人で、平民たる私がこの貴賓席にいることになんの文句も無い、と言った様子だった。黒根君とも昔からの知り合いのようで、あの黒根君が完全に身内扱いしているあたり、相当な善人と見ている。

 

「一応確認したい」

「はい、如何いたしましたか?」

「流石に幽鬼や鬼が出てきたら飛び出して良い、よな?」

「ええ、それは無論にございます。ただ……お嬢様が出るよりは、黒根君にお任せすべきかと思われます。そういった災害に見舞われた場合、私達は観客の避難誘導を行いますので、皆様も……黒根君も、ご無理はなさらぬようお願い申し上げます」

「誰にモノを言っているんだか。それと小祆、鬼も幽鬼もそう簡単に出るものじゃないんだよ。君が遭遇し過ぎているだけ」

 

 ……怖いんだよな。

 ここ数日、私は赤べこしか作っていない。「符合の呼応」から推理をすることの多い私にとって、現状は未知数だ。それが当然と言われたらそれまでなんだけど……いや、これは私のファンタジー知識というか地球知識が悪い。

 

 サーカスとか雑技団とかを見に行くと、絶対事故が起きる──なんて、それこそ創作の中だけの話。実際はみんな練習に練習を重ねて、そういうことが起こらないように日々努力している。

 つまり杞憂だ。

 

「申し訳ない。お前……あなた達の努力を否定するような思考をしていた。本番を楽しみにしている」

「はい。どうぞお楽しみください、お嬢様。そして皆様も」

 

 開演まであと一半(十分)ほど。ゲリラ開催だというのに客席は全部埋まっていて、子供から大人までずらりと並んでいる。

 ……娯楽が少ない、のか? それか、それほどまでに見る価値があるか、だ。

 

 泉過さんが出て行って、少しだけ無言の時間が流れる。

 

「あの人……凄い。私が『輝園』を見たの、五、六年前なのに……私のこと覚えてた」

「アイツは昔からそうよ。人の顔を覚えるのが得意で……ま、ほんとかどうかは知らないけど、公演に来た観客全員を記憶しているとかなんとか。加えてすれ違った相手でさえも覚えてるとか言ってたかしら」

「泉過自体は雑技をしないけれど、彼の特技も充分雑技だよね。見映えは……しないから、披露しないだけ、だろうし」

 

 へー。サヴァンのようなものか?

 にしては普通の人っぽかったけど。あるいは超絶記憶力の良いだけの人か。

 なんにせよ、経営陣かオーナー陣にそういう人がいるだけでこういう団体はうんと力を増すよなぁ。

 

 にしても五十人て。……いや確かに裏方はいればいるだけいいんだけどさ。

 

 音。

 

 ……去ったんじゃなかったのかあいつら。まぁなんもしないだろうから放置するけど、わざわざ所在を知らせて来るとかかまってちゃんか?

 

「始まる」

 

 よし、思考から排除。

 新鮮な気持ちで楽しもう。

 

 

 まず出てきたのは、「あしながおじさん」だった。長い長い指貫(さしぬき)に包まれた足……というか多分竹馬か何かに乗った男が、それを本当の足のように扱いながら舞台を歩く。手がちゃんと前後に振られているあたり、竹馬は足に固定されているのだろう。バランス感覚、体幹、何よりもソレが「棒」ではなく「足」であるという魅せ方。

 

 見事。

 とか思っていたら、大きめの犬が舞台に上がり込んできて……「あしながおじさん」の足のまわりでうろちょろし始める。

 あの犬は獅子舞……中華の獅子舞じゃなく、日本の獅子舞と似た構造だろうな。中に背の小さい大人か子供が二人入っていて、息の合った動きで本物の犬のように前足と後ろ脚を動かしている。犬のせいであわや後ろに倒れるか、と思われた「あしながおじさん」は、その足を両脚器のようにぐるりと回して事なきを得た。

 ……よくよく見ると舞台端に演目のようなものがある。読めはしないけど、何かテーマのある雑技なのだろう。

 その後、短剣や松明と言った「一見して危ないもの」でジャグリングを行う者や、球体の上で踊りを披露する者、「あしながおじさん」の足をくるくると回りながら昇っていくものなど、矢継ぎ早に行われる芸は観客に休む暇を与えない。全てが驚きの連続で、全てが「危険そう」。

 危なっかしく見せる演技がとても上手い。これは子供は大喜びだろうな。

 個人的に驚いたのはラートやシルホイールの芸まであったことだ。時代先取りが過ぎる。しかも古代中国じゃなく近代カナダとかドイツの芸だし。

 

 加えて、先ほど説明された通り、そういう「危ない場面」や「窮地を脱した場面」で都度都度火柱や煙幕、水飛沫が走る。風は貴賓席ゆえ感じ取れないけど、観客席を見る限りびゅうびゅう吹いているっぽい。というか最前列の貴族、普通に服を濡らされているけど怒らないんだな。……あ、自分で乾かした。

 輝術って……。

 

 しかし……輪鼓が出てこない。

 なぜだ。アレこそ中国雑技だろう。むしろアレが見たい。アレと変面が見たい。前世から好きだ変面。

 ……無いのか? 変面に関しては当人の技術だからどうにもならんけど、輪鼓は私作れるぞ。グラインダーの設計図が手に入ったんだ、曲面加工も可能になったわけだし。いやグラインダーを作るのに金属加工が必要なんだけど。

 

 お、前に聞いた奴が出て来た。傘……というか、棒の上に皿を乗せて、その上に駒を乗せて行う雑技。棒と皿はどんどん増えていくし、舞台袖から独楽が投げられて、けれど落とさずに受け止められて。

 意外だ、とは思う。輝術でも似たようなこと、あるいはもっと高度な事はできるだろうに、お貴族様達は純粋に楽しんでいるように見える。……私が捻くれているだけか?

 

 そうして……最後の演目となる。やっぱり輪鼓は出てこなかった。

 最後は殺陣。輝術を用いない剣士の、演技でありながら迫真の戦い。輝術師の兵士は日常的に幽鬼と戦っているだろうに、これでも楽しめるんだな、とか……。

 ダメだな私。純粋な気持ちで見れていない。見たいって言ったの私なのに。

 

「ん?」

「……目敏いわね、あんた。でも気にしないであげて。それがあの子たちの誇りだから」

 

 殺陣をしている内の一人。明らかに無理をしている動きだ。「正常であろうとしている」のが見て取れる。

 捻挫か打撲か、最悪骨折か。怪我をしている上で……出ている。出てくれている。

 私が急遽の開催を希望したから、か?

 

「小祆。彼らはね、常日頃から人前に出られるよう鍛錬をしている。──憐れんだり、自責したりするのは違うよ」

 

 ……。

 ……ああ。そうだな。

 

 そうして──第一部、輝術を使わない演技の全てが終わる。演者全員が出て来て、頭を下げ、両手を頭の上で合わせて礼を行い、掃けて行った。

 

「祆蘭、あまり興奮していない」

「いや……凄かったよ。感心している」

「あんたね、それ感想じゃないじゃない。もっとないの? ……それともあんたはもっと凄いことができるから、とか言いたいワケ?」

「あー、いや。違うんだ凛凛様。私は職業病とでも言えば良いか、仕組みの方ばかりが気になってしまって……」

「もし作れたとしても、危ないからやっちゃだめ」

「無理だよ、できはしない」

 

 興奮していない理由、は。

 ……まぁ。

 

「何か……見たい演目があったけど、それが無かった。そんな顔だね」

「……どうだろうな。多分、思ったより郷愁を覚えなかった、というのも大きいと思う?」

「郷愁?」

「祆蘭は青州出身でしょ」

「……ああ、そういうこと」

 

 凛凛さんだけは納得したように態度を軟化させた。

 不思議、なんだ。

 平民による雑技。それはいわば、地球におけるサーカスや雑技とほぼ変わらないものであるはずで、私も前世でそれを何度か見ているのに。

 思ったより懐古に浸れなかった。人間離れしていたわけでも、使う道具が奇抜過ぎたわけでもないのに。

 これも……変質、なのかな。

 失礼な反応をしてしまったなぁ。見られてないと良いけど。

 

「ん……ん? 観客が減っていっている?」

「ああ、二部は減るよ。輝術による雑技だからね」

「……? 輝術による雑技の方が凄いんじゃないのか?」

「派手ではあるよ? だけどボク達にとって輝術は日常と同じ。むしろ一部の芸の方が"自分では考えられない"から凄く感じるんだ」

 

 あー、ね?

 便利なものが日常に侵食し過ぎたせいで、レトロなもの見るとテンション上がる的な?

 そうか、貴族にとっては輝術を使わない演目は非日常なのか。それは面白いな。

 

「といっても、二部だって別に品質を損ねるわけじゃない。今言ったように二部の方が派手だからね。もしかしたら小祆は、こっちの方が楽しめるかもしれない」

「いやだから、一部を楽しんでいなかったわけじゃないんだ。……そう見えたのなら謝る」

「謝らなくていいよ。感性は人それぞれだし、彼らも万人を楽しませようとはしているけれど、万人に楽しんでもらえるとは思っていない。最初から、だ。……ただ、そうだね。こういうこともできはする」

 

 一部と二部で演者が被っているところがあるらしく、今は休憩時間。

 だからだろう、観客は貴賓席を見る余裕ができていた。

 

 そんな彼ら彼女らの目に映る、笑顔で手を振る黒根君。

 ──ぞろぞろと席に戻ってる、帰ろうとしていた貴族たち。

 

「折角の努力なんだ、無駄にさせたくはないだろう?」

「既に恐怖政治なんだな……」

 

 こいつ、いつか悪政者として革命起こされたりしないか? 大丈夫か?

 

「あ、そうだ思い出した。……小祆、君こそアレどうやってたんだ?」

「なんだアレって」

「鬼と幽鬼、二体を相手にしてた時のことだよ。輝術も使わずに……軽業ができるというわけでもないんだろ?」

「あー。……まぁ簡単に言うと、体重の軽さと立ち位置調整だな。幽鬼は鋭利な爪を持っていて、鬼は巨大な拳による打撃をしてくる。一見鬼の方が危険に見えるが、私は軽いから吹き飛ばされてしまえば大した損傷にはならない。気を付けるべきは幽鬼の攻撃で、けれど幽鬼は鬼の攻撃をすり抜けられるというわけじゃないから、鬼が攻撃してくるときに幽鬼を背にするように位置取る。これの繰り返し」

 

 軽業と言われたら軽業ではある。

 攻撃に出る必要が無かった、というのも大きいか。ちょこまか逃げ回ってりゃ良かったからな。

 ま、結果的に両足折られてちゃザマないが。

 

「なんでそんな話を今思い出すんだ」

「殺陣を見たからだけど」

 

 成程。……黒根君は斬った張ったをしない。輝術で全部なんとかできるから。

 だから最後の殺陣を見て、私がどうやって戦ったのかを、という思考回路か。輝術師の思考は理解に時間がかかるな……。

 

「そういえば黒州ではまだ祭唄様みたいな武器持ちの輝術師を見たことが無いな。もしかして珍しいのか、武器を持っている方が」

「州に依るんじゃないかな? 赤州(チィシュウ)は州君が武器持ちだからか、武器を持っている輝術師が多い。逆に黒州はボクがこんなだから持っている奴は少ない。青州と緑州の事情はよく知らないね」

「青州は、ただの得手不得手。私は物質精査と身体能力関係の輝術が得意。要人護衛はみんなそうかも。でも、輝術を遠くまで、あるいは広くまで作用させられる人は、武器を持たない。進史様がその系統」

「ああ、あの苦労人。でもあれは例外じゃない? あれ、万能型でしょ。青清君がいなければ州君になってたんじゃないか、ってくらい強いし」

「だから青州は怖いんだ……。弱い時はとことん弱いのに、強い時は誰もが強い。水に秀でるその名に恥じぬ、波の大きい州だと思っているよ」

 

 へー。

 弱い時も……そりゃあるか。別に青清君何百年も何千年も生きてるってわけじゃないし。

 ……でもそういう特性を持っていると、「弱い時」と「帝の時」が重なった場合が悲劇になるんだろうな。

 

「そういう観点で言うと、黄州は盤石。可もなく不可もなく。ただ玻璃様だけが飛びぬけて強かっただけ」

「玻璃様には青清君も苦戦を強いられるだろうからね」

「そりゃ……。……いえ、なんでもないわ」

 

 鬼側にとっての"失敗作"。

 だとしても、玻璃が鬼に与える影響は大きそうだな。古い鬼は大体元から手下、とか言ってたし。

 

 ……過激派とかいたら、私を亡き者に、とかしてきそう。鬼までそんな跡目争いみたいなことするのかな。勘弁してくれとしか言えないけど。早急に逃げを選択するけど。

 

「そろそろ始まる」

「お」

 

 まぁ、申し訳ないとか色々言ったけど。

 うん、やっぱり地球出身として、輝術を使った芸の方が楽しみ、というのは……実際そうかな。

 

 

 

 対比するかのように、演目は殺陣から始まった。

 殺陣。だけど、全然目で追えない速度。貴族は追えているみたいだけど、こりゃ平民は楽しめんわ。速すぎる。

 見えるのは、舞台端にいる弓兵たちくらい。弓兵は……なんだあれ。よくわからん透明な液体っぽいものを矢として飛ばし、中央で殺陣を行っている輝術師らを狙う。

 目の前の相手と戦いつつ、飛んでくる矢や輝術を捌いて、尚見えない速度。あんまり楽しみにしてなさそうだった貴族たちも湧いているあたり、新しい演目なのかな?

 

「あれは……飴?」

「みたいね。面白い事を考えるものだわ」

「飴? どれが?」

「弓と矢と剣、全部。前に湯浴み場でやったのと同じ原理。物体浮遊や急速落下、固定なんかを器用に組み合わせて、固まる前の飴を武器にしている」

 

 剣の方は見えないけど、へー。そういう使い方が。ファンタジーだ。

 そっか、輝術って目で見えないから、そういう可視化を行うことで楽しめるようになるのか。面白い。

 

「一瞬関係ない事聞いていいか黒根君」

「え、ああ。いいけど」

「お前は物質生成はできるのか?」

「できるよ? 何か作ってほしいのかい?」

「いや。当然だが、あの輝術師たちは」

「無理だろうね。だからああやって事前に用意したものを使っているのだろうし」

「……ん、ありがとう。演目を楽しむ上で、参考になった」

 

 青清君には勝てない、と言っていたけど、そこまで差があるわけじゃないのかな?

 血液の消去もしていたし……。上澄みは何がどう違うのかがわからんな。

 

 殺陣が終わると、今度は舞台上に光の粒が溢れかえる。その一粒一粒を踏んで、見目麗しい男女が舞いを披露していく。

 

「光の粒が見える輝術と、見えない輝術の違いはなんなんだ?」

「純度の問題よ。輝術は……あんたに説明した通りのことだから。強ければ強いほど透明に近く、弱い輝術はああして光となって見える。だからこそあれは凄いの。強度の低い輝術に乗って、あそこまでの舞いをしている。他人が作った脆い輝術の……ああ、まぁ……ええと、他人が作った脆い土の台の上に立って、その耐久性を精確に計って舞い続ける。これで難しさはわかるかしら?」

「ああ、ありがとう凛凛様。かなりわかりやすい」

 

 一度乗られた光の粒は、乗った者が次の粒へと飛び移った時には消え去っている。

 そういう演出、なのではなく、そのギリギリを見計らって、跳躍に使える強度寸前でジャンプしているんだ。……これは本当に洗練された技だな。

 

 と、そんな幻想的な光景の中へ、舞台袖からクマが出てくる。

 ……クマの毛皮を被った太った男。手には凄まじい大きさの斧を持っていて……それを、これまた凄まじい勢いで男女へ向かって振り下ろした。

 でも──止まる。それまで散り散りに舞っていた男女が、力を合わせて斧に蹴りを入れ、足場を変えてはまた蹴りを、という風にして押し返していく。

 

「何か、こういう昔話でもあるのか?」

「知らないのかい? 『鬼熊與六子(グゥイシィォンユーリィゥズー)』という昔話でね。初めは全く別の夢を目指していた六人の子供が、紆余曲折を経て、最終的に力を合わせ鬼を撃退する、っていう物語さ。昔からある話……だけど、もしかして黒州だけだったりするのかな」

「ううん、青州にもある。ただ当然貴族の読み物だから、祆蘭は知らない」

「あ、そ、そうか。ごめんね、失念していたよ」

 

 バラバラの六人による鬼退治。

 ……私の作品じゃないから良いけど、私が書いてたら「符合の呼応」が起きてそうな内容だな。くわばらくわばら。

 

「もしかしてさっきの……一部の演目も、元の物語があるのか?」

「うん。『瑣事成戰(スォシーチャヂャン)戀人兩人(リェンレンリァンレン)相向以劍(シャンシャンイージェン)』。山奥で暮らしていたとある二人の男女は、ある日言いつけを破って山を下りた。そこでは今まで見たことも無かった光景……面白い人々がたくさんいて、二人はそれらを見て回っていく。けれどその内二人は違うものを好きになって、違うことに惹かれて行って、いつしか袂を別つほどに。他者を惹きつける才のあった二人は周囲を巻き込んで戦争を起こし、その二人が最後に刺し違えて世に平定が戻る。実はその二人は特別な力を有した存在で、二人を山に縛り付けていた『チャオチャンディツンザイ』は、"だから言いつけを守れと言ったのに"……と言って終わる」

「がっつり悲劇なのか。あんな楽し気な雰囲気で」

「がっつり悲劇だから、あんな楽し気な雰囲気に改編しているんだよ」

「……でチャオ……なんだって?」

「チャオチャンディツンザイ?」

「……知らん言葉だ。祭唄様、私にわかる言葉で説明できるか?」

「……。……まだ無理」

「そうか。ならいい」

 

 多分固有名詞だ。音と唇を読んでも、一切理解できなかった。

 ま、祭唄が漢字を覚えて行ってくれたら、いつか聞けるだろう。

 ……まだ文字の段階だから気の遠い話ではあるけど。

 

 とかやっている間に、輝術による演舞は激しさを増していく。

 あのクマの毛皮の……つまり鬼役の奴は武器を壊されて尚暴れていて、段々と演者が多数集まってきている。負傷した、という演技をする六人を守るのは……黒州でよく見る兵士の姿をした者達。

 

「このあたりは、初めて見た時は自分が攻撃されているように感じて、涙が出そうになったことを覚えているよ」

「どういうことだ?」

「こっちも元の物語から改編されてるのよ。鬼を倒した六人の子供達、で終わりじゃない。彼らを助ける有象無象……一般兵たちの存在が強調されてる。世に平定を齎すのは英雄たる特別な力を持つ者達だけではなく、それらを守り、戦線を維持するためだけに命を散らしていく兵こそが世を守るのだ、ってね」

「幼いボクは、まさに特別な力を持つ者側だったから……これをただの英雄譚として好いていたボクにとっては、改悪とさえ言える代物だった。なんというか、ボク自身が否定された気分でね」

 

 演目は進んでいく。

 大勢の演者……というか鬼役と六人の子供達役以外の十四人が全員出て来ていて、それが鬼役の腕の一振りでふっ飛ばされたり転がされたりしながらも、何度も何度も立ち上がって──負傷した子供達を守り抜く。

 

 成程。

 昔は、か。

 

「気付いたみたいね。そう、さっきいたでしょ、泉過。アイツも脚本に関わっていてね。最初に黒根君が見た公演で、黒根君が泣く寸前みたいな顔をしていたことを見ていたか、どこかで知ったらしくて。当時の団員にこう言ったそうよ。"私達は人々を笑顔にすることが仕事。笑顔にできないことは私達の実力不足です。ですが、悲しい顔をさせることはあってはならない。そう思いませんか?"って」

「それで……何か月後かに凛凛がボクに、『輝園』を見に行きましょう、って言い出してね。二部の演目のせいで嫌いになりかけていた『輝園』をこれ以上嫌うのは良くないと……州君だからこそ、そういう特定の組織に好悪を持つのはダメだ、って思ってたボクを無理矢理引き摺り出して、これを見せてくれたんだ」

 

 これ。

 

 復帰した六人の子供達が、今度は人々と共に鬼に抗う姿。輝術を使う者。武器を使う者。傷ついた者を治療する者。

 そうして──大苦戦を経て、六人の子供の内の二人と一般兵の三人が鬼に止めを刺す。

 

『英雄などいない! いるのは、ただ──生を懸命に遂げるヒトだけだ!!』

 

 ──で、終わり。

 

 二部、雑技を織り込んだミュージカルって感じだったな。

 だから観客も減るのかもしれない。雑技は見たいけど劇はそうでもない、って人結構いるだろうし。有名な物語だと結末わかってるから楽しめない、って人もいるだろうし。

 

 少なくとも私は楽しめたけど。

 ……一部も、テーマがあったのなら事前に聞いておけばよかったな。

 

「……」

「あんたまた楽しめなかったとか言うんじゃないでしょうね」

「いや。面白かった。だからこそ……悩んでいる」

「はぁ?」

 

 どうしようか、これ。

 あの時は軽はずみな言葉だったけど。

 

「これは芸だ。つまり創作物。……私は労せずして報酬が手に入るのならそれでいいと思う派閥に属しているが、労した芸術を無料で見て心和らぐ派閥には入っていない。……何か礼をしなければ、と思った」

「いや、これは君と……というか青清君との契約を反故にしたボクからの贈り物のようなものだから、気にしなくていいよ」

「お前には聞いていないし言っていない。私が払いたい。……が、金なんぞ持っていないし、こういうこと言うと……あの泉過とかいう男は絶対に"お気持ちだけで充分ですよ"とか言い出す。……むぅ」

 

 無料で見ていいものじゃない。

 礼をしたい。「符合の呼応」とかどうでもいいから何か作るか? いやでも今から作って間に合うもの……で、礼となるもの。

 一瞬輪鼓も考えたけど、そんなのエゴの押し付けだ。いやこれもエゴの押し付けなんだけど。

 

「でしたら、お嬢様。あなたの郷愁を覚える雑技、私共にいただくことは可能でしょうか」

「え、うわ!?」

「……アンタ、気配消すのまた上達したのね。でもやめなさい、こっちのちっさいの、要人護衛だから。一瞬で最大警戒まで行ったわよ」

「……私は凛凛より小さくない。……鍛錬不足。全く気付けなかった」

「これは失礼をいたしました。驚かせてしまったこと、お詫び申し上げます」

 

 いつの間にか、泉過がいた。

 ……絶対に言い出す、のあたり聞かれてたなコレ。

 というか郷愁の話知ってるあたり、ずっといたのか? 黒根君が驚いてるってことは本当にすさまじいんじゃないか?

 

「道具を作るのに時間がかかる。……いや、輝術師がこれだけいるなら……というか黒根君がいるなら」

「あ、ああ。絵か、設計図か。何かしらがあれば生成するよ」

「……よし、机と紙をくれ。図面を引く。尺寸は祭唄様、書いてもらえるか」

「わかった」

 

 無きゃダメ、というわけじゃないけどさ。

 それが礼になると申し出てくれるのなら、それを作るのが筋だろう。

 

 

 

 果たして、輪鼓(りゅうご)は完成する。輝術で。

 今足が動かないのでアレだけど、座ったままにある程度の扱い方を教えたら、雑技団でジャグリングを担当していた人が「少し、試してみても良いか」と言い出して……そっからはあっという間だった。

 

「おー」

 

 当然だけど、私は大道芸人ではない。あると知っているだけで使えるわけじゃない。

 でもどういうことができるのか、は見たことがあるから、可能な限りそれを伝えたら、いや上達早い早い。

 とんでもない速度で開発されて行く技と、周りで見ていた雑技団の人達も「私も私も」と言い出して、泉過はその製法を知っているからだろう彼らを押しとどめていたけれど、黒根君が隠れて物質生成を敢行。ついでに凛凛さんもできるらしく、二人でこっそり輪鼓を量産。

 雑技団『輝園』の天幕内で、大輪鼓パーティが始まった。

 

「いや……これは面白い。面白いし難しいし、それでいて見応えもある。平民でも独楽を浮かせたように見せられることも良い」

「こんなに早く上達するとは欠片も思っていなかったんだが。……素養があるとはいえ、どういう……」

「……祆蘭」

 

 ん?

 祭唄がこっそりと私に耳打ちをする。

 

「平民は努力だけど……輝術師は、やろうと思えば経験やコツの共有、という手段がある。今行われているのはソレ」

「……輝術って……」

 

 成程なぁ。経験値の共有……情報伝達を使って、できることの幅を爆発的に増やしていっているのか。

 

「でも、それだけじゃない。顔、見える?」

「ああ。楽しそうで何よりだよ」

今並(ジンビン)と一緒。楽しさは、上達」

 

 ……さて。

 これは、生成してもらっただけだけど……「符合の呼応」になるのかどうか。

 そこのところどうなるのかわかるのか、遥か上空にいる桃湯(タオタン)今潮(ジンチャオ)さんよ。

 

「祆蘭お嬢様」

「む……いや、私は平民……というと、ここの団員に失礼か。なんだ」

「この輪鼓というものは、新たな演目となりましょう。──観劇のお代、確かにいただきました。またのお越しをお待ちしております」

「……お前、憎い奴だな。商売上手め。この設計図を持っていけ。まだまだ幅はあるはずだ」

「……それでは、次回公演時は無料ということで」

「待て、だったら渡さん!」

「いえ、もういただきましたので。──さて! 皆さま、新たな道具に心を躍らせることもよいでしょう、ただ、それは片づけを終えてから、です。──撤収しますよ!」

「はい!」

 

 その言葉を待ってました、とでもいうかのように、裏方含めた五十人全員が舞台を解体していく。観客席の方は既に解体が終わっていて、あとはこの天幕と舞台だけだったらしい。

 手際の良い事で。サボる奴なんか一人もいないし、誰かに荷重が偏っていればすぐに手助けが入る。

 

「……腐敗しない組織、というのは……いつ見てもうっとりしてしまうよ」

「え、そういう楽しみ方してたのかお前。自分の城は自分で腐らせてるくせに」

「私を巻き込まないでね~。私はその腐った組織の中で適度な真面目と適度な怠けで頑張ってるんだから」

「青宮城も腐敗は無い。青清君が怖いから」

 

 あ、いや、祭唄。

 実は蜂花(フォンファ)とそれに関わった三人の不祥事があって……。

 

 黒宮廷の方で、銅鑼が鳴る。

 

「お……っと。……そろそろ時間のようだね」

「お帰りですか?」

「ああ。彼女には門限があってね。早めに帰らないと、怖い怖い母親……娘? が鬼のように怒り狂うんだ。だから……次の公演を期待させてもらうよ、泉過」

「過分なお言葉、ありがとうございます。……そうですね。次はお嬢様の怪我が快癒し、最も迫力を感じられる正面の席で見ていただくことを、私達も願いましょう」

「良いものを見た。今度は金を払う。待っていろ」

「いえ、もうお代はいただきましたので」

「……強情な奴だな。じゃあ次の次だ!」

「はい、お待ちしておりますよ」

 

 ということで、お開きとなった。

 

 

 ……余談だけど。

 

「祆蘭、その……『輝園』の観覧券は、結構高い」

「え」

「加えて正面の席、ってなると、かなりするわねー。まぁ、あんたにわかるように言うと……工房街で売ってた果物三百個くらい?」

 

 そんなに!?

 ということがあったとか。

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