女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
本日
……無論、黒州が終わる日、ではない。私に許された三日の貸出期間の最終日である。
の、早朝。なんならまだ夜。
私と
「……回りくどい話は無しにしましょう。……
「そうか。それで──いるのか、"純血"は」
「話すのは構わないわ。誰かに口止めをされているわけでもないし。ただ……それを知った時、あんたは」
「おかしくなる、か?」
「……ま、"純血"のことを聞いてきた時点で、わかっている側よね。……確認よ。あんたは……楽土より帰りし神子ね?」
「ああ。
それは。
「あんたの考えている通り、"純血の貴族"はいる。彼らは
「華胥……」
「そいつらは、
輝術インストールが文字や認識における諸悪の根源でないのであれば、根源は人間そのもの、ということになる。人間の設計図……つまりDNAだ。
だけどもし、私が初めに考えていたような最初の輝術師がすべての祖である、という考えのように、輝術師であるなしは別として、全ての祖でありながら血を混ぜることなく生きて来た一族がいる、というのなら。
「華胥の一族は……字を崩せる、か」
「あくまで可能性がある、ってだけだけどね。私だって会ったことがあるわけじゃない。どんな見た目をしているのか、どこに住んでいるのか、なぜそれを続けているのか。詳しいことはわからないけれど……華胥の一族は存続している」
「なぜ言い切れる?」
「あんたが私達貴族のいびつさを理解しているように、私もこの世界のおかしさに気付いている。今潮も、そして
「お前達の過去とか聞いてないんだが。なぜ華胥の一族がいると言い切れるのかを聞いている」
「このガキ……と思ったけど、楽土より帰りし神子なら……あんた九歳じゃないわね。勿体無いことをするわ。大人でありながら子供であれるなら、もっとそれを有効活用すればいいのに」
「お前だってしていないだろう。されると怒るし。そして話を逸らすなガキ。時間は有限だという認識がないのか?」
徐な動作で。
凛凛さんは……懐から豆、いや種を取り出して、一口で飲み込み……その小さな腕を水平に上げた。
直後、腕の、皮膚の、至る所から「根」が生えてくる。
「……!」
「あんたが聞かなかった私達の過去。私達三人は全員狂っていて──全員、己が命に興味が無かった。というより、最も罰則を受けずに済む実験台が己だった、というべきね。私は輝術を生育過程に入れた植物を己に取り込む術を見つけた。今潮は摘み取り殺した後の植物を用いて毒や薬を作り、中和剤や解毒剤を用いずともそれを排除する術を見つけた。笈溌は己が腹や血管の中に虫を飼う術を見つけた」
「……成程、狂っている。今潮だけがマトモに見えるほどには、他二人が」
「ええ、だからこそアイツは単身青州へ行って、真っ当な薬師になったんじゃない? 結婚して、娘までいるんですってね。でも……その果てに辿り着いた答えが、鬼になること、だなんて。……男っていうのは本当に、どっちも馬鹿で困るわ」
「それで、その演出は華胥の一族の存在確立と何の関係がある。何回話を逸らす気だガキ」
はぁ、と。
凛凛さんは溜息を吐いた。そして。
「あんた、思ったでしょ。"
「……まさか」
「ええ。私は三十歳ですらないわ。齢は……そうね、恐らく盤古閉天と同じ。正確に言えば、凛凛は三十歳、というべきかしら」
「寄生虫だ、と?」
「あんな気色悪いのと同じにするの、やめてくれる? ……この子、凛凛は自分で受け入れたのよ。言ったでしょう? 生育過程に輝術を取り入れた植物を己に取り込んだ、って。それはつまり──輝術を生物に置き換え、あまつさえ己に取り込むことと同じ。いいえ、だから」
「輝術と同化することと、同じ」
「……そうよ。といっても私に自覚なんてないのだけどね。私は……凛凛がその植物を飲み込むことで、そこで初めて芽生えた自我。輝術の化身。今潮が穢れに意思がある、と言っていたように、輝術にも意思があった。そして、だからこそ私には感じ取れる。この世のどこかにはいる。華胥の一族もまた、輝術の化身のようなものだから……私みたいな紛い物とは違う、完全な化身がいると感じ取れる」
輝術にある、意思。
輝術がなんなのかもわかっていないのに……意思と来たか。
「本当の凛凛様は死んだのか?」
「いいえ? ……ああ、ちゃんと伝わっていないのね。そう……だから、もう少し冗長な表現を使うのなら……凛凛という小娘が、輝術の意識を獲得した、というべきなの。人格自体は凛凛のものだし、記憶も同一。……輝術の意思、あるいは意識を記憶として取り込んだ、が近いかしら。だから、私は己を凛凛だと思えるし、同時に凛凛を小娘扱いできる」
「一種の多重人格か」
「面白い表現をするじゃない。造語……いえ、楽土の言葉?」
「生憎と私の楽土はこっちの言葉とまるで違ったからな。今のはこっちで覚えた言葉を無理矢理繋ぎ合わせてみただけだよ」
「……そう。……そうね。この世界の言葉は……おかしい、でしょう?」
「知らん。私は楽土における言葉を六つほど知っているが、法則性があるわけでもなし。言葉というのは自然発生するもので、おかしいかおかしくないかなどという尺度で……は……」
いや。
いや。違う。
少なくともこの世界の言葉はおかしい。
──直感だけで喋れ。今、私は何に突っかかった?
「……今。今お前……"この世界"と言ったか?」
「ええ、言った」
「この国や、この大陸ではなく?」
「そうよ。私はこの世界だと言った。──私達の行く楽土とて、この世界の一部なのに。私は、この世界の言葉はおかしいか、と問うたわ」
話の流れ、ではない。
こっちの世界の言葉は日本語よりシビアだ。文法が整っていないと通じない。それは文字の規格と同じで、デフォルトから外れた言葉は認識できない故だと思う。
「他の世界を、知っている?」
「……
「ああ。私はお前達の使う言葉を翻訳しているだけだ。意味をそのまま受け取れているとは言い難い」
「良い事を教えてあげる。──この世界ではない場所。そのとある場所には、文字の一切が書かれていない壁画が存在する。この意味、わかるかしら?」
わかる。
初めから「最適な筆の製法」「最適な紙の製法」「正しい文字」を書けていたはずの天染峰の人々。
それらが壁画を描く必要などないはずだ。文字を伝え、そして輝術によって風化を防ぐことだって出来てしまうこの世界の人々ならば、そんなものを描く理由がない。仮に描いたとしても、なんらかの文字は添えるものだろう。
つまり。
「別の世界がある。……楽土の話ではなく、そこに住まう存在がいて、そこで文化を形成する存在がいて。そんな世界が……この世界の隣に、ある」
「よくできました。なら、もう一つ問題。どち──」
「"果たして、どちらが閉じ込められたのか"。……鬼とは、神に見初められることでなることのできる存在だという。だが、
「……」
「流石に、馬鹿にし過ぎだろう。──閉じ込められたのは、神だな? 輝術なる術。原理が分からない上に、万能すぎる。まるで神の御業そのものだ。……待て、お前さっき輝術の化身が……いや、だから」
だから。
「
「素晴らしい思考速度ね。でも、そろそろ時間。これ以上の考察や調査は、帰ってから自分でやりなさい。……あ、
決まった文字しか書けないし読めないのは、むしろ平民の方。
輝術師は混ぜられた側。本当の神なりし者の末裔。
輝術インストールにより正確な字を書ける貴族は、混ざったプログラム……平民の血というウイルスによって、「正しい字」しか書けなくなったし、認識できなくなった。
唯一──"純血の貴族"、華胥の一族を除いて。
「大まかな位置もわからないのか。華胥の一族がどこにいるか。肉親同士で番っているのなら、どこかに隠れ住んでいるとかだろう」
「輝術師が華胥の一族だけ、だったらわかるのだけどね。各州に貴族はたくさんいて、それよりも広範囲で輝術が使われている。私みたいな紛い物には本物を見つけるなんてことはできないわ」
「つまり、輝術師を一点に集めることができれば」
「まぁ、わかるかもしれないけれど……そこまでして何がしたいの?」
何もできないのに、知ってどうするのか。
その自問自答はもう終えている。
「何をすることもない。ただ理解できないことがイライラするから、解消したい。それだけだ」
「……そう。でもまぁ、輝術師を一点に集める、というのがどれだけ至難か」
「あるだろう、方法。──今年は終わったばかりだが、一年後の墓祭りが」
「確かに貴族が帝の元へ集まる日ではあるけれど、全員じゃないでしょう」
「全員が来たくなるようにすればいいんだろう?」
こういうの、趣味と実益が重なる瞬間、というのかな。
エンターテインメントだ。
最高……至高の作品によって、神をも魅了する。
成程、これぞ大望よな。
「……あんた、なんで剣気なんか出してるの? 昨日の会議中もだけど……もしかして無自覚?」
「ん、ああ。剣気ってなんだ。ずっと気になってた」
「剣気は剣気よ。……あー。これ言葉が伝わってないのね。こう……じゃあ、そうね」
ぞっとする。
思わず後退しようとして、己の足が折れていることに気づき……椅子ごと倒れかけた。
それを、素早く這って来た根が支える。
「わかった?」
「……殺気、あるいは害意。それを剣気と呼ぶのか?」
「いや違うけど……。……というか私からあなたへの害意なんかないけど」
「敵意は剝き出しだっただろう」
「それは、楽土から帰りし神子だからよ。輝術にとって、楽土から帰りし神子は完全なる埒外の存在。輝術そのものの生存本能があなたを忌避しているだけ」
「玻璃は?」
「嫌いよ、私。あなたと同じくらい」
「いやそうじゃなくて、アイツは輝術師じゃないか。しかも州君」
「……ま、物好きもいるのよ」
ん、なんだ。
変わった言い回しだな。
……輝術そのものの意思、というのは……総合されたものではなく、個々人による、ということか?
「さて、まだまだ知りたいことはあるだろうけど、時間よ。扉を開くわ。これ以上は心配させてしまうし」
「待て。一つだけ」
「なによ」
「笈溌。そいつの育て、取り込んでいる虫は、輝術を取り込ませた新種……ということで間違いないか?」
「……。ええ」
そうか。
ならば、ソイツも、か。
あー、もう。
ファンタジーになったりSFになったり少年漫画になったりミステリーになったりパンデミックになったりサイコホラーになったり……。
落ち着いてくれないか。
一個謎が解けても、次から次へと……。
落ち着く……そうだ、帰る前に。
黒根君は、あっさりと頷いた。
「構わないよ。すぐに伝達を入れる。昼頃には準備が終わると思うから、共に見に行こうか」
「黒根君は何度も見ているんじゃないのか?」
「何度見たって面白いものは面白いよ」
そう、帰る前に見たかったもの。
青州で何度も聞いた、黒州名物雑技団。
今はツアー時期じゃないらしく、普通に黒州にいるとかで、ゲリラ開催をしてくれることになった、らしい。州君パワーだ。
「だったら……アレも見たいな。黒州は植物に秀でる州。だから工作物もたくさんある、と聞いた。実際どうなんだ?」
「ああ……貴族で作っている奴はあんまりいないけど、平民には結構いるはずだよ。……開演まで結構時間あるし、そっちから行くかい?」
「祆蘭は私が抱える」
「……これは信用されていないのではなく、戦力として期待されていると解釈しよう」
「前向きなのは良い事」
つまり真実は違うと。
祭唄と黒根君、仲良くなったなぁ。
「私は留守番してるわ~。城のことは任せなさい」
「うん、頼んだよ凛凛」
「……昨日の諸々に関する報告書も上がっているだろうから、そっちもまとめておいてあげる」
「えっ!?」
「……なによ」
「凛凛が自分から仕事を増やした……!? まずい、この凛凛成りすましかもしれない!!」
「うっさいわね!! あんたが少しでもそっちに注力できるよう気を回してやってんのよ!! あと、お腹! 私もだけど、まだ痛むでしょ? 無理しないこと!」
ツンデレ……は、古いか?
というか、ただただ気心の知れた仲、と表現すべきだな。
「わかってなさそうだから言ってあげるけど……雑技団含め、あんたがちゃんとソイツを満足させられなかったら、可能性はあるんだから……気を引き締めなさいよ」
「……そうだった」
「何がだ?」
「祆蘭。青清君との契約のこと」
「ああ」
自分の身体を見る。
ミイラも良い所な包帯ぐるぐる巻き。
「私が望んで向かった死地だから気にするな、と言っているだろう。……体調が悪いなら別に」
「いーや! ボクこそ望んで黒州を案内するね!! つまり……君が黒州を気に入りさえすれば、さらに可能性は低くなるわけだろう? 君の説得が青清君に通じなかったとしても、君が身を挺して黒州を守ってくれるかもしれないわけだ。そうなったら流石の青清君でも止まるだろう」
「本人の前で堂々と利用する宣言とはいい度胸だな黒根君。安心しろ、私は黒州で受けた扱いをありのまま話してやるから。──最初に受けた歓待や、凛凛様からの敵意、高位貴族様からのお言葉。その全てをな」
「な……それは、さっき説明したでしょ!? 仕方がなかったの! お願い許して!!」
「えー。どーしよっかなー。さっきも面と向かって嫌いって言われたしなー」
「凛凛……君は……」
「だから! さっき全部説明したでしょ!? あ、いや……ど……どどどどどど、どうすれば、許して……貰えます、か?」
「凛凛様も共に来て欲しい。四人で黒州を見て回りたい」
「……はぁ? あのね、私はもうこの州のことなんか全部知り尽くして──」
「凛凛。往生際が悪いし、忘れっぽい。そういうところは子供じゃなくちゃんと三十歳のおばさんっぽい」
「はぁ──!? し……青州って、失礼なガキしかいないわけ!? というかあんた何歳よ! そう大して歳変わらないでしょ!!」
「私は二十一。──おばさん」
え、そんな年上なのか。
十五歳丁度とかだと思ってた。
「──あったまキた。年上揶揄って遊んで……いいわ、じゃあ年の功っていうのを食らわせてあげる」
「お、おいおい凛凛、こっちはお願いしている立場で──」
「っ!? ……ぇ、ぁ……な……なにこれ、どうやって……」
ふしゅう、と。
かなり珍しい顔を見せる祭唄。恥じらい……それも私を媽媽呼びした時のそれじゃなく……これは。
「今構築した、あんたと祆蘭の
「……おい、凛凛様。お前最悪なことしてないか?」
必死で黒根君が彼女の口を押さえているけれど。
これ……聞こえた感じ、私と祭唄のアンナコトやコンナコトをしているシーンを脳内に送り込んだ……みたいな感じか?
流石は輝術の化身。多分他の人間より自由度が高いんだろうな。
「っぷはぁ、ふふん! あんたが考えたこと以上よ! 輝術にはね、身を隠すものもあれば、注目を惹きつける術もあるの。それの応用で──」
「ああ、私のことを意識させたのか。祭唄様、触りたかったら触っても良いぞ」
「な!? 祆蘭は私の味方じゃ……」
「あんた、あれだけコイツのこと罵倒しておいて、まだコイツのこと優しい子だとでも思ってるの? 真逆よ真逆。こいつ、使えるものなら何でも使うし、弱っている奴がいたら喜び勇んで傷口に塩を塗りたくりに来る最悪の人格よ」
「おっとぉ? 良いのかぁ凛凛様ぁ。──私を説得したいんじゃなかったのかぁ~~?」
「っ……あんたね、恥ずかしくないの!? 青清君の強さを盾にそんな態度取って……」
「今お前が言ったんじゃないか。弱ってる奴がいたら喜び勇んで傷口に塩を塗りたくるために、使えるものなら何でも使う、って。──大正解だよ、
ぶち、っとなにかが切れる音がした。
凛凛様は懐に手を伸ばし──。
「そこまで! ……まず凛凛、君はやりすぎだ。他人の身体を使ってそういう想像すること自体がよくないし、それを情報として送りつけるのは間違っている。そして祭唄、君も凛凛のことを揶揄い過ぎだ。双方悪い! 祆蘭も……意地悪をし過ぎないでくれ。凛凛はすぐ頭に血が上るから、手が付けられないんだ」
「そうか。じゃあお前の中の想譚を輝絵にしてきてくれ、黒根君」
「……。……平民の商店に行こうか!」
他人の身体を使ってそういう想像すること自体がよくない。
完全に同意である。
州君もその付き人も平民のいるところに降り立つ、なんてことは滅多にないらしく、特に変装は要らない。
ただし恰好が高貴過ぎるのでそこは着替えてもらって、平民の市街地……黒宮廷に隣接して存在する「工房街」という所に来た。
その名の通り、平民で、けれど職人である者達が、自らの手で作ったものを布の上に広げ、売り買いする……という場所。
雰囲気は、地球でいうと……ベトナムとかが近いかな?
商人とお客さんの距離がかなり近くて、店自体も密集していて、わいわいしていて。
「へぇ……前に来たのは云十年前だけど……街並み自体は変わらないのに、売られているものはかなり変わっているわね」
「そうなのかい? ボクは初めてだから、少しだけ緊張するよ。……平民の暮らしを壊す、というのはしたくないし」
「だったらその喋り方やめろお前。それ、演技だろ」
「えっ」
「えっ」
ん。
なんだ二人して。バレてないとでも思ったのか?
「す……凄いな。よく気付いたね、ボクのこの喋りが演技だ、って」
「いや……気障ったらし過ぎるだろう。普通の男にもそんな口調の奴はいないぞ」
「……ま、わかる奴にはわかる、ってことねー。黒根君のこの演技はこの子が幼い頃に読んだ書物の恋愛物語から」
「わーわーわー! ……はぁ、わかったわ。やめる。でもこれだと、私の個性が失われてしまわない? 特にあの桃湯とかいう鬼の……下位互換であるような気がして、嫌なのだけど」
「自覚あるのか。まぁ桃湯は美人だからなぁ」
「その話はどうでもいいけどこれだけ人がいる中で鬼とか州君とかの名前を出さない方がいいと思う」
それは本当にそう。
ちなみに祭唄はもう元通りになっている。精神鍛錬の賜物とかなんとか。
「……なら、私のことは
「あ、そうか。生まれた時から黒根君じゃないか、流石に」
「ええ」
「だから私は、最初に登城して来たコイツのことを
「そりゃ
「ええ。だから一瞬で頭に来て、徹底的にいじめてやったわ」
「こう言ってるけどね。あの頃にはまだあった親というものへの執着を捨てきれずに、膝を抱えて自室で塞ぎこんでいた私に、玩具や菓子をくれたり、一緒に寝てくれたり……当時の凛凛は本当にお姉さん、って感じで格好良かったんだよ」
「今ではこんなに小さいのに、か」
「その折れた足ぶっ叩くわよあんた」
とはいえである。
黒根君たちが着物を平民風にしたからと言って、私が全身包帯でしかも両足が折れていることに変わりはない。それを祭唄が運んでいるわけだから、まぁ、注目は集める。
視線は……まぁ、「関わりたくない」がほとんどだな。そりゃそうだ、平民は生活がかかっている。特に己の店を持たず、こういうところで商いをやってる連中には。
同情にかこつけて値引きをしてくる奴だっているだろう。それをされて断れば、自分が悪者になる。
怪我人なぞ関わらん方が良い。道理だ。
「えっ! ……小凛!?」
「あぁ?」
声。……に対して、すんごい凄みのある返事をする凛凛さん。
けれど、振り返って……その声をかけてきた青年を見て。
「……あんたまさか、
「そう! そうだよ! うわ懐かしい……っつか、……お前背伸びてなさすぎだろ!!」
「うっさい! ……そういうあんたは、大人になったわね。お爺さんは?」
「去年おっちんだよ。親父ももう腰をやってるから、今は俺が店を継いでる」
「へぇ。……藺音、こいつの祖父があんた用の玩具を作ったのよ。当時、子供の扱いなんてわかるはずもない私が、けれど大人向けの実用品ばかり売ってた工房街で出会った唯一の玩具屋でね。親元から離されて塞ぎ込んでる子供に何を与えたらいいのか、って単刀直入に聞いたら、いろいろ教えてくれて。……そっか、去年……か。もう少し早く来ていれば……」
「病気でも無けりゃ怪我でもない、完全な寿命での大往生だ。そんな暗い顔する必要はねぇよ。……つーかそっちの嬢ちゃんの怪我の方が心配だが!? 全然気づかなかった大丈夫か!? 薬とかいるか!? 少ししかないけど!」
……すまん。
道理、じゃなかったな。
こういう人もいるのか。……決めつけはよくないな、本当に。
「ああ、擦過傷が多くてこうなっているだけで実際は大したことない。足を少しやっていてな、運んでは貰っているが、そっちも大したことじゃないから問題ない。薬は親父さんに使ってやれ」
「おお……しっかりした嬢ちゃんだなぁ。……小凛がウチの店に来た時は、俺もこーんくらいのガキだったんだけどよ。こいつは爺さんがにこにこにこにこ対応してるってのに、すんげぇ慌ててて、金は落とすわ商品名は間違えるわ、挙句の果てにはソレ見てた俺に対して"何見てんのよガキ"だぜ? それに比べて……」
「……何見てんのよガキ」
「これだもんなぁ~~。見てくれは多少良いんだ、もしや大人になってから再会することもあるか、なんて思ってたら……ぶぷっはっ! ちっさ! 小っさいまま! ぶはははは!」
「どタマカチ割って玉ぶっ潰むぐー!!」
いやホント。
凛凛さんちょっと口が悪すぎる。
まぁそんなことより、だ。
「昔話に花を咲かせてるところすまないが、私はこう見えて工作好きでな。ちょっと商品を見てもいいか?」
「ん、勿論だ。といってもウチが扱ってんのは全部乳幼児から幼児向けのものばかりで、嬢ちゃんはもう使わないようなものだろうけど……」
「……」
確かに、対象年齢はかなり低い。
マラカス……というかガラガラかな? 木の中に脱穀か何かを入れてあって、振ると音が出るもの。
おはじきっぽいもの。カスタネットみたいなもの。……これは、羽子板……? ちょっと対象年齢上がったか?
お!
「この独楽のこの滑らかな曲面……これ、何で削ってる? 鑿か? それとも鑢? いや、
「おお! よくそんなとこに目を付けたな! これはウチの代々伝わる秘伝の工作
「……工作機械だと!? 見たい! 見せてくれ! ダメか!?」
機械なんて言葉を聞く日が来るとは思ってなかった。
え、じゃあ電気あるの?
「怪我人が入る場所じゃあないが……まぁ大丈夫か! んじゃ、嬢ちゃん……というか嬢ちゃんを抱えてる嬢ちゃん、ちょいこっち。あ、小凛と保護者の人はそこで待っててくれ」
「誰が! 誰の! 保護者よ!!」
「まぁまぁ」
わくわくが止まらない。
電気あるなら──青宮城の真ん中にある無限に湧き出る滝を使って、水力発電ができる。
それができたら空を飛ぶのなんて一瞬だ。来年の墓祭りとか華胥の一族とかもうぶん投げて光閉峰の外に出られる!
果たして、そこにあったのは。
「ほら、これだ! 爺さんが設計して作ったもので、ここをガシガシ踏むとこの石の鑢が回転すんだよ。で、ここに角材を近づけると……ほらな!」
「……設計して、作った、だと?」
この──ペダルグラインダーを?
おい……爺さん! すまん幽鬼になって出て来てくれないか! 作り方教えてくれ!!
「そーそー。ウチの爺さん、昔からこういうモン作るのが得意だったんだけどさ。五年くらい前かな? 青州で木製の風車が作られたんだよ。風車ってわかるか? 小麦とかを製粉する大きい建物。それを、こーんなに小さくしたのが出て来てよ。なんでも青州でそれを買ったって話でさ。あ、知り合いの商人がな? で、爺さんがいそいそと分解してみたら、こりゃすげぇ! 指の爪と同じくらいの大きさの歯車が何十個も入ってて、それが全部木でできてんの! 爺さんはそれ見て"これだ!"ってすげー大声出してさ。そっから一気にこれを作り上げたってわけ」
「……ずるい」
「ん、何がだ?」
「それは私が作った風車だぞ!! そ……そこから創作意欲を得て、足踏み式の研削盤を作っただと!? その頭脳寄越せ! 私も……私だって!! 私だってぇ……!!」
くそ、単なるDIY女子に機械工作の知識なんかあるわけないだろ!
グラインダーの中身なんか知るか!! こ……これをバラせば……。いや、でも金属の加工技術が無い!!
「へ? どういうことだ? 嬢ちゃんが作った、って」
「そのままの意味だ! 私が四歳の時、暇で暇でしょうがなかったから作った風車の模型! 結構よくできたから、これは金になるやもしれん、とか言って村のガキ共に自慢したのが悪かった……。翌日風車は盗まれていて……まぁ、ガキが金持ったって仕方がないからいいか、なんて流していたけど……というか利益損得の話はどうでもいい! う……羨ましい……。研削盤をいつでも自由に使えるお前が羨ましい……!」
「えーっと……。嬢ちゃんがこういうの作るのが好きってのは伝わったから、身体早く治して、元気になったら遊びに来いよ! これ、ちょっと危ないからさ、俺とか……そっちの嬢ちゃんがついてなきゃだけど、自由に使っていいから」
ええいうるさいわ善人め!!
私の嫉妬はそんなところには向いてない! ありがとう! そう言ってくれるのはとてもうれしい! でも気軽に遊びに行ける立場じゃない!
「お前や、お前の親父は、こういうものは作れないのか?」
「そういうの受け継ぐ前に爺さんがおっちんだからなぁ。あ、でも爺さんの描いた設計図ならあるぜ」
「み……せてもらうのは、無理だよな。お前達にとっては大事な……」
「いやいや! 俺も親父も字が読めねえからよ、持ってたって意味ねえんだ! ちょいと取ってくるから待ってな!」
え。
……それは話変わってこない?
「祭唄、訳筆家に文字書きを依頼するのは、どれくらいの金がかかるんだ? ああ単位を言われても分からんから、何かで比較してほしい」
「青宮廷で新しい商売を始めるくらい」
「すまんわからん。何か……買うものとかで」
「んー……輝術師の建築家に、二階建ての家を建ててもらうくらい?」
「……全然わからん。あー、あそこ。あそこで売ってる果物。あれ何個分だ」
「三十万、ちょっと?」
あの果物は……青州で買うと、日本円換算してだいたい三百円くらい。なので。
九千万……。いや……わからんけど。どれくらい高いか、どれくらい安いかはわからんけど。
そして本題はそこじゃなくて。
「正直に言って、この家に用意できる金額か?」
「無理。絶対」
「だよなぁ」
でも、なら。
その爺さんは。
「ほら、これこれ! 遺品の箱にしまってあったから、綺麗なまんまだぜ」
「私も見て良い?」
「おう!」
見る。
……凄い、これ……自作方眼紙か? その上で三面図……どころじゃない、細部の機構もだし、歯車のピッチとかも全部書き込まれている。絵と文字で。
そして文字は、やっぱり読めないけど……「規格通り」の文字だ。
「祭唄、読めるか?」
「うん。読める」
「へえ! 嬢ちゃん字が読めるのか! そいつはすげえ! ……なぁ、もしよかったら、これ貰ってくれねぇ?」
──咄嗟に警戒してしまった。
あり得ないからだ。
秘伝だのなんだの言っておいて……その設計図を譲る?
自分が勉強しさえすれば、読めるようになるかもしれないのに?
「あ、変な意味はないんだ。……今からすげー馬鹿にされるようなこと言うけど、いいか?」
「……ああ」
「今さ、爺さんの遺品がいっぱいある蔵に入ってさ、これ探して蓋開けたら、声が聞こえた気がしたんだよ。爺さんの。んで、それは礼として充分だから、とか言ってて……それで……これで、ようやく楽土へ行ける、とか……」
「……そうか」
「いやっ……いやいや。だ、だよな!? 幻聴だよな! 幽鬼なんかいるわけねぇし、いたとしたら……あんな暗い場所に爺さんを閉じ込めてたことになるし」
祭唄が反応していなかった。祭唄より精度も範囲も高いだろう表の二人も知らなかった。
以上のことから、ここに幽鬼がいた可能性は低い。
低いが──幽鬼は、だ。
……礼。
「お前と、お前の親父が本当に構わないのであれば、貰う」
「構わねえ。親父はもう俺に店を継ぐって言った。後から口出ししてくる、なんてくだらねぇ真似、俺がさせねぇ。親父は腰を悪くしただけで、かっけぇ人なんだ。──ここで俺が嬢ちゃんに会ったのは絶対意味のある縁だと思う。爺さんが……無事に楽土へ辿り着けた、って……そういう背押しになると思ってさ。受け取ってくれよ」
「わかった。──ありがとう、龍画。ついでにお前の親父と、爺さんの名も覚えたい。教えてくれ」
「親父は
「祭唄」
「祆蘭という。──私も、この出会いに意味を見出す。──お前のおかげで黒州は救われたよ、確実に」
「へ?」
もし、説得しても青清君が止まらなかったとしても。
私が私を人質にして、止めてやる。
黒根君の目論見は大成功というわけだ。
流石は州君、か? 狙ったのだとしたら、見事な手腕だな。