女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
事の真相。
まず、幽鬼による連続誘拐事件は
彼女は母親の
杏仁が子供の誘拐をしていたのは、自身と同じ境遇にある子供を攫うことで、母親に子の大切さを再認識してもらい、改心させる、という……少し優しすぎるというか、人に希望を見過ぎている、なんとも少女らしい考えによるもの。まぁ十七歳って成人後二年だから少女ではなかったりするんだけどそこは地球基準で。
ただ、彼女には秘密があった。
それは彼女の生前の話。高位貴族たちの話を盗み聞きしてしまったこと。
あまりにも馬鹿らしいそれを、けれど高位貴族たちは本気にして……実行した。
生前、その盗み聞きの事実はバレていなかったようなのだが、彼女が幽鬼となったあとに子供を一時的に隠しておこうとした場所がまずかった。
そこには例の「黒い輝術」が張られていて、野生動物や幽鬼、あるいは何も知らない人間がそこに近づくと、私が飲み込まれたような真っ暗空間に行きつく。ただしそこはダミー空間であり、正直何もない。抜け出すのも入ってきた場所を戻ればいいだけで、害も無い。だからこそ杏仁はそこを使っていた、ともいう。そこがどんな場所かも知らないで。
だいたい次の日の朝になってから子供を返していた彼女だけど、涼しい場所に置くのは単純に今が日照時間が長く、暑い気候にあるから。子供に危害を与えたいわけじゃない彼女は水や菓子といった必要最低限の食べ物を与えていた。その菓子の出所は──なんと、平民の経営する茶屋。
いや、なんと、でもないのである。
私がそうであったように、平民にとっては「幽鬼? いるワケないじゃん笑」みたいな存在だ。いる派いない派で小一時間話し合えるような不確かな存在。
だから、疑わなかった。昔よく来てくれていた貴族のお嬢さんで、平民にも分け隔てなく接していた杏仁。ちょっとだけ顔色が悪かろうと久方ぶりに来てくれた彼女に茶菓子を振る舞うことなど、平民の、それも多少経営に余裕のある爺さん婆さんだったらお駄賃感覚で飴や菓子を与えることもあるだろう。声が出せないことは、「母親に喋ってはいけないと言われている」という札を自分で書いて、それを見せて納得してもらっていたらしい。
騙していたことを申し訳なさそうにしていて、代金は彼女の部屋の隠し貯金箱にある……とのことだったけど、輝術精査がある時点で多分親に見つけられて使われていることだろう。その辺はすまんが知らん。
爺さん婆さんも、会いに来ていたのが幽鬼だ、なんて知ったらびつくらぎゃうてんして心臓発作起こすかもしれんしな。
というわけで、誘拐事件に関してはこれで終わり。
問題は次、
遡ること十一年前、その男は黒州に現れ、上記の「
そして七年前──黒根君の想い人である想譚をも抱き込んで、その儀式を行った。想譚が抱き込まれた理由に関してはわからない。宋層は口を割らず、消滅させるしかなかった。想譚には理性がなく、殺すしかなかった。どちらも黒根君が実行した。
ともかく、宋層は想譚や一部の高位貴族を使い──鬼を製作したのである。
宋層は故意にこれを作成した。想譚の幽鬼を軸に、彼女を慕い過ぎた人間や高位貴族を食らって誕生した「想譚という鬼」。自殺の件は
自殺したというより、幽鬼として魂を抜かれていた肉体の処理に困って、自殺に見せかけた、が正しい。だから彼女の幽鬼は発見されなかった。使われていたから。
こうして作り出された理性無き鬼想譚は、けれど件の「黒い輝術」の奥で生き永らえていた。そう、「黒い輝術」は正式な手順を踏むか破壊することで、ダミーではない本当の施設に入ることができるそうなのだ。これを利用し、その奥で想譚に輝術師や幽鬼を食わせ続けていた宋層。七年間だ。七年間──外道たる実験を並行して行っていた。
だから宋層は杏仁を襲っていたのだろう。杏仁は色々甘くて、そしてそのダミー空間を頻繁に利用していた。輝術師があそこに気付くのは時間の問題で、さらに黒根君にまでその姿を見られていた。後を尾行けられたら、と考えるのは不思議じゃない。
そう、鬼の製作だけじゃない。土葬されるはずだった想譚の肉体を入手した宋層は、鬼の育成と「鬼になった輝術師の肉体」の育成を並列して行っていた。
それにどういう意味があったのかは正直分からない。私が襲われた方が鬼の想譚で、黒根君がその施設で見つけたのが肉体の想譚だった、とのこと。
「推測になるけれど……それが"
「いきなり喋り出すな。驚くだろうが」
「だってあなた起きているくせに喋らないんだもの。皆、あなたが起きるのを待っているのに」
「だとして思考に入り込んでくるな。なんだお前、私の考えが読めるのか?」
「あなた、自分で気付いていないけれど、一度自分の中で一段落したり、話の整理ができたりすると、口蓋を舐めるクセがある。それで大体この辺りまで振り返っているのでしょうね、と想像しただけ」
「う、うーん。
「良かった、
あまり話を逸らしたくないので簡単に言うと、この場には私、
はい状況説明終わり。
「で、どういうことだ。それが"
「良い? これは推測よ。……恐らく、想譚は生きていたの。昨日、鬼である想譚が死ぬまで、ね」
「……」
「魂と肉体は密接な関係性を持っている。本来魂が生きていれば肉体も生きているもの。その逆も然り。だから、魂だけが生きていて、肉体が死んでいる、という状況は普通は起こり得ない」
「……幽鬼は、死した魂。だけど……鬼は違うのか」
「厳密には違う、というべきかな。私達は別の種族になった、というのが正しい。幽鬼は人間の死者だけど、鬼は人間ではない何か、だ。そして、想譚は生きている内にその魂を鬼にされた。彼女を慕った者達の魂を食らってね」
……なる、ほど。
それで……肉体は自殺した。けれど。
「死んでいなかった。仮死状態になっていたか、黒い輝術とやらにそういう術があるのか。死した者が蘇らないのは絶対の法則だけど、死していない者ならば蘇ることができる。特に
「わざわざ"一般的な葬法"などと言わなくてもいい。そういうこと言うから嫌味に聞こえるんだ。……で、それがどうして"
「わかった? そう、私がとても長生きであるように……基本的に鬼に寿命はないとされている。されているだけよ。それを確かめる手段なんてないから。……つまり、鬼となった魂が生き続ける限り、生きている内に魂が鬼となった肉体もまた生き続ける。宋層はその辺を上手く騙して説明したのでしょうけど、事実上の"
「……肉体には栄養だのなんだのが……って、ああ。そのための施設か」
「ええ。生かされていた肉体はそれはもう酷い有様だったらしいけれど……黒根君と凛凛さんしか知らないのよね」
「見るに堪えなかった。ボクは全てを記憶しているから、証拠としてあとで輝絵にさせるつもりだけど……見ない方がいい」
「今すぐ現像して来てくれ。ここまで関係者が揃っている場だぞ、今聞かないでどうする。次、いつ鬼が協力してくれるかなんてわからんだろう」
馬鹿なのかコイツは。
今更私達がグロテスク耐性無いとか本気で思ってんのか。
「早く行け鈍間。情報伝達では耐性のない者に手伝わせかねないと踏んでの遅さだろう」
「……わかった。行ってくる。凛凛、その間の記録は頼んだよ」
「はいはい。早く行ってきなさいよノロマ」
「……。……ふん!」
窓を開けて、すんごい速さで消えていく黒根君。
しかし……これも意外だった。
凛凛さん。四人いた付き人の中で唯一私に敵意を向けて来た少女。
それが黒根君の"本当の"そして"唯一の"付き人で──。
「……なによ」
「実は同い年だったりしないか」
「失礼ね! 私はもうすぐ三十! 別に誇りたいとは思ってないけど、あんたみたいなガキに言われるのはイライラする!」
「ちなみに私は彼女と旧知なのだけどね、祆蘭。私がこの州を出た二十五年前から彼女はこの姿だ」
「え、じゃあ五歳の時点で九歳くらいの身長があったのか。その頃は自分も背の高い女性になるんだろうなぁ、とか夢抱いてたんだろうな。可愛そうに」
「──なにコイツ!! ちょっと黒根君早く帰って来なさいよ!! なんで私揶揄われてるワケ!? 九歳に!!」
三十歳。これで。
この人の方が"
「さて、黒根君が記録を云々と言っていたけれど、彼女が帰ってきて、その有様を見るまで私達に言えることはない。なので、親睦を深めようか?」
「お・こ・と・わ・りよ。元からヤな奴だったのに、鬼になった奴と話すことなんてない!」
「別に私とはいいよ。私と桃湯は鬼だから、人間とよろしくやるつもりはないからね。それより祆蘭と凛凛が」
「それも嫌! 初めて見た時からだけど……なんかコイツ嫌な感じするのよ。だから嫌!」
「本当に三十歳? 言動が子供っぽすぎる」
「……あなた、祭唄だったかしら。良い事を教えてあげる。──子供っぽい方が、相手の内面を暴きやすいのよ」
「この場でその言動に騙される者はいない。つまりそれは素。黒根君の前では逆に大人ぶってそう」
「祭唄様、やめてやれ。多分効いてる」
「?」
しかし、私から嫌な感じがする、というのはどういうことなんだろうな。
楽土から帰りし神子センサーでもついてるのか?
……ここで
「ただ……黒根君のいない内に言っておくべきことは、確かにあるわ」
「ん、なんだ」
あれだけぷんぷんしていた凛凛さんは、急に冷静になって。
そして──膝をつき、手をつき、頭を下げた。
私に。
「お願いいたします、祆蘭様。──どうか、お慈悲を。
「無理だろうねぇ。格落ちも良い所だ。なんせ祆蘭の方が希少種だからね」
「……どうか、お許しを」
今潮の茶々にも反応せず、頭を下げる凛凛さん。
私に言われてもな、なんだけど。
あ、でも……そうだ。
「では、面を上げて、こちらへ来てくれ」
「はい」
従順に従う凛凛さん。
「そして祭唄様の膝に座ってくれ」
「はい……はい?」
「祆蘭?」
「なんだ、できないのか? じゃあ青清君に全部話しちゃおっかな~。最初にお前が……他は無関心だったのに、お前だけが敵意を向けて来たことについても」
「おっと! そうなると、黒根君と黒州における契約の反故とは別に、凛凛個人が青清君に恨まれるかもしれないなぁ! ということは凛凛の身柄がどうなったところで、黒州への罰は一切緩和されないかもしれない!」
生き生きし過ぎだろうオッサン。
隣にいる桃湯が若干距離を取ったじゃないか。
「……で。できないのか?」
「……それで……許して、いただけるのなら」
して。
ちょこん、と。椅子に座る祭唄の膝に座る、凛凛さん。
「ああ……今ほど輝術が使えなくなったことを悔しいと思ったことはない! 桃湯、君の奇怪な術でこの光景を輝絵にできたりしないのかい!?」
「しないし、うるさいから近寄って来ないで変態」
「よかったー平民で。輝術使えないからな私」
祭唄はもうなんか諦めているけど、凛凛さんは……顔を赤らめて俯いている。
子ども扱い、相当嫌らしい。
そしてそこに、空気など一切読まない人が帰ってくる。
「最速で現像させた! どうだ、これで鈍間など……ぷふっ」
「よーし潰すわ。あんた、本物の男にしてやる。その胸削って股座んむぐー! んむー!」
多分今ド下ネタ言おうとしたんだろうけど、それを察した祭唄が背後から彼女の口を押さえた。
ナイス。
「うんうん、今のもちゃんと記憶したよ。……さて、話を戻そうか。いいかい、本当に凄惨だからね。ボクを恨まないでくれよ?」
「むううううう!!」
「祭唄はできれば彼女を抑え込んでいてくれると嬉しいな。凛凛、輝術は凄いけど筋量は然程でもないから」
「貸し一つ」
「む。……まぁいいけど」
して……輝絵が机に広げられる。
うわぁ。
バイオでハザードなアレを思い出す……なんでこういう所って暗緑色の床なんだろうね……。
「どうだ、鬼。有識者として」
「……少なくとも似たものを見たことはない。けれど……ねぇ、今潮」
「君も気付いたか。そして、祆蘭。君も気付いているね?」
「ああ。……
「え?」
老けていない。
確かに肉体側はもう人間じゃないので判別できないけど、顔は……輝絵のまま。
十七歳のままだ。
「肉体は多分、点滴なんかを使って生き永らえさせていて、それに加えて同じく肉体の生きている幽鬼……生霊、と呼んでいたかしら? それの肉体を食わせていたのだと思うけれど」
「そうだとしても、肉体である以上老いはくるはずだ。でもこの子は十七歳の顔に見える。彼女が死んだとされたのは、七年前のこと。そうだね、黒根君」
「……ああ」
「この年頃の娘が若く見える、と言うことは確かにあるが、十七と二十四なら流石に見分けがつきそうなものだがな」
特にこの世界は、二十歳代前半でもかなり老けて見える人が多い。老けて見える、は悪い言葉だな。大人っぽく見える、が正しいか。
少なくともこんな少女少女した顔にはならないはずだ。
「……ん、わかった」
「ぷはぁ。……ったく、一回止められりゃわかるわよ……。で、ちょっと意見良い?」
輝術で意思を伝え、解放してもらったらしい凛凛さん。
彼女は動揺なく……ああいや、既に一回見てるんだったか。その小さな体をぐぐぐ、と伸ばして輝絵のある部分を指差す。
「こ……こ! これ、多分この子の手よね? 明らかにおかしな位置にあるけれど」
「ああ……そうだな。……ん?」
「これは……」
「気付いたみたいだけど、気付いてない黒根君と鬼がいるから声に出してあげる。顔は若いのに、手は老けているのよ。二十四なんか飛び越して……老婆か、って思うくらい」
彼女の言う通りだった。手だろうもの。手の形をしているもの。
それは皺くちゃになっていて、完全に老婆の手だ。
「ああ……じゃあ、ここが足かな。こっちも」
「どれ? ……ん、そうっぽいわね。反対の手だけが見つからないけど、身体の下敷きになっているかしら」
「爪が黒いな。加齢で黒くなったか、何らかの病か。今潮、爪が黒くなる病は?」
「私は医師ではないんだけどね。……単なる内出血の場合や
……癌か。
だけど、そんな病をもっと実験したかっただろう宋層が残すか?
それとも……"
「加えて、あの時気付いたことだけど、あの場所排泄物が欠片も無かったわ。糞尿も、それを排出するような仕組みも。統合すると」
「生きていたかどうかは怪しい、か。外法においては"生きている"状態だったやもしれんが、私達の知る生物ではなかった。……そうだ、鬼も厠が必要ないんだったな」
「それは食べないからよ。食べないし飲まない。さっきも今潮が言ったけれど、私達はもう人間とは根本からして違う。同じなのはヒトガタであることと、血が流れていることくらい?」
「先日自分の身体で調べたけど、この私達の身体に流れている血らしきものは人間の血液とは違ったよ。他の鬼からも採血してみたけど、それは全員同じだった。祆蘭。"全員同じだった"んだ。型も、ね」
「なに? ……いや待て、そもそも」
「人間には型があるよ」
……知識のことがあるから、全員クローン説を考えたけど、それはないのか。
ただ……鬼がそうであると。クローンであるかどうかはともかく、鬼も何かしら人為的なものを感じるな。
「これ以上、"
ふと、視界に赤べこが入る。
そういえば……「符合の呼応」しなかったな。
……。
……いや……したか。
マグネットボードだ。表面と裏面で別のことが起きていて、間にいる存在が両方に引っ張られて……違う様相を見せたり、消えたりする。
じゃあ。
次に起きるのは、赤べこの。
「アカベコ……? 首……錘……テンネントウ……ヤクビョウヨケ……」
「祆蘭、その言葉、使って良いの?」
「ん……すまん、思考だ、今のは。……」
天然痘。確か赤べこの斑点は天然痘で、それを疫病避けの祈願として使い始めたのが始まり……だった、はず。
民芸品にはそこまで詳しいわけじゃないからはず止まりだけど、間違ってはいないはずだ。
天然痘?
まさか天然痘ウイルスがこっちの世界にはある、とかそういう直接的なことじゃないだろうな。
……一応、か。
「その施設に入った二人。黒根君と凛凛様、施設から出て自らの身体の精査はしたか?」
「なにそれ。そんなことしないわよ」
「ボクも、特にはしていないかな。湯浴みをしたいという気持ちは確かにあるけどね」
「今すぐにしろ。輝術で、互いの身体を精査しろ」
「……何よ、いきなり怖い顔して」
「凛凛。従った方がいい。何も無ければそれでいいからね」
「……はぁ。わかったわ。黒根君、じゃあ」
「ああ」
二人は……互いに対して手を翳し。
そして、ほぼ同時に目を見開く。
「なんだ、これ!?」
「あんた、体の中になんかいるわよ!?」
寄生虫か……。ホントにバイオでハザードになってきたな。
ウイルスもまぁ寄生虫みたいな……いやこれ以上は各方面に角が立つから言わないけど。
「除去は可能か?」
「ボクがやる。凛凛、少し痛むよ」
「わかってる。……あんたも、気をしっかり保ちなさい」
ぐちゅ、と。
嫌な音が聞こえた気がした。
して……膝をつき、血を吐く二人。……胃、か?
「げほっ……ごほっ……」
「っ、ったぁ~~~……。……覚悟はしてたけど、胃壁に付いた虫を無理矢理剥がして消滅、は……流石にクるわ」
「ふむ。桃湯」
「今やってる。……私とあなたの中には、虫らしきものは聞こえない。ついでに祆蘭と付き人の子の中にもいないわね」
「信じられないから祆蘭と私のは自分で見る。……うん、いない」
吐き出された血。
……なんかダマになってるな。
さて、天然痘がどういう病だったのかを思い出すと……。
「成りすましか」
「成りすましの種、かな?」
「──私の方が刹那、早かったな」
「やれやれ、お子様だねえ」
結論は同じらしい。
「成りすまし。青宮廷であった、あれ」
「ああ。その何かいた、というもの。恐らく寄生虫の類で、宿主の肉体情報を真似るのだろうな。胃壁に張り付かれていたのに何の違和感も持てなかったあたり、潜伏期間もかなり長い。加えて人体に親和し……やがて全身を覆い尽くし、……殻を形成する?」
「認識は正しいと思うよ。今だから言うけれど、私と
「虫、ねぇ。……ねぇ今潮。私やあんたの同世代に、いたわよね。やたら虫好きの馬鹿」
「ああ、私も彼を思い出していた」
「名と、今いる場所は」
「名は
「私とこいつとそいつは、子供の頃からおかしかったのよ」
「ん? 今潮が薬に興味を持ったのは、奥方と付き合い始めてから、じゃなかったのか?
「薬は、そうだね。でも私がその頃に愛していたのは植物だから」
「けほっ……ん、んん……。ふぅ……ん゛んっ……凛凛と同じ、ということかい?」
「私が好きなのは生育過程。こいつが好きなのは摘み取った時の効果。一緒にしないで」
……こだわり、あるんだろうな。
とはいえ……つまり、黒州が誇るマッドサイエンティストの内三人が人類の敵の可能性が高い、ってことでよろしいか。
黒州、やはり犯罪者の温床なのでは?
一応補足しておくと、こっちの世界の黒色に悪い意味はない。というか結構良い色扱いだ。
「これ以上は無さそうかな。ではそろそろ」
「待て」
「何かな、祆蘭。黒い輝術については、私達は何も知らないよ」
「だろうな。いや、桃湯は何か知っているのかもしれんが、そっちは別の取引だ。今は良い。──お前、なんで今回の事件の真相を知っていた? 黒根君に私を呼び寄せさせたのはなぜだ」
そう、最大の疑問。
なぜ私を呼びつけたのか。
「……今回の件で、君は何を得たかな」
「新たなる敵の所在。寄生虫の存在。そして……"符合の呼応"の証明」
「君はそれを、そう呼ぶんだね」
「お前も気付いていて……それを試したかったのか?」
「目的の一つであったのは事実だよ。燦宗達が鬼になることを決意したあの日、私は空を見上げて驚いた。青宮城に、何やら珍妙なものを吊り下げている誰かが見えたから。そして……それは恐らく、一部が欠けるだけで全体が崩れるような、絶妙な均衡を持って作られた工作物。──それに連動して。……いや、君に合わせて言うなら、それに呼応して、たった一人が失敗しただけで、燦宗達の計画は全てが破綻した」
……。
こいつは、やっぱり。
「その後色々調べてみれば、面白い面白い。君がモノ作りをすると、それに呼応した事件が起きる。あるいは既に起きている事件に対し、モノ作りから推理を展開することまである。──これで君を特別に思わない理由があると思うかい?」
「そんなことが……」
「本当だとしたら、凄まじいわね。何なのよあんた」
「だから……そうだな。今質問をしているのは君だけど、私からも一つ聞いても良いかい?」
「もう一つ質問に答えるならいいぞ」
「わかった。では、聞こう。君が帝に会いに行った日。君は何を作ったのかな」
……リスクは。
いや……次の質問へのメリットの方が大きい。
「琴、という楽器だ。だが作れなかった。知識不足だ」
「失敗したんだね」
まるでその答えが欲しかった、とでもいうかのように笑う今潮。目を見開く桃湯。
「まさか……」
「怒らないでほしいな、桃湯。だって、そうだろう?
──。
……そういうことか。そして、なら……もう鬼達が
でもさらに、強く。
鬼から、私が望まれる。
「話が見えてこないな。何の話なんだい?」
「黒根君。君は……少ししか関係の無い話だよ」
「少しでも関係があるなら教えてほしいところだけど」
「すべてを鬼から聞いていてはダメだ。自分で考えないと。──そして、祆蘭。君が質問したいもう一つのこととは?」
「おい待て誤魔化すな。まだ一つ目の質問を聞き終わっていない。今聞いたのは私を呼び出した理由の一部だ。お前が言ったんだろうが」
騙されんぞ私は。
そういうとこきっちりするぞ私は!
「……君を呼んだのは、幽鬼を憐れんだから」
「なワケがないだろう。早く話せ、こっちは怪我人だぞ」
「……そうだね。無理はさせられない。君を呼んだのは、単純に君の力が鬼に対してどう作用するのか見たかったから。それだけだよ」
力。符合の呼応の方じゃない。
威圧の方、か。
桃湯が反射的に謝って来たアレ。……アレを理性の無い鬼にぶつけたら、どうなるのか。
──それこそ玻璃が言っていたように、鬼を統制するに至るのか。
私が、完成品かどうか、か。
「辿り着いたようだね。それでは、次の質問を」
「お前が見せたという、印璽。それは──
「!」
反応したのは、今潮でも桃湯でも黒根君でもなく……凛凛さん。
もう十分ではあるけれど。
「違うけれど……何か得心が行った顔をしているね。よければ私にも教えてくれないかな」
「断る。早く行け、鬼。穢れるだろうが」
「君を穢すことができる存在がいるのかい? 想譚の穢れはともかく、桃湯の穢れまで跳ねのけた君が」
「穢れのご意思、とやらに聞けばいいじゃないか。──お前は私に勝てるのか、ってな」
それがイコールで神なりし者の意思であるのなら。
直接来いよ、腰抜け。いいぞ、私から楽土より帰りし神子の力を奪ったって。
たかだかその程度で呑まれると思われるのは癪だからな。
ただの意志の力だけで、跳ね返してやる。
「……怪我人が出していい剣気ではないね。さて、桃湯。待たせたね。私の用事は済んだ。帰ろうか」
「ええ、構わないけれど……。あなた、今余計なことしたっていう自覚はあるのかしら」
「さてね。私は生育過程を楽しむ趣味は持ち合わせていないよ。摘み取ったものの効能が楽しみなだけだ」
「……呆れた。……それじゃ、あなたの快癒を祈っているわ。じゃあね、祆蘭」
「穢れに祈られてもな。ああ、じゃあな桃湯。言っておくが琴は絶対に作るぞ」
「はいはい。期待して待ってるわ~」
音に乗って。
鬼二人が……夜空に消えていく。
ふぅ。
「……凛凛様。あなたには聞きたいことがある……が、まず二人とも医院に行ってこい。話している最中は流したが、胃壁の剥離は結構だろう」
「う。……我慢していたつもりだけど、わかってしまうかい?」
「ああ、丸わかりだ。──ところで、お前達が吐き出した二つの内の一つ。こっちが貰っても良いか?」
「……調べるんだね。ああ、構わないよ。じゃあこっちはボク達で調べよう」
「祭唄様」
「ん」
輝術で保管してもらう。試験管とかあったら良かった……と思ったけど、そんなに泥を放出するなら内側から割ってしまいそうだからこれでいいか。
まだ死んでいないとも限らない。用心するに越したことはない。
「それと、吐き出した血も……できるだけ近づくことなく掃除した方がいいだろう」
「だったら、消すよ」
消える。
……いやさ、青清君の時も思ったけど……。
消す、って。どうやってるの? 消す、って……マジの消滅なの? だとしたらとんでもないことなんだけど。
「祆蘭、大丈夫? さっきから上体がふらふらしてる」
「実は意識がもうろうとしている。……あと頼んでいいか」
「勿論」
かくかくと。それこそ赤べこみたいに首を揺らして……私の意識は暗転した。
いや赤べこの赤は血じゃないが、とか。
よくわからん脳内会議をしながら、意識が、遠くへ──。