女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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幕間「粛清」

 くだらないことをしていた、過去の女中。

 加えて不貞と、肉体関係まで。夫の方は働き者なのに。というか黒犀城(ヘイシージョウ)で働いていた頃は、この女も真面目な働き者だったのに。

 だから中位貴族とくっつけたというのに……堕落したか。

 

 という心内を全面的に顔に出して、二人へと失望を伝える彼女。

 そこに。

 

 ──黒根君(ヘイゲンクン)! 祆蘭が幽鬼に攫われた!

 

 声が響く。情報伝達だ。

 思わずこの二つをどこか遠くへ放り投げそうになった黒根君は、ちゃんとそれを我慢して付き人……祭唄(ジーベイ)に繋げる。

 

 ──抵抗は? 彼女がそう簡単に攫われるわけが。

 ──祆蘭は、あの幽鬼が祆蘭に用を持っている、ということを理解していたみたいで、追うな、と言って来た。子を保護しろ、とも。

 ──そうか。じゃあ、その子たちを連れて一度黒犀城に帰ろう。彼女がそう言った、ということは、何か策がある。そうだろう?

 ──多分。祆蘭は考えだけは持っている。ただ……時折突拍子もないことをして、私達はついていけなくなる。今回もそれだと思いたいけど……。

 ──少しは信じてあげなよ、君、彼女と仲が良いんだろう?

 ──良いからこそ怖い。……でも、子供を保護すべきなのは理解できる。だから、保護をしたら。

 ──大丈夫だ、あの幽鬼は子供を傷つけない。そして涼しい場所に置く、というのもわかっている。すぐに見つかるよ。

 ──……承知した。家の中を精査したけど、子供はこの二人だけ。私の浮遊だと二人を持ち上げることは……できなくはないけど、遅い。途中で代わってほしい。

 ──いいよ。ボクもこの二人を兵に預けたら合流するから。

 

 やり取りにかかった時間は一呼吸分ほど。情報伝達とはそういうものだ。そして彼女は、化け物を見るような目で彼女を見る二人に目をやる。

 どうかお助けを、お慈悲を、とか。

 よくわからない言葉を話す塵灰。……ああ、でも殺しちゃいけないのが、本当に面倒だよね。なんて……自嘲気味の笑みを見せて、黒根君は。

 

「面倒だし、寝てなよ」

 

 この女が子に行っていたものよりもさらに膨大な情報を脳に送りつけて、気絶させる。

 泡を吹いて気絶する二つを運びつつ、黒根君は考える。

 

 祆蘭を攫ったのが想譚(シァンタン)であれば、彼女があの子を傷つけることはないだろう。

 だけど……少しでも、そう、ほんの少しでも擦り傷なんかをつけてしまえば。

 

 恐ろしいことに、なる。

 黒根君は……青清君のことを認めている。いや、恐れている。

 歴代最強の輝術師の名に恥じぬ力量は、真実この国を単身で征服できるほどのものだ。あの性格だからこそ属州の州君でいてくれているけれど、全州君と帝が徒党を組んだところで、青清君には敵わない。

 

 黒根君と青清君が交わしたやり取り。

 祆蘭を借りるにあたって、渡すと約束したもの。

 

 それは、誰も教えてくれない「愛とは何か」の答えである。ついでに恋と愛の違いも。

 経験豊富である黒根君からのその持ちかけに、恋愛初心者な青清君は頷きを返したのだ。

 

 ただ……少しばかりの勘違いがあった。

 あんな幼子に母を重ねているとは、到底考えていなかった。

 正直な話、黒根君には母親への想いなど欠片も無い。愛情も無い。だからもし祆蘭の言っていることが本当なら、契約不履行になりかねない。

 

 というのが今までの懸念で、今は──彼女に傷がついていたらどうしよう、の懸念だ。

 

 無理だ。黒州(ヘイシュウ)の国力では、青州(シーシュウ)とは戦えない。

 いや、長期戦に持ち込むことはできるかもしれないが、結局頭である州君の差が歴然過ぎる。ひとたび青清君が戦場に出てきたら、それで終わり。黒根君にできることは、どうにかして争いを起こさせないことだけ。頭を下げるか、出せるものを出すか。

 それほどまでの危険を背負いながら、黒根君は彼女を借りたのだ。必要だと思えて仕方が無かったから。

 

 加えて……祆蘭との話し合いの時に感じた、果ての無い空に飲み込まれたかのような重圧。

 あれは彼女を揶揄った時に見せていた剣気とは全くの別物だ。いや、その剣気も物凄かったんだけど、と。

 

「ええと……黒根君、背後の方々は?」

「あ……っと、すまないね。少し考え事をしていた。この二人は不貞の罪と、子への虐待の罪がある。容疑じゃなくて現行犯だ。調査や裁きは任せたよ」

「はっ!」

「うん、良い返事だね。それじゃ、ボクは行くから」

 

 黒根君は、別に男嫌い、というわけではない。

 祆蘭にはああやって話したし、決して黒犀城には入れないけれど……「女のいない環境」を作り上げれば、男の方が仕事の出来がいいとさえ考えている。

 余計な人間関係が出来上がることが少ないからだ。女は……三人でも集まれば、それだけで序列ができる。内通が行われる。まるで数値が見えているのではないかと思うほど、「仲の良さ」が如実に出る。

 

 よって男には仕事をさせて、子を産む女の選定は黒根君がやる。

 それが黒根君の思想。

 

「あ、いた」

「黒根君。片方は」

「いや、どっちもボクが持つよ。君は小祆を探しに行くといい」

「……行かない」

「どうして?」

「祆蘭は多分、幽鬼から情報を引き出すために連れていかれた。祆蘭は……幽鬼が何を話しているのか、ある程度分かるらしいから」

「……。君、それ……ボクに喋っていい事?」

「あなたは鬼から情報を得た。加えて、しっかりと子供達には音が届かないようにしている。よってあなたは、私と()()だと判断した」

 

 同罪。

 少し笑ってしまう黒根君。そうだ、同罪だ。言い得て妙だ。

 話すべきことを話していないのに、話してはいけないことを話している。

 

 鬼と繋がっている州君、など。

 それを理由に他州から攻め入られてもおかしくはないというのに。

 

「私達はあなたの秘密を握っている。あなたは祆蘭と……私が話した、という秘密を握っている。これで私達は共犯者。安心して背を預けられる」

「怖いな、青州の子たちは。それ、背に短剣を突きつけ合っているだけじゃないか」

「刺したら刺される。対等」

 

 流石は青清君のもとにいる要人護衛。一か百かでしか考えられないのは州君から兵まで全員同じなんだな、と。

 黒根君は己を棚に上げてそんな所感を抱く。

 

「一人での浮遊なら、速度を上げられるかい?」

「問題ない」

 

 では。

 

 

 そうして、子供達を女中に世話させての……黒根君の部屋。

 これは。

 

「えーっと……これは、いつまで待てばいいのかな。夕暮れ?」

「知らない。今までの子供達は、どれくらい経ってから発見されたの?」

「基本的には六刻から十二刻だね。だから……日を跨ぐこともあるかもしれない」

「……夕餉は?」

「君も聞いていただろう? 件の幽鬼は、子供達に食べ物……菓子の類を与えていることが多いんだ。本当に子供を傷つける気は無いんだと思うよ」

 

 彼女らしい、なんて思う黒根君。

 ただ、思い浮かべた姿は少しだけあられもないので、絶対輝絵にはできない。

 

 ──黒根君、緊急伝達よ。黒宮廷に幽鬼が現れた、と……男が騒いでる。

 ──ああ、件の子を攫う幽鬼だろう? 対応しなくていい、と返してくれ。今協力者がその幽鬼から情報を引き出しているところなんだ。

 ──へぇ、そうなの。今朝連れて来た女の子? そんなに有能なのね。わかったわ、そう返しておく。

 

 黒根君についている付き人は四人。

 その内の一人は、厳密に言うと付き人ではない。いや、もっと厳密に言うのなら、その一人だけが付き人だ。

 他は選定というか剪定対象でしかないのである。

 

「じゃあ、私達はこのまま待機。祆蘭の邪魔はできない」

「そうか。……まぁ、そうなるか。……ふぅ」

 

 ふと。

 机の上に置かれた、赤い牛を見る。簡素なつくりではあるけれど、「動く」というだけで子供の興味を引けそうな玩具だ。

 青清君のお気に入り。そういえば墓祭りで青清君が献上した鎮魂水槽(ヂェンフンチーツァォ)も簡素だけど面白いものだったな、と思い出す。

 少し前に流行った吉凶占師(ジーシィオンヂャンシー)も……。

 

「まさか、鎮魂水槽と吉凶占師を作ったのは」

「今? そして今更? そう、祆蘭。他にもたくさんの凄いものを作っている。たとえば、これとか」

 

 そう言って背負い袋から祭唄が出すのは、真白の板。

 さらにおかしな形の絵筆を取り出した祭唄は、そこに簡単な絵を描き……そして、消した。

 

「え?」

「すごい。いつ見ても。完成形ではないらしいけど、充分」

「すごいな。どういう輝術……じゃ、ないか。彼女は使えないし」

「簡単な説明を受けた。この板の下には、鉱石油を含めた粘性の高い液体が入っていて、さらに鉄粉も入っている。この絵筆の先には磁石がついている。だから」

「粘液の中を鉄粉が掻き分けて、表面に? けど……その表面、なんだ? 透明で薄い……硝子にしては、薄すぎる」

「よくわからない。これも完成形じゃないらしい」

「……青清君のお気に入り、か。……これは……契約を反故にしてしまった時が……」

「うん。戦争は私も嫌だから、心を籠めてお願いするけど、絶対に破らないで。あなたが頭を下げた程度じゃ、青清君は止まらないと思う。天染峰(テンセンフォン)から黒州が無くなることも考えた方がいい」

 

 だよね……と、天を仰ぐしかない黒根君。

 逸材だ。逸材が過ぎる。母性だのなんだのも勿論あるのだろう。あるいは青清君にとってはそっちの方が重要なのかもしれない。

 けど……他の者にとってはどうだろうか。

 

 今、祭唄は「青清君は止まらない」と言ったけれど、他の……祆蘭の価値を知る者も。

 いや。だから。

 

「……祭唄。直近で、小祆が黄州(オウシュウ)に行ったことは……ない、よな?」

「墓祭りには終わり際に行っていたらしいけど」

「よかった、それだけか……」

「あと、帝直々の呼び出しで帝のもとへ行った、とも聞いた」

「い゛っ!?」

 

 黒根君からヘンな声が出る。祭唄は……全部わかっていた、とでも言いたげな顔で、半目に黒根君を見ていた。

 わかる。黒根君もよくする顔だから。

 

「……黒州は、まさかこの三日で終わりを迎えるのかい?」

「それをさせないためのあなた。州君なんだから、しっかりして」

「青清君だけでも無理なのに、帝が……ということは、玻璃様が出てくるんだろう!? 無理だよ……民を逃がすことすらできない……」

「だから、なんで反故にする前提。守って、ちゃんと」

「うぅ……でも……でも今、彼女は幽鬼に攫われていて」

「害のない、あなたの想い人なんでしょ。しっかりしなきゃいけないのはその後のこと。祆蘭が引き出した情報をしっかり調べて──」

 

 言葉が止まる。

 上……何かが降り立った音が聞こえたからだ。

 すぐに黒根君が知覚を広げれば。

 

「え?」

「幽鬼?」

 

 気配は、そうだ。加えて何かを持っている。

 その気配は特に隠れる、とかいう素振りも見せず、素早く動いて……この部屋の窓にまで回り込む。

 

 窓の外で、窓を叩く幽鬼。

 

「……入れてほしい、と言っているように見える」

「ボクもそう見える。……ああ、本当に似ているなぁ。彼女……なのかなぁ。だとしたら、ボクは」

「あの幽鬼が……件の幽鬼なら、祆蘭はどこ?」

「──!」

 

 黒犀城全体に精査をかけるも、いない。この城に子供は保護した二人しかいない。

 すぐに祭唄が窓に駆け寄って、窓を開ける。入ってくる幽鬼。

 

 そして──祭唄に、持っていたものを見せた。

 

「それは……凧かい? 随分と粗末なつくりだけど」

「これ、祆蘭の服」

「……」

 

 ──凛凛(リンリン)!! さっきの、幽鬼の報告! 今も応援要請が来ているとかないよね?

 ──ふぇ? ああ、さっきまで来ていたけど。でも、もう途絶えてるし、見失ったんじゃない?

 ──すぐに位置情報をボクに!! 極めて危険な状態だ!

 

 脳裏に入ってくる、応援要請のあった場所。

 城のほぼ直下。

 

「黒根君! 祆蘭から、『有害幽鬼追蹤而來(害ある幽鬼が追いかけてきている)請保護之(そいつは保護しておいてくれ)其乃重要證人(大事な証人だから)』、って」

「君はここでその幽鬼の保護を! ボクは対処に行ってくる!」

「祆蘭をお願い」

 

 開かれた窓から飛び出し、自由落下……ではなく、物体浮遊の逆、輝術による急速落下を己にかけて、最高速度で黒宮廷へと着弾する黒根君。

 

 そこに──いた。

 

 髪の長い男の幽鬼と──鬼。

 そして、血塗れの。

 

「消え──」

「おい待て莫迦殺すな。拘束に留めろ。鬼の方は多分お前の想い人だぞ」

「なんっ……」

 

 拳。鬼のそれに、工具である錐が突き刺さる。

 

「油断するな、莫迦者。州君なんだろう、幽鬼と鬼を殺さず拘束するくらい余裕であってくれ」

「……ああ、余裕だ。すまない、取り乱した」

 

 固めて、持ち上げる。

 身動きの取れないように。これ以上何もできないように──密閉する。

 

「……流石は、か。さ、黒犀城に帰るぞ」

「その前に君の治療だろう! どこを怪我した、早く医院に!」

「知らん、何度も殴り飛ばされたせいで、どこに傷があるのかなど覚えていない。頭部と手は守ったが……ん?」

 

 ぱた、と。

 余裕そうに喋っていた祆蘭が、倒れる。

 

 ぞっとする。

 

「小祆? ……小祆!?」

「うるさい……叫ぶな。……ああ、くそ……。三日しかないんだ、倒れているわけにはいかないだろうに……あー。あれだ。黒根君。最初に……幽鬼、きただろう。あれに……筆談をさせろ」

「まずい……穢れが。意識を強く保ってくれ、小祆。外側からボクが駆逐をするから、意識を失わないように!」

「だからうるさい……。この程度……。──自分で、浄化できる」

 

 直後、暴風が吹き荒れる。

 少なくとも黒根君はそう感じた。眼前で嵐が発生したと。

 

「ち……加減を……(たが)えた、か。流石に血が足りん……痛いし……ああ、なんだって私はこんなに頑張ったんだ、何の得が……」

「……小祆、君は」

「……」

「……。──っ!? 誰か! 応急処置を行える者! 早く!!」

 

 動揺している。情報伝達で医院の誰かに繋げればいいのに、彼女は大きく叫んで……誰も寄ってこないことを理解し、少女を抱えて医院へと走る。

 

 果たして──。

 

 

 

「はっはっは、これは戦争必至か、黒根君」

「笑い事じゃないし……はぁ、どうしたら」

「まぁまぁ、私から取り計らってやるから安心しろ。この策を取ったのは私だしな」

 

 祆蘭は、無事だった。

 無事ではある、というべきか。

 

 全身に巻かれた包帯と、強く強く固められた足。椅子に座って、祭唄から粥を食べさせられている彼女。

 丸一日、である。彼女が医院で意識を失っていた時間は。

 ただ、彼女の言の通り、医師たち曰く「頭部や腕部への怪我が明らかに少ないです。加えて、死に至りかねない傷は意図して避けていたようで……骨折や擦過傷は多々ありますが、命に別状はないかと」らしい。同時に「血を失い過ぎているので、輸血は必要ですね」とのこと。それで丸一日、回復に時間を要したと。

 

 幽鬼と鬼を二体同時に相手にして、何をどうしたらそんな軽傷で済むのか。

 黒州の兵士たちに指導をして欲しいくらいの生存能力である。しかも武器はトンカチと鑿、錐だけという。

 

「で……害ある幽鬼と鬼は、どこだ」

「上空に固めてあるよ。……それより、彼女は? ずーっとボクを睨んでいて少し怖いんだけど」

「ああ、この幽鬼はお前の想い人に似ているだけの別人だ。高位貴族で、お前の意図を理解している女の嫁いだ家。その中にこの年頃の娘がいる家を洗え。外傷の無さを見るに、恐らく毒殺だろうが、そうとうやっている奴がいる」

「……わかった。そして、この羅列された名前は」

「あなたが祆蘭を助けに行っている間、筆談をした。この幽鬼の境遇はわかった。洗う必要はない。名前は杏仁(シンレン)。母親の名前は香仁(シァンレン)

「香仁だって!? ……そんな、あそこまで合理的にものを考えられる奴が、子供殺し……?」

 

 黒根君を睨む幽鬼の目が強くなる。

 母親を悪く言われた、からではない。

 

「もう一つの資料は、私が彼女の教えてくれた内容を整理したもの。彼女の主張も混ざっている。目を通して」

 

 ──凛凛、香仁の家を調べてくれ。子供殺しの容疑がある。特に遮光鉱(ヂェァフゥンクゥァン)で作られた小部屋の類いだ。他にも……高位貴族……団結……おいおい、これは。

 ──黒根君、考えながら情報伝達するのいつになったらやめてくれるの? まぁいいけど。香仁ね。あの女、私から見ても上手く立ち回っていたと思ったけど……やっぱり人は仕事から離れると堕落するものねー。適度な仕事と適度な怠け。これが人生を楽しく生きるコツよ、黒根君。

 ──そんな話は聞いていないししていない。早く仕事をしてくれ。

 ──はぁーい。

 

 伝達を入れて、その後に祭唄がまとめたという資料を見る。

 そこには。

 

「ぅ……」

「ん、なになに? 最悪、人の心が無い、鬼より酷い、考えなし、頭が悪い、周りが見えていない。そうかそうか、私もそう思うよ」

「……ボクの政策が……そうか……」

「近年起きている虐待の全ての元凶。大罪人。ん、でも死なれるのは困る? なぜだ? ……強いのは確かで、事実何度も黒州を守ったから。ほーぉ、良かったな、褒められているぞ」

「その万倍は貶されているよ、こっちの資料で」

「だろうな」

 

 溜め息を吐いて、資料を机に置く黒根君。

 そして。

 

「……すまないね。ボクは……これを読んだところで、この政策を変えるつもりはない」

「──!?」

「だけど、考え方は変えるつもりだし……少し息苦しくなると思うけど、緑州(ロクシュウ)緑涼君(ロクリァンクン)を参考にしようと思う」

「無理。緑涼君の慕われ方を考えれば、あなたは彼にはなれない」

「そういう意味じゃなくて。……そうだな、黒州は植物に秀でる州。根を張るのは得意って話さ。──定期的に各家をボクが訪問するよ。放置はしない」

「恐怖政治をさらに強めるのか。……それをして、子が粗相をしたら、親が手を上げる頻度が上がる、とは考えないのか? 恐らく女児ばかりを拐っていたのは……逆に言えば、女児ばかりが虐待に近い躾を受けていたのは、お前のせいだぞ?」

「そのための根だよ」

「……ハ、密告社会にするのか。お前、執政者向いてないよ」

「本来はそうなんだよ。州君は政に関わらない。ボクは黒宮廷に口出しをしない。そのはずだったんだけど、黒宮廷がボクを頼ってきているからこうなっている」

「幹が腐っているんだ、枝葉も果実も腐ろうさ」

 

 減らず口の絶えない怪我人に、乾いた笑いしか返せない。

 そして……怖い怖い目をした、想い人によく似た少女の幽鬼。

 

「ボクが許せない、よね」

「……」

「ボクのことを……殺したい、とは。思わないのかい?」

「……。……、……。……」

「小祆、今、彼女はなんて?」

「"そうは思わない。あなたは多分、疲れている人だから。憐れには思う"、だとさ」

 

 ──疲れている人。

 黒根君の中で……何かが嵌る。

 

「ま、コイツの性格や境遇、そして黒州のことは後にして、だ。杏仁、あの害ある幽鬼と鬼のことを聞かせてくれ。黒根君、完全防音と、最悪の場合を考えて、最大限の防護の輝術を部屋全体に張ってほしい」

「ん、わかった」

「……。……、……。…………。……。……」

「なに?」

「……。……、……。……、……、……」

「待て、それはどこの話だ。黒根君、黒宮廷の地図はあるか?」

「うん、あるけどできれば彼女が何を言っているのかを教えてくれると」

「後で纏める。早く用意しろ鈍間。私は動けないんだぞ」

 

 段々慣れて来たその罵倒。

 すぐに黒宮廷全体の地図を机に開く。

 

「杏仁、その話をしていた奴の家、あるいは場所を教えてくれ。祭唄様は、その場所の記録を取ってほしい」

「わかった」

 

 少女の幽鬼が、迷いない動作でその指を地図に置いて行く。

 一か所じゃない。三、四か所でもない。もっとだ。二十に近い家を指し示した。

 

「! ……、……! ……!」

「すまん、ゆっくり喋ってくれ。ええと? ……最初は……あー、すまんわからん。書いてくれ。そして祭唄様、教えてくれ」

「筆談だけ、ではダメなのかい?」

「紙の無駄だ。読み取れるなら読んだ方がいい」

「……」

「『御史處(ユーシーチュ)』。帝が各州に派遣する監視や管理をする機関のこと」

「……やっぱりか、になるなぁ、それは。黒根君、前回御史處がこの州に来たのはいつのことだ?」

「十一年前だね」

「そんなに長く来ないものなのか?」

「まぁ、基本は墓祭りで大体察されるから。あと……まぁ、これはあまり大きな声でいう話じゃないけど、天染峰って既に密告社会なんだよ。黒州にも青州にも、他の州にもいるよ。州君や執政機関が悪事を働いていた場合、帝に対して密告を行う人間。それは個人の場合もあれば、団体の場合もあるけど」

「……! ……。……!」

「杏仁曰く、そいつらが来てから大人たちがおかしな動きを見せ始めたらしい。あの害ある幽鬼……名を宋層(ソンツォン)というらしいんだが、あれは御史處として来た一人で、けれどこの州に一人残った者。奴は大人たちにこう説いたらしい。"(とこしなえ)の命に興味はないか"とな」

 

 それは。

 ……あまりにも、妄言が過ぎる。黒根君も……なんなら祭唄でさえ、鼻で笑ってしまう言葉。

 だって。

 

「命とは必ず寿命を迎えるもの。万物とて同じ。石は風化する。木は老いる。水とて不変ではなく、風もまた一定ではない。火のように揺らめきて尽き、死するからこそ世界と言う。──子供でも知っている。平民でも知っているんじゃない?」

「私は初耳だが、そんなに常識なのか」

「ああ。誰もが知っている言葉だ。ボクらは生まれた時からそれを知っている、なんて囃されることもあるくらいさ。だから、過去にも不老不死を謳う詐欺を働こうとした詐欺師や楽師が出てきたことがあったけれど、誰も相手にしなかった。それができないことは誰もが知っているから……って、なんで二人ともそんな深刻そうな顔をしているんだい?」

 

 生まれた時からそれを知っている、のあたりから真剣な顔になっていった祆蘭と祭唄。

 そして、俯いてしまった祆蘭の前で手を振り、話を聞いてほしい、と言わんばかりに跳ねる杏仁。

 

「小祆、杏仁が」

「ん、ああ。すまん、少し思う所があってな。で、なんだ」

「……! ……! ……、……。……、……、……!」

「……それが本当なら……とんだ悪女だが。それは、何か証拠があるのか?」

「……。……!」

「祭唄様」

「『栖』。隠れ処のこと」

「あそこか。……だからアイツはお前をあそこに行かせまいとしていたのか」

 

 うんうんと頷く杏仁。

 どうやら──結論は出たらしかった。

 

「わかった。私が必ずなんとかする。それと……お前が、黒根君のことは嫌いでも、黒州が好き、というのは伝わったから。黒宮廷の茶屋だったか、そこも気に掛けておく」

「……? ……。……」

「ああ。お前はついてこれん。お前は死んだんだ。いつまでも……この世に留まっていてはいけない」

「……」

「ただ、お前が攫った子。みんなお前を消さないでくれ、酷いことをしないでくれ、と言っていた。本当に子供が好きなんだな」

「……。……!」

「そうか。じゃあ、死途の土産にこれを。あの、少し中性的な男児がお前向けに書いたものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あいつが書いた文字だとわかるようなものを貸してもらった」

「……!」

 

 祆蘭が取り出すは、長細い紙。栞だ。文字が書かれているらしいそれには……小さな鈴が一つついている。

 

 杏仁は、それを受け取って。

 

「……、……」

「伝えはしない。死者からの言葉は、本来伝わってはいけないものだ。けど……伝わっているだろう。お前のやってきたことは、少しだけ賢くなかったのかもしれないが……少なくともお前の気持ちは、子供達に届いていた」

「……──。……?」

「祆蘭、だ。じゃあな、杏仁」

「……! ……!」

 

 消える。

 輝術による消滅ではなく、まるで空に還るように。

 

「光の粒にならない、ということは、楽土に行ったか。良かったよかった。……あ、栞と鈴持っていかれた。そういうこともできるのか……。どうしよう、借りると言った手前……」

「あの子も納得すると思う」

「ま、そうだな。……さて、黒根君」

「あ……うん。ボクの出番、だね」

「そうだ。私がなんとかするとは言ったが、動けないのでな。──子細、全てを伝える。お前にとってはつらい現実だろうが……飲み込んで、処理しろ」

「……わかった」

 

 語られた言葉は。

 

 

 

 夜。

 指定された場所に近づき、その膜……「黒い輝術」なるものを破り捨てる黒根君。

 そして異臭に顔を顰めた。

 

「……凛凛」

「ええ、警戒はしてる」

 

 常に精査の輝術を巡らせながら、そこに入る。

 

「凄まじい……数の、死体。それが……混ざり合って」

「どういう神経をしていたらこんなものを……ううっ」

「大丈夫かい、凛凛」

「……私と二人きりの時くらい、その気障ったらしい喋りやめなさいよ。怖気が走るったらありゃしない」

「酷いこと言うのね。お城のみんなからは大人気なのに」

「アンタの本性見抜けてない時点で全員有象無象でしょうが」

 

 肩を竦める黒根君。そこに、男装の麗人、というような雰囲気の彼女はいない。

 いるのは──ただただ、凄惨な笑みを浮かべる狩人だけ。

 

「私の州で、ここまでの好き勝手をして……その上青州との火種まで作ってくれて。……これは本気で潰さないと」

「え、青州との火種ってなに? 聞いてないんだけど」

「……あの協力者の子。傷一つつけない、というのが青清君との契約だったのよ。でも」

「え! 全身包帯だけど!? どどどどどどどどどどどどどどどどどどうするわけ!? 無理でしょあんた、青州との戦争とか! 絶対! 負ける!!」

「私もそう思う。けれど」

 

 けれど、だ。

 あの少女の幽鬼より齎された情報は、それをどうにかできるかもしれない札でもあった。

 

「ここね。輝術で姿を消している可能性もあるから──誰もいなくても、油断はしないでね小凛(シャオリン)

「私もう三十超えるんだけど? そろそろ怒るわよ小藺(シャオリン)

 

 合図とともに──扉を、開ける。

 

「──!」

「……。この子。あんたの……」

 

 そこには、()()()

 何か……醜く、ぼこぼこと膨れ上がった……。

 

 彼女の顔がついた、形容できない程に"混ざり果てた"、肉塊が。

 

「……あんた、大丈夫? 無理なら出てなさい、私が焼いてあげる」

「大丈夫よ。……あの子から、聞いていたから。こういうものがある可能性も」

「あの協力者の子、何者よ。そこまで想定できるとか……敵の内通者ってことはないのよね」

「違うでしょうね。むしろ、最大の敵。敵にとっては……なんとしてでも排除しなければならない相手」

 

 黒根君はその「施設」の光景を、すべて覚える。あとでこういった光景に耐性を持つ者に輝絵を作らせるためだ。これは、普通の光写處(グァンシェチュ)勤めの者には耐えられない光景だろうから。

 そして、消した。感慨はあった。だけど……だからこそ、それを振り払うためにその死体を消去する。

 

「……黒根君、気付いてる? 奥、まだ部屋がある」

「ええ、けれど……部屋じゃない。道ね、これ」

 

 扉を蹴破る凛凛。

 そして見る。生臭く、生暖かく……灯りの一切ない坑道。

 

「……ダメね、辿り切れない。あんたは?」

「私でも無理だ。かなり長い。……ここを調査するのは少し危険すぎるから……植物に、お願いしようかしら」

「えぇー」

「えぇー、じゃないの。こんなところ、兵を向かわせられないでしょ」

「……はぁ。私の可愛い可愛い植物は、こんなことに使うためにあるわけじゃないのに……」

「じゃあなんのために育てていたのだったかしら」

「黄州に繋げるためだけど」

「なら、いいじゃない。──この道、どうせ黄州に繋がっているだろうから。念願達成ね」

「それこそ火種……って、ああ。そういうこと? それを青州との交渉材料に、って?」

「ええ」

 

 胡乱な目を黒根君に向けつつ、溜息を吐いて……懐から取り出した「種」を一つ、坑道に向けて放る。

 そして、そこから瞬時に芽が、蔦が出た。

 

「いつ見ても奇妙な光景よねぇ」

「世が世なら邪法遣いとして罰されていたでしょうね。さ、帰りましょう」

「仮に黄州まで続いているとして、覆い尽くすのにはどれくらいかかるのかしら」

「さぁ? この道がどれほど曲がりくねっているかにもよるけど……直線距離なら三日から四日。どこかで水脈に辿り着けたら、もう少し早まるわ」

 

 凛凛。彼女の趣味は庭仕事。

 ──植物の生育過程に輝術を用いることで、完全なる新種を生み出すことに成功した生粋の狂乱学者(マッドサイエンティスト)である。

 

「はぁ、相変わらずというか久しぶりに見たというか。私が出て行った二十五年前から変わっていないね、凛凛」

「っ!? ……は、もしかして今潮(ジンチャオ)!? あんた……久しぶりだけど、あれ、死んだとか言ってなかった?」

「凛凛、彼は鬼だよ。……君と知り合いだったことには驚いたけど」

「そう警戒しなくていいよ、黒根君。私は旧知の昔から変わらない小ささと、私達鬼を道具としてしか見ていない愚か者の所業を確かめに来ただけだから」

「小ささは余計でしょーが!」

「ちょっと、今潮、勝手に行かないで。……うう、何よここ、気色悪い……。これ人間が考えたって……やっぱりいつの時代も頭のおかしい人間はいるものねぇ。……って、あ」

 

 黒根君と凛凛。

 そして、今潮と桃湯(タオタン)

 

 この四人の邂逅は──。




26日の補填で8:30分に3話目が更新されます。
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