女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第二十四話「凧」

 想譚(シァンタン)。享年十八歳。

 生前はおっとりとした性格と、それでいて責任感の強い勤務態度が周囲の者に人気で、彼女を慕う者は老若男女問わず多くいたとか。

 調べられる限りでの交際記録は存在せず、また成人済みで武官ではないというのに婚姻話も無かったそうな。

 最後まで働いていた場所は輝霊院の中でも特別な部署、光写處(グァンシェチュ)。その名の通り、輝絵を現像することのできる者が集う部署。

 

「輝絵ねぇ。……個人的な輝絵の現像も頼めるのか?」

「いや、黒宮廷(ヘイキュウテイ)にある光写處は公的な輝絵のみを現像する場所で、個人的な依頼は個人的な事業を行っている者の方へ行くことになっているよ」

「公的な輝絵。……それは、殺人現場の証拠輝絵とか、か?」

「確かにそういうものが現像されることはあったけど、基本的には商人の顔や役人の顔を登録するための場所と考えてもらった方がいい」

「……っし、これで……。で、あー。まぁ、現場ばかりだったら病みそうだな、と思ったが……いやでも、仕事柄役人や商人とは広く付き合いが持てる、ということか……」

「彼女が悪事をしていた、というのは君の中で決定なのかい?」

「いや? ……こうして……。別に、決定事項ではない。ただ仮定が存在しないと考えるものも考えられないし、それで全部行き詰まったらこの仮定を覆せばいい。非効率的に映るだろうが、私にはこれしかできん」

 

 要はナンバープレイスだ。仮置きして数字を埋めて行って、破綻したら仮置きまで戻って初めから。

 私にできる推理なんてこれくらい。その途中で「これはいけるな」なんて思って行動すると、雨妃(ユーヒ)の時と同じ「咄嗟に行動しなければならない」という事態に陥る。破綻することを見据えられていないから。

 

 期限は三日だけど、もう初日の昼を過ぎている。あと二日半で解決する必要がある。

 できなかった場合、特に罰則はないけれど、私がモヤモヤする。多分その後もう一度訪問、とかはさせてもらえないだろうし。

 

 何より今潮(ジンチャオ)の言葉も気になるからな。

 

「目撃されている幽鬼と同年代の娘の死体、というのは上がっていないんだよな?」

「……それは、そうだ。ボクに隠しているのかと思って黒宮廷全体の精査もしたけれど、それらしいものは見つからなかった」

祭唄(ジーベイ)様、温風程度でいいからこれを乾かしてくれ」

「わかったけど……」

「その……こちらから頼み込んでいる身だから強くは言えないけど、もう少し真面目に……」

「いやなに、私は青清君の気に入る工作物を作る細工師。私を呼ぶ理由をお前が話さないものだから、私はてっきり何かを作ってほしいのだと思っていたんだ。その上で鋸は持ってくるなと言うから、仕方なく紙で作れる玩具を考えて、それ用の道具を持ってきている」

「……ボクが悪い、というのはわかったから」

「そしてこのモノ作りは私の推理に必要なことだ。良いから気にするな」

「付き人の君、それは本当?」

「わかりま……わからない。祆蘭(シェンラン)は不思議。普段は気の触れた阿呆にしか見えないけど、やる時はやる」

「祭唄様、今何かとんでもない罵倒が聞こえたような気がしたんだが、これは私がモノ作りに集中しているせいで聞き間違えただけだよな?」

「うん。だから集中してて」

 

 悲しいよ私は。

 普段からそんな風に見られていたなんて。

 

 ……と、乾いたか。そうしたら上部を短剣で切って全体を外し、中の木彫りを引き抜いてから、切った部分を貼り付け直す。

 ふん、鋸が無くとも鑿とトンカチがあれば木は切れるんだよ!! 大変だがな!!

 

「幽鬼に攫われた子供たちは、攫われた場所からどれほど離れた場所で発見された?」

「規則性が無いんだ。ただ……調査をしている者の話によると、涼しい場所であることが多い、らしい。だから今は誘拐が起きたらすぐに黒宮廷内の涼しい場所を探す、ということをしている」

「誘拐される子供に共通点は?」

「女児か、一見して性別の判別ができない男児」

「ふぅん……」

 

 全体に漆器に使う艶消しを混ぜ込んだ白い染料を塗りたくり、乾いたらその上から赤い染料を塗る。

 あとは覚えている限りの模様を……黒白金で絵をつけて、予め作っていた錘付きの頭部を差し込めば完成。

 

 そう、赤べこである。

 

 私の身に起きている「符合の呼応」。これが実際にあるのなら、こっちから操作できないか、と考えた。

 だからとりあえず子供関係の縁起物を作ってみた。縁起物に呼応するなら、良い事が起きるんじゃないか、と。……いや今まで作って来たものが悪いものであるということはないし、なんなら水中花は縁起物だから色々角が立つんだけど。

 あと、シンプルである方が連想もしやすい。

 赤べこ。首の根元についた錘が顔を上に向かせ、身体を持ち上げて歩かせたり他の場所に置いたりすると、カクンカクンと首を上下に振る民芸品。

 

 上下、という連想ができる。

 

「子供達は何か言っていないのか」

「何か、とは? ……あとそれは……生物かい? 牛……? でもそんな色じゃ」

「おい話に集中しろ。こっちはお前の情報が頼りなんだ」

「君に言われたくは……ああいい。わかったわかったわかったよ。で、えーと。……だから、何か、とは?」

「何かは何かだ。幽鬼についての情報でもいいし、誘拐されている間のことでもいい」

「……うーん。特に何か聞いた覚えはないかな」

「そうか。じゃあ行くぞ」

「へ?」

 

 トンカチを佩き直し、小さな小物入れに鑿や使わなかった紙を入れて、立ち上がる。これは出立前に夜雀(イェチュェ)さんがくれたもの。「なんの力にもなれないけど、はい! こういう小物入れ、小祆使うでしょ?」って。ええ子や……。

 何も言わずについてくる祭唄と……座ったままの黒根君(ヘイゲンクン)

 

「おい、行くぞ。お前が案内しないとわからんだろうが」

「行くって、どこに?」

「私は子供達が何かを言っていなかったか、を知りたかった。お前は聞いていないという。であれば今から聞きに行くべきだろう。誘拐された子供に会わせろ、鈍間」

「……君、言葉が足りない、って言われないかい?」

「いいや? 私の言葉は常に満ち溢れている」

「むしろ要らないことばかりを言う。祆蘭の言葉の中で、本当に大切なものは一割くらい」

 

 ……そうだけど! 詭弁小娘ですけど!!

 さっきから扱いがおかしくないか祭唄! 気を許すってそういうことじゃないと思うんだけど!

 

 

 

 一軒目。中位貴族。

 子を誘拐された親だ、たとえ州君の言葉でも抵抗がある……かと思えば、かなりすんなり理解を示してくれた。

 コイツの恐怖政治のせい……には見えない反応。

 

「お前か、幽鬼に攫われた子供は」

「うん。お姉ちゃんはだれ?」

「私は黒根君の親友だ」

 

 頬を引き攣らせている黒根君が視界の端に映るが、そういうことにしておいた方がスムーズだろう。

 私も別にお前のことを友だなんて思っていない。

 

「お前に聞きたいことがある。幽鬼に攫われた時、何かされたか? ──具体的には、頭を撫でられたとか、何かを貰ったとか」

「うん! 幽鬼のお姉ちゃんは、なでなでしてくれたし、茶屋で売ってる飴もくれたよ!」

「茶屋? この近くにあるのか?」

「ううん、黒宮廷の外にある茶屋だよ。お団子と飴がおいしいの!」

 

 ……平民の店か?

 黒根君に目配せをする。多分今輝術で母親からその茶屋についてを聞いてくれていることだろう。

 

「お前が攫われた時、他に子供はいたか?」

「んーん。私だけだった」

「そうか。では最後の質問だ。──攫われる直前のお前には、何か嫌なことがあった……違うか?」

「……んーん。ないよ」

 

 今一瞬母親の方を見たな。黒根君と情報伝達のやり取りをしている母親を。

 なるほどねぇ。

 

「ありがとう、参考になった」

「うん! あ、で……でもね、お姉ちゃん」

「ん?」

「幽鬼のお姉ちゃんは、優しかったよ! だから……だから」

「ああ、別に殺しはしない。というか私輝術師じゃないしな。無理だ」

「輝術師じゃない? ……戦えないくらい弱い、ってこと?」

「そういう認識でいい。でも黒根君がついているから安全だ。ああ、黒根君にはそういう乱暴をしないよう強く言ってある。だからそっちも大丈夫だ」

「……うん。頑張ってね、お姉ちゃん」

 

 何か隠しているな。

 なるほどなるほど。

 

 

 二軒目。下級貴族だけど、高位輝術師を輩出した家。

 

「僕が攫われた時のこと、ですか?」

「ああ。幽鬼は喋れんからな、言葉はわからんだろうが、態度とかお前を扱う手付きとか、覚えている限りでいい、教えてくれ」

「……随分と偉そうな平民ですね。でも僕は賢いので是を返します。僕があの幽鬼のお姉さんに攫われた時、僕は迷子になっていたんです。ここから少し遠いところで算学を習っているので、その帰り道でした。ただ、僕は賢いので、壁沿いに行けば必ず家に帰ることができると知っていたんです。そうして歩いている時にあの幽鬼のお姉さんが出て来て、攫われました」

「時刻がどれくらいだったかは覚えているか? だいたいの太陽の位置がわかればいい」

「だいたい……そうですね、あそこに見える山に、太陽が半分ほど飲まれている時です」

 

 夕方。そして……その壁伝いの法則は、全施設が壁に隣接していないと使えない。この家というか区画は普通に道に囲まれているので、多分一生辿り着けなかっただろう。

 

「その時のお前は、泣いていたか?」

「な、泣いているわけがないでしょう! 失礼な平民ですね! 僕は他の子供と違って賢いんです! だから泣きません!」

「泣くと怒られる、か?」

「なんなんですかあなた! さっきから失礼すぎます! 僕は貴族で、あなたは平民です! 黒宮廷に平民がいるだけでもおかしいのに……」

「お前の態度次第で、あの幽鬼の処遇が決まる、と言ったら大人しくなるか? ──お前がその態度を取り続け、隠し事をし続けるなら……あの幽鬼を追い詰めた時、その身を……そうだな、指、手、腕、脚、というように少しずつ引き千切ってもらうよう黒根君に頼む。黒根君ならそれくらいできる」

 

 蒼褪める子供。視界の端ですんごい怒り顔してる黒根君。

 冗談だろう、そんなに本気にするなよ。

 

「や……やめてください。ごめんなさい。……あのお姉さんは、悪い人じゃない……と思うんです。幽鬼ですけど、ずっと優しくて……。そ、……そうです。僕はあの時……全然家に帰れなくて、周りが暗くなってきていて……泣いていました。それで、そこに幽鬼のお姉さんが来て……死んじゃうんだ、って思って……。でも、お姉さんは優しく抱っこしてくれて……それで、どこかの……よくは覚えていないけど、どこかに連れていかれて……」

「気付けば眠っていて、起きたら発見された、か?」

「……はい。そうです。その時にはもう幽鬼のお姉さんはいなかったし……起きた場所も、僕の知っている場所でした」

「暗かったからよくわからない場所だった、のではなく、確実に知らない場所だったんだな、夜の内は」

「そ……う、だと思います。僕は……でも、あの場所は……」

「ん、それくらいでいい。充分参考になった。幽鬼を見つけても、酷いことはしないと約束する」

「……でもあなた、平民ですよね?」

「戦うのは黒根君だが、私は黒根君の親友でな。ある程度言うことを聞かせられるんだ」

 

 今日も詭弁小娘の舌は良く回ります。

 嘘も真実ではないことも、これでもかってくらいするする出て来ますとも。

 

「じゃ……じゃあ……その、お願いが……あって」

「なんだ? ……ああ、聞かれたくないんだな。耳打ちしろ」

「はい。……その」

 

 小さな声で囁かれた言葉。

 はー。……へぇ。

 

「何か、証拠というか……そうだな、それがお前の言葉だと証明できるものはないか? 印だとか、その時持っていたものだとか」

「……あ! あります!」

「それを一時的に貸してくれ」

「わかりました! 取ってくるので、行かないでください!!」

 

 ふん、マセガキめ。

 というかその幽鬼、どんだけ美人なんだ。多少は気になって来たぞ。

 

 中性的な容姿の男児から「ソレ」を貰って、次。

 

 

 三軒目、中位貴族の中でも裕福である家庭。

 

「平民……? あの……黒根君。私の子を平民に触れさせるのはご遠慮願います」

「それは、ボクへの命令ということでいいのかな」

「っ……しかし、平民は……子への悪影響が大きすぎます! 不潔で、不浄で……」

「もう一度聞こう。それは、ボクへの命令ということでいいのかな」

「……っ、わかり……ました」

 

 どうも、平民です。

 ……しかし、こいつらどうやって平民かそうでないかを見分けているんだ? 輝術師には輝術師にしかわからない電波みたいなモンでも出てるのか?

 でも最初の子はわかってなかったしな……。

 

 そうして連れて来られた子は……ん。

 

「この子です」

「お前、今親に"誘拐されたというていで作り話をしろ"と言われて出て来たな?」

「っ!? な、なんて無礼な言葉を……! これだから平民は!! それに、それは私への侮辱と見做し」

「その怒りは、ボクの()()である彼女への侮辱と見做すけれど、いいのかな」

「へ……黒根君の、親友? ──失礼ながら、ご友人の選定は」

「ボクが選んだ友人に、なんでもない君が口を出すのかい? ──随分と気が大きくなったものだね、彪理(ビャオリー)。ボクが君のことを忘れたとでも思っていたのかな」

「っ……。……」

 

 ん、なんだ? 因縁持ちか?

 まぁどうでもいいが、コイツじゃない。

 

「すまん、母親は怖いやもしれんが、黒根君がなんとかする。本当に攫われた子を連れて来てくれ。黒宮廷全体に関わることなんだ」

「……賢い、目。……わかりました」

 

 しばらくして。

 まぁ、明らかに「女児」と言える年齢ではなかった最初の子供が、「女児」である子供を連れて来る。

 何かを噛み締めるような口元。

 

「黒根君。この子への上限情報を妨害できるか?」

「……へぇ、成程。何かを話しているのはわかっていたけど、そんなことを子供にやっていたのか。これは──徹底的な調査が必要そうだね」

「か、勘違いでございます黒根君! 平民が輝術の何をわかりましょう! そんな妄言に」

「落ち着いて話がしたい。黒根君」

「ああ。こっちは任せると良い。祭唄、彼女の守護は任せるよ」

「あなたに言われるまでもない。私は護衛」

 

 輝術で持ち上げられて……空へ空へと昇っていく母親。

 ま、アイツ的にもメリットなんだろう。「使えない奴を発見できた」というのは、な。

 

 と。

 

「誰っ!」

「わっ!? ……あ、あ、……ええと、怪しい者じゃない、俺は」

 

 祭唄が突然刀を抜くものだから、何事かと思ったら……家の中から……「うだつが上がらない」を体現した、みたいな容姿の男性が出て来た。

 失礼すぎるとは思うけど、そう見えちゃったんだから仕方ない。

 

「俺は、この子たちの父親……」

「違う。お父さんじゃない」

「──野盗?」

「ちちち、違う! なんてことを言うんだ……俺は」

「お父さんの弟です。お父さんは今遠征に行っていて、その間にお母さんは……この人を」

「ほー……不貞とは、黒根君のお膝元でよくもまぁ。祭唄、今のを黒根君に」

「もう伝達してある」

 

 流石。

 そして……「うだつが上がらない」から「憤怒の形相の」に様変わりしていく男性。

 成程ね、油断をね。

 

「動くな。動かば斬る。──この刀は輝術を通さない。輝術ごと斬る」

遮光鉱(ヂェァフゥンクゥァン)!? そんなものを何故平民についた護衛程度が持っている!?」

「うるさいな。子供に話を聞きに来ただけなんだが。……黒根君の私兵はいないのか? そろそろ煩わしい……お」

「う、うわ!?」

 

 浮き上がっていく男性。見えないほど離れていても作用させられるのか。

 流石は州君、か? それとも誰でもできる?

 

「ぁ……」

「斬る」

 

 ふわり、と。

 持っていかれかけた長女の子。その頭の上あたりを祭唄が斬る。

 

「あ……ありがとう、ございます」

「構わない。にしても、白昼堂々子供に暴行とは」

「前から……なんです。お父さんが仕事で長くいなくなると、必ずあの人が来て……母と、その……ヘンなことをしていて」

「おお、本気で不貞だとは。ある意味アイツが作り上げた宮廷らしいというかなんというか。が、すまんな。その辺の調査は私の仕事じゃない。聞きたいのは幽鬼のことなんだ。だから……」

 

 長女らしい子ではなく。

 ずっとだんまりの女の子の前で屈んで、目線の高さを合わせる。

 

「連れ出しておいて放置ですまなかった。お前を連れて行った幽鬼のお姉さんについて教えてくれ」

「……」

 

 幼子は……無言で。

 私を指差す。

 

 ……?

 

「う、え」

「祆蘭!!」

 

 うお。

 おー。

 

「祭唄、追いかけて来なくていい。子細を黒根君に伝えるのと、その子たちの保護を。多分そのために私を、って話だろうし」

「っ……! わかった、でも……絶対無理はしないで!」

「無論だ」

 

 運ばれる。攫われる。

 九歳は……女児、か? もう結構な……ああいや、地球概念で言えば全然女児なんだけど、こっちの世界十五歳で成人するからなぁ。換算すると中学二年生か三年生くらいの扱いなんだよな、九歳って。

 

 ハッ……つまり私の威圧は……厨二──!?

 

「なぜ無抵抗だったのか、とでも問いた気な目だな」

 

 ピタ、と止まる幽鬼。

 そして私を正眼に抱え直し、口を動かす。

 

「わかるの? って……。持ち運ばれていたんだからわかるわけないだろう」

「……」

「でも言葉が通じてる? 違う、私はお前の唇を読んでいるだけだ。声は聞こえていない」

「……」

「ああ落ち込むな。というか私はお前に話を聞きに来たんだ。初日で出会えるとは思っていなかったが。で、お前名は? 想譚……じゃ、ないよな」

「……?」

「誰、だよなぁ。お前にとっては」

 

 こてんと首を傾げる幽鬼。

 そして私を抱え直し、移動を再開した。

 

「まぁお前からの声は聞こえんが、一応聞いてくれ。お前は他の幽鬼と違って、別に"次"など求めていないんだろうが、一瞬でいい、私の魂に触れてほしい」

「?」

 

 空いている方の手が、私の頭を通り抜ける。

 瞬間、本気でびっくりした、とでもいうように私を落としかけて、わたわた、あたふたとしながらなんとか抱き留めた。

 

 そしてまた正眼に持ち上げられる。

 

「……?」

「ああ。本当だ。次は存在する」

「……。……、……」

「やっぱり要らないか。お前はただ、可哀想な子供に笑って欲しいだけの幽鬼だな?」

「……。……」

「わかってるわかってる。親が悪い。そして……そういう親を作っている黒根君も悪い」

「……!」

 

 ぱぁ、と明るい顔をする幽鬼。

 絶世の美女ではない。でも、笑顔の可愛らしい幽鬼だ。

 

 とはいえ──本題はそれじゃなくてな。

 

「お前、知っているんだろ? ──もう一人いる、って」

「……!」

「お前が今から私を連れて行こうとしている場所は、ソイツの手の届かない場所だな?」

「……。……! ……!」

「すまん、名前は読み取れん。私は言葉が拙いんだ」

 

 今、犯人……というか「害がある方の幽鬼」の名を言ってくれたっぽいんだけど、流石に固有名詞や名前を読唇するのは無理がある。

 

 大体理解した。というかこの幽鬼自体は理解していた。

 こいつは多分、親に殺された子供。誰なのかは知らん。その上で恨みを持つのではなく、「同じ境遇にある子供を救いたい」という……果たしてそれは未練なのだろうか、という思いで顕現している。

 子を誘拐するのは、親に子の大切さを見直させるためなんじゃないかな。そんでもってさっきの親が一切の改心をしなかったから、もう一度あそこに現れた。加えてすべての元凶たる黒根君の親友だのなんだの言ってる奴がいたから、黒根君に「幼子の大切さ」を知ってもらうために動いた。

 

 黒根君は「ボクのことをわかっている女は子を悪くは育てない」と言っていたからな。

 アイツの政策をこいつは知っていたんだろう。あるいはそういう高位貴族の娘やもしれん。

 つまるところ、すべてアイツの自業自得なんだ……が。

 

 困ったことに、そういうのに関係ないヤバイ奴がいた、らしい。

 

「東。高台。いるな」

「……」

「見張られている。お前の秘密の隠し場所、入り口は一つしかないのか?」

「……」

「そうか。……アイツの足は、お前より速いか?」

「……。……!」

「いや頑張る、とかじゃなくて。事実を聞きたい」

「……」

「そうしょぼくれるな。あいつの方が速いんだな。……となると、単純な追いかけっこは無理。……あ、そうだ。お前飛べるのか?」

「……? ?」

「そう、上」

 

 首を振る幽鬼。

 ……じゃあやっぱり今潮がさも当然の顔して青宮城(シーキュウジョウ)に現れてたのはおかしかったんだな。ただ幽鬼の生態を誰もよくわかっていないから、誰も疑問には思わなかった、と。

 

 仕方がない。

 

「幽鬼に重さはない。そうだな?」

「……? ……」

「多分か。まぁそうだよな、自分のことそんなに調べないか。……今から空を飛ぶ工作物を作る。お前はそれに乗って黒犀城(ヘイシージョウ)まで行け。女中からは隠れ、最上階の黒根君の部屋を目指すんだ」

「……。……」

「私が危ないとかはどうでもいい。いいか? あの害のある幽鬼は、必ずお前を狙ってくる。なぜならお前が真実を握っているからだ。お前に消えられると私が困るんだよ」

「……」

「莫迦者め、そこは割り切れ。私はどう見ても女児ではないだろう。そもそも平民で、両親どちらも三歳くらいから会っていない。虐待なぞされていない」

 

 それはそれで、と思う奴も多かろうが、平民なんてそんなものだ。

 むしろ私の両親は爺さんと婆さんに仕送りをしているだけかなりマシな部類だよ。

 

 さて、時間が無い。

 幽鬼に指示をして、黒宮廷の外の林の中に入らせる。手ごろな枝を折ってもらって、簡易の軸を作成。私が来ていた羽織物を脱いで、小物入れから取り出した短剣でそれをザクザク切る。

 失敗は許されないので慎重に。けれど迅速に。

 

「……!」

「痺れを切らして探しに来たか。いい、運べ。担がれながらでも作業はできる」

 

 持ち上げられる。

 縦横無尽に林の中を走っていく幽鬼。ただ……いるな、後ろに。

 

「後ろで少し大きな音がする。気にするな」

 

 制作作業を中断し、紙を取り出して素早く折り畳み、持ち手部分に糸を付ける。

 それを後ろに放り……見極めて、素早く糸を引く。

 

 パァン! という音が響き渡った。

 まぁ前も作った紙鉄砲だ。折り畳んだ部分が引き出されさえすれば音は出るからな、振るのが一番出やすいけど、こうやって慣性を利用しても鳴らせる。

 

 ……よし、怯んでいる。平民の戦争では弓か弩しか使われていない、というのは聞いていた。鉄砲がないんだ。私も聞いたこと無いし。

 輝術で似たようなことはできる……というか輝術の威力が高すぎて、鉄砲を作る発想が無い。あるいは筆記具と同じで認識から外されているか。どちらにせよ、ここまで音の出るものは初見だったらしい。輝術のかかったものの可能性を考えて様子を見たのだと断定。二、三枚予備の紙鉄砲を作り、元の作業に戻る。

 

 ……できた、あとはこれを糸で繋いで。

 

 甲羅型に切り裂いた羽織。木による補強。糸は蒔きつけて防腐剤で固めてあるけど、乾かしている時間が無いので少し不安。

 ──チャレンジ精神!

 

「黒宮廷に戻れ。大回りする形で」

「……」

「心配するな。私は狙われる理由がない。大丈夫だ」

 

 とはいえ……ありそうだな、とは思っているけれど。

 ま、問題ない。

 ああ、あと。指先に泥を拭いつけ、布に「漢字」を書く。祭唄にわかる漢字を。

 

 撹乱のために紙鉄砲を一発破裂させつつ、幽鬼と私が黒宮廷に戻ると……当然いる門の守衛。

 

「飛び越えろ!」

「な、幽鬼に──子供!?」

「件の幽鬼だ! 捕らえろ!」

 

 威圧は……今使うべきじゃないと直感が告げている。

 なんだ、なぜだ? ……まぁいい。

 幽鬼に対して手を翳した守衛を見て、そちらに最後の紙鉄砲を放る。

 

 響き渡る破裂音。

 

「!?」

「なんだ……輝術の気配はなかったぞ!?」

 

 とか言ってるのを背後に、幽鬼が黒宮廷を駆け抜ける。害ある幽鬼は……直線で追って来てはいないが、どうだろうな。屋根を伝って直線距離で来る可能性も充分ある。

 だけど、ここからだと距離が厳しい。……いや。

 

 腰布を裂いて糸を引き摺りだし、元々あった糸に結ぶ。

 計算しろ。黒犀城の高さと、私の走行速度。

 

「お前、女中に気付かれずに黒犀城の外壁を登ることは可能か?」

「……!」

「頑張る、か。……そうだな、そこは頑張れ。そうとしか言えん。……これに掴まれ」

 

 差し出すのは、凧。急造品だけど、飛びはするはず。

 

「……」

「心配し過ぎだ。むしろ私はお前の方が心配だよ。黒犀城の女中に撃ち落とされるなよ?」

「……!」

「ああ。また後で」

 

 彼女が凧を掴んだことを確認し……一気に走り出す。

 黒宮廷に存在する最大の長さの直線。且つ、黒犀城方面への道は一つしかない。まだ夕暮れにもなっていないので人が沢山いるが、知らん。

 

 空気抵抗を受け、空へと昇っていく凧。人々のざわつきは凧に対してだろうが、余計なことをしてくれるなよ。

 

 ぞっとする。

 

 肌が粟立つ。直感に従って右に転がれば……私がさっきまでいた場所の近くにあったなんらかの施設が()()()()

 

「な……なんだ!?」

「何かが降って来た!」

「輝術師! 早く来てくれ、何かが──」

 

 ──トンカチを抜いて、思いっきり殴打する。

 弾かれる……が、防げた。

 

「おい、お前! 逃げるなり輝術を使うなりしろ! 幽鬼だ! 害ある幽鬼!!」

「ひ……ひィ!?」

 

 使えねぇなオイ。

 けど、輝術に物理攻撃が効かずとも、幽鬼には効く。それがわかっただけ……いや、確か祭唄があの鉱石じゃないとダメージを与えられないとか言ってたような。

 

 まぁいい、防げるならそれでいい。

 

 と、糸が撓んできた。走らねば。

 

「──!!」

 

 耳を劈く()

 は!?

 

 声!?

 

 幽鬼は……喋れないはずだろ!?

 

「──輝霊院に通報しろ! 幽鬼じゃない!!」

 

 そいつは。

 髪の長いその女は。──見覚えのある、その女は。

 

「鬼だ!!」

 

 明らかに理性の無い目をした──鬼。

 一種類目の、か。

 

 ……。

 

「おい、お前。死にたくないよな?」

「ひ……あ、ぁ」

「怖がってたら死ぬぞ。死にたくないだろ? この糸を離すな。離さず、あっちに逃げれば必ず助かる」

「な、ど……どういう」

「良いから走れよ鈍間。使えないものとして黒根君に()()されたいのか?」

 

 目を見開く男性。

 ハッ、噂になってんのか。じゃあそれを知って尚城にいる女たちはよっぽどの莫迦か、あるいは道化を演じているか、か?

 なんでもいいが──。

 

「走れ!!」

「ひ──ヒィィイ!!」

 

 良し、ぎゅ、と糸を握りしめている。

 

 さてさて。さてさて。

 

 トンカチを構える。あーあ、だから鋸持って来たかったのに。

 

「あんだけ大きな声を出しておいて、待っていてくれるとは優しいことだ。それとも──邪魔な者をこの場から遠ざけるのが目的か?」

「ぅぅ……ぁあ」

「ふん、唸り声だけ。一種類目の鬼だな、まるっきり。ということはアイツの言っていた幽鬼は別の奴。幽鬼が徒党を組んでいるとは、非力な人間に対して過剰戦力が過ぎるだろう」

 

 動きはない。

 なんだ、様子見──。

 

「などと油断すると思ったか?」

「!?」

 

 転がる。

 直後、私の頭のあった場所を通り抜ける青白い手。

 

 受け身を取ってすぐに立ち上がれば……今度こそ幽鬼。こちらも髪の長い女……に見えるが、胸の薄さや肩幅からして男だなコイツ。

 

「……お前だな、さっき私達を追って来たのは」

「……」

「はてさて、どうにも……()()()()アイツが関わっているような気がしてならないが、まぁ、悪意のある幽鬼というのも中々珍しい。まだ出会っていなかったからな、初めまして、だ」

「……。……?」

「恐ろしくないのか、だと? ハハハ! 少し前にあった文字への気付きの方が余程恐ろしかったよ。──お前程度、ただの化け物じゃないか。何を怖がれと言うんだ」

 

 殺意しか感じない。野犬のような目つき。

 明らかに目的をもって私をどうにかしようとした幽鬼だ。そして……これは勘だけど、完全な制御下にあるのだろう、鬼。

 力関係逆転してないか? とも思うけど、理性がある方が理性の無い方を利用している、というのは理解の及ぶ話だ。

 

「仕掛けて来いよ、意気地なし。強大な鬼を使って気を大きくしているのならそれは勘違いだ。──お前は大望を持って、けれど為せずに終わった無為なる者だよ、幽鬼」

 

 挑発はした。

 

 さて──何秒保つかな、私!!

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