女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
殺気を収めて、にこやかに。
「やぁ、青清君。墓祭りぶりだね」
「何をしているのかと問うた」
「ボクかい? ボクはね、黒州出身の薬師の墓に花を置きに来たんだ」
「そうか。であれば
「怖いなぁ、そう怒らないでくれよ。青州が誇る
「ならば許可を取れ。既に事のあらましは進史から聞いている。無許可で我が青宮城に侵入し、剰え……剰え、私の所有物に毒を盛ったと」
「おっと後半は事実無根だ。そこの平民が勝手に言ったことに過ぎない。……まさか付き人クンは、平民の妄言を精査もせずに州君へと伝えてしまう無能──」
「祆蘭」
……。
止められた。
別に、本気で斬りかかるつもりはなかったんだけどな。
「この子……本当に君のお気に入り? 実は懐刀とか言わないよね。なに、この剣気。並の武官にもこんな子いないと思うけど」
「そうだとして、お前に何か関りがあるか?」
「……いや。そうだね、何の関係もない。……ここでボクと君がやりあえば……流石にボクが押し切られる。今日のところは大人しく帰ってあげよう」
「何様のつもりだ。そして用もないなら来るな。墓の
「遊びに来ることも許されないのかい?」
「私の興味はお前に無い。疾くと去ね。でなければ──」
「おっと、これは本気だね。じゃあ逃げさせてもらおう。──それと、
「そうか。であれば私は、
「!」
動揺したな。
だが……最初のはブラフだ。むしろ彼女も……?
「早く行け。私が短気であることなど」
「わかってるわかってる! じゃあね~、青清君に、小祆! ボクは君の唇をもう一度貰いに行くつもりだよ」
「今度は私が毒を含んでいてやる。楽しみにしていろ」
して、ぴゅーんと逃げ去っていく黒根君。
……知識はあるようだったが、狂っているようには見えなかった。
要警戒、か
「進史。戻るぞ」
「はぁ。……よろしいのですか、青清君。先程まであれほど私の脳内に──!?」
「も・ど・る・ぞ」
弾かれたように顔を上げ、ふらつく進史さん。
何事。
「……輝術師が輝術師相手に使う基本的で且つ身体を傷つけない術の一つ。上限情報。人間が一度に処理できる規模を超えた情報を相手の頭に送りつけて、意識の混濁を誘う」
「こわ」
「……祆蘭。あのお方はな、さっきまで……どういった顔をして祆蘭に会えば、っ!?」
また仰け反る進史さん。
わかったわかった。だから無理しなくていいよ。
……しかし、この分だと次に青清君と会話をするのはいつになることやら。
そして……黒州の黒根君、ね。
の、数日後。
謹慎の解けた私は晴れて──。
「ほら、外。見えるかい? あれが青州と黒州を明確に隔てる巨山、
「逆に言えば、地を歩かない生物……樹上で生活する野生動物にとっては楽園か」
「それがそうでもない。剃刃草をものともしない生物……蛇が多く出るからね。樹上でのんびりしていたら、音もなく樹木に巻き付いて登って来た蛇にぱくりとやられてしまうわけさ」
「成程。安全な場所などないことの好例だな。その蛇は鳥にでも食われるのだろう?」
「よくわかったね。そうだよ。だけど鳥もずっと飛んでいるわけにはいかないから」
「餌を探しに降りて来て、その連鎖に巻き込まれる、と」
──黒根君と、空飛ぶ馬車に乗っている。
簡単に時を遡ろう。
あの後、黒根君は正式な手続きを経て青清君に会いに来た。結構面倒な手続きがあるらしいんだけど、全部ちゃんとやったらしい。
それで……青清君と黒根君は何かしらの会議をし、三日間だけ私を貸し出すことを渋々飲んだ。条件付きで。
「しっかし……随分と愛されているね、小祆。一つ、君を絶対に傷つけない事。これは怪我だけではなく、心も含まれる。加えて、君が傷つけられたと思えばそこでおしまい。君の護衛が青清君に伝達を入れて、青州は全力を以て黒州へ報復に来る。二つ、君をこちらの権力争いなどには付き合わせない。君の言葉遣いもボクが無理矢理納得させる。三つ、君を護衛から引き剥がさない。まぁコレは当然だから飲めるけど……その腰に佩いているトンカチ、それは……なんとかならなかったのかい?」
「なんとか、とは?」
「いや、警戒する気持ちはわかるからさ、せめて小刀にするとか」
「鋸を否定したのはお前だろう」
「……まぁ、いいけどね。君を傷つけないと約束した以上、ボクは全力で君を守る。だから君が矢面に立つことはない。武器なんかあってもなくても同じだ」
「トンカチは工具だが」
「……」
以上三つの条件が、私の貸し出し条件。背後の空飛ぶ馬車には
「君は本当に青清君のお抱え職人なのかな。ここまでの待遇……それにあの態度。どう考えても青清君は……君に好意を持っている、と言うようにしか見えないけれど」
「ああ、らしいな」
「へぇ、認めるんだ」
「何やら私に母性を見ているらしい。お前にとっては笑い種だろうが、深刻な……いや、そうか。お前も神子か」
「せめてボクに驚く暇を与えてくれると嬉しいな。……で、どういうことだい? 神子と……青清君が君を母に仰ぎ見ること。そこにどんな関係が?」
「ん? お前は違うのか? ……神子とは、生まれた直後に隔絶した輝術の才を持ち、それゆえに世俗から隔離されて生きるものだ、と聞いたが」
「それは合っているよ。ボクもそうだし、他の州君もそうだろうね」
「ゆえに青清君は母のぬくもりを感じたことが無い。そこを私が……まぁ、叱ってやったらな。懐かれた」
「……なる……ほど?」
黒根君はあんまり理解できないらしい。
境遇は同じなんじゃないのか?
「お前は家族から引き離されたわけではないのか?」
「ああ……いや、引き離されはしたけど、ボクの城に勤める者が、ボクの家族と知り合いでね。すぐに再会が叶ったんだよ」
「なんだ、そういうこともあるのか。ということは、今も家族仲は良好なんだな」
「いや、全然。……ふむ。まぁ平民だから仕方のないことだけど、君は神子に対して認識が甘いね。両親との再会を果たしたボクは、けれど両親から」
「ああ、化け物として見られたのか」
「……それでいて話の腰を折るというか、話を端折るのは得意らしい。まぁ、そういうことだよ。……知っているかい? 神子というのはね、本当に突然現れるんだ」
黒根君は……馬車の窓から外を眺めて、つまらなさそうに言う。
「血筋、家柄、両親や先祖の輝術の力量、環境。それらに一切関係なく、神子というものは生まれる。何故か各時代各州に一人ずつ、必ず他と隔絶した才を持つ赤子が」
「法則性……いや、規則性が無い、というべきか」
「規則性が無いという規則性があるのさ。ボクの両親の技量は並くらい。下に弟と妹がいるけれど、兵士としては使い物にならないほど弱い。親戚を見てもそうだね。ふふ、だから、初めて弟や妹にあった時にはこう言われたよ。"お前が一族の才を全て持って行ったんだ"って」
「規則性が無いという規則性があることは、周知の事実なんじゃないのか?」
「勿論、誰でも知っていることだ。だけど人間は知識だけで動く生き物じゃないだろう? だから感情に従って意味のない事や……自分にとって不利になることをする」
心の底から、つまらない、という顔。
「──ボクの州に、あんな弱者や愚者は要らない。だから追い出そうとしたんだけど……これもまたおかしな話でね。規則性が無いことは他の人間だって知っているはずなのに、神子を輩出した血筋を他州に渡すわけにはいかない、とか言って、彼らを留めてしまった。だからボクの宮……黒宮廷にはボクの家族の住む区画があるけれど、もう長い事そこには行っていないよ」
「まぁ、納得の足切だな。使えない奴を捨てる。合理的で効率的だ。そして規則性が無いことを理解しているくせに残そうとする気持ちも理解できん。家族とはいえ州君となった者にそこまでの罵詈雑言を吐ける、ロクに輝術も使えぬ貴族。不要だろうに」
「……別に、ボクに同調しようとしなくたって、ボクが君を傷つけることはないよ」
「誰がそんな面倒なことをするか。お前が欠片でも後悔しているように見えたら隙ありと見て潜り込むことも考えただろうが、心の中に欠片たりとて家族への情を残していない者にそれを行う理由がない。同情というのは、相手に情がなければ成立せんだろう」
「成程ねぇ……。んーっ! っはぁ……。青清君が母性をどーたらこーたら、というのの真偽はともかくとして、君がお気に入りになったのは納得だよ」
「別に特別なわけではないだろう。平民ならだいたいこういう考え方をするぞ」
「そうなのか。怖いね、平民は」
息をするように嘘を吐く……というか。
嘘を吐くときだけ息ができる、みたいな閉塞感をこいつから感じる。
まぁ……青清君もだけど、強い力を持っていて、けれど隔離されて生きていたら……誰だってひん曲がるというか。青清君はピュアな方というか。
「さて……もうすぐでボクの城、
「……
「ああ。州君はね、代替わりをするごとに、城の名前を好きに変えられるんだ。宮廷は昔からの名前だけど、城はボクたち州君の所有物だから。だから、自分の城に宮廷とほぼ変わらない名前をつけているのは青清君くらいのものだよ。彼女はそれにすら興味がないからね」
「まぁ、らしいと言えばらしいな。……あ、それで思い出したんだが、
「前は黄州も属州だったからだよ。知らないかな? 帝と州君は絶妙な関係にあって、その立場が入れ替わることもままある、っていう話」
「……ああ、そうか。新たな帝となった州君は必ず黄州に住むというわけではないんだな」
「そりゃね。自分の州に誇りを持っている州君や、ボクみたいに自分好みの州に改編している州君もいる。帝の座を手に入れて、けれど自分の州を手放す、なんて利益と不利益が釣り合っていないだろう」
確かに。そりゃそうだわ。
つまり……
となると、最初に容疑者候補に挙がっていた
あるいはそれをも鎮圧できる力が神子にはある……? それとも別に帝と州君の戦争では互いに止めを刺さない、とか?
……わからん。
「小祆。ほら、おいで。抱いてあげる」
「今傷ついたと判断しても良いんだぞ」
「……君はボクに惚れないのかい?」
「自意識過剰も大概にしろ。初対面で毒を盛られて誰が惚れる」
「だから毒なんて盛ってないって……。はぁ、まぁいいけどさ」
馬車を降りる。
そして。
「お帰りなさいませー!!」
大歓待を、受けた。
……多分黒根君が。
「ただいま、ボクの愛しの少女たち」
ウィンクと唇に当てた人差し指と、そこからの投げキッス。
……ん、中華風世界終わったか? メイド喫茶か何かか? いやこいつが執事の執事喫茶か?
そして……こいつらは何だ。女中? 凄まじく華美な服装だ。赤色の生地に金の刺繍。袖先や帯は黒く、けれどそれが全体に統一感を持たせている。
しかも。
「男、一人もいないのか。まさかとは思うが」
「当然だろう? ここはボクの愛の巣。ボクの愛しい華たちに下卑た考えを向けかねない猿を野放しにする意味がない。そうだろう?」
「いやっ、黒根君ったら、そんな華だなんて!」
「身に余る光栄ですぅ~!」
「ようこそ、青州からのお客人! ここは黒州が誇る黒犀城! 男子禁制の女の花園! どうかくつろいでいって!」
……ぜーったいいじめあるだろ、ここ。
女しかいないとか、もうなんか見えるもんなカーストが。これ並んでいる位置とか裏で凄惨なやり取りの末決まっただろ。
うへぇ……。
「……と、そうだ。華たち。一つだけ忠告がある」
「はい! なんでしょうか!」
「彼女……祆蘭を傷つけたら、青州と戦争になるからね。重々承知するように」
「もちろんです! 私達はそんな野蛮なことはいたしません!」
「私の護衛、祭唄も、だ。彼女に傷があったり、何か落ち込んでいたりしたら、私は簡単に青清君に泣きつくぞ」
「──あなた、黒根君に対してなんて野蛮な」
「おっと、早速攻撃か?」
「っ!」
ふん。
こういうのは先制攻撃と牽制が大事なんだ。
隅で縮こまって、脅されたらなんの文句も言えない弱者だと思ってくれるなよ?
私は! 平気で!! 青清君の威を借るぞ!!!
「……そして、そういう話がなくとも、彼女はボクが招いた客人だ。平民だから、言葉遣いがなっていないから、
「は……はい。申し訳ございません……」
「いやいや。一度の失敗で見放す程ボクの心は狭くないよ。次からはしないように気を付けて。それじゃあ、各自持ち場に戻って、仕事をしてね」
「はい! ありがとうございます!!」
宗教だな、これは。
飴と鞭というか。
飴で無知を釣っているというか。
……ま、口を出すことではないか。
そうして、最上階……黒根君の部屋へと案内される。
付き人は四人。まだ少女の域を出なさそうな女の子と、十六から十八くらいの少女二人。そして一人だけかなり年上だろう女性が一人。
向けられる目線は。
「すまないね。まだ幼いから、感情の制御ができていない」
「一番鋭い目をしていたのは二番目に背の高い奴だったがな」
「……そうかい。それは、良い事を聞いた」
あー。
コイツ全部わかって……というか、つまりここは。
「愛の巣とは名ばかりの篩か、ここは」
「慧眼だね。そう、ここでは使える者か使えない者かを日々の態度から選別している。使えないと判断したら、黒宮廷の中でも使えない男と番わせて、隅に追いやる。追放したいところだけどね、子を産むまでは我慢だ。悪い両親だと子が優秀になる──というのは、法則ではないにせよ、統計としてそうでありがちだ」
「酷い人間実験場もあったものだ」
「これは全て黒州をよりよくしていくための政策なんだけどね。使えると判断した女はこの城で丁重に育てて、黒宮廷における有能な貴族に嫁がせる。さっき悪い親からは良い子供が生まれやすいと言ったけれど、良い親からは良い子供が生まれる。──正確に言えば、ボクが"使える"と判断した女は、もうボクの真意に気付いているから……子を悪くは育てない、というべきかな」
あくどいが、効率的で合理的だ。
己のルックスと立場を最大限に活用している。
「一度目の失敗でもう使えないと判断しているだろう、お前」
「さっきの子の話だね。そりゃ当然さ。ボクはその直前に言ったんだよ? 小祆を傷つけたら、青州との戦争になる。君達の行動が開戦の狼煙となる。ボクはちゃんとそう伝えた。だというのに言葉遣い程度で戦争を起こそうとするような女が、使い物になる、なんて思えるかい?」
「……お前のためだ、なんて言いながら、己を良く見せるためだけの行動をしそうな女だな、とは思ったよ」
「いいね、ボク達は気が合うみたいだ。……ああそう、そっちの護衛の子。発言を許可するよ。──今言っていなかったら小祆が攻撃してきそうだったし」
「へぇ、慧眼はお互い様か? 良い読みだ。まさに言おうとしていた。護衛を無下に扱われて傷ついた、とな」
「ふふふ」
「ははは」
「……私が黙っていたのは、黒根君に遜っていたわけじゃなく、会話に巻き込まれたくなかっただけ」
巻き込むだなんて。
そんなそんな。
なぁ?
「……なんて言葉遊びはこれくらいにして、本題に移りたいんだけど……構わないかな」
「ああ。聞かせてくれ。無知で無学な平民を己が城に呼び寄せた理由を」
さぁて、何を作ってほしいのか。
「──最近、黒宮廷で連続誘拐事件が起きている」
「……ん」
「殺しは起きていない。誘拐だ。事実、誘拐された者は順次発見されている」
「んー」
「ただ……誘拐された者も、被害者が誘拐されたところを目撃した者も、こぞってこう言うんだ。──幽鬼が子供を誘拐した、と」
うーん。
……そっちかぁ。
そ……そっちかぁ……。
「あー。祓うのはできないのか。身を隠していて……素早い?」
「いいや、目撃例も多数あるし、輝術師が居合わせたこともある。なんならボクも見たよ。誘拐しているところじゃなかったけれど、塀の上を走る幽鬼の姿を」
「州君の力でも祓えない幽鬼、ということか? であれば私なんぞ」
「──少女の幽鬼なんだ。幽鬼となって尚、可愛らしい華のような幽鬼」
「……」
「君は……輝術も使えないのに、幽鬼を祓うことができるのだろう? どうかお願いだ、彼女を……」
威圧する。
「!」
「……前、ある宮女がその事実を知っていたのを見逃した。だが……それは緘口令の敷かれた話なんだよ。──お前、それどこから知った? 事と次第によっては」
「内通などしていない! していないし、間者も送っていない! これは本当だ、信じてくれ!!」
「であればなぜ知っている。言え、今すぐに」
「……信じてもらえるかはわか」
「今すぐに言えよ、鈍間」
「……鬼だよ。
威圧を消す。
そしてドカドカと足音を立てて黒根君の部屋の窓へ行き、そこを開き──日本語で。
「余計な事してんじゃねぇよあのマッドサイエンティスト──ォッ!!」
と、叫んだ。大丈夫日本語だから。
よーし。
「い……今のは、鬨の声か何かかい? 凄まじい剣気を感じたんだが……」
「気にするな。無駄に重圧をかけて済まなかった。謝罪する」
「いや……情報を出し惜しんだ此方が悪い。協力を申し出ているのはこっちなのに」
「そうか。じゃあお前が悪いな。それで、いつ今潮に会った」
「君……。ふぅ、わかった。段々理解して来た。……会ったのは君に会いに行った日の前日だよ。ボクが深夜、この幽鬼事件の調査をしていたら、彼が窓の外に立っていてね。当然警戒したし、輝術で消し飛ばそうとしたんだけど……黒州の、限られた貴族しか持っていないある印璽を見せられて、止まった。そして……君のことを聞かされた」
「細々と語る必要はない。私に何ができると言った?」
「君は、幽鬼を消滅させるのではなく、楽土へ帰すことのできる唯一の存在だと彼は言っていた。そして……私の直面している事件の真相は悲しいものだから、できれば力尽くで滅することはやめてあげてほしいと。彼女に害意は無く、生前の未練がアレを行わせているだけだから、と」
「……そこまでわかっているなら真相も……言うわけがないか、奴が」
「ああ、ボクも同じことを言ったよ。そこまでわかっているなら真相を教えてくれ、とね。そうしたら彼は、それは私の領分ではない。彼女の領分だ。彼女が辿り着かなければならない真相だ、といって……そのまま消えてしまった」
……また意味深な言い回しを。
クソ、
「ボクは……周囲の女を道具としてしかみていない。それは紛れもない事実だ。だけど、死者を辱めるほど堕ちた覚えもない。前からずっと感じていたことなんだ。死するだけでも苦痛なのに、死して尚苦痛と共に引き裂かれて消える。それは……どれほどの責め苦なのだろう、と」
「……。まだ何か隠しているな、お前」
「……。ああ。そうだね。君には協力を申し出ている立場だ。……その……そのだね」
「言い淀むな。三日しかないことを忘れているのか?」
「は、初恋の人に似ているんだよ!!」
……お前もかー。
「ボクがまだ少女の時分だった頃に見た、ボクより少しだけ年上の少女! 効率的でも合理的でもないけれど、こう……全てを包み込むような包容力があって! ああそうさ、そうだとも! ここに来るまでの道中、青清君が君に抱いたという好意! 凄く……凄く納得した! だってボクも彼女にそれを抱いていたから!」
「叫ぶなうるさい。……そんなに気に入ったんなら城に迎え入れてしまえばよかったろうに」
「それは……ダメだよ。そうしたらボクはきっと……」
「そいつを嫌いになる、か? 人間誰しも二面性があるものだ。包容力だけの奴なんかいない。効率的でも合理的でもないなら、共に城で過ごしている内に使えないという冷徹な判断をする己が出てくる。だから引き入れず……そして行方不明にでもなったか?」
「いや……死んでしまった。もう何年も前のことだけどね。自殺だった。原因はわからない。でも、彼女が幽鬼になることはなくて……自殺して、楽土へ行った。遺言も何も残さずに」
……。
それは、妙だな。
平民ならたまにある。もう生きていく術がないから、あるいは生きている方が苦痛だからと、簡単に命を捨てる莫迦者。
だけど……貴族で。そんな若い身空で、人生に満足して自決? ……ちょっと考え難いな。
「当然ボクも調べた。調べに調べた。だけど、彼女に恨みを抱いている人間もいなければ、逆に彼女を殺したいほど愛する人間もいない。当然のようにたくさんの人に慕われていた彼女は、ある日突然自殺して、多くの人間に悲しまれた。ボクも……一度城を抜け出して、
「お前のことはどうでもいいが、少し妙だな。加えて……その過去を持つお前に今潮が接触し、此度の事件を私に解かせろ、といったのも……何かの符合に思えてならない」
「いや……彼女が死んだのは本当に何年も前の話で、当時の黒宮廷全体を精査しても幽鬼は見つからなかった。だから」
「いい加減面倒くさいぞお前。情報を少しずつ隠すのはやめろ。私に計画性の話をして来た時点で、お前だって怪しんでいるんだろう。ここ最近青宮廷で起きた事件に関する話が、お前の追う話に妙に合致するから」
今、私は推理をしていない。
直感だけで喋っている。
でも……するすると言葉が出る。
「……生霊、というものが……出たそうだね」
「それもそこそこの秘匿情報のはずなんだがな。今潮か、出所は」
「いや、これは噂話だよ。大勢が目撃していることだから……」
人の口に戸は立てられぬ、か。
まぁいいや。私もいちいち突っかかるのやめよう。話が進まん。
「それで? 生霊と計画性とお前の持っている情報。何がどう繋がる」
「ボクは……彼女の死体は見た。でも、彼女の幽鬼は見ていない。……可能性としてあるんじゃないか、と。そう思ったんだ」
「幽鬼……つまり魂だけがどこかに隔離されていて、お前の想い人の肉体は後で殺された、という説か」
「そう。それで……此度の少女が、もしかしたら……という、こじつけをした。そして、それがどうやって行われたかはわからないけれど……もし青宮廷の事件と同じなら、大人数が動いていて、ちゃんとした計画が立てられていた、ということになる」
……そうだ。
謎の水死体と黒い輝術は勿論として、「どのようにして生霊を作成したのか」と「どのようにしてあの場所に生霊の幽鬼を配置したのか」がわかっていない。
薬物で仮死状態にし、なんらかの方法で幽鬼だけはじき出す方法があるのだとしても、雨妃事件の時幽鬼は突然現れていた。つまり、大勢が同時に仮死者の幽鬼化を行った、というわけだ。
計画的犯行。「符合の呼応」を考えるのなら……偽
もっとたくさんの錘が、絶妙なバランスを取って吊り下がるのがモビールだ。
そしてどこか一か所でも破綻すると全てが破綻するものでもある。
「お前の想い人が遺言も残さずに死んだこと。あるいは死んだことそのものが、なんらかの計画の破綻だった。……お前には酷なことだが、あるいはお前の想い人は、その生霊化を用いてなんらかの悪事を行おうとしていて……誰かが失敗して、死してしまった、という線もあるな」
「……今、心の底から君でよかった、と思えたよ。……君は非情だけど、同時に対等だ。誰に対しても、何に対しても。誰かの情がどうとか、過去とか、関係性とか……そういうものを全て抜いて物事を考えることができる」
「先に断っておくが、私は推理を得意としてはいない。というかほとんどの事件において迷走している。迷走しなかったのは一件くらいだ。つまり、お前から見れば非効率的で非合理的な推理を展開する可能性が大いにある。──それを看過できるなら、使え。あるいはお前が軌道修正を行っても良い」
「今潮から聞いている。君は、人間をくだらないものだと定義した時の推理力が抜群に良い、と。──どうか力を貸してほしい。嘘は言わない。黒州をではなく……ボクを、過去の呪縛から解き放ってほしい」
嘘塗れの正直者、ね。
……青清君は何に頷いたんだか。
「いいだろう。では早速行動だ。──輝絵の才のある者に、その幽鬼の外見と、そしてお前の想い人だった奴の外見を描かせろ」
「えっ」
「何を驚いている鈍間。同じ奴かもしれないという話になったんだ、比較するのは当然だろう」
「……いや、その」
「祆蘭。……多分だけど、良い?」
「なんだ祭唄様。輝術師的なアレソレか?」
「輝絵というのは、輝絵の才のある者の脳内に、自分が見た景色や、あるいは覚えている姿を情報伝達として送り、描いてもらうものを言う。幽鬼の方は目撃情報がたくさんあるから大丈夫だろうけど、黒根君の想い人の方は」
「黒根君の思い出にある姿になる、か? ……それが恥ずかしいというのなら、そいつを慕っていたという数多の人間から……。……まさかお前、そいつらはもう間引いているんじゃないだろうな」
「だ……だって、彼女の優しさに付け込んで、己の生の苦しみを癒していたような……弱い連中だし……。ボクの理想とする黒州には要らないし……何より彼女をそういう下卑た目で見ている奴も多かったって調べが出てて……要らないな、って」
「お前、合理主義じゃなくてただの独裁者なんだな。……追放しただけで殺していないんだろう? 洗って探して聞き込みに行かせろ。そのための立場だろうが」
「──すぐに指示する。しばらく無言になるよ」
「ああ。……まぁお前の覚えている姿を伝えれば済む話のようにむぐ」
「祆蘭。ちょっと」
祭唄が私の口を塞ぐ。
そして、屈みこませた。
「……祆蘭には、ちょっと早いことだけど……。初恋の相手。長らく会っていない。そして……死体を見ている。つまり最も裸体に近い姿を見ていて」
「ああなんだ、アイツの思い出に残っている想い人は全裸だということか? 別にそんなこと気にしないが」
「最後まで聞いて。……黒根君は……その選定に、肉体関係を持つことも多い、という噂がある。真偽のほどは知れないけど。……そういうことを日常的にしているのだとしたら、彼女の妄想の中に住む想い人は」
あー。
……輝絵にしたら、春画になるのね。
思春期のガキなのか?