女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
思いつめている。確実に。
……進史さんと、
聞こえていなかったか、あるいは別の思惑でもあるのか、私が
ソルトペインティングに楽しさを見出し、その原理もすぐに見抜くことに成功した……けれど、同日生家である
輝術による再建こそ容易ではあるらしいのだけど、どうしたって「思い出の詰まった家」と「再建された元通りの家」では別物に思えるだろうし、私の弟子としての方も……多分自覚がある。
そもそも研究者としての資質が無いという事実に、彼女は思い当たっている。その二つの事柄が同時に起きたせいで、思いつめているし落ち込んでいる。……のが、伝わってくる。
どうしたものか。
根本的に私は赤の他人である。進史さんの方は……結構私が悪いにしても、今並さんの抱える問題については私じゃどうしようもできない。
師にはなれど、道を示す師ではなく、他が崖であることを照らす師でしかないから……うーむ。
ちなみにソルトペインティングによる木芙蓉の絵画は、素人目に見ても大作だった。
なんというか、配色の理解が深すぎる。輪郭にしか色を付けることのできないソルトペインティングだけど、それをしっかり理解して色の明暗を作ったり、影となる部分の糊入り塩を増やして厚みを増したり、塩と糊の分量を変えて輪郭をぼやっとさせたり……完璧に使いこなしている。
今潮も言っていたけれど、本当に絵の才能があるのだと思う。ただあの場では遺言を聞いたけど、ど……どう伝えようか。父親が鬼になった……は、流石にダメだし、幽鬼だったお前の父にあったことがある……で始めるにしても、なんで今まで言わなかったんだ感と、絵の才を見てからそれを言っちゃうと「あ、見離されたんだな」感がどうしても出てしまう。
正直薬師や下女をやるより、絵師になった方が大成はするだろう。するだろうし……危険も少ないと思う。
……。
……ピコーン!
白布を被せた絵画六枚を今並さんに輝術で持ち上げてもらって、その今並さんの手を引いてズンズカ歩く。隣には
護衛としてではなく移動のために呼んだけど、快く頷いてくれた。
そしてやってきまするは最上階、青清君の部屋の前。
「あ、あのあの、あの……その、私、何も聞かされて」
「青清君、いるか? 祆蘭だ。少し用がある」
「……お前から用とは珍しい。許す、入れ。他の者も構わぬ」
よーし。
緊張でガックガクな今並さんを無理矢理引っ張って、青清君の部屋に入る。
彼女は──知恵の輪で遊んでいた。
……あげた覚えないけど。
「私が遊んでいたら、一つ欲しいといわれた。断る理由がないから献上した」
「あ、そう……」
よし。
気を取り直そう。
「青清君、あんた絵に興味はあるか?」
「美しいものを愛でる感性は持ち合わせている。なんだ、祆蘭。お前が絵を……ということではなさそうだな」
「ああ。まず、一応紹介しておくか。こいつは今並。少し前から取っていた私の弟子だ。一度だけ会っていたよな」
「紹介は要らぬが、まぁ、そうさな。そうして改まるということは、仕事の話か」
「そうだ。まずはこれを見てほしい」
言って、祭唄さんと一緒に絵画の白布を外し、額縁についた支えで絵を立たせる。
「……ふむ? 美しい絵だな。なんだ、これを城のどこかに飾りたいとか……いや。……これは」
「ただの絵具ではない、ということには気付いたな。まぁ原理の類はあんたにゃ一瞬でわかるものだろうけれど、この六枚はそれぞれに違う性質の物質が使われていて、それでいてそれぞれの特性を遺憾なく発揮した絵になっている」
ソルトペインティングだけではない。バティック、バブルアート、抜き染め、マーブリングペイントの写し、エッチング。
計六種のアートと、それぞれの特性を利用した、それだからこそできる表現。
「なるほど、面白い。単純な仕組みだが……今まで誰もやってこなかったことだ。これもお前の発明か」
「発明……というと大それた話過ぎるが、私は画板と筆と必要となる材料を渡しただけだ。これらの特性を見抜き、最大限利用し、そしてここまでの絵画に仕立て上げたのは今並の才だと言える」
今並さんは謙遜しない……というより、発言を許可されていないと思っているから、ずっと顔を伏せている。
「私は数多の"原理"をあんたに見せることができる。だが、それを魅せることについては人並みだ。今までの創作物も、見るに堪えるものではあったが、巨匠の作った彫刻物とは言えなかっただろう」
「……確かに、そうだ。お前は人並みか、少し上程度には彫り物ができる。けれど……売り物にできるか、と問われたら、少しばかり首を捻らざるを得ない。
「ああ、自覚している。ゆえに、だ。もうそろ言いたいことも伝わったとは思うが──」
縮こまっている今並さんの背を無理矢理押して、私の前に出す。「ぴっ!?」という小鳥の鳴き声みたいなのが聞こえた。
「私と同じ枠でどうだ、青清君」
「……」
「ひと月契約の私の弟子では勿体ない。一年契約の青清君のお気に入り。そこに今並を入れることは、無理か」
「無理ではないが……必要性を感じない。私にとっては祆蘭、お前だけでいい」
「……そうか」
「だが、私は芸術の才を埋もれさせることを良しとはしない。……そうだな」
二十秒くらいだろうか。
ドッタバタドッタバタという重たい足音が聞こえたと思ったら、扉から大声且つとんでもなく焦った声が聞こえて来た。
「し、青清君!
「入れ」
「はい! 申し訳ございません!!」
入って来たのは少しだけ太った男性。
身に纏っている装飾からして、青宮城の中でもかなりのエリートだな。
「何を謝っている? ……何か咎められるとでも思ったか、それともやましいことでもあるのか」
「いいいいいいえ! そんなことはなく! ただ青清君が私を名指しで、しかも進史様を通してでなく伝達を行うなどぜぜぜぜ前代未聞で!!」
「……そうか、いつもは進史を介していたか。まぁ、今日奴は体調不良で寝込んでいてな。ゆえに私が行ったというだけだ」
「そ……さようでございましたか……お、驚きました。心の臓が跳ねて飛び出て破裂するかと……」
忙しい人だ。
あー、でも。なるほどな。いつもは来たとしても中間管理職か人事からの呼び出しなのに、突然代表取締役社長から自分の番号に内線が来た感じか。
そりゃ焦る。
「お前は毎年の才華競演の責任者をしている。つまり、芸術における審美眼はこの青州において最上位であると言える」
「と……とんでもないことでござます。青清君や進史様には及ぶべくもなく……」
「ああ、じゃあその下でもいい。青州において三番目に狂い無い審美眼を持つお前に、問いたい。そこに並んでいる六枚の絵画を見て……忌憚のない意見を言え。どれも特殊な絵具を使ったものであり、来年の墓祭りで帝に献上する予定のものだ。粗があれば遠慮なく言え。修正する。……いいか、遠慮するなよ。お前の見逃しで私が恥をかく」
「は……はい! 拝見させていただきままます!!」
忙しい人だな。
そして青清君も人が悪い。この人だけじゃなく、今並さんまで勘違いして蒼褪めてるじゃないか。
「……。……」
けれど、微環さんは六種のアートを見た途端……職人のような顔になった。
慌てふためく様子は鳴りを潜め、とても落ち着いた……厳しい、けれど真剣な目でそれを見る。
そうして。
「……筆が悪い、かと。質の悪い筆を使ってはおりませんか? 絵画そのものは流石は青州が州君にございます、と言えるものですし、見たこともない絵具や画法を使っているようで、献上品として十二分であると考えます。ですが……やはり、筆の質が悪い。たとえばこのあたり。描き始めの線は細く艶やかで、まるで人工物とは思えない微細な趣きを見せておりますが、中腹頃になって輪郭が二重に。これは悪い筆の特徴でして、絵具や墨に浸けた段階では纏まりが良いために良い線になるのですが、それが切れて来る、あるいは乾いてくることで毛先の根元についたクセが如実となり、こうした意図しない線を作り上げます。……筆です。筆の質を上げてください、青清君。帝に献上する品として……恐れながら、このような細かなものであっても私は見逃せません」
「はい……描くことに夢中になり過ぎて、筆の手入れを……し損ねていました。申し訳ございません……」
「い、いえ! 私に謝られることでは……ん?」
つまり。
「合格でいいのか、青清君。あと聞きそびれたが才華競演というのはなんだ」
「青州で年に二度行われる、各貴族が己、あるいは己の抱える芸能術師を披露しあう場だ。実際に才華競演で最優と認められた品が帝に贈られたこともある。──微環よ」
「は……は、はい! ……っ!?」
「いま子細をお前に送った。理解したら、その娘に才華競演についての説明をしてやれ」
「……承知いたしました。今並殿、こちらへ」
「えっ、えっ」
「おい、青清君。何を伝えたか今並にも伝えてやれ。可哀想だろう」
「お前が言うかお前が。ふん……そこの護衛、これら絵画、固定の術を施した後、見栄えのいい場所に飾っておけ。……ああいや、それもその娘にやらせるか」
「えっ、あっ、えっ」
輝術伝達による情報がどういう形で来るのかはわからないけど、微環さんの様子を見るに書面レベルの情報量が一気にドバっと来るんだろうなぁ。
そういう部分の処理能力も問われたりするんだろうか。
しかし、芸術コンテストか。青清君がそれを知っていたことがまず意外だった……けど、よくよく考えたらそれって「青清君のお気に入り発掘会」みたいなものか。
平民は出られなそうな雰囲気だけど、貴族ならあるいは。
……だから今潮は「絵で大成しろ」って言ったのか?
「祆蘭、お前は残れ」
「ああ」
「では、失礼する」
未だ状況を飲み込めていない今並さんと、何か使命感のようなものを受けた顔つきをしている微環さん。そして祭唄さんが六枚の絵画を白布に包み直し、輝術で持ち上げ、部屋を出て行って……一息。
「情でも湧いたか?」
「私がそんな人間に見えるか?」
「いや。だが私の知る祆蘭であれば、ひと月経って才能無しと認めれば、何の情もなく切り捨てると……そう思っていた。だというのに私への直談判とくれば、何かあったのだと、そう見る以外ないだろう?」
「ああ、何かあった。ゆえに聞く。進史様が寝込んだ理由、本当に体調不良か?」
「む? ……ああ、奴からはそう聞いたが。……まさかまた何か隠しているのか」
「また? 前もあったのか、こういうこと」
「
「……真面目が過ぎるだろう、あの人」
「むしろ不真面目だ。私が"知己の見舞いに行きたいので少しだけ暇をください"と言われて許さぬ、などという女に見えるか? もう長い付き合いだというのに、奴は私のことをまだ……」
「化け物のように見ている、か?」
「はぁ。祆蘭。私は今言葉を濁した。濁したし、それは些か悪意的な表現が過ぎる」
「ふん、私とあんたしかいないのに言葉を濁してどうする。……州君。いや、神子か。それがどういう風に見られているかは、あの火災を消し止めた時に片鱗を覚えたからな。常に側にいる進史様ともなれば感じる幅は大きかろうよ」
大気中成分を知覚して、その一種だけを消滅させる。
あれだけの広さだ。そして中にいた人間も全て移動させきっている。漏らしはない。
物質生成が輝術師の壁……一般的な輝術師、つまり祭唄さんや
本当に隔絶した溝のような隔たりが存在する。
「お前も、私をそう思うか?」
「あんたはただのガキだよ。私以上の」
「……ほう」
「まぁ、あんたにはあんたにしか見えていない景色があるんだろうが……ってそういうことを問答しに来たわけじゃないんだった」
「是非ともその続きを聞きたいが、進史の話だったな。なんだ、話せ」
何を思って隠したのか。
それともただただ覚えていないだけか。
それはわからないけれど。
「昨晩のことだ。私の部屋に、鬼が来た」
「……また、例の桃湯なるものか?」
「いや、新たな鬼だ。──今回の火災で生まれた鬼」
「……どういうことだ。鬼が生まれる……その原理まで解明したのか、お前は」
ん。……そう見えるのか、私。
そうか、今までのも……。
いや、いいや。
「生まれた鬼の名は、今潮」
「!」
「鬼が生まれる手順については……話せない」
「なぜだ」
「最悪があるからだよ」
私からすれば。
青清君こそが、一番鬼になりやすいと思っている。
彼女の方が、よっぽど……。
「とまぁ、鬼になった今潮が私に挨拶をしに来てな。穢れを惜しげもなく振り撒いていたから、威圧して押し返した」
「……」
「その場に進史様もいたんだが……まぁ、私の悪い癖で、ついつい長話をしてしまって、進史様を威圧の中に長時間放置してしまった」
「成程。……心労と疲労が重なったか。しかし……お前、それを私に言う、ということは」
「進史様が余計な気を遣わないように、という理由もあるし、別に隠しておくべきことでもないと判断した。──私は九割九分神子だ。それも、楽土より帰りし神子。この威圧も、そして……お前が楽しむ私の持つ知識も。全て楽土より持ち出したもの」
「……だから、初め……お前は今並を"私の枠に"と言ったのか」
「理解が早いよ。話しやすいが、段階を飛ばし過ぎだ」
初めに言われた話。
青清君は、それを最初に想像した者を大事にする。要は著作権だの特許だのを大事にする人、ってわけだ。
けれど、私の知識が楽土からのもの。つまり他者の発想である可能性が高いと知れたら、普通に切り捨てられるのではないか、と。
捻くれ小娘祆蘭はそう想像したわけだ。
「……。……
「流石だな。一息でそこに辿り着くか」
「あの時……輝術によって、お前の意識は奴に持っていかれていた。お前は竹簾を潜った姿のまま停止し、その後のことは私も帝も認識できていない。……気付けばお前の髪に元結があり、気付けば玻璃は満足していた。その事実だけが残った」
はー。
そういう仕組みなのか、あの輝術。
え、でも……輝術を使えない私も取り込めるの? ……鬼扱い?
「お前が考えを改めたのも、鬼の発生原理を隠すのも、全てそれが理由だろう。……まさかとは思うが」
「鬼に与するのか、か?」
「……可能性はあるだろう。お前は鬼と会い過ぎているし、鬼が出ても騒がない。私の知らぬところでお前と鬼が繋がっていても不思議ではない」
「可能性ではない。私は鬼と不定期的にやりとりをしている。鬼に贈り物をしたこともある。鬼に助けてもらったこともある」
「それは……祆蘭、お前は」
「が。……どうにも、鬼は私が欲しいらしくてな。それは食事の意味ではなく、力の根源として。楽土より帰りし神子には使い道があるらしい」
玻璃はああ言っていたし、桃湯もそう言っていたけれど……今潮の反応が妙だ。
威圧の範囲を確かめたかった、というのは……なんだ?
「さて、ここで問題だ。青清君」
「まさか。お前がそんな者であるはずがない」
「私が欲しいと言われてああと応じるような奴か? ……ってオイ、先に答えを言うな」
青清君に連れていかれた時は、本当にどうしようもなかったからだ。
もしあそこで私に威圧に類する力があったか、あるいは誰との関係性も持っていない
当然だ。誰が好き好んで他者の玩具になりたがる。
「まぁいい。とりあえず利害の一致なんだよ。あんたは私に残っていて欲しいと願っている。私は鬼に使われる気などサラサラない。とくれば、私は一年の契約を延長しても良いと考える」
「……それは願っても無い話だが……ではなぜ、お前の知識が楽土より持ち出したものだ、などと言った?」
「今まではあんたに無理矢理連れ去られ、無理矢理働かされていた、という反感の気持ちがあった。あんたが進史様につけていた無礼点と同じく、私もあんた達に反感点を持っていた。──だが、利害の一致であるとはいえ、私からあんたに匿ってくれと要求していることに変わりはない。それならば反感の意など消える。であれば誠実に対応するのが筋というものだろう」
私から出る知識は、私原産じゃない。
これが祆蘭という小娘の……いや、最早誰でもない地球人からの「誠実」だ。
「……まず。一つだけ、勘違いを正したい」
「なんだ」
「私は……お前が創る品々が面白いから、お前を側に置いているわけではない。あの時、お前が飛び降りた時、お前の声を聞いて飛び起きたのも、お前を強く叱ったのも……お前をお気に入りとしてみているからではない」
「……? 私にそれ以外の価値があるのか? ……神子として見抜いていた、とか?」
「……私は、それこそ神子として……世俗から切り離されて生きて来た。ゆえに……知らぬのだ。その……感情の伝え方、というものを」
「何の話だ、いきなり。……感情表現が苦手なのか? であれば行動すればいい。言語とは意思疎通に必要なものだが、必要不可欠なものでは」
ぎゅ、と。
抱きしめられた。
……?
「私は……私は、どちらかといえばお前に似ている。"物事とはそれに足る理由が存在し、それが無ければ勘違いである"と。……その考えのもと、生きて来た」
「あ、ああ。だろうな、原理を好むということはそういうことだし」
「だが、……見出せない。思い出せない。私は……私は、いつ」
動揺しているのがわかる。心臓が早鐘を打っているのが聞こえる。
それくらい強く抱きしめられている。
「──私はいつ、なぜ、どうして……お前を好きになった?」
白む。
……ん。
あーっと……。え?
「理由がないだろう。私はお前の作るものが面白くて、お前を城に迎え入れた。それは間違いないはずだ。その後、お前の起こす幽鬼騒ぎやそれに付随する迷走。進史と行動を共にし、少し考えればわかるような話に妙な突っかかりを見せる言動。……お前がつくるモノは珍しいだろう。原理も仕組みも、成程楽土より持ち出したものであるというのなら納得だ。だが……いや、だからこそ、お前自身は普通である、はずだ」
「まぁ、そういう自覚はあるが」
「根拠のない自信。どこから湧き出ているのか理解できぬ自尊心。肝の据わった言動に、理解できない程馬鹿な行動の数々。性格は異常だ。世が世なら気が触れているとされてもおかしくはない。だが、こと頭脳において、こと表現力においては普通だ。普通のおなごの域を出ない」
「……あーっと、これは……遠回しに貶されている……のか?」
「だから、わからない。私はいつお前にここまでの心を割いた? お前が落ちて死にそうになった時、私の心は張り裂けそうだった。お前が鬼に攫われるために残ると決意したと聞いた時、私はそれを許可した進史の首を刎ねそうになった。お前が……玻璃に、帝に才を見出された時、あまりに気が気でなくて、普段以上に攻撃的な言葉を口にしてしまった」
んー。
……んー。
「青清君。あんた、母親はいるか?」
「……いる。いた、が正しい。……神子として認められた時から、私はこの城にいる。母も父も姉もいたはずだが……顔も名前も覚えておらぬ」
「なら、私に母性を見出しているだけじゃないか? ほら、あの日の朝餉の時、私はあんたを叱っただろう。それで」
「違う……違う」
「違うとは言い切れんだろう。なんせそれ以外理由がない。玻璃や帝の時は、私を取られたくないという子供心。助けた時は親愛。鬼の時も同じ。ほら、矛盾が無い」
精神年齢が幼少期で止まっていたところに、突然こんな……ぶっちゃけこっちでの年齢も考えればもうおばさんも良い所な奴が来たんだ。
母を覚えるのも致し方ないことだろう。
青清君、言動で勘違いされやすいみたいだけど、実年齢多分まだ三十超えてないだろうし。
「……親愛、なのか。私の……この、好き、は」
「まぁそれでも受け入れるよ。利害の一致として、家族になってほしいというのなら」
「一目惚れ」
声。
……進史さんだ。随分と顔色が悪い。というか、ぜぇはぁしながら青い顔で扉に寄りかかっている。
「進史……」
「青清君……。私はあなたの幼さを……誤解していました。いえ、見くびっていた、と言いますか。……一目惚れですよ、あなたのそれは。前提が違います。あなたが……祆蘭を城に招き入れたのは、面白さゆえじゃない。……。……あの時のあなたの声は、例年の技術者に対する声とは明らかに違った。どうしても自分のものにしたいという明らかな欲があった。……あなたに自覚がないのはわかっていますが……正直、私や、この最上層で毎日あなたを相手にする者に問えば、丸わかりだったと答えるでしょうね」
一目惚れ……ねぇ。
そんなものは。
「一目惚れ、など……存在しないだろう。それともなんだ、私は……祆蘭の容姿だけを好んでいるとでも?」
「……これだから原理主義は……。はぁ。私は助言をしました。体調が悪いのは事実なので、自室に帰って休息を取らせていただきま……っ、青清君! どういうことだ、じゃないです! 病人の脳内でそんなに叫ばないでください……! さっきから感情が漏れ出ててうるさいですし……!」
「お、お前こそこの……形容できない感情を私に植え付けておいて、何の説明もせずに去るとは何事だ!」
「私は州君の付き人であって赤子のお守り係ではありません! 以上です! 原理主義をそこまで謳うのなら、もっと己の心にでも問いかけてください!」
あ、行っちゃった。
……。
えーと。
ど、どうしよう。……ガラガラとか作る? そういうことじゃない?
「青清君」
「……なんだ」
「一旦落ち着こう。あんたの気持ちがなんなのかは、あんた自身にしかわからん。……あ、いや、輝術師はその心持ちを額を合わせて伝達したりするのか? ……まぁわからんが、とにかく私には言葉でしか伝わらないし、私も一目惚れというものは存在しない派閥の人間だ。あんたのそれは幼い頃に親から引き離された子の幼さにしか見えない……が、まぁ、決めつけはよくない。……あー。……なんだ。なんて言えば良いんだ? ……とりあえず気持ちを整理しよう。お互いに。な?」
というか進史さんが恢復したら詰めよう。
意味わからんし。
「……わかった」
「わかったなら離してくれると助かるんだが」
「……」
「離れたくない……なら、なんだ。一緒に昼寝でもするか?」
「……。……、……。……──する」
「あ、ああ。じゃあそうしよう」
ほら、子供じゃないか、という言葉を飲み込む。
実年齢三十超えてないだろう、とは言ったけど……もしかしてもっと若かったりする?
それとも輝術師は若い見た目がデフォルトだったりする? 精神込みで。
……わーっかんない。
まぁ、幼子の相手は得意だ。母性を見出しているというのなら、それに準じた対応をしよう。
あの。
もう少し抱きしめる力弱くしてくれたりは……あの。
夜。
そう、結局夕餉まで離してくれなかった青清君に一旦のさよならを告げて、自室に戻って来た。
で、色々工作の準備をしている内に夜だ。
窓を開けて……青宮廷を見下ろす。
青宮廷の外の森で揺らめく松明の灯り。
それが……複数。段々と、それぞれに集まっていく。
「……流石は虫か。飛んで火にいるのが好きで好きで仕方がないと見た」
進史さんが過呼吸に陥り、その過程で置いて行ったもの──青宮廷の全体図。
そこに薄紙を重ねて、光のある位置をマークしておく。
悪い事なんか。
勿論、考えているとも。