女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第十八話「鬼」

 昨晩あった青宮廷(シーキュウテイ)の大火事と青宮城(シーキュウジョウ)への侵入者の件。

 前者は賊の全てを拘束し、現在尋問中。後者は。

 

「……すまんな。医学の知識でも持っていれば、もう少し役に立てたのやもしれんが」

「大丈夫大丈夫! 負けた私が悪いんだし!」

 

 夜雀(イェチュェ)さんと、四層以上に配置されていた護衛の人達。

 及び、四層以上の部屋で寝泊まりをしている貴族方々。

 その中の大多数……異変に気付いて外に出ようとした者計二十名が負傷させられていた。それも、腕や足を折って放置という、よくわからん方法で。

 非情なことを言っている自覚はあるが、「なぜ殺さなかったのか」という疑問が大きい。殺さない意味が分からないから。

 

 鬼達の仕業に見せかけるため、とか?

 いやいや、鬼がもう私の周囲の人を狙わなくなった、なんて情報は私と桃湯(タオタン)くらいしか知らない。まぁあいつが漏らしたというのならそれはそれでだけど……。どうにも考え難い。

 一応輝術精査をして、怪我人、怪我をしていない者全員が成りすまされていない、ということがわかった。その上で。

 

「一度、青宮城の護りを固める必要があるな」

 

 という話になった。そう、鬼ならまだしも、普通の賊にこうも簡単に侵入されていては名折れにも程がある。

 ここはエリートの集う城。当然守衛もエリートなのに。

 

 ……という「尤もらしいこと」を吐いている進史さんだけど、内心は違うと思う。

 私も青清君のお小言を聞き流しながら考えていたけれど──。

 

「小祆、口に出しちゃダメだよ」

「わかっているが、夜雀様に言われるのは癪だな」

「前から思ってたけど小祆って私のこと馬鹿にしすぎじゃない!?」

「騒ぐな。傷に障る」

 

 つまるところ、皆が思っていることでもある、と。

 

 ──内通者がいる。

 絶対に。でなければこんなスムーズに事が起こせるものか。

 

 そして怪しまれるのは当然新顔。

 私、護衛の人達、そして今並(ジンビン)さんだ。特に今並さんは今潮(ジンチャオ)さんの娘なので、「父を殺した誰かをロクに調べなかった青宮廷を恨んでいる可能性がある」なんて与太話を植え付けられかねない。

 この子供にそんな大層なことをする度胸があるかは知らんが……。

 

「それで、どうだ。急造品だから、具合が悪ければ調整したい」

「ううん、凄く快適だよ。ありがと、小祆」

 

 快適~なんて空元気を出しながら、部屋の中をくるくる回る夜雀さん。

 

 彼女は、両足を折られていた。

 なので車椅子を作った。いつもの木工細工じゃない、進史さんと青清君は多忙なので物質生成を頼むことはできなかったけど、金属の変形程度ならできる貴族がたくさんいる。

 だからその人たちにお願いして、ちゃんとした車椅子を作った。電動ではない手押しの車椅子だけど、まぁ、形にはなっていると思う。

 車輪がなー……。せめてパイプとかあれば良かったんだけど、無いんだよな。合成樹脂系統が一つもないから、馬車の車輪を参考に、さらに廊下を傷つけないよう防腐剤を塗り固めて作った簡易緩衝材でなんとかしたけど、その分かなり重くなっているはずだ。……でも合成樹脂は、流石に子供の思い付きで作れるものじゃない。

 そこをどうにかしてくれそうだったのが今潮さんだったのになぁ。

 

「輝術の……情報伝達の妨害、というのは、もう回復したのか?」

「うん。原因も特定できたから大丈夫」

「へえ。私に話せるものか?」

「あ……っと。……待ってね、この部屋を一回塞ぐから」

「いや、機密なら良い。どの道私には関係ないからな」

「ん……うん。ごめんね、小祆」

 

 結構な機密だろうから、そんな咎を負う必要はない。

 あと、大体わかるしな。ジャミングなんて、妨害電波飛ばすかチャフばら撒くかのどっちかだろ大体。

 それでいて「輝術を弾く鉱石」なんてものが存在しているんだ、それを砂状にして高空からばら撒けば、チャフとして成立するだろう。

 

 気になるのはどれほど高空からばら撒いたのか、ということと、そもそもどれほどの高度まで行けるのか、ということ。

 いずれ光閉峰(グァンビーフォン)を超えるため、後学のために是非とも下手人には聞いておきたいところだ。

 

 今回は幽鬼騒ぎではないので私が出る幕は無し。幽鬼騒ぎでも本来出る幕なんて無いんだけど。

 

 ……なお、偽夜雀さんの落下地点にも調査が入ったらしく、そこには「件の泥」が落ちていたとか。

 つまり……。

 

「気になるのは目的だな」

「うん……。何がしたかったのか、よくわからないよね」

 

 私を誘拐したいにしては迂遠すぎる。誰も殺さなかったのもおかしい。

 そして火事という手段を使ったのも変だ。本来であれば輝術師は輝術で火を抑えられる。大量殺戮が狙いなら、水路に毒を流す、とかの方がよっぽど効果的だろう。

 

 賊が火の手の中に留まっていたのもおかしな話。しかも輝術を使える賊……つまり没落貴族や罪人の遺族が加担していた、と。

 ……私は直感を重視する。

 

 もし。

 モビールで瓦解したと思われた「符合の呼応」が、今も続いているとしたら。

 あの時の事件は……つまり、「一つが崩壊したら他全てが崩壊する」というモビールの性質に呼応しているものだとしたら。

 

 昨日私が作ったものは、三つ。

 ソルトペインティング、スライドパズル、銅鑼叩き人形。

 

 これらの符合とはなんだ。

 ……ソルトペインティングは、伝播。スライドパズルは……位置? 銅鑼叩き人形は……。……あれは、二番煎じ? いや……連動、か?

 火とは伝播するものだ。だから、残り重要なのは位置と連動。

 

 んー……ダメだな、幽鬼だって充分オカルトなんだけど、この「符合の呼応」は「そんな気がする」ってだけ過ぎて、オカルトというか陰謀論にしか思えない。

 ただそのアプローチで考えるなら、重要そうなのは「火元」と「連動先」になる。……賊がいた位置とか調べようもないしなぁ。

 

「……」

「小祆、何か悪い事考えてるでしょ」

「さて、なんのことやら」

 

 なんだ、顔に出てたか?

 まぁ……考えているよ。悪い事。

 

 ちょっとだけな。

 

 

 

 ノックノックノック。

 

「祆蘭、進史だ。入っても構わないか」

「お前もう定型文で済ませようとしていないか?」

「何の話だ。……入っても構わないか?」

「ああ」

 

 入ってくる進史さん。

 そしてこれ見よがしに紙の束を窓から捨てる私。

 

「……今のはなんだ」

「なんだろうな」

「わかっているのか? 今城内は」

「わかっているわかっている。それで、今回は何用だ」

「……今回は犯人がわかっているし、幽鬼も出ていない。だが……お前が情報を欲しがるだろうと思ってな。少しだけ調査結果を共有しに来た」

「おいおい、また私の当て推量を頼るのか? 懲りんなあんたも」

「頼るとは言っていない。今回の件は恐らく青宮廷の調査で片が付く。ただお前が蚊帳の外では納得いかないだろうな、と思っての措置だ」

 

 なんか。

 わかられて来たな。

 

「なんでもいいが、調査結果とは? まさか火傷で死んだ者の輝絵とかか?」

「誰がそんな惨い物を子供に見せるんだ……」

「私が望んだこととはいえ、腹を掻っ捌かれた死体と喉を搔っ切られた死体は惨くないのか」

「あれはお前が望んだことだからだ」

 

 このオウム返し、本当に私の扱い方を理解して来たなコイツ。

 意地悪し過ぎて対処法を覚えられるとは無様なことだ。

 

「これは、青宮廷全体の輝絵だ。そこに今回の被害状況を重ねたものとなる」

 

 へえ。それは……本当に有用だな。

 

 ……ふむ。やっぱり堀のおかげで内廷に火の手は回っていない。外廷は結構焼け焦げている。特に燃焼が強かったと思われるのが……四か所。

 

「それぞれの説明が欲しい。あ、説明時はこれを使え」

「む、布手袋か」

「……あるのか。ならなんで前皮手袋を渡して来たんだ……」

「輝絵は脳に入れた視界の情報を輝術に伝え、それを染料から描き起こす、という輝術だ。その際に使う染料は油を使ったものであることが多い。布手袋だと染料が付着するのだ」

 

 あー。これ油絵なのか。

 だ……だったら。

 

「すまん、知らなかった。皮手袋をくれ」

「ああ」

 

 だったら流石にそっちの方が良いか。……革手袋の開発は……うーん、製法を知らないからなぁ。いや鞣革の作り方はわかるから、そのまま軍手作りと同じ要領でいい、のか? ……糸の調達が厳しそうだが……うーむ。

 また、手触りの良くない皮手袋に手を通す。

 では改めて。

 

「ここはなんだ?」

集告處(ジーガオチュ)と言う。青宮廷から外部へ出す全ての報告書が一度ここに集まり、その後各所へ向かう。文書自体は各施設が予備を複製してあるから、被害は施設が焼けたことだけだ」

「機密事項などの書類もここに来るのか?」

「いや、そういうものはそもそも紙面に起こさない。知るべき者だけが知るよう、輝術による伝達が為される」

 

 へー。セキュリティとバックアップ。結構しっかりしてるな。

 

「この二連の建物は?」

「右から検査集積處(ジィェンチャジージーチュ)検疫集積處(ジィェンイージージーチュ)。外部から青宮廷へ集まる品々の集荷物の検査、検疫を行う建物だ」

「検疫というと、毒や病か」

「あと、穢れもだな。他、鼠などの害獣が入っていないかなども徹底的に調べ尽くされる。……だが」

「前回の薬物は結局どこから入ったのかわからなかった、か?」

「ああ。配備されている人員も調べに調べたが、埃一つ出なかった。お前に指摘された水路から、外に排出される下水まで調べたが……そこにも痕跡は無し。今回の賊もどこから入り込んだのかはまだわかっていない」

「一応聞くが、輝術は物体をある所からある所へ飛ばす……あー、なんだ。てんい……と言っても伝わらないよな。えーと。あーっと」

 

 日本語では転移だけど、こっちの言葉だとなんだ? な……なんて言えば良い?

 瞬間移動や転移に該当する言葉が無い。いや、医学……癌関係の本には載っている、か? 

 

「……何が言いたいのかはわからないが、輝術を使ったとしてもここを通らずに積み荷を移動させる方法は無いぞ」

「それ……は、どうなんだ? 私でも一つ思いつくが」

「なんだ」

「今回やられたのと同じだ。遥か高空から落とす、という手法であれば、可能だろう」

「……輝術の伝達妨害の仕組みについては機密事項だ。誰が漏らした?」

「私が考えついた」

「……。……そうか。いや……そうだな。確かにそれなら……行ける可能性はある、が……」

「流石に目立つか」

「ああ」

 

 薬物も人も、そこまで小さくない。

 また青宮城には測量室があり、この空域を見張っている。それをすり抜けるとなると。

 

 ……いや、だから。

 

「……今伝達を入れた。だが……疑われるのは、あの護衛も同じだ、ということには気付いているな?」

「当然だ。むしろ外壁作業が多いことや、青宮廷との交信が多い分疑われやすい位置にいるだろう。今回被害者であるから余計にな」

「被害者だと疑われやすい、というのは……ああ、容疑者候補から外れやすいからか」

 

 ただ気になるのは。

 

「進史様。私がこの城で初めて二層に上がった日、測量室の者が全員出払っていた、という時があった。夜雀様に確認を取れば何日前の話かわかるだろう」

「今、それを含めて責任者に聞き込みをしている。少し待て」

 

 進史さんが責任者と話をしている間に、もう少し全体図を見る。

 最後の火元らしき箇所については後で聞くとして……。

 

 確か、ここが医院。こっちが……輝霊院。

 どちらも火の手が伸びている。……井戸の位置は……無数にあるな。

 ……脳裏に浮かべるのは、あの花のような紋様。

 アレをこの被害状況に当てはめる……が、特に合致する部分はない。

 

 まて。

 本当の本当に、本気の本気で「符合の呼応」を思考に入れるなら。

 

 ……紙、……その辺のでいいか。で、青宮廷そのものが長方形……だから、火災の被害のあった箇所だけを切り取った正方形と無理矢理見立てて、そこに紙を重ね、九等分する。

 そしてあの紋様を作図する。……と。

 

「祆蘭。責任者曰く、その日は大嵐の予兆があって、被害が相当なものになりそうだったから、全員で風の勢いを弱めに行ったそうだ」

「そんなバカな事をやっているのか、測量室というのは。気象を輝術でどうにか、など……。ああいや、できるのか?」

「人数を集めれば、弱めるくらいはできるな」

「できるのか……。ならすまん、忘れろ。……ただ、だとしても全員で行くのは浅慮だろう。お前のお墨付きとはいえ、夜雀様という新顔が新たに入ったばかりだった。それを置いて部屋を空にするのは防犯意識が足りん」

「ああ、私も今厳重注意をしたところだ。……そして……仮に、だが、その嵐が人為的に引き起こされたものであれば」

「測量室のやり方を知っていれば、見張りの目を甘くできる、か。……余計に内部犯臭くなったな。だが護衛は犯人から外れそうだ」

「昔から測量室のやり方を知っている者でなければいけないから、か。ふむ。いや、そうだな。測量室、及び過去、そこに在籍していた者を中心に洗うか」

 

 そっちは頑張ってくれ。

 それで。

 

「それはそれとして、これを見てくれ、進史様」

「ん。……それは確か、雨妃の事件時の……」

「ああ。少しばかりの予感があってな、描いてみた。それを此度の被害に重ね合わせる」

 

 すると、九等分された正方形の紙は、ある一片を残して綺麗に被害区域と重なった。まぁ綺麗にというかこれに沿うように切ったから当然なんだけど。

 そしてその一片が、内廷だ。

 内廷の堀。それが綺麗に九等分にされた左上の一片と重なる。

 

「どういう……ことだ?」

「これは滑り板という知育玩具の一種でな。当然だが、これをこうして……こうして……という風に紙を移動させたところで、剥がしさえしなければどうにかして元の位置に戻すことができる」

「それは理解できるが……」

「では一度これを元の位置に戻し、火元だろうと思われる紙に印をつける」

 

 四か所。左下、左、右上、右下。

 しゃこしゃこと動かしていく。3掛け3のスライドパズルなど、解き方は簡単だ。合致した部分を固定し、次に必要な数字の下に空白を作って、あとはガシャガシャしていけば完成する。

 仮にこの紋様が魔法陣的なソレだとしたら、繋がっていない線があってはいけない。これはただのファンタジー知識。あと。ソルトペインティングの伝播も一応頭に入れている。

 それを考慮してつまり四隅の紋様を左上以外のどこかへ集めれば、縮小した別の紋様ができあがる。

 今回で言うと、左上の内廷以外が全焼した魔法陣が。

 

 さて、では。

 

「進史様。この、要らない左の紙面。ここにある建物はなんだ?」

 

 火元四か所の内の最後。

 その場所の名は。

 

尸體處(シーティチュ)。……前にお前も行ったことのある、死体を安置する場所だ」

「……成程」

 

 思ってたのと違ったな。

 輝術関係だとばかり。……いや。

 

「待て、進史様。あの生きている幽鬼……生霊が誰だったのか、は判明したのだよな?」

「ああ。偽劾瞬(フェァシュン)が食らっていた女も含め、全員判明している。……まだ意識の戻らない者もいるが、生きている」

「その者たちはどこで見つかった?」

「尸體處だ。棺に入れられていた。管理者を問い詰めても知らぬ存ぜぬの一点張り」

「いや……。でも、ん? あー……まさか、これだけの大事にしておいて、やったのは……証拠……んー? 隠滅、か?」

「……確かに、焼けた場所は全てあの事件の証拠の残っていそうな場所だ。だが輝術による精査が何度も入っている。証拠というのが何なのかは知らないが、不審なものがあればすぐに気付くぞ」

「待て、結論を急くな。今のは思考だ。……全てに意味はあるはずだ。紋様は完成させる必要がある。であれば、この位置に欠けた紋様を……いや、三三ならどうとでもなる……問題はなんだ? 何を明確にすべきだ? 私は何に引っかかっている? ……言葉。言葉にしろ。口に出せ。脳に溜め込むな。……紋様が完成していないことがおかしい。賊が宮廷内に残っていたのがおかしい。火事という手段を使ったのがおかしい。……加えて、まただ。準備は精密なのに、実行が杜撰。前回と同じことが起きている」

 

 情報をカルタのようにばら撒いて、フラットに見ろ。

 事件にはトリックなど使われていない。そんなものは推理小説マニアしかやらない。

 どれほど綿密な計画だろうと、実行者が理解できていなければ意味はない。何度も計画書に目を通して暗記しなければならない計画に意味などない。

 

 必要なのはシンプルであること。

 仮定。紋様の完成が目的だとした場合、何をすべきか。

 解答。当然、紋様を完成させるべきだ。左上を埋めなければならない。けれど左上……つまり真ん中に該当する部分に火元はない。

 

 仮定。生霊の作成、あるいは誰かが鬼になること、が目的だとした場合、何をすべきか。

 解答。偽劾瞬のやり方を模倣すればいい。奇を衒う必要はない。

 

 仮定。司令塔が前回の水死体だった場合、実行犯は何をするか。

 解答。短気であれば行っていたかもしれないが、あの事件から半月以上が経っている。少し行動が遅すぎるように思う。

 

 仮定。前回の犯人と今回の犯人が全く別組織の場合、……は。

 解答。偽夜雀さんと偽劾瞬らの同じ変装から同じ犯人だと断定。違った場合は追いきれないのでカット。

 

 ……ダメだ。

 私の脳ではどれほど仮定をしても、真相らしいものが出て来そうにない。

 

 ……待て。待て待て。

 何故私は火元にだけ集中している? 火元だけが重要なら、そこだけ燃やしてとっとと賊は撤退すれば良かった。偽雨妃のような泥人形ではない、普通の人間、しかも輝術師なのだから、それは人材だろう。

 つまり、彼らにはあの火災を見届ける必要があった、ということ。

 青清君によって鎮火されたのは想定外で……火元は。

 

「そうか、火元は最も人目が少ない場所、というだけなのか」

 

 しっくりくる。

 大勢がいると積み荷に何をされるかわからない検査處、検疫處。同じような理由で大人数を配置するわけにはいかない集告處。

 そして元から人の近づきたがらない尸體處。

 紋様の円形の内の四分の三が揃ったのはただの偶然で、目的はもっともっと広くを燃やすこと。

 ……弱い。そんな目的じゃない。いや、賊の目的はそれかもしれないけど、大局の目的は絶対に違う。

 

 考えろ。回せ。

 足りないピースをかき集めろ。

 

 ──あれほどに秘された情報の中から、どんな経路を辿ったのだとしても、唯一の糸口である真相に辿り着いた。それは才であり、あなたの努力ですよ。

 ──もう少しだけ、誇りに思いなさいな。

 

 トン、と。

 背を……押されたような気がした。

 

「……表ではただ、同じことを繰り返しているだけ。けれど裏側では……連動して、別のことが行われている」

 

 紋様を描く、成りすます、は二番煎じ。それは表の鹿威し。

 それを行いながら、銅鑼を叩くのは。

 

「発信源……?」

 

 何かを外部に……輝術伝達……チャフ……。

 そもそもこの前の紋様が、()()()()()()()()()()()は。

 

「進史様……ここには、何かあるか?」

「ん、思考は終わったか。……そこは。いや……、……そこは」

「なんだ。何がある」

「……家だ」

「誰の?」

 

 私が指差した場所。

 欠けた花模様の中心部。つまり分割線の交点。

 そこに丁度、建物がある。家がある。

 

 誰のか。

 

「──今並(ジンビン)の家だ」

「そんな深刻な顔をするな。今並は関係ない。あの娘にそこまで大層なことができるものか」

「い……嫌に冷静になったな、いきなり。今までの苦悩はどこへ行った」

「まぁ、なんだ。理解しただけだ」

「何を」

「もうどうにもならんから、確認だけする。火元と思われるこの四つの建物。全て二階があるな?」

「……ああ」

「なら確定だ。そして……あの儀式はそういう作りか。ふん、結局二番煎じじゃないか。悩んで損した気分だ」

 

 私の身に起きている「符合の呼応」。本当にこれを信じるのなら、答えは出た。

 焼き増しの裏で連動する焼き増し。カラクリ。

 玻璃が言っていただろう。鬼の穢れとは神。神なる者が見初めた証。ただ、そう簡単に鬼になれるわけではない。でもアプローチは間違っていない。

 じゃあ簡単だ。

 

 ゆらり、と。

 私の部屋の窓に、影が差す。

 咄嗟に私の前に出ようとする進史さんをまた制する。

 

「あの紋様。いわば拡大鏡なんだろ? この世を箱庭とした神なる者が、己が僕に相応しきものを見つけるための拡大鏡。偽劾瞬らは目印だと勘違いしていたから、あんなにも巨大なものを作ったが、本当は中心に居さえすれば良かった。外から見てもらえればそれでよかったんだ」

「……流石だね、君は。さっきまでの思考の迷走が嘘のようだ。それが神子である所以なのかな」

「さてな。しかし、酷い父親もいたものだ。この事実を私が青清君を通して公布でもしたら、今並の立場は危うくなる。今でさえ、だというのに」

「そうかもしれない。血を分けた子だから、もしかしたら、あれほどまでに私を慕っていた弟子たちのように……殺してしまいたいのかもしれない」

「今殺してこなかった時点でわかっているんだろう。お前の思想が受け継がれていないことを」

「ああ。あの子は幽鬼にも鬼にもならない。──私と同じ道を辿ることは、絶対にない」

 

 ……弟子たちを殺したのは。

 いや、いいか。そんなのどうでも。

 

「祆蘭、さがれ! 穢れだ! それも……膨大な」

「問題ない。私の魂の方が上回る」

 

 穢れ。

 私には見えぬソレは、けれどこの部屋に入ってくることはない。

 押し返されている。

 

「……範囲がどれほどのものかを確認したくて尖兵を送ったけれど、なんだ、そんなにも制御できているのか」

「ああ。おかげさまでな」

 

 背後で息を呑む音。そして、膝をつく音。

 そんなにかね、これ。

 

「聞きたいことはあるかい?」

「前回、雨妃に気色の悪い瘤を植え付けたのはお前か?」

「いいや。あれは燦宗(ツァンゾン)……ああ、名前を言ってしまった。まぁ死んでるからいいか。彼がやったことだ」

「目的……というより、あれは生贄か。じゃあ今回のも生贄が出ているな」

「うん。その辺にいた輝術師を使わせてもらった」

「運の悪いことだ。あとは……他の者達はなんだ。水路にいた死体と、偽周遠(ヂョウユェン)

「どちらも燦宗の仲間だね。水死体の方はあんな場所で死ぬ予定じゃなかったから、誰かに殺されたんだろう。もう一人も共に鬼となる予定だったけれど、君と会ったことで目が眩んだらしい。そのまま有象無象の輝術師に捕まって自決とは、いやはや情けないことこの上ないね」

 

 やっぱり水死体の方は殺されてたか。

 でも、あの黒い輝術とやらは……じゃあ、誰が。

 

「賊のことは聞かないのかい?」

「どうせ甘言で釣った没落貴族だろう? これが達成された暁には、だの、あるいはお前達も鬼となって、だの……くだらん甘言で釣りだした莫迦共。尖兵とやらはお前の私兵だろうが、捕まった奴らはお前の顔すら知らないんじゃないか?」

「うん、やっぱり君は、"人間とはくだらない生き物である"と定義した場面においての推理力が飛びぬけているね。これからもそれを大事にすると良いよ」

「ああ、参考にする」

「ふむ。ということは、もう聞きたいことはない、と見ていいのかな」

「しいて言えば、理由か? 何故鬼になろうと思った」

「君ならわかっているものだとばかり考えていたけれど?」

「この世界に対する反抗心だろう。というか鬼の知り合いの言っていた"俗な理由で鬼になろうとする者"以外は大体がそうであるように見える」

 

 角栄(ジャオロン)も、旧蓮(ジゥリェン)も……あんな感じだったけど、だからこそ腹に何か抱えてる、って感じだった。

 そして桃湯も当然に。

 

 その反抗心、抵抗こそが鬼になるために必要な要素であるというのなら、成程。

 鬼になれる人間が少ないのにも納得だ。だって、世界に対して反抗する、なんて意思を持ちながら死ぬ者など数えるほどしかいないだろうから。

 

「そうだね。まぁ、理由自体は様々だろうけど、概ね正解だ。ふむ……一つ聞かれて、けれど君が答えてしまったから、もう一つ聞いていいよ」

「……そうだな。じゃあ、寧暁(ニンシャォ)についてだ。あの時のお前の消え方は寧暁のものと同じだった。となると、寧暁も鬼となったのか? あるいは消えていない、とかか?」

「あれは、君のせい、と言っても過言ではないのだけどね。つまり──」

「楽土に向かわない消え方が、アレなのか」

「はぁ。君は最近私の娘の師になったようだけど、君自身は学徒としてあまりに向いていないな。師の鼻柱を折ることに長けすぎている」

「何分、こちとら"楽土より帰りし神子"故な。お前達とは色々違うんだ」

 

 鋸を前に出す。

 それと長い長い、鋭利な爪がぶつかった。

 

「……今、私は何の前兆も無く攻撃をした。意思さえなかった。ふと、傷つけてみたらどうなるのだろう、というだけの思い付きの行動だった。……どうやって防いだのか、後学のために聞いておきたいね」

「逆だ。私が不意に鋸を構えたら、お前が偶然爪を揮いたくなっただけだ。防いだのはお前だよ」

「成程……本能か。何分こちらは鬼になりたてだからねぇ、神子には過剰反応をしてしまうらしい。穢れのご意思が囁いてくるようだよ」

「そうかそうか。それは良い事を聞いた。──で、そろそろ後ろの進史様が過呼吸を起こしそうでな、そろそろどこかへ行ってもらいたいんだが、構わないか?」

「ああ、構わないよ。ははは、いけないね。君といるといつまでも長話をしたくなる。打てば響くような会話は楽しいものだ。相手が一切長考しないのが素晴らしい」

「最後に、娘に一言、何かあるか。敬愛しているそうだぞ」

「そうだなぁ……。じゃあ、こう伝えておいてほしい。──お前は絵の才があるのだから、薬だの"世の理"だのどうでもいいことに目を向けていないで、得意なことをしなさい、と」

「なんだ、随分と父親らしいことを言うじゃないか。もっと罵詈雑言を伝えさせられるものかと思ったぞ」

「そんな人でなしのように言わないでほしいな。私はちゃんと父親だよ」

「鬼に人でなしだと言って何が悪いのかわからんが……ああ、良い。"どちらが閉じ込められたのか"などという助言にはもう辿り着いている。さ、とっとと去れ。──まぁ置き土産にお前の出身地でも吐いて行ってくれてもいいぞ。もう人間に興味はないだろう?」

「──黒州。ふふ、あまりにも見え透いた解答だっただろう?」

「ああ、聞く意味がなかった。──じゃあな、今潮(ジンチャオ)

「うん。さようならだね、鬼子母神(グゥイズームーシェン)

 

 消える。シルエットと……圧が。

 だから私もソレを消して、進史さんに駆け寄る。

 

「すまん、出力を調整している余裕が無かった。大丈夫か?」

「……っ! ……ぁ、っは……っはぁ、っはぁ、はぁっ……」

「落ち着け。一旦息を止めても良い。その後、息を吐け。強く、深くだ」

 

 顔は青白い。唇の色も悪い。呼吸も……落ち着く様子が無い。

 声が聞こえていない可能性もあるな。

 

 あー……紙、紙。

 紙袋式は最悪の事態を引き起こす可能性がある。だからそうじゃなくて……。

 

 パァン! という、結構な破裂音が鳴る。

 

「!?」

「よし、届いたな。いいか、落ち着け。まずは姿勢だ。そんな膝をついた姿勢ではなく、ゆっくりうつ伏せになれ」

 

 声が届けばこっちのものだ。

 胸式呼吸をやめさせて、腹式に移行させる。

 

「二回に分けて吐け。吸うのは一度でいい。……いいぞ、その調子だ。……それでいい」

 

 落ち着くまで待つ。

 焦らせるとダメだからな、こういうの。

 

 しかし……はぁ。

 ピースは見えていたのに、また気付くのに時間がかかった。かかったし、目的を達成させてしまった。

 

 別になんでもよかったんだ。紋様を作っていることを隠しさえできれば。火でもなんでも……ああ、もしや大嵐でもか?

 今回は結果的に今潮の家の直上になったけど、多分あれもどこでもいい。その中心に今潮が居さえすればいいのだから。

 そして……「符合の呼応」。今回で確実になった感じがあるなぁ。

 ということは今までのは……まぁ、いいけどさ。

 

「たった一年では作れない、ではなく……一年以内に、になりそうだな」

 

 ……「符合の呼応」とかされると、モノづくりしづらくなるだろうが。

 これ城とか修繕したら城作ったことになるのか? それに呼応するものが何か……。規模的に、国とか、世界とか?

 え、世直しに巻き込まれたりする? ……こーわ。どっかにお祓いできる施設とか無いのかなこの世界。

 

 しかし、娘へあてた遺言を考えるに。

 青宮城の者達へ中途半端なことをしたのは、ただの情かね。今潮は毎度毎度薬の補充に来ていたようだったから、知り合いも多かったのだろう。

 くだらんくだらん。

 

「……流石に遅いな。おい、死んでないだろう……って寝てるのか」

 

 びっくりした。流石にびっくりした。

 普通に寝てた。疲れたか。まぁそうだろうな。

 えーと、じゃあ掛け布団でもかけて……コイツ、ガキでも女と一緒の部屋で寝ることに変な罪悪感抱くし、祭唄さん達の部屋にでも行くかね。

 

 おやすみ、進史さん。無駄に疲れさせたのは本当にすまんな。だが慣れてくれ。多分この先も続くぞ~。

 ま……内通者というか、情報流してたのは今潮だろうし、心労はそこまででもない……か?

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