女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第十七話「ソルトペインティング」

 今並(ジンビン)さんを弟子としてから、既に半月が経った。

 正直な評価を言うと──覚えはあまり良くない。なんというか……保有知識が中途半端過ぎて、こっちも教える段階に迷う。

 ヘロンの噴水ですら解くのに一日半をかけ、その後与えた「教材」も……本当に初歩の初歩みたいな、中学か高校でやる物理の授業、みたいな内容にしたんだけど、なんでか、こう……。

 

 難しく考えすぎる……というか。

 

「そんなことを私に相談しに来るとは。私達も仲良くなりましたね」

「私が相談をしに来たのは雨妃(ユーヒ)であってお前ではないし、そもそも相談しに来たわけじゃなく悩んでいることを見抜かれただけだし、もっと言うと雨妃が"良い物を取ってくる"と言って席を立ったのを見計らって私の隣に来たお前が私の悩みの全容を知っているのもおかしいし。……他の妃の宮に、そう簡単に出入りしていいものなのか、宮女というのは」

 

 夕燕(シーイェン)

 雪妃(セツヒ)の宮女であり、高い身長と高い身体能力を持つ、雪妃の宮の宮女頭だというこの女。

 この女、事あるごとに私にちょっかいをかけてくる。そしてどういう手段を使っているのかは知らないが、偶然を装って雪妃とブッキングさせようとしてくる。

 あの二卵性双生児っぽい宮女もそうだけど、雪妃が大切、それはそれとして彼女が帝に捨てられるのを見たくないから、雪妃を真っ当な女性に仕立て上げようと……エゴをぶつけまくってるようにしか見えん。その筆頭がコイツで、あの二人と違ってコイツは手段を択ばないのがほんっとうにタチが悪い。

 

 ただ、こいつはあくまで宮女なので。

 

「あら? 夕燕。どうしたのですか? 雪妃から、私に何か用かしら」

「──雨妃様。失礼いたしました。雪妃様の好む茶葉の買い出し、その帰りに何やら思い悩む祆蘭様が見えましたので、先日の主人の名誉挽回にと、私にできることがあれば力になりますと」

「それは……優しいけれど、良くない優しさだわ。なんでもかんでもやってあげることが宮女の仕事ではない、なんて……あなたはよくわかっているでしょう?」

「……はい。反省いたします。失礼いたしました、雨妃様、祆蘭様」

 

 雨妃には、弱い。あと雲妃にも。

 こういう時本当ありがたい。癒されるなぁ雨妃。

 

「遅くなってしまって、ごめんなさい」

「いや、それほど待っていないし、……なんだ、そちらが勝手にやっているとはいえ、手を煩わせている側だからな。然程気にしない」

「ふふ、素直ね。……それじゃあ、はい、これ」

「ん」

 

 雨妃が取って来た「良い物」。

 それは──。

 

「手毬、か?」

「ええ。これは、私が幼い頃に使っていた手鞠」

 

 手毬。手毬の説明なんてするまでもないけど、これの何が良い物なのか。

 ……桃湯(タオタン)の弾いていた『夕狐の蹴鞠遊び』と何か関係が……あるわけないか。あっちは蹴鞠だし。

 

「私ね、子供の頃、手毬がとっても好きだったの。ほら」

 

 と言いながら手毬を落とす雨妃。

 当然、ぼよん、と跳ねる。へー……この世界の手毬に何が使われているかは知らないけど、弾性がかなり高いな。

 

「面白いでしょう?」

「……というと?」

「あら、伝わらない? 手毬って、ただの糸と綿なのに、こんなにも跳ねて、面白い」

「まぁ……子供は、そうかもしれんな。中身を気にすることはあまりなさそうだが」

「それが大事なの」

 

 えーと。

 これは雨妃が天然なのか、私の察しが悪いのか。

 

「子供の頃から、私は手毬が、どうしてこんなに跳ねるのでしょう? と……父や母に聞いて回るような子供だったの。それに対して、父も母も明確な答えをくださらなかったけれど……庭師をしていた爺やがね、"であればここに、廃棄寸前の手毬がありまする。これを解いて見せましょう"といって、手毬をその場で切ってしまったのよ」

「……あんた結構、というか最高位の貴族様だよな。その爺やとやら、大胆なことをする。気の弱い少女にそんなものを見せれば、気絶したっておかしくはないだろうに」

「そうね……私も当時は、どうしてそんな酷いことを、なんて言ったの。でも……庭仕事の鋏で裁ち切られた手毬から糸と綿が出て来た時に、……なんだかとっても……世界が広がったような感じがして」

 

 ぼよん、ぼよんと跳ねる手毬。

 それを拾って……親指、中指を使い、人差し指を軸にしゅるるると高速回転させる。

 

「まぁ!」

「言いたいことは大体わかった。つまり、好奇心と……面白さか、教育に必要なものは」

「ええ、ええ、そうよ。私はあの時のことを決して忘れない。爺やは……もう亡くなってしまったけれど、今でも彼の顔を覚えている。手毬には輝術なんて使われてなくて、糸と綿と小さな芯だけでできている、と知った時の私の顔を見た、彼の顔を。悪戯に成功した子供のような、とっても楽しそうなあの顔を」

 

 勢いを失ってバランスを失った手毬。それを撫でるように受け止め、今度は腕、胸、腕を転がるように流す。ハンドリングという奴だ。

 懐かしいなぁ。前世ではそれなりにスポーツをしていたから……こういうものを扱うのがまず懐かしい。楽しい。

 

「……少し、参考になった」

「良かったわ。……それにしても、手毬をそんな風に扱うなんて……祆蘭、あなた黒州(ヘイシュウ)の雑技団にいたの?」

「いや、青州(シーシュウ)生まれ青州育ちだが。……雑技団の話は聞いたことがある。こういうことをする集団なのか?」

「手毬をたくさん使って、くるくる回す雑技がある、というのは聞いたことがあるわ。ただ……私はもう内廷から出られないから。来年の墓祭りで黒州が雑技を披露してくれることを願うしかないでしょうね」

「そうか」

 

 今、少し陰を感じた。

 ……もしかして……雨妃は帝と共になりたいと思っていないのか?

 むしろ外に出て、外の世界をたくさん見たい、というような。

 

 ……いや。

 そこには思想ではなく、責任があるのだろう。私の口出ししていい話じゃないな。

 

「そろそろ帰るよ、雨妃。今日は……ありがとう。ためになった」

「ええ、いつでも相談に来てね、私の小祆」

「……今日はずっと祆蘭と呼ぶからとうとう諦めたと思ったのに」

「ふふふふ」

 

 まぁ、毎度のことながら。

 金言、余りある。

 

 

 

 というわけで。

 

「今日は絵を描く。絵は得意か、今並」

「申し訳ありません。私に輝絵の才は無く……」

「そうじゃなく、普通に絵を描くことだ」

「それは……人並みではあるかと。よく、植物の写生もしておりましたので」

 

 へえ、貴族の娘ってそういう遊びもするんだ、っていう関心は一旦おいといて。

 

「では、コレで絵を描いてみろ」

「これは……糊、ですか? いえ、けれどこの小さな結晶は……」

「塩だ。だからといって舐めるなよ」

 

 塩入り糊。

 当然接着力なんて落ちに落ちまくっている。というか塩の方が比率的に多いので、それはもうザラッザラ。糊入り塩というべきもの。

 

「ええと……では、何を描けば」

「なんでもいい。好きなものとかないか。それこそ薬でもいいし、原料となる植物でも、あるいは人物でもなんでも構わん」

「はぁ。……わかりました。ええと……では、木芙蓉の花を」

 

 透明なそれを筆に浸し、木芙蓉を書いていく今並さん。

 最初は怪訝な顔をしていたけれど、途中から真剣になっていって……成程、これが人並み。

 

 いやいや上手だよ。

 

「できました」

「なら今度は着色だ。ここに染料を用意したから、好きに使え。ただし色を塗るのではなく、色を落とす感覚でやるんだ」

「色を、落とす?」

「まぁまぁ。まずはやってみろ」

 

 彼女が四の五の考え始める前に、手を動かさせる。

 今並さんは未だこちらの意図が読めない、と言った感じで、けれど桃色の染料を水に溶かし──花弁に色を塗ろうとした。

 ので、待ったをかける。

 

「そこじゃなくて、こっち」

「はぁ、わかりました……?」

 

 花弁に糊はついていないので、糊入り塩の方へ筆を誘導する。

 桃色の染料、水気たっぷりのソレを多分に含んだ筆。

 その筆先が、糊入り塩にちょん、と当たったその瞬間。

 

「えっ」

 

 じわーっ……と、結構な速さで彼女の描いた輪郭線を辿って桃色が広がっていく。

 

 そう、ソルトペインティングである。

 

 教育とは勉学に非ず。

 学ぶのが楽しい。考えるのが楽しい。そしてやってみるのが楽しい!

 これが教育だ。教えられてばかり、あるいはすでに完成した品を見せられて「解いてみろ」というのは、その過程を終えた学徒に行う行為。

 この「楽しい」という下地が無いと、勉学はやがて「嫌いなもの」のケースに入れられてしまう。

 

 今並さんが持つ"世の理"を知りたい、という理由は、けれど父親から譲り受けたもの。

 彼女はまだ、何故今潮(ジンチャオ)が"世の理"を知りたいと思うようになったのか、という所まで辿り着けていない。

 

 色が広がっていく様子を真剣に眺めた今並さん。

 彼女は……筆を水で洗うのではなく、そこから色を抜いて、別の染料に手を出した。……輝術すごーい。

 ただ今回はツッコミや茶々はいれない。だって真剣で。

 

 楽しそうだから。

 十五歳が成人なせいで十三歳といえばもう大人一歩手前、みたいな空気感のあるこの世界だけど、幼い頃に母親を病で亡くし、父親がマッドサイエンティストならこの「幼さ」にも納得がいく。

 そう、幼いのだ。今並さんは。大人ぶりまくっているけれど。

 だから、幼稚園児や保育園児に施すような、それでいてちゃんと物質の性質を使った教材を用意し、且つ楽しませる工夫。これが大事だった。

 

「私は別の作業をしてくるから、今並。──大作を期待している。原理はまぁ、明日でも良い」

「……あ、はい。わかりました!」

 

 集中していたな。

 いやはや、絵を描く顔の真剣さと言ったら。

 薬師になるか、大工になるか、学者になるか、下女になるか。そんな話をしていたように思うけれど……。

 絵師としても活躍できるんじゃないか、アレ。この世界初のソルトペインティングアーティストとして。……実際売れそうだよな。

 

 

 

 なんで。

 

「また部屋を借りる」

「良いけど、ちゃんと水を飲んで。私は夜雀(イェチュェ)みたいに放置しない。あなたが集中していても、ちゃんと止める」

「そんな大掛かりな工作じゃないから大丈夫……わかったわかった、ちゃんと水は飲むし、忠告は受け入れるよ」

 

 無言で睨まないでくれ。怖い。

 ここは祭唄(ジーベイ)さんと夜雀さんの相部屋。先日と同じように材料と工具を運び込ませてもらって、防音の輝術をかけてもらって。

 

「あ、そうだ。これ」

「ん。……新作?」

「ああ」

 

 祭唄さんには知恵の輪を渡して、作業開始。

 

 といっても今回作る工作はいつものものとは全く違う。

 最初に作るのは鹿威し。この上に如雨露状の受け皿を作り、この二つを囲む木の箱を作成。

 鹿威しの排出先にも箱を用意し、全体をコンパクトに仕立て上げる。

 

 次に木彫り。特に誰、というわけでもないけれど、青宮廷で見た役人だか宦官だかよくわからん姿の人を参考に一刀彫をして、腕だけを別のパーツに。

 腕、手、そしてそこから先には撞木(シュモク)を取り付け、接着。

 人形、両腕、さらに鹿威しまでを貫通する軸を作成。先程作った木箱の真ん中に隔たりを作る木版を入れ、軸穴を作る。あとはその両側から鹿威しと人形を挟み込むように入れて、撞木の先に……本来なら鐘が良いんだけど、ここは青宮廷に合わせてミニミニ銅鑼を用意。「叩き方そうじゃない」という指摘は受け付けない。銅でもないというかそれお猪口の底面じゃん、という指摘も受け付けない。仕方ないだろ金属加工技術がないんだから。

 

 鹿威し上部の受け皿に水を入れて、はい完成。

 

「もうできたの?」

「ああ」

「……まだ苦戦中」

 

 すっかり知恵の輪にハマったらしい祭唄さん。そろそろ私の知ってる知恵の輪ストックも無くなって来たので、今度は作る側に回ってほしい所。

 

 そんな祭唄さんに関係なく、受け皿下の仕切り板を外せば……。

 

 コーン、コーンと。

 一定のリズムでミニミニ銅鑼を叩く役人人形が。

 

「……」

「……」

 

 というわけで、段階すっ飛ばした感はあるけど、一応動力だ。名前としては添水(そうず)動力と呼ばれるもの。水車なんかと同じだな。

 

 仕組みは単純明快、鹿威しが上がって下がってを繰り返すのと連動して、人形の腕も上がって下がって……というか回転、戻る、回転を繰り返しているだけ。

 当然上の皿の水が切れたら動かなくなるので入れ直す必要があるけど、これは試作品。

 正直原理も何もないものだからな。輝術で水を汲み直す、みたいな機構を付けてもらうか、ウォーターフィーチャーみたいにポンプ部分を隠して……それこそ青宮城の真ん中にある滝のようなものの縮小版を作ってもらうなどして、エクステリアとして誰かの家に置いてもらうのが一番だと思う。ずっと鳴るから煩い、っていうんなら鹿威しを調整して頻度も下げる。

 贈り物としては雨妃が最適なんだけど、あの辺すごい静かだから合わなさそう。……作っておいてなんだけど、置き場所に困るなこれ。

 

「解けた」

「早いな。……そういえば魔方(モーファン)は? 夜雀様は解いたのか?」

「全然。だから、夜のうちに借りて、全面合わせて、その後夜雀のやっていた面と同じになるまで戻しておいた」

「……」

 

 え、それは凄いんだけど。

 頭良いとかじゃないんだけど。

 

 ……これは、青清君の元を去る最後に渡そうとしていたアレを渡すのも……いやいや、私のストックが……ああでも別に木製にこだわる必要ないし……うーんでも。

 

「こういうもの、面白い。祆蘭はどうやって思いついてる?」

「ん゛っ……。……思いついたものを形にしているだけだから、どうやって、も何もない……な」

 

 私の思い付きではないので……。

 ああでも。

 

「これも"世の理"に近い話だな……。人間はどういうことに騙されやすいのか、を知っていると、作るのも楽になるというか」

 

 ……このまま祭唄さんの趣味をパズルで染め上げるのも悪くはない。パズル自体は私も好きだし。解けるかどうかは別とする。

 そう、だな。……簡単なものなら今作れるか。

 

「ちょっと……んーと」

 

 薄い木板を正方形に二枚重ねて、それの高さに沿うような枠を作る。

 上の方の木板は取っ払って、下の方の板と枠を接着。

 上の方の板に適当な絵を描いて、九等分。一枚抜いて、バラバラにスライドさせる。

 

 はい、スライドパズルの完成。

 

「これを元の絵に戻してくれ。ただし小さな板を外すことは禁止」

「……ありがとう。だけど、こんなに貰うと青清君に怒られそう」

「今見ただろう、私が一瞬で作ったの。この程度のものを青清君に献上するわけにはいかないし、原理も何もない。ただの玩具だからな。とはいえ相当難しいはずだ。魔方と原理は似ているが」

「できた」

「え」

 

 ……え。できてる。

 こ。

 

 困る。いや、まだある。勿論あるけど……この速度で解かれると流石に追いつかれる。

 

「祆蘭」

「な、なんだ」

「さっきも聞いた。どうやって作ってる? 思いつく方法が知りたい」

「いや、だから……思いついているだけで」

「嘘。祆蘭は()()()()()()。試行錯誤の形跡がない。……前の楽器作りの時は、あれはあれで面白いと私は思ったけれど、祆蘭は明確に失敗だと言った。それは祆蘭が正解を知らないから。けど、これとか、青清君に渡しているものは違う。あらかじめ思いついているものか、既に知っているものを掘り起こしているだけ。でも少なくとも私は祆蘭の作る玩具を他で見たことが無いから、あらかじめ思いついているものを掘り起こしているのだと判断した。違う?」

「そ……うだとして、結局思いついているのには変わりないし、方法も何もないんだが……」

 

 毎度のことながら鋭いし疑り深いな祭唄さんは。

 そして全て正解だとも。

 

「まぁ……智慧の輪に関しては、できるだけ複雑ではない形で、けれど一見して解けない形で、それでいて自分だけ答えを知っていれば形になる。この滑り板もそうだし、魔方も同じだ。作り方としてはそれだけ。あとは作れるかどうかだよ」

「むぅ……。才能、ということ?」

「んー。折り紙というものがあるだろう? 製法はあれとほぼ変わらない」

「懐かしい言葉。子供の頃に少しだけ嗜んだことがある」

「あれを突き詰めると……そうだな」

 

 まぁ突き詰める、というと角が立つ。作る人は恐竜だのロボットだのまで作れるし。

 ただ、この世界ではまだ見ていないもので、私でも作れるものが一つ。

 

 正方形の紙を用意しまして、たたたたーんたたたたーんと折って行って、はい。

 ……言葉で説明するものじゃないからな。こういうの。慣れだよ慣れ。

 

「鳥?」

「水面を行く鶴だ。こういう風に、紙一枚でも複雑なものを作ることができる」

 

 他にも箱とか蝶とかを作る。高速で。

 

「どうやって、という問いには正直答えられない。が、こういう……何かを何かで代替するような想像力から、これら細工は生まれるものだと考えている」

 

 最初に「パズル」というものを作った人がなにを考えていたかなど知らないが、これも今並さんにやらせているものと同じ、学習意欲の亜種だろう。

 こうなったらどうなるのかな、ああやったらどうなるんだろう、の成れ果て。

 

 さて、これとこれをこうしたらどうなるでしょう? ……が、発想の根源だ。

 ある意味で、雨妃のもとにいたという爺やも似た考えを持ち、似た表情を浮かべていたのだと思う。

 

「というわけで、そろそろ品切れなので自分で作ってみてくれ、祭唄様」

「ずっと作ってもらうのは悪いから作り方を聞いた。そして今の話、九割方あんまり関係ないことをさも関係あることであるかのように述べている、と感じた」

 

 ぎく。

 ……やめろ! 詭弁とこじつけ妄想娘の正体を暴くのはやめろ!

 

「ただ同時に、教えを請うばかりではなく、とりあえず作ってみろ、という気持ちも伝わった。……わかった。私の本業は護衛だけど、祆蘭と一緒にものづくりをしている時などに、挑戦してみる」

「そ、そう。それが言いたかったんだ私は。流石祭唄様、察する力が高い」

「わざと声を上擦らせて道化を演じる理由は知らないけれど、祆蘭はもう別に賢いことを隠さなくても良いと思う。帝の母御と文のやり取りをしている子供なんて、聞いたこと無いし」

「私は文字が読めないので奴が勝手に送ってきているだけだ。やりとりなぞしていない」

「帝の母御を奴呼ばわりできる時点で、と言っている」

 

 ……墓穴しか掘ってないな、今日。

 よーし喋るのやーめよっ。

 

 

 

 カン、カン、カンという、金属を叩く高い音。

 目を覚ます。……音源は……外か?

 

 トンカチと、今度こそ鋸を反対側に佩いて、慎重に窓を開ける。

 

「あ、小祆。起きちゃった?」

 

 ……流石に驚いた。

 窓のすぐそばに夜雀さんがいたから。

 

「ああ。何事だ?」

「火事だよ。青宮廷で火事。でも、すぐに消し止められるから気にしなくて大丈夫」

「なぜそう言える?」

「なぜって……輝術師がこれだけいて、火事を止められないことがあるわけないでしょ?」

 

 そうか?

 ならば。

 

「ならば何故、輝術師があれだけいて、ここまでの規模になっている?」

「え」

 

 輝術師の全てが火事に対処できるのなら、鐘を打ち鳴らす程の大火になる前に消火できたはず。

 それが……今も尚燃えている理由は。

 

「まさか、賊!?」

「としか考えられん。しかも、青宮廷にいる輝術師たちでは立ち向かえん程強大な……」

「……青宮廷に繋がらない。妨害されてるかも、これ」

「妨害? ……ああ、いい。説明しなくていい。とりあえず進史様に伝達を入れるべきだろうな」

「そっちもやろうとしてるんだけど……繋がらない。これ、青州全域に……」

「だったら直で行けばいいだろう」

 

 ……なんだ、その「その手があったか」みたいな顔。

 やめろ輝術至上主義。そんなこと一瞬で思いつけ。

 

「ちょ、ちょっと行ってくるね!」

「ああ」

 

 さて……燃えている箇所は、外廷だな。

 堀があるおかげで内廷にまで火の手が届いていない様子。とはいえ大火災だ。被害が少なければいいが……。

 

 というか輝術の情報伝達にジャミングとかあるんだなー。

 ……この世界、通信系統の技術発達しなさそう。今から蓄音機とか作っておくか?

 

「小祆!」

「ん、なんだ、夜雀様」

「進史様の部屋に輝術がかかってて……声を届けられない!」

「夜雀、なんで祆蘭のところに……。……ああ、事情はわかってる、って顔」

「ああ。それで、私に頼み事と見たが、夜雀様」

「そ……そう! ほら、小祆のあのビックリする奴なら通るかもだから」

 

 成程。

 それは良い案なんだけど……さて。

 

「祭唄様」

「なに?」

「夜雀様のこと、思いっきり蹴り飛ばしてくれないか?」

「な──」

「わかった」

 

 容赦などない。

 恐らく輝術を用いた、本気の蹴り。

 それを……夜雀さんはモロに食らう。

 

「……? なぜ防護の術を使わない?」

「使えないからだろうな。……まぁ、祭唄様。お前が疑問に思った通りだ。私の護衛であるお前達が、この緊急事態において、私を外部に連れ出そうとする。それが青宮城の中であってもおかしな話だろう。状況説明や一緒になって驚くところまでは夜雀さんらしかったが、あの人はこういう時こそ部屋から出ないで、と言うよ」

「偽物?」

「蹴り飛ばされて、戻ってこないあたり」

「……本物はどこ?」

「知らん。部屋にはいないのか?」

「探して来たい気持ちはあるけど……ここを離れるのは悪手。城内に敵がいる可能性がある」

 

 敵ねぇ。

 ……青州、大丈夫か? 桃湯も言ってたけど、幽鬼が発生し過ぎなこととか、生霊のこととか……。

 どう考えてもどっかから侵略受けてるんだけど。

 

「祆蘭、少し頭を下げて」

「ああ」

 

 ヒュン、と。

 小刀のようなものが射出される。それは私の部屋の戸に刺さると同時、その裏側で「ウッ」という男性の呻き声を響かせた。

 

「味方である可能性は考えなかったのか?」

「自分で答えのわかっていることをなぜ聞くの?」

「ここで惜しげもなく知識を披露するようであれば、祭唄様のことも疑っていたよ」

「そう。この状況で意地の悪いことを言ってくる祆蘭に、私もあなたが偽物じゃないことを知った」

 

 味方であるワケがない。

 私の部屋には基本的に護衛の誰かか進史さんしか近づかないし、この状況下で扉に聞き耳を立てている人間が味方なはずもない。

 

「……輝術が繋がらないのは、本当みたい。あの偽物の嘘かと思ったけど」

「成程、なら孤立無援だ。この物置と祭唄様のいる外壁の小さな区画だけが安全地帯。他は敵まみれの可能性大、と」

「絶体絶命?」

「まさか。この程度で青州を完封できるなら、青州を快く思わない他州か、あるいは鬼がとっくの昔にやっているだろう」

「今まさにそれらしい状況だけど」

「ああ。だから、敵の思惑に乗るというのが一番奇を衒うんだ」

「……」

 

 祭唄さんは何かを察してぴと、と外壁に強く身を寄せる。さらに何か……何の道具かはしらないけど、それで己を壁に括りつけた。

 察しが良い。

 

 が!

 

「とう!」

「へ……祆蘭!?」

 

 窓を蹴破り……落ちる。

 上空何千メートルかは知らん。雲の上。

 ノーパラシュートのスカイフォール。己を括りつけていた祭唄さんは咄嗟に行動できない。

 

「いやー、死ぬなコレは。流石の私でも死ぬ。で、どうする。──青清君」

 

 落ちる落ちる。ぐんぐん落ちる。

 祭唄さんは間に合うか? いやいや、私が地面に激突する方が先だろう。

 

 これほどの輝術師がいる中だ、桃湯は助けに来ないだろうし、はっはっは、絶望絶望!

 

 さらば第二の生。詭弁小娘祆蘭物語、之にて完結!

 

 

「──馬鹿なのか、お前は!!」

 

 

 スレッスレで。

 青清君に、抱えられた。

 

「何を……何をしている! 私にお前の声が届かなかったら、お前は確実に死んでいた!」

「だが、敵が私に威圧をさせたがっていたからな。これは何か罠があると踏んだんだ。故に、普段の拡散する威圧ではなく、玻璃(ブァリー)が私に対してやってきたような、一個人に対する指向性のある威圧を行う必要があった。とはいえ何の練習も無くそれができるはずもない。だから飛び降りた」

「何がだから、だ! 言葉がしっかりしておらぬのは知っているが、せめて意味を繋げろ!」

人臨死地而得力(人、死地に瀕して力を得たり)。生存本能というのは中々侮りがたい。私が命数尽き果てるまで抵抗する人間だというのはあんたも知っているだろう?」

 

 つまり火事場の馬鹿力を故意にやったわけだ。

 どうにも……何がどうなるかは知らないけど、直感的に全方向への威圧をしていたら良くないことがあると感じていた。だからそれ以外をした。それだけ。

 失敗してたら、とか考えていない。ぐしゃぁ、だったんだろうなぁ。一応足から落ちたので、即死はしな……いやしたか、この高さだと流石に。

 

「この状況をどうにかできるのは青清君か進史様くらい。それでいて大は小を兼ねる。州君最強に頼らん理由がないだろう」

「それとお前の飛び降りとは全く関係がない! ……どれほど理屈を聞いても……命を粗末にしているとしか思えぬ。後で説教だ、祆蘭」

「これ以外にあんたを起こす方法があったのなら甘んじて受け入れるさ。……で、この状況。消せるのか、この火」

「はぁ……。……ふん、青宮廷も落ちたものだ。この程度の些火も消せぬとは……」

「輝術による伝達への妨害、及び賊の侵入。内廷への被害を食い止めているだけ上出来だろう」

「いや、お前は青宮廷の輝術師の現状を知らん。……アレが見えるか、祆蘭」

 

 抱きかかえられたまま、青清君の視線の先を見る。

 そこでは懸命な消火活動が行われていた。

 

 堀や井戸から水を移動させてきて、それをかける、という。

 ……えぇ。

 

「莫迦者共の成れの果てだ。これが輝術による火でないことくらい一目で見抜ける。であれば」

 

 青清君が──大火をひと睨みする。

 その直後、あれだけ大きかった火が消えた。

 瞬時に。一瞬で。完全に。

 

 ……そして暴風が吹き荒れる。

 まさか。

 

「安心しろ、火の中にいた人間は全員外に出してから行った。賊も混じっているようだったから、それは拘束しておいた」

「真空……じゃ、ないな。建物の被害が明らかに少ない。……まさか酸素だけを消滅させた……?」

「ああ。単なる燃焼であれば、酸素さえ消してしまえば消し得る。これが赤州(チィシュウ)の使う輝術による火であればもう少し厄介だったが……ただの火災でここまで騒ぐことなどないだろうに。これだから青宮廷は……」

 

 いやいや。

 やってることとんでもないけどねソレ。

 

 え、じゃあ何、青清君は大気中の成分を知覚できてる、ってこと?

 ……そーれは、それは……神子だわ。そう言われるのも納得だわ。

 

 そして今並さんみたいな、輝術至上主義が生まれるのも……納得だ。

 確かにこれは、ヒトの身に行えて良い所業じゃないよ。

 

「帰るぞ」

「え、調査とかは」

「それを職としている者が行う。賊の拘束を手伝ってやったんだ、これ以上私が干渉することなど何もない」

 

 ……確かにそう。

 そして私の出しゃばることでもない。それよか。

 

「青宮城にも輝術による工作が為されていたらしい。それは」

「お前の声が聞こえた瞬間、私の部屋、及び進史の部屋にかけてあった輝術を打ち砕いてきた。城のことは全て進史が対処を行っているはずだ」

「……成程」

「もう一度言う。帰ったら説教だ、祆蘭。敵の罠だとしても、安全な方を選べ。私が悉く粉砕してやる」

「説教は帰ったら、ではなかったのか? もうしているが」

「今詭弁を使うな。私は怒っている」

 

 ……ま、甘んじて受けるかね。

 祭唄さんにも……悪いことをしたし。ただあの時点では、祭唄さんも完全に白とは言えなかったんだよなぁ、とか。

 色々思いながら、抱えられて帰城するのだった。

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