女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第十六話「コンストホンティン」

 青宮廷(シーキュウテイ)では、昼が過ぎて半刻くらいが経った頃合いに、それを示す銅鑼が鳴らされる。

 天空にある青宮城(シーキュウジョウ)にまで微かにではあるものの響いてくるその音は、初めの頃こそ驚いたものだけど、今じゃ慣れたものだ。

 だから尚更、青宮廷に住まう者なら驚かないのだとばかり思っていた。

 

今並(ジンビン)……お前、さては昼寝好きだな?」

「なっ、いっ……いえ、ど、どういう発想でそのようなことを」

「いつも昼寝をしていて、この銅鑼で叩き起こされる、という生活を送っていたんじゃないか? ……まさか昨晩寝なかったのも、あまり夜寝る習慣が根付いていないから、とか言わないよな」

「ちちち、違います! その、確かに……実験や研究で夜遅くまで作業する父にすら、早く寝なさい、と言われたことは……たまに……稀に……よくありましたが、昨夜ほど一睡もできなかったことは、あっ」

「別に睡眠時間の嘘を咎めやしないが、夜はちゃんと寝ろ。そして日中動け。私のもとにいる時はそれが鉄則だ。いいな」

「は……はい」

 

 日光に当たる、という行為はとても健康に良い。別に炎天下で走り回れって言ってるわけじゃない、せめてビタミンを……まぁこの世界血中濃度とか言ってたからその辺進んでそうだけど。

 薬類も、漢方系統ばっかりだと思っていたらそんなことはなかったりして化学レベルがよくわからない。

 にしてはオイルタイマーがウケたのもよくわからない。あれは発想の勝利みたいなところはあるけどどうだろうね。

 

「まぁ、どの道今日の午後も水飲み鳥の解析だ。私は少し出て行く用がある」

「わかりました」

「あと……まぁ言わなくてもわかるとは思うが、わからないものに対して思考であろうと輝術であろうと、己の中だけで完結できると考えない方が良い。考える時間が楽しいのはわかるがな、無理だと割り切りをして、他者に聞いて回る、というのも手だろう。とはいえ、それは青清君へまだ献上していないもの。それそのものを動かすことはないように」

「は、はい!」

 

 この城に勤める貴族に聞けば、「室温で気化する液体」とか「気化熱の急冷で液化する気体」とか、なんなら「祆蘭が持ち出して行った何に使うかわからないもの」とかいくらでも聞きようがあるだろう。

 私が帰って来た時までにそれができていなければ……まぁ仕方がないからハードルをグンと下げるしかない。一応自省もしたんだ。多分私は、今潮(ジンチャオ)さんの娘だ、という色眼鏡をかけて彼女を見ていた。勝手に期待して勝手に失望するとか、そういう人間にはなりたくないからな。

 反省反省。

 

 さて、気持ちを切り替えていきますか。

 

 

 えー、愕然とする心と顔を隠して、袖を合わせて顔を伏せる。

 

「あら、小祆(シャオシェン)! よく来てくださいました。ささ、こちらに座って」

「へえ……あなたが」

「本当に平民とはな。雨妃(ユーヒ)、お前の言を疑うわけじゃないが、この茶会、許可は取っているんだろうな?」

「もちろんよ。ほら、小祆。怖がらなくても大丈夫です」

「……」

 

 雨妃、はいい。

 他が。……直接顔を見たわけじゃないけど、祭唄(ジーベイ)さんの似顔絵で知っている。

 

 雪妃(セツヒ)と、雲妃(ユンヒ)だ。

 そんな場所に呼ぶな!!

 

「小祆?」

「無茶を言ってやるな雨妃。この茶会、私達の宮女ですら面食らうだろう。それを平民になど……」

「雪妃様、そのような物言いでは、余計に怖がらせてしまいますよ。あなた……祆蘭さん? どうか顔を上げて、こちらへ来てくださらない? ここのところ、雨妃があんまりにもあなたを褒めるものですから、ぜひ会ってみたくなって……私達がここにあなたを呼んだのです」

「おい、私は別に」

「ふふ、雪妃。いつもの照れ隠しも可愛らしいけれど、あなたと初めて会う相手には誤解されてしまうわ。今は抑えて、ね?」

「て、照れ隠しなどではない! ……ないが、そこの平民。早くこちらへ来い。……雨妃と雲妃が、待ちくたびれるだろう」

 

 顔を……上げる。

 そして、雨妃の手招きする場所。雨妃と雲妃の間になる席に座る。

 

 いや……いつもの雑談のつもりで来たから何にも用意してないけど大丈夫か? 何なら私今腰にトンカチ佩いてるけど。

 

「それで……確か、言葉がまだ上手ではないと、雨妃様から聞きました。けれど、大丈夫。私も雪妃様も、子供の言葉遣いに青筋を立てるような、そのような器量の小さなことはしませんから」

「だから、いつも通り話して良いのよ、小祆」

 

 ……反感ptが少しだけ上がった。

 要注意だな。

 

 いや……ここは思い切るか。

 くらえ! 青清君の威!!

 

「雨妃」

「はい」

「事前に知らせなかったのはなぜだ。私の胃に穴をあけるためか?」

「な……無礼者! 言葉を崩していいとは言ったが、限度というものを知らぬのか!?」

「ほら、こうなる。さて、私はもう帰るよ。今までは友として呼びかけに応じてもいたが、その関係もここで解消だ。私に用があるならこれからは青清君を通すといい」

 

 私には得難い存在であるのは事実だが──内廷の、それもお貴族様のしきたりをぶち壊してまで滞在したいと思う場所ではない。

 元々住む世界が違うんだ。こういうこともあるだろうさ。

 

 壁。

 

「っ!?」

 

 飛び退く。壁じゃない。背の高い宮女だ。

 だが……いつの間に現れた? 見えなかったどころか風圧すら感じなかったぞ?

 

 と、背に膨らみ。加えて腕を拘束される。

 ──この程度抜けられないと思っているなら大間違いだ。一度肩を外して──。

 

「お待ちください、祆蘭様」

「……先に仕掛けてきたのはそっちだぞ」

「はい。ですから、どうぞこの首お好きにお刎ねくださいますよう」

 

 背の高い宮女が……私の前に首を垂れる。外される両腕の拘束。

 

「な、何をしている夕燕(シーイェン)!」

「雪妃様。無礼を承知で言わせていただきますが、あなた様が今彼女にしたことは、この首を以てしても抑えられぬ火種なのです。──私は何度も言ったはずです。祆蘭様は青清君の庇護下にある者。まさかとは思いますが、同じ州内の州君と妃で戦を始めるおつもりですか?」

「……!」

「主人に代わり、お願いいたします。私達は青清君との関係を今後も良好なものとしていきたいと存じ」

「お前の首など要らんし、別に妃の言動を青清君に報告する気もない。ただ反りの合わん二人が茶会を楽しめるものか。そしてここは内廷。本来私のいるべき場所ではない。であれば私が出て行くのが道理だろう」

「……成程、確かに道理にございます。ですが、あなた様は雨妃様のご友人としてここに招かれた方。あなたがここで帰ってしまっては、主人が雨妃様の顔に泥を塗ることとなります。お願い申し上げます。どうか、もう一度ばかりの一考を」

 

 ただの甘やかし……とは違うな。

 名指してはいないけど、グッサグサ刺してる。

 

 ちらりと背後を見れば……おろおろしている雨妃と、悠然と微笑む雲妃。そして。

 ……蒼白顔の雪妃。

 

「わかった。お前の首で許してやる」

「ありがたきお言葉にございます。──雪妃様。あなたに仕えることができて、この夕燕幸せにございました」

 

 ……わーるい宮女だことで。

 教育係かなんかだろうけど、ここまでするかね。

 

 頭を下げている夕燕という宮女に耳打ちする。

 

「早く行ってやれ。このままだと過呼吸を起こすぞ、あの妃」

「おや、許してくださるのですか?」

「ああ、お前の首に免じて許した。別に取るとは言ってないしな」

「素晴らしい。そして、寛大な措置に心からの感謝を。では行って参ります」

 

 じゃあ私も戻るか、と振り返ったら、ふくらみに包まれた。

 二人。私の両腕を掴んだ奴ら。

 

「ふふふ、頭の回転の速い、とても賢い子ねぇ」

「これからも雪妃様の性格矯正に一役買って出て欲しいくらいだわぁ」

「……まぁ、己の宮女が死地に瀕して、何も考えられなくなるだけまだマシだろうよ。それが当然と振る舞う貴族とていなくはないだろう?」

「ふふふ……」

「……ふふふ」

 

 ちょっと怖いな。

 容姿が……少しだけ似ている。言動はわざと寄せているような印象を受ける。二卵性双生児か?

 

 あと、屋根の上でこっちを見張ってる宮女。あれはなんだ。宮女の恰好のクセにやってること暗殺者だろうアレ。

 あ、会釈された。……一応返しておくか。

 

 ──まぁなんだ。

 やっぱり便利だな青清君の威。これからもどんどん利用して行こう。

 

 

 

 さて、お茶会は仕切り直しとなる。

 

「改めて、祆蘭だ。平民。当然輝術は使えない。青宮城にて青清君を満足させる仕事をしている。何分無知無学なものでな、読み書きもできなければ言葉も粗雑だ。許せ、高貴なるお方々」

「ふふ、一時はどうなることかと思いましたが、無事に落ち着いてよかったです。……私は雲妃。よろしくお願いしますね、祆蘭」

「……先ほどは……己の立場を弁えぬ振る舞いをした。この通りだ。だから、どうか……宮女らのことは見逃してやってはくれないか」

「構わないが、その言い分だとまるでお前自身はどうなっても良い、という風に聞こえる。帝の子を受胎せねばならん大事な妃だろうに、宮女一人に命を差し出すのはどうかと思うがな」

「大事な……大事な家族だ。宮女一人、ではない。……大事な家族なのだ」

「雪妃様。恐れ多くも口を挟ませていただきますが、まずは名乗るべきかと。そして、もう名乗ったものとして扱いますが──祆蘭様。あなたは雪妃様のことをどう認識しておられますか?」

寧暁(ニンシャォ)が輝術を使えない事実を知っていながら側に置き、長らくの間青宮廷から彼女を庇っていた妃、だろう?」

「!」

 

 この宮女ほんっとうに悪いな。

 予め伝えておけばこんな騒ぎにならなかっただろうに。……いや、反省させるのが目的か? 私や他の妃を巻き込んでまで?

 

 とんだ忠誠心だことで。

 

「な……なぜその名を」

「さてな。あとでお前の悪趣味な宮女にでも子細を聞くと良い。それと……平民である私がお前達に偉そうな口を利いている、というのも事実だ。その怒りも当然なのだから、無駄に諫めるなよ。……雪妃の宮女に言っているが、わかっているよな?」

「ええ~」

「ええ。わかっているわぁ~」

 

 最初からわかっています、ね。

 ……じゃあ最初から言ってやれよ。

 反省を促すばかりが教育じゃないぞ、悪趣味宮女共。

 

「それで、あっちの屋根と、そこの塀裏にいる二人は雲妃の宮女か?」

「……まあ。気付いたのですか?」

「こんなにも視線を向けられたら気付く。……私の生まれ故郷を度々襲って来た野犬のような視線だ。私が本当に雪妃の宮女に手を出そうとしていたら、止めに入っていたか……あるいは輝絵を得意とする者が混じっていて、それを交渉の札として州君を強請ろうとしたのかは定かではないが……聞いていた、明るく元気ではつらつとしていて、けれどどこか儚げな妃、というのは仮の姿らしいな」

「小祆、それが雲妃の外での印象なの?」

「いや、かなり昔にお前に仕えていた宮女から得た印象だ。あるいはその頃はそうだったが、時を経るにつれて腹黒さが増したか。どちらにせよこの中で一番怖いのは雲妃だな。州君との戦も必要であれば何のためらいもなく火蓋を斬り落としそうだ」

「……ふふ。ねぇ、雨妃様。この子、私にくださらない?」

「絶対言うと思いましたが、ダメです。小祆は私の娘になるので」

「ならんし、私は青清君の子飼いだと言っているだろう……」

 

 なんか。

 性格はキツい、とか言われたけど……所感、雪妃が一番相手しやすいな。雨妃は善人過ぎて度の入った天然。雲妃は自身の容姿や雰囲気をしっかり理解して利用できる謀略家。

 そんな中で雪妃だけが……ただただ家族想いだか身内想いだかが高すぎて貴族のプライドが高いってだけの、普通の人。そんな感じ。

 

 私が帝なら当然のように雨妃を選ぶけど、選んだ後のいざこざを考えると青州からは手を引きそう。……他の州の妃もこんなんばっかなのだろうか。

 

「わ……私は雪妃だ。取り乱した。……そして……無礼者はこちらであったし、何より……あの子を殺すのではなく諭すという形で楽土へ送ってくれたことを……心から、感謝したい」

「感謝は受け取らん。それはもう奴から貰った。それはそれとして……おい腹黒宮女。私が寧暁を諭して祓った、というのは緘口令の敷かれた秘匿事項だぞ。どこで知ったかは聞かんが、そうみだりに口にするな」

「はて、腹黒宮女とはいったい誰のことでしょう? ……という冗談はともかくとして、そうですね。流石に口が軽過ぎました。謝罪いたします」

「……雨妃ー」

「はぁい、何かしら私の可愛い小祆」

「お前のではないが、私は友としてここに羽休めに来ているんだ。……今日は疲れた」

「あらあら。なら……そうですね、私の膝の上に来る?」

「なぜそうなる?」

 

 天然と述べたのを訂正する。

 雨妃も雨妃で、隙あらば、だ。

 

 ……そういえば雨妃の宮女を全く見ないな。

 

「雨妃様の宮女でしたら、今帰ってきますよ」

「不思議な言い回しを」

 

 するものだ、と続けようとして……門の方から、「ただいま戻りましたー!」と宮女の集団が現れたのを確認した。

 

 なんだ、未来視?

 いや……そうだ、毎回忘れるけど輝術の情報伝達があるんだ。「もうすぐ帰ります」ということが伝えられたか、あるいは遠くで見張りをしている腹黒宮女の助手か何かがいるか。

 自分の主人に伝達しないでコイツに伝達する理由がわからんから、多分後者だろうな。

 

「宮女を買い出しに行かせていたのか?」

「買い出しといえば買い出し……になるのでしょうか? 確かにあれらは、彼女たちから私が買ったものですが……」

「む、嫌な予感がした。雪妃とか関係なしに帰ろうと思うさらば」

「皆さん、小祆を捕まえてください。優しく、ですよ」

 

 う、うわー。

 

 

「む……どこの子供だ? ここは青宮城。大方誰かの浮車に密航してきたのだろうが……まったく、守衛は何をやっている」

「……」

「はぁ、私は今から祆蘭を迎えに行かなければならんというのに。……む。輝術が通らん。……お前、平民か?」

「そこまで符合が合致したなら気付け、面倒臭い」

 

 胡乱な目を進史さんに向ける。

 

「祆蘭……? お前……どうした、その恰好」

「……雨妃曰く、宮女たちの子供の頃の服……着なくなった服を集めたのだそうだ。一年後、私が青宮城を去る時に着てほしい、と。そうしたら、雲妃が"でしたら今ここで幾つか着ていただいたくというのはどうでしょう"と言い出して、あれだけしょぼくれていた雪妃も"古着で良いのなら……夕燕、お前達もいくらか持っているだろう。すぐに持って来い"とか……はぁ」

「……完全に、なんだ。その」

「服に着られている、か? わかっているから言わなくていいぞ」

「す、すまない。というより、もう少し年齢が上にならないと流石に似合う似合わないもないだろう」

「同感だ。……着替えてくる。今並は今どこにいる?」

「ああ、今並なら先ほど書物庫で見かけたが、呼び出すか?」

「いや、己で調べているのならそれでいい。……今日は一段と疲れた。妃というか……あの宮女のせいで」

 

 そして、一癖二癖もある雪妃と雲妃の宮女に比べて、雨妃の宮女のなんと心和らぐことか。あれくらいが良い……。そして夜雀さんがあそこ出身なのも頷ける……。

 

 さて……着替えたら、次の工作に手を出しますかね……。

 

 

 布に対して白墨でラインを描いていく。今回は私用なので、私の手に沿って。

 重ねた布二枚をそのラインよりちょっと大きくなるように裁断。機械などないのでジョキジョキと布用ハサミで切る。

 手首に当たる部分にはステッチ用の折り目を描き、こっちもアイロンなんか無いのでただ圧し潰すだけ。

 二つの布を合わせてライン通りに縫う。ミシンなど無いので手縫い。

 

 そこまでやったら縫い目から3から5mmくらいを目測で裁ち切り、これを裏返して指を抜いて、さっき作ったステッチ用の折り目に三つ折りステッチを施して、はい出来上がり。

 

 軍手~!

 

 いや。

 大事だよ軍手は。この前の革手袋ならぬ皮手袋が横行しているのだと思うとこれの便利さを世に広めたい。

 何よりも大事だろ軍手は! DIYをやるにおいて!!

 

「あ……祆蘭様。ただいま戻りました」

「おかえり。収穫はあったか?」

「はい。仕組みも……わかりました」

「おお、良かった。今日でわからなかったら出題難度をこれでもかと下げるつもりだったからな」

「……! つ、次からも頑張ります!!」

 

 あれ。

 今の、プレッシャーか?

 

 難しいよ人にもの教えるの……。

 

 えー……じゃあ、次は特殊な液体とか使わない、単純な教材でも作ってみるか。

 

 まず、枡を用意します。この時点で結構難度が高いけど、密封性に関しては輝術とかいうあり得ん技術があるので問題ない。今並さんにも手伝ってもらって、それをつくる。

 そこから竹の皮をうすーく剥いで作ったストローに密閉性を高める糊を塗布して、それを枡から下に二本伸ばす。片方は枡の高さよりちょっと上目にする。

 片方はかなり下まで伸ばして、木箱にIN。これも密封性を高める。

 もう片方はその半分くらいの位置で、これまた木箱にIN。密封性を高める。

 一番下の木箱から中段の木箱の上部に刺さるようなストローを作成。IN。

 

 あとは上部の枡に水をドバドバ注いで、完成。倒れないように脚を幾つか付けて、と。

 ペットボトルとかあれば小学生でも作れるヘロンの噴水の完成~。

 

「これは……なんですか?」

「まぁ見ててくれ」

 

 水を注いでしばらくすると、突き出ているストローからちょぼちょぼと水が飛び出してくるではないか。

 ……ノズルが太いせいでほんとにちょぼちょぼっていうかどぽどぽだけど。もう少し細くするべきだったか。

 

「どうして水が噴き出ると思う?」

「……」

 

 やっぱりか。

 神かなんかが上も下も塞いでるせいで、水圧、空気圧、気圧。どれもこれも研究が進んでいない印象を受ける。

 測量室も何を測量してるんだか。……気象学だけ発展してるとか? 光閉峰(グァンビーフォン)のせいで地球環境とは全く違う気象になるだろうから、ちょっと興味あるかも。

 

「多分途中で水がでなくなるから、そうなったら下の木箱に溜まった水を上まで持ってくると良い。輝術でそれは可能か?」

「は、はい。可能です」

「便利だなー輝術。……まぁというわけで、これの原理解明も頑張れ」

 

 確か一世紀とかの発明だ。

 こっちならもう"世の理"の初歩も初歩レベル。簡単だろう。

 

 ヘロンで見栄えのいいものといえば風車オルガンだけど、あれポンプ部分が結構色々必要だからなぁ。

 輝術で作ってもらう……はできるけど、なんというかそうじゃないというか。それは後世の人間たちがやることであって、私がやるべきはDIYの範疇を超えない工作というか。

 

 若干、既に超えているというのは理解している。

 

「おい」

「ん? ……青清君か。どうした?」

「し、青清君!?」

 

 肩を跳ねさせて、咄嗟に顔を伏せる今並さん。

 ……ああそうか、青清君って偉いんだった。

 

「それは、私へ贈るモノではないのか?」

「これはただの実験道具……教材だからな。あんたにやるのはこっち」

「また鳥か」

「鳥は嫌いか?」

「いや、やじろべえの後の相思鳥が原理を同じくしていたからな。鳥を使ったものは二番煎じであるのかと……思ったが、これは……全く違うものだな。どころか……今までお前が創って来たものとは根本的に……」

「ちなみに答えは言わなくていいが、あんたはこっちの装置の仕組み、わかるか?」

「……。……ああ」

「じゃあ、言わなくていい。これは今並の課題だ。そしてあんたが楽しむものはそれ。……と、今朝にやった扇子はもう飽きたか?」

「飽きるも何も、アレに原理などないだろう」

「なら、私の知り合いに配っても良いか?」

「好きにしろ。……微かに甘い香りがする。……この匂いは……どこで嗅いだものだったか」

 

 集中モードに入ったらしい青清君は、水飲み鳥を器ごと浮かせ、けれど一切揺らすことなく持って行った。

 いや慣性……もう今更か。

 

「青清君はもう帰ったぞ、今並」

「は、はい!」

「……そんなに緊張することか? アレもお前と同じ、"世の理"を学習する学徒のようなものだぞ」

「い、いえ、いえいえ! 青清君ですよ!? 全ての州君の中でも最高の輝術師と名高い青清君! お、お目にかかることができただけでも光栄です……」

「輝術の力量が高いと、どう偉いんだ?」

「祆蘭様は……見たことがありませんか? 高位の輝術師が、物質を生成する様を」

「何度かあるが」

「アレが、ヒトの身に可能なことだと思えますか?」

 

 ……。

 違和感。

 私と初めて会った時の今並は、今潮の生き方を敬愛していると言っていて、この世界に対しても疑念を抱いているようだった。

 けど……輝術に対しては、こうなのか。

 

「あ、あ、いえ、輝術の使用の可否は、その」

「別に気にしていないから構わないが……では、そうだな。州君と呼ばれるものは、幼きより輝術の才が他を圧倒していたものだと聞いた。この認識はあっているよな」

「はい、そうです。幼き時より、あるいは生まれた時から」

「その時点で、偉いんだな?」

「はい!」

 

 ……。

 今潮。お前の抵抗、どうやら無駄だったようだ。娘には何も響いていない……。

 いや。

 何も響かないことを理解していたから、娘には薬を教えなかったのか?

 

 だとすれば。

 

「気にしていないと言っておきながら、意地悪な問いをしよう。私は平民で輝術が使えない。それは偉くない。その認識で良いんだな?」

「……偉くは、ない……ものかと。凄い方であるのは、わかっていますが……地位としては、その」

「では、帝はどうだ」

「……その話題は、危険です」

「今此処には私とお前しかない。帝は州君より輝術において劣る。つまり帝は州君より下であると……お前はそう言いたいわけだ」

 

 今並さんは、「いや」とか「ぅ」とか「あ、えっと」とか……言葉にならない音を出し続ける。

 信仰と常識。主義と知識。

 せめぎ合って勝つのはどちらか。

 

「言えないのなら、助け舟を出してやる。私は帝も帝の母御も、青清君含む全州君も、青宮廷を治める機関も、いやさ全お貴族様も。誰も偉いなどとは思っていない。そして誰しもが平等だとも考えていない」

「で……では、祆蘭様にとっての……偉い方とは、どんな方ですか?」

「幽鬼にならなかった死者。その全て」

 

 己が人生を使い尽くした者。

 別に、こんなの私の思想だ。病で寝床から一歩も動けぬ者にこれを言ったところで、健康な人間のくだらん理想論だと唾棄されるに終わるだろう。その通りだ。

 

 だけど──。

 

「前に言ったはずだ。芯を持て。思想に惑わされるな。お前がそうだと思うのなら、お前の世界はそうなる。高位の輝術師が偉いとお前が考えるのなら、それはそうなんだよ。そして……"世の理"を知るということも、それを知らしめるということも、同じことだ」

 

 だから、忠告ガン無視で言おう。

 

「天染峰は歪だよ。初めにお前が言った通り、どうしようもないくらいにな。──齢十三にして、お前のような狂信者を生んでしまうのだから」

「……。……祆蘭様は、まだ……幼いからです」

「ん?」

「見たことが無いから、そういうことが……言えます。……私は昔、少しの間だけですが、赤州(チィシュウ)に住んでいました。そして……それを、見ました」

「それ、というのは?」

「州君と州君の激突です」

 

 ……ほーぅ。

 

「赤州がどこかと喧嘩したのか」

「はい。黒州(ヘイシュウ)と。戦いは十日ほど続き……今尚、その戦地は黒い枯れ地となって、存在しています」

 

 ……なんだ、玻璃(ブァリー)の話かと思ったのに。

 いや、まだその可能性はある、か? ……でも今並さんって十三歳で、それの幼い頃って……記憶あることを考えても十年前くらいか。

 

 現帝は十年以上いる、という話を聞いたことがあるようなないようなだから、やっぱり玻璃の可能性はないな。

 普通に赤州と黒州の話かね。

 

「だから、強い輝術を使える奴が偉いと。破壊と創造、そのどちらもを内包しているから」

「私は、そう考えています」

「そうかそうか。ただ……そうさな。確かに私は無知で無学だが、まぁ、州君程度なら殺せるぞ」

「……!?」

「そしてものづくりも得意と来た。破壊と創造どちらもできる。輝術は使えないのに、だ。どうだ、これでも私は偉くないか」

 

 州君とて人間だ。

 やり方なんていくらでもある。既に死んでいる鬼なんかより殺しやすさでは州君の方が上だろう。

 

「……はい。それでも私は……あなたを偉いとは、思いません」

 

 ふーん。……まー。

 じゃあ、合格で。

 

「覚えておけよ、今並。それが芯だ。私は強い思想と強い言葉を吐くから、子供には毒なんだが……お前がそれを持ってさえいれば、私は気軽に毒を吐ける。薬師の娘なんだ、頑張って中和してくれ」

「一応……その、私の方が四歳年上です」

「む。……であろうともお前が子供であることに変わりはないだろう」

 

 という感じで。

 これでようやく、弟子と師匠の関係になりました、と。

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