女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
竹の皮を短剣で薄く切って、円筒状にする。これは糊で接着しておく。
「置き土産、ねぇ」
彼自身の死因が染料による服毒自殺であるということもあって、それらは慎重に検査がされたけど……どれもこれも、
そして……その中に気になるものがあって、少しだけ分けてもらった。
それがこの液体だ。ほんの微かに甘い香りのする液体。
輝術で作ってもらった首の長い丸底フラスコにその液体を入れて、フラスコの首部分に竹の皮を被せる。
山鳥の木彫りの中にこれを通し、頭部には綿を詰める。
脚となるものを製作。山鳥の脚はこんなに長くないけど、そこはご愛嬌だ。重要なのは、脚の付け根に該当する駆動部分。本当ならベアリングを使いたいところだけど、そんなもの無いので牛皮と松脂を使って劣化再現。これを軸受けとする。
山鳥の木彫りに組木で軸を作り、軸受けと合体。
念のため頭部に細かい穴を開けて……完成。
そう、水飲み鳥である。液体は塩化メチレンね。
器に水を注いで、最初だけ自分の手で山鳥に水を与えれば……ほら。
まるで水を飲んでは顔を上げ、また喉を乾かしては水に口を付ける水飲み鳥の完成である。まぁ水の量は減っていないので長時間見ていたらそういう話じゃないのは一瞬でバレるだろうけど。
「祆蘭、進史だ。入っても構わないか」
「また幽鬼関連じゃないだろうな」
「ああ。今回は違う」
「ほう。なら帰れ、興味はない」
「……」
「嘘だ嘘だ。普通に入れ。あんまり私の言葉を真に受けるな莫迦者」
扉を開けて入ってくる進史さん。
と……女の子? ……身なりが良い。
げ、という顔を一切せずに袖を合わせて顔を伏せる。
意趣返しか! 私が意地の悪い事ばかりしてるからって、権力者の娘でも連れて来たか!? わ、私は青清君のお気に入りだぞ! あれだけ言っておいてなんだけど全然威を借りるぞ私は!!
「そう畏まるな、祆蘭。お前のことは既に伝えてある」
「……なら私にも事前に伝えろ」
「今回は違う、の後に続けようと思ったのだがな。言葉を遮るように帰れと言われてしまって言うに言い出せなかった」
「わかった。わかったわかった。この部屋に入る入らないで遊ぶのは今日限りにする。……それで、その方は?」
少女……といっても私より年上の、けれど十二、三才くらいの女の子だ。
彼女はとてとてと進史さんの前に出て来て──膝をついて、私に頭を下げた。
何してんだバカなのか?
「私が平民だ、という話は聞いているだろう。貴族が頭を下げるな」
「父は私の敬愛する御方。その父が敬意を表し、名を覚えるにまで至った方となれば、私も大きな敬意を払います」
「父? ……進史様の娘か?」
「違う」
「じゃあ誰──」
「私は
……。
「進史様。密談をしよう。私にだけ声を飛ばすことはできるか」
「そんな回りくどいことは必要ない。私とお前だけが辿り着いた仮定の真相に、この娘も気付いた。だから連れて来たと言っても過言ではない」
「なんだと?」
「父からは薬の手解きこそ習っていませんが、その仕事は近くでずっと見て参りました。そして……父が何を考えてアレを行ったのかも、父の思考を辿れば答えが見えます」
「……そうか。詳しく聞く気も、深く踏み込む気もない。それで、私に会わせた理由はなんだ」
「ひと月だけでいい。弟子にしてやってはくれないか」
……はい?
「私は九歳の子供で、つい最近まで己の住まう国の名すら知らなかった無知で無学な小娘だ、という情報まで忘れたのか進史様」
「お前は九歳の娘で、幽鬼の専門家というよりは世にある物質に対しての理解が極めて高い異様な小娘だ、ということは覚えている」
「異様は余計だが……いや、そんな異様な奴の弟子になりたいのか、今並様は」
「父が敬愛したあなたの視点。あなたの思考。僅かでも私に埋め込んでいただけるのであれば幸いです」
ちょっと言い回しのクセが強いが、要約すると父親の史跡を追いたい、ってことか?
まー。……それなら理解できるけど。
「このひと月、お前の作る工作、工芸を今並に手伝わせてほしい。出来得るのなら原理の解説もだ。ああでも、
「……身の回りの世話まで私に任せる気じゃないだろうな。言っておくが、一般的な下女の仕事もままならんぞ私は。平民の暮らし再現でいいならいくらでもできるが」
「身の回りのことや、弟子にしていただくにあたっての手伝い、雑用。それらすべてはむしろ私にお申し付けください。代わりにどうか……"世の理"についてを、教えていただきたいのです」
んー。
「進史様。これは断れるものか?」
「む……何がいけないのだ。ただ面倒であるというだけか?」
「原理の解説をしたくない。今潮様であれば、私の作るものに興味を示せど、その解説を聞く、などという愚行は犯さなかっただろう。絶対に自分で解明したがったはずだ。……他者から教わる"世の理"など何の意味も無い。教材を用意してやるのはいいが、己で気付かなければな」
「──申し訳ございません。言葉を
私は……正直言って、そこまで懐が広くない。
前にも述べたがもう結構キャパオーバーだ。手一杯だ。
そこに弟子などと。
「三つ、問いをする。悩まずに答えろ」
「はい」
「母親のことはどう思っている?」
「母は慧眼の持ち主だったのだと思います。父を見つけることができたのですから。……私の幼い頃、病で亡くなってしまいましたが、それでも私は母を誇りに思っています」
「二つ目。世間的には今潮様は殺されたことになっている。だがお前は己の弟子たちをも巻き込んだ無理心中だと気付いた。それに対して何を思う?」
「父らしいな、と。ただそれだけにございます」
「最後の問いだ。この
「
「そうか。……わかった。進史様。ひと月だけこの娘を見る」
「ああ、感謝しよう。……それでは私は他の仕事に戻る。今並、何か必要なものがあれば私に伝達を入れろ。だが」
「わかっております。進史様はご多忙の身。己でできることや、他に頼るべきところは理解しているつもりです」
「そうか。──祆蘭。あまり虐めてやるなよ?」
「あんた私をなんだと思って……言い逃げしやがった」
誰かを虐めた事なんか一回も無いわ。
……それとも進史さんは日々の弄りを虐めだと受け取っていたのだろうか。いじめられた方がいじめだと思えばいじめだからなぁ、反省するかー。
「早速だが、今並様」
「このひと月の間、私は祆蘭様の弟子。敬称は要りません」
「そうか。私にも要らんが、どうせつけるのだろうから気にしないとして……そこにある工作は見えるな?」
「はい。奇妙にも、水を飲み続ける木の山鳥ですね」
「ああ。青清君に献上するものだが、その前にお前が原理を解明しろ。輝術はふんだんに使ってくれていいが、壊したら私に言え。新しいものを作らねばならんからな」
「壊すな、とは仰らないのですか?」
「調べる過程で壊してしまうことくらいあるだろう。別に貴重品でもないんだ、そんなことで勉学への妨げを作ったりしない」
水飲み鳥を今並さんの方へ動かす……動かそうとしたら、今並さんは立ち上がってこちらに来た。
お手を煩わせるつもりはございません、とでも言われたような気分だ。
……敬われるの、慣れないなぁ。
「ああそうだ。お前、集中しながら言葉を交わせる性質か? 無理なら話しかけんが」
「問題ありません。思考と会話を分けて考えることが可能でございます」
「成程、父譲りの処理能力か」
マルチタスクができるなら、水飲み鳥の原理解明くらい余裕だろう。
塩化メチレンの性質と気化熱による急冷さえわかればそう大したことではない。
だから、雑談に興じる。
「先ほど、今潮様の死は父らしいと感じただけ、と答えたな。悲しみはないのか?」
「父は常日頃から言っておりましたので。"私は間もなく死ぬだろう。私が不要な世になるからだ。であれば、私は最後の研究をしたい"。"この鳥籠から抜け出して、"世の理"の体現者をこの目に焼き付ける"。"そのためならば、死すらも手段だと思っているよ"と」
……もしやあの人、マッドサイエンティストか、ただの。
気が合うと思ったんだけどなー。思ったよりも、だった。
ちなみに私は私で次の工作に使う木を削っている。
できるだけ美しい曲面を作れるように、鑢と鱗木も適度に使って。
「……母が死んでいて、父も死んだ。十二、十三の身空で天涯孤独か、お前」
「いえ、内廷に姉がおります。加えて、父がそれなりの財産を残しておりますので、生活に困ることはないでしょう。……及び、あなた様のもとで知を学び、私も何か別の職を手に生きるつもりでございます。何の才もなければ、下女として生きることになるでしょう」
「ふぅん。貴族といってもその辺は世知辛いんだな。姉に縋ることはできないのか?」
「私の矜持で縋りたくないと言ったら、愚かだと思われますか?」
「無駄な意地だとは思うが、愚かだとは思わん。生き方など人それぞれだし、他者に迷惑をかけないのであればどのような生き方でも最終的には形になろうよ。無論、他者に迷惑をかける生き方に非があるわけでもない。過程も結果も同量に大事だが、最重要視されるべきは死の際に己が生を振り返り、満足できたかどうか、だ。できなければ幽鬼となるのだからな」
貴族はできることの幅が広いから、満足し難いのだろう。だからこんなにも多くの幽鬼事件が起きる。
今潮に関しては別だけど、恋人に先立たれたくらいで職務を放棄し、三人を巻き込んで自決した
お貴族様は贅沢だ、って話だ。
「……失礼ながら、祆蘭様は本当に九つなのでしょうか。智慧を蓄えた学者……いいえ、世俗より離れて暮らす智者。そのように感じます」
「思想が強いだけだよ、小娘。こういう強い思想に惑わされるな。これはただの毒だ。あるいはお前の父が持っていた思想も毒なのだから、お前は日々それに冒されていたとも言える。己を持てよ、自我を持て。芯無き生き方こそ唾棄すべきものだ。くだらん波に影響を受けて曲がりくねった道筋を辿るくらいなら、あらゆることを無視して突き進め。……ハ、これも思想だがな」
「本当に九つなのでしょうか、という疑問には答えてくださらないのですか?」
「先に言っただろう。原理の解説などしないと。私が九つのガキに見えんのだとして、私から答えを聞けたら満足か?」
「……。……いいえ。わかりました。祆蘭様を含めて、このひと月で"原理"を見抜いてみせます」
「そうか。で、それ……『水飲み鳥』という工作だが、原理はわかったのか?」
「……まだです」
「成程前途多難だな。これ以上の雑談はやめておこう。思考を割けるのなら、会話の思考も全て使ってそれの解析をするといい。時間はひと月しかないのだからな」
「はい。……精進いたします」
もしかして、これいじめ?
……なんか暗い顔してるけど大丈夫か? アレだ。職人はその技を継ぐ若者を探すけれど、やりがい搾取過ぎるブラックな仕事場なせいで誰も長続きしない、みたいな。
ひと月と経たず「もう無理です! この平民のいびりにはもう耐えられません!」ってなったらどうしよう。
……いやまぁ、私は青清君の威を借りまくるから。そうなったら。
夜。
自室が用意されているという今並さんを見送って、一息を吐く。
動き続ける水飲み鳥。
結局、今日丸一日使って今並さんは水飲み鳥を解析しきれなかった。
……「そういう液体がある」と知らなければ無理なのかなぁ。私が簡単だと思うのは知識があるからで。
でも特別に調合した液体ってわけじゃない、青宮廷にもとからあった染料を使ってるのに……うーん。
窓を開ける。
音。
「……あなた今、私の弓の音が聞こえる前に窓を開けたでしょう」
「予感がしただけだ。それで? 嘘吐き鬼はちゃんと前鬼子母神の文を持ってきたのか?」
「あの時にあの方の名を出していたら、あなたは青清君に告げ口をしていたでしょう。だから──」
「すまんすまん。その辺は全部
「……。……これ、あの方からの文。早く読んで、返事を頂戴」
「忘れたのか? 私は字が読めんし書けん。お前が詠み聞かせてくれ。そして私の返事を書いてくれ」
「……。……!!」
「壁越しだというのに今三度か四度人相を変えただろう。手に取るようにわかって面白いよ」
「本っ当に……可愛くない子。古い鬼を相手にしているみたいで、手が出そうになる……」
「未来の
「だから、そういうところが……。……はぁ、わかったわ。じゃあ読むから、ちゃんと聞いて」
「ああ」
文は他愛のない言葉が書かれていた。要約すると、「あれからどうですか、お元気ですか?
読んでいる途中で桃湯が何度もつっかえていたあたり、恐らく原文にはもっと赤裸々なことが書いてあったんじゃないかな。
もし今度玻璃に会う機会があったら、桃湯には要約をせず言葉を伝えるよう強く言い含めろ、とでも言うべきだな。今私が返事でそれを言っても握りつぶされる可能性の方が高い。
「はぁ。……それで、返事は?」
「海の底と天空。どちらをより嫌がると思う? だ。それだけでいい。贈り物は……これでどうだ」
窓の外に放り投げるは、扇子。
まだ青清君に見せてはいないけど、既に何本も作っているので問題ないだろう。
「物を投げないの。……へえ、折り畳める扇? 便利そうね」
「なんだ、欲しいならお前にもやるぞ」
「お生憎様、鬼に暑いも寒いもないのよ。不便な人間とは違ってね」
「玻璃は人間なのだろう? いいのか、そんな見下した発言をして」
「あの方もあなたも人間ではないでしょう。今更そんな問答をする気?」
なんでもいいがな、そんなこと。
ちなみに私は暑いし寒い。
「ああ、それと。琴についてだが、当然のように失敗した。もう少し時が必要だ。すまんな」
「期待していないから構わないし、そもそも要らないし。……それよりこれは独り言だけど……鬼の私達から見ても、青州は明らかに幽鬼が多くなっている。私達にもわからない何かがあるのは間違いないでしょうね」
「奇矯な独り言を吐く鬼もいたものだ。そら、これをくれてやる」
放り投げるのはもう一本の扇子。
遊び心で、地球の鬼……赤鬼を描いた扇子だ。こっちの鬼に角とかないし肌も普通の肌なので奇妙に見えるだろうが。
「だから、要らないって」
「要らんなら捨てるか、玻璃に二本目として渡してやれ。私は奇矯な独り言が聞こえたので、特に何も考えず窓の外に扇子を放り投げただけだ。受け取ったのはお前の判断だよ、桃湯」
「……はぁ。あなたと話すの……疲れるわ。なんだかあなたが鬼子母神にならない方が良い様に思えて来た……。まさかそういう作戦?」
「やもしれん。効果的だろう?」
「ええ、とっても」
三十秒か、一分か。
少しだけの静寂が流れる。
「一つ、聞いても良いか」
「なにかしら」
「お前の足を斬ったのは誰だ」
「……なに? 同情してくれるの? ふふ、そういうところは好感が持てるけれど……意味はないわ。もうとっくの昔に死んでいるもの」
「殺したのか?」
「いいえ。前にも言ったけど、復讐なんてくだらない未練や恨みでは鬼にはなれないの。幽鬼にはなるでしょうけどね。……私の脚を斬った相手は、私が生きている内に死んだわ。他ならない私の脚を斬った罪でね。正確に言うと、私以外の脚も斬っていたから……重なって重なって死罪になった、が正しいかしら」
「なんだ、女の足首の収集家か何かか? 素直に気色悪いな」
「どういう意図があったのかなんて知らないけれど、こればかりは同意する。今となっても気色が悪いと思うもの」
世の中には……理解できん奴もいるものだ。
進史さんが今潮を理解できなかったのと同じように、どう足掻いても迎合できない相手、というのは一定数存在するんだろうなぁ。
「そろそろ私は行くけれど、どうする? 読めなくとも、この文はあなたが持っている? ……あ、でも私に関することは消しておくわ。鬼との密通記録は……少し前のあなたになら押し付けたいものだったけど、今は状況が違うから」
「文か。……うん、穢れ付きでないのなら持っていよう」
「ああ……どう、かしら。付けた覚えはないけれど、輝術で精密に探れば痕跡が残っているかもしれない」
「一旦こっちに寄越せ。少し試したいことがある」
窓からひらりと文が入ってくる。
それは私の前にはらはらと落ちた。……やっぱり明らかに喋っていた量以上の長文が書かれているな。
というか玻璃って盲目なのにどうやって文字を書いてるんだろう。その辺、才能なのかな。……あ、輝術か?
何にせよ……いい練習ではある。
──退け。
「っ!? ご、ごめんなさい!」
「ん?」
「え?」
突然謝って来た桃湯。
……なるほど。
「すまん、指向性の制御がまだできていない。だが、使い方はなんとなくわかった」
「……やっぱりあなた鬼子母神じゃない……はぁ、驚いた。でも……確信したわ。あなたは必ず……って、あなた、どれだけの範囲に威圧してるのよ」
「だからまだわからんのだと言ってるだろう。……騒がしくなって来たな。護衛含む青宮城の皆が起きたか。そら、早く逃げろ。お前は良いかもしれんが、玻璃への贈り物は輝術を使っていない工芸品だ。簡単に壊れる」
「私だって痛いのだけど……」
「そうか。なら尚更逃げろ。またな、桃湯」
「……ええ、また」
窓を閉じる。
その直後、護衛の皆さんが入って来た。
「祆蘭、大丈夫!?」
「何があった? いきなり……あの威圧を感じた」
「鬼か、幽鬼か。どこにいる?」
使い方はなんとなくわかったけど、近所迷惑が過ぎるなコレ。
……ま、素直に説明するか。
「窓を通って、コレが来た。心当たりはあるか? 私は幽鬼か何かが運んできたものと思ったのだが」
「……文? って、待ってその
「……ごめん、祆蘭。私達に判断できることじゃない。進史様か……青清君じゃないとダメ」
「そうなのか」
封緘。書状を結ぶ紐のことだ。
紫のこれは、なるほど確かに高貴。……もしかして。
とか思っている内に、進史さんが来る。
「騒ぎの内容は聞いた。……祆蘭。その封緘は……帝か、帝の母御にしか使用が許されていないものだ。つまり、文を運んだのは幽鬼ではなく帝及び帝の母御、ということになる。次からは警戒しないでいい」
「無駄な迷惑を押し付けて来たものだな。……それで、読めるか? 私には読めん」
「む、そうか。確かに。……だが私が読んでいいものかどうか」
「ならいい。どうせ青清君でも読めないのだろう? 今度また帝の母御に会ったら内容を聞くよ」
「え!
「どこにでもいる普通の女だったよ」
「……祆蘭。流石にその不敬は庇いきれない。私達の前でならいいが……いや、私達の前だから言っているのか」
「ああ。ま、騒がせてすまなかった。今後は気を付けるから、睡眠に戻れ。登城したての今並が何事かと思うだろう」
その言葉で解散となる。
……威圧と、「やっぱりあなた鬼子母神なんじゃない」、ねえ。これがその素質だというのなら……。
いや、今はいいや。
私も寝よう。一応弟子を取ったのだし、師が日中寝ていては話にならんからな。
平民の時の癖で基本的に早朝に起きる私だけど、今並さんはそんな私よりも早く起きて……ん?
「お前、寝てないな」
「い……いえ。寝ました」
「一刻か二刻だろう」
「う」
まー、父親の影響でちょっとは達観してるみたいだけど、普通に年相応の子供か。
忘れがちだけど青宮城はドエリートの中のドエリートが集まる上澄みの上澄みを取ったみたいな貴族しか入れない場所。
一昨日まで青宮廷で普通に過ごしていた少女にとっちゃ、緊張して眠れないのもさもありなん。……あと昨日の騒ぎが目を覚まさせていたら本当にすまん。
ひと月の内の一日は大きい……が、眠気まなこで果たしてどこまで集中できるものか。
香を焚く。
「あ……あの」
「なんだ? 私はこの香が好きでな。苦手な香だったらすまないが我慢してくれ」
「いえ、苦手ではありませんし、我慢をすることなどありません、じゃなく、えと、文句を言うことなどありません」
「そうか。良い事だ」
といってカーテンを閉めて日光を遮断し、走馬灯の燭台に火をつける。
柔らかな灯りが部屋を満たし、仄かな暗がりへのグラデーションが心地よさを増長する。
「……」
「なんだ、水面で餌を待つ鯉か何かか、お前は」
「……た……耐えて見せます……!」
半刻後、可愛らしい寝息を立てる今並さんの姿が。
ふん、子供は素直に眠っておけ。勉学も大事だが、ちゃんと集中することの方がもっと大事だ。疲れた脳で考えをしたって意味は無いのだから。
今日の工作は、静かなものにするか。
……いや。ちょっと出るかね。
「優しいね、小祆は」
「……覗き見でもしていたのか?」
部屋を出てすぐ、
私の効率化解雇宣言は一切認可されなかったので、普通に
「外壁護衛をしてた
「輝術……なんでもアリだな」
「できないこともいっぱいあるよ~」
さて……午前中は私も久方振りの休暇とするかねぇ。
いやいつも休んでいるようなものなんだけど。
というか久方振りにちゃんとしたDIYがしたい。別に大工仕事である必要はないけど、鋸使いたい。
「夜雀様、この城、どっか壊れてるトコないか」
「……無いと思うけど……。あったら絶対誰かが直してるし、毎日進史様が城の全てを精査してるから腐食とか破損があればすぐに情報が回るから」
「進史様働きすぎじゃないか? そんな雑用ほかの輝術師でもできるんじゃ」
「できることはできるけど、進史様の権限がないと見ちゃいけない部屋も多いからね。なんだかんだいって進史様がやるのが一番効率がいい、って進史様自らやってるの」
……本気で過労死するぞあの人。
頼れもっと。他を。効率度外視しても自分の身体を大事にしろ。まだ若いんだから。
若いうちに病を持ったら最悪だぞ。まだ若いから、なんてくだらん慰めを言われ続けながら、己の可能性の芽がすべて潰れていく様を眺めるしかなくなる。
健康器具……とか、作るか?
足つぼのアレとかは作れそう。今度
「それで、今日はどうするの?」
「とりあえず、要らん罪悪感を抱かせんよう、今並が起きそうになったら私達に伝えてくれ、と祭唄様に言っておいてくれ。子供に"寝てしまうのが悪いこと"なんて意識を植え付けたくない」
「ん、伝えたよ」
「後は……そうだな。……大きな音を出してもいい場所が欲しい。というか、輝術があれば音は閉じ込められるんだったか?」
「うん。だから私と祭唄の部屋でやれば大丈夫かも」
「少し木屑が出るが……」
「輝術でお掃除もできるから!」
「それじゃあ、お言葉に甘えるか」
では。
まず、角材を切って大体の座面と背もたれを作成。
次に柔らかめの角材をこう……筆記体のBみたいな形に切る。これは二枚。この辺はもう手なりだ。だって一回作ったことあるし。
背もたれ部分を曲面になるようがりごりやって、鑿と鉋を使ってつるっつるに。
さっき作った筆記体のBの中線に座面、右上部分に背もたれをがっちゃんこし、鱗木で面取り。
いやー……製作時間七刻半にしてはかなりサマになったんじゃないか?
「小祆って、集中力凄いね……」
「ん、ああ。まぁそれが取り柄というか、悪癖というか」
「悪癖の自覚あるんだ。はい、お水」
「だよな。喉がカラカラだ」
七刻半一切飲まないのはやり過ぎた。やり過ぎたし、朝餉も逃したな。進史さんには多分夜雀さんが上手く伝えてくれたんだと思うけど。
一応ちゃんと使用してもらって微調整もしたいので、そのまま進史さんを呼んでもらう。
「……お前の護衛とはいえ、女性の相部屋に私を呼ぶな。要らぬ噂が立つだろう」
「ああそういえば。まぁ私には関係ない」
「おい」
「それより、これ。座ってみてくれ」
「……椅子? おかしな形だが……む。これは……少し、恐ろしいな。倒れそうだ」
「思いっきり勢いをつける、とかでもしない限り倒れん。そういう設計になっている。揺り椅子という椅子でな、休息に酷く適している。腰や背などに違和感があれば言え。調整する」
「……青清君への工作か?」
「だったら青清君に座らせるだろう。あんた用だよ、進史様。このままだと過労で倒れそうなんでな」
そんなあたりで腹が鳴る。
いや、いい汗かいたし良いカロリーの消費をした。
これだよこれ。DIYの醍醐味は。作った達成感と運動、そして損なわれたエネルギーが無駄になっていないという充実感。
「私に……」
「あんたの自室にでもおいておけ。仕事用の椅子ではないから、何か読み物を読むときや、少しばかりの仮眠をとる必要がある時などに使うと良い」
「……礼を言う。が……何か、欲するものでもあるのか?」
「無いが。……なんだその顔は」
「いや……青清君に工芸を贈るのはお前の仕事だが、私の椅子を作ることは別にお前の仕事じゃないだろう」
「久方振りにこういうものを作りたくなって、丁度良く過労で死にそうな進史様がいた。利の一致という奴だ。くだらん疑いはやめて大人しく受け取れ莫迦者」
心労をかけている筆頭なのは自覚しているしな。
少しくらい休息しろ、若者。寿命を無駄に縮めるんじゃあない。
……そして、今並は昼過ぎまでぐっすりか。一刻や二刻どころじゃない、さては寝てなかったなあの娘。……夜じゅうずっと水飲み鳥の仕組みを考えていた、とか?
はぁ、もう少し簡単なものから始めさせるべきだったか。……人に物を教える、というのは難しいな。
また、腹の音が鳴る。
「小祆、私と一緒にお昼食べに行こ?」
「ああ。そういえば……私は自室以外でも食べられるのか?」
「む。……今食堂の者に伝達を入れた。お前用のものではなくなってしまうが、それでもいいなら」
「なんだ、私の食事は特別だったのか? それこそ余計だろう。非効率的だ。次から普通のものにしろ」
「……考えておく」
ん。
ん? なんでそれは渋るんだ?
……え、いつの間にか毒が入ってるとかないよな。流石に……。一年契約と言っておいて、一年経ったら放逐するんじゃなくて殺す、みたいな……。
だったら毒なんか使わず輝術で首飛ばせばいいだろ。思考中断。
腹減り小娘だ。飯を所望する。