女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
なんにせよ、一旦は平和が戻って来たと言えるだろう。
よって私は、いつも通り、普段通りの仕事をするだけだ。
「
「一旦見送りだ。回数を重ねれば上手く行くというものであるのかもしれないが、青清君用の玩具も作らねばならん。楽器は楽器で原理さえ工夫すれば受け取ってくれそうではあるが……私の技量を些かばかり超える。どちらかというと専門家と話をしてから作りたい」
「弦楽器の職人は、
「……最近黒州の話を良く聞くな。なんだったか……黒州は植物に秀でている、のだったか?」
「そう。だから、植物を使った工芸や、祆蘭の好きそうな工作物が沢山ある」
「いや別に私は工作物が好きというわけではないのだが」
趣味が高じて、のパターンのさらに前段階だし。
手先が器用なのが前世譲りで良かった、ってくらいか。
「それと、黒州には雑技団なんてものもいる。全州を周遊しているから、機会があったら見てみると良い。面白い」
「へえ。定期的に来るのか?」
「詳しい日程はしらないけど、私も二回見たことあるよ~! 輝術を使う雑技と使わない雑技があって、使わない方は見ててちょっと心配になるくらい危ないことするの。こぉ~んなに細い棒の上に乗って、傘で独楽をくるくる回したりね~」
独楽か。
独楽の歴史はかなり古いからなぁ、私が作っても全部作られてるだろ、って思いで一つも作ってなかったけど……独楽か。
原理が楽しそうなのは地球ゴマとかだけど、……金属の加工技術がないから、多分無理。
どういう独楽があるのかは気になるな。あと輝術の雑技の方も気になる。空中火の輪くぐりとかやるんだろうか。……サーカスと雑技団は違う、って。それはそう。
ふむ。
ディアボロ……は無理でも、輪鼓なら作れるか? ……曲面加工は……鑢と鱗木でなんとか頑張るとして。
ああ、電動のこぎりが欲しい。子供の膂力で曲面を作ろうとすると、何度も何度もカットと研磨を繰り返さないといけないから大変なんだ。
ただ今のところこの世界で電動のものを見た記憶がない。モーターくらいなら自作できるけど……それもう"世の理"とかぶっ飛ばす行為に等しいから、誰が何を言ってくるのやら、って感じ。
あと、輪鼓作っても青清君は喜ばなさそうだよなぁ。原理も何も、だし。
……そうなんだよな。
玻璃から話を聞くまでは、私がどちらに付くか、が交渉材料になると思っていた。
けど……一年。少なくとも安穏たる一年契約を満了してもらうためには、私がちゃんとアイデアを出し続けなければならなくなった。その後のことは摂理とするけど、今放逐されようものなら鬼やら玻璃やらの手がこれ幸いにと伸びて来て、女帝として神輿に担ぎ上げられるのだろう。
それで思い出したけど、玻璃が州君であった以上……追いやられた帝がいるはずだ。
現州君の誰がそれに該当するのか。……かるーく
可能性が高いのはどっちかだよなぁ。
仮に私が帝となることが避けられぬ運命だったとして、何の力もない私を狙わない理由はない。鬼を従えていれば大丈夫、みたいな楽観を玻璃は言っていたけれど、輝術なんてほとんど目に見えないんだから暗殺し放題じゃないか。
……やっぱりさっさとこの箱庭から出よう。空を飛ぶ機械を作ろう。鳥人間コンテストに出よう。
「鳥……鳥か」
「?」
そういえば、この城が常に適温だからか、アレを持ち歩いている貴族を見ないな。
というか起源は中国でも形になったのは日本なんだっけ? だとしたら……。
「玩具じゃないが、思いついた。作るか」
「手伝いは必要?」
「いや、今回のは小さいから問題ない」
「じゃあ、見学しててもいい?」
「それは構わないが……仕事はいいのか?」
「ここにいるのが仕事だよ~私達」
そういえばそうだった。
……んじゃ。
まず、竹を切ります。若めの柔らかい竹。
それを二本……というか二枚、と言えるくらいの比率で切って、長さを揃えておく。それよりも細く薄い竹を適当数用意。
次に両脚器を使って扇形を作図。硬い紙と柔らかいほわほわした紙でそれを挟んで、さっき作った扇形にそって切り抜き。
外側の一枚だけに着色。色はいつも通り青。だけど抜き染めを使ってちょっとだけアクセントを追加。
その紙を蛇腹状に折って行って、もう一枚の外側の紙も同じ折り目になるように折る。折ったら、外側二枚の紙で内側の硬い紙を挟んで、もう一度蛇腹状に折る。
扇の端と最初の竹を組み合わせた後、適当数の細い竹に糊を塗って、蛇腹の隙間に差し込んで行く。充分に乾燥させたら根元を一点に纏め、要を打ち込んで完成。
「……扇?」
「扇子という。扇の一種であるのに間違いないが、こうやって折りたためる」
パララッという音と共に折りたたまれる扇子。同じ音で開く。
コンパクトで持ち運びしやすいほか、ファッションとしてもどこか上品に見える素敵アイテム、扇子。
……問題は原理もクソも無い、という所か。玩具じゃないし。
でもまぁ綺麗だし。受け取ってもらって、すぐに飽きられても……結構ストックあるし。
なんであればもうすぐ夏季だ。自分用でも……ってこの城適温なんだった。
ちなみにこの世界、明確な季節は存在しない。私が勝手に夏季と呼んでいる期間は、「一年において日照時間が一定以上である期間」を指し、同じく冬季は「日照時間が一定以下である期間」を指す。
明確な区分があるのか知らないのと、話し言葉からは特に季節に関する単語が出ていない、というのが私から聞く勇気を奪っている。
ただし、温度変化はかなり激しい。私が勝手に冬季だと思っている季節には雪が降るし、夏季には激しい雨が降ることも多い。伴って湿気と気温も。
……日照りや旱魃なんかも心配だけど……まぁ。
なんとかするだろう、水生は。
その日の夜、
厠から自室への最短ルートを通らずに、反対側の廊下を回り道して……そこに辿り着く。
逆上がりの要領で二層、三層目までを昇って、降り立ったそこ。
「……」
「いや……男の幽鬼を見るのは初めてだがな。まさかそれが、あんたになるとは」
月を見ていた男性。
わかる。一目で、ヒトではないとわかった。
だって……腹が裂けて、臓腑が零れ落ちているから。
「……残念である、とは言っておくよ。再就職先としては魅力だったからな。──何があった、
今潮さん。
会ったのは一度だけだけど、私に教えをくれた人。
それが……青宮城にまで来て、何をしているのやら。
「……。……? ……」
「ああ。幽鬼は生者に声を届けられない。……その様子だと、己が死んだことにも今気づいたか?」
「……。……」
パクパクと口を動かして、首を傾げて……にこり、と笑う今潮さん。
この人は、死んだとして未練や恨みを遺すのだろうか。やり残したことは……まぁ、沢山あったか。
「"世の理"について、現帝の母御と少し話をしてきた。あんたの言いたかったことが少しわかった気がするよ」
「……? ……」
「死した身柄で他者の功績を称えるか。肝の座った男だな」
「……」
「肝は垂れている、と? 成程、冗談が上手いな」
少しばかりの読唇雑談を楽しんだ後……今潮さんは、私を見る。
徐な動作で己が瞳と心臓を指差し、首を振った。そして私を指差し……もう一度にっこりと笑って、消える。
消えた。光の粒となって、だ。……
自力で未練を振り払ったのか?
「……瞳と心臓ではない。何がだ。そして……私ではある」
「そこで……何をしている、祆、っ!?」
「っと……すまん、
「……これだけ安全な城にいて、そんなものが現れるわけ……ない」
「さてな。またぞろ鬼か、他州の間者が入り込んでいるやもしれん。咄嗟に攻撃するのは間違いではないだろう? 輝術師であればこの程度の不意打ち、容易に受け止められようからな」
腰に佩いていたトンカチ。
背後から来た声に思わず殴りかかってしまったけど、足音消してる方が悪いと思う。まぁ掌で止められるのではなく刀を抜かせただけ進歩じゃないか? 偽
「再度……問うが、ここで何をしていた……」
「月を見ていた、と言って納得するのか?」
「お前がそういうのなら……引き下がる。言うのか?」
「いや。──先程まで、ここに今潮様の幽鬼がいた。幽鬼は消えたが、身体の傷は死して当然のものだった。つまり」
「……すぐに調査の者へ伝達を入れる……。お前は部屋に戻れ。念のため、
さて。
平和が戻ったとは、なんだったのか。
翌日の朝餉後、進史さんから子細を聞かされた。
今潮さん、及びその弟子全員の殺害。加えて彼の調剤した薬のほとんどが盗まれているかダメにされていて、現在調査中、とのこと。
「確認するが、祆蘭。今潮の幽鬼が現れた時間帯は、月が中天に近い時だった、で間違いないんだな?」
「ああ。……なんだ、死亡推定時刻と合致しないか?」
「なぜそんな言葉を知っている……などと、お前に言うのは今更か。……そうだ。検死の結果、今潮が死したのは月が中天を通り過ぎて二刻ほど経った頃である可能性が高い。つまり、死ぬ前に幽鬼としてお前の前に現れている。それでいて……消えた時は、幽鬼が消える時と同じだった。そうだな?」
「未練を断ち切って消える幽鬼をそこまで多く見たわけではないから何とも言えんが、私の知る限りの消え方とは合致していたな」
「……」
口元に手を当てて、難しい顔をする進史さん。
「どう思う? ──とは、聞いてこないのか?」
「あまり意地の悪いことを言うな。……それに、まだ現場検証が終わり切っていない。情報が制限された状態で出る答えにそこまでの信は置けない。そうだろう?」
「さてな。少なくとも私は責任を持てないし、お見通しだろうが自信も失っている。特に生前を知る者の死だ、動揺や、あるいは余計な感情が混じるやもしれん」
「……朝餉を胃に入れている時と一切表情が変わっていないが、顔に出ないだけか?」
「ああ、そうだ」
聞いた、あるいは拾った話だけを統合すると、少なくとも輝術が使われた痕跡や、同じく穢れの痕跡はないらしい。
死亡推定時刻は今潮さんだけが中天より二刻遅く、弟子たちは中天に昇る前。
「死体の損壊状況は?」
「……どう思う、とは聞いていないが」
「子細を話したあと、部屋を出て行っていない。答えのようなものだろう」
「ならば出て行く。子供に聞かせる話じゃない」
「私は当事者だと言っている。──玉帰様には報告していなかったが、今潮様の幽鬼を見ただけじゃない。少しばかり雑談をしたんだ。そして、恐らく死因に関する手がかり……仄めかしのようなものも貰った」
「……なぜ、黙っていた?」
「仄めかしに感じたからだよ。まるで、この謎を解いてみろ、と……今潮様に言われたような気がしてな」
一度立ち上がりかけた進史さんは……けれど、観念したようにどかりと座り直す。
少しどころじゃなく怒ってるな。
「凄惨なものになるが……現場の輝絵を現像させる。言葉で言っても伝わらん部分も多いだろうからな」
「そんなこともできるのか」
「私にはできない。その才が無いからだ」
ああ。前に祭唄さんが言ってた奴か。
専用のチームがいるんだろうな。
「今潮は……青宮廷、ひいては青州にとって欠かせない人物だった。それが……彼と、彼の弟子までもを殺すなど……青州全体に対する宣戦布告に近しい行為だ」
「そう怒るな。真実が見えなくなるぞ」
「……お前は嫌に冷静だな。一度しか会っていないとはいえ、随分と意気投合しているように見えたが」
「私はあんたや青清君、あるいは水生の知り合いが死んでも同じ反応をするぞ」
「そうか」
「ああ」
冷たい奴だと思ってくれて構わん。
だけど、別の世界から来た奴が二人もいて、明言されたわけじゃないけど「この世界の楽土」も存在していることが示唆されていて、何を悲しめと。
死が恐ろしいのは先が無いように思うからだ。意識が続くのならそれでいい。
なんせ、生まれ直した時点で私は私である確証がないからな。肉体が違う。脳髄が違う。同じであるものは記憶だけ。魂も、果たして前世の私は穢れなんてものを押し返せるほど強き存在だったかどうか。
そしてそれは、夜に寝て朝に起きることと何も変わらない。地続きに見える記憶はその実何度も断絶している。
次の朝起きることができる、の体現者が私と玻璃だ。
であれば、死者を惜しむのは少しばかり不快ですらある。悼むのは良い。もう会えないことを悲しむのは良い。
だが、人材の損失を惜しむのは……人間を財産としてしか見ていないようで、妙な反感を覚える。……前世はそんな思想家ではなかったから、やはり生まれ直して変質したのだろうな。
「進史様。二層、調査室が
「入れ」
「はっ!」
入ってくるのは……見たことのない人だ。ただ貴族なのは確実なので、袖を合わせて顔を伏せておく。
「っ……その、進史様。子供に見せるには……些か刺激が強いものであるかと」
「わかっている。だが、気にするな」
「……はい。出過ぎた発言をお許しください。……失礼します」
良い人だな。ま、それが普通の倫理観だ。
進史さんも難しい顔をしている。多分、「お前の言っていることは正しいぞ」とか思ってるんだろう。
で。
机を退かし、広くした床に置かれる白布。
絵画を包むそれを外せば……ほー。
「現像された輝絵は四枚。それぞれ別の角度から写されている」
「これ、表面に触れても問題ないか? 塗料が取れる、などは」
「問題はないが、普通に汚れる。……これを使え」
光が集まり、そこから……皮で出来た手袋のようなものが出てくる。
物質生成。本当に便利というか、えげつないというか。
ちなみに革ではなく皮なので、手触りはあんまりよくない。今度軍手でも縫ってやろうか?
「まず、おかしい箇所があるな」
「今潮と弟子の位置、だろう?」
「ああ」
今潮さんは部屋の一番奥で、薬棚に凭れ掛かるようにして死んでいる。
対し、弟子たちは出口だろう方向に向かっている……向かう途中で力尽きた、という風体だ。
「野盗が入った、というのであれば、全員今潮様の位置にいてもおかしくはない。これではまるで、今潮様から弟子たちが逃げているかのようだ」
「ああ。ただ、この輝絵では見えないだろうが、弟子たちの死因は全員が斬首。骨にまでは届かないが、前から首を斬られて死んでいる」
「……仮に今潮様が気を狂わせて心中を図ったのだとしても、弟子たちがこんな遠くにまで逃げる余地はない、か? ……どうなんだ輝術師。輝術師は骨に達する前とはいえ、首を斬られてどれほど生きていられる」
「輝術師を何だと思っているんだお前は……。前にも言ったが、輝術では傷を治すことはできない。首を斬られたのなら、ほとんど即死だ。倒れる、ふらつく、などの時間はあるかもしれないが……この一番端にいる弟子のような位置にまで逃げることはできない」
「だが、固定はできるのだろう? 輝術で止血を施せば……」
「……この、一番遠くまで逃げている弟子が、歴戦の猛者であれば可能やもしれない。だが、普通に生きていて……戦とは無縁の輝術師では、咄嗟の判断でそれを行うことは難しいだろう。だが、確かにできないとは言わない」
ふむ。
成程、輝術の使い方がどうなっているのかは知らないが、結構想像力に頼る部分が大きいのか。
斬られた自分の首を止血する術など……知らなくて当然。加えて、仮に咄嗟に思いつけたとしても、己が血で溺れ死ぬだろうな。いや内側まで気の周る奴だったらあるいは、か?
だとして。
「弟子の傷は首だけか?」
「ああ。鋭い太刀筋で一刀だ」
「にしては血の広がり方がおかしくないか」
「……そうだな。調査中の部分の一つがそれだ」
輝絵を見る限り、弟子たちの身体から広がる血は、どれもこれもが体の中心から円状に広がっていっている。首から出血したにしては、中心点がおかしい。
誰かが死体を動かした? 何のために?
「今潮様は、失血死か」
「いや、服毒だ。確かに腹が切り裂かれているが、死の原因は毒であると断定されている」
「なんの毒だ」
「まだしっかりと判別できたわけではないが、赤紫色の染料を飲んだ可能性が高い、という話だ」
「染料? なぜそんなものが薬屋にある。……というか今更だが、ここは今潮様の薬屋で合っているか?」
「いや、彼は薬師だが薬屋じゃない。ここは青宮廷の薬置き場でしかない」
「そこにその染料が置いてある、あるいは置き忘れてある可能性はどれほどだ?」
「置いてあることはほぼないし、置き忘れることも無いだろうな。基本的に染料は専用の倉庫から持ち出さないし、況してや薬などという他からの影響を受けやすいものの近くに置くことはない」
つまり、今潮さんが持って来たか、誰かが飲ませたか、か。
いや、一応弟子が犯人の可能性もあるが……。
「……待て、今解析結果が出た。……染料は牛蒡の一種らしい。遅効性の毒を持ち……中毒症状が直前まで出ない。出るのは体内に入れてから、一、二刻後、だそうだ」
「お誂え向きに今潮様が犯人である可能性が出て来たな」
月が中天に昇る前に弟子を殺し、その後服毒自殺。だから死亡推定時刻にズレがある。
……ま、ぱっと見ではそう。
ただし、私という証人が彼の死んだ時刻の否定をしていることと、弟子についての謎が解けていない。今潮さんの腹が掻っ捌かれている理由も謎だ。
「他に調査中であるものはあるか?」
「二つ。一つは凶器について。輝術というのは、使われてから時間が経てば経つほど痕跡の見えなくなるものだが、今回の発見はお前の功もあってほぼ直後だと言える。だというのに輝術の気配がなかった。穢れについても同じだ。となると、今潮の弟子たちを殺したのは輝術の使われていない刃物であることになる……が、傷口に鉄分が一切残っていないことと、飛び散った血がどこにもないこと。どれほどの達人なら傷口に痕跡を残さず、且つ血を飛ばすことなく斬首ができる?」
「知らん。先日護衛達の殺陣を見せてもらったが、早すぎて何も見えなかった。輝術で身体を強化すれば、それも可能なのではないのか?」
「身体の強化における輝術であっても痕跡は残る。つまり、素のままの剣技のみでこれを成した、ということだ。あるいは、凶器が刃物ではないか」
……ファンタジー知識で言うなら、糸、とかが思いついちゃうけど。
実際ピアノ線とか鋼糸みたいなもの、この世界にあるんだろうか。あったとして、痕跡を残さずに人体の首を斬る、なんて大道芸できるんだろうか。
「待て。……弟子たちの死因は斬首だと言ったな」
「ああ」
「それはどうして確実になった?」
「どうして、とは?」
「別に、失血死かもしれないし、窒息死かもしれないだろう。死後首を斬られた可能性は絶対にないのか?」
「……確認する。……。……ああ、窒息死はない。ただ失血死はあり得るだろう、とのことだ。斬首による死とはいえ首が繋がったまま。広義では失血死とも言える、と」
「検死が窒息を否定できる理由を教えてくれ」
「血中酸素濃度、と言ってわかるか?」
「ああ」
「わかるのか……。まぁ、それが正常なのだそうだ。特に脳内の酸素濃度、二酸化炭素濃度に異常が出ていない、と」
この世界の化学の進みホンットにわかんないなー、とかいう話はおいといて、そこまで強く否定されたのなら……ある可能性は見えて来た。
酷く荒唐無稽だけど……フラットに考えた時、私はこの答えを出す。
「刃を飲み込んで、それが肉を突き破って出て来た。断面が綺麗だというのなら、押し倒されたか」
「……どういう状況なら、それになる」
「知るか。また私に正解を求めているのか、あんた。もう証明しただろう。私の推理など当て推量だと」
輝術は使われていない。穢れも無い。だからこんな荒唐無稽なトリックを話すしかない。
……いや待て。もっとだ。もっともっと──初心に立ち返れ、私。
最近の話だろう。──そう。
「幽鬼はどうなんだ?」
「……? どうとは……いや待て。確かに……幽鬼は痕跡を残さない。輝術の痕跡も、穢れの痕跡も。それであれば、すべての前提が覆る」
「私達は見ているはずだ。薬によって仮死状態にされた人間の幽鬼を。生きたまま幽鬼となった者達を」
だから。つまり。
「今潮様の腹が裂かれていたのは、自分で裂いただけだ。毒を飲んで、けれど巡りを遅くしたかったか。そうして……彼の狙い通り幽鬼となりて、弟子たちを殺した。弟子たちがこの配置なのは、突然腹を掻っ捌いた今潮様に恐れをなして逃げたか、既に腹を切っていた今潮様を見て逃げ出したか。どちらでもいいが、だからこうやって逃げるような形で死んでいる」
「血の位置がおかしいことはどう説明する?」
「縋ったのではないか? 幽鬼の力で首を斬られ、倒れ伏し……何が起きたのかもわからぬままに見上げたそこに、敬愛する師が立っていたら……朦朧とする意識の中で、そちらに向かおうとする。そうすれば少なくとも殺された際に噴き出た血の位置は、首のところから腹のところにまで下がるはずだ」
「……その後、今潮はお前の前にまでやってきて、雑談を行い……消えた」
「ああ。今潮様の幽鬼は消えたが、肉体はまだ生きていた。毒が回り切るまでの間彼は魂無き状態で生きていて、その後死した」
問題は。
「なぜ、そんな回りくどいことをしたのか、だな。……ああ、調査中のものが二つあると言っていたが、もう一つはなんなんだ?」
「持ち出された薬についてだ。……青宮廷には、毒殺などの暗殺対策として、それらを嗅ぎ分けることのできる犬を飼う施設がある。……あまり快くない話に聞こえるかもしれないが、大切なことなのだ」
それは……時代の先取りし過ぎでは。
警察犬て。あの制度が導入されたのって、確か十九世紀の終わり頃だったはずだけど。
いや……そうか、普通に猟犬としての道を上手い事辿っていけば、こうなる未来もあり得た、のか? 水生に居た頃、野盗と野犬が同じくらいの割合で襲撃に来てたのって、何かその辺関係あるのか?
「気を悪くしたか?」
「いや全く。……なんだ、私が家畜の利用に苦言を呈すような奴だと思っているのか?」
「戦を知らない貴族らには、受けがあまり良くないからな。特に女子供はその為だけに生まれ、その為だけに一生を終える犬を憐れむことが多い」
「私を一般的な女子供に当てはめるとは。ああ……反省のし過ぎで私に関する記憶全部吹っ飛んだんだな、労しいことだ」
「んん゛っ……話を戻す。それで、薬の匂いを辿らせたのだ、犬に。だが……」
「犬はどこにも行かなかった、と」
「ああ。なくなっていることは確実で、弟子や今潮の中にも薬が無いことはわかっている。だというのに存在しない」
「青宮城は調べたのか?」
「なに?」
「だから、青宮城の薬の保管庫だ。弟子たちを殺した後に青宮城に来ていたんだ、在庫補充でもして行ったんじゃないか?」
そんな馬鹿なことが……というような口の動きをしつつ、進史さんは目を閉じての伝達を入れる。
しばらくして。
「……お前の言う通りだ。青宮城の薬剤及び原材料の保管庫に、過剰なまでの薬が詰め込まれていることが発覚した」
「大方置き土産か何かのつもりだろうが、迷惑料には足りな過ぎるな」
「ああ……。……その物言い、今潮がなぜこれをなしたのか、理解できたのか?」
「ん……。……確証なんか一つもないぞ。あくまで……最後に話した感じから察したことだ。それでもいいなら聞け」
「心して聞く」
最期、今潮さんは己の瞳と心臓を指差して、首を振った。
「己を己足らしめるところはどこなのか──。確かめたかったのは、ただそれだけだ。瞳でもなければ、心の臓でもない。そこは」
そして私を指差して、笑ったあの顔。
「魂だ、と。……そんなことの確認のために、無理心中を図った」
「……仮にそうだとして、なぜ弟子を殺した?」
「今言っただろう。聞いてなかったのか?」
「己を己足らしめるところはどこなのか。それが弟子を殺す理由になるのか?」
「なるだろう、充分。己を動かす心の臓。己が世界を認識する眼球。そして──己の技と知識、そして思想を引き継いだ弟子。これが己が血肉でなくてなんという」
酷い話だ。
だが、納得の行くことでもある。
"世の理"。
その内の一つだろう。即ち、ヒトとはなんぞや、己とはなんぞや──。
使い古された話でもある。「私が死んでも、私を覚えていてくれる人がいれば」「私の技を受け継いだ弟子がいれば」「私は死なないから」。
だから、殺したと。
「……すまない。……理解が……できない。お前は理解できる、のだな。今潮の思想が」
「何の疑いも無く」
「……」
「気分が悪いなら厠にでも行ってこい。ここで吐くな」
「そう……させてもらう」
そこまでショッキングなことでもないと思うんだけど。
ま、私のいた時代が、世界が、多様な価値観を容認し過ぎてた、ってだけか。
これで進史さんを責めるほど狭量じゃないよ、私は。
結局のところ、真相は分からずじまいだ。
だって幽鬼が犯人で、その幽鬼が勝手に消えてるんだから。私の推理が合っていたか合っていなかったかの証明もできない。今潮がどのようにして幽鬼となったまま自我を保っていたのかも、そもそも故意に幽鬼となる術も、何もかもが分からずじまいのまま。
彼が
世間的にはただただ智者とその弟子たちが死んだ。死んだ智者は薬師で、それは世界にとって大いなる損失だった。それだけだ。
彼が弟子たちを殺した証拠もないから、今潮は「知識欲の高い御仁で、その才を遺憾なく発揮し、青宮廷の発展に貢献した偉人」として歴史に名を刻む。
その狂気的な犯行など、欠片も知られること無く。
真実があるとすれば、あの日私の前に彼が来た。ただそれだけ。
唇を読んだだけの雑談が彼の最後の言葉であり……あの笑顔が彼の最後の。
「抵抗、かね」
"世の理"。それを敷いたモノへの。
あるいは、それしか信じられない万民への。
部屋に置いてあった……作ったばかりの扇子を開き、それを水平に見る。
要が壊れたら、全てが、か。
全く以て……嫌な符合だことで。