女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第十二話「紙とんぼ」

 ここは一応、異世界である。一応も何もだけど、異世界なのだ。地球とは違う。

 だから、主に植物や鉱物に、見たことのないものが混じっていたりする。

 

「これは、黒州(ヘイシュウ)の方にだけ生える鱗木(リンムゥ)というものでね。君が使っている金属製の鑢とは違う、他の木の表面を玉のように仕上げる時に使うものなんだ」

「これそのものの加工法はないのですか?」

「もちろんある。食事によく、魚や野菜をすりおろした物が出てくるだろう? あれはこの鱗木を使った調理器具で調理しているんだよ」

「……成程」

 

 とか。

 

蓋木(ガンムゥ)。これだけ太いし、木を名乗ってはいるけれど、歯朶(シダ)の一種でね。他の樹木のような腐食を気にせず水源の近くに置くことができる。丈夫で、水を吸うんだ。地域にも依るけれど、船の櫂にこれを使うところもある」

「吸水率が高いのなら、重くなってしまうのではないですか?」

「君は賢いね。そう、だから掴む部分にこれを使う」

「……石? とても……軽いですね」

「あははっ、良い反応をありがとう。実はこれ、石に見える植物なんだよ。恵草花(ケイソウカ)という植物の根で、一株植えるだけで周囲の水を全て独り占めして、一帯の植物を枯らしてしまう。はっきり言って有害な植物だけど、用途としての広さは極大だ」

 

 とか。

 

 楽しそうに面白植物を紹介してくれているのは、青宮廷(シーキュウテイ)から青宮城(シーキュウジョウ)へと薬を補充しに来た、今潮(ジンチャオ)という男性。持ってきた薬だけでなく、こういう面白植物は常に持ち歩いているとかで、出るわ出るわの人間倉庫。

 中には特別臭いの強いものもあって、けれどそれは輝術で包んでいるから匂いが漏れない、のだとか。……ラップか……ジップロックか? 輝術って。

 

 進史(シンシ)さんの紹介で私と引き合わせられた今潮さんは、けれど嫌な顔一つせず、どころかそれはもう楽しそうに植物を紹介してくれる。

 私がどう、というより植物が好きで好きでたまらなくて、その研究の果てに薬師(くすし)になった人……ぽい。

 そして無理矢理それに付き合わされている私は。

 

「今潮様は、樹脂についてはどれほどの造詣がありますか?」

「ほぉおお! 樹脂! 防腐剤くらいにしか使われていないアレに興味を持つ子供がいるなんて……!」

「その言い回し。防腐剤以外の使い方も知っている、と見てよろしいでしょうか」

「勿論だよ。防腐自体輝術でできるんだから、それ以外の用途を見つけないのは馬鹿のすることだ。……ああでも、ごめん、ごめんね! 樹脂は未加工だと保存が難しくて……今持ってないんだ。次に補充に来る時、必ず持ってくるよ!」

「お願いします。私は樹脂で色々やりたいと思っているので」

「……まさか、使い道を知っているのかい?」

「いえいえ、樹脂と言っても多種多様。私の知る樹脂があれば、の話ですよ」

「知識欲を刺激して来るなぁ君は! 進史様! 彼女、連れ帰っても」

「祆蘭は青清君(シーシェイクン)のお気に入りだ。これ以上言葉は必要か?」

「……あー。そうか……そうだよねぇ……。君みたいな面白い子、青清君が放っておくわけがないし。……いや、でも……お気に入り、ということは一年の契約だろう? 今何か月目かわかるかい?」

「先日ひと月を終えたところです」

「そうか! じゃああと一年以内には城を降りるんだね。そうしたら私の弟子にならないかい? あ、平民とかは気にしないよ、私の弟子にも平民はいるから」

「よく……務まっていますね。輝術による急冷や固定など、調剤で使う輝術は多いのでは?」

「うん、そうだね。でもそれは輝術でなくても時間をかければできることだ。誰しもができることである以上、輝術が使える使えないで差別して、新しい才能や埋もれるべきではない才能の芽を潰してしまうのは、馬鹿のすることじゃないか」

 

 とても気が合うのである。

 ……次の就職先、全然そこでいいな、と思うくらい、気が合う。ただなー、鬼が私を狙っている以上、巻き込んじゃうのがなぁ。

 

「輝術というのは……些か万能すぎる。進史様や青清君ほどになると、物質を作ることまでできてしまう。でも、それでは人は前に進めない。植物を知るということは世の理を知るということ。ほら、少し前に鎮魂水槽(ヂェンフンチーツァォ)という工芸品が青宮城から発表されただろう? あれはまさに世の理を知るための工芸品だった。植物とは違うけれど、ああいうものこそ増えるべきだよ」

 

 ごめんなさいそれパクりなんですガッツリ。

 ああでも、知育玩具が増えた方が良い、というのは同意する。私の功績とかでなく、人類が幼少から科学や化学に興味を持つようになれば……輝術だけでどうにかしよう、という風潮も消えるのではないか、と。

 別に消して何になる、というのは……うーん。人それぞれの価値観だろうけど。

 

「……簡単な"世の理を知る工芸"であれば、今も作れますよ」

「というと?」

「今潮様、使わない紙か、その切れ端などを持っていませんか?」

「ああ、それならいくらでもあるけれど」

 

 あ、そう。長らく述べてなかったけど、輝術のおかげかこの世界製紙状況がとんでもなく良い。

 平民には行きわたらないけど、貴族は普通に使っている。どういうことだってくらい使われている。しかも質の良い物が。

 

 それはそれとして、はい、と渡された紙。

 その端の方をビリーっと破き、中頃までをさらに細く半分に裂いて、割いていない方の端を折りたたむ。

 

「えい」

 

 これをダーツの矢のように上空へ向けて投げれば……くるくると回転しながら落ちて来る。

 子供の頃、誰もがやっただろう紙とんぼである。牛乳パックの紙なんかでやった方が精度はよくなるし、錘は折りたたむよりセロハンテープの方が良いんだけど、無いから。

 

「……」

「と、ああ、申し訳ありません。私は無学なものでして、既に存在しているものなら」

「いや……働いている力としては、鳥が翼で空を飛ぶことや、虫が翅で空を飛ぶこと、あるいは……ヒレを持つ動物。これらがなぜ沈まないか、落ちないか、前に進めるか、というものと同じだ」

「そうですね、まぁ、こっちは簡易にも程がありますが」

「けれど……成程。それを"世の理"だと言うんだね、君は」

 

 ん。……なんかおかしなこと言ったか?

 

「そうだね……私や進史様相手ならいいけれど、それはあまり口に出さない方が良いかもしれない。鳥は空を飛べる生き物だから、飛ぶ。虫もそう。ヒレを持つ水棲生物は、そういうものだから前に進める。それらは"ヒトが歩けること"と同義とされているんだ。今の世の中はね」

「……? それらは全く別のことでは」

「そう、私もそう思っている。ただ……悲しいかな、大声で言うことはできない。その細工が"世の理"であるとも……私は理解してあげられるけど、言ってはいけない。それは、なんというか……」

天染峰(テンセンフォン)の成り立ちに関わってくるから、だ。祆蘭。お前は多くを知っているのかもしれないが、それは……人々が生まれた時から信ずるものを破壊する毒にもなりかねない。少し、気を付けた方が良いだろう」

「テンセンフォン、というのは?」

「……」

「……」

「……ええと、どうしたのですか、急に黙って。テンセンフォンとは? この国の宗教、ですか?」

「……。えっと……それは本気で言っている、んだよね? この子は……本気なのですよね、進史様」

「ああ。頭の痛い話だが。……己を無学無学無知無学と卑しめるくせに、頭の回る娘だと思っていたが……成程、正しい自己認識だったのか」

 

 え、あ、いや。

 そこで認めてもらえるならこちらとしてはありがたい限りなんだけど……何、この空気。

 待て。考えろ。テンセンフォンとはなんだ。フォン……発音がちょっと違うけど、蜂花(フォンファ)と同じニュアンスを感じた。テンセン蜂……伝染蜂? いやいや、日本語的過ぎる。というかなんだ伝染蜂って怖すぎるだろう。

 

「成り立ち、そう仰られていましたね。ええと……だから、帝や州君という仕組みを指している……とか? ですか?」

「まぁ……中らずと雖も遠からず、かな?」

「……あの、勿体ぶらずに教えてくださいませんか。テンセンフォンとは? 何か重要なものなのでしょう?」

 

 全然答えてくれない。

 あ、わかった。前に輝術とはなんなのかを聞いた時も、こんな感じの答えだった。

 つまり──この二人も「なんなのか」自体は言えないんだろう!

 

「この国だよ。国の名前」

「なるほど。そうですか。今日はありがとうございました。──自室に帰らせていただきます」

 

 嘘じゃん。

 そういえば私知ろうともしてなかったねその辺ね。

 

 国の名前知らない国民は……流石に私くらいだったりするか、これ。

 明未! お前だけが私の味方だ! 頼む、知らんと言ってくれ!!

 

 

 

 などと言って、簡単に水生(チーシン)に確認しにいける立場ではない。

 特に鬼が私を狙っている、ということは変わらず、そして桃湯(タオタン)が平然と生き延びていたことも確認しているので、私はもう青宮城から出られない現状だ。

 ただ、一つだけ。

 

 あの時。黒い輝術に飲み込まれた時……桃湯と気の置けないやりとりをした、というのは……伝えていない。

 ただ、横取りを嫌って桃湯が介入してきたと。青清君や進史さんにはそう伝えてある。

 

 音。

 

「……性懲りもない、とはこのことだな。……外壁にも護衛はいたはずだが?」

「眠ってもらったわ。食べる価値の無い魂で、それでいて……無駄に殺せば、あなたはこちらに来なくなる」

 

 夜だ。微かに開けた窓から入る、弓の音。

 外壁を挟んで向こう側に……いる。

 

「また攫いに来たのか?」

「いいえ。あなた、言ったでしょう。弓を弾きに来る程度なら、いつでも来て良い、って」

「まぁ言ったが。……青清君が怖くないのか?」

「あなたに会いたい気持ちが勝った、と言ったら……あなたは口説かれてくれるのかしら?」

「なんだ、私と好き合いたかったのか?」

「……本当、風情のわからないお子様ね」

 

 鬼に風情を説かれてもな。

 まぁ、地底の宮殿や鬼火は確かに風光明媚だったようにも思うが。

 ……全部水で圧壊して凍って粉砕されてそう。憐れ文化遺産候補。

 

「私は……楽器にはあまり詳しくない。ただ、お前に楽器の才があるのなら、弾いてほしいものがある」

「詳しくないのに?」

「ああ。……なんというか、久方ぶりに聞きたくなった、というか」

「ふぅん? まぁ、弾けるかどうかは別として、どういうもの?」

「琴、という楽器に聞き覚えは?」

「ああ……古い記憶に、微かに覚えがあるわ。私が人間だった頃に、一度だけ……どこかで見たような」

「普遍的にある楽器、ではないのか」

「そう……ね? あまり気にしていなかったけれど、少なくとも青州では見たことが無いかもしれないわ。私、色んなところに潜り込んでいるけれど……見たのは人間の記憶のその一度だけ」

 

 そんなに色んな所にいるのか。

 それは流石に報告するが。

 

「……なんだ。あの日、私を助けただろう、お前」

「あの鬼の成り損ないのこと?」

「ああ。……お前は……私の木彫りの礼だと言っていた。そうだな」

「ええ。だから、これからはもう助けない。別にあなたが五体満足である必要はないから」

「お前に贈り物をしたら、礼は尽くしてくれるのか?」

「……あなた、まさか鬼を利用しようとしているの?」

 

 どんなに挫けぬ心を持てど、平民は輝術を扱えず、身体能力も、最下級だという貴族を超えられない。

 であれば──有事の際、力となってくれる者がいるに越したことはない。

 

 護衛が頼り得ないのならば、尚更に。

 

「呆れた。……あなた、青清君のお気に入りで、青清君に退屈しのぎの玩具を作る。そういう立場でしょう。だからこそ……平民でありながら、様々な無礼が許されている」

「ああ」

「その立場を使って、鬼を味方に付ける、なんて……気が触れているようにしか聞こえないのだけど」

「その立場を使っているわけじゃない。勝手に押し付けられた立場を利用しているだけだ。最終的に私が誰につくにせよ、逃げ果せるにせよ……保険を作っておくに越したことはない。あのなり損ない共のように、またいつ命を狙われるか、そして私がいつ知らぬ間に危地に迷い込むかわからん現状だ。であれば」

 

 言葉を一度切って。

 凭れ掛かっている壁の、その向こう側にある月を思い浮かべながら……続きを口にする。

 

「頼ることのできる者、は。……一人くらいは、必要だろう」

「……それは、あの付き人や青清君が全く頼れないと、そう言っているように聞こえるけれど」

「上司と雇用主。現状のあの二人との関係性はそれだけだ。あちらがどう思っていようと、私にはそうとしか伝わってきていない。あれらにはあれらの苦悩があり、あれらにはあれらの思惑があるのだろう。だが、それを全て考慮してやれるほど私の懐は広くない。結局のところ私は私で手一杯だからな」

 

 だから、必要だ。

 

「輝術師だろうが鬼だろうが、あるいは幽鬼だろうが。私に対して借りを持つ超常的な存在、というのは……最後の最後で、必ず必要になる」

「……」

「ま、お前でなくともいいのは事実だが、話が通じて、これほど気軽に会える鬼を他に知らんのでな」

「……贈り物次第ね。考えておくわ」

「そうか。良い返事だ。ああ、先ほど言った通り、一つ目の贈り物は琴にする予定だ」

「それ、あなたが音を聞きたいだけって言ってなかった?」

「お前は美しい楽器が手に入って嬉しい。私は美しい音が聞けて嬉しい。両者が得をするのなら、それほど良い取引はなかろうさ」

「……風情も分からなければ、可愛さの欠片も無い子供よね、あなたって」

「なんとでも言え。ああ、私はお前の容姿を端麗だとは思っているぞ」

「はいはい。ありがと。……それじゃ、弾くけれど。好みの唄はあるかしら?」

「馬鹿め。無学を舐めるなよ。唄なぞ、一つたりとて名を知らん。お前が毎回弾いているのも音としてしか捉えていない」

「はぁ……。……じゃあいつものを弾いてあげるけど、ちゃんと覚えなさい。この唄は」

 

 夜が、更ける──。

 

 

 

 翌日、朝餉の席で、それを問う。

 

「進史様、青清君。『夕狐の蹴鞠遊び』という唄を知っているか?」

「ん……ああ。少し前……というか、私が子供の頃に流行った蹴鞠唄だな」

「私も知っているぞ。進史の前の付き人は監視が甘くてな。よく抜け出しては、こっそりと花街へ行っていた。朝の、賑わい始める前の花街は静かでなぁ、子供の蹴鞠唄はよく響くのだ」

「……私の前身と言いますと、檜武(グゥイウー)様ですか。そうですか。今度お会いする機会があったら、伝えておきますね」

「やめておけ。あ奴、しきたりや掟の一切を無視して殴り込んでくるぞ」

 

 桃湯の弾く唄は、『夕狐の蹴鞠遊び』という曲名で、人間だった頃から弾いているらしい。

 だから──桃湯が元々誰だったのか、を特定できないかという意味で問いを掛けたのだけど、流行曲だとそれは難しそうだ。

 

「しかし、いきなりどうした?」

「昨晩桃湯に会ってな。何の唄を弾いているのか問うたら、そう返って来た」

「……護衛の者はどうした」

「眠らせたらしい。鬼の力というのも輝術と同じでよくわからんな」

 

 あっけらかんと言ってみれば、時が止まった。案の定ではあるけど。

 辛うじて再起動した進史さんも、動揺の色が隠せていない。

 

「というよりアレだな。護衛の者、減らしてくれていいぞ。青宮城にいる内は襲ってこないようだし、良く話す夜雀様、祭唄様、玉帰様くらいで、他は他の要人護衛に回ってもらった方が効率が良い」

「はぁ……朝餉くらい心労無く食べさせてくれ……」

「私は食べ終わったから話をしているんだ。食べるのが遅い方が悪い」

 

 そう私が吐くや否や、青清君はお椀を持って食事をガツガツと口に掻き込んで、ちゃんと咀嚼し終えてから、嚥下して、口を開く。

 

「足りぬか、祆蘭」

「朝餉か?」

「わかっていて聞いているだろう。──やはり墓祭りを共に回った程度では、お前を引き留めるに足りぬか」

 

 ……。

 

「何を今更」

 

 あの日、青清君は進史さんに無礼点、と言っていたけれど。

 私の反感ptだって未だ衰えず付き続けているんだ。

 気を許すも何も。引き留められるも何も。

 

 別に、疲れている者を部屋で休ませるとか、水子供養に風車を作るとか、浮層岩(フソウガン)というらしいこの岩を憐れむとかは、私の個人の話。

 桃湯にも言ったように、進史さんと青清君は、上司と雇用主程度の関係性でしかない。しかも無理やりやらされているバイトの。

 

「情が湧くには、情が湧くに足る理由が必要だ。長い時を共に過ごせば情が湧く、などと思っていたら大間違いだぞ。私は一年契約で当然のようにここを出て行くつもりだしな」

「鬼は」

「鬼を盾にするのは流石に悪手が過ぎるが、それは摂理だからあんた達には関係ない。この城から水生に帰る途中で襲撃を受け、連れ去られて、あんた達が来ない。そこに挟む疑念の余地などないだろう。真実私とあんたらは関係ないのだから」

 

 無論。

 雨妃くらいは、守ってやりたい、という感情は芽生えている。あれだけの善人だ。あれは、命を狙われやすいだろうが、平定たる世にはいなければならない人物だ。

 それと比べて……他者を振り回すばかりの州君と、どれほど甘やかしすぎだと言っても「私にはできない」と言い訳をし続ける付き人。

 

 どこに見直す要素があるのかこっちが知りたいくらいだ。

 

「契約だからな。仕事はするさ。だが、それ以上の感情を持ち込まれても知らん。況してや神子だのなんだのと……そういうことがあるなら契約書に書いておいてくれ。権力を笠に着た口約束では、そこまでの強制力はないよ」

 

 ……これ以上言うのは意味がないな。

 朝餉くらい心労を、というのならこっちだってそうだ。まぁ鬼と密会しているかのような言葉は看過できなかったのだろうけど、そろそろ鬼だから輝術師だからという色眼鏡はやめた方が良いと思うぞ。

 

 ──どうせ、ほとんど同じなんだろ? としか。

 今のところはそうとしか思えん。私の拾える情報では、だが。

 

「何か……ない、のか。私達が……お前の信を買えることは」

「だから、前にも言ったが、帝の母御の玻璃(ブァリー)様に会うことだ。そしてあんた達はそれを一考の余地も無しとして却下している。存在する事実はそれだけだ」

「それはっ……だから、不可能なのだ。あの方に会える者など……青清君でも呼ばれない限り無理なのだから、お前が会いたいと言っても」

「……。……帝に、件の細工師に会わせてやる、とでも言えば……機会は作り得るだろうな」

「青清君!?」

 

 ほう。

 件の細工師。……ああ、水中花や鎮魂水槽を作った者を、「青州の細工師」とでも言ったのかな。

 

 突破口はそこか。だが。

 

「頼んでいる身で言うのもなんだが、振り回され過ぎだろう。あんたの退屈しのぎのために招聘しただけの小娘の我儘だぞ。あまり真に受けるな。そして、無駄な感情を注ぎ込むな。雇い雇われの関係だと割り切れば終わる話だろうに」

「断る」

「……何が」

「無駄な感情を注ぎ込むな、という所だ。断る」

 

 んー?

 何が言いたい? いやまぁ感情的になりたいならなってくれても構わんが……それ、自分が苦しいだけだぞ?

 

「私は、たったの一年でお前を手放したい、などとはと思っていない。お前の作るものは面白い。同時に、お前も面白い。だから……嫌だ。嫌だし、お前がそれをしたいと言っていて、私にそれを叶える手段があるのだから、やる」

「子供か、あんた」

「──もう帝に伝達はした」

「なっ……青清君!? 流石に戯れが過ぎます! 祆蘭を帝に見せたら、それこそ──」

「わかっている。渡すつもりは無い。……ち、あ奴め……眠っておる。たたき起こしてやろうか」

「青清君!」

 

 二人のコントは放置して、思案する。

 私、そこまで入れ込まれる要素あったか?

 自分で言うのもなんだけど……すぐに悪ぶって、すぐに嫌味なこと言う性格最悪人間だぞ、私。

 年上を敬いもしなければ、衣食住の保障者に感謝もしない最悪の人間だ。そして、口から出る理屈っぽい言葉は全て詭弁かこじつけという……救いようのない性質。

 

 ……神子、だからか?

 いや、鬼に渡られては困るということか?

 

 わからんな。

 もう少し動向を窺う必要がある。

 ……人が人を好くには、足る理由がいる。恋愛の話じゃない。恋愛の話でも良いけど。

 けれど嫌うにはそう大した理由は要らん。受け付けない。それだけでいい。

 

 人が人を好くことがどれほどに難しいことで、人が人を嫌うことがどれほど簡単なことかを……私は知っている。

 

 面白いから好き。結構だ。別に、理由としてそういうこともあるのだろう。

 だが……弱い。それで州君の全権を使ったり、帝との火種になりかねないようなことを思い付きで行うものか?

 点数稼ぎにしても……少し、理解のできなさが勝るな。

 

 ……やっぱり鬼の方が楽でいい。奴らは素直だ。隠し事が無い。

 欲望に忠実であればあるだけ、相手が望むものも見えやすくなる。

 

 見えない。青清君が何を欲しているのかが、全く。

 

「……そちらのことは、そちらで勝手にやってくれ。私は部屋に戻る。新作はもうできているから、後で取りに来い」

 

 居心地は。

 まぁ、悪い、としか。

 

 

 

 祭唄様が持ってきてくれた、この大陸の大陸図を見る。

 

「これが天染峰の全体図。青州はここ」

「……この、周りの囲いはなんだ?」

「囲いは囲い。……? 囲いは囲い」

「いやだから、それが何かを聞いている」

「だから、囲いは囲い」

 

 ……話が通じない? 私の言葉の理解が甘いのか?

 何か……固有名詞過ぎてわからない、とか?

 

 この地図には、中央にある黄州(オウシュウ)、南東にある青州(シーシュウ)、南西にある黒州(ヘイシュウ)、北西にある緑州(ロクシュウ)、北東にある赤州(チィシュウ)が描かれている。

 いや、地図上で上だから北と表現したけど、本当に北かどうかはわからない。この世界の方角もよくわかってないし。

 

 で……それらを囲む海と、さらにそれを囲む……円形の台地。これは……なんだ? 本気でなんだ?

 ただのデザインか?

 

「その囲いに、名はあるのか?」

光閉峰(グァンビーフォン)。この全てが光閉峰」

「全て地続き、ということか」

「地続きというか、峰々というか。もっと沖合に出ないと視認できないけど、天辺が雲より高い峰が海を囲っている」

 

 そ……んなことある?

 つまり、ここって巨大な湖、ってこと?

 

「確認する。海は塩水、だよな?」

「うん。塩が混ざっている」

「その光閉峰の向こうには何がある?」

「知らない。誰もこの峰を登頂できていない。ただ、太陽や月、星はこれの向こうから昇るし、雲もこれの向こうからやってくることがあるから、あの峰々の先に何かがあるのは確実だと思う」

 

 ……。

 地球の常識に当てはめすぎなのか? ……天動説の世界、ってことは……無いとは言い切れなくなって来たな。

 いや、だからなんだ、だけど……。

 

「海面が上昇、あるいは下降している、という記録はあるか?」

「わからない。知らない。私は測量室の勤めではないし、噂話としてもそういうことは聞いたことが無い」

 

 天染峰と光閉峰は絶対に何か関係あるだろうし、光閉峰と輝術も絶対何かある……と思うんだけど、知った所で感も強い。

 だけど、不思議世界なのは再認識できた。

 

「いや待て。なぜ登れない? 輝術があれば簡単だろう」

「浮層岩と同じ。ある一定の高度まで行くと、輝術が弾かれる。海底も同じ。ある一定の深度まで行くと、輝術が使えなくなる。それで落下死したり、溺れ死んだりした、というのは知識として存在する。……輝術師が、親から子に伝承する知識」 

 

 ……。

 箱庭だな、それは。……不思議世界が……より、空恐ろしいものに見えてくる。

 ただ、親から子に伝承する知識、というところが気になる。それ、例の輝術インストールだろう。

 もし……始まりの記憶が誤りであった場合、それは知識として、一切の疑いなく親から子に受け継がれていく、ということだよな。

 

 情報統制をするなら持ってこい過ぎるシステムだ。

 峰の上と海底に、何か知られてはいけないものでもあるのか?

 

「そうだ、輝術を遮断する部屋、というのがあると進史様から聞いたことがあるが、それも峰や岩と同一の原理か?」

「多分? そういう鉱石があるのは確か。というか、これがそう」

 

 言いながら、祭唄さんはテーブルに小刀を置く。彼女がいつも持っているものだ。

 鞘から抜き放たれたそれは……鉄、ではない。何色だ? ……月色と表現するのが正しい、ライムグリーンよりさらに黄色っぽい、けど金属っぽい色をしている。

 

 触れようと指を伸ばしたら、目にもとまらぬ速さで仕舞われた。

 

「ダメ。危ない」

「刃に触れなければいいだろう」

「こういう場合の祆蘭は信用できない」

 

 失敬な。

 子供じゃな……子供か、私。

 

「……ちなみにこの地図は、どうやって描かれたものなんだ?」

「輝術。たまに見ると思うけど、見たものや思い描いたものをそのまま目の前に描き起こす輝術が存在する。ただ、使える者は限られる」

「それは、州君や帝でなければならない、という話か?」

「こっちは才能。州君や帝、その付き人でも、できない人はできない。逆に貴族としての家格を奪われるような最下級の貴族、没落貴族であっても、できる者はできる」

「輝術は大抵のことができる、のではなかったのか」

「これが大抵のことに含まれないだけ。他にもいくつか、大抵のことに含まれない、天賦の才を要する輝術が存在する」

「それは……たとえば、光らない、むしろ闇を作り出す輝術とか、か?」

「……? それは知らない。どういうこと?」

 

 知らないのか。

 だったら私も詳しくは説明できない。

 

「こう……黒い幕を持ち上げるような輝術だ」

「幕? こう?」

 

 そう言って、私の塗ったカーテンを持ち上げる祭唄さん。

 いやそうじゃなくて。

 

 ……でも、それでも……できる、のか?

 たとえばアレだ。カーボンナントカ。光の吸収率が凄い奴。あれを自在に操って……みたいな。

 だとして、パチンと弾けて痕跡も残さなかったのはなんだったんだ。

 

「幽鬼を滅する時は、どういう輝術を使うんだ?」

「基本は斬る。輝術を纏った刃か、今言った通り、この鉱石でつくられた刃は幽鬼に有効。あとは普通に引き千切るとか、逆に圧壊させるとか」

「……」

「想像した? ごめんね」

「いや、なんというか……もっとこう……なんだ。光に包んで浄化、みたいな……ことは、しないんだよな」

「うん。包んだら、まぁ、拘束にはなるけど。それと、穢れがあるのは鬼だけだから、幽鬼に対して浄化という言葉を使うことはない」

 

 ん。

 それ……ちょっと脳裏メモだな。

 穢れ。人体に入ったら自己増殖し、その身を冒す毒……的なもの。輝術で押し返せる他、魂でも弾ける謎エネルギー。

 それが幽鬼に無い、というのは。

 

「一応聞いておく。なぜ幽鬼に穢れはない?」

「知らない」

「そうか」

「うん」

 

 やっぱり。

 この世界の人間、幽鬼や鬼のことを知らなさすぎる。ただ鬼達も……輝術のことをよくわかっていないようだったし、鬼になる手段も明確に知らされているわけではない。

 どうにも……どこかで情報が握りつぶされている気がしてならないな。

 そういうことができるのは、やはり。

 

「祆蘭。いるか。進史だ」

「ああ。なんだ」

「……日程が決まった。三日後の深夜、青宮城を出て中央へ向かい──謁見することになった」

「そうか。わかった」

 

 日程が、のあたりから耳を塞いでいた祭唄さん。

 自分が聞いちゃいけない話題だと一瞬で察したらしい。偉い。

 

 ……んじゃ、まぁ。

 ご対面と行こうか。帝の母御。元神子玻璃(ブァリー)とやらに。

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